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2017年4月の24件の記事

2017年4月29日 (土)

『死んだライオン』ミック・ヘロン

145146気が付けば

4月29日で、明日で4月も終わります。

早いものです。

母のところに行ってきました。

ナニワイバラが満開を少し過ぎ、地面に花びらがたくさん落ちていました。

連休の初めということで、幹線道路もどこかしらいそいそと

混みあっていました。

     *

さて、ル・カレのスパイ小説に手こずった私が、なんでまたスパイ小説?

理由は良くわからない。偶然です。

とはいいつつ、こちらの方が、とっつきやすい。

誰もかれもが一見癖のあるキャラクター。

さもありなん、みんな何かしでかして、ここにいる。

いろいろ怪しげな情報が飛び交うなか、

ウィットに富む言葉やしゃれたフレーズが散りばめられていて…いかにもイギリスらしく。

モーム、フレミング、グリーン、ライアル、ル・カレといった英国スパイ小説作家がいるが、その後に続き、継ぐものといえるだろうか。

内容(「BOOK」データベースより)

一人の元スパイが心臓発作で死んだ。その死に疑惑を抱く者はいない…ジャクソン・ラム以外は。スパイは死ぬまでスパイだ。スパイが死んだなら、そこには必ず何かがあるはずなのだ。はたせるかな男はメッセージを遺していた。ただ一語“蝉”―それは旧ソ連の幻のスパイにかかわる暗号名だった!ラム率いる“泥沼の家”の落第スパイたちが、動き出す。『窓際のスパイ』に続く会心の痛快作。英国推理作家規会賞ゴールドダガー賞受賞!

早川書房 (2016/4/7) 19

「蝉」「死んだライオン」の意味するところも面白い。

それがすべて昔理由もなく(?)壊された町に関係するものだった。

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2017年4月28日 (金)

一年生になったよ

新学期になって

小学校高学年になったマゴッチ1は

いろいろと忙しい。

4月に保育園から小学校に入れることになった

(無事、許可証が来たらしい、聞けばだれにでも来るものらしいが、当の本人は知っているのかいないのか。)

マゴッチ2は

今、ものすごく頑張っている、模様。

その様子がうかがえる。

とても楽しいと言っている。

姉が「宿題は?」「塾の宿題はどうした?」と

さんざん言われているのをしり目に

マイペースで頑張っている。

一生懸命、充実した毎日を過ごしている様子に

頬が緩んでしまう。

お蔭で

8時半にはバタンキューで

すやすや・・・

   *

ただいまぁ

私が行った一日目は

ジュースを飲んだりおやつを食べてのんびりしていた。

「あのね、お仕事から疲れて帰ってきたママが

喜ぶことって何かな。」と私が聞くと

首をかしげ、少し考えて、

ぎゅっ」とすること?という。

たしかに…それが一番うれしいかも。ね。

「それもあるね、もう一つ、

一年生になった〇ちゃんに、してほしいこと、なぁんだ」

「あ、わかった。宿題でしょ。」

ということで、

早速宿題を始めた。

偉いねぇ、まだ宿題も少ないしね。

忙しい姉とは違ってまだまだゆとりがある。

まあそういうことで

私は「新一年生」とこの三日間よく話をした。

     *

校歌おぼえた?

と聞けば

1番2番と

朗々と歌ってくれる。

また「一年生になったら♪」の歌を

「一年生になったよ♪」と歌詞を変えて

学校で歌うそうだ。

たしかに

一年生になって

そろそろ一か月だ。

毎日を楽しく目いっぱい吸収していく子供たちに

目を細めている私であります。

お姉ちゃんも、

学校でも頑張っていて、盛りだくさん

一日が24時間では足りないようです。

体だけは気をつけてね。

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2017年4月27日 (木)

三つのハグで幸せ!

昨日夜帰ってきました。

144ハグその1

学校から帰り、塾に向かうマゴッチ1と。

「今度は塾が無いときに来てね。」

そうだね、そうするね。

帰ってきたときは帰ってしまっていないから…

また来る時まで元気でね、

ぎゅっ

ハグその2

ママが帰ってきて

夕食を食べ、遊んでいたら、

特急に間に合わなくなりそうで、

30分遅くに変更してもらった。

あわてて帰りつつ、

「じゃあね」マゴッチ2とぎゅっ

「今度はいつ来てくれるの?」「運動会かな。6月の。」

「それまでは来ないの?5月とかは?」

まあ、なんと、久しぶりに来たってことは

いいなぁ。なんだかいつもより多めに歓迎されて…うれしいな。

で、ぎゅっ!

ハグその3

新宿に着いたら8時3分

でもこれ以上早くはできなかったから、

8時半にしてもらって良かった。

と、ゆっくりゆっくり構内を歩き、

ころばないように・・・人ごみの中を行く。 

時間はたっぷりあるので、椅子に座りしばし待つ。

電車が来てそろそろ乗れそうだと思って

乗り口に向かって歩いていた混んだホームで

ふと目があったご婦人

ふとあった目がしばし、お互い止まった。

「うんっ!」

「えーっ!」

「〇さん?」

「そう、△さんでしょ?」

てな感じで一応確認をした。

お互い知らない人ともこんなことをする可能性を十分持っているお年頃でありますから、

確認は大事であります。

(そこで,今、これを書きながら、私の想像力は、これが全く知らない者同士であった場合のいくつかのパターンを考えて、思わず笑った。最後まで気が付かない場合、話の途中でわかった場合、でも気まずくならないで、話を続ける場合など。たぶん相手にも寄るけれど、最後の場合になるだろう。)

「元気だった?久しぶり。」「心配してたのよ。」「私だって…」

彼女はすぐ近くに住んでいる。

しかし行動パターンが違うらしく、めったに会わない。

82になったわよ、まだテニスに行っている、という。

私はよけいな心配をしていたことになる。

40代から60近くまでかれこれ10数年、

一緒のコートでのテニス仲間だった。

私はそのあと

アクアビクスからエアロビクスの方向に変わって会わなくなったけれど。

相変わらず元気なご様子です。

「かくありたい」と思う笑顔の素晴らしい人生の先輩です。

お互いニッコニコで思わずホームの端っこで“ハグ”

電車の時間も違ったので

高揚した気持ちのまま電車に乗った。

携帯を見ると

塾のお休み時間なのか

「いろいろありがとう、気をつけて帰ってね、ばあ、大好きだよ。」とマゴッチ1からのメール、

うっ!

