« 熊野速玉大社と棚田…⑥ | トップページ | 高野山から帰ります。…⑧ »

2017年4月 6日 (木)

瀞峡から熊野本宮大社、そして宿まで…⑦

十津川村にやってきました。

瀞峡ジェット船での見学が中止になりました。

水が足りないようです。

67瀞峡は「瀞八丁」の名称で国の特別名勝・天然記念物に指定されているらしいです。

ほとんど流れを感じない、まったりとしたエメラルドグリーンの川の色がとてもきれいです。

81瀞峡の成り立ちを調べてみました。

「瀞峡(どろきょう)は、吉野熊野国立公園の一部で、奈良県、和歌山県、三重県の三県にまたがる、太古より巨大な滝が少しづつ岩をえぐり、滝壺を後退させていく、そんな浸食活動の繰り返しによって延長31kmの瀞峡が形成されたといわれています。」

66_2いろいろ調べていくと

ジェット船に乗れなかったのはちょっと残念であります。また!機会があれば…です。

田戸でバスから降りると

川が見えます。きれいな色の川ですが、確かに水が少ない…

瀞ホテルのそばの細い階段を降りて川沿いに進みます。

何分ほどでしょうか、片側は川、という細い道をよろよろ進んでいくと

6162つり橋がありました。山彦橋です。

長さ83メートル
高さ25メートル

この橋をわたるには、雨で滑るし、へっぴり腰の私がゆっくり歩くと

みんなに迷惑がかかるので、約一名を派遣いたしました。

見ていると面白いです、

みんなが同じ方向から歩き出すので、大きく左右に揺れていきます。

みぎっ!ひだりっ!てな具合に、足を進めるとそのまま橋も揺れるのです。スキーのボーゲンみたいな感じ。

6365写真を撮りながら

瀞ホテルまで戻ってきました。

私には結構大変でした。

あと一つ神社があるので、その分元気を取っておいたのに・・・

でも大丈夫!そこまでまたバスで座っていけるから・・・充電できます。

瀞ホテルは川の要塞!お城のように石の上に建っています。

和歌山県、奈良県、三重県のちょうど『三県境』にあるのが『瀞八丁・瀞ホテル』です。

   -----------

80瀞ホテル本館(奈良県の有形文化財に指定されているそうです、その文書から) 

平成23年の紀伊半島大水害で被害を受けたそうで、水がここまで来たとのことでした。

     ------

大正6年に「筏宿 あづま屋」として創業し、昭和初期、観光旅館として名前も「瀞ホテル」に変わったという。

今の持ち主が復興を目指し、平成25年から食堂・喫茶店として営業が再開されている。

渓谷沿いの断崖絶壁の立地にあり、瀞峡の景観に溶け込み、石垣の上に建つ木造の多層建築は独特の存在感を放っている。

瀞峡を支えた観光旅館として地域の歴史に欠くことのできない重要な建築であり、かつ近代以降の観光を推進したということで、指定されたようだ。

  --------------

再びバスに乗り、熊野本宮大社

熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。

熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。

浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。

そう言えば「よみがえりの地」と現地でも聞きました。

8268神社入り口の鳥居をくぐり、立ち並ぶ「熊野大権現」の白旗の前を通り過ぎ、158段の階段を上りきると

広い境内には拝殿と神門があり、古色ゆかしい雰囲気を漂わせていた。

69ここは朱色ではないことは前から知っていた。71落ち着いたこげ茶色、檜皮葺の屋根に光り輝く金色の飾り、渋くて良かったです。

70それから歩いて

73

大斎原(おおゆのはら)
へ。(私が来たかったのは、見たかったのはここでした。)

74


85


84


「熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。 

83江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
 

ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。」

高さ34m・幅42m日本一の大鳥居です。

何も無くなったところに凛と建っています。爽やかな空気が吹いていました。

奥熊野の川湯温泉に泊まります。川の音と鳥の声、静かなお宿でした。

5時過ぎ着(⑧へ続く

|

« 熊野速玉大社と棚田…⑥ | トップページ | 高野山から帰ります。…⑧ »

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 熊野速玉大社と棚田…⑥ | トップページ | 高野山から帰ります。…⑧ »