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2015年5月の20件の記事

2015年5月31日 (日)

『鹿の王』上下 上橋 菜穂子

今日もいいい天気です。

あちこちで運動会をしていました。暑いのに大変ですね。

昨日も母のところに行って、いつものように昼ご飯を食べて

おしゃべりして帰ってきました。

母のところに行って帰ってくると

いつも二人でいい気持ちになります。

   * 

この本は本屋大賞を取ったようです。

その前に予約していたのがやっと来ました。

鹿の王 (上) ‐‐生き残った者
鹿の王 (下) ‐‐還って行く者

前半

なかなかペースがつかめなかった。

いつの時代の話か、どこの話か、などと

分かるはずのないことを考えて止まってしまったり。

そんなことを考えてはいけない話だった。

「犬使い」

体の中に病を持ちながら生きていく主人公と、それを治そうとするもう一人。

森の中を走る男と追いかけていく幼子

人間の体の不思議さ、

生きることの不思議さ、複雑さ

それは世の中の仕組みのようでもある。

上下合わせて1000ページを超える壮大なエンタテインメント・ファンタジー。

黒狼病という謎の病気をめぐる民族間攻防の話が核となっている

いのちの長さと重さ

内容(「BOOK」データベースより) 

強大な帝国・東乎瑠にのまれていく故郷を守るため、絶望的な戦いを繰り広げた戦士団“独角”。その頭であったヴァンは奴隷に落とされ、岩塩鉱に囚われていた。ある夜、一群れの不思議な犬たちが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生する。その隙に逃げ出したヴァンは幼子を拾い、ユナと名付け、育てるが―!?厳しい世界の中で未曾有の危機に立ち向かう、父と子の物語が、いまはじまる―。
 
ヴァンとホッサル。ふたりの男たちが、愛する人々を守るため、この地に生きる人々を救うために選んだ道は―!?
    *
壮大な命の物語
であるけれど、
とっつきにくい、
というには理由がある
固有名詞だ。
漢字であっても読み方がその通りではない。
言葉として難しい。
名前がカタカナであったり漢字であったりする。
中心人物以外の、人や物のイメージがつかみにくい。
読み流すことができない私にはところどころで引っ掛かり、つらかった。
一週間かかった。
(2014/9/24) 31,32

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2015年5月29日 (金)

しんじょと・・・しおと

実家に行った時

近くの母のお友達が、お土産を持ってきてくれた。

いつも私たちにまでお土産を下さる。ありがたきかな。

216小田原の「かまぼこ」と「しんじょ」

おいしそう・・・

「しんじょ」は「鱗吉 うろこき」田代吉右衛門 本店

創業天明元年[1781年)創業 231年という。

北条家の「みつうろこ」を受け継ぐらしい。

ここの「しんじょ」は初めてダス。

217_2もう一箱は

籠清の「笹かまぼこ」

そこでふと思った。

そうだ、山形で買ってきた冷酒がある。

いいですねぇ。おいしかったです。両方。

ごっつあんです。

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そしてもう一つ

昨夜、金沢の出張から帰ったおっとが

頂いてきたもの、

朝ドラでおなじみの「能登の塩」

塩は良いものに限る。

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2015年5月27日 (水)

ジューンベリーは実を結び・・・

215土曜日から

昨日まで実家に行っていました。

210211玄関わきのジューンベリーの実がちょうどおいしそうに色づいています。

見ているだけで幸せになりますが、

母がせっかくだからもったいないと私の背中を押すので、

えっちらおっちら、採りに出ました。

   *

212213翌日は朝からジャム作り。

砂糖も赤砂糖で、

ミキサーもないので

濾すのが人力のみで

大変でした。

午後からやってきた妹と3人で味見しました。

214
もう少し甘くても、ということでしたが、

まあいいか。

手作りの良さはこういうことです。

いったんはあきらめた収穫ですから、

少しでもできて

良かったよかった。

息子2が植えてくれた木ですから

今回は6月に息子に一瓶あげるつもりです。

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2015年5月23日 (土)

