« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »

2015年4月の24件の記事

2015年4月27日 (月)

『大絵画展』望月諒子

初めてお会いする作家さんです。

コンゲームもの、とあった。

コンゲームとは、

「con game (confidence gameの略)信用詐欺。取り込み詐欺師。相手を信用させて詐欺をはたらくこと。また、策略により騙したり騙されたり、ゲームのように二転三転するストーリーのミステリーのジャンル

ジェフリー・アーチャー「百万ドルを取り返せ!」が一番とか。

「カジノを罠にかけろ」、「キング・オブ・スティング」と合わせて(《コンゲーム》三部作というらしい。)

どれも読んだことないような気がする。今度読んでみよう。

 道尾秀介「カラスの親指」もいいらしい。

映画では「スティング」

ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォードですね。何回見たことでしょう。

    *

なぁるほど。

思わず自分もその仲間になっていきそうな…そういう流れの話です。

途中少しだらけたり、飛ばしたくなったりするところもありましたが、総じて面白かった。

ゴッホの「医師ガシェの肖像」が恋い焦がれられる主人公なのかも。

(2011/2/19) 28

内容(「BOOK」データベースより)

ゴッホ作「医師ガシェの肖像」を巡り、絵画を愛するものたちが仕掛けた、痛快でスリリングな史上最大の罠!第14回日本ミステリー文学大賞新人賞受賞作。

| | コメント (0)

2015年4月26日 (日)

「かがやき」に乗って

先日実家に行って

お土産をもらってきた。

新幹線「かがやき」に乗って金沢に出かけてきた、

それはだれかというと、実家の近所のおばさんが、である。

    *

139それを私にくれながら

「新幹線ものばっかり」と母はいう。

付き合いの長い友達のくれたものに、そんなこと言って・・・

金沢だから和菓子とか期待していたのかな。

確かに、見てみれば
「ラスク、クッキー、ウェハース」などなど洋風のものばかりだったのだ。電車好きの孫にまで、ということである。

    *

「まあまあ、そんなこと言ったらばちが当たりますよ。」と思いつつ、

同じく新幹線「かがやき」で初めて出張する夫に

お土産は「和菓子」にしてね。

   *

140141142143

あんまり「和菓子和菓子っていうものだから・・・」と言いつつ

夫は有名な中田屋の金鍔を買ってきてくれた。久しぶりだ。

私の分も、で、二箱。

そんな、いいのに」といいつつ

美味しいものはおいしい、ありがたく一人で箱を開けて、先ほどおやつにいただいた。

小豆が中でほろっと立っている。

    *

母もいつも夫に言う。

「いつもいつもお土産買ってきてくれなくてもいいのに。」

といいつつ、

美味しいものはおいしい、という母の笑顔も浮かぶ。

| | コメント (0)

2015年4月25日 (土)

『とっぴんぱらりの風太郎』万城目学

例の「たまげた」 本であります。

私の読む本の順番は図書館が決める。

もちろん

自分で読みたい本はリクエストするのだが、

それがどのような順番で私の元に来るのかは図書館次第、

というか先に読んでいる人の都合だ。

     *

そういうわけで

今回読み終えた本はまたもや(?)万城目学さんの本であった。

好きな作家ではあるが、別に追いかけているわけではない。

たまたま、である。

144ものすごく分厚い。2冊に分けてもいいようだ。

昔、あまりの厚さに写真を撮ったことがあったが、

今回も取ってみた。5センチほど。

前のブログを探してみた。さすが(私)、覚えていた。こちら

読み終えて、手首が痛くなった、ほんと。

    *

内容(「BOOK」データベースより) 

天下は豊臣から徳川へ―。重なりあった不運の末に、あえなく伊賀を追い出され、京(みやこ)でぼんくらな日々を送る“ニート忍者”風太郎。その人生は、1個のひょうたんとの出会いを経て、奇妙な方向へ転がっていく。やがて迫る、ふたたびの戦乱の気配。だましだまされ、斬っては斬られ、燃えさかる天守閣を目指す風太郎の前に現れたものとは?

ハードカバー 752ページ

(2013/9/28) 27

    *

ここから

プリンセストヨトミになるのだ、と思う。

大いなるスぺクタル?万城目ワールド!

風太郎、黒弓などなど書かれている人物が生きている。

マカオのその後も教えてほしい。

・「昨日まで何事もなく平穏だったものが、突然崩れてやってくるのがいくさじゃからな」

| | コメント (0)

2015年4月24日 (金)

たまげた!

今日も少し風は強いですが、心地よい天気です。

    *

「たまげた!」などという少々乱暴な言葉は

私は使ったことはありません。

でも、

実際「たまげた」のであります。

    *

読書をすると

その中で,

自分ではできないような様々な経験したり、

物事を知ることがあります。

それはそれで楽しいし、

知っている世界のことなら

親近感があり、それも楽しい。

今読んでいる本、またも「万城目」さんの、時代ものなのですが、

まさに、はぁ~びっくり

    *

そこに「儂も魂消たわい」という言葉が出てきたのであります。

前後の流れと送り仮名から、なんとなく読めたものの、自信が無く

調べてみたり…

    *

「たまげた」は知ってはいたが、それが「魂消た」と書くとは、

知らなんだ。

時代小説はほとんど読まない私には初耳の文字だった。

    *

そして

そういう漢字を使い、そのような意味になる、

それがとても面白いと思ったのです。日本語の力を感じたのです。

「魂が消えるほどの思い」ということで、「非常に驚く」「肝をつぶす」ということ。」

それで「たまげた」

江戸時代から使われているという。

    *

他に「たまぎる」(魂切る)という語もあり、こちらは「怯える」の意味で、鎌倉時代から用いられていて、それが室町時代に「驚く」の意味に転じて用いられるようになり、同じ意味になったということだ。

だから、本来語源は異なるともあった。

   *

「粧す」は?…「めかす」

盥…たらい

| | コメント (0)

2015年4月23日 (木)

吉野の・・・

買い物に行ったら

出会う人みんながニコニコ

「いい天気ですね。」「気持ちいいですね。」と交わす。

確かに・・・やっと気持ちのいい天気になりました。

    *     *

今さっき

テレビのアサイチを流していたら

奈良の杉箸についてレポートしていた。

どうやらレポーターの小堺さんが吉野にいるらしい。

    *

あぁ、今あそこにいるんだなぁ。

10日前の私を掘り起こして懐かしくなった。

そう言えば「箸」があった!

