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2016年4月の23件の記事

2016年4月28日 (木)

沖縄土産、そして大東寿司

雨が降っています。

かと思ったら、北海道は雪だそうです。

で、風邪ひきました。

   *

息子が週末沖縄に行ってきました。

と思ったら

最初に石垣島に行ったらしいです。

    *

車ではないので、

お土産はいらないよ、という声もつかの間

148あ、スーパーでサーターアンダギーミックスをと言う声。誰のかといえばもちろん私。

それだけでいいから・・・

遠慮のない母親であります。

    *

結構買ってきたようで、

オリオンビール」もありました。

144143その中に「大東寿司」がありました。

鰆の漬けのお寿司です。とても美味しかったです。

これは沖縄で作られているようです。

大東島は八丈島とゆかりがあると聞きました。

稲荷ずしにも見えますね。

146_2147他に

いろいろ

ラー油、鰹の塩辛

おばあちゃんへのお土産など。

 

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2016年4月27日 (水)

『霜の降りる前に』ヘニング・マンケル

今朝九州熊本の親戚から電話があった。

受話器を取る前に心を落ち着かせた。

この地震の中、手術をしたのだ。

ちょうど昨日「地震が続いて、手先が震えちゃうから、手術ができるのかな。」

と話したところだった。

無事終了したという。本当によかった。

    *

この本は、わが愛するヘニング・マンケルのヴァランダーシリーズ最新刊です。

私がいつも目安にしているアマゾンの星もいつもより少ない。

まあ、確かに、そうかもしれない。

父ヴァランダーとその娘

ベテラン刑事ヴァランダーと見習い警官の娘

共通点はカッカとしやすい性格

互いに理解していくのだろうな。

新しいシリーズに・・・と、心を馳せ、

楽しみだと思ったが。

突然の訃報

2015年10月5日67歳で亡くなったという。

あの、ヨーテボリで。

驚いた。

    *

最後の作となるエッセイ集を読みたい。と思った。

柳沢さん、早めの訳出をお願いします。

内容(「BOOK」データベースより)

白鳥が燃やされ、子牛が焼き殺される。イースタの周辺では奇妙な事件が重なっていた。さらに女性が行方不明になったとの通報が入る。だが驚いたことに、リンダの消えた友人の日記に、行方不明の女性の名前が記されていたのだ。リンダの不安は増すばかり。一方娘の勝手な行動にクルトは怒りを爆発させる。人気の刑事クルト・ヴァランダーが父娘で難事件に挑む。シリーズ第九弾。

    *

第9弾というか、

実際は「ピラミッド」1999年 第9弾

    「霜の降りる前に」2002年(見習い刑事リンダシリーズになるのか、)

「苦悩する男」2009年 第10弾となるらしい。あとがきによれば。

まあ、どちらでもいいか。

    *

霜の降る前

夏から秋に事件は起こり

霜の降るころ新しいスタートを切ったのだ。

    *

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2016年4月26日 (火)

強く!ナニワイバラのように

137ナニワイバラも

元気に咲きました。

伸び過ぎて、去年もたくさん剪定しましたが、

見事に咲いています。

友達が言っていました。

「この花は強すぎて、伸び過ぎて大変らしいよ。」

良いじゃない。

それぐらい、元気になろう。

みんな強くなろう。ね。

138母も夫も

大きいとげに手こずり、痛がりながらも

仕方ないこれは私の花だから・・・と

で、ゲンを担いで(?)

少し大事にしてくれるのです。

ナニワイバラは野生化するほど生命力がある、と聞いたので・・・

1私が友達の庭で一目ぼれして、さし木してもらった花です。

みんな元気かなぁ。

左の写真は

盛りになった八重桜を上から見下ろしました。

ちょうど街灯がいい照明です。

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2016年4月25日 (月)

見上げているよ

135春爛漫というのでしょうか。

自然は時に恐ろしい力を発揮しますが、

見えないところで

優しい恵みを与えてもくれます。

136母の庭に行くと

ふと気が付きます。

(上 ニリンソウ、下 ストレプトカーパス)

139_2




おや、あそこにも・・・

人々に踏まれそうになりながらも

元気に芽を出して

140ほ~ら、蕾までつけている。

偉いねぇ、きみたち。

落ち込んだ人の

うつむく視線に入ろうとして…

141地面から

背伸びをするように

上を見あげて

かわいい花を咲かせている。

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2016年4月23日 (土)

地震

134九州の地震のニュースで

頭があふれたのか、

昨日は声に出してしまった。

それまでも

幾度となく

感じてはいたが

自分の中だけで終わっていた。

それが

昨日は

「ア、地震!地震じゃない?」

「え!?」

「揺れてない?揺れてるよね。」

「そうかぁ?」

「揺れてるでしょ。」

テレビがそれについて何か言わないかと、

私の感知した揺れの証明をしてくれないかと,

じっと画面を見たが

無言・・・である。

とうとうここまで来たか。

こうなっても当たり前かもね。

現地の人を思えば…

時どき

熊本に行っている心がある。

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2016年4月22日 (金)