「だいすきだよ。」なんていう言葉

久しぶりにいわれたぁぁぁ

(って、言われたことあるのか、とお疑いとは思いますが、同じく孫に言われたことがありますです。はい)

「疲れていたって、そんなこと言われたら、また明日にでも行ってしまいますとも。」(行けませんでしたけれど、ね。気持ちだけはそんな具合です。)

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2017年4月25日 (火)

私らしく???

4月から1年生になった

マゴッチ2のため,

今年も「新生活・入学・進級応援フェア」を開催するべく
思っていましたが,
なかなか忙しく
今週
その運びとなりました。
   *
で,娘のところに出かけました。
そろそろ精神的にもお疲れになってくる頃でしょう。
なにかしらの
クッションにでもなればと
やってきました。
午前中いそいそと出かける用意をしていました。
    *
まだ早いけど,用意は終わっていて,もう一度忘れ物がないか確かめます。
タケノコの煮物,レンコン(自称「歯ごたえのグルメ」一家であります。)
そして,忘れてならないもの,まず,娘の家の鍵,
バッグの中のファスナーの中。
手で確かめて,よし!あるな。
    *
おやっ,まてよ,
なんだか手触りが,いつもより大きくないかい?太った?
取り出してみる。
いつもの鍵?
あれっ!
    *
黒い持ち手だけで,鍵の部分がない。
中にしまえるんだったっけ?
等と,手に取り
確認してみることしばし・・・
あれぇぇぇぇぇ
これは家の鍵ではなく,車の鍵ではないか。
    *
あぶないあぶない。
これをもっていっても家には入れない。
まあ,マゴッチが帰ってくるまで
ロビーで待っていればいいさ。1時間ほど。ふふふ
緊急対策の対応は慣れています。さすがであります,私。えへん
    *
正しい家の鍵をやっと見つけ出し
まだ早いけど家を出る。
運よく(?)途中で友達に会い,
立ち話,
    *
「ごめん出かけるんでしょ。」
「大丈夫,途中で転んでもいいように早めに出たから…」
「そう?あのね。ぺっちゃくちゃ…」
またしばし話は弾む。
    *
「じゃあね。」
振り返った私に容赦なく降り注ぐきらめく太陽。
しまった帽子忘れた!
まあいいか,お迎えの時は娘のを借りよう。
今だけ,駅までは日陰を歩こう。
    *
余裕はあったとはいえ,
ちょっと不安になる,
急ぎ足で坂を駆け降りる。(つもり)
もちろん,駅まで歩いていきます。
なんて言ったって
「私,万歩計持っていますので。はい。」
    *
携帯で時間を確かめる時間も惜しんで頑張る私。
せっかく娘が取ってくれた特急券。
乗れなかったらもったいない。
と思いつつ
いいや
乗れなかったら,急行で行こう,
どこまでも次の手段を考えつつ,
    *
すれ違った見知らぬ女性が
「暑くなりましたね。」と声を掛ける
私がよほど汗をかいていたに違いない。
それでも「ほんとにね。暑いですね。」と返事をしつつ
駅まで急ぐ
    *
駅についてみたら,
まだ10分前でした。
やれやれ
何をするにも
一人で,そっと,静かに
大騒ぎする私で,あります。
    *
新宿で待ち合わせて
久しぶりにウナギを食べてから
無事娘のところに着きました。はい

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2017年4月23日 (日)

『あしたの君へ』柚月 裕子

今日は爽やかな青空だった。

朝からマンションの管理組合の総会だった。

私は単なる理事ではあるが、

9時からという日程に寝坊しないかどうか前夜から非常に心配し、

起こしてくれる人は出張だったので、目覚ましをかけ、当日に待機した。

起きられないと困るから。

終了後、引継ぎがあり、その後、ご苦労さん会というものが1時からあって、

4時終了して帰ってきた。

昼下がりに

楽しく一杯飲んで、おしゃべりし、のんびりしすぎてしまったようだ。

で、最後は楽しくて、

1時間ほど予定を超過したということ。

あと1年有るので、頑張っていこう、と思った次第であります。

古いマンションではありますが、

コミュニティとしてはなかなか素晴らしいのでございます。

    *

さて今回の本の登場人物は家裁調査官補。

つまりかわいくここでは「カンポちゃん」と呼ばれる人が成長していく話。

なんとなく

ゆるりと事件というか調査が解決していくような話。

でも、

それでも内容は刺激的ではある。

ミステリにも出て来るような話が、

違う面からソフトに語られている。

家裁の調査官というものの仕事もなんとなくわかった。

誰かを助ける仕事をしたいというその主人公の気持ちが

仕事に生かされていると実感できると

きっとやりがいになるだろう。

あまり無理せずに、がんばってほしいものだ。

最後の話はなかなか難しい、と思った。

どうなるのが幸せなのか、ということが難しいということだ。

大きな起伏や激しさはないけれど、ゆったりと読める。

読みやすかった。

2016/7/29 18

内容(「BOOK」データベースより)

家庭裁判所調査官の仕事は、少年事件や離婚問題の背景を調査し、解決に導くこと。見習いの家裁調査官補は、先輩から、親しみを込めて「カンポちゃん」と呼ばれる。「カンポちゃん」の望月大地は、少年少女との面接、事件の調査、離婚調停の立ち会いと、実際に案件を担当するが、思い通りにいかずに自信を失うことばかり。それでも日々、葛藤を繰り返しながら、一人前の家裁調査官を目指す―

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2017年4月22日 (土)

