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2014年10月24日 (金)

古墳から山鹿へ…⑤

今日の宿は平山温泉、そちらへ向かって行きます。

つまり、また戻るのですが。

私は山鹿の八千代座をみたいと思ったのです。

    *

その途中の「江田船山古墳(えたふなやまこふん)」に寄ります。

前にも来たことがありますが、広い公園になっているようです。

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江田船山古墳という古墳名は、全国の人が必ず一度は目にした名だと思います。 

小・中・高校の歴史教科書の中に、江田船山古墳出土の大刀に象嵌(ぞうがん)された文字がわが国で最初の漢字使用例として取り上げられており、試験で頭を悩ました人も大勢いたはずです。 

 漢字の使用に関しては、今では新たな発見が重なり、弥生時代までさかのぼりましたが、大刀に刻まれた文の内容が古墳時代の中央と地方の政治的な関係を表したり、また、大刀以外の沓(くつ)や冠などの出土品が朝鮮半島との文化的なつながりを示す例として、まだまだ教科書に取り上げられています。」熊本県HPより

56教科書に載っている、あの「江田船山古墳」が父の故郷のその地名だったとは、長いこと気付かず、知ったのはずっと後のことでした。

熊本県のHPによれば、これらの発見にはおもしろい逸話が残されているそうです。

明治6年(1873年)1月4日、江田村の池田左十は夢の中のお告げを実行しました。
それは江田川が菊池川に合わさるところに広がる清原台地に散らばっている塚の一つを掘ることでした。 

夢のお告げどおりに掘ると、大きな家の形をした石の棺(横口式家形石棺)が現れたのです。
中に入っていたものは、昭和40年(1965年)に国宝に指定された92点のさまざまな種類の出土品だったのです。

「肥後古代の森」には江田船山古墳のほかにいくつかの古墳が整備してありました。

緑が豊かな、静かな空間です。

58隣には民家村として、古民家があるそうです。

我々は嬉しいおやつの時間。59
高千穂牧場の「飲むヨーグルト」と「カフェ・オ・レ」と「いきなり団子」と懐かしい「おばあちゃんのおまんじゅう

大きな四阿で頂きました。すっごく美味しかったです。ごちそうさま。

さて、ここから山鹿へ行きましょう。

79山鹿も近いので泊まったり、お祭りを見に行ったりしましたが、

八千代座は初めてです。

子どものころに行った「山鹿灯篭」はうすぼんやりとした記憶の中に

淡い光という印象でした。

    *

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街並みが古く、それだけで素敵です。

八千代座まで歩いていきます。

良く知る人の案内があればこそ、であります。

66   *

八千代座は<国指定重要文化財>です。

八千代座は、明治43年に建築の江戸時代の伝統的な芝居小屋の様式を今に伝える芝居小屋です。

 

山鹿の商工会が劇場組合を作り、1株30円の株を募って建てたものです。八千代座を設計し、工事監督をしたのは、回船問屋の主人で灯籠師でもあった木村亀太郎です。建築には素人でしたが、研究熱心で東京の歌舞伎座や各地を見学、さらには上海に渡り洋式工法の長所も取り入れました。

昭和40年代になると庶民の娯楽が多様化し、八千代座は時の流れの中に取り残されていきます。閉鎖状態が続き老朽化が進む芝居小屋。 

朽ちかけていく八千代座に一番心を痛めたのは、華やかだった頃を知るお年寄りでした。老人会は、「瓦一枚運動」で募金を募り、屋根瓦を修復。この運動に刺激を受けた若者も、復興へ向けての様々な活動を始めました。

67その後昭和63年国重要文化財に指定されました。平成2年から市民の手づくりで行われた「坂東玉三郎舞踊公演は、明治の芝居小屋:八千代座が創り出す空間のなかで、華麗に舞う玉三郎丈の舞台のすばらしさに観客は魅せられ、この公演が復興への大きな追い風となり、八千代座の名前を全国に広めることになりました。平成8年より平成の大修復・復原が始まり平成13年完了。」HPより

10月29日~11月2日 玉三郎さんの舞踊公演があるのですね。

古い芝居小屋の中での妖艶な舞は想像するだけで、良いものです。

       *

68見学させてくれます。

しっかりと。丁寧に。

担当の方が
重要文化財の中の桟敷に座り、上手な案内をしてくれます。

もちろん
我々も桟敷に座ってきょろきょろしながら、お話を聞きます。

767778それだけでなく、舞台にまで上がらせてくださり、回り舞台の下まで案内しくれました。素晴らしかったです。

案内をしてくださった女性が、あとから入ってくる人も優しく迎えつつ、また自然に解説を進める様に、帰りの階段を降りながら

「彼女の解説すてきだったね。上手だったね。」

そんな話をしながら、外に出ようとしたら、その案内係の女性が出口で待っていて、高揚した顔で「先生、私○○ですけれど覚えていらっしゃいますか。」

と話しかけてきたのだ。

Yさんの教え子だったらしい。Yさんは途中から、もしかして、と思ったようだ。

いずれにしても、堂々と名乗った〇さんは偉い。見ないふりをする人だっているはずだ。

きっとYさんは、いい先生だったのだと思いました。

      *

7069山鹿市はどこもかしこも山鹿灯篭だらけ。

探すのも楽しいです。

7173山鹿灯篭を作るところを見せていただき、テレビで見た人だ、などとミーハーなことを考えたり。

山鹿灯篭民芸館にはそういう紙でできた寺などの作品が飾ってありました。

そこでも、見本を作っている若い男性が「あ、△先生ですか。」と声をかける。

習ったことはないのですが、と。

      *

その前、城彩苑でも教え子だという人が迎えてくれました。

今日一日で3人の教え子に会ったことになりますね。

いつどこで教え子に会うかわからないから、油断できないね、などとみんなで話しました。

     *

72山鹿温泉元湯

道後温泉の建物のようです。

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日輪寺

さあ、今日の宿に行きましょう。

Yさんの車でぴったり5時につきました。

朝から、お疲れになったことでしょう。いろいろとお世話になり、ありがとうございました。(⑥へ)

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