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2017年5月の22件の記事

2017年5月31日 (水)

洗濯された万歩計

「お母さん、あまり失敗話は書かない方がいいよ。

みんなに心配されちゃうでしょ。」

「わかったぁぁ」

で、あまり書かないようにしていたが、

その引き出しがいっぱいになったので、一つ。

    *

午前中天気もさわやか、五月晴れのある日

久しぶりにお洗濯、せっせせっせ

ふと何かが頭にひっかかる

あれ、万歩計は?

ポケットを探るも、入ってない。

あら、昨日はあった。

あれれ、どこ行った?

わーっ 今、洗濯した!!

(すぐ思いつくところは、さすが!であーる。)

あわてて洗濯機の中から取り出す。

しっかり濡れている。しかも、石鹸風味で。

ジタバタジタバタ

電池を出して、拭いてみる

結局

こわれてしまった。

市の健康課に電話して自費で再交付と、お願いする。

そう説明書に書いてあったから。

結局6000円ぐらい、先払いとのこと。

その手紙が届く一日前、

もう一度電池を入れてみたら

な・な・なんと、治ったようである。数字が出た。

いろいろ押してみたが、普通に動いているみたい。

パソコンにつないでみたが、それも大丈夫だった。

再交付をお願いはしたが、

もう少し様子を見ることにする。

今のところ、再び壊れるかどうかは不明。

こんなことだから

またこわれるかもしれない。

もう二度と洗濯はしないぞ。

万歩計は・・・

と固く決心をした次第であります。はい

    *

かくかく云々で、去年9月から歩き出した。

というか、気持ちを新たに…

市の健康推進何チャラというものが偶然目にはいり、

応募したら、年も年だし、受け付けてくれて…

歩き出して8か月

何か結果は出~たかい? 

ぜーんぜん!

意識して、歩いているということも無く、

毎日今日は何歩だった、と寝る前に確認するだけ。

平均2000歩、家の中にいるときは500歩 はぁ

その点、進歩はしていない。

70代は7000歩以上歩かないと、有効な数字にならないらしい。

私には夢のよう。

仕方ない、私は私なりにありがたく使わせていただく。

    *

今日再び

ゆるーい決心をした次第であります。はい

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2017年5月29日 (月)

『がん消滅の罠 完全寛解の謎』岩木一麻

前日アップした、まさにそのきゅうりが、翌日曜日には萎れていました。

根元のところが押しつぶされたようになっていて、(何故だ!誰だ!)

制作担当はしょんぼりしています。

土曜日行けなかった母のところに行きながら

苗を一本買ってきまして・・・

いろいろあるものでございます。大変ですね。趣味とは言いながら・・・

    *

新聞の広告、医療本かと思ったけれど、「このミステリーがすごい」大賞受賞作というので

リクエストした。

内容は医学についてはあり得るのかどうなのか、そんなことができるのか、

私にはわからない。

そしてこの作品の組み立てとしての動機も今一つ。

結局DNAのつながりが大事だったってこと?

そうでも無いようだし、

後半の酷い復讐のやり方も怖い!

専門的な(と、私には思える)医学の話と、

そう言う血のつながり的な話との落差、というのだろうか。

内容紹介

選考委員絶賛、第15回『このミステリーがすごい! 』大賞・大賞受賞作!
・史上最高レベルの医療本格ミステリー。こんなとんでもない謎を正面に掲げるとは前代未聞、大胆不敵。(大森望)
・まったく見当のつかない真相。謎の設定がとにかく素晴らしい。(香山二三郎)
・最前線でがん治療に当たる医療現場が抱える今日的問題をテーマに、圧倒的ディテールで描く医学ミステリー。(茶木則雄)
・この小説の「売り」は「がん消失」の驚くべき企みとその真相だ。(吉野仁)

日本がんセンター呼吸器内科の医師・夏目は、生命保険会社に勤務する森川から、不正受給の可能性があると指摘を受けた。
夏目から余命半年の宣告を受けた肺腺がん患者が、リビングニーズ特約で生前給付金3千万円を受け取った後も生存しており、
それどころか、その後に病巣が綺麗に消え去っているというのだ。同様の保険支払いが4例立て続けに起きている。
不審を抱いた夏目は、変わり者の友人で、同じくがんセンター勤務の羽島とともに、調査を始める。
一方、がんを患った有力者たちから支持を受けていたのは、夏目の恩師・西條が理事長を務める湾岸医療センター病院だった。
その病院は、がんの早期発見・治療を得意とし、もし再発した場合もがんを完全寛解に導くという病院。
がんが完全に消失完治するのか? いったい、がん治療の世界で何が起こっているのだろうか―。

(2017/1/12) 26

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2017年5月27日 (土)

土曜日

今日は

私はマンションの管理組合の会議

2時間じっとしているのも慣れてきました。

おっとっとはお仕事へ。

息子は夕方から友達とお出かけ

3人三様

いい天気の土曜日です。

172今年こそ!と念には念を入れた土づくりから始めました。

プランターはなかなか難しい。

母が蒔いたゴーヤの種はさて、どうなるでしょうか。(前回

600


きゅうりは結構高い苗をかってきたらしいです。

趣味だから・・・といいつつ・・・

みんながんばれぇぇぇ

密かに私は声を掛けます。

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2017年5月26日 (金)