『繊細な真実』ジョン・ル・カレ

1449花たちは元気です。花瓶を変えました。

朝からパスワードでじたばた。

入れないぞ、仕事ができない、どうしよう。

念のため元のパスワードを入れてみたら入れた。

あっちゃー、なんということだ。変更ボタンを押し忘れたと思われます。一安心!ほっ。

    *

さて、『繊細な真実』です。

スパイ小説の巨匠と言われて久しい。ジョン・ル・カレの作品。

読みながら、最初、思ったこと

私にはスパイ小説は理解できない。

最初、何の話なのか良くわからなかったから。

分からないはず、わからないように書いてある。

外務省の話。

ル・カレの長編23作目の本作である。

     *

この本のテーマは、イギリスの公職守秘法で守られる「秘密」について。

それは、取り締まる側がその気になればそうとう恣意的な運用が出来そうな法律だということだ。

ちょうど、2014年12月、日本でも「特定秘密の保護に関する法律」が施行され、その中に同様の事案が「特定秘密」として『指定されている、と訳者あとがきにあった。

しかもそれがさらにバージョンアップされようという勢いの今なのだ。

この本では、最後どこから来るのかわからないサイレンの音に囲まれ、真実を述べようとする者の無力さを表している。

どこかに真実を知らせる勇気は開かれているのだろうか。行くのだろうか。

読みにくかったと感じたのは訳者のせいではなく、作者が84歳の今にしても

表現文体において実験的なものに挑戦しているということによるらしい。

ナイロビの蜂 」という素敵な映画の原作者でもある。

    ------------

この本の最後に「グローバリゼーションと無関心と闘い続ける巨匠の矜持

というテーマで真山 仁さんが文章を寄せている。

それを読むと私の思っている漠然とした不安や、そこまでの流れがよくわかった。

    ------------

冷戦構造が崩壊した時スパイ小説は死んだと言われた。

そこに出てきた、新しい敵が「グローバリゼーション」

今までのスパイ活動は国益を守るために行われていたが、東西冷戦が消滅した(ように見える)今は異なっているという。

ITとインターネットの普及で世界的共通通貨である「ドル」は地球規模でビッグビジネスを成立させる。

自国内での経済に先が見えてきた先進国は市場を地球規模に膨らませた。

そして、グローバリゼーションの浸透で地球全体が豊かになるとの思いを持った。

EUなどもその例と言えるという。

しかしそれもまた内向きになりつつある現状も。

国境もないと思え、それがゆえに富はより一部の人に集まり、人は国益ではなく各自の企業益を求める。

逆に国家が企業に媚びるようにもなり、国としての力を持たなくなった。

そのようなグローバリゼーションの名のもとに、人々を苦しめるシステムの実像に光を当てたのが「ナイロビの蜂」だという。

たしかに貧しいアフリカで、しかも病気の薬に対して利益を得ようと暗躍する人々の話だった。

それは今でも形を変えつつ、同じようなことが行われているという。まったく。

さらにまた、ル・カレはもう一つ「無関心」という大きな敵を見つけたのではないか、とも述べている。

この「無関心」こそが取り返しのつかない争いやディストピアを生み出してきた。

本当は、もっと多くの人が一見豊かに見える世界の狭間の闇に関心を持つべきなのだ。

知らないふり、無関心は罪が大きいという。

     --------------

私もそう思う。

本文の後のこの文が妙に(?)(ではない、「しっかりと」)心に浸みたのだ。

今の世の中、夢と希望の理想の世界と思われたものは

本質は利己的な経済社会に変わりがなく、

しかもそれはあやふやで、確固たる絆ではありえないということか。

そういうことが

現実の世の中で我々に確かめられているのかもしれない。

今の世界の状況を考えると、その行きつく先はどうなるのか、

あっちもこっちも不安な要素がうごめいている。人間の英知を信じたい。

そう思う私の不安をこのあとがき、賛辞は

ひとつの考え方として、すっきりとわかりやすく明らかにしてくれた。

内容の理解が難しかった割にはいろいろ考えることができた。

2016/9/21  17

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2017年4月21日 (金)

豊かな食卓

143先日

送っていただいたタケノコなど。

無くなってしまいそうなので

写真に撮った。

上左 タケノコかつおぶし煮

上右 きゅうりとわかめ、三つ葉のサラダ

下左 ゆでた三つ葉のお浸し

下右 葉玉ねぎと竹輪、三つ葉の酢味噌和え

ありがたいことです。

おかげさまで、我が家の食卓が豊かになっています。

感謝です。

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2017年4月20日 (木)

怪しい者(?)は花束とともに…

134137138ぴんぽ~ん

はい

「あやしいものです!」

はあい どたばた


こんな具合でドアを開けたら

懐かしい顔が…

素敵な花束を持って現れた。

141何とも言えない、優しい(私がではありません、花が、です。)私好みの春色の花束

ありがとう

嬉しいです。

139それから

たくさん写真を撮って

眺めて・・・

140テレビの横に置いたので、

いつでも見られる。

私はそのたびに嬉しくなる。

幸せになる。

ありがとうね。

142カモミール(?)いい香り

聞いて調べてみたら

マトリカリア」この花(和名ではナツシロギク)は、現在は学名「Tanacetum parthenium」となっていますがもともとはマトリカリア属でした。
一方のカモミール(ジャーマンカモミール)も学名「Matricaria chamomilla」です。
つまりもともとは同じ属とされていたわけで、確かによく似ているわけです。」とあった。

何か話があったのかな、

ふと心配になる。

またゆっくりと

きてね。

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2017年4月19日 (水)

タケノコがきた!

132毎年

タケノコを送ってくださる

夫の仕事仲間であり友人の方の義理のお母さまから

タケノコがやってきた。

先日

今年はなかなか出てこないので

もう少しお待ちください、との言伝があった。

それから数日後の今日

大きな箱で送られてきた。

いつもいつも

ありがとうございます。

早速下の階のおばさんにもおすそ分けしました。

それから

大なべ二つでゆでて

いま冷ましています。

うれしい春の香り

うれしーっ

こういうことがあるとよく動く私です。

ミツバはサラダとお浸しと…

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2017年4月17日 (月)

昨日は日曜日

127昨日は暑いぐらいでしたね。

青空がきれい。

柿の木も緑の葉がお・い・し・そ・う。

昼まで地元の自治会の総会があり、

終わってから母のところに行く。

126「買い物はある?」と電話。

そうね、食パンと何々と…」

「お昼はどうする?」

ご飯は炊いたけど、お寿司28巻とかいうのがあるけど…」

「ご飯があるんだったら、何かおかずを作れば、お寿司はいらないんじゃないの?」

そうねぇ。」なんだかはっきりしない返事。

128129買い物を終え、

「お寿司どうしようか?なんだか食べたそうでもあったけど…」

「じゃあ、小さいの一応買って行こうか。」

で、カートに入れた。

ブリの照り焼き用の切り身を3枚、

(料理人はぶりを煮るのがとても上手になった、おいしいです。)

