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2014年10月22日 (水)

熊本見学へ…田原坂…③

翌日は

朝9時に従弟のYさんご夫婦が熊本方面の見学に連れて行ってくれます。

途中で

田原坂」という案内を見かけ、「どうする?」「行ってみたい。」ということで

寄ってもらいました。

結構有名だけれど、行ったことがありません。

     *

31「日本最大、最後の内乱の地、田原坂。今は田原坂公園となっており桜の名所。
明治10年、西郷隆盛率いる薩摩軍主力と熊本城救援に南下する政府軍とが衝突。

3月4日から20日まで合計10万の将兵が激闘し、死傷者 3万5000名、そして遂に薩摩軍は敗退した」ということです。

32細い道をくねくねと行きます。

一の坂、二の坂、三の坂となだらかに上がる田原坂。

三の坂を登りきった頂上部には楠の大木が歴史の生き証人として今も大きく茂っていました。樹齢300年とも。

「西南戦争の古戦場、国指定史跡。また同地に因んだ民謡の曲名でもある。」

ツツジや桜の名所として知られる美しい公園。その季節は混むだろう。

「園内には西南戦争時の激戦の跡を遺した資料館があり、往時の戦いを知ることができる。また近くに官軍墓地がある。

民謡はこの戦いを歌ったもので日露戦争当時に士気高揚のため作られた。またこの場所は金峰山県立自然公園に指定されており、2012年11月には「西南戦争遺跡」として国指定史跡の認定を受けた。」

33「田原坂」

雨は降る降る人馬は濡れる、越すに越されぬ田原坂
右手に血刀左手に手綱、馬上豊かな美少年
春は桜秋ならもみじ、夢も田原の草枕
田原坂

↑馬上の美少年像

同町にある熊本市立五霊中学校の卒業式で歌われることが伝統となっている。という。

    *

父は以前よくこの歌を鼻歌で歌っていました。特に機嫌のいい時に。

高校時代だったでしょうか。妹は少しばかり父に反発していました。

こんなことを田原坂で話しました。

そして、妹が大学に入ってコンパでこの田原坂を歌ったことがある、と聞いたのはこの日が初めてでした。

なんで妹がこの歌を知っていたかといえば、父の歌を聞いていたからで、無視をしていたわけでもなく、むしろ反対に気にしていたからです。

そして父の見ていないところで、しかもハタチ前の女子が・・・その父の好きな歌を歌う、そんな思い出話ができたのは、年のせいもあり、父の思い出の場所に二人で立ったからでもあり・・・

あら、どこかに父が付いてきているのかもしれません。ね。

静かな楠の木の下でのほっとしたひと時でした。(④へ続く

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コメント

熊本城は高校の修学旅行で行ったことがあります。
学校が兵庫県にあったので、九州に行くのが恒例に
なっていました。懐かしく思い出しています。

投稿: こけし | 2014年10月23日 (木) 12時44分

こんにちは
コメントありがとうございました。
高校の修学旅行でしたか。
高校時代の旅行はいろいろ思い出がありますね。
どこへ行くかと
だれと行くかはどちらが重要かというぐらいでした。
京都でしたが
思い出深いですね。

投稿: いち | 2014年10月24日 (金) 17時03分

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