『蜜蜂と遠雷』恩田陸

今日は雨でした(今はやんでいるので、過去形)。

そろそろそういう季節が近づいてきているようです。

   *

やっと先日読み終えた本にブログが追い付いて来ました。

話題の「本屋大賞」「直木賞」作品

   *

読んでいる途中も、

本の間から音楽が溢れてくるようだ。

本を閉じてもなお・・・♪が溢れてくる、最高に楽しかった本です。

    *

ピアノと言えば、教職課程でやったきりの私には、

まったく縁のないピアノ・コンクールの話。

しかし、そんな私でも想像はできる。

鍵盤の上を踊り回る、同じ人間とは思えない指を持つ、コンクールに出る人物たちを。

作者は言葉で音楽を、それを表現する人々を,まるでそこで奏でているように

書き連ねていく。

    *

そして読んでいく私は、その音楽そのものを確かめに行きたくなるのだ。

うまくできているもので、

コンクールの演奏順に曲目がユーチューブにあげられている。

それを聞きながら本を読んでいくと、

面白いことにピアノの音が、風景が、目と耳から入り込んでくる。

それだけ、文章にも力がある。

幸せな時間だった。

音楽が行間からも聞こえる。文字では表現できないはずの音が聞こえる。

聞いたことある曲名を確認し、最終的には全部聞いていった。

知らない曲は、想像できない。

けれど、それさえ、文章だけで、素晴らしい演奏であることが伝わってくる。

作者は音楽の表現に同じことばを使わないように気をつけて、それは苦労したらしい。

    *

おかげで、より贅沢に、ピアノ曲を聴きながら読むことになった。

描写は緻密。

キャラクターも魅力的。

ピアノコンクールがどれだけ大変なのかもわかった。

のりに乗って(?)、どんどん読み進むことができた。

コンクールのハラハラドキドキと人間模様、

しかも才能あふれる人たちの余裕の中での競争。

魅力的である。

頭の中に情景が流れていく。

私にとっても素晴らしい時間でした。

    *

彼らの音楽が言葉によって伝わってくる。

マサル、亜夜、風間塵、高島明石。

天才の才能を語ることはたいそう難しいと思う。

マサル・カルロスは、風間塵と亜夜に比べ、より常識的で、そして情緒的に振り切れてもいないので、話の起伏が少ない。その分、その素晴らしさを語るのもあっさりしている気がした。

彼はコンテスト優勝者ではあるのだが、その素晴らしさはあまり書かれていない。彼の音楽の素晴らしさは文章からはあまり伝わってこないように思った。

当然ながら、筆者の心意気とコンテスタントの能力は同じではないということだ。

この3人の天才の物語とは少し立ち位置が異なるが、高島明石の物語はサイドストーリーとして、普通の人により近い立場の人間として、この話のキーポイントにもなっている。これもまた興味がある。

明石のこれからの話も見てみたい。

恩師のギフトであり、音楽界のスパイスとして投入された風間塵

彼を触媒にして、周りのものはさらに前に進んでいく。

同じステージに立つ演奏家たちが互いに刺激し合って、どんどん成長していく、ということかな。

彼は意識していない才能の持ち主なのだろうか。

自然児 風間塵

    *

ネットで調べていくと、音楽映像も多々あった。

同じ演奏曲目をいろいろな人ので見たり、

時どき本を離れてユーチューブを渡り歩いたり、

有名なピアニストの演奏はもちろん、コンクールの金賞受賞者とか、銅賞とかの人のものや、小さい子供の演奏など、興味深かった。

この話に当てはめて考えたりもした。

ピアニストの流れるような、素早い指の動きをみて、うっとりどころか、驚いた。

久しぶりに音楽に浸った読書で、お得な豊かな時間を過ごせました。

    *

将棋の藤井聡太君然り、風間塵君然り、天才って、って

現実と空想をごっちゃにするなぁぁぁ、デスネ。

長々と失礼しました。(まとめろ!すみません、出来なかった)

内容紹介

俺はまだ、神に愛されているだろうか?

ピアノコンクールを舞台に、人間の才能と運命、そして音楽を描き切った青春群像小説。

著者渾身、文句なしの最高傑作!

3年ごとに開催される芳ヶ江国際ピアノコンクール。「ここを制した者は世界最高峰のS国際ピアノコンクールで優勝する」ジンクスがあり近年、覇者である新たな才能の出現は音楽界の事件となっていた。養蜂家の父とともに各地を転々とし自宅にピアノを持たない少年・風間塵15歳。かつて天才少女として国内外のジュニアコンクールを制覇しCDデビューもしながら13歳のときの母の突然の死去以来、長らくピアノが弾けなかった栄伝亜夜20歳。音大出身だが今は楽器店勤務のサラリーマンでコンクール年齢制限ギリギリの高島明石28歳。完璧な演奏技術と音楽性で優勝候補と目される名門ジュリアード音楽院のマサル・C・レヴィ=アナトール19歳。彼ら以外にも数多の天才たちが繰り広げる競争という名の自らとの闘い。第1次から3次予選そして本選を勝ち抜き優勝するのは誰なのか?

(2016/9/23) 25

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2017年5月25日 (木)

『誰か』『名もなき毒』宮部みゆき

5月も後半になりました。

遊び疲れて、風邪ひいて、

その間に友達との哀しい別れなどもあって、

ボーっとしながら、服の入れ替え。

ふと見ると、夏服がとっ散らかって日は暮れて、

寝る場所が無い今の状態であります。

ふーっ

片づけよー

   *     *

希望荘』を読んでから、杉村三郎シリーズに着目した。

軽く読める感じがしたから、かな。

で、最初の「誰かーSomebody」及び「名もなき毒」をリクエストして、続けて読んだのは

連休あたりだったか。

お出かけが多かったもので

読書メモは今頃になった。

「毒」は「誰か」の中でも重要ワード。「悪意」と同じ意味かな。

人の世には毒が存在する。

    *

「そこに住む人間の営みが刻み込まれてる。でも良いことばっかりとは限らない。邪悪も染み込んでる。それが“毒だ”」

「人が住まう限り、そこには毒が入り込む。なぜなら、われわれ人間が毒なのだから。」

その毒がいかにモノやヒトを蝕むかが描かれている、ということだろうか。

病んだ家のイメージは毒に侵された人体と置換可能ともある。

「名もなき毒」では、歪な精神の持ち主が現れる。

そうした者たちが仮面をつけたままこの社会で、普通に生活しているという問題点に気づき、不安視していた作者、まさにそのとおりである。

『誰かーSomebody』 2003/11/13 23 

内容(「BOOK」データベースより)

財閥会長の運転手・梶田が自転車に轢き逃げされて命を落とした。広報室で働く編集者・杉村三郎は、義父である会長から遺された娘二人の相談相手に指名される。妹の梨子が父親の思い出を本にして、犯人を見つけるきっかけにしたいというのだ。しかし姉の聡美は出版に反対している。聡美は三郎に、幼い頃の“誘拐”事件と、父の死に対する疑念を打ち明けるが、妹には内緒にしてほしいと訴えた。姉妹の相反する思いに突き動かされるように、梶田の人生をたどり直す三郎だったが…。