『ナイルパーチの女子会』柚木 麻子

今日だけのいい天気のようです。

    *

読みながら

なんだこれは、と思っていた。

あまり楽しくない。

それが、

一晩寝て、今思うに

30代の女性が、

自ら経験し

一段、大人になっていく話なのかな、と思った。

    *

持っていないからよけい欲しい友達、親友

近くにありそうで、しかし自分は持っていないもの、

その言葉にあこがれるのだ。

しかし

本当の友でなければいなくても同じだし、

実際一人が好きだったりするのだ。

欲しい欲しいと思っても

ムリにはできないものだよ、自然でいいんじゃないかな。

身近にこんな女性がいたら、こういうに違いない。

流れに任せて、あるがまま。

    *

友達、親友、仲間

そして家族

    *

最初、読後感が良くなかった、とだけ書こうと思ったけど

それなりの年代の人には、何かを考えさせる、必要な本かもしれない。

昨晩読み終えた翌朝の今、こんなことを考えた。

要するに

私はその年代ではなかったということだ。

    *

少なくとも

私は、今までも、そういうことを悩んだことはないかなぁ。

ボーっと

しているからなぁ。

いつも周りに引っ張られて、生きている気もする。

   *

いつもそばにいなくても

思いやっている、

会えば昨日も会ったかのように語り合える。

毎日の積み重ねだろうか。

これも「今だから」こそなのであろうか。

    *

小学校の時

尊敬していた先生が

「自分がしてほしくないことを人にするな。」のような言葉を教えてくれた。

つまり「己の欲せざる所は、人に施す勿れ」ですが

こんな難しい言葉だったかな、文末は「ひとになすな。」だった気がする。

これが私の原点、いたく腑に落ちたものである。

この主人公も

ここで身をもって覚えていくのだなぁ。そして前へ生きていくのだ。

 19   *

今はヘニング・マンケル「霜の降りる前に」を読んでいます。

ヴァランダーです。

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2016年4月20日 (水)

4月への思い

夫は今

熱海あたりに仕事に行っている。

二泊三日で。

行く前に

息子1に頼んで行ったらしい。

    *

「お父さん、今日から熱海に仕事で出かけて行きました。」と息子にいうと

「はい、前もって聞いております。」という。

前夜に

「かくかく云々で、またこの仕事に行くから、

よろしく頼むよ。帰ってきたら、息してるか見て…」のようなことを。

    *

毎年四月にこの仕事が入り、

2009年にもやはり出かけていた。

その時に私が倒れ、

一人家にいた息子はおたおたし、

大変だったと、

家族みんなには重要な4月の週末なのだ。

集まってはその時のことを話す。

   *

また一年過ぎて4月を終えようとしている。

こうして1年1年重ねていくのだ。

   *

128昨日

新しいランドセルを揺らして、並んで帰る一年生を見た。

あぁこういう季節なのだな。

どこでも

4月はスタートの季節。

そういう意味で

我が家で、私の

新しいスタートの時期

新しい一年が始まる。

    *

元のようにはならないけど

でも何とか、笑って生きている

そのことに感謝でアール。

(いま2009年4月のブログを見て、コメント欄の名前を見て、懐かしかったです。それこそ、みなさんお元気でしょうか。あのときはご心配おかけしました。)

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2016年4月19日 (火)

人を繋ぐ楽しい電話

130突き抜けるようないい天気だ。

若葉が美しい。

日差しは既に紫外線警戒警報並み

そんな午後

だけど何だか物悲しい

元気が、

出ないぞ。

    *     *

これもまた

しばらく前の話デス。

    *

131娘の家に春休みで留守番に行っていた時の話。

息子2は

昼休み自宅に帰るまでのちょっとした時間に(5分ぐらい)

電話をくれることがある。

その日も私とマゴッチがお昼を食べているときに

携帯が鳴った。

    *

電話出てくれる?

とマゴッチに言うと、うん

そして、

もしもーし、さて、私は誰でしょうか。」と言っているマゴッチ。

向こうで答える声があり、

あったりぃぃぃ」(お分かりとは思いますが、「当たり!」です。)

これはいつも私がマゴッチに電話をする時の決まり文句である。

少し話してから、

じゃぁ、ばぁに変わります。」と返ってきた。

いつものパターンがここでも展開された。

    *     *

その夕方

私が母に電話して、

「明日行くからね。」

すると母が「〇ちゃんによろしくね、」と言うので、

なら、直接話して、とマゴッチに電話を渡した。

おばあちゃん?〇です。」とマゴッチ。

それから、もにょもにょと話している。

おかげんいかがですか?」とか言っている。

「え、おばあちゃん具合悪いって?」とあわてて聞く私。

さらに

どうぞお大事になさってくださいね。」とかも言っているようだ。

    *

あとで、どういう意味で言ったの?とマゴッチに聞いてみると

具合が悪いって言ったんじゃなくて、

 

いろいろ年取ってる人は大変だろうから

 

体に気をつけてね、っていう気持ちで言ったの、」という。

ふーん。

翌日母のところに行き

マゴッチの真意を伝えたところ、

母は

マゴッチのあまりのご丁寧なお言葉にびっくりして、

「焦っちゃって早く切っちゃったわよ。」と笑った。

93歳をも焦らす

10歳の思いかな。

    *

その後

今度は私から母へ電話。

今どきなので留守電にしている母。

「ただいま電話に出ることが・・・」と話す「でんわのひと」。

もしもーし!もしもーし。いませんかぁ。」

なかなか出てこない。「あれ、いないのかな。」とぶつぶつ。

もう一度

「もしもーし、もっしもし、カメよ~」

といったら

「かめです。」とやっと出てきた母。

思わず笑った。

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2016年4月18日 (月)