他にホウレンソウなど、おかずを並べて

お寿司も。

母はまずお寿司に手を伸ばす。

どうも今回はお寿司が食べたかったらしい。

なんか、酸っぱいものが食べたくなってね。」

「暑いからね。」

    *

帰りながら二人で話した。

「お寿司買って行ってよかったねぇ。」

「ぱくぱく、美味しそうに、まずお寿司食べていたね。」

   *

130131夜に

横浜に野球応援に行っていた息子が帰ってきまして、

「崎陽軒のシュウマイ」を買ってきてくれました。

久しぶりだぁ。変わらない味でした。

この4日間で3回も野球観戦に出かけているのです。

楽しくていいね。

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2017年4月16日 (日)

読んだ本『夜行』森見登美彦

桜の花は

 

いよいよとばかりに

 

盛大に吹雪となって散っています。

 

ホントに、「また来年!」だね。

    *

今回読んだ本は森見さんの本、久しぶりです。

「夜行」という題。

春風の花を散らすと見る夢は 

さめても胸の騒ぐなりけり」 西行

これが夜行、という、と本文にある。

桜の散るさまを夢に見て、心が騒いだが、その心の騒ぎは夢が覚めたあともずっと続いている。桜の落花が自分のこころをいつまでも騒がし続けている。何故だろうか。

というような意味でしょうか。

桜の落花が直に自分の心に働きかけて、そのため長い間心が騒いだままになっている。それほどまでに桜の落花は西行のこころさえも、ましてや凡々凡人の私の心ならばなおさらということでしょうか。

この潔さが戦時中は好まれて植えられたということですが、

桜にとってはさぞ迷惑なことだったでしょう。

そんなこととは関係なく、本人は(桜)自分らしく咲き誇り、

自分らしく散っていくのです。

    *

夜行列車」なのかあるいは「百鬼夜行」の「夜行」か。

その両方を表すものがこの西行の歌に通じるものかもしれない。

わすれられない、不思議な怪しげな思い出ということだろうか。

尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡、鞍馬をモチーフに

それぞれが

不思議な体験、心の闇を語る。

「不気味に謎めいた雰囲気が魅力の連作怪談。」

京都の鞍馬という場所にも何か,“ある?”

    *

本の中に、旅の予定はご主人に任せて、

自分では立てないという奥さんの話があった。(津軽)

そこで思ったことがある。私は違う!と。 

私はほとんどの計画を自分で立てていた。 

家にいるから当然かもしれないが、 

昔から計画を立てるのが好きだった。 

いつか行くときのために 

学生時代には 

行く予定が無くても立てたりしていた。 

何度も・・・ 

多かったのは三陸縦断と紀伊半島一周。 

今回「紀伊半島ほぼ半周」ができてそれはうれしかった。 

その頃は、当時あった周遊券の利用で考えていた。 

私にはそれ用のノートもあったのだ。 

それが次第に 

難しくなり(というか面倒?)、今回は初めてツァーに参加することになった。 

結果これも悪くないかな。 

バスや電車の時間を決め行くことは、 

今回のような山の中はやはり難しいものがある。 

行った先にはバスが待っていてくれて、時間待ちなどの苦労もない。 

使い分けて行けばいいのかもしれない。 

もう一度行きたかったら自分で行くとか。 

ワンポイントで攻めるとか。 

うーむ、またやる気が出て来たぞ。 

(2016/10/25)16冊目

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2017年4月14日 (金)

桜散り・・・

124用事をしようと

外に出ました。

目の前の道が真白く、あかるい。

みれば、花びらです。

公園の桜の木から

かなり距離があるのに

飛んできた桜の花びらでした。

郵便局に寄り

ちょっと

125122遠回りして桜を見に行きました。

桜の花は

幹にもまだ悠然とつかまって、123


そして地上にも

花びらとして美しく色づけをしていました。

なんとなく満足して、

アイスを買って帰ってきました。

一緒に木を見あげていた人が

「来年も見られるかしら~」とつぶやいていました。

私もそう願いました。

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2017年4月12日 (水)

本『希望荘』 宮部みゆき

テレビでは「真央さんの会見」が生放送されています。

引退発表以来の報道はさすが、すごいです。

   *

これは人気のあった本、リクエストして、きました。

雰囲気が面白かったので

調べたら

この本の前があるということで

それも予約した。で、それも来まして、

でも調べてみると何かが抜けているかもしれない。

調べると「誰か」「名もなき毒」「ペテロの葬列」そして「希望荘」

そうか、「ペテロの葬列」が抜けている。

ということで、今読むべき手持ちは5冊あります。

出かけることも多いこの季節、なので、

大丈夫でしょうか。期日までに読み終えるでしょうか。

    *

杉村三郎シリーズです。

途中から「初めまして!」なのですが、

十分内容的には間に合いました。

親切に、ところどころ過去のことも書かれているからです。

内容(「BOOK」データベースより)

家族と仕事を失った杉村三郎は、東京都北区に私立探偵事務所を開業する。ある日、亡き父・武藤寛二が生前に残した「昔、人を殺した」という告白の真偽を調査してほしいという依頼が舞い込む。依頼人の相沢幸司によれば、父は母の不倫による離婚後、息子と再会するまで30年の空白があった。果たして、武藤は人殺しだったのか。35年前の殺人事件の関係者を調べていくと、昨年発生した女性殺害事件を解決するカギが隠されていた!?(表題作「希望荘」)。「聖域」「希望荘」「砂男」「二重身」…私立探偵・杉村三郎が4つの難事件に挑む!!

(2016/6/20)15

オフィス蛎殻の所長は頼もしい。

竹中さんの増築に増築を重ねた家は、

規模は違うと思うが、昔

高田馬場に有って、よく行った叔父の家を思い出させた。

駅にも近いので、行くたびに部屋の一部が事務所になっていたり、庭に事務所が建っていたりで、小学生の私は迷子になった。

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2017年4月11日 (火)

恩田川の桜

今日は予想通り冷たい雨です。

で、

109昨日、私は恩田川の桜並木を見に出かけました。

しかも、一人で、

つまり、一人花見であります。

我が家の最寄駅から一駅、のところです。

117


ちょうど先日、おっとっとが、以前近くに仕事に行った時、とてもきれいだったと教えてくれてもいたので…116

(←桜のフレームの中に鯉が・・・)

今日の雨で散ってしまうかと思ったからです。

初めて聞いた名前であり、ですからして、もちろん初めて行く場所でもあります。

ネットで調べて地図も頭に入れたはずでした。

がっ!