『名もなき毒』(2011/12/6) 24

今多コンツェルン広報室に雇われたアルバイトの原田いずみは、トラブルメーカーだった。
解雇された彼女の連絡窓口となった杉村は、振り回される。
折しも街では、連続毒殺事件が注目を集めていた。
人の心に巣食う毒を圧倒的筆致で描く吉川英治文学賞受賞作。杉村三郎シリーズ第二弾。

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2017年5月23日 (火)

『その雪と血を』 ジョー・ネスポ

ジョー・ネスポの本です。

ジョー・ネスボは、
「1960年ノルウェー、オスロ生まれ。1997年に『ザ・バット 神話の殺人』でデビューし、同作で北欧ミステリの最高峰「ガラスの鍵」賞を受賞。世界的な人気を誇る北欧ミステリ作家」である。

相変わらず北欧ミステリは盛んであります。

200ページに満たない、ポケットミステリの判型に一段組みの文章。

かなり早く読めた。

その文章は簡潔、すっきり、無駄なものをそぎ落として続く。

静かなリズムを感じて心地よい。

飽きるとか、冗長なところが無い。

スパッとしていて、中身はこれで十分。

殺し屋オーラヴ、殺し屋なのに心を寄せてしまいそうになる。

ボス・ホフマンと、そしてその妻のしたたかさ。

先の読めそうで読めない緊張感。

2人の女性との愛。

凍る北国の白い雪を染める真っ赤な血とのコントラストが、視覚的に目の前に現れる。

とても印象的であります。

「スノーマン」より好き。

ミステリとしては「スノーマン」だろうし、これはミステリではない。

殺し屋のロマンス、クリスマスストーリー。

雪と血がオープニング、そして終わりも同じ「雪に血」。

すこし単純なところもあるけれど、それはそれで映像が浮かぶ物語。

内容紹介

オーラヴ・ヨハンセンは殺し屋だ。今回の仕事は、不貞を働いているらしいボスの妻を始末すること。いつものように引き金をひくつもりだった。だが彼女の姿を見た瞬間、信じられないことが起こる。オーラヴは恋に落ちてしまったのだ……。雪降りしきる70年代のノルウェーを舞台に、世界で著作累計2800万部を突破した北欧ミステリの重鎮が描く、血と愛の物語。

(2016/10/6) 22

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2017年5月20日 (土)

『アンマーとぼくら』 有川 浩

今日はいい天気でした。

良すぎたくらいで、暑かったです。

母のところにいろいろお土産を持って行きました。

170腰が痛いと言っていましたが、

ニガウリの種を蒔いたのが出てきたから、ともらってきました。

さすがであります。

うまく育つといいな。

こんなことを書いて、ブログを放って他のことをしていたら、気が付けば夜でした。あはは

    *

有川さんの本は好きです。

悪意が無い。

ふわっとした気持ちで読み終えた。

激しい感情はなかった。

全体として

ゆったりとほんわかと進んだ物語。

それが強く揺れた場面があるとすれば、雨の中の父と子の争う場面かな。

時代が前後して

書かれている、

そしてそれが時々同時に重なる。

不思議な夢の中のような気分さえする。

今はいつなのか、どこの時代なのか、

中身も交錯して書かれている。

思いを素直に出せず、後悔している気持。

義理の母とわかり合い、父とわかり合う、少年が大人になっていく。

きみは愛されているから大丈夫、自信を持って!

そんなことが湧き上がらせる、そう、ファンタジーだな。

行ったことのある沖縄名所が数々出てきて懐かしい。

内容紹介

休暇で沖縄に帰ってきたリョウは、親孝行のため「おかあさん」と3日間島内を観光する。一人目の「お母さん」はリョウが子どもの頃に亡くなり、再婚した父も逝ってしまった。観光を続けるうち、リョウは何かがおかしいことに気がつく。かりゆし58の名曲「アンマ―」に着想を得た、書き下ろし感動長編。

(2016/7/20)21

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2017年5月19日 (金)

桜島へ家へ…⑥

(最初から読むのはコチラ

朝6時出発予定だったが、桜島観光に変更したので、

ゆっくりと出発

151ホテルで朝食を食べてから出る。

なかなかおいしい朝食でした。

数分走ってフェリー乗り場へ。

手招きされるまま、船の中へ。

「切符買ってないのですが…」「後払いでーす。」

車から降りて、上へあがったら、

船は既に進みだしていた。

海の上から光の道とともにみる桜島もいいですね。

153152まだ時間が早いので、ビジターセンターや道の駅は開いていない。

で、まず「溶岩なぎさ遊歩道」を進んで「足湯」へ。

全長100メートルもあるそうだ。1000メートルの地下から出て来る温泉。

前には錦江湾、振り向けば桜島。(逆も可)

しばし温まる。体までポッカポカ。

155_2それからおすすめスポット「湯之平展望所」へ。9時。

海抜373メートル、桜島の4合目にある。

噴火口に近いところだが、その時は静かだった。

山はまだ寝ていたらしい。

山の形がくっきり、近くに見えた。

また溶岩が流れ出た様子なども良くわかった。

戻って、ビジターセンターでお勉強。

シアターで説明を見た。

高級デコポンとリーズナブルな甘夏を買った。

道の駅でもお土産を買う。

「びわ」が最盛期のようだった。

桜島の火山灰の土地は果樹の栽培に適しているらしい。なるほど。

158それから、「有村溶岩展望所」へ。

ここは観光バスや車がいっぱい。

大正3年(1914年)の大噴火で流れ出た溶岩の上に作られた展望所。

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遊歩道ができている。360度の展望が望める。

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ゴンという音がして、小さくモクモク煙が上がってきた。

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次は、「黒神埋没鳥居」

そこに向かう前のところで、見えた桜島山。

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「鳥居」

もとは

高さ3メートルあったものが上の部分、腰の高さぐらいを残して埋没している。

さて次は

お昼です。鹿屋まで行きます。

160


途中垂水の海沿いに立派な並木がありました。

アコウという木です。
古く100年ぐらいだそうです。100本ぐらいあるということです。

お寿司屋さんも息子1お奨めの回転すし、「寿司とら」だったかな。

たいそう人気のようです。30分ぐらい待ってカウンターに並びました。種が大きく、おなか一杯になりました。

それからもう少し足を延ばして、荒平天神へ。

161169鳥居が砂浜の上にあり、

鳥居をくぐっていくと、

岩山の頂上付近に神社があります。細い急な階段です。

164_2


きれいな海

1632時半出発

ここからは

錦江湾を巡って

空港へ向かいます。


4時空港着。

5時半の飛行機だったので、

中でみんなでビールで打ち上げをした。

家までの運転手はもちろん飲まない。

(羽田空港での帰り、首都高の入り口を間違え、ちょっと都内(どこだかわからない)をドライブしたのは内緒です。)

