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2018年4月 3日 (火)

橘寺へ…⑨

 

キップはバスも乗り放題なのだが、残念ながら本数が少ない。

あらかじめ調べておいたので、

それに従って行く。

実は今回の目的の一つ「キトラ古墳」のバスに合わせると、もう一本バスに余裕があったのだ。で、橘寺へ。

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104橘寺

創建年代不詳。

文献に初めて登場するのは天武9年(680)。

聖徳太子誕生の地といわれ、太子建立の7カ寺の一つ。105


8世紀には66もの堂宇が立ち並ぶ大寺院で四天王寺式伽藍配置をとっていた。

現在は江戸期に再建された本堂(太子殿)など、わずかな諸堂を残すのみとなっている。

室町時代の聖徳太子坐像(重要文化財)をはじめ、善悪2つの顔が刻まれた二面石などがある。(あをによし ならネットより)

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106
そういえば、

甘樫の丘を降りた、飛鳥川のたもとの古い道標に「橘寺」というのがあった。

バスを降りて、

橘寺に向かう。

107のどかな畑の中に建っている。

聖徳太子のお生まれになったところで有名。

「西暦572年、当時欽明天皇の別宮で橘の宮のあったこの地に、御誕生になったと伝えられています。」

109_2110創建年代は不明ということだが、「『日本書紀』天武天皇9年(680年)4月条に、「橘寺尼房失火、以焚十房」(橘寺の尼房で火災があり、十房を焼いた)とあるのが文献上の初見である」ということから、680年以前とは分かる。

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本堂全景111





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117116120道路の向こう側は

川原寺跡。

かなり広い。

廻廊をぐるりと回した大きな寺だった様だ。

広い草地に石の跡

こころ休んで、なんだか不思議な気分。


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「現在、川原寺跡は南大門、中門、廻廊などの旧位置がわかるように整備されている。

中金堂跡付近に建つ弘福寺は川原寺の法灯を継ぐ寺院で、重要文化財の木造持国天・多聞天立像(平安時代前期)を安置する。」

草原にはタンポポが点々と咲いていた。
⑩へ続く

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