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2014年4月 8日 (火)

『火山のふもとで』松家仁之

静かに物語は始まった。

軽井沢、浅間高原のふもとから、というか

浅間山の豊かなふもとの自然に包まれて、

人々の暮らしがある。

自然が主体。

   *

人間の暮らしが際立ってそこにあるのではなく、

濃密な、しかし爽やかな自然の中に、人がスポッと紛れ込まされているのだ。

様々な自然がゆったりと語られ、

その隙間に、そっと入り込む人の暮らしが

静かな筆致で語られていて、非常に心地よい。

    *

人の住むところである建物は大切に扱われ、

その中でその建物のために、丁寧に生きていく建築家たち。

おいしそうな食事、コーヒー、バーベキュー、手作りの野菜、家具、そして音楽

ゆったりしていなければ

いい仕事はできないという先生により、

毎日はゆっくりと豊かに送られる。

そういう暮らしこそ良いものを生むのだ。

   *

浅間山を取り巻く高原を彩る野草、夏の野鳥たち、愛情があちこちに優しい目線で盛り込まれている。

丁寧に作られた家は、時を経て、時という衣を深くまとい、輝きと落ち着きを得る。

それら日常を述べる、細密にして思慮深く刻まれていく文体は、

読み手を、心の奥深く、静かな場所に引き込んでいく潔さ、美しさがある。

    *

ひと昔前にあっただろう、こういう超一流の精神的文化的生活を書き込むことで、

今の時代に失われつつある何かを思い出させるようだ。

効率主義だけではできないこと。

こんな職場があったらすてきだな。

こんな先生と過ごしていきたいな。

そうして育てられた若者も

同じように成長し同じ道をたどっていく。

先生の流れは、確実な流れとなり、続いていくのだ。

    *

話の流れには、そう大きな起伏はないけれど、

この本全体に、自分自身をその中に置くことで、大きな自然に身を置いて、気持ちよさに浸った気分が残る。

上品な美しさに浸れて心地よい。

何かとあわただしい今、私の心をじっくりと落ち着かせてくれる、

読んでよかったと思う本だった。

題名から受ける平坦な印象とは違い

五感を刺激する、すてきな本であった。

(2012/9/28) 22

内容(「BOOK」データベースより)

       「夏の家」では、先生がいちばんの早起きだった。―物語は、1982年、およそ10年ぶりに噴火した浅間山のふもとの山荘で始まる。「ぼく」が入所した村井設計事務所は、夏になると、軽井沢の別荘地に事務所機能を移転するのが慣わしだった。所長は、大戦前のアメリカでフランク・ロイド・ライトに師事し、時代に左右されない質実でうつくしい建物を生みだしてきた寡黙な老建築家。秋に控えた「国立現代図書館」設計コンペに向けて、所員たちの仕事は佳境を迎え、その一方、先生の姪と「ぼく」とのひそやかな恋が、ただいちどの夏に刻まれてゆく―。小説を読むよろこびがひとつひとつのディテールに満ちあふれた、類まれなデビュー長篇。            

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コメント

何と素晴らしい本か!と思う内容に惹かれました。
2日後に行く図書館で探してみます。
憧れの暮らしがあるような…。

投稿: かたつむり | 2014年4月 8日 (火) 20時05分

こんにちは かたつむりさん
気に入っていただけると
嬉しいです。(って、私の本ではない!

読んだ後に残ったのは
そういう素敵な環境で丁寧に暮らすということ。
本全体から感じられました。
筋はその中に埋まっていたような。
感想聞かせてね。

投稿: いち | 2014年4月 9日 (水) 11時38分

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