どうもありがとう。みなさん。

どうもありがとう、お疲れ様でした。楽しかったね。今度は〇ちゃんも一緒にね。」

と、娘からのメール。

いつか、リベンジしましょう。

(おわり)(翌年めでたく揃って行けました。そのブログはコチラ)

 

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2017年5月18日 (木)

蒲生の大楠と鹿児島市内巡り…⑤

さて、次は日本一の大楠です。

国の特別天然記念物に指定されています。

133132蒲生(かもう)八幡神社境内にそびえ立つ大楠は、
樹齢約1,500年、根周り33.5メートル、目通り幹囲24.22メートル、高さ約30メートルと日本で一番大きな楠です。

環境庁が昭和63年に実施した巨樹・巨木林調査で、日本一に認定されています。

平成元年6月、緑の国勢調査と呼ばれた環境庁の「全国巨樹巨木林調査」でも、蒲生の大クスが全樹種を含めて日本一の巨樹であることが確認されたという。

蒲生八幡神社が建立された1123年にすでに大木であったそうで、樹齢千年を超える堂々たる老木です。

134140樹根部分には、8畳分もの大きな空洞があり、下から見上げる壮大さと、地にどっしりと根をはった力強さは、神秘的で不思議な感覚を抱かせてくれます。

楽しみにしてきました。

駐車場からすぐのところにありました。

周りは木の柵で囲われています。

何と比べたらいいでしょうか。

目のあたりの太さが24メートル以上。

135_2その存在感に圧倒され、木道の周りをうろうろ。

大きすぎてどこまで下がったらいいかわからない。

136_2結局
自分の目で見ることが多く、写真はあまり撮れなかった。

根の部分はまるで巨大な怪獣の爪(?)

166


167


覆われたコケや草などが寄生している。

見あげると緑が降り注ぐ

圧倒的な

サイズ違いの大きさ。

初めてです。

来てよかったね、と言いながらホテルに向かいます。

137141142138_2ホテルは天文館に歩いて行けるところにあります。(これも息子1が予約してくれていました。むねん)

夕食は6時に予約してあるので、それまで市内散歩

照国神社

143144146_2
147鹿児島は空間が広い。

よって道も広い。

銅像などが多い。

145「小松帯刀像」

西郷さんと一緒に写真を撮りました。

観光パンフレットが充実している。

「どうして日本酒は高いのか。」とは息子の弁。

娘は「この辺の芝はとても美しい。」と。
149_2148_2150_2天文館はにぎわっていました。

お魚もおいしかったです。特にシマアジのお刺身。

宴会では

「みんな家族を残してきてるからね。」

「そうそう」、「ア、うちもだった。息子を。」

部屋に帰ったらみんなバタンキューでした。

今朝早かったからですね。

(⑥へ続く)

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鹿児島神宮…④

121お昼は黒豚とんかつを頂く。

早めだったので、良かった。

出る頃は満員。

歯ごたえのある、脂身もおいしい黒豚だった。

     *

122次は「大隅一宮正八幡」である「鹿児島神宮」へ。

正八幡と称し、全国八幡社の本宮である。

この鳥居をくぐって、向こうから入ってくると駐車スペースがある。

124125緑深い静かな古い社だ。

歴史は古くいつから存在していたかは定かではないようであるが、神武天皇の時代から存在すると伝えられてもいる。

901年には歴史上その存在が記されていることから、少なくとも1100年の歴史があることは間違いない。927年に完成したとされる、「延喜式」に記載されている神社(式内社)である。

123126現在の本殿は宝暦6年(1756年)に島津重豪【しまづしげひで】によるもので、鹿児島県内最大の木造建築物

拝殿、勅使殿と共に鹿児島県指定有形文化財となっている。

130129127128装飾も美しい建物。

拝殿の天井格子240枚余りには植物が色鮮やかに描かれている。

131


境内には巨木があり、参道、石段の両側にも大きな楠が門のように向かい合っている。樹齢800年と言われる。

⑤へ

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2017年5月17日 (水)

『霧島神宮』…③

100_2101_210210310時前に雨上がりの霧島神宮へ着きました。

104二の鳥居・三の鳥居が緑の中に映えます。

青モミジもきれいです。

105_2展望所からは錦江湾と桜島が見えます。」

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霧島神宮は

「欽明天皇の時代(6世紀)、高千穂峰と火常峰(御鉢)の間に社殿が造られたのが始まりとされる。

しかし、火山の麓にあるという立地のため、何度も炎上し、天暦年間には瀬多尾越(現在の高千穂河原・古宮址)に遷されましたが、ここもたびたび噴火の巻き添えで炎上したそうです。

文明16年(1484年)、島津忠昌の命により再建したのが、現在の霧島神宮です。

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素晴らしい装飾

西の日光とも言われているとか。




この建物はその後も幾度も炎上し、現在の社殿は正徳5年(1715年)、島津吉貴の奉納により再建したものです。

歴代島津氏の尊崇篤く、重要事の決定に際し、たびたび神慮を仰いでいる。

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また、坂本龍馬が日本最初といわれる新婚旅行で霧島連峰を訪れ、山頂の逆鉾を引き抜いたと姉に手紙で送っているとか。

その頃にはすでに山頂には天津日高彦火瓊瓊杵尊が突き刺したという天の逆鉾があった、ということです。」

御神木も素晴らしいです。

(④へつづく)

 

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2017年5月16日 (火)