   *

138_2吉野に行った時

タクシーの中で頂いたもの。

テーブルの端っこにまだおいてあった。

   *

テレビを観て

吉野の割りばしについて、少し調べて

あの時、あまりお礼を言わなかったのが反省される。

何しろ、あの時は

「やっと、来た!来れた!」という

勇んだ心いっぱいで

前へ、前へと進んでいたからだ。

   *

吉野では

杉林もほかの2倍の密度で植えて、ゆっくりと育てるという。

タクシーで通った裏の道は薄暗い杉山だった。

   *

「間伐材割り箸

吉野の割箸は、植林された杉・桧の「間伐材」という山林の樹木の発育のために間引かれた木材を使って作られています。 

現在吉野の杉材は、主に建築用に利用されていますが、その中でも割箸は、建築製品等に製材した後に残る「背板」と呼ばれる端材 だけを利用して、 熟練の職人の手で、一本一本巧みに加工され、その美しさを損なうことなく作られています。

先人の『もったいない』の精神は、今も生き続けています。」HPより

   *

割りばしで、このように真ん中が太くなっているのは「卵中(らんちゅう)」というらしい。

割りばしとして使うにはもったいない、と思った。

さらに、調べて行くと、国産割りばしにおいて、吉野地方の占める位置は高いのだとわかった。

ということで、改めてタクシーのおじさんに感謝いたすでござる。礼っ!ぺこ

   *

吉野の杉箸で

またまた

吉野の思い出が浮かび上がる。(もう忘れるのかって?そんなことはありませんけど…)

 

| | コメント (0)

2015年4月21日 (火)

『悟浄出立』 万城目学

突然ですが、
私は高校時代、漢文はひじょーに不得意だった。

なら、いまはどうか。必要に迫られて、少しずつ、前に進んで。

私のレベルなりに、ちょっとだけ理解できる(気がする)。

    *

なんでこんなことを言っているかというと。

今回の本が、中国の古典に関するものだったからである。

    *

もう誰かの脇役ではない・・・中国の古典の脇役たちが人生の見方を変える

そういうコピー 

「悟浄出立」

最初のこの一編は普通に読み、それから次第に引き込まれていった本だった。

・「こっちが西天ですよ、と書かれた立て札が、どこかに用意されているとでもおもったか?ただ、自分が行きたい方向に足を出しさえすればいいんだよ!」

「好きな道をいけよ。悟浄。少し遠回りしたって、また戻ればいいんだ。もっとも、出来ることなら、最短の道をおねがいしたいけどね。」

「趙雲西航」 この文章には確かに中島敦の山月記のような香りがする。

少し音読気味にゆっくりと読んでいくと、すっと頭に入ってくる。

特にこの編はそう思った。小気味よい。リズム感がある。捨ててきた故郷への思い、いつもそばにあったその思い。

「虞姫寂静」

「虞」?そうか、あの「虞や虞や汝をいかんせん」の話だ。四面楚歌だ、などと思う。

「虞」という名前を取り戻していく、心の強い「虞美人」である。

強かった戦う男と、その最後に強く立ち向かい、自分を、自分の名前を、つまり自分自身を取り戻す心の強い女性の話。なかなか面白く、考え深かった。

愛する人のこころも取り戻せたろう、か。激しい。

「法家孤憤」「父司馬遷」とつづく。

(2014/7/22) 26

短いからこそ、余韻を持たせる素敵な短編集

    *

そうか、たしかに、芥川龍之介や中島敦に通じるものを感じる

いにしえの物語を現代の作家が自分の物語として、スポットライトを別のところに当てて…

別の話として仕立てて行く。そういうところも・・

    *

あいにくそれぞれの話を深く知らないのが残念だが、知らなくても分かる。

   *

風格というか品のある物語である。

| | コメント (2)

2015年4月20日 (月)

さるなしジャム

息子2から荷物が届いた。

みかんの箱だ。

あら、みかん?私もでこぽんを買ったばかりだったので、

「そんなぁ、送ってくれなくていいのに」と思ったが、甘かった。

137引越しの不用品(?)を送ってきたのだ。しかもお鍋。

独身男子にしてはキッチングッズが多いと言われていたのだけれど・・ついにお鍋も。

それと、このジャム。

元祖農家組合の」「さるなしジャム

色は微妙だが、調べてみると、なにかといいらしい。

モスグリーンの薄い濁りのある色のジャム

    *

「さるなしは、マタタビ科に属する日本のキウイフルーツとも呼ばれており、、木曽山中に自生する、3cm程の緑の円筒形の果実です。

3年生位から結実しますが、結実率は低く生産量が限られており、とても希少な果実です。
甘酸っぱく、ビタミン等多くの栄養素を持ち、疲労回復、強精・強壮、整腸作用などがあると言われています。