『ゴースト・スナイパー』ジェフリー・ディーヴァー

最近夜に本を読もうと思うと、寝てしまう…

で、なかなか読み終えない。

返す日が迫っていたので、昨日の午後にあわてて読んだ。

で、今日きっちりと返してきた。約束・決まりは守るのが礼儀である。えへん

    *

今回は楽しみにしていた本

ディーヴァーの新刊本であるが

いつもと調子が違う

コンビが離れているとやはり危ない。

しかも相手も権力を持つ組織、

読者が見ている(?)前で人が殺されていく。

何とか防いで!、何とかできないのか、じりじりしながら読んでいく。

    *

全体としては

いつものことながら安定した内容である。

リンカーン・ライムシリーズは

1999年邦訳からこの本で10作目という。もちろん全部読んでいる。

長いのもあった。

私が海外ミステリの仲間と出会って、絶好調に、それ以前よりも多く、いろいろ読みだしたころからである。

リンカーン・ライムシリーズの最初を読んだ衝撃は今でも忘れない。

ただ、悲しいことに、人は同じレベルでは満足できない。

特に、自分がするものでない場合は…自分には甘いですけど。

そんなわがままな読者を驚かそうと、作家もいろいろ趣向を凝らすが、

それが見えてしまうと読者もまた満足しない。なかなか難しい。

これからもがんばってください、待っています。

    *

子どもが小学生のころまで、よく一緒に図書館に行っていた。

思い思いの本を借りて、楽しい時間を過ごした。

娘たちに「お母さんの読む本は、人が死にすぎる。」とよく言われたものだ。

「そうっかぁ~」

今はもっと幅が広がって

なんでも読む、誰かに「雑食」と言われたっけな。確かに。何でも食べる。だって美味しいんだもん。

   *

内容(「BOOK」データベースより)

アメリカ政府を批判していた活動家モレノがバハマで殺害された。2000メートルの距離からの狙撃。まさに神業、“百万ドルの一弾”による暗殺と言えた。直後、科学捜査の天才リンカーン・ライムのもとを地方検事補ローレルが訪れた。モレノ暗殺はアメリカの諜報機関の仕業だという。しかも「テロリスト」とされて消されたモレノは無実だったのだ。ローレルは、この事件を法廷で裁くべく、ライムとアメリア・サックスを特別捜査チームに引き入れる。スナイパーを割り出し、諜報機関の罪を暴け―ライムと仲間たちは動き出す。だが現場は遠く、証拠が収集できない。ライムはバハマへの遠征を決意する。一方、謀略の隠蔽のため暗殺者が次々に証人を抹殺してゆき、ニューヨークで動くアメリアに、そしてバハマのライムにも魔の手が…
(2014/10/30) 495ページ 30

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2015年5月21日 (木)

5月のある日

テレビで

今朝の雷で起きました、とか言っていた。

そうか、遠くで聞こえていたあの音は雷だったんだ。

私には遠くに聞こえたけど…

    *

209_5爽やかな日だ。

かわいい声が聞こえたので覗いてみると

小さな集団がお出かけ

    *

お天気良くて

良かったね。

顔は見えないけれど

みんな誇らしげに

一生懸命歩いている。

お友達と手をしっかりつないで。

どこに行くのかな。

楽しい一日になりますように。

    *

かわいい姿に

私のこころもぽっと暖かくなった。

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2015年5月20日 (水)

いろいろと、ありがたい

庄内の旅から戻って

お土産を配り終わり、

ポツンと残っていた

  *

206先日庄内に行くときに

信州・善光寺の御開帳に息子2が行ってきて

買ってきてくれた(買って、とは言わないのか?)

お守りというか「ミニ回向柱」を持ってきてくれた。3本。

母のところと・・・

これで7年もつ!ということで。

袋からして、ありがたみのあるものだ。ありがとう。

    *

208九州の叔母から

初なりのスイカが届いた。

3つ入っていたので、母と妹に持って行った。

いつものようにとても甘くておいしかった。

ふたりで半分ずつ食べた。

御馳走様でした。

    *

207もう一つ

庄内のお土産。

こんなお煎餅が残っていた。

山形庄内産米使用の「鏡せんべい」

羽黒山山頂の鏡池にちなんだものという。

なるほどね。

他のものはすべておなかの中に入ってしまって、無い!!

でも

思い出はたっぷり、だ。

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2015年5月19日 (火)

おーぷんがーでん②

きれいだなぁ。

いい香りに包まれて、ほんと幸せでした。ありがとうございました。

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2015年5月18日 (月)

ばらの庭…オープンガーデン①

土曜日曜と母のところに行き、

一緒に食事をしてきた。

大仕事は「ナニワイバラ」を剪定すること。

大きくなりすぎたので、バッサリと切った。

後片付けも大変だったらしい、(誰が?・・・夫が)

そんなこんなで、今頃ちょうどいい「ジューンベリー」の実の収穫まで手が回らず。

鳥さんにあげましょう。

     *

180181実家からすぐのお宅で

今年もまた「オープンガーデン

見せていただく。

暖かい日が一気に来たので、

花たちも一気に咲いたという。

遅い季節のものも・・・

    *

182197193_2道路から覗くだけで

あふれるような花たちが迎えてくれる。

たくさんの笑顔の連なり

思わずこちらも微笑んでしまう。

    *

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そして、私は

わーきゃーと歓声を上げる。

台風でも頑張った。花たち。

 

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しばらく眺めて

お礼を述べて帰ってきた。

    *

お体に気をつけて・・・

また来年!