やっとこさ空港へ、やっとこさ鹿児島へ…②

そこへ来て、ちょうど同じ木曜日夕方6時過ぎ、

夜中、息子1が前から酷い咳だったのが、悪化していた。

仕事に出かけたが、心配で、メールで「お医者さんに行ったらどうかな。」

「今まさに向かっているところです。」

そうか、思うところは同じだ。

さほど心配していたわけではない。薬をもらってみんなで出かけよう、という感じでいた。

レントゲンと血液検査をして帰ってきた。

明日結果を聞きに行くという。

風邪が酷くなっているということだった。

    *

翌日「難しい病気じゃなかったら、行くからね。」「了解じゃ」

しかし、なかなか医者から帰ってこない。

途中、結果を聞いても返事がない。

息子1いわく「こころ折れた」らしい。

フラフラでもあったようだ。

3日間は絶対安静と言われて帰ってきた。

ムリすることないよ。体が大事。たしかに大変だ。

夫は何度も「明日起きて気分が良かったら…」などと

思い切り悪く、希望的観測を述べている。

また行けばいいんだから…

で、欠席となった。

この計画をすべてキャンセルするかとも思ったが、

それでは責任を感じてしまうかもしれない。

    *

息子1の言うとおり、

「太い道を行って、佐多岬まではいかないで、安全運転で、行って来ればいい。」

ということに。

「〇君が行けなくなりました。違う組み合わせの4人で行きましょう。」と

メールを出した。

後で聞けば、娘のところにはこのメールが届いていないという。

間違ってパソコンに送ってしまったようだ。

娘は空港で「あれ、〇ちゃんは?」と聞いてきた。

知らなかったのだから、びっくりだったろう。

    *

今まで、空港までも、行った先でも、すべて息子1が運転していたのだから

その点が大慌て。

空港までは何とか早目に着いた。無事。

金曜の夜、息子1はメールで飛行機、レンタカー、ホテルなどの予約の状況を送ってくれた。

行きの飛行機Jの「タッチアンドゴー」のメールも来ていた。

私の名前で来ているのだから、他の参加者にも来ているだろう。

娘は6時には着くと言っていた。

検査場を先に通って乗り口で待ち合わせた方がいいよ、混んだりしたら困るし、(とは私)

そうだね、そうしようか。(そんなことをしていたらたいへんだった。)

で、自分のメールを見ていた息子2が

あて名は自分のになっているけど、開いたバーコードの名前は別の人になっていることに気が付いた。

どういうことだ!

3人で見比べてみる。

私と息子2と娘のはメールがあるが夫のはない。

絶賛!病気療養中の息子1にも電話で問い合わせたり・・・

療養する間もない。

さらに娘に電話をして聞くと、そんなメールは来ていないという、ありゃりゃ

あわてて、カウンターに向かう。ぞろぞろ

事情を話して、免許証を提示しているところに

娘がやってきて、同じく免許証を出し、

無事4人分のチケットが発券された。

先に我々だけ、検査場を抜けていたらどうなっていたろう。(無事抜けられたらの話だが。)

良かったねぇ、4人で乗れて。

終わりよければすべてよし、だ、と言えば。

「まだ終わっていない!今から始まるんだ。」と言われた。確かに。

かくして

8時10分鹿児島空港に着陸した。

    *

まず帰りの便を1名キャンセルし、

それから、レンタカー屋さんへ。

今まではすべて息子1が手続きをしていたのだが

息子2と娘がやっている。

フリードを予約したのに、何の手違いか、大きいワゴン車だった。

帰って聞けば車種指定してあったというのに。

そのへんも分からず、少々難のある車で出発した。

まあ、最近まで家にあった車と同じ大きさである。

まずは息子2がハンドルを握ってくれた。

隣は娘。

私たち二人は広い後部座席でゆったり。

まずは、霧島神宮へ。

やっと観光になりますな。(③へ続く)

 

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2017年5月15日 (月)

行ってきました。恒例の父の日母の日記念旅行…①

恒例の記念旅行に行って、

無事昨夜帰ってきました。

正式名称「 2017年度父の日母の日記念鹿児島旅行古稀記念スペシャルバージョン」

今回はいろいろありまして、

でも無事に帰って来れました。

めでたしめでたし、チャンチャン、とまだ終わらせてはいけません。

   *     *

これから

私自身のための、記憶にとどめるための詳細な記録をしていきます。

お時間のある方はご一緒に・・・

あの2月の大行事と並行して

1月末からこちらの計画も進行していきました。

まず、早期予約の売り出しに何名分の申し込みをするか、からです。

     *

夫は毎回この旅で、土曜の夜に宴会をするたびに

そこにいない人を思い、

写真とメールを送ります。

「ここに〇ちゃんがいたらなぁ。」

その時がとても楽しいからこそ、

ついそう口に出してしまうのです。

私は

「何を言う!」という感じで怒ります。

その気持ちもわかるけれど、

今ここにいる人のありがたい気持ちを逆なでするようなものだと。

しかし、その気持ちもわからないではない。

    *

で、今年は二人とも70歳。(なんでもいいのです、騒ぐ口実であります。)

機会としては、大義名分もたち、いいかも、

で、娘に恐る恐るメールをしてみました。

かくかく云々であるので、

「参加できる?無理しないでね。」

「それは私一人の参加だよね。」「そう」「わかった、相談してみる」

てな感じで

それぞれの家族の協力もあり、5人での旅行となりました。

    *

目的地もいろいろ出ましたが、

「われわれはどこでも楽しむことができる。」という息子1の言葉にあるように、

どんなところでも

興味を持って楽しむことができるという特技(?)があります。

でも、

日常を離れて、忙しさから離れて少し遠くへ。

投票の結果「鹿児島」に行くことになりました。

飛行機の予約、宿の予約、レンタカーの予約は1月に息子1が手配してくれました。

2月のあの行事も無事終わり、

私は息子と相談しながら

日程を組みました。

家族では「5人プラス祖父母」の7人で九州一周旅行(旅の栞名-九州急襲)をしたことが大きな思い出としてあります。、

霧島神宮および神社巡りアンド地元の名産を食らう」、そして翌日は「桜島から佐多岬」という予定に決まりました。

娘のところはどうかな、「泣いて嫌だと言ったらやめてもいいからね。」

「大丈夫だよ。」その言葉に安心しつつも、

一年生は5月病もあるし…

などと私一人で心配していたのです。

ある程度、直前キャンセルもありうると…

「こんどは◎ちゃん(マゴッチ)たちと一緒にいこうね。」

「うん!」というわけで、保険をかけて、・・・

数日前に集合時間などのメールをしたら、(朝早いのです。(6時25分の飛行機です)

「子供たちが不安定なので、前泊はできません。」と来た。

「不安定?やっぱり!?」(どきっ!)

