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2013年9月29日 (日)

『秋田の行事』 藤田嗣治

何かとするべきことに飲み込まれて
はや9月も終わってしまいます。
涼しくなった中、転寝で風邪もひきました。のどが痛いです。

       *

テレビの吉永小百合さんのJRのCMでふときこえてきた。

藤田嗣治さんの「秋田の行事」を、秋田に見に行く旅、と言うことだった。

そして、それを見に行ったときのことが
昨日のように(?)(なんと言い古されたことばであることか。)
(しかし、そんな風にはっきりと、今でも思い出せるのだ。)

その時のブログはこちら

今調べてみると
あの千秋公園内にあった「秋田県立美術館 平野政吉美術館)」が
移転したらしい。
平成25年9月28日本オープンとあった。まさに昨日!

反対運動もあったようだが、
新しい県立美術館になったという。

以前の美術館では大作「秋田の行事」の展示には、藤田の指示により自然光を採光した礼拝堂のような空間が志向された、とあった。

私がそこを訪れたのは、フキノトウ真っ盛り、角館のシダレザクラにはもう少しの4月だった。

連れが仕事の合間に、1人でこの絵を見に出かけたのだ。

ひろーい部屋には、なぜか
人はほとんど居ず、広い空間だったせいもあるだろうが、
圧倒されて
そこにいた人も静かに静かに息をのんで
鑑賞していた。

近づいたり、
遠ざかったり、高いところから眺めたりして十分にその空気に接した。

少し湾曲して、中央から見やすくされた絵画。
まっすぐからと、一階上のバルコニーからも全体を望める形式だった。

フジタの思った通りの表示方法で、ゆったりと
その部屋にあった。

      *     *

そして
そこで、私は確かに聞いた

人々のざわめき
冬のそりの音や
にぎやかな秋祭りの笛や太鼓の音・・・

1937(昭和12)年3月に完成した壁画《秋田の行事》は、縦3.65m、横20.5mだ。
その大壁画には、藤田が愛した日本の原風景ともいえる当時の秋田が色彩豊かに描かれているのだ。

ネットを見ていると、
藤田は僅か15日間、合計174時間で書き上げた。藤田は用意していた絵具から紫の絵具1個と白のビン2個を残しただけだったと言う。

 「秋田の行事」は、平野政吉と藤田嗣治が構想した美術館の壁を飾る壁画として描かれたものだ。その後、平野政吉は苦難の末、30年の歳月を経て、1967年(昭和42年)5月5日に念願の美術館を完成させた。

藤田嗣治と平野政吉の理念、構想が生かされている建物という。

「秋田の行事」は、藤田の指示により、床から6尺(約1.8メートル)の位置に据えられ、両端が少しずつ迫り出して据えれて展示されている。」ともあった。

その絵のために立てられた美術館を
どういう理由で変えられたのかはわからないが、
新しい空間になじんでいるのだろうか、いつか見てみたい。

平野氏もどこでどのように思っているでしょうか。
十分にその意志が伝わっているのか、大事にされているのか、
私には何もわからないけれど、
ともに芸術を追及していった人のこころを大事にすることは
後世の人の使命でもあると思いました。

*「最後の晩餐」を見に行ったとき、その制限の厳しさから、どれだけ大事に扱われているかを感じた。

 

絵の大きさは行ってみないとわからないだろう。
小百合さんのCMでこれから人は増えるかもしれない。

戸隠神社もそれで(?)増えたらしいから。

どちらも一足先に行っておいてよかった・・・・

芸術の秋ですなぁ。

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