きらんそう

127日曜日

実家に行った時

庭の隅に見つけた、

きらんそう

誰も気づかない

きっと。

私は踏まないように

足を大きく広げて

一歩を踏み出した

青紫の小さな花

(雨で急いでいたのでピンボケだった、お許しあれ)

    *

夜になっても

 

地震はなかなか収まりません。

 

数分おきに地震情報が流れています。

 

皆さんのことが本当に心配です。

 

両親の出身地でもあり、親戚が多く住んでもいます。

 

    *

 

「キランソウ」は「ジゴクノカマノ フタ」とも言います。

 

ムリにふたをしてもいけないとも思うのですが、

 

何とかしてほしい、少し、静かになって・・・神頼みです。

 

 

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2016年4月17日 (日)

春の喜び

このところ

テレビにくぎ付けで、夜まで。

少し寝不足です。

叔母の、故郷の誇り、熊本城も哀しいことになっています。

   *

ピンポンが鳴って

宅配便が来た。

「重いですよ、タケノコらしいですね。」

顔なじみのお兄さんがいう。

思わず、わーい、うれしい、ありがとうとお礼を言ってしまう。

    *

いそいで開けてみる

写真のようにたくさん、である。

一つ一つ丁寧に包まれているのを見ると

どんなふうに思いやって詰めてくださっているのかが

想像できて

とても幸せになる。でも、忙しくもなる。

    *

126・タケノコ…大なべ二つで皮をそこそこ剥いて、ゆでる。

ヌカと唐辛子まで袋に入っているのが「うれしくもありがたい。」

山椒の葉っぱが一枝。

菜の花…塩茹でにする。辛子マヨネーズで食べる。

三つ葉…ゆでて、かつおぶしでお浸し

香りが良くて、幸せ。

ふきは茹でて、甘味噌炒め

は小さく切って、甘辛つくだ煮風、ごま油風味(美味しかった)

れんこん

さといも

食事しながら、幸せ気分。

おいしいおいしい

ありがとう。

タケノコもすべて2回に分けて煮て、

今日は母のところにも持って行きました。

母も「柔らかい」と。

夫の仕事仲間のお母様との顔も知らぬ交流

楽しく続きます。

ありがとう、ごちそうさま。

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2016年4月15日 (金)

『ゴースト・ボーイ』マーティン・ピストリウス

いつものように

どんな内容かも知らず

リクエストした本がやってきた。

(ミステリかと思ったぐらい、)

これはドキュメンタリーというか、自伝であった。

調べてみたら、テレビでやっていたらしい。

     *

読みながら、ひたすら憤慨していた私。

その当時被害にあっていた主人公には

同じ人間としてお詫びしなければならない。

まったく…

それから少しずつうれしくなって・・・

ということで、

誰も見ていない状況でも

いつでも同じように正しいふさわしいことができるか。

ということを考えた。自分に照らしてみる。

    *

彼は

周りからは

何も感じていない、見えない、聞こえない人だと思われているのだ。

だから

周りの人は

彼の近くで、

悩みを勝手に話すことから

彼に対してのひどい虐待までするのだ。

なぜなら

彼には何もわからない、だから苦痛も悔しさも感じないと思うからだ。

さらにもし感じても、何も言えないと…

あとから

何年も前から、彼がみんな分かっていたと知った時

それぞれが

自分のしたことや言ったことを恥ずかしく思うのだ。思うべきだ。

そういうことも

どんなことをされたかも

書いてはあるが、それはあいまいに、あちこちに少しずつ書かれているようにも見える。

それは優しさであろうか。

どんなにつらかったことだろう。

    *

相手が自分より弱い立場の人

幼子やお年寄り、そして障害を持った人たちに

どんな対応ができるか、

人の目があろうとなかろうと同じようにできなければならない。

自分がその立場だったら、そう考えて行動すること

このことを強く思った。

読み終えて一番に思ったことだった。

    *

また

そういう状況で

人間が、弱い人間ほど陥りやすいところでもあるとも思った。

    *

これからのマーティン夫妻の幸せを心から願う.

明るい未来に進んで行ってほしい。

二人の笑顔が未来に続きますように。

内容紹介

1988年、12歳のマーティン・ピストリウスは原因不明の病気になった。18ヵ月後には口もきけず、車椅子に座らされていた。
医師たちは両親に告げた。退行性の未知の病で、彼の心は赤ん坊に戻ってしまった、と。誰も知らなかったのは、身体こそ無反応だったけれど、マーティンの心はゆっくりと目覚めていたこと。でも、それを伝えるすべがなかったこと。
10年たった頃、あるセラピストが気づいた。マーティンの一部が目覚めていると。そして両親も、息子の知性が少しも損なわれていないと知った。病に倒れる前の記憶がないマーティンは、車椅子に座り、話すこともできない。しかし、コンピューター分野で素晴らしい才能を発揮。あらゆる困難を乗り越えて恋に落ち、結婚し、ウェブデザイン事業を立ち上げる。『ゴースト・ボーイ』は、再生と愛の力を描いた、深く胸を打つ実話。彼の途方もない物語は、私たちに、人生を大切にすることを教えてくれる。

