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2014年10月23日 (木)

熊本城・本丸御殿…④

さて、ここからは(正確にはこの前から)「ピクチャーエフェクトイラスト用」という特別バージョンの写真で、お送りいたしてまいります。

息子に見てもらったら、「こんな深いところまでの設定したことない。どこをどうしたのか。」

長持ちするはずの電池もすっかりなくなっていて、そういえば、撮るたびに時間をかけて処理&保存していましたね。そんなこととはツユ知らず…勉強になりました。

でも小さくするとその効果は小さくなるようです。アップしてみると…

    *

343537小さいころから

いわゆる父の故郷であるからして、何回も訪れている。熊本城は3回目だと思う。

40銀杏城との別名の元になった大銀杏の木。

天守閣の広場にそびえている。これが色づいたら迫力だろうな。

日本三名城のひとつ熊本城は、名将加藤清正(かとうきよまさ)が幾多の実戦の経験を生かし、慶長6年(1601年)から7年の歳月と、心血を注いで築城したものです。
大小天守閣をはじめ、櫓(やぐら)49、櫓門18、城門29を数え、城郭の広さは約98ha(東京ドーム21個分)、周囲約5.3kmにも及ぶ豪壮雄大な構えで、清正流石垣と呼ばれる優美な石垣と、自然の地形を巧みに利用した高度な築城技術で知られています。」

   *

363839観光日和で駐車場がいっぱいで遠くに入れた。

であるからして、観光客も多い。

41_242少し歩くけど、今日はいい天気だから、いいね。

暑くもなく寒くもなく…

外国の方も多い。

着物の着付けをしているようで、たくさん歩いている。

頭に何かを巻いている国の人も嬉しそうに着物姿。

とても大きい。雄大。広い。石垣も高い。

西南戦争では薩摩の大軍を迎えて、50余日の籠城に耐え、不落の名城として真価を発揮しましたが、総攻撃の3日前、原因不明の火事により天守閣や本丸御殿(ほんまるごてん)など主要な建物を焼失してしまいました。
焼失を免れた宇土櫓(うとやぐら)など13棟の建造物が国の重要文化財に指定されています。
なお、現在の天守閣は昭和35年(1960年)に、1市民の5,000万円もの浄財を基に、約1億8,000万円をかけて、鉄筋コンクリート造で外観復元されたものです。 」

     *   *

この旅に当たり、従弟との何度かのメールのやり取りで、

「熊本城はお勧めです。」「イエ、前にも行ったから。」

「新しく本丸御殿ができたから、ぜひどうぞ。」

「そうですか、では熊本県民の誇り熊本城に行かせていただきます。」てなやり取りがあって。

5051私としては次の日の宿を福岡寄りに取っていたので、熊本まで連れて行ってもらうのでは申し訳ない、と思ったのだ。

でも、本当に行けて良かった。

     *

新しく平成20年にできたのが、本丸御殿だという。

私は、復元にはあまり興味がなかったのだが、見てみれば、これは素晴らしかった。

「往時の本丸御殿には、藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わっていました。今回は大広間(対面所)、数寄屋(茶室)と大台所を復元しています。
延床面積:約2,951平方メートル  総事業費:約54億円

44縁側は「広縁」「落ち縁」「濡れ縁」の3段で構成され、その幅は約5.5mあります。檜板を使用している。とても気持ちがいい。
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49・昭君之間(しょうくんのま)

・本丸御殿は2つの石垣を跨ぐように建てられたため、地下通路を有する特異な構造となっています。
御殿への正式な入口であり、 「闇り通路」と呼ばれています。
このような地下通路を持つ御殿建築は全国にもあまり例がありません。

最後の2枚はHPからお借りしました。

52城から少し下ったところに「城彩苑」というお土産、お食事処があります。

ここもとてもにぎわっていました。

53お昼は「肥後めしや夢あかり」で。

太平燕(タイピーエン)(熊本名物ちゃんぽん風春雨)Yさんは私たちをこうしてもてなしてくれる。

ありがたいことだ。いろいろ考えてくださったのですね。

5455_2そこから城までの無料バスが走っている。

それに乗り、駐車場へ戻り、予定のルートを先へ行く。

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