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2013年5月の34件の記事

2013年5月31日 (金)

「しゃべれどもしゃべれども」

 以前に見たいと思っていた映画だ。2007年5月初公開のものを、先日BSで見た。

ずっと以前に読んだ本(そのブログ

ちょうど映画化されたあたりに読んだことになる。

「ゆず」の主題歌が気持ち良い。

国分君演じる芽が出ない落語家も

明るく前を向き努力する。

結論から言うと、みんなよく頑張っているなあという感じ。

八千草薫さんもすてき。伊東四郎さんも、さすがである。

子役の男の子もとても頑張って、いる。

本を読んでいるときにも既に映画の話は知っていた。

だから、主人公に彼を重ねて読んではいたが、

映画になったのを見て

そうか、こうなのか、とうすぼんやりと思ったのだった。

何しろ
読んだのは2007年8月で、私にしては、
忘れて当然というほどの昔になる。

丁寧に作られているという感じがある。

それぞれの事情を抱えながら、三つ葉のもと、話し方教室に通う3人の生徒たち。落語を通して殻を破ろうと悪戦苦闘するのだ。

落語を通して
人々のコミュニケーションについて考えていく。

いまを生きる我々にはコミュニケーションが大切である。

彼らを教えることで、主人公も自分に足りない部分に気がつき、芸に目覚めていく。その様子を丁寧に描いているので、当然の結末になるかと思いきや物語のようなホットする結末には必ずしもならない。

そのまま、でも、いい方向へは続いていくのだ。

前に述べたが、役者たちが皆好演している。
落語の「火焔太鼓」は、素晴らしかったし、本物の噺家のようにさえ見えるし、周りを支える人たちが映画の中で生きているのが素敵だ。

そして私は
こうして毎日生きているし、
どこかで、だれかに、なんとなく、絶え間なく
「しゃべれども」を、無駄に繰り返しているわけ。

何か新しい発見はないか、
面白いことはないか、
人と心のつながりが持てるか、と。

いいじゃない、ほとんど片道通行でも。

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2013年5月30日 (木)

テレビ「プロフェッショナル」と「仏像拝観の手引き」

楽しみにしていた、「趣味・仏像拝観の手引き」が終わった。

それはともかく、なんで私が「はいかん」と打つと「配管」と出るのか、「拝観」ではなく。
危く見逃すところだった。
しかし、こんなところでも私はおかしみを感じて、思わずひとり笑い、誰かが帰ってきたときに覚えていたら話すのだ、と思う。「あのさぁ・・・」で、「なにさ?」

最終回は総集編。これまでの8回で拝観した仏像を地域ごとにまとめ、一気にご覧いただく。これから仏像巡りに出るときに参考にしてみては? ▽みちのくのほとけさま=慈恩寺(山形県寒河江市)、恵隆寺「立木観音」(福島県会津坂下町)▽滋賀県・湖北地方の十一面観音めぐり=石道寺(長浜市)、大平観音堂「円空作十一面観音像」(米原市)▽京都・東寺 講堂の「立体曼荼羅」仏像群▽大分県国東半島の石仏=熊野磨崖仏 ほか」 HPより

どれも興味があったが
何より嬉しく、親近感がわいたのは
熊野の磨崖仏(その時のブログ 」篠原ともえさんがひゃーっといったあの階段。私が言うのは無理ないですよね。

やっとそこへ届いた私も迎えられた時のことは忘れない。

そして、同じ空間を共有できた気持ちはかなりの満足感になる。

また、東寺の立体曼荼羅の「帝釈天」の相変わらずのハンサムなことよ。

そしてその前日見たプロフェッショナル「命の色で、糸を染める
染色家 志村ふくみさん 人間国宝

草木染めで色糸を染め、紬織りの着物を織る。そのたぐいまれな技で、志村は重要無形文化財、人間国宝に認定されている。藍や紅花、クチナシなど、さまざまな植物を用いて多彩な色を生み出す。草木染めは、植物を煮出す温度や時間、さらには媒染液の種類などによって、現れる色は大きく異なる。志村は経験と技術を駆使し、その植物が持つ最高の色を染めるよう常に心がけている。」