(2015/11/18)18

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2016年4月14日 (木)

ボールパークでグローリイ デイズ

少し前の話になりますが、(だって花見の話の途中だったもので…)お許しください。

    *

球春でもあります。

最近球場のことをボールパークとメジャー風に言うところも増えているようです。

楽しみ方がいろいろになってきているということでしょうか。

    *

我が家の男性陣は

野球好き

いつかは3人で揃って出かけたことも。

まあ、私も行ったことありますから・・・

巻き込まれて・・・ね。

    *

ここ数年、息子1はベイスターズにはまっている。

先日の新聞にこんな記事が載っていた。

    *

「ハマスタ満員御礼」

開幕6連戦の5試合で満員御礼、という。

それこそ

様々な楽しみ方があるようだ。

「勝ったら嬉しい、

負けても楽しい、ライブの楽しさ」

と、息子は言う。

そのメールに

「私はそんな境地にはなれない。君は偉いな。」と返す夫。

全勝のチームなんてありえないのだから

そういう境地になるのはいいかも。

私も

ライブの醍醐味は十分承知している。

    *

息子はむろんファンクラブに入っているが、

それでもチケットはとりにくくなっているらしい。

グッズなども多く、ファンを喜ばせようという姿勢が見える。

そんな話をしていた昼時

息子がこんな話をした。

試合前の練習中に流れる曲を聞いていると

「自分が時間に余裕を持ってここに来られている幸せ」を感じるという。

その曲の中に

「Glory Days」がかかるんだよ。とも。

えっ!ブルースの?(Bruce Springsteen である。)

(Bzのではない。)

「そう」

「へーっ、そうなんだ」

思わずユーチューブで検索して聞いた。若いね。

1980年代だからね。

息子はどんな人か知っているけど、友達は知らない、という。

そうだね、

我が家では当たり前に流れていた音楽だったから。

それが

ハマスタで今のバリバリの音楽の中に

一緒に流れているのを想像して、とても嬉しかった。

その晩

仕事を終えてから

ハマスタに出かけた息子。

やはり私も気になる。

うまくいかなかったようだが、

それでも楽しめたよね。

   *

そのあと

日曜日にも午前中に出かけて行ったようだ。

帰ってまず聞いてみた。

「グローリーデイズ」聞こえた?

日差しが強かったので中にいたからわからなかった。

そうか、仕方ないね。

「仕方あると言われても、仕方ない、」と返ってきた。確かに。

久しぶりに

音楽を聞きたくなった。うきうき

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2016年4月13日 (水)

建仁寺・東寺で旅の終わりへ…⑧

翌日はまず建仁寺あたりへ。

バスに乗り、東山安井で降りる。

八坂通を下って建仁寺へ。

107後ろには八坂の塔が見えているはず。

その前の信号から、少しだけ塔の頭が見えます。

八坂通を曲がったら、塔のことは忘れてしまいました。

    *

八坂の塔に向かう方ほどではないが、

やはり板塀の料理屋さんが続く。

黒塗りのお迎えハイヤーに良く出会う午前9時過ぎ。

前夜の宴の後のような、くたーっとした雰囲気が出入り口からも漂う。

それが切れると、

右手に「建仁寺」が現れる。サッソウ!!

「建仁寺は建仁2年(1202年)将軍源頼家が寺域を寄進し栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立されました。

京都五山が制定され、その第三位として厚い保護を受け大いに栄えますが、戦乱と幕府の衰退により再び荒廃します。」とある。しかし、さすが歴史のある、落ち着いた寺であった。

「勅使門」108

109110「山門」

「法堂」

山門の向こうに

法堂が見える。

114


この天井には平成14年(2002年)創建800年を記念して「小泉淳作画伯」筆の双龍が描かれた。畳108畳分あり、2年の歳月をかけて、書かれたという。

111112

しかし残念ながら、10時からだったので、次回にして、先を行く。

ぐるっと回って

「摩利支天堂」もお参り。猪の守り神という。

猪の狛犬、イヤ、コマ猪、どこもかしこも猪だった。面白かった。

それから

近くの六波羅蜜寺を見て

バス停へ。

ちょうど東寺行きが来たので、乗る。

昔、両親と3人で来たが

中に入らなかったと母が今でもいう。あの時は新幹線の時間があったから…

115116124東寺…東寺は平安京遷都後まもない延暦15年(796年)、創建。それから二十数年後の弘仁14年(823年)、真言宗の宗祖である空海(弘法大師)は、嵯峨天皇から東寺を給預された。この時から東寺は国家鎮護の寺院であるとともに、真言密教の根本道場となった。

五重塔 国宝 高さ55メートル、木造としては日本一

その周りには美しい桜がたくさん咲いている。

前は秋だったので気が付かなかった。

帰ってからHPをいろいろ見ていて、東寺のものが

とりわけ素晴らしいと思った。

仏像なども惜しげもなく見せてくれてありがたい。

122


金堂」 薬師如来 日光、月光菩薩

118講堂」 大日如来 立体曼荼羅

119


120

121「小子房」
天皇をお迎えするところ。特別公開

125やぁやぁ

皆さま

長らくおつきあいくださいまして

ありがとうございました。

京都駅まで歩いて

1時過ぎの新幹線で帰り、

そのまま母のところにお土産を届けに行きました。

無事帰って来れました。(オワリ)

