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2017年8月18日 (金)

塩田平…その④中禅寺、塩田神社

 食事を終えたら、次は中尊寺です。(最初から読むのはコチラ

54中禅寺

塩田平の南方、独鈷〔とっこ〕山の麓〔ふもと〕に信州最古の木造建築、中禅寺薬師堂が静かなたたずまいの中に、ひっそりと建っています。

方三間〔ほうさんげん〕の阿弥陀堂〔あみだどう〕」という古い形式。

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東西南北のどちらから見ても柱が四本立っていて、間が三つある。 

茅〔かや〕ぶきの屋根のてっぺんに、少し先のとがった丸い玉(宝珠〔ほうじゅ〕)や、その下に四角な台(露盤〔ろばん〕)をのせて、ま上から見ると、真四角な同じ形の屋根に見えます。これを「宝形造〔ほうぎょうづくり〕」といいます。 

平安時代の終わりごろの建て方で、岩手県平泉の中尊寺の金色堂〔こんじきどう〕などが、その代表的な例。 

薬師堂の中ほどに、四本の丸い柱を立て、西側の二本の間に板壁を作り、その前に仏を安置する須弥壇〔しゅみだん〕が設けられています。 

須弥壇〔しゅみだん〕の上には、台座の上に座した薬師如来がまつられています。 

ほの暗い中に、右手のたなごころを前に向け、左手に薬の壺をのせ、優しいまなざしで見つめるそのおだやかな顔は、お祈りをする人にはかり知れない安心感を与えます。」HPより

一生懸命窺いましたが、ほの暗くて見えず、

写真で確認しました。残念です。

仏を安置する須弥壇の位置は、天治元年(1124)に建てられた平泉の金色堂〔こんじきどう〕と同じ。 

時代が新しくなるほど、堂の後ろの壁の方へ仏の座が下げられていきます。薬師堂は様式の面からも古く、平安未か鎌倉初期の建立とみられています。 

いずれにしても、約八百年前の長野県最古の建物であるばかりでなく、中部日本(中部地方・関東地方)を通じて最も古いといわれるお堂が、仏(薬師如来像)といっしょに、この塩田平に残っているということになります。」

そこから歩いてすぐのところにあるのが塩野神社。

57前山塩野神社

独鈷山〔とっこざん〕の北の山麓に位置し、その古さを物語る大きく深い森につつまれた神社が前山の塩野神社です。

神社の前に渡る小さな屋根つきの太鼓橋、神橋がありました。

その下には独鈷山の清らかな湧き水。あまり水量は多くなかった。

この辺りは年間降水量が少ないらしく、あちこちにため池があった。

水への信仰もむべなるかな。

「塩野神社はかつては独鈷山の山頂辺くの鷲岩という巨岩に祀ってありました。後に人里近いこの場所に遙拝所〔ようはいじょ〕としての御門屋〔みかどや〕が建てられ、その後本殿もこの地に移されたといわれています。」

61この社殿の右手南側に苔むした大きな岩が立ち並び、その上に石の祠〔ほこら〕があります。

盤座〔いわくら〕」といい、神がお下〔くだ〕りになる岩場のことで、神様の御座所です。 

その原形は有名な大和(奈良県)の三輪山〔みわやま〕などに求められますが、このことは塩野神社の信仰の起原を知る上に大変貴重です。

58今から1100年前の貞観十五年(873)四月五日「信濃国塩野の神」に正六位上という位〔くらい〕がおくられた記事が『日本三代実録』という書物にのせられています。

それから50年程後に出来た『延喜式」に「式内社」としてのっています。

 

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60社殿は江戸時代の建築物です。

拝殿は寛保三年(1743)、本殿は寛延三年(1750)のものと考えられています。

 拝殿は、間口、奥行共に同じ長さで、楼門造り。二階建てになっています。

 屋根は切妻〔きりづま〕で銅板葺です。」

二階建ての拝殿は県内では珍らしく、建築の形式上貴重な建物ということです。

本殿は細かい彫刻が美しい。

62_2「小脇の壁にある、上り竜、下り竜の透〔すか〕し彫り、向拝住や虹梁〔こうりょう〕に刻まれた象、また建物の正面、側面の梁や虹梁にある雲形などすべて彩色がほどこされた彫刻です。」ということだった。

「この両社殿は、18世紀中頃の様式をよく備えた建物として、当地方に残る代表的建築物です。 

またこの神社には建物の歴史と言える棟札が、文明年間より今日まで30枚そろっていることや「甲子〔きのえね〕大祭」といって60年毎の神事が継続され、盛大に行われているのもめずらしいことです。 」

この神社の在る空間のすべてが、その存在感は素晴らしかった。

63こういう、さほど有名でもない(失礼!)、でも趣あるところは大好きです。

すっかり満足して帰ります。

今日もまた季節の野菜、などで美味しい豪華な夕食を。

翌日は10時ごろの特急で我が家へ。

Mちゃんいろいろありがとう。息子はおばあちゃんと友達に会うため、一緒に帰ってきたので、(本人は荷物持ちと言っています。実際彼のリュックはトウモロコシでいっぱいでした。)3人とも荷役のようでした。

「わがものとぉぉ思えば軽ろし…」でありますな。はっはっは(おわり)

 

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