「糸に変身する色は、死と再生があってこそ生きる。ただ採ってきて染めたではないんです。本当に大切ないのちを頂いているという意識がなければ、草木染めはやってはいけないことなんです。」HPより

志村さんの名前を知ったのはかなり前になる。
その後、知らずに出かけた都内の美術館か何かで、実際の展示を見た。
それも20年以上前。

展示の記憶はおぼろげながら、
会場から出てきた時の、空の青さがとても印象に残っている。
淡い色の着物があったような。個人展ではなかったかもしれない。

テレビで今のお姿を拝見して、とても美しいと思った。輝いていた。
新しく学校を始めたという。

藍の瓶が死ぬとき、最後にとても美しい色を出すのだという。
「瓶のぞき」の色。

そういう生と死をいつも身を以て感じているからこそ、美しい色が出せるのだろうと思った。

「あぁもう終わりね、」そういって見届けるのだ。

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2013年5月29日 (水)

ジューンベリー ジャム完成!

6002日曜日に採取してきたジューンベリーの実
1キロ以上はある。

さて、ここから
つくり方を研究する。ジャムを作るのだ。

まず一つ一つの実についている枝を切り取る。
(のんびりやっているわたしを見かねて出張前に手伝う夫、)

そこからは私の出番

ジューンベリーには小さな種がある。
ブルーベリーより気になる。

小さいけれど、舌に触って、やはり気になる。
濾そうと思った。

煮て、柔らかくしてから、ミキサーに入れてつぶす。※1

それを濾そうと思ったが、濾すザル(?)が見当たらない。
みそこしで(みつこしではない。)濾していく。少しずつ。※2

結構皮と種が残る。そのたびに洗っていたものだから、一緒に裏についていた本物(?)まで洗ってしまう。
(やはり一度にできる方が無駄はないな。)※3

それから
味見をしたら、やはりレモン汁があったほうがいいと思い、
翌日医者に行った後買い物に寄る。

取っておいたはずの空き瓶を探し、煮沸消毒する。

それから煮詰めたジャムを一つ一つに入れていく。
そこでも結構こぼす。
あっちこっちがジャムだらけ。※4

それから詰めた瓶を湯煎する。100度で、20分以上

ここまではうまくいったのだが、
ネットに逆さにして冷ますとあったので、そうしていたら
よく見ると一つの瓶からジャムがぷくぷくあふれている。※5

ふたを閉めなおしても、また・・・
これは密閉されていないのだね。

仕方ない、これから食べよう。

7007ジューンベリーを植えた息子2にも取っておいてあげたいが、
母と妹にも持っていきたい。

来年はもっと取れるといいなあ。
こんな小さなことで、悩まなくてもいいように。
あそこで、こぼしたとか・・・(※しるしは、気になるその無駄にしてしまった場面、手が震えるのもあって、うまく入れられないのだ。)

次は、コツはもうわかったから、大丈夫。

で、奮闘の結果、なんとかできました。
ジューンベリーのジャム。

実はお鍋についているジャムで「集まれ~」して(ここにも結構残ってた。)
ヨーグルトを食べました。おいしかったです。

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2013年5月28日 (火)

食糧支援??