(最初から読むのはコチラ

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2016年4月12日 (火)

京都御苑へ…⑦

石田駅に着いたら、15時45分ごろだった。

さて次は…と考える。

実は

朝、醍醐駅に降りたとき、京都市立美術館のポスターを見た。

モネとルノワールの二つをやっている。

行ってみようか、と話したのだ。

しかし、時間を見ると16時半までに入場とある。余裕がないのでやめることにする。

どうせなら…ということです。

さらに二条城は予定に入っていたが、16時までに入場とある。そのあとはライトアップになるらしい。

これも時間が無いので、やめる。

    *

最初から私が行きたかった、京都御苑の桜を見に行くことにする。

ここは時間の制限もないから、ゆっくり見られる。今出川で降りる。

前に御所に来たのは秋だったので、桜の御苑もちょっと見てみたい。

あさってから御所の一般公開が始まるので

テントなどの用意も始まっている。

乾御門から入る。

    *

9299この京都御苑一帯は江戸時代には二百もの宮家や公家の邸宅が立ち並ぶ町でした。

いまはその広い空間が大きな木に代わって、

穏やかな空気を醸し出しています。

    *

9394一番見たかった近衛邸跡にも

様々な桜が植えられ、風雅な雰囲気を醸し出しています。

ブルーシートの花見する人もなんだか静かです。

ゆっくり見まわって、

丸太町までひと駅分、ゆっくりと歩きます。

9695979810099_2



101


103


105


清水谷家の椋の大木(幹周/約4m、樹齢/約300年。)

立派でした。

    *

まだ元気があるので、

二条城前の「神泉苑」にも寄ってみることに。

二条城の何かかと思ったが違った。

「延暦13年(794年)の平安京遷都とほぼ同時期に、当時の大内裏の南に接する地に造営された禁苑であった。…、当初の敷地は二条通から三条通まで、南北約500メートル、東西約240メートルに及ぶ、池を中心とした大庭園であった。

史料に初めてその名が見られるのは『日本紀略』の記事であり、延暦19年7月19日(800年8月12日)、桓武天皇が行幸したという内容である。延暦21年(802年)には雅宴が催されたとあり、この頃から神泉苑は天皇や廷臣の宴遊の場となったとみられる。また、『日本後紀』には、嵯峨天皇が弘仁3年(812年)に神泉苑にて「花宴の節(せち)」を催したとあり、これが記録に残る花見の初出と考えられている。

中世以降は荒廃し、慶長8年(1603年)、徳川家康が二条城を造営した際には神泉苑の敷地の大部分が城内に取り込まれて著しく規模を縮小した。」ウィキペディアより

なるほど、時代と共にでありますな・・・。

しかし

ここにも外国の人が来ていて写真を撮っていたりする。私は忘れた。

すべてネットで世界中を巡るのだなぁ。

それから地下鉄で京都駅まで戻り、6時過ぎホテルへ。

今日もいい一日だった。(⑧へ続く

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2016年4月11日 (月)

霊宝館から法界寺まで…⑥

早くブログをアップしないと、桜?いつの話?と言われそうなので、焦っているが。

4月ということもあり、いろいろ用事もあって…

そういえば、息子にも「急がなくていいから。掃除をして飽きたら、にすればいいよ。」

なんて、親みたいなことを言われてしまった。

そして、私も素直に「わかった」などと返事をし、本当にそうだと思ってしまうのでアール。さて、さて・・・

      *      *

76 「霊宝館はどうする?」

「いっとくか?」「いこう!」

てな感じで、3枚つづり券(三法院、境内、霊宝館)1500円を最初に買った。

その三つ目。

桜の道を歩いて霊宝館に入る。

78
国宝
69420点、重要文化財6521点など10万点以上の寺宝を伝承しているという。

びっくり!!

7980
醍醐寺の広さは上醍醐・下醍醐あわせて、200万坪にも及ぶという。

どこかには「巨刹」(古刹でも、もちろんあるけれど)ともあった。確かに。

霊宝館は昭和10年に開館、昭和54年に新収蔵庫3棟を新築。

さらに平成13年には上醍醐の薬師堂の本尊、平安時代の作である国宝薬師三尊像を中央に安置する大展示室が作られた。

薬師堂と全く同じ大きさ・寸法で作られた大展示室に安置されており、美術館施設の中にありながら、御堂の中と同じ荘厳な雰囲気の中で鑑賞することができるという。

春期特別展でしっかり拝んできました。

77そこにはまたゆったりした休憩室があって、全面ガラス張りの向こうに庭のしだれ桜が良く見えました。

しばし、椅子に座って眺めました。

散り始めていましたが、樹形はとても素晴らしく、存在感がありました。

818283


何本も立派な桜があり、ライトアップされるようでした。

醍醐寺にはおよそ1000本の様々な桜があるそうです。

それから

もう一つ、日野の里にある「法界寺」に行きます。

国宝・阿弥陀堂の中に安置されている

国宝・阿弥陀如来像を見に行きます。

歩きますが、力が出ない。既に2時。

お腹もすいてきて、少々足取りが重い。

84お寺の近くまでやっと来て

おしゃれなレストランがあったので入った。「Lastatta]という。らっき。

玄関を開けて、「こんにちは~」と声をかけるが

どこにもテーブルはなく、普通の家のようだった。

しまった、勝手に入ってしまった。今はやっていないんだね。と残念に思いつつ外に出たら、お店の人が追いかけてきてくれた。

入り口が違うというか、入り口の奥にまたドアがあったのだ。

ランチはカレーかピラフということだった。(他にもあったかもしれないけど)