「ムリなら仕方ないよね、欠席してもいいと言おうね。」という私の声を聞いて、

「そんなことは信じられない。」ふうな夫。

心配しながら

木曜日、夕方6時、娘に電話をする。

この時間は娘は一人なはず。

「どうなった?行ける?」

「え、大丈夫いくよ。」「だいじょうぶなの?」

「みんな行くのをやめろとは言ってないよ。

ただ、『70歳記念旅行なのに、司会の私が行かないっていうのはどうなの?進行できないでしょ、』って言っている。」

(確かに2月の古希記念コンサートでは見事な司会振りであった。)

「そうか、」思わず笑ってしまった。

10歳ともなると、いろいろ言えるものだ。

たしかに進行役は必要です。

二日後無事揃って出発できるでしょうか。

ところが、であります。(②へ続く

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2017年5月11日 (木)

『たった、それだけ』宮下奈都と「いいちこ」

9899_2我々が長野に行っている間の連休

息子1は九州に行っていました。

今年は九州重点年、らしいです。

「お土産はないよ、」「いいよ。」

と言いながら

出して来た「IICHIKO SUPER HITA

日田オンリーらしいです。

飲む前から、これ花瓶にいいね、

少し角をつけた素敵なフォルムです。

97_296こちらも頂き物。

一緒にお食事した時。

    *

さて、「たった、それだけ」という宮下さんの本です。

こういう短編連作物は好きです。

いろいろな面からライトを当てて、その立場から考えていく。

表裏が変わってきたり、

読んでいていろいろ関係が想像できる。

それぞれの「たった、それだけ」

言った一言、言われたひとこと、あの日、あのとき

それぞれの人に「たった、それだけ」

そんなことを思わせてくれるきっかけにはなった。

内容紹介

海外営業部長、望月正幸は、贈賄行為に携わっていた。
それに気づいた浮気相手の夏目は、告発するとともに「逃げて」と正幸に懇願する。
結果、行方をくらました正幸の妻、娘、姉……残された者たちのその後は。
正幸とはどんな人間だったのか、なぜ逃げなければならなかったのか。
『誰かが足りない』の著者が、人間の弱さと強さに迫る連作短編集。

  (2014/11/12) 20

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2017年5月10日 (水)

愛しのピンポンさん

大事にしていた

先日もらった花も大きな花たちは枯れてしまった。

でもまだ大丈夫!

93ガラスの花瓶に活け替えた。(花瓶を変えたのは4個目かな)

そんなことをしていた月曜日のことである。

「ぴんぽ~ん」「はい」「怪しいものです。」「ありゃりゃ」

今日の方が散らかっている。

「どうして電話してくれない。」なんて

自分が散らかしているのを棚に上げて、文句をいいそうになる。

最高に散らかってるけど、あがっていく?

ううん、忙しいから・・・

ホントかな。

次は絶対ね。

94「こごみ」と「ぜんまい」をいっぱい。

それとお豆腐と湯葉

ありがとうね。本当に。

車でも結構な時間がかかるのに

申し訳ない。

95今日はこごみを素直に辛子マヨネーズで。


「怪しいもの」という名前はやめよう。

愛しのぴんぽんさん」である。

これに変えよう。変えたからね、Iさん!

今度はそう名乗ってね。ドアの前で名乗る姿を思い浮かべた。

次は

ぜーったい、電話をしてきてください。10分前でいいから。ね。

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2017年5月 9日 (火)

お蕎麦と温泉と宴会と…⑤

近くの

お蕎麦屋さん「山麓亭」

時間も良いので混んでいました。(最初から読むのはコチラ

90で、もう少し先の蕎麦屋さんへ。

「小丸山そば加工センター 」という案内で行きましたが、普通のお蕎麦屋さんでした。
(写真はそのお蕎麦屋さんからの眺め)

お昼を過ぎていたので、私たちでお蕎麦は終了でした。

ついていた!

そこからすぐの崖の湯温泉「薬師平 茜宿」へ。

前にも来たことがあります。

66ところが「俺は初めてだ。」という人有り(夫)。

じゃ息子1と来たのかな、

(後で聞けば息子1も「わしも行ってない、」と。調べたら有った、私のこのブログに。こんな時便利じゃのう。息子よ、無実の罪(?)を、悪かった!)

休日だからどうかな、2時までなので、入るのは1時まで、ということで

ぎりぎり入れてくれた。良かった。

だからなのか、空いていて良かった。

それから

スーパーで買い物をして、

今晩は家で宴会じゃ。

お蕎麦屋さんで一束100円の「行者にんにく」をゲット。やすい! 

昨日の山菜とで、山菜祭りしましょ。

張り切って揚げている夫。

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「おいしい!」の一言がますます張り切らせる。

タラの芽の天麩羅がホントにたいそう最高に美味しかった。

もちろんコシアブラも美味しかったけど。

かなり多いと思ったけれど、完食いたしました。

持って行った我が家のホウレンソウは卵とじで。

鰹のお刺身。ニンニクで。

お嫁ちゃんのMちゃんが、二人が山菜取り行っている間に(私は車の近くでうろちょろ)

採ってきたわらびもいい味でした。(既に食べてしまって、ないッ!)