そんな気持ちで帰ってきた。(去年)(続く)

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2015年5月15日 (金)

鳥海山は大物忌神で昼は回転寿司…⑦

169十六羅漢岩

「吹浦海禅寺21代寛海和尚が、日本海の荒波で命を失った漁師諸霊の供養と海上安全を願って、1864年に造佛を発願し、地元の石工たちを指揮、5年の年月をかけて明治元年22体の磨崖仏を完工しました。
 16の羅漢に釈迦牟尼、文殊菩薩、普賢の両菩薩、観音、舎利仏、目蓮の三像を合わせて22体。これだけの規模で岩礁に刻まれているのは日本海側ではここだけといわれ、歴史的にも貴重な資源です。」

166168知ってはいたが、波に浸食された岩を見たてたものかと思っていたが、実際に岩に彫ったものだった。

下に降りなかったので、良く見えなかった。カメラで確かめようと思ったが、うまく撮れていなかった。

庄内平野の中を行く。

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次に大物忌(おおものいみ)神社へ。

鳥海山の頂上に本社はある。

これも山の下では、二つの神社が争って、仕方なく、一年おきに当番制になったらしい。

鳥海山の噴火は大物忌神の神威の表れとされ、噴火のたびに朝廷より神階の陞叙が行われたという。 それがとても面白い。

真面目な顔をして叙勲の詔を読んだりしたのだろうか。

ねむの丘の展望台にあった表にも、「噴火のたびに、勲位があげられている。」とあった。 大物忌神(鳥海山)は朝廷より鎮護の神として祀られ、厚い信仰を受けるようになった、と有った。

また昇進を重ねて最高位までの進階を与えられた、という。

噴火すると、なだめるように、「まだ足りない?」というように、階位をあげていく様も面白い。その噴火との関係も興味深いです。

また、大物忌神の位階勲等の対象は大物忌神そのものであって、その神社ではない、とわざわざ注意書きが書いてありました。これも面白い。

『古代、鳥海山は穢れを嫌う大物忌神の山として畏敬されてきました。そして、噴火は神の怒りであり、また、何らかの予兆であると噴火の度に高い神階を授けられてきました。最後には、北辺を守護する「国家の神」となり、東北では例を見ない正二位という神位まで昇っています。(最終的には最高位となっている。)

出羽一宮だが

どうやら今年の当番はこちらではないようで、ひっそりしていた。

お参りの鈴も下に置いてあったのは、なんだか不思議だ。それほどはっきりしているのか。

お昼に美味しい回転寿司を食べたい息子たちに(もちろん私も)先を急ぎ、

運のいいことに10日は近くの岩船漁港直送鮮魚(イワシ、あとわすれた)などがサービスで1皿100円のものがあり、しかもそれがおいしくて、

殆どそればかり。だって美味しいんだもん。

4人で積み上げることお皿50枚

我々二人が息子たちより10枚は多かった。あは

でもリーズナブル。

175鶴岡公園

清川屋のケーキを誰かさんへのお土産にするという二人に付き合い、出来たばかりのショウルームへ。

177176それから「おいしい庄内空港」へ向かいます。そういう名前らしいです。

17時55分発で19時50分着。

息子2はそこから電車で新宿から、高速バスで帰りました。夜中1時過ぎについたそうで、チョー寒かったらしい。

息子1は時間が早いから、道が混んでいるからと下道を選んで家に帰り、家に着いてから、清川屋のロールケーキを誰かさんに届けに行きました。

がんばるなぁ。

楽しかったなあ。またいけるかなあ。ありがとう。

(初めから読むのはこちら

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秋田象潟(きさかた)へ…⑥

 

9時半チェックアウト

一路象潟(きさかた)へ向かう。ちょびっと秋田県に足を入れて。

昼は鶴岡の回転寿司、これだけ決めて、さぁ、シュッパーツ!

