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2016年10月30日 (日)

冬景色

47ハロウィンの季節。

昨夜の天気予報から聞いていた通り、

起きたら寒い。

冬物はどこじゃ。

うすら寒い朝に思い出したのであろうか。

鼻歌を歌っている人がいる。

さぎり~きぃゆる みぃなとえのぉおお

 

ふねにしろしあぁさのしも

 

げぇにこはるびのぉ…♪

あれ!?

霜の朝に小春日はおかしいなぁ、

で、正しい歌詞を調べてみた。

「冬景色」と言う題名だ。

 ------

冬景色

(1913年(大正2年)『尋常小学唱歌 第五学年用』が初出の文部省唱歌。歌詞の中では、1番は水辺の朝、2番は田園の昼、3番は里の夕方が描写されている。2007年(平成19年)に「日本の歌百選」に選ばれた。)

作詞作曲者不詳

    *      *

さ霧消ゆる 湊江(みなとえ)の
舟に白し 朝の霜
ただ水鳥の 声はして
いまだ覚めず 岸の家

 

烏(からす)啼(な)きて 木に高く
人は畑(はた)に 麦を踏む
げに小春日の のどけしや
かへり咲(ざき)の 花も見ゆ

 

嵐吹きて 雲は落ち
時雨(しぐれ)降りて 日は暮れぬ
若(も)し灯火(ともしび)の 漏れ来(こ)ずば
それと分かじ 野辺(のべ)の里

  -------------

記憶がごっちゃになっている。

静かに読んで、口ずさんでみると

日本の風景が浮かび上がってくるようだ。

文部省唱歌とは、

文部省唱歌(もんぶしょうしょうか)とは、明治から昭和にかけて文部省が編纂した、尋常小学校、高等小学校、国民学校及び学制改革後の小学校の唱歌、芸能科音楽の教科書に掲載された楽曲の総称である。
但し文部省が定めた正式名称ではない。」

と、ウィキペディアにある。

『尋常小学唱歌』全120曲)は、全て日本人による新作であったという。

「当時、文部省は作詞者・作曲者に高額な報酬を払い、名は一切出さず、また作者本人も口外しないという契約を交わした」ともウィキペディアにはあった。

(これは、コメントのご指摘によるとそういうことはないとの話であり、一つの面白いはなしということのようだ。)

そうだったのか、私にとってはこの点が面白い発見であったのだが。

時代の変化にともない、歌詞が変更されることも多かったようだ。

「検定教科書の時代になって著作者を明らかにしなければならなくなったが、その作業が学問的に行われたことはなく、著作者が判明しても根拠が弱いものも少なくないため、個々の作詞・作曲者を出さず「文部省唱歌」とだけ表記している教科書・歌集もある。」

唱歌の中には『故郷』、『春の小川』、『朧月夜』などのように、現代の日本においても広く愛唱されている曲も多い、とあった。

この三作は何れも「作詞高野辰之、作曲岡野貞一。」とあった。 

こういう歌が身にしみる季節であります。

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コメント

「文部省は作詞者・作曲者に高額な報酬を払い名は一切出さず、また作者本人も口外しないという契約を交わした」というのはまったくの俗説です。どこにも根拠は見つかりません。もっともらしい記述ですが、そういう契約はありません。
http://blogs.yahoo.co.jp/kotoyo_sakiyama/63276253.html
または
http://blogs.yahoo.co.jp/kotoyo_sakiyama/63087528.html
を参照して下さい。
作詞高野辰之、作曲岡野貞一についても、俗説です。唱歌の編纂は合議で行われ、共同制作されたのです。高野や岡野も参加したけれども、主任は別の2人です。ウィキペディアの唱歌に関する記述にはあまりにも間違いが多いのです。これについては、
http://blogs.yahoo.co.jp/kotoyo_sakiyama/63434656.html
を参照なさってください。
冬景色という歌詞が素晴らしいのは多くの人によって推敲され磨き抜かれたからです。尋常小学読本(国語教科書)にも冬景色という文章がありますが、これを読むと幻滅しますよ。唱歌冬景色がいかにすばらしいか、それは俳味があるからなのです。

投稿: 崎山言世 | 2016年11月13日 (日) 22時19分

崎山さま
コメントありがとうございました。
<「文部省は作詞者・作曲者に高額な報酬を払い名は一切出さず、また作者本人も口外しないという契約を交わした」というのはまったくの俗説です。どこにも根拠は見つかりません。もっともらしい記述ですが、そういう契約はありません。>

そうでしたか。
これは誤りでしたか。
これが面白いと思って取り上げてしまいましたが…
いかにもキャッチ―ではありますね。(私もつかまりました。)
まずはウィキペディアをよりどころとして
いろいろ調べてみたのですが、
たしかにいろいろあって、長くなり、
まとまったものにできず
ウィキペディアのみにしてしまったわけです。

学術的に研究したわけではないともありましたから
公がその成り立ちについても公式に展開したわけでもないのでしょう。

唱歌の成り立ちには興味もありますが、
様々な時を経て
人々に歌い継がれて、変わってきたという歌詞自体が
素晴らしいなと思います。

御研究なされていらっしゃるのですか。
ご指摘ありがとうございました。

投稿: いち | 2016年11月14日 (月) 09時29分

故郷にしても朧月夜にしても海にしても紅葉にしても、歌詞がこれほどまでに洗練され磨き抜かれるには、多人数の推敲があったからとみるほうが自然です。高野辰之作詞が確実な「おう雲雀」「折ればよかった」の歌詞を何度もお読みになってみてください。この人はもともと寡作ですが、「故郷」「朧月夜」を独力でかけるかどうか。『尋常小学読本唱歌』ではなく、正しくは『尋常小学唱歌』です。前者はあくまでも臨時教科書ですから。http://blog.livedoor.jp/kiichirou_sakiyama/archives/cat_1043845.html
なども参照なさってください。

投稿: 崎山言世 | 2016年11月14日 (月) 21時52分

再びのコメントありがとうございます。
たしかに「読本」は先行して作られたもので、その集大成が「尋常小学唱歌」になるのですね。わかりました。

日本人の心に響き、歌い継がれてきた歌は
土台をつくった作者がいて、
それが多くの人により研ぎ澄まされ、普遍化されることで
多くの人の心にかなった唱歌となってきたのでしょうか。

投稿: いち | 2016年11月15日 (火) 21時46分

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