行者にんにくの味噌炒め、と鶏のナンコツとの炒め物二種

蕗味噌(息子の手作り。おいしかった。)冷奴

穂高ビール

日本酒

焼き鳥などなど

ゆっくり夜を過ごすはずでしたが

私は早めに眠くなりました。

今日もいい日でした。ありがとう。

明日は朝早くに出て帰ります。

渋滞になる前に。

    *

まず昨日の茜宿によって忘れ物を取りに行きます。

夫が息子2からもらった単眼鏡をお風呂に忘れたのです。

87そこから塩尻北インターで高速に乗り、みどり湖で休憩。(8時半)

アルプスの山たちよ、またね。

9192八ヶ岳あたりが9時。

相模湖から先少し渋滞という知らせに、相模湖で降ります。

母のところには11時過ぎに着きました。

トマトのお土産を渡して、またあしたね、と帰ってきました。

というわけで、行きも帰りも渋滞には巻き込まれずに帰ってきました。良かったよかった。

「遠足は家に帰るまでが遠足です。気をつけて帰りましょう。」無事家に着きました。

帰ったら、私は昼寝をしました。

    *

本当にいろいろとどうもありがとう。

「また8月に」と言ってくれたMちゃんの言葉が嬉しかったです。

「なんにもお構いできなくて。」とMちゃんが言えば

「大丈夫だよ。十分かまったから。」と息子が言います。

たしかに、じゅうぶんお構いいただきました、はい。(オワリ)

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2017年5月 8日 (月)

4日 高ボッチ高原へ…④

翌日は

高ボッチ高原に行きます。

484950515253途中松本の中山地区という、

菜の花のきれいなところでお祭りをしていました。

「何時からですか。」

「10時、てんおくろーっく!でも、見るだけならいいですよ。」

「ありがとうございます。」

北アルプスを真正面に見る素晴らしいロケーション

山には桜の木も。

充分に堪能して、感謝して、先を急ぎます。

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65高ボッチは何度も行きたいと思って「行こうよ」と言っていたところです。

交差が大変そうな林道を登って行きます。

距離はそう遠くはなく、広い駐車場に着きました。

案内板を見ると、その先にもあるようです。

もう少し行って、そこから歩くことにしました。

高ボッチはまだ春とは言えない色をしていました。

でも

その見晴らしには圧倒されました。

素晴らしい。

89まず北アルプス、

そして反対側には諏訪湖と南アルプスと、

そして、富士山が頭を出しています。

とはいっても

言われるまで見つかりませんでしたが。

88見えるでしょうか。

切り取ってみました。

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帰りにも

後ろ髪をひかれるように

何度も写真を撮りました。

雲を見ているだけでも

楽しい。

さて、お昼。

今日はお蕎麦かなぁ。(⑤へ続く)

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2017年5月 7日 (日)

霊松寺から夜は「ヒカリヤ」へ…③

前に来たときは2008年でしたから

運転は私のはず。

山道で

かなり狭い、急な坂道だったと思いましたが、

その通りでした。

やがて

お寺の大きな屋根が見えました。

霊松寺です。

22232427前に来たときは

桜吹雪が夢のように降り注いでいたのが印象的でした。(その時のブログ

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境内に入ってみると

桜が咲いていました。

本堂の前にシダレザクラも。

桜吹雪だった桜の木たちは

満開で花が膨れ上がっているようでした。26


数人のお参りの方がいらして、

その中の一人の女性と目があいました。

優しい目をしていました。

お互い頷いて会釈をして

「サクラがきれいですね。」

そういうことがしたくなるような

穏やかな時間でした。

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ゆっくり鑑賞して

お寺を後にしました。

お昼はどこで食べようか、

「安曇野 」という蕎麦屋があるらしい。

とりあえず行ってみようか。

「翁」といえば「長坂」のはず。

長坂の師匠の一番弟子が開いたらしい。長坂も弟子に変わったという。

行ってみたら、かなり待っていたので、次回にする。

つぎっ!

3029ガラリと変わって「レオ二ダス」へ。

穂高地ビールの工場のレストラン。

夜は豪華お食事を予約しているので、

軽くランチ、ワンプレートで。

明日の夜のために「穂高ビール」を買ってくれました。

3132もう一か所いつもの最終ポイントに寄ります。

なかなか帰ってきません。

車で待つ私の耳には美しい鶯の鳴き声が・・・

満足げな笑顔で帰ってきました。よかったね。

    *

それから近くの温泉・長峰荘で汗を流し(混んでいました)、

家へ帰って、着替えて、タクシーで「ヒカリヤ」に向かいます。

333436日本の伝統と西洋文化の両方を併せ持つレストラン」です。

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松本の名商家「光屋(ひかるや)」の母屋を改装して、「ヒガシ」として日本料理を、漆喰の蔵を改装して「ニシ」としてフレンチを提供しているという。37


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45我々は「ヒガシ」で高級和食!!。

息子のおごりということになりました。

ごちそうさま。

お酒もすべて、美味しかったです。

帰って爆睡しました。

43_246それもそのはず、

朝の3時から

目いっぱい動いて、充実して、幸せな一日でした。

(④へ続く)

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鷹狩山展望台(たかがりやま)…②

12141516行く途中の山道にも桜並木が。

次に向かったのは

大町山岳博物館を越えた上にある「鷹狩山展望台」です。

何とかは高いところが好き、というのか言わないのか、

とにかく私は高いところが好き、

というか

大きな景色を見るのが好き。

大きな山、大きな空、大きな海、

大きな木などを見るのが好きです。

そんな私にぴったりの鷹狩山18
1719「北は白馬岳から南は常念岳まで、北アルプスの山並みが一望できる鷹狩山山頂は、信濃大町駅から車で20分、歩いても2時間程度。

気軽に行ける場所でこんな絶景に出会えるとは!?という驚きと感動を与えてくれます。多くの方に日本一と言われるほどです。

山が雪化粧をしている時期、朝焼けに染まる連山は息をのむ美しさで迫り、『澄んでいく』実感を得られます。」HPより

好天気に恵まれて

山々はとてもきれいに見渡せます。

ここで我々はおにぎりを食べました。

美味しかったです。

気持ちのいい空気のせいでしょうか。

みんなの

わーきれい!すごーい!