道の駅・象潟(きさかた)「ねむの丘」に行く。11時着

161148まず6階の展望台へ。

昔、海に小島、
今田んぼの中に小さな丘

その日、鳥海山は見えなかったが、いまライブ映像では良く見えた。写真として撮ってもいいらしいので、載せます。

147「紀元前466年に鳥海山が噴火し、発生した大規模な山体崩壊による流れ山が日本海に流れ込み、浅い海と多くの小さな島々ができあがった。

165やがて堆積作用の結果、浅海は砂丘によって仕切られて潟湖ができた。そして小さな島々には松が生い茂り、風光明媚な象潟の地形ができあがった。東西の長さは20町(約2200m)、南北の長さは30町(約3300m)をそれぞれ超える程度であった。

164_2江戸時代までは、九十九島・八十八潟が景勝地となり、「東の松島 西の象潟」と呼ばれ、松尾芭蕉の『奥の細道』(1689年)でも

「 松島は笑ふが如く、象潟は憾(うら)むが如し

と評され、

 象潟や雨に西施がねぶの花

と詠まれた。

163162_2しかし文化元年(1804年)の象潟地震で海底が隆起し(2m40cm)、陸地化した。その後、本荘藩の干拓事業による水田開発に飲まれ、歴史的な景勝地は消されようとしていたが、当時の蚶満寺の住職・二十四世全栄覚林の命懸けの呼びかけによって保存運動が高まり、今日に見られる景勝地の姿となった。 

現代も102の小島が水田地帯に点々と残されている。とりわけ田植えの季節に水が張られると、往年の多島海を髣髴とさせる風景が見られる。」とある。

そうかそれで海の近くに西施の像があったのだ。

海だったところが、今は田んぼに。

面白いなぁ。

「象潟は火山活動および地震による土地の変化を示す自然記録として学術上の価値が極めて高いため、昭和9年1月22日、国の天然記念物に指定されました。」

蚶満寺」にも寄った。

芭蕉もここからさらに北へは行かず、日本海を南下している。

当時は蚶満寺も島のひとつにあり、芭蕉も舟で渡ったらしい。

旧参道とある道は海沿いにあったようだ。

その様子が蚶満寺からも良くわかる。(⑦へ続く

 

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2015年5月14日 (木)

あつみ温泉 萬国屋…⑤

ということで、あつみ温泉には5時5分着。

今日の宿は、由緒ある(?)「萬国屋」であります。

って言っても、何にも知らなかったけれど、聞いてみたら、

ということであります。

聞けば「パリ万博」にちなんだそうです。

    *

「プロが選ぶ『日本のホテル・旅館百選』36年連続入賞の宿」と有った。

プロってなに?・・・と思ったが、何でも、めでたいことはめでたい。

調べてみたら、総合10位だった。そりゃすごい。

「創業300余年の老舗」ともいう。

そんなことで、見る目が変わるわけはないが、

逆に最初からそういう目で見て、期待してしまうことは否めない。

その分、きつめになるので、申し訳ないと思う。

といって、まったく嫌だったところはないから、すごい。

すべて上等。

しかし

あまり期待もせず、終わってみて、何の文句もなかった、という(前回の伊東聚楽のような。)ところの方がその落差(?)は大きい。

しかし、今考えると

トータルで文句なしのいいお宿でありました。

今までに泊まった中で、上位に入ると思います。(ぶつぶつと長い!)

    *

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とにかく空間が広い。ゆったり。

そして、どこにも花が飾ってある。気配り、心配りが行き届いている。
いい宿では良く見かける風景でありますが。

エレベーター前には畳敷きの座れるところ?

134お部屋にはお茶菓子のほかに漬物セット。

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買ってきた日本酒のおつまみです。

畳敷きのお風呂の入り口

松の廊下にも思えるほど広い。

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豊かな心のこもったお食事。

誠実な食事時のサーブ。

美味しいビール(少なめに)

当然撮り忘れたものもある。

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牛肉のおいしかったこと。

お風呂も広い・・・

    *

そんなこんなで

わざわざ遠くからやってきて、月曜の会議のために羽田から帰って行った息子2にも感謝です。

連休中旅行に出かけて、帰ってきてすぐに今回の旅に連れて行ってくれ、運転を全部してくれた息子1にも感謝です。

兄弟は久しぶりの、絶妙なユーモア満載の会話に幸せそうでした。聞いている私も。(⑥へ続く)

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2015年5月13日 (水)

酒田へ、市場でお昼、観光…④

62事前調査の結果

お昼は、「さかた海鮮市場

12時半着 2階の「とびしま

階段の下まで並んでいましたが、時間はそうかからず、中に入り、

入れば即お昼を手にして食べ始められます。

なぜならセルフサービスだから。

656364限定の定食は予想通り売り切れでした。

我々は「刺身定食」が2名、「海鮮丼」が2名、他に「いかのお刺身」で5000円弱かな。

どちらも1000円、美味しくいただきました。

97_2しばらくうろちょろして、クラゲも少々あった。

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次に、どのガイドブックにも書いてある、「山居倉庫(さんきょ)」へ。