二人でビーフピラフセットを注文。

写真撮るのを忘れたが、(おなかすいていたので。)

たいそう美味しいピラフセットだった。

牛肉のピラフ、キノコのポタージュ、パプリカなど野菜のマリネ風、そして最後にコーヒーor紅茶

で1000円、安い!リーズナブル。で、美味しい。

それで現金にも、元気になって

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すぐ前の法界寺へ。

ここはほとんど人がいない。

ピンポン押して拝観券を買う。

鍵を開けてくれる。誰も来なかったのかな。

90_2立派な阿弥陀堂に立派な阿弥陀様。

藤原時代の極楽浄土の具象化として建てられた典型的な阿弥陀堂という。

阿弥陀如来はかなり近くで拝見できる。

が、これ以上寄ると警報器が鳴ります、とあちこちにあった。ヒノキの寄木造で丈六。

円満豊麗な藤原時代阿弥陀仏を代表するものという。

内陣の壁画は最古のものとなるらしい。法隆寺金堂が消失してしまったからね。

91なかなかいいものを・・・心安らぎました。

隣に薬師堂があり、薬師如来がいると聞きますが、秘仏らしいのでパス。

パンフを載せておきます。後ろの壁に天人絵が描かれています。

89ここから地下鉄の石田駅まで歩く。

普通の人は20分、私は30分かな。

車通りの多い、広くない道で、あまり楽しくない道だった。(⑦へ続く)

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2016年4月10日 (日)

醍醐寺境内へ…⑤

5658_25759_260・桜の馬場から西大門の方を見ると

一面桜がきれいです。

仁王門とも言われ、豊臣秀頼が、慶長10年(1605)に再建したものです。

仁王像(重文)は、もとは南大門に祀られていたもので、平安後期の長承3年(1134)に仏師勢増・仁増によって造立されたといいます。

たくさんの人がいて、また写真が撮れていませんでした。

門の向こうに見えるのは若葉のモミジです。青モミジ。

爽やかな緑がとても美しい。61


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・清瀧宮(せいりゅうぐう)本殿(重文)

ここにもしだれ桜が。

そこから振り返ると

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・五重塔
があります。

国宝です。

「醍醐天皇の菩提を弔うため、第一皇子・朱雀天皇が承平6(936)に着工し、第二皇子・村上天皇の天暦5(951)に完成しました。17年かかったということです。

「興隆を極めた醍醐寺も度重なる火災に加え、応仁の乱の戦火により一山焼失し、下伽藍堂宇はことごとく灰燼に帰したが、唯一五重塔だけが奇跡的に難を逃れ、創建当初の天歴盛時の姿を今に留めている京都府下現存最古の木造建築物である。

この塔は法隆寺五重塔 瑠璃光寺五重塔 と並ぶ日本三名塔の一つとされている。」

高さは38メートル、屋根の上の相輪は約13メートルで、塔の3分の1を占めており、安定感を与えていると言えます。

たしかにどっしりと安定していました。

6566・金堂(国宝)

醍醐天皇の延長4(926)に創建された。

二度消失し、秀吉の時代に紀州から移築を計画され、秀頼の時代慶長5(1600)に完成した。金堂の上から五重塔を眺める。

73_274・「不動堂」


だんだん緑の美しい公園風になってきた。

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・観音堂

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・弁天堂

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その奥は無量寿苑といい、きれいな庭園になっている。

青モミジが爽やかで、若葉色に染まってしまいそうだ。

(⑥へ続く)

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2016年4月 9日 (土)

醍醐寺・三宝院…④

翌4日、雨だと思っていたので

ゆっくり出る。

今日は市営地下鉄一日券600円で行動。

相方は京都には仕事で少なくても年に30泊はしていると思われるツウ(?)なので

(その合間にいろいろ見学しているという。)

そうでなくても私はノロノロなので(いや向こうがセッカチくんか)

キップを買いに走り、案内して・・・

御池で乗り換えて、醍醐駅へ。10時半

ガイドブックにはその前の駅から降りて他の寺社を見学しながら・・・とあったが、

まずは主である醍醐寺に行き、様子を見ながら回ることにした。

日野の法界寺には行きたかったから。

市営団地の真ん中のきれいな歩道には、先を歩く人もいて、

42444310分ほどで醍醐寺へ着いた。

総門の周りからも遠くに一面の桜

両側にもシダレザクラ

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さすがにたくさんの見学者が集まっていました。

初めての場所はわくわくする。

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左が三法院、真正面が仁王門。

という桜の馬場。

46まずは三法院へ。

この三法院のシダレザクラ[太閤しだれ桜…奥村土牛の「醍醐」のモデル)も有名だが、写真で見たのと実際はやはり違う。

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とても大きく、枝を広げ、その空間に包まれると、不思議な趣きがある。