と、言う声が聞こえます。20

21

    *

ここから近くの霊松寺に行きます。

桜がきれいかもしれないお寺です。

このコースは前にも来たことがあります。

探してみました。(こちら

(③へ続く

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2017年5月 6日 (土)

連休!でござる。…①

3.4.5で松本の息子夫婦のところに行ってきました。

いい並びなので

2日の夜から3日朝と

道路は混むと聞き、

考えた末、

3時に起きて、3時半出発

考えられる「早出」よりもさらに1時間早く出ました。

それでも車はいます。

SAもなかなか空きが見つかりません。

12しかし

渋滞に巻き込まれることは無く

無事予定通り

7時前に着きました。

せっかくの休みなのに

御邪魔して、申し訳ない、と言いつつ

「楽しみにしてきました。」

さて、今回はどこに行くでしょうか。

3おっとっとの希望は何よりもまず

「山菜取り!」

でも

さすがに

3時起きで運転してきたので、眠いでしょう。

7586ずいつもの大町のポイントへ。

1358


今年も

カモシカがいたそうです。

今年は

春が遅いようで、緑も少なく、

少し残念でした。

4もう終わったと思った桜があちこちに

咲いていて

嬉しかったです。

水の流れる音と鳥の声が良く聞こえる山の中でした。

私は

そのへんでうろちょろ。

景色を見て回ります。

11

  
昨日、帰りにも

ちょっと寄りましたが、

今日は定例の土曜日で、

母のところに、買いものをして行ってきます。

というわけでまずはここまで。

(②へ続く

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2017年5月 3日 (水)

“夜行”の話…②

先日の「夜行」から

夜行列車を思い出した。

「いろいろ乗ったなぁ、あったなぁ」と思い出すままに書いてみる。

いわゆる「つれづれなるままに・・・」ってことかな。

そう言えば、四季島っていう電車面白いですね。

5月1日上野を発車したとか。

来年まで予約で満員だとか。

定員が34とか言ってたので、なるほどとは思う。

    *

さて、話はガラリと変わり…大昔の話である。

とはいっても、汽車・電車はあった。

私が最初に夜行列車に乗ったのは父の故郷に初めて家族全員で帰った時

小学校低学年のころ。

子どもに言うと、

「お母さん縄文時代から生きてるんでしょ。」とか言われる、

私は答える、

「ちがーう、弥生時代だよ。」

いずれにしろ、ずいぶん前の話ではある。

その後も「あさかぜ」とか「みずほ」で何回か熊本まで出かけた。

父の両親が健在で、各自にお土産を買うところから大騒ぎだった。

その最初の時のことは良く覚えている。

またその後、祖母がひとりで東京に出てきたことがあって、しばらく家に滞在していた。

みんなで日光にも出かけた。もちろん電車で。

自分が歳を取ってくるにつれ、

おばあちゃんは元気だったなぁ、と思う。

あのころ幾つぐらいだったろうか。

遊びに行こうと、つれて行ってくれると「もし」誘われても、

元気じゃないと行けないものね。

がんばるぞ。

その祖母が熊本に帰るのを、二つ違いの妹と二人で送って行った時が

初めて親と一緒でない旅であり、夜行列車に乗った旅でもあった。

無事送り届けた後、二人で周遊券を使って、九州一周の旅をした。

鹿児島桜島指宿長崎鼻、都井岬、宮崎日南、阿蘇、高千穂、天草から船で雲仙、そして長崎とくまなく廻った。

そして帰りも長崎から夜行列車

早朝着いたのは大阪で、大阪城を見学し、

またその日に夜行列車で東京まで。

さすがに大阪では疲れてきたかも。

若かったから無茶もできた。

それからも何回か

夜行列車で出かけた。

寝坊なので大きな目覚ましを持っていたのだが、

それが夜行列車の寝台の上の方で

「ジリジリ」と鳴りだしたときはおかしかった。

妹のリュックの中で、くぐもった音で鳴りだし、

あわてて起き上がる妹の姿は今でも覚えている。

それから2週間の北海道一周にも出かけたときも、夜行列車だった。

上野から函館まで夜行列車、札幌から稚内までも、北海道は何回も夜行列車を利用した。

今は新幹線や飛行機に変わられ、

寝台列車も減った。というか、サンライズだけなのかな?

鳥取からも夜行で帰ってきたこともある。

あの餘部鉄橋も下からはよく見ていたのを、実際に列車で走った夜行列車の音も忘れない。

その後すぐ架け替えられた。

    *

また夜行バスもかなり乗った。

どんどん楽になってくる夜行バス。

バブル期には歩いて15分の最寄駅前からも

あちこちに向かうバスがあって、良く利用した。

両親と4人で奈良にも行った。これは子どもたちが中学のころ。

朝着いたら、法隆寺の前だった。

知ってはいたが驚いた。

朝のお勤めのころに着いて

お坊さんに「ご苦労様です。」と言われたことが今でも懐かしい。

息子1が初めて三陸への旅行に誘ってくれた時も、

本人は夜の新幹線で帰ったが、

我々は往復夜行バスで帰った。

多分安かったからだろう。それと帰るのが楽だったこともあった。

朝着いたら地元というのは捨てがたい。

出発まで駅前の居酒屋でビールを飲んで待っているのも楽しかった。

盛岡からの夜行バスを待ったのはもう一度ある。

出張中の息子2と青森に行った帰り。

わざわざ青森から盛岡まで高速バスで行き、そこで夜行バスに乗った。

やはり駅前の居酒屋で、この時は息子2は一番の私の飲み仲間だったので、

随分楽しんだ。

この青森の旅では行き、弘前までも私は一人夜行バスで行った。

これはブログにも載っている。(探してみた。これだ。)

地元からではなく浜松町からのバスで行った。

浜松町からは

広島へ、鳥取へ。そして弘前へ。

どれも行くときは、私一人だった。

着いた朝、一人でレンタカーを借りて

息子のホテルの前で、電話して

「私だけど…」とかいうのもあった。

この時はもう一人出張の人を山口で拾って・・・

探してみよう。(これだ!)

とか何とか、

きりが無いので

終わりにする。

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2017年5月 1日 (月)

5月1日

147先日頂いた花も元気です。

花瓶を小さいものに変えました。

ポットですけど。

    *

さて、風薫る5月とはよく言ったものであります。

しかし、今日は午後から不安定な天気らしい。

昨日、歩いて30分ほどのところにあるデパートまで

買い物に行きました。

連休のいわゆる手土産を買いに。

ひとりでは重いので、二人で行きました。

往復1時間。

7500歩にしかならなかった。でも疲れた。

148150途中歩いていく道には

花たちがひっそりと、あるいは自慢げに

それぞれそれなりに

咲いておりました。

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途中から写真を撮ったので、少しですが。チェリーセージ

153空には雲無く、

真っ青な色。

晴れ晴れいたしました。

こでまり

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モッコウバラも真っ盛り

今日は

亡くなった父の誕生日、

そう思ったら

何だか・・・

さぁ。今日も元気に生きましょう。

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