塩尻市木曽楢川産のさるなしは県内産の中でも特に糖度が高く、、淡い黄金色の良い香りと軽い甘味・酸味が特徴的です。
上質な木曽楢川産さるなしの美味しいワインやリキュール、ジャム、プリンや焼き菓子など、さるなしの味を是非ご賞味下さい。
木曽くらしの工芸館にて、沢山のさるなしアイテムを取り揃えております。
※秋口になると、ならかわ市場で生のさるなしの実を販売致しております。
(季節の天候などによっては入荷が少ない場合もあります。)」

さるなしの名前の由来
さるなしの実がナシに似ていて、この実を猿が好んで食べていた事から『さるなし』と伝わっています。
また、シラクチズルというさるなしの別名も、猿の事をシラクチと呼ぶ事からきています。

(「猿の食べる梨」ということですね。)

さるなしジャム01171714_4971936524471.jpg

塩尻市木曽楢川産のさるなしの実を使ってできた美味しいジャムです。
さるなし本来のキウイフルーツの様な甘酸っぱさがよく出ていて、とても美味しく召し上がれます。
パンやヨーグルトに乗せて食べると相性バツグンです。」HPより

| | コメント (0)

2015年4月19日 (日)

映画「バグダッド・カフェ」他

いつのことだったか、どんな状況でだったか、

誰とだったか忘れた

そんな前に

誰かがこの映画のことを話していた。

この映画の題名だけが、それだけが私の頭にかすかに残っていて

そこにひっかかった。

で、見なきゃ。

    *

そんな風で観た映画

☆「バクダッド・カフェ」

1987年西ドイツ映画

アメリカ合衆国ラスヴェガス近郊のモハーヴェ砂漠のうらぶれたカフェに集う人々と、そこに現れたドイツ人旅行者ヤスミン(ジャスミン)の交流を描く作品。

「日本では1989年にシネマライズで初公開されて大ヒットし、当時のミニシアターブームを代表する一作となる。また、ジェヴェッタ・スティール(英語版)が歌うテーマ曲「コーリング・ユー(英語版)」は、アカデミー賞最優秀主題歌賞にノミネートされ、80組を超えるアーティストがカバーするヒット曲となった。

1994年には『バグダッド・カフェ 完全版』がリバイバル上映され、新たなファンを呼んだ。」

 「人生をローギアに入れて」がキーワード

確かに秀作、味があった。今でもほんわか余韻が残る。

☆マネーボール

2011年のアメリカ映画。

ブラッド・ピット

マイケル・ルイスによる『マネー・ボール 奇跡のチームをつくった男』を原作とし、オークランド・アスレチックスのゼネラルマネージャー(GM)、ビリー・ビーンがセイバーメトリクスを用い経営危機に瀕した球団を再建する姿を描く。

内容的には面白かったが、ドキュメンタリーなので、最後は・・・

☆冷静と情熱のあいだ 2001年 日本

なじみのあるENYAのあの音楽が浮かぶ。

イタリアフィレンツエ

フィレンツェのドームが印象的だった。

原作も読んだが、まさに恋愛小説であった。

内容(「MARC」データベースより)

はかなくてせつない、永遠に忘れられぬ想い。江国香織が女の視点から、辻仁成は男の視点から紡いだ、かつてない共作恋愛小説。

| | コメント (0)

2015年4月18日 (土)

『判決破棄 上下』マイクル・コナリー

今日は風が強く吹いています。

春の嵐、っていうのでしょうか。ね。

     *

さて今回の本は

私の好きな、マイクル・コナリーの作品です。

楽しみにしていました。

さて、どうでしょうか。

    *

新しいヒーロー、弁護士ミッキー・ハラー。彼を主人公にした法廷ものと長年の主人公ハリー・ボッシュの警察小説の二つの競演といえば、なんと贅沢で、素晴らしい。

が、盛り沢山なだけに、ボッシュもなんだか、ほかの人のようで、そっけなく、すべてが薄まった感じ。

FBI特別捜査官、レイチェル・ウォリングも登場する。

長いこと、コナリー作品を読み続けてきた私には、

積み上げられてきたボッシュやレイチェルなどの関係など

残念だけれど、どの人物もその関係にも深みが無いようであった。

上巻を読むのに、5日間(いくら疲れていたとはいえ…)

下になってスピードは増し、一晩で読んだ。

自分の読書の意欲を心配してしまったほどだ。

「わたしは」とくると、つい「ボッシュ」と思ってしまい、読み誤ることもしばしば。

ハラーの人格にまだ慣れていないようである。

(2014/11/14) 24,25

| | コメント (0)

2015年4月17日 (金)

長野のお土産…御開帳

桜もソメイヨシノはすっかり散り、八重桜が開きそう。

130131先日、妹一家が長野方面に出かけてきた。

そのお土産。

・善光寺九九福

 「善光寺さんの三門の、善の御文字に頂く二羽の鳩は平和と幸せの御印し。
鳩の「九」は、数字の「最大級」。
「九九」は「掛け算」。
九九福は「福の掛け算」を願い人から人へ福を導くささやかな「口福」をお届けします。」

良くわからないけど、めでたいのだ。

そして、

・小布施堂の落雁

どちらも御開帳の包装

長野界隈は御開帳で大賑わいだったらしい。

    *

2015年4月5日から5月31日まで。

    *

いつから行われているのだろうか。

御開帳について少し、調べてみた。

    *

御開帳とは

数え年で七年に一度、秘仏である御本尊の御身代わり 「前立本尊」(鎌倉時代・重要文化財)を本堂にお迎えして行う「善光寺前立本尊御開帳」。

善光寺の御本尊「一光三尊(いっこうさんぞん)阿弥陀如来」は、ひとつの光背の中央に阿弥陀如来、向かって右に観音菩薩、左に勢至菩薩が並ぶ、善光寺独特のお姿をされています。

