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2015年5月15日 (金)

秋田象潟(きさかた)へ…⑥

 

9時半チェックアウト

一路象潟(きさかた)へ向かう。ちょびっと秋田県に足を入れて。

昼は鶴岡の回転寿司、これだけ決めて、さぁ、シュッパーツ!

道の駅・象潟(きさかた)「ねむの丘」に行く。11時着

161148まず6階の展望台へ。

昔、海に小島、
今田んぼの中に小さな丘

その日、鳥海山は見えなかったが、いまライブ映像では良く見えた。写真として撮ってもいいらしいので、載せます。

147「紀元前466年に鳥海山が噴火し、発生した大規模な山体崩壊による流れ山が日本海に流れ込み、浅い海と多くの小さな島々ができあがった。

165やがて堆積作用の結果、浅海は砂丘によって仕切られて潟湖ができた。そして小さな島々には松が生い茂り、風光明媚な象潟の地形ができあがった。東西の長さは20町(約2200m)、南北の長さは30町(約3300m)をそれぞれ超える程度であった。

164_2江戸時代までは、九十九島・八十八潟が景勝地となり、「東の松島 西の象潟」と呼ばれ、松尾芭蕉の『奥の細道』(1689年)でも

「 松島は笑ふが如く、象潟は憾(うら)むが如し

と評され、

 象潟や雨に西施がねぶの花

と詠まれた。

163162_2しかし文化元年(1804年)の象潟地震で海底が隆起し(2m40cm)、陸地化した。その後、本荘藩の干拓事業による水田開発に飲まれ、歴史的な景勝地は消されようとしていたが、当時の蚶満寺の住職・二十四世全栄覚林の命懸けの呼びかけによって保存運動が高まり、今日に見られる景勝地の姿となった。 

現代も102の小島が水田地帯に点々と残されている。とりわけ田植えの季節に水が張られると、往年の多島海を髣髴とさせる風景が見られる。」とある。

そうかそれで海の近くに西施の像があったのだ。

海だったところが、今は田んぼに。

面白いなぁ。

「象潟は火山活動および地震による土地の変化を示す自然記録として学術上の価値が極めて高いため、昭和9年1月22日、国の天然記念物に指定されました。」

蚶満寺」にも寄った。

芭蕉もここからさらに北へは行かず、日本海を南下している。

当時は蚶満寺も島のひとつにあり、芭蕉も舟で渡ったらしい。

旧参道とある道は海沿いにあったようだ。

その様子が蚶満寺からも良くわかる。(⑦へ続く

 

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