3002息子から

冷凍食品の山が届いた。

少し前のことである。

たまに届く
ネットのお買いものツァー

今回もさらにパワーアップして大量である。

3005「他に何かいるものある?」
「いくらはいくら?」なんて言いながら、

いくらのしょうゆ漬けも入っていた。

凍ったまま、小分けして、冷凍庫で保存。

すぐ溶けるので便利だ。

他に
LLサイズの牡蠣が4キロ
唐あげ2キロ、ウィンナ1キロ,辛子明太子
鮭 などなど。

冷凍庫を空けてお待ちいたしておりました。

どれもおいしかったです。
まだいっぱい残っています。

3003別便で「おばあちゃんと分けるように」と、前にも送ってくれた小魚2種500グラムずつ。
カルシウムは大切です。

母がプルーンを食べているのを見て、
息子いわく
「おばあちゃんのおやつの中で唯一健康的なのはこのプルーンだね。」

母も褒められて(決してほめられてはいない)
喜んでいました。
他にも良くないものをたくさん食べています。甘いものとか、もちろん私も。

そんな食生活を心配して
いろいろ送ってくれるのです。有難い!しかし・・・

逆じゃろがーっ!(反省!)

今度帰ってくるときに
また美味しいカキフライを作る所存でございます。

ごちそうさまでしたーっ!

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2013年5月27日 (月)

オープンガーデンとジューンベリー

6006きのう日曜日二人で実家に行った。
いろいろと用事がある。

おベントなどを買い、ドラッグストアにも買い物に行く。

今日は大きな荷物が届くので、受け取る場に立ち会うのだ。

で、「今日はお昼は私が持ちましょう。」と母。
「そうですか。ではこのお団子は私が・・・」
「どうもどうも」と母。

で、お昼を食べるときに「では、ごちそうになります。」と我々。
お団子を食べるときに、母が「お団子はそちらのお土産だから、いただきます、って言わなきゃね。」と澄ました会話。
で、大笑い。

6009_2601060116024ドラッグストアから帰ってきた夫が
通り道の家のバラがきれいだった、というので、帰り際に見に行く。6013
オープンガーデン
をしていた。

6014前々から垣根のバラが見事とは思っていたが、
ご挨拶をして,中も見せていただく。
6015もうすごいとしか言いようがない。

家からすぐのお宅で、
我が実家とは大違いの優雅なオープンガーデン。

でも
こんなに咲かせるのは
どんなに大変だろうか。

6018
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色とりどり
バラも何十種類、クレマチスは70種類以上あるという。

6020ロベリア、ペンタス、カンパニュラ、ブルースター、トケイソウ・・・

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幸せな時間でした。
本当にどうもありがとうございます。


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6001実家ではジューンベリーも取り頃でした。(その花のブログ
ザルいっぱい取れました。
いつもは鳥に食べられてしまうが、
どうやら鳥さんに先んじた模様。

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2013年5月26日 (日)

ゴーヤときゅうり その②

先日

プランターに植えたゴーヤときゅうりの苗
あれから2週間

ブログに書いたように、きゅうりの一本が、残念なことに接いだところから折れてしまいましたが、

500450034.5日前から、折れてしまった先から、緑の芽が出だし、

今は二つ葉っぱが出てきています。

ねっ、偉いですねえ。信じていれば出てきたね。

この先どうなるかはわからないけれど

そっと見守っていきましょう。

5006

ゴーヤはある程度私の管理下なので

夫の出張中にも、

棒を立て、芯を止め

緑のカーテン用に繁茂させようと思っています。

ゴーヤ料理も
今度は私も作ろうと…
沖縄で本場のを食べてきたので。

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2013年5月25日 (土)

『流星ワゴン』重松 清 *

間違えて早起きしました。6時前。

久しぶりにリクエストではなく、図書館で本を探した。
前日にメモしていったが、そういう本があるはずもなく・・・

「流星ワゴン」だけあった。
少し前に話題になっていた本。
遅まきながら・・・

書き出しから、
すーっと読み始められ、二晩で読んだ。

「いつもの重松ワールド」と思いつつも、そこに、はまる。

どうしようもない悲しい話のようだが、
トンネルの向こうに明るい光が見える。

読後感は良かった。

結局は
自分の気持ちなのだなぁ。

何もかも放棄して死んでしまいたいと思っていた主人公
(本当にどうしようもないように見えたのだ。最初は)