白雉5(654)年以来の秘仏であり、鎌倉時代に御本尊の御身代わりとして「前立本尊」が造られました。普段は御宝庫に安置されていますが、数え年で七年に一度の御開帳の時だけ、特別にお姿を拝むことが叶います。

中央の阿弥陀如来の右手に結ばれた金糸は五色の糸にかわり、白い善の綱として、本堂前の回向柱に結ばれます。その回向柱に触れることは、前立本尊に触れるのと同じこと。ここにありがたいご縁が生まれ、その功徳ははかりしれません。

回向柱に触れて如来さまとのありがたい結縁                

回向柱とは、卒塔婆の一種で、御開帳期間中に本堂前に立てられる高さ約10mの柱です。前立本尊の御手と「善の綱」によって結ばれるため、前立本尊に触るのと同じ御利益あるといわれます。

松代から寄進される回向柱…三百年余の歴史、脈々と今に。

宝永4(1707)年現本堂が再建された際、松代藩が幕府から普請の監督を任されました。それが縁となり、現在まで三百年余にわたって松代から寄進されています。

奉納行列と共に、善光寺へ。

回向柱は、大名行列や姫行列と共に松代町を練り歩いた後、牛に引かれて善光寺にやってきます。途中引き綱に触るとご利益があると言われ、沿道にはたくさんの人が詰めかけます。」(以上、hpより)

牛に引かれて善光寺参り(うしにひかれてぜんこうじまいり

 意味 牛に引かれて善光寺参りとは、思いがけず他人に連れられて、ある場所へ出掛けること。また、他人の誘いや思いがけない偶然で、よい方面に導かれることのたとえ

 なるほど・・・勉強になりました。そして、ごちそうさまでした。

| | コメント (0)

2015年4月16日 (木)

「食べられた!」「が・・」

・一か月ほど前

ベランダに水をあげていた夫が

戻ってきて

爆睡中の私に言う。

「た・たいへんだ!サラダ菜が食べられた!」

私は聞く

「だれに?」

答える。鳥に・・・」

「ふーん」

133起きて見れば、

なるほど見事な食べっぷり

殆どの葉っぱが、ない。

ふしぎなことにほうれん草は食べないのだ。

好き嫌いがあるんだなあ、

「大丈夫、水をあげていれば、また大きくなるから。」

134135そう答えてはや一か月

花粉症のためあまりベランダに出なかったが、

久しぶりに出てみたら、

サラダ菜は見事に元に戻っている。

鳥たちは

いまごろ、どこで美味しいご飯を食べているんじゃろうか。

この季節、美味しいものはあっちこっちにあるのだろう。

また

美味しいサラダに入れて、頂きましょう。目にも美しい緑の葉っぱです。

| | コメント (0)

2015年4月14日 (火)

嬉しいおくりもの

ぴんぽーん

荷物が来た。

〇天のセールの品物はもう全部来たはずで、

しばらく何も買わないつもりの私。

    *

126送り表を見ると

内容欄に「タケノコ」と書いてある

あれ、わくわくして開ける

127レンコン

サトイモ

そしてタケノコ

分葱などなど

段ボールにぎっしり詰まっている。

ご丁寧に、タケノコ用のヌカと山椒の葉っぱまで。

そのお気持ちがありがたく(きっとヌカも買わなきゃないんじゃろうから・・・なんていわれていそうです。はい)

せっせと詰めてくださっているお姿が思われ

お顔は知らないお方ではあるけれど

親しみがわくのでございます。

夫の仕事兼遊び仲間であるお方の義理のお母様とか。

そう言う関係もほほえましいものがあります。

   *

128昨日は早速

大なべ二つでタケノコを茹で

冷める間もなく

小さいものを煮物にしておきました。

今日は

分葱を茹でて酢味噌和えに。

それから

いかにも手作り風のブロッコリーも茹で、

三つ葉は水に注し、

その少しを使ってお昼の親子丼に。

ホントにほんとにありがとうございます。

    *

野菜の一つを使うたびにありがたく・・・

こころがとても暖かくなりました。

| | コメント (0)

2015年4月13日 (月)

京都へ、そして家へ…⑩

 翌日の予定。(この旅を最初から読むのは、こちら

アサ何時に出るか、ラッシュにならないうちに出よう、とは

都心へ通勤する人の考え。ではあるけれど、

早いに越したことはないだろう。

奈良を7時前に出て、京都8時前。

市バス一日乗車券500円を駅で買い、

さてどこ行くか、これがあまり考えていなかった。

私は西本願寺と渉成園と思っていたが、1時まで時間はたっぷりある。

一年365日のうち、50日は出張で来ているのではないかという夫は

「最近はツウなんだ。」と。

行きたいところと行っていないところはあまりなく、

というか、ハイライトが終わった今、何も思いつかない。

とりあえず、東山方面、知恩院へ。

バス停知恩院前で降りる。

広くきれいな道を行く。学校があり生徒たちが並んで登校している。

9495その奥に門が見える。

中には階段。美しく折れ曲がった階段が続く・・・

そこを登りながら(無言で)そしてやがて、

ふたりで「ここ、私の知ってる知恩院じゃない。」

「そうだよね。」

「ちおん寺とかあるのかな。」などと話し、桜舞い散る中をあがる。

9697まだ不安で、工事でおおわれている御影堂をぐるっと回ってみて、

これだ!我々が知っている知恩院は。

と、安心した。入り口が違っていたのだ。

98


99


100


101


やっぱり雄大だ。

    *

102











104_3


103


105


それから

円山公園を歩き、その下にある八坂神社へ。

昔は朱塗りの神社はあまり好きではなかったけれど、

最近はちょっといいかもと思っている。歳のせいか。

    *

107では、ついでにと言ってはなんですが、

朱つながりで

平安神宮へも行きましょう。

一日バスキップで。

109_2



平安神宮は広い。

さすがに昨日の疲れで、少々足が痛くなり、休む。

観光バスもたくさん来ていた。

111112立派な右近橘(うこんのたちばな)「左近の桜」が紫宸殿と同じ配置にあります。

我々から見ると反対です。左が橘です。

おひな様と同じ木の形、と思うのは逆でした。

110113114「平安神宮は平安遷都1100年を記念して、明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。」