電車を降り、元気に、自信を持って、歩き始め、そろそろつく頃かな、キョロキョロ、でも桜の「さ」の字もない!

普通の人なら歩いて15分ほどと聞きました。

119


114

そこで経験豊富な(?)わたくしのこと、(正確には失敗談豊富な、と言える。)

犬を連れたご婦人に声をかける、

「すみませーん、恩田川の桜を見に来たのですけれど…」

「あぁ」と言いつつ、どう説明したらいいものか、迷っている。

「私の記憶だとここをまっすぐ行けばいいと思うのですか…」

「それはだめよ、違う方向に行ってしまう・・」

「あらら」

「一緒に行きましょう。」

「ありがとうございます。申し訳ないです。」

「家がこっちの方向ですから、いいんですよ。ここを曲がって・・・」

「どうもありがとうございました。」

てな感じで、無事着いた。

110118後で地図を見ると

駅前の十字路を

まっすぐ行けばいいものを左に曲がってひたすら歩いていたのだった。

なんとなく

おかしいとは思っていたので、

取り返しがつかなくなる手前の、

ちょうどいいところで聞くことができた。

偉い!わたし、なーんてね。

人だかりの橋の上から見ると

右も左も

小さな川の両側から川面に垂れ下がった

満開の桜。

とてもきれいだった。

その時間は

静かな

私と桜の時間。

120時折

見知らぬ人と話す言葉も

やさしい言葉ばかり

「きれいね。」「すてきね。」「気持ちいいわね。」

みんな笑顔で行きかう。

ひとりで行ったのに「笑顔」と「ことば」は絶えなかった。

111_2川の途中から入り、高瀬橋まで行き、そこからUターンして、対岸を歩き、体育館の前から駅に戻った。

恩田川河畔は桜並木の遊歩道が整備されている。

ゆっくり歩くのにいい。道が狭いので、混んでいるときは注意が必要かもしれない。

桜並木は成瀬街道が恩田川を越える高瀬橋から横浜市緑区との境に近い都橋にかけての三キロほどらしい。両岸に続く桜並木はとても美しい。

121住宅側は切られてしまっているが、その分水辺に長く延びている。

桜並木の写真を100枚も撮ってきちゃった、といえば
桜見に行ったんだから桜撮るのは当然だ、と慰められた。

なので、あいにく何が何だか分からなくなってピックアップも難しい。

青空の色が少し足りないのが残念だった。

また来年!

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2017年4月10日 (月)

昨日実家で・・・

104昨日は雨でした。

雨の恵みに草たちは

目を覚ましたようで、

あちこちに

春の兆しが・・・

見えにくいけどニリンソウ

踏まれても踏まれても・・・

105ジューンベリー

満開でした。

雨に濡れて…

106ボケの花も…

そして

頭の上の桜の花は

散り始めていましたが、

上をむくと

濡れるので

写真はナシ。はい。




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2017年4月 7日 (金)

名古屋から…電車の中でも…⑨

さて、やっと旅のブログも終わりです。(この旅を最初から読むのはコチラ

この一週間、仕事もあり、一日中パソコンの前で、肩がこっています。

    *     *

新幹線の時刻は「名古屋発8時26分」

今日は土曜日、さて混み具合などはいかがでしょうか。

添乗員さんは冷や汗ものですね。

大変なお仕事だと思いました。

しかし道路もまあまあ

ドライブインでお土産を買いながら

さほど混むこともなく、1時間半ぐらい前に無事名古屋に着きました。

夕食を買い、乗り込みます。

帰りの席は3人掛けで。

たまたまご一緒になった女性お二人。

お友達同士ですと。

ずっといっしょでしたが、(当たり前です)

話すのは初めて。

それがまあ、

サンドイッチを食べ終えたとたんから

喋りまくりの私です。

時おり質問もするのですけど・・・ね

というわけで

楽しく

新幹線の中は時間が過ぎました。

7978_2息子が「バスもないから帰りは迎えに行ってあげる。」と

前もって言っていましたので、

また「赤福」が好きなんだ、というので、(良く旅行の話をするのです。)

赤福が“迎えに来てくれ”と言っています。」とメール。

新幹線を降り、

その後乗り換えの電車の中で

空いた席に夫が私のために急いで行ってくれ、私は座れました。

で、二人いた青年(?)(途中で悩みつつ「中学生?」と聞いたら、いえ、高校生です。と激しく訂正されました。なるほど、できたての高校生のようです。)のうち一人が座りそびれました。

「あら、座りたかった?ごめんね、疲れてるので。」

「僕だって疲れてるよ。」

「そうか、足が痛くて、立っていられないんだ。どこまでいくの?」

「〇〇」「そうか、うちらその手前だから、その後座ってね。」

二人はユニホームを着ています。

野球見に行って来たの?「はい」

神宮に行って来たらしいです。

それからしばらく野球の話。

同じ方向に帰るツァーの仲間も一緒に・・・

別れ際には

「帰り道気をつけて帰ってね。」(どうも親心が…)

    *

迎えに来てくれた息子1は、

「じゃあ、赤福後ろに乗せて。」

「ちょっとぉ」

「え、お母さんたちも乗るの?」

などという事前の予想に反して、(当然ですが)

普通に家まで連れて行ってくれました。

ありがとうね。

帰ってみんなで赤福を食べました。

    *

7677お土産は

父に高野山のお線香

そのほか熊野本宮大社の「健康お守り」「もうで餅」

「金鍔」「お団子」「あさりの佃煮」などを。

   *

行きから帰りまで

ずっと楽しい旅でした。

同じスピードで歩いてくれていた相方は

それで疲れたと言っていました。

まあまあ、そういわずに・・・

また行こう、ね。はい(オワリ)

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高野山から帰ります。…⑧

天気予報では今日は「さむい!」と言っている。

バスの中で添乗員さんが

「高野山まで行く途中のハイウェイが雪で通行止めなので、

遠廻りしていきます。」

はぁ~へぇ~雪ですかぁ

意外と行ってみたら、融けてるんじゃない?