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98米どころ庄内のシンボル山居倉庫。
明治26年(1893)に建てられた米保管倉庫です。

米の積出港として賑わった酒田の歴史を今に伝え、NHK朝の連続テレビ小説「おしん」のロケーション舞台にもなりました。
白壁、土蔵づくり9棟からなる倉庫の米の収容能力は10,800トン(18万俵)。夏の高温防止のために背後にケヤキ並木を配し、内部の湿気防止には二重屋根にするなど、自然を利用した先人の知恵が生かされた低温倉庫として、現在も現役の農業倉庫です。

敷地内には酒田市観光物産館「酒田夢の倶楽」、庄内米歴史資料館が併設され観光客で賑わっています。

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101樹齢150年以上のケヤキ41本の連なるケヤキ並木の色合いは、季節とともに変わり見る人を魅了します。」

駐車場もあり、じっくり巡って見られます。

季節がら、大きなケヤキが新緑で気持ちよかったです。

「夢の倶楽」で絵葉書を買いました。

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106酒蔵「初孫」に寄り、

運転手を差し置いて

息子2と試飲しまくる。

で、季節限定の旬香を買いました。

その後眠くて仕方がなかったのは,試飲のせいだったと今わかりました。

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132途中立派な五重塔のあるお寺があり、見ることにした。

善宝寺という。

そのお寺の前には善宝寺駅があり、その後廃線、で記念展示場となったがそれも閉められ、壊れ放題になったものがあった。残念無念であろう。

その後

運転手以外は次第にうつらうつらで、気が付いたら、鼠ヶ関でした。

そこのスーパーで夜の宴会用の飲み物などを買い、宿に向かいました。

旅好きの息子1が前にも来ていて、知っていたので助かります。

今回はせっかくの温泉宿なので、少し早目に到着です。5時 (⑤へ)

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出羽神社(三神合祭殿)③

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車で山頂へ行きます。
三神合祭殿
「神仏分霊以後は月山と湯殿山が冬季間豪雪の為、司祭や参拝が困難なことから出羽三山神社の社殿で合祭する形式をとり、三所の神々を合歳している為三神合祭殿に改称した日本随一の大社殿。
厚さ2.1mの萱葺の屋根総漆塗の内部など、その全てに迫力があって見ごたえ十分。本殿は度重なる火災にあったが、現在の社殿は文政元年(1818)に再建したもの。」
つまりここに来れば三つにお参りしたということになる?のかなぁ。
三つの額がかけられている。
59近寄るとものすごく大きい。立派だ。
思わず声をあげる。
それが茅葺屋根なのだ。2メートル以上の厚さという。始めて見た。その存在感。
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69装飾、彫刻などが素晴らしかった。
まだ少し雪が残っていた。
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大鐘
建治元年(1275)の銘がある鐘は口径1.68mで、中世以前のものとしては東大寺鐘に次ぐ巨大さ。昭和48年に国の重要文化財に指定されている。
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鏡池
三神合祭殿のすぐ前に鏡池がある。
昔は御手洗池と呼ばれていた。
これまでに、平安・鎌倉、江戸時代中期までの鏡が発掘され、そのうち190面が出羽三山歴史博物館に収蔵されて重要文化財に指定されている。神秘の御池として古来より多くの信仰を集め、羽黒信仰の中心でもあった。
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他にもさまざまな神社があった。
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そして東北と言えば、「芭蕉先生!
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出羽三山もしっかり詠んでいます。
もちろん、すべて歩いています。えらい!

涼しさや ほの三か月の 羽黒山
雲の峯幾つ崩て月の山
語られぬ湯殿にぬらす袂かな
61スキー場の駐車場からは
月山が手に取るように見えます。
さて
酒田に行きましょう。
お昼だー(④へ)
 

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2015年5月12日 (火)

羽黒山へ…②

32アサイチの飛行機

6時50分発で庄内空港へ。7時50分着

8時過ぎレンタカーを借りて


33月山がぼんやり見える。

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まずは今回の目的の羽黒山へ。

大鳥居

実は前の日に、午前中図書館と午後から歯医者という私にしては忙しく用事をしていたら途中で足首をねん挫した。 

大したことないと思っていたら、夕方またぎくっとなり、それからは安静、冷やしてサポータ付けて。 

みんなが階段なんか危ないでしょ、温泉もだめでしょ、お酒も…などと脅かすのを跳ね除けつつ…内心は心配したが、行けるところまでと、帰りのことも考えつつ杖をついてゆっくりと羽黒山の石段を行く。

3536随身門を入る。

その向こうの緑が美しい。37


「随神門を入ると出羽三山の神域とされ、江戸時代以前は仁王像、明治時代以降は随神が門を護り、穢れや邪悪が神域に入るのを防ぐとされています。出羽三山神社が神仏習合していた時代の建物として大変貴重なものといえる。」 ふむ

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石段が続き、帰りが心配になり、あの赤い橋でやめようと決め、降りていく。

そこにいたガイドさんに、五重塔まであとどれくらいですか?と聞くと

「100メートル」と言われた。ほっ!