比較的新しいものなのである。

    *

途中の水路の桜が美しい。

小さな船も出ている。

水辺のベンチで休むが、あまりにも寒い。

暖かいところへ行こう。

じゃ、国立博物館と三十三間堂とバスに乗ったが、

道路が混んでいるようで、

近くの115西本願寺へ。

修理は終わっていた。

門の前で甘茶のふるまいがあった。8日が近いから。

御影堂の方に人がたくさん見えるので、それにつられていってみたら

どうも違うようだ。

龍谷大学の入学の(?)何か催しがあるようで、

中はたくさんの人でいっぱい、廊下にもござ状のものを敷いて、そこにも座ろうとしている。

で、隣の阿弥陀堂へむかう。

バスで駅へ。

120121122伊勢丹地下でお弁当を買う。

お弁当に力を入れているようで、いろいろあった。

駅弁と真っ向勝負で、美味しいものを提供してくれるとこちらは嬉しい。

119夕方には家に帰ってきた。

本当に無事に行って来れて良かった。

普通に元気な人ならなんてことないところも

私には厳しいのだ。

何事も無くあの「吉野の桜」と「権現様」に行けて嬉しい。

来年はどうかわからないから、ね。

「いまが一番若い」のだから。

そのあと、しばらくこうしてブログでその喜びに浸れるのも、また幸せでございます。

みんなに感謝感謝です。

でもこれもつかれたぁぁぁ(オワリ)

| | コメント (2)

2015年4月12日 (日)

阿修羅に会いに…⑨

 足は疲れていましたが、

思ったよりでもなく、こころは達成感にあふれ・・

旅先でのいつもの私です。

    *

88奈良に着いたらまだ2時半。

89昨日見られなかった阿修羅を見に行くことに。

猿沢池に行きたい、なら、阿修羅見に行こうか、そうだね、てな感じで

123


興福寺
まで歩きます。

国宝館ではたくさんの仏像に会いました。

世界遺産の立派なお寺です。

ここの国宝館はいいです。心が安らぎます。

阿修羅はさすが。ちょっとやそっとでは変わりません。

今まで長い年月この姿で存在していたのですから…(当然ながら、太ったり年取ったりはしません。)

「この神秘な表情は、荒々しい心が仏の教化によって迷いから目ざめ、愁眉を開きつつある顔付きだといわれています

まさにその通りで、恐ろしい顔から浄化された顔へと移り行く過渡期の表情を、見事に表現しています。」HPより

90その後、地図に大きな字で乗っている元興寺(がんごうじ)にも寄ってみました。

124世界遺産でした。本堂などが国宝ということです。

南都七大寺の1つに数えられる寺院。
蘇我馬子が飛鳥に建立した、日本最古の本格的仏教寺院である法興寺がその前身である。法興寺は平城京遷都に伴って飛鳥から新都へ移転し、
元興寺となった(ただし、飛鳥の法興寺も元の場所に残り、今日の飛鳥寺となっている)。」

「奈良町(ならまち)」と通称される地区の大部分が元は元興寺の境内であったという。

この寺に来たことがあったかどうかは、記憶にありません。たぶん無い。

私の好きな飛鳥大仏のある飛鳥寺ともご縁があったところでした。

91その昔,奈良町あたりに泊まった記憶は甦りました。

古梅園(墨屋さんです。)を思い出しました。

92ホテルに帰って、
まず吉野で買ってきた萬松堂の草もちを二個ずつたべて、しばらく休憩。

それから、ビールで乾杯の夕食をとり、部屋に帰ったらあっという間にばたんキューでした。

無事に行けて良かったぁzzzzz 本当に。(⑩へ続く)

| | コメント (0)

下千本で…⑧

金峯山寺の仁王門を経て

さらに下ります。

銅の鳥居の近くのベンチで一休み。写真は忘れた。
俗に東大寺盧舎那仏像(奈良の大仏)鋳造の際に余った銅を使い建立されたという。

このころは日差しも出てきました。

観光バスのガイドさんがお日様が出てきて、喜んでいました。

   *

78黒門(総門)を通り、

ますますにぎやかになってきた道を行きます。

7980ロープウェイの駅を通り過ぎ、赤い大橋。

その先に

いい休憩場所兼展望台があります。

しばしそこでも休みます。

81観光バスで一泊二日の旅をしている男性と話をしました。ひとりのようです。

バスの旅がお好きなようで、ネモフィラは感動したという話で、実は私も行きたいところ…などと話しました。

8382_2さてシュッパーツ!!