などと軽く思っていましたが、

とんでもない、

近づくにつれ

桜が満開!って思えば、

それは枝に張り付いた雪の花たち

山は真っ白であります。

元の予定では何時に着くのだったかわかりませんが、

8612時前には着きました。

まず奥ノ院から参ります。

雪はやんでいるようですが、

高い杉の木からばさーっばさっとかたまりが落ちてきます。

当たると痛い雪です。

8788案内人に従って巡ります。

お若い方でとてもよかったです。

様々なお墓の前を通り、

奥の院へ。8991

この橋からは

脱帽、写真撮影はダメ。


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戻って金剛峰寺

98国内最大級の石庭「蟠龍庭(ばんりゅうてい)」

広くて

大きくて

豪壮な感じでした。

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そして

壇上伽藍

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じっくりでも無く、

結構駆け足で

見終え、

バスの中からお別れです。

雪も融け、

日差しが差し込む

壇上伽藍です。

疲れのせいか

次第に無口になる私です。

ありがとう、またね。

(⑨へ続く)

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2017年4月 6日 (木)

瀞峡から熊野本宮大社、そして宿まで…⑦

十津川村にやってきました。

瀞峡ジェット船での見学が中止になりました。

水が足りないようです。

67瀞峡は「瀞八丁」の名称で国の特別名勝・天然記念物に指定されているらしいです。

ほとんど流れを感じない、まったりとしたエメラルドグリーンの川の色がとてもきれいです。

81瀞峡の成り立ちを調べてみました。

「瀞峡(どろきょう)は、吉野熊野国立公園の一部で、奈良県、和歌山県、三重県の三県にまたがる、太古より巨大な滝が少しづつ岩をえぐり、滝壺を後退させていく、そんな浸食活動の繰り返しによって延長31kmの瀞峡が形成されたといわれています。」

66_2いろいろ調べていくと

ジェット船に乗れなかったのはちょっと残念であります。また!機会があれば…です。

田戸でバスから降りると

川が見えます。きれいな色の川ですが、確かに水が少ない…

瀞ホテルのそばの細い階段を降りて川沿いに進みます。

何分ほどでしょうか、片側は川、という細い道をよろよろ進んでいくと

6162つり橋がありました。山彦橋です。

長さ83メートル
高さ25メートル

この橋をわたるには、雨で滑るし、へっぴり腰の私がゆっくり歩くと

みんなに迷惑がかかるので、約一名を派遣いたしました。

見ていると面白いです、

みんなが同じ方向から歩き出すので、大きく左右に揺れていきます。

みぎっ!ひだりっ!てな具合に、足を進めるとそのまま橋も揺れるのです。スキーのボーゲンみたいな感じ。

6365写真を撮りながら

瀞ホテルまで戻ってきました。

私には結構大変でした。

あと一つ神社があるので、その分元気を取っておいたのに・・・

でも大丈夫!そこまでまたバスで座っていけるから・・・充電できます。

瀞ホテルは川の要塞!お城のように石の上に建っています。

和歌山県、奈良県、三重県のちょうど『三県境』にあるのが『瀞八丁・瀞ホテル』です。

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80瀞ホテル本館(奈良県の有形文化財に指定されているそうです、その文書から) 

平成23年の紀伊半島大水害で被害を受けたそうで、水がここまで来たとのことでした。

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大正6年に「筏宿 あづま屋」として創業し、昭和初期、観光旅館として名前も「瀞ホテル」に変わったという。

今の持ち主が復興を目指し、平成25年から食堂・喫茶店として営業が再開されている。

渓谷沿いの断崖絶壁の立地にあり、瀞峡の景観に溶け込み、石垣の上に建つ木造の多層建築は独特の存在感を放っている。

瀞峡を支えた観光旅館として地域の歴史に欠くことのできない重要な建築であり、かつ近代以降の観光を推進したということで、指定されたようだ。

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再びバスに乗り、熊野本宮大社

熊野の神々は自然信仰に根ざしていましたが、奈良~平安時代にかけて熊野は仏教・密教・修験道の聖地ともなり、神=仏であるという考え方が広まりました。
その影響を受けた三山は結びつきを深め、同じ12柱の神々(=仏たち)をおまつりするようになります。

熊野三山の神秘性はますます高まり、平安時代の末には「浄土への入り口」として多くの皇族や貴族がお参りするようになりました。

浄土へお参りし、帰ってくるということは、死と再生を意味します。そのため熊野三山は「よみがえりの聖地」として、今なお多くの人々の信仰を集めています。

そう言えば「よみがえりの地」と現地でも聞きました。

8268神社入り口の鳥居をくぐり、立ち並ぶ「熊野大権現」の白旗の前を通り過ぎ、158段の階段を上りきると

広い境内には拝殿と神門があり、古色ゆかしい雰囲気を漂わせていた。

69ここは朱色ではないことは前から知っていた。71落ち着いたこげ茶色、檜皮葺の屋根に光り輝く金色の飾り、渋くて良かったです。

70それから歩いて

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大斎原(おおゆのはら)
へ。(私が来たかったのは、見たかったのはここでした。)

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「熊野本宮大社はかつて、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある「大斎原(おおゆのはら)と呼ばれる中洲にありました
当時、約1万1千坪の境内に五棟十二社の社殿、楼門、神楽殿や能舞台など、現在の数倍の規模だったそうです。 

83江戸時代まで中洲への橋がかけられる事はなく、参拝に訪れた人々は歩いて川を渡り、着物の裾を濡らしてから詣でるのがしきたりでした。
音無川の冷たい水で最後の水垢離を行って身を清め、神域に訪れたのです。
 

ところが明治22年(1889年)の8月に起こった大水害が本宮大社の社殿を呑み込み、社殿の多くが流出したため、水害を免れた4社を現在の熊野本宮大社がある場所に遷座しました。」

高さ34m・幅42m日本一の大鳥居です。

何も無くなったところに凛と建っています。爽やかな空気が吹いていました。

奥熊野の川湯温泉に泊まります。川の音と鳥の声、静かなお宿でした。

5時過ぎ着(⑧へ続く

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2017年4月 5日 (水)