「昨日捻挫しちゃって…」「あらら、気をつけて行ってください」

そこからはすぐ、だった。

良かった。

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まず「爺杉」が見え、

その奥に、五重塔が見えた。

爺杉は「羽黒山の爺スギ」とも呼ばれ、出羽三山神社の参道沿いの五重塔手前にあり古くから出羽三山の名所の1つとして知られていました。 

推定樹齢1千年、根元周囲11m、樹高48.3m、目通り周囲8.3m、秋田スギ系、羽黒山最大の老木で、明治時代までは同じような杉があり「婆杉」と呼ばれていましたが明治35年(1902)台風により倒壊し、残された杉は三日三晩泣き続けたと伝えられています。元々、どちらが「爺杉」でどちらが「婆杉」か決めていなかったとされ、見る人が感じられるままに呼ばれていましたが、文化財指定するにあたり名称が求められ協議の結果「親杉」に決定しました。ただし、何らかの意図があり「羽黒山の爺スギ」に差し替えられたそうです。「羽黒山の爺スギ」は昭和26年(1951)に国指定天然記念物に指定されています。」

参道(羽黒山杉並木): 参道(杉並木)出羽三山神社の参道脇に広がる杉並木は江戸時代初期、羽黒山中興の祖と言われた天宥法印(第50代羽黒山別当、天海僧正に師事、新島配流)が植林したものです。天宥は参道の整備にも力を入れ石灯籠の設置や須賀の滝の造園なども行なっています。植林した杉は樹齢が300年以上で、幹径が1mを越えるものは184本、総数では445本あるとされ、随神門から出羽三山神社三神合祭殿に至るスギ並木は指定理由「山麓の随神門から山頂に至る延長17粁にわたる羽黒山参道のスギ並木は、樹齢3百年以上経た巨杉がならび、その樹勢が極めて旺盛である。」との事から昭和30年(1955)に国指定特別天然記念物に指定されています。石段は2446段。」

4342_2その奥に、杉林の中に堂々と「五重の塔

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「羽黒山五重塔
の創建は承平年間(931~38)に平将門が建立したと伝えられています。現在の五重塔は応安5年(1372)に当時の羽黒山別当職大宝寺政氏(大宝寺家12代当主、庄内地方の武将、土佐林家から羽黒山別当職を譲り受けた。)が再建し、慶長13年(1608)に最上義光(最上家11代当主、山形藩初代藩主)が改修したもので、塔高:24m、桁行3間、梁間3間、5層、宝形屋根、こけら葺、素木造、純和様で東北地方最古の塔建築で最も美しい層塔とされます。

明治初頭に発令された神仏分離令とその後吹き荒れた廃仏毀釈運動の中、出羽三山神社境内にある仏教色の強い多くの建物が破棄され、五重塔も本来、他の寺院に移転が決定していましたが、寺院側の金銭的都合がつかず結果的に移転、破却は免れ形式上は出羽三山神社の末社(千憑社)という扱いで内部の須弥壇には大国主命が勧請されました。羽黒山五重塔は数少ない室町時代初期の層塔建築の遺構として大変貴重な存在で昭和41年(1966)に国宝に指定されています。

44_2羽黒山五重塔法隆寺五重塔(奈良県生駒郡斑鳩町), 瑠璃光寺五重塔(山口県山口市香山町)と共に日本三大五重塔に数えられています。

45いろいろの変遷の中、ここまで無事に存在しているもののありがたさを思う。

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当然ながら、予定通り、ここから引き返して

車で山頂まで行く。

新緑が美しかった。

(③へ

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2015年5月11日 (月)

毎年恒例父の日母の日記念旅行①

恒例父の日母の日記念の旅(去年は呼子のイカと長崎平戸

昨日夜

帰ってきました。

   *

30_2今年は

私の希望で、

(って、いつも私の希望なのですが、)

「羽黒山の五重の塔」を見に行きました。

   *

その前の日に

ジタバタがあって大変でしたが

無事

帰ってきました。

美味しく楽しかったです。

   *

これから

写真の整理をして

載せていきます。

とりあえず

国宝・五重の塔の写真です。(②へ続く

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2015年5月 8日 (金)

『腐葉土』 望月諒子

本の期日が迫っているので返しに行った。

暑かった。

    *

前と同じ「望月さんの本」

内容(「BOOK」データベースより)