吉野の駅まで参りましょう。あと1キロほどです。

くねくねの七曲り。

でも退屈しません。

84


吉野にお別れかと思うと、後ろ髪をひかれるようで…

85この道も桜がきれいです。

吉野駅に着きました。午後1時前

結局 8時前に歩き始め、休み休みで5時間。

それだけかけて、5キロ弱を歩いてきたことになります。

太ももの前が痛かったです。

まだまだ来る人が多い中ですから

帰りも電車はガラスキーで、

特急電車には乗らず、マゴッチに見せようと写真だけ撮りました。(⑨へ続く)

| | コメント (0)

2015年4月11日 (土)

中千本から蔵王堂へ…⑦

5859やがて

人家が増えてきて

小さな神社や

寺なども。

60


61
立派な門がある。

その門の中まで、タクシーで入ってくる人がいる。

みれば「竹林院」

宿坊でもあるようだ。

庭園に入ってみる。

6263125立派な庭園、

池と桜と。

64

65



66_2


6770


桜本坊

土産物屋がいっぱい並ぶ。

71





吉水神社へ。

吉野皇居の後という。

入り口の「一目千本」からは、あいにく靄がかかって
何も見えない。

69


68残念。

上の方で見てきたから私たちはいいんだけれど。

東南院、多宝塔と。シダレザクラが散っていた。

7273ビジターセンターを越えると、いよいよ「金峯山寺」です。

手前から階段を上ったので、仁王門は通りませんでした。

上に上がると、ここも靄の中に蔵王堂がかすんでいます。

暖かくなってきたからでしょうか。

86蔵王堂もすいていて、

入り口でお守りと履物を入れる袋をくれました。

7576私が

「会いたい」と思っていた「ブルーの大きな権現様」は

写真と同じです。

なぜこのような色の権現様がいたのか、

仏像はいろいろ見てきましたが、これは知りませんで。

普通と違う色にびっくりしたのです。

実際に見たらどう感じるだろうと、思ったのです。

寺社の柱などを新しく塗るときのような塗料の色だったら

イメージが違うだろうなと思いましたが、

この権現様の青はラピスラズリらしいです。

だから(?)

薄っぺらではない、深みのある色合いをしていました。

ぐるっと権現様の裏を回って良くわからず進んでいくと

一回り手前、近くに出られます。

87そこには小さな仕切りがあり、一人ずつ中へ入ってご挨拶できます。

前よりさらに正面に近いところでしばし拝見。

本当は一人ずつ相対して何かお話しするべきところだったでしょうか。

意外と平常心でいた私でした。

その前に座ると飛び出してきそう。

写真は取れないので、もう一度チラシの写真を載せておきます。

77「日本独自の混淆宗教である修験道の本尊。
金峯山寺の本堂蔵王堂に、秘仏本尊蔵王権現(約7m)(向かって右から6,15m、7,28m。5,92m、)三体のほか、多くの尊像を安置してあった。」

行けてよかったと思ったのは帰りの電車の中でした。

次は下千本になります。駅までもう少し。

(⑧へ続く)

| | コメント (0)

上の千本…⑥

46_248ここから1,5キロほどが自然の中、桜の下を降りて行きます。

かなりの傾斜です。

47


49
じっくりゆっくり下って行きます。

こけないように、スキーのボーゲン風です。

8時20分

雲か霞かわからないけど、

まだまだ我々より下に見えます。

ただでさえ、写真を撮るのに勝手に止まっている私。

連れにはたいそう迷惑だったと思うけれど、

この休み休みが私にはちょうどいいのです。

50かなり急なつづら折りの道

やがて、

下から登ってくる人にも出会うようになりました。

下から歓声が聞こえます。

   
5153道端で写真を撮っている人も多くなった。

真似をして

同じところでカメラを向ける。

52ずっと上から見ていた桜の中を歩いているのだと思う。

きれいだなぁ。

静かで鳥の鳴き声しかしない。

    *

「上の千本」という立て看板のところに

ベンチがあったので、

やっとおにぎりを食べることができた。8時40分

54555657そして

私は座って休み・・・

周りを見回して

「きれいだぁ、きれいだぁ」と騒ぐ。

霧がかかったり、
晴れたり・・・

むしろ

晴れでなくてよかった。

汗かきなもので。
(⑦へ続く

| | コメント (0)

2015年4月10日 (金)

花矢倉…吉野一の展望台…⑤

さて、花矢倉です。(義経千本桜のところです。)

7時40分着。

43花矢倉展望台は、広場のようなところです。

持って行ったおにぎりを食べようと思いましたが、

持ち込み禁止、手数料取ります、などと有ったのでやめた。

端の方に紐で仕切りをしていない場所があり、
そこから写真を撮ります。

朝早いので、ほとんど人はいません。

「きれいですね。」「ほんとにね。」と話しながら、42写真を撮りました。

朝の雲海が山々に巻き付いて、吹き上がり、陰影をつけています。

山が幾重にも重なり、目の前に並んでいるのは圧巻です。

自然の作る姿の美しさに圧倒されました。

ひと時ごとに空は変わり、雲が動きます。

雨は降りませんが、空も明るくなったり、曇ったり…

44こんな遠くからでも

136


蔵王堂の建物はことのほか大きく目立っています。

あいにく写真では見えないかなあ。

こんな山の中に大きな蔵王堂を作ったのもまた素晴らしいです。

さくらも色とりどりで、

ここはシロヤマザクラを中心に約200種3万本の桜が密集しています。

はかなく夢のようです。

45
鳥のような気分

ここから5キロ近く

ひたすら降りて行きます。

急な坂道を。(⑥へ続く

| | コメント (0)

吉野水分神社(よしのみくまりじんじゃ)へ…④

昨日は早く帰ってきてくれたので、母のところにお土産などを持って行ってきた。 

ちょっとだけしている私の仕事が新年度のため多くて、なかなかブログが進まない。 

終わったので、今日は写真の整理に専念しよう。

     *

タクシーを頼むとき、どこまで行くか考えたが、そこから降りてくる自分の能力を考え(いくら下りとはいっても・・)

