« 今日の空 | トップページ | 『ことり』小川洋子 »

2013年9月 4日 (水)

私の耳と、『余白の愛』小川洋子

学生時代の友と、福島に行く計画を立てたが、様々な都合で延期となった。
残念ながら、いつか行くか、寄付をするか。両方か。
行き先は福島・高湯温泉・玉子湯を予定していた。
私が行ったことない宿であったので、少々残念に思った
晴れ時々土砂降りの、へんな空
9月の旅が消えて少々さびしい私です。

    *    *    *

今回の本も、小川さん特有の雰囲気のお話。

語り口がそうなのか、語られる内容も幻想的で、
静かに心のなかに降り積もっていく感覚

しかし今回の話は私の中でも、十分に想像ができる。

耳鳴りも
私にとってはなじみがあり、
あの中耳炎からの髄膜炎(先生は逆もあるかともいうが。)の病気後は、
それが無くなることはない。今も。

音にも敏感で、
小さな音も気づく。

大きな音は頭の中に反響する。まるで頭のなかが空洞のように。
あちこちに跳ね返って、カキンコケン

そういう自分が作者と並び、そこにいるような気もした。

主人公は
悲しいことがきっかけで「突発性難聴」になった。

古い友人が難聴になったことを思い出し、
そのことを思った。

実際には、どんなに静かでも
世の中は無音ではない。

頭痛も耳鳴りも
自分が気にしなければ・・・いいのだけれど、
そして
楽しい場面ではそれは気にならない。
たとえば高原の散歩など…
するってえと
心の問題でもあるのか。

いつもそんないいところに出かけていたら
ホントの体が持たない。

この作品は
そういう自分を当てはめて、読み進んだ。

私には不可思議な経験はないし、
その前提である「悲しみ」もない。

だけど・・・なんとなくわかる。
そんな感じ。

また、昔、速記者になりたいと思ったこともあり、
さらに、仕事をしているときに、逆に速記者が職場に尋ねてくることもあったり。
なぜか似た部分があると思いつつ。そうでもないか。

私の指は太いし、Yのような魅力は無いし、などと「ないものねだり」までした、
ある、けだるい昼下がり。

主人公の記憶に残っていることは、願いなのか、彼によって書き出される事柄は終わって欲しくない、失いたくないものなのか。

2004/06 54

内容(「BOOK」データベースより) 

耳を病んだわたしの前にある日現れた速記者Y。その特別な指に惹かれたわたしが彼に求めたものは…。記憶の世界と現実の危ういはざまを行き来する。幻想的でロマンティックな長篇。瑞々しさと完成された美をあわせ持つ初期の傑作。

|

« 今日の空 | トップページ | 『ことり』小川洋子 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 今日の空 | トップページ | 『ことり』小川洋子 »