 

笹本弥生という資産家の老女が、高級老人ホームで殺害されているのが見つかった。いつもお金をせびっている孫の犯行なのか?そこに生き別れたもう一人の孫という男が名乗りでる。詐欺事件や弁護士の謎の事故死が、複雑に絡まりはじめ―。関東大震災、東京大空襲を生き延び、焦土の中、女ひとりでヤミ市でのし上がり、冷徹な金貸しとなった弥生の人生の結末とは。骨太ミステリーの傑作長編。

 

(2013/4/19) 29
    *
4歳で関東大震災に出会い、
恐ろしい経験をする。
その後戦争でも・・・
そういう修羅場を経て、一代で成り上がった主人公の
地べたを這いずって生きてきたもののすごさ。
いつも炎の中を生き抜いてきたようだ。
あるいは地に落ちた腐葉土の中を、あるいはそのものとして・・・
それで得たものは何か。
戦後の不条理さの中で生きてぬいてきた人々
後半
すこし説明的というか
弥生が実際に経験したこと、前半で述べたことを
別の人の目で繰り返すので
冗長
この作家は初めてだった。
いろいろ教えられた。

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2015年5月 6日 (水)

実家の花たち…カーネーションと

先週は

ちょこちょこと忙しかった。

毎年、この時期は信州に出かけたりしているのだが、息子も忙しく…相手にしてもらえない(?)

で、3.4日と

せっかくの休みだから、母のところに二日続けて行って、ゆっくりし、

お昼を食べた。

来週母の日だけど行かれないので、ということで・・・

お茶をたくさんとおかず(炊いたご飯に混ぜるだけのおいしい鶏ごはんの素)のプレゼントと

これだけじゃ見た目、地味だなっていうことで

小さなカーネーション、真っ赤な鉢植えを買った。

私が母にカーネーションを買うのは珍しい。

それを持って、我が家から持って行った天ぷらなどでご飯を食べていたら

22妹も

大きなカーネーションの鉢植えを持って甥っ子とやってきた。

「気が合うね!」

久しぶりに

母と妹と私

会えばにぎやか、母も元気

交代で顔を出してはいるけれど

一緒に顔を合わせるのも楽しいようだ。

    *

家に帰ったら

娘から小さな箱が届いた。

開けてみたら

またもや美容液、先日会ったときに、必要性を感じたようで、

今回はさらに高級「おフランス製」である。

24ありゃりゃ、娘の思いを受けて、少し頑張ってみます。

かわいいカーネーションの花がちょこんと。

ありがとね。

母は嬉しい。

私の母も喜んでくれたかな。

    *

2023ナニワイバラが真っ盛り

風で折れ曲がって、玄関が通れないほど。

花が終わったら切りましょう。

来年のために。21

玄関側からと、道路側から。

生命力があります。

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オダマキ
も美しい。

しゃくなげも。

みんないい季節を喜んでいます。

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2015年5月 5日 (火)

乃木坂へ

土曜日は

予定変更になっていた用事で乃木坂へ出かけた。

ついでに

近くの「国立新美術館」での「ルーヴル美術館展」を見に行く。

1211乃木坂の駅から上に上がると

真正面に乃木神社が見える。

何度来ても、懐かしい。思い出がよみがえる。

神社の入り口の鳥居の下の石段は

私の一番古い記憶のひとつである。3歳ぐらいかな。

     *

四谷まで仕事に出かける父を送りに来て

母が迎えに来るまでこの石段に座って待っていた。

ポカポカした暖かい日差しの中、大した時間ではなかったと思うが、

私にとってはちょっとした冒険だったのだろう。

妙に覚えている。

まあ、そんな話をしながら、

お店まで歩いて行ったが、それが無い。

戻ってきて分かった。外に出て、すぐのところにそのお店はあった。

私がよけいなおしゃべりをしていたから、見落としたのだ。

とにかく

13用事は無事終えて、乃木坂を登り、美術館に向かう。

151614ここには初めて来た。ミッドタウンも。

国立新美術館

日本で5館目の国立美術館として、2007年(平成19年)1月に開館。

延べ床面積は日本最大。黒川紀章の最後の作品。

土曜なので混んでいる。

施設も巨大だが、人も多い。

171819人の背中越しにとにかくポイントとなる絵画はじっくり見て。

フェルメール」の「天文学者」はじっくり眺めた。

絵としては、ブリジストンのほうが、濃かった。

役に立ったジュニアガイド

     *

そして、うなぎを食べて帰ってきて、野球中継にも間に合った。

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2015年5月 2日 (土)