吉野水分神社まででお願いした。神経痛(?)持ちには、結果的に、ちょうどよかったと思う。

35_2山の裏側の杉山を走り、

突然止まったその前に吉野水分神社はあった。

降りて見上げると、目の前に階段。

「まだ閉まっていますよ。」

8時半開門で今は7時半。予定より早い。

駐車している車から、男性が声をかけてきた。

    *

そして、「すぐ先にきれいな見晴らし台がある、」とも教えてくれたので先に見に行った。

それはきれいな景色が見えた。「花矢倉」という。これは後程。

それはそれはきれい、本当に感動的であった。

    *

41帰ってきたら、門が開いていた。

待っている我々を見て少し早目に開けてくださったのだ。

「水を司る天之水分(あめのみくまり)大神を主神とし、"みくまりが"御子守"(みこもり)となまって、俗に子守さんと呼ばれ子宝の神として信仰されています。
社殿は豊富(臣)秀頼が再建(1606年)したもので、本殿、拝殿、弊殿、楼門、回廊からなる桃山時代の大変美しい建築です。

4039

国宝木造玉依姫命坐像 (公開されたことはないらしい)
重要文化財

吉野水分神社社殿、木造天万袴幡千幡姫命坐像」

3836_2アクセスのところに「ロープウェイ吉野山駅下車 徒歩約1時間30分」とあった。
私だと、その3倍はかかる。
いや上りばかりだから、時間をかけても来られなかったと思う。
37小さな集落は
山の少しのくぼ地に寄り集まるように家を建てている。
道も狭く、この神社を守っているようだ。
であるからして、神社も山の壁にチョンとある。
しかし、足を踏み入れると、
静かな雰囲気に息をのむ。
素敵な空気が漂う空間でありました。(⑤へ続く)

| | コメント (0)

2015年4月 9日 (木)

吉野へ…行く前のもやもやと③

さて翌日は

今回の私の目標…吉野の金峯山寺、と桜でございます。

まるまる一日あれば、さすがの私でも楽しめるだろう、と言うことであります。

    *

で、

一番心配だったのは、どれだけ混むのか、ということだった。

いろいろなブログなどを熟読したが、  

電車が混むという。蔵王堂も時間がかかるという。

    *

奈良からだと、乗り継いで行くので、座れないかもしれない。

1時間立っていくことは、私には無理かも。(ギューギューだとあった。)

特急で行くことも考えたが、それだと早くはいけない。

そうすると、蔵王堂などが混むかもしれない。(1時間待ちともあった。)

早く行って・・・そうするとバスもロープウェイも動いていない。(上り坂だ。当然!)

仕方がない、下から自力で登って、上まで行かず帰ってくるか…私にできるか。

てな具合に、もうこの一週間

頭の中でずっともやもや思案していた。

     *

そこでピーンと閃いた。

タクシー会社のHPを見ると、

普通に送ってもらうだけではさほど料金もかからないらしい。5000円ほど。

観光タクシーは1万円以上するらしいが。

そこで、あまり欲張らず、吉野水分神社まで行くことにした。

上千本の上までということになる。

    *

それでも早いに如くは無し。

奈良を始発の5時14分に乗り、(すごいでしょ。4時起きです。)

大和西大寺での2分の乗り換えを頑張って走り、クリアし、

橿原神宮から吉野行に乗る。

ここが混んで、単線でみんなイライラするという、(私の読んだブログの世界では、)

1時間のところだ。

ところが、どうでしょう。(水曜ではないけど、ね。)

吉野行は基本、始発のようで

しかも早朝だから、ガラガラ。

何だかうれしい。よかったよかった。ただ知らなかっただけなのだが…

33あれだけ悩んでいたのは、いったいなんだったのか。

すべて座って行くことができ、

タクシーに迎えに来てもらっている、

一つ手前の吉野神宮駅で降りる。

7時着。天気は薄曇り。

    *

34朝早いので、道路が通行止めの前だった。

で、蔵王堂の前を車で通る。

下千本あたり

一面にさくらがきれい。

ひゃーひゃーーうるさい、のは私

来てよかった、来られてよかった、と思う。(④へ続く

| | コメント (2)

2015年4月 8日 (水)

奈良へ…東大寺…②

9ゆっくりめの新幹線で京都へ。
そこからJR奈良線で奈良へ。
久しぶりの奈良です。まずはホテルへ、チェックイン。

101112南都銀行本店((大正15年築、国の登録有形文化財)13


遅い昼食を食べます。

「牡蠣海老とんかつ定食」のようなもの。
せっかくのダイエットも、元も子もありませんが、旅に出たら好きなものを・・・
ということです。はい。
お腹いっぱいになって、バスで東大寺へ向かいます。

あらま、ぽつぽつ雨が降ってきました。(そういう天気予報でしたから、ね。)

141516奈良の鹿と桜

18

東大寺あたりは、さすが奈良のメイン観光地。

たくさんの観光客がいます。外国人もいっぱい。

父と母と4人で来たのが最後ですから

もう15年ぐらい前でしょうか。

 

23←回廊

雨がちょっと降ってきましたが、

南大門で雨宿りしようという人を、「どうせなら中に入ってから、雨宿りしようよ、」と

旅に出ると頑張る私であります。

とりあえず

キップを買って中に入ります。

雨も小やみになったころ、大仏様のところへ。

様々な言葉が入り混じるなか、我々も進みます。

相変わらず

大きくて、立派で、すてきでした。

    *

17東大寺は、ご存知、聖武天皇が国力を尽くして建立した、当時の日本の60余か国に建立させた国分寺の中心となる「総国分寺」と位置付けられた寺です。

国宝「南大門」…屋根裏まで達する大円柱18本は、21mにも及び、門の高さは基壇上25.46mもあるという。

大仏殿にふさわしいわが国最大の山門である。

252426重文「中門」

国宝「金堂」(大仏殿)