父と息子の関係
自分も息子であり、父であった。
夢の中で、心を交わせなかった父や息子ときちんと話していく主人公。

妻との関係は不思議。

この先はどうなっていくのか。

誰にでも「大切な場所、大切な瞬間」がある。
そこが人生のポイントだと後からわかる。

   
この小説の設定は、最初から荒唐無稽。
死んだ人がワゴン車を運転し、主人公たちと会話する。
車は過去と現在とを自由に往来し、死に瀕している父親が主人公と同年齢で登場し、一緒に時を過ごしたりもするのだ。

また、この車に乗っている死んでしまった親子も応援したいと思うほど、いじらしく、いい人なのだ。

   過去にさかのぼるたびに、主人公は妻や息子がつまづいてしまったきっかけを知る。自分の知らなかった事実。あのとき言えなかった言葉。出来なかったこと。
小説の非現実的な設定のなかで、その現実はいかにもありそうでなさそうで。

  そこで主人公は、 後悔を取り返すべく、いろいろ頑張るが、そうは変わらない。
しかし最後は「死にたがっていた男」は、自分の置かれた現実をしっかりと見つめ、生きていこうとする。

僕たちはここから始めるしかない」という言葉を胸に刻み。

死ぬ気になったら、何でもできる、という感じだ。
主人公を応援したい。

どうなるのか知りたくて、読み進んで、安心した。2002,2 ( 34)

内容紹介

死んじゃってもいいかなあ、もう……。38歳・秋。その夜、僕は、5年前に交通事故死した父子の乗る不思議なワゴンに拾われた。そして――自分と同い歳の父親に出逢った。時空を超えてワゴンがめぐる、人生の岐路になった場所への旅。やり直しは、叶えられるのか――? 「本の雑誌」年間ベスト1に輝いた傑作。

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2013年5月24日 (金)

『週末の鬱金香』 田辺聖子とチューリップ  *

P5031700今日は5月らしい爽やかな天気ですね。

「鬱金香」で「チューリップ」
表紙の赤い文字に小さく仮名がふってある。
おしゃれな、ベルナール・カトランの赤い花の絵の表紙。読んだのは文庫本ではありませんでしたのでよけいです。。

大人の静かな恋の短編集であった。

どれもひっそりと、はかなげ、
でもしっかりと根を張って生きている女性の話

田辺聖子さんの本にはあまりご縁がなかったが・・・

どうもNHKの朝ドラからの思い込みがあったようだ。
なかなか素敵であった。

「音匣」を「オルゴール」,「香雪蘭」を「フリージア」,「卯月鳥」を「ほととぎす」,「篝火草」を「シクラメン」,「鬱金香」を「チューリップ

P5031688P5031705P5031689P5031691P5031715P5031729ちょうど連休に安曇野のチューリップそのブログはこちら)を見た後だったので、
思わず借りてみたが、これから思わぬ御縁になるかな。

P5031718皆さん、どうぞ幸せになってください、そんな気分になる。33冊目

私のチューリップの思い出をもう一度。

内容(「BOOK」データベースより) 

すがすがしくて甘くせつなく、淋しい香りが匂い立った―。若くても老いても、仕事を持ってしっとりと、ひとりで生きている女たちに訪れた恋の日々。出会いをかさね、やがて、心がやわらかくなだれ落ちるときがくる。夢のゆくえにあるものは、幸せの囁きだろうか…。花の香りが漂う六つの愛の物語。 

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2013年5月23日 (木)