ベスト・オブ・ザ・ベスト…ブリジストン


30日はそれぞれ娘一家は平常勤務

我々は

予定が延期になったので、

ブリジストン美術館」に行ってきました。

10時ごろ着いたら、入場を待つ人で行列でした。

例の「ベスト・オブ・ザ・ベスト」の日にちが迫っていたので。

2015年1月31日(土)〜2015年5月17日(日) 

2015年5月18日より、ブリヂストン美術館は休館して新築工事に入ります。数年後には新たに生まれ変わった姿をお見せすることになりますが、このたびの展示は、休館前最後のものとなります。創設者・石橋正二郎の収集から出発する石橋財団コレクションは、現在約2,500点を数えます。そのうち約1,600点が東京のブリヂストン美術館で管理されています。本展では、そのうちのベストセレクション、合計約160点をご紹介いたします。当館のコレクションを特徴づけるのは、19世紀以降のフランスを中心とした西洋近現代美術が、系統だってそろえられていることでしょう。印象派、ポスト印象派から20世紀のフォーヴィスム、キュビスム、抽象絵画へ。それらの影響を受けて出発、発展した日本の洋画。さらに、第二次世界大戦後の抽象絵画もご紹介します。
ブリヂストン美術館といえば、これ」という代表作があなたをお迎えします。ぜひもう一度ご覧ください。」HPより

001_22_2夫はなぜか「椅子に座った青年」(つまり、ピカソの「腕を組んですわるサルタンパンク」)が昔からお気に入り

3_2


他にも、たくさんの名作が並び、まさに

ベスト・オブ・ザ・ベスト」でした。

あまりにたくさんの名画を見たので、ほとんど超有名なもの以外忘れてしまいました。

4_65絵柄だけで

絵葉書を選び、買いました。

左2枚はフジタのもの。

その後、八重洲地下街でお昼になる前に食事

89それから新しくなった東京駅(今はもう・・・ですが)を見に

で、ちらと見た結果




7_26前に見ていたものとの違いは分からず

まあきれいになった、

で、

早々に帰途につきました。

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2015年5月 1日 (金)

みどりの日に

147今日もいい天気ですね。

緑の美しい季節になりました。

緑の写真をたっぷり。

    *

火曜から娘のところに行ってきました。

翌29日は「みどりの日」で、みんなお休み。

    *

「バアもおやすみ?」マゴッチが聞きます。「そうよ。」(どこからか、毎日じゃ!という声が聞こえ…)

「じゃあジイは?」「お休みよ。」「わーい」

「みんな休みだね。」

「どこかに行こうか、近場で」

148149「そうねえ、じゃあ、新宿御苑!」

そう言って娘一家と出かけてきました。

私は小さいころから良く来ていたのですが、娘は初めてらしいです。(そうか、知らなかった)

みどりの日のイベントが行われていて、入場料も無料でした。

    *

146「新宿御苑みどりフェスタ」というものです。

マゴッチたちは、「森の虫の探検ツァー(正確な題名は忘れた。)、ハンカチの草木染、塗り絵」などに参加して喜んでいました。

その間、我々は花を見たり散歩をしたり、芝生に座ったり、座ったり。

八重桜が地上にその名残を示しています。




156それから、広い芝生で、朝、娘と二人で握ってきたおにぎりをみんなで食べました。

美味しかったです。

    *

日差しの下でも暑くはなく、そよぐ風が気持ちよい

まさに風香る良い季節になりました。

新緑に光る木々の美しさ。

145_2新宿御苑のシンボルツリー「ユリノキ」に花が付いていました。

152その木を囲んで、ヨガをする集団がいました。マット持参です。

他にもあちこちでそんな風なグループが見かけられました。

流行っているらしいです。153154

小さな子供を連れた家族連れも、たくさんいました。

広いので混み合うことはありません。150

151155幸せな平和がそこにはありました。

    *

158藤やシャリンバイも咲き始め。

特別公開の建物


まだまだ続々とやってくる人々の中

逆行して帰ります。

孫に会う時はいつも二人に買ってあげる本を、街の小さな本屋さんでなく、紀伊国屋で選ばせたいと思ったジイであります。

たくさんありすぎて、本を選ぶのが目移りして大変だったようです。

    *

帰ったら、ジイの手料理で「肉とキャベツの炒め物」

いつも電話でも頼まれています。

お肉2パック、キャベツ2個と半分

聞けば4回に分けて炒めるとか。私にはできません。

あまりの多さに、残ったら明日の朝食べればいいね、と言っていましたが

何にも残らなかった。

すごいパワーであります。作り甲斐があります。ねっ!

    *

楽しい一日でした。

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