50昨日見た円山公園の枝垂れよりも盛りには風情があるのではないかともと思う。

いまは少し盛りは過ぎてはいるものの、その雰囲気は感じられた。

49玄関前の大きな盆栽風の松。

54国宝 唐門

三法院の勅使門(漆塗りと金箔)

52庭は完璧な和風庭園。

大きな木が歴史を思わせる。

三法院を出ると

人はさらに増えていました。

右も左も

桜さくらに人ひと。境内へ。

   *

混んでいると言えば、今日はこれぐらいだったけれど、

前の日は日曜日で激混みだったらしい。

入場券を買うのにも、長蛇の列だったという。

そうかもしれないね。

入場券を並ぶことなく買えたことにも感謝しなければならない、と思った。

(⑤へ続く)

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2016年4月 8日 (金)

金閣寺から平野神社…③

バスで「金閣寺」へ。10分ほど。

かなりの人ごみ、混んでいる。外国の人の方が多い。

私も4度目か5度目。

27_2鹿苑寺の総門から奥に進むと、

拝観受付所前にそびえ立つ巨木。

イチイガシとある。

このイチイガシは、樹齢330年、樹高19.5m、目通り幹周4.93mと記される見事な大樹。 京都市指定天然記念物

すっくと立っている。

寺社にイチイガシは珍しいと聞く。

   *

帰ってから、息子に

そういえば、金閣寺を見て、外国人が「わーおぅ!」と言ってるのは聞かなかったな。

というと、「最近のツウの外国人は静かに観るのが流行っているらしいよ。」

「そういえば、東寺の大きな仏像の前にも座って見つめている人がいたね。」

     *

28_2金閣寺に来たのはネットの友人たちと来た時以来だ。

あの時は雪が降っていた。(その時のブログ

変わらぬ金閣寺を見て、

金閣寺は確かにそこに有ったね。」と存在の確認をして、

足早に次の平野神社へ向かった。

    *

2930バスを衣笠校で降りる。

鳥居の向こうはピンク色に埋め尽くされている。

わーおぅ、思わず私が言った。

一歩はいると、これは驚いた。

狭い参道の両側はすべて茶店の陣地。

国技館の桟敷のように仕切られている中に

人々がはめ込まれて、宴会をしている。

ちょうど日曜日ということもあり、大賑わいだ。

びっくりした。

桜は生命力を高める象徴として当社では平安時代より植樹され、現在では約60種400本あります。当社に珍種が多いのは、臣籍降下した氏族の氏神でもあったことから、蘇り、生産繁栄を願い各公家伝来の家の標となる桜を奉納したからと伝えられています。

平安期に、貴族たちは長い期間様々な桜を楽しみ、江戸時代になると庶民にも夜桜が開放され、「平野の夜桜」は都を代表する花見の名所となりました。平野神社原木の桜も多く、また長い期間(約1か月半)様々な種の桜を愛でることができます。」HPより

37奥へ進むと

舞殿では結婚式(?)が厳かに。

昔は京都御所張りの広さだったというが、

いまはそう広いとは思えない。時代は巡る・・・

その場所に様々な人々が

思い思いに楽しんでいる。

3332舞殿の近くに

大きな楠が立っている。樹齢約400年の楠。

木の周囲には板の廊下(?)がめぐらしてあり、パワースポットらしい。

もちろん私も回ってみた。

38その手前には黒い岩。

良くわからないが、触って・・

36拝殿はかなりの人が並んでいる。

お腹もすいたので、脇から拝む。31


3435
桜もにぎやかだが、いやはや

何というにぎやかさよ。

昔から京都の庶民の桜の愛で方のひとつなのだろう。

江戸時代の人々が重なって見えた。

音楽に合わせて踊る人もいた。

みんな笑顔で楽しそうでした。

かなり狭い中に人と人が隣り合って・・・

    *

桜は

いろいろあって素晴らしかったけれど、

私たちはその下で愉しむ人にびっくりしたのでございます。

こういう花見を見たのは

初めてでした。

    *

3940お昼を食べて、

円山公園に魁夷の桜を見に行きます。

(去年も観たぞ!)

何しろ日曜なので、通りも激混み

途中大福を買って、

円山公園もすごい人、でも平野神社ほど密度はありません。

ライトアップを見に来たのでしょうか。

桜も元気に咲いています。

御挨拶して、

八坂神社前からバスで京都駅近くのホテルに入りました。

雨がパラパラ来ました、明日は午前中は雨のようです。

晴れ男晴れ女の旅はどうなるでしょうか。

いやいや

良く歩いた一日目でした。(④へ続く)

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2016年4月 7日 (木)

まずは仁和寺へ。…②

今日は薄暗い雨と風の天気ですね。

花散らしの一日になりそうです。(そんな悠長なことを言っていられないかもしれないとテレビでは言っていました。)