熊野速玉大社と棚田…⑥

次は熊野三山の二つ目熊野速玉大社です。

この後三つ目に行く前に寄り道をしましたが、

その行程通りに書くことにします。

    *

53「ここはいいですよ~2,3段で行けます。」とは添乗員さんの弁。

わかったぁぁ

でも雨が降ってきてしまいました。まあいいです。

ここの神宝館には約1,200点にものぼる国宝を保管してあるそうです。    

神門のところで売っていた、
「熊野もうで餅」というお餅を買いました。熊野三山でしか売っていないらしいです。
お土産物屋にはないということらしい。
ナギの木の枝を入れてくれました。
54「ナギの木は、熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされています。
熊野牛王とナギの葉をいただくことが、難行熊野詣を無事果たす大きな支えとなりました。」

梛(なぎ)の大樹 -天然記念物です。巨木です。立派です。

5556国指定名は「熊野速玉神社のナギ」(1940年〈昭和15年〉2月10日指定)。高さ20m(17.6m)、幹周り6m(5m)、推定樹齢1,000年(850年)、ナギとしては国内最大であるとされる。

  • ナギはマキ科の常緑高木であり、よく神木として植樹された。本樹は雄株であるが、幹に分岐が見られることからもとは数株であったともされ、1159年(平治元年)社殿の落成において熊野三山造営奉行であった平重盛の手植と伝えられる。
  • ナギは凪に通じることから、ナギの実を束ねたものやナギの枝を護符にする。ナギの木は、熊野杉や天台烏薬とともに新宮市の「市の木」に指定されている。

「千早ふる 熊野の宮のなぎの葉を 変わらぬ千代のためしにぞ折る」藤原定家  

60「入鹿温泉ホテル瀞流荘」で昼食を取ってから

マイクロバスに乗りかえて棚田を見に行きます。

丸山千枚田

5857先日行った千葉の千枚田より

ひろびろ美しい!

59_2次に

瀞峡へ。

ジェット船で観光のはずが、水が少なくて運休です。(⑦へ続く



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那智大社・青岸渡寺…⑤

 次の那智大社に行くには467段の石段を登る、と添乗員さんが盛んに言っています。

実は私にはそれが「680段」と聞こえまして、むりだぁぁぁ

(耳は良く聞こえるのですが・・・)

でも「金毘羅さんよりは軽い」ということで、あれは登れたからなぁ、でも病気の前だったし…

てな具合に悩んでいたら、

裏ワザというものを紹介してくれ、

タクシーで往復1000円ということで、

喜んで!てな具合に裏ワザに参加いたしました。

まあ、467段だったら、私だって…と思いつつ

まだ先もあることだし…

結果、良かったです。

土産物屋にバスを止め、車で行きます。

47_2まず見えてきたのは「青岸渡寺

西国三十三ヶ所第一番札所です。

如意輪観世音を祀る本堂は、天正18年(1590)に豊臣秀吉が再建したもので、桃山時代の特徴を色濃く残しており、2004年7月には、ユネスコの世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」の一部として登録されました。

45←石段を上から見下ろして。

「熊野那智大社は、那智山青岸渡寺とともに熊野信仰の中心地として栄華を極め、古来より多くの人々の信仰を集めたと言います。

今なお多くの参詣者が訪れ、熊野速玉大社・熊野本宮大社とともに熊野三山の一つ。

467段におよぶ石段の上に建つ6棟からなる社殿は、標高約330mに位置していて、見晴らしが良かった、です。

また神社と寺が軒を寄せるように、仲良く建っているのも、いいです。

時間的には、階段で登ってきたツァーの仲間ともほとんど一緒でした。

4950「社殿は、仁徳天皇の御世(317年)に現在の位置に創建され、平重盛が造営奉行となってから装いを改め、やがて、織田信長の焼討に遭ったのを豊臣秀吉が再興しました。
徳川時代に入ってからは、将軍吉宗の尽力で享保の大改修が行われています。」

かなり、相当、非常にふるい!317年!すごいなぁ。

484651「那智の大楠」那智大社の端っこ、青岸渡寺との境あたりにありました。

この楠は昔、平重盛がここに参詣した折に御手植えした物と伝えられ、樹齢約850年,樹高27mといわれています。

夏には大きな日陰を作るでしょう。

巨木好きには印象的でした。

また青岸渡寺の方には樹齢750年の「タブの木」がありました。

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これは

よく見る構図で。

滝と塔と桜

(⑥へ続く)

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2017年4月 4日 (火)

熊野三山その1…④

予報では午後から雨模様というので、

少し早目に出発します。と言っても7時50分ですが。

今日は熊野三山を回ります。

3533_2まず熊野古道を少し。大門坂

大門坂は、その面影をもっとも色濃く今に残している場所といいます。

日本三大古道のひとつ、奥野細道(東北~中部)・中仙道(信州~中部)・熊野古道

34大門坂の駐車場に「八咫烏(やたがらす)」の像があり、その足元に女子ワールドカップ優勝の時の足型、手形がありました。

向かいの山には桜がぽつぽつ、きれいです。

熊野古道を通る大門坂は、坂の上に大きな門があったのでこう呼ばれ、熊野詣で栄えた当時の面影を特に美しく残しています。




聖地「那智山」へと全長約600メートル、高低差約100メートルの石畳が続きます。

登っていくと那智山に着きます。

我々は途中からバスで那智の滝に行きます。

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394137赤い橋は振ゲ瀬橋(俗界と霊界の境目だそうです。)

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夫婦杉 両方とも樹齢800年ほど。

石畳の下でつながっているそうです。




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大きな楠も。

那智の滝には
は那智の大滝をご神体とする、熊野那智大社 別宮の「飛瀧神社(ひろうじんじゃ)」が鎮座しています。

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133段の石段を下って行きます。もちろん帰りは登ります。.