当初の大仏及び大仏殿は、聖武天皇の発願により、8世紀に造られたもの。

その後2度の兵火で焼け落ち、現存する大仏殿は江戸時代の再建。大仏は台座と袖、脚などの一部に当初部分を残すのみで、体部の大部分は中世の作、頭部は江戸時代の作である。

国宝「銅造盧舎那仏坐像」(大仏)

帰りはホテルまで歩いて帰ります。

29興福寺を経て…

近鉄駅に明日の

吉野山・蔵王堂特別拝観券付割引きっぷ」を買いに行きます。
30
32花びらで道の色が変わっています。

31今だけの道です。

興福寺は

見学時間が終わっていましたので、

五重塔を外から見て。

(③へ続く)

| | コメント (0)

2015年4月 7日 (火)

行ってきました。奈良吉野そして京都へ…①

8日曜日から

二泊三日で奈良そしてちょこっと京都へ出かけてきました。

今回の私の目的は・・・

「奈良の吉野の金峯山寺の迫力ある蔵王権現」

その存在に、その色に、心惹かれたのだ。

うましうるわし奈良」というJR東海のCMにすっかり乗せられた私である。

6左は近鉄のチラシ(実際はもっと(?)凄かった。)

以前、友に吉野の金峯山寺に行きたいんだ、とメールで話したら

「やはり桜と合わせて行くのがいいのでは。」と自分の経験を話してくれた。
7_2「混むからなあ、」と一瞬躊躇したが

やはり、いろいろ考え、

日程を調整して

5,6,7、日にした。

金峯山寺日本最大秘仏本尊特別ご開帳」(金剛蔵王大権現)

あいにく菜種梅雨模様であったが、

さくらも程よく、私は満足して、無事帰ってきました。

足は筋肉痛

明日から、写真を整理して載せます。(次へ)

| | コメント (0)

2015年4月 4日 (土)

さくらは散りつつ、『噂の女』奥田英朗

季節は

すっかり春と思えば

寒いようでもあり、油断はならない。

花粉なのか、

風邪なのか・・・

    *

Photo外に出ると

地上にも一面に桜の花びら

目をあげると

桜の木もまだ花びらを身に纏っている。

Photo_2こうしてみると

桜の木はずいぶんと厚着だったのだな、と思う。

    *

今回の本は「噂の女」奥田英朗

読後感は,なるほどね。という感じ。

感動には至らない。(ごめん)

それが、彼の醍醐味でもある。

小さな日常を積み重ね、表面的な反応を描写し、

それがいつの間にか変化している。

それが彼の作品の読みやすさでもあるが、

読後感のちょっとの物足りなさにもなる。

    *

中心になる人を真ん中に据え、周りにかかわる人物をパテで

加えて行く感じ。

主になる彼女がどう考えているのかの経緯も

詳しくは書かれず

章と章の間をつなぎ合わせて考えるのは読み手かもしれない。

そう言う意味で、

想像力が必要なのは読者、だから、読みやすいけれど・・・

内容紹介

美幸って、知っとる? この町のどこか夜ごと語られるは彼女にまつわる黒い噂──。町で評判のちょっと艶っぽいイイ女。雀荘のバイトでオヤジをコロがし、年の差婚をしたかと思えば、料理教室で姐御肌。ダンナの保険金を手に入れたら、あっという間に高級クラブの売れっ子ママに。キナ臭い話は数知れず、泣いた男も星の数――。美幸って、いったい何者? 愛と悲哀と欲望渦巻く人々を描く、奥田節爆裂の長編小説。

(2012/11) 23

| | コメント (0)

2015年4月 1日 (水)

草もちと『霊の棲む島』カミラ・レックバリ

美味しい草もちを頂いた。

さくらもいいけど、

草もち」も美味しい。

「花より団子」ならぬ、「花も団子も・・・」である。113

地元の手作りお菓子屋さん

いまは、ヨモギも畑で作っているという。

    *

エリカ&パトリック事件簿シリーズ

「霊の棲む島」

内容(「BOOK」データベースより)

 

初夏の明るい夜、ひとりの女が血まみれの手でハンドルを握り、知る限りたった一カ所の安全な場所へ急いでいた、後部座席に小さな息子を乗せて。目的地は女の故郷でもあるフィエルバッカ沖のグローシャール島、古くから幽霊が棲むと言われる島だった。数日後、自治体の経理担当者が自室で撃たれて死んだ。男は直前に“幽霊島”を訪れていたという…。スウェーデン発の大人気シリーズ第7弾!

もう7弾なのかと思う。

最初からすべて読んできたが、
だいぶ落ち着いてきたような気がする。
って、エリカの気持ちに添って考えている私。
双子の赤ちゃんにも
同じ環境に微笑みつつ眺めている私。
    *
このシリーズは
レベルは安定していて
安心して読んでいられると分かっているから、
焦らずに
最後まで面白く読めた。
    *
しかし
読み切るまでに時間がかかったのはなぜだろう。
わくわくドキドキで
先を読まなければいられない、というものでもなかったのかもしれない。
そう言うものではなかった?
それとも
私が疲れて早寝だった?
文庫本にしては厚い671ページ。
DⅤに関する記述は辛い。
この本の隠れたテーマかもしれない。
作者には何か思いがあるのだろうか。
 
(2014/10/17) 22

| | コメント (0)

« 2015年3月 | トップページ | 2015年5月 »