   *

桜の京都、ふと考える。

そういえば有名どころでは「醍醐寺」に行っていない。

ということで

今回のメインは「醍醐寺」にした。

6息子が京都の本を3冊送ってくれて、読む本が無いときは毎晩眺めていた。

その中の1冊「京都花散策」に

「首藤公一(カメラマン)が選ぶ 三大スポット」として、桜の名所がまとめられていた。

ベストスリー「平野神社、醍醐寺、仁和寺」とある。

これにすっぽり乗ることにした。

平野神社にもぜひ行ってみたい、そう思った。

     *

去年はお昼頃着いたが、あまりにのんびりすぎた。

今回は家を6時に出て、7時の新幹線で9時過ぎに京都着。

市バス500円一日券でまずは仁和寺へ。

まだ、そうは混んでいない。

    *
57バスを降りると真ん前に二王門がそびえる。高さは18.7mと大きい。

それをくぐって、すぐ左の御殿へ入ろうとしたら、

どこかのご婦人がニコニコして話しかける。

「きれいでしたよ。ミツバつつじが何とも言えない良い色で・・・」 

「そうですか、楽しみに、見てきますね。」と言いつつ

まずは右手の御殿内へ。

    *

89南庭…庭内には左近の桜、右近の橘が植えられ、その前方に白砂と松や杉。趣のある庭。
10勅使門と二王門が見えます。

北庭…南庭とは対照的な池泉式の雅な庭園。築山に池、石、その奥に中門や五重塔を望む。

宸殿の北と南ということで、全く趣が異なる。

外に出て

五重塔の方へ。

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13有名な御室桜は遅咲きなので、まだつぼみ。

今にも咲きそうですが、花たちに一斉に規制がかかっているのか、一輪も花弁は見えませんでした。

これが4月3日で、

有料になったのは翌4日ということですから、

良いときに見に行けたということでしょうか。

4日でも満開ではなかったでしょう。「つぼみふくらむ」とかいう具合だったようです。

1516境内には

上には薄紅色の桜

地上には紫色のミツバつつじ

とてもきれいです。11

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2019



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中門から

二王門を見て。

赤い幕のところから

有料になるようです。

ここから歩いて、

平野神社に行く計画でしたが、

ちょうどバスが来たので、金閣寺を回っていきます。

フリーパスですから・・・(③へ続く)

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2016年4月 6日 (水)

桜満開の京都へ…①

去年の吉野に味を占めて

今年は盛りの京都に行ってきました。

3,4,5日と2泊三日です。

昨日帰ってきました。

4たまたま、今朝NHKで「東寺」の中継をしていました。

昨日、
まさにそこへ行ってきました。

そうか、ソメイヨシノと大島桜だったのか。

白とピンク。とてもきれいでした。

これから

整理をして載せていきます。

良く歩いた、桜いっぱいの写真ですが。(②へ)

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2016年4月 3日 (日)

『少女パレアナ』エレナ・ポーター

読む本もなく

借りてきた

久しぶりのかつての愛読書.

読んでみて、懐かしく、

今の私の

「いいことを見る」「楽しいことを考える」「プラス思考」の原点は

無意識の中にも、これだったのかと思う。

娘に「久しぶりに読んだよ、図書館で借りて。

村岡花子さんの訳は少しわかりにくくなってると思った。」と私。

娘が言う。

「うちにあったよね、あるよね。この本。わたしは村岡さんの訳で読みましたけど…」

「はあ、ね、そうだっけ?」

いやマゴッチに薦めようと思ったけど

訳がわかりにくいかと思ってね。

夢中になって読んだ小学校時代が懐かしい。

やはり

今度買ってあげよう。と決めた。

「パレアナの青春」や「家なき娘」いわゆる「ペリーヌ物語」についても

娘と二人で懐かしく語り合った。

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2016年4月 2日 (土)

花曇り

昨日遅く娘のところから

帰ってきた。

そして今日は母のところへいきまして…。

Photo2曇り空に

満開の桜は

少々パッとしない。

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先日

出勤途中の市ヶ谷あたりの桜の様子が

送られてきた。

青い空には

きれいですなぁ。

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2016年4月 1日 (金)

滝野川桜通りその2

004昨日の続き

見事な一本桜も公園にはある。

噂ではこの木の下で放送をしたかったとも。

この桜はもう少し。

明治通りまで行って、戻る。その帰り路

007見事な大きな鉢植えが

店先に出ているのを発見。

見ると今まさに

ご店主が水やりの最中のようだ。

「きれいですね。写真撮っていいですか?」

「どうぞどうぞ。」

「椿のようですが、なんという種類ですか?」

というらしいですよ。」

「⁂年始頃から春まで咲く椿で茶花として有名な品種です。
桃色一重の椀咲き大輪花。
古くから「あけぼの椿」として親しまれています。」とあった。

「素晴らしいですね。」

花が10センチ以上ある。大事に育てていらっしゃるんだろうと思った。

そんなこんなで

前の日の放送の様子まで伺った。

ライトアップされて

きれいだったという。

高いクレーン車で上から桜をなめるように映して…など。

(まあ、興味しんしんの私が「どうやってうつしたんですか。」と聞いたからだけど。)

素敵な椿を間に挟んで

しばし歓談いたしました。

お邪魔いたしました、ありがとうございました、と立ち去ったのは

10分後くらいでありました。

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