那智の滝は雪解け水も期待できないので雨のみの滝です。

水量がすこし・・・です。

帰りに待っている石段。(⑤へ続く)

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2017年4月 3日 (月)

おかげ横丁から勝浦の宿まで…③

おはらい町を行きます。

以前の時は奥まで行かず、入り口近くで「伊勢うどん」を食べました。

22「伊勢神宮の鳥居前町として栄えたおはらい町は、江戸時代には参宮客が年間200 - 400万人も押し寄せた庶民の憧れの地であった。

当時、日本全国から参宮客を集めた御師と呼ばれる人々がこの通りに館を連ね、客人をお祓いや神楽でもてなしたことから、いつしか「おはらい町」と呼ばれるようになった」という。

23「その後、1970年代後半には観光客はバスや自動車で宇治橋前まで乗り付け、参拝を終えるとおはらい町へ立ち寄らずに次なる目的地の鳥羽・奥志摩方面へ行く者が増加した」という。

(確かに我々もそうだった、志摩のホテルに向かったのだった。)

それで、伊勢神宮の参拝客が500万人だったのに、おはらい町を訪れた観光客は20万人にまで落ち込んでいたという。

24「伊勢らしい建物」をなくしたおはらい町は、観光の魅力を失っていたということらしい。

この状況を憂慮し立ち上がったのが「赤福」だった。赤福は有志を募り1979年(昭和54年)に「内宮門前町再開発委員会」を結成、赤福社長の「日本的なこころのふるさとが求められている。」という考えに基づいて伊勢の伝統的な町並みの再生が始まったという。

25これを受け伊勢市は1989年(平成元年)に「伊勢市まちなみ保全条例」を制定、「伊勢市まちなみ保全事業基金」が創設された。この基金は伝統様式を取り入れた修景の際に融資するというもので、補助金を拠出するものではなかったが、地域の人々の熱い思いから、わずか10年で江戸時代の町並みがよみがえったという

三重県や伊勢市の力もあり、電線地中化と路面の石畳化を実施し、町並みが整い始めた1990年代から「おはらい町」の名を前面に押し出すようになった。

更に赤福は1993年(平成5年)の式年遷宮に合わせて「おかげ横丁」を開業させた。おかげ横丁と、生まれ変わったおはらい町は、2002年(平成14年)には入込客数が300万人を突破し、お蔭参りの頃の賑わいを回復した。」(ウィキペディアより)

26おかげさまで

よーくわかりました。

平日なのに、かなりの人ごみです。

まあ、春休みでもありますから…

おかげ横丁の奥の「豚捨」でメンチとコロッケを買いました。

27創業明治42年の牛肉専門店・豚捨(ぶたすて)のおかげ横丁の支店です。

揚げたてで美味しかったです。各自一個ずつ。

そして、バスの待つ内宮横の駐車場に戻ってきました。

28ここから一路勝浦に行きます。

伊勢自動車道から、紀勢道から熊野尾鷲道。

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長いトンネルがいっぱいあった。

でもこれで時間が短くなっているのだ。

紀伊勝浦から船で、ホテル浦島

港には灯りがともっていた。6時45分到着

食事は7時半 マグロの解体ショーもやっていた。

美味しかった。

3132(お風呂の写真はHPより、写真は禁止なので。)

ここのお風呂は洞窟風呂が有名。

スケールも大きく素晴らしかった。

夜「玄武洞」(写真左)に入った。

明日の朝に一番有名な「忘帰洞(右)」にも入ろう。

「この土地は海底が隆起してできた岬で、於泥岩層の破砕帯が熊野灘の荒い風波に浸食された間口25メートル・奥行50メートル・高さ15メートルの天然洞窟。
その洞窟の中に自然に温泉が湧出して熱い湯溜りとなり、古くから沐浴に賞用されていたようです。
「熊野詣」の華やかだった平安末期には、熊野三山に参詣した貴族がこの温泉で旅の疲れを癒したと伝えられ南北朝の頃には北朝方の将石堂義慶が軍船を率いて、立籠もったことから、将石洞とも呼ばれていました。」

(なるほど、歴史は古い。)

「忘帰洞の名は、旅館営業が始められた大正末期、紀州藩の徳川頼綸公が来遊されて『帰るのを忘れさせるほど心地よい』と誉めて名付けられた。」という。

そうか、掘ったのではなく、自然にできたのか。(④へ続く)
 

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伊勢神宮…②

23朝8時前に「新横」発の新幹線に乗り

三河安城でバスに乗り換えます。10時ごろ

休憩を入れつつ、伊勢神宮へ。

←新横浜で買った崎陽軒「チャーハン弁当」

伊勢神宮、まずは「外宮」から。

「外宮」は初めてです。

5いわゆる「外宮」は
「豊受大神宮(とよけだいじんぐう)」といい、

「豊受大御神(とようけのおおみかみ)は内宮の天照大御神のお食事を司り、衣食住、産業の守り神」としても崇敬されているそうです
←正宮

6←風宮

大きな木があちこちに見られ、みどりの中を歩くのは

とても気持ちがいい。

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次は内宮へ。

こちらは何度か来たことがあります。911


12宇治橋から五十鈴川

五十鈴川御手洗場

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桜も少し。

宇治橋まで戻ってきました。

次はおかげ横丁まで散歩です。(③へ続く

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2017年4月 2日 (日)

行ってきました。『紀伊半島世界遺産と秘境・絶景大周遊」…①

正式名称(?)
紀伊半島世界遺産と秘境・絶景大周遊 伊勢神宮外宮・内宮両参り 熊野三山・高野山3つの聖地めぐり 奥熊野の秘湯とホテル浦島に宿泊 3日間』という長い名前のツァーに行ってきました。

昨日11時ごろ無事家に帰ってきました。

そして

お土産を持って

母のところに行って来たところです。

ゆっくりと

写真の整理をしていきますネ。

    *

Photo
(↑高野山奥の院入り口、昨日行った日は、雪でした。)

今回のコンセプト

私は熊野三山

相方は高野山

その両方が入っていたものには

伊勢神宮外宮・内宮も入っています。

息子1がびっくりするほどの行程でしたが、さすがです。

ちょっと忙しいところもありましたが、無事こなして帰りました。

こういう団体の国内ツァーは初めての参加です。(たぶん)

ツアーは忙しいと思いますが、

私がそれに付いていけるかどうか、確認してみるのも、

一年でも早い方がいいと思いました。

今まではすべて、自分で計画し予約して行っていましたが、

年と共になかなか難しくなり、

昔は少々批判的に見ていたのではありますが、

まずは行ってみよう、ということです。

トータル的に言えばプラスマイナスではプラスでした。

自分たちの手作り旅行の良さも捨てがたいものがありますが、

共存!ということで行きたいと思いました。

一番いいのは

お昼食べた後「寝てもいい!」ということです。あはは(②へ続く)

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