実家での4日間で…

土曜日から実家に行っていたわたし。 

やっと。である。

沖縄のお土産から炊き込みご飯、蓮根のきんぴら用の材料まで。
(つくる暇がなかったので)。
いろいろ持っていった。

40044005母はご飯を炊いて待っていてくれた。
私の仕事の都合で、お昼に行けるかわからない、と言っていたのに
母は昼に来ると思っていたようだ。

4006


4003沖縄のお土産を近所のおばさんに持っていったら
後で夕食用の買い出しに行くから
持ってきてくれるという。かえって申し訳なかった。

彼女の買い出しはものすごいのだ。
タクシーでデパートに行き、山盛り買い付けてくる。

今回は私の分まであったから
ものすごい量

とても食べきれない。
でも食べた。
一日かけて。

4010401340144018今回は繁蔵の豆腐屋がメインのようだ。

4019半生カステラ
かりんとうまんじゅう

豆乳チーズケーキ

これは、ふんわりして豆乳っぽくなくて美味しかった。

豆腐屋さんだけど、買ってきてくれたのは、豆腐はなく、いなりずしやスィーツだった。

4016それにアンデルセンのサンドィッチ二人前

食べきれないよー
でも、食べ切った。

40214024最後は妹と三人で
完熟マンゴーを。

おばさん
どうも御馳走様!!

4002母の庭には
前に青紫の一発(いちはつ)が咲いていたところに、(おかしいなぁ、いつからこうなったんだろう。いちはつのブログ 誠にありがたい。ブログである)
黄色の「かきつばた?」「アヤメ?」

初夏っぽくもなり、
少しずつ草むら化しそうな気配です。

この4日間の爆食で私の体重はまたも…不安だぁ

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2013年5月22日 (水)

『ソフト・ターゲット』 上下 スティーヴン・ハンター

 土曜日から昨日(火曜)まで、母のところに行ってきました。
昨日午後は母と妹と3人でお寿司やスィーツを食べ、いろいろしゃべり倒し、にぎやかに過ごし、帰りは妹に送ってもらって帰ってきました。
また行きますね。今日は静かな一日を過ごしていることでしょう。

久しぶりのスティーヴン・ハンター
懐かしい。「極大射程」は印象に残っている。

上下2冊であるが、
筋立てとしては先が読める。
ひたすら、前に向かって突き進んでいく。

だから、そんなにプロットも込み合ってはいない。

読み終えると
それは、まさに「ダイハード」のよう
わかりやすいアクションもの。

超悪玉としての、間違った栄光を望む若者が
犯罪を企む、どういう気持ちなのか、
もう少しわかるとよかったかな。

警察、FBIの仕組み、セキュリティの仕組みも
いろいろあって、わかりにくかったかもしれない。

でも
流れは単純明快

「極大射程の主人公、ボブ・リー・スワガーの息子であるレイは、スナイパーの血脈を受け継ぐ男として、目の前の事態に対処することを決意し、行動を開始する。海兵隊退役一等軍曹レイ・クルーズ。新しいヒーローの誕生。」

作者は拳銃が趣味という。ふーっむ、そうなのか、そうかもね。
 

2012,12刊  31,32

内容(「BOOK」データベースより)

感謝祭明けの金曜日午後。ミネソタ州郊外の巨大ショッピングモール“アメリカ・ザ・モール”がテロリストに襲われた。まずサンタクロースに扮した男が射殺。続いて、銃声が立て続けに轟き、モールを訪れていた客がパニックに陥った。直後、モールのセキュリティ・システムがテロリストに乗っ取られ、モールの内外を結ぶ有線回路は全て遮断された。連絡手段は携帯電話と無線機のみとなる。その現場に、たまたま、レイ・クルーズとフィアンセのモリー・チェンが買い物客として訪れていた…。

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2013年5月20日 (月)

五月晴れの日に・・・

少し前に、古い友人が
五月晴れの中の風景を切り取って送ってくれました。

素敵な写真です。

Img_1616タンポポの種Img_1645

つつじImg_1677

八重桜かと思ったら
ピンクの葉っぱだった。

黄緑色とで美しい。
いかにも春らしい。

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『青い鳥』 重松清 *

偶然手にした本。

中学校にやってきた臨時の先生が去っていくときには何かを残していく、話。

全体を通して
いじめ、仲間外れのさまざまな事情への取り組みがある。

学校の中で仲間外れにされた生徒
先生は「一人ぼっちだから嘘をつくのだ」といい、「小さいときに下の名前で呼ばれない分さびしいのだ」ともいう。

それぞれの事情が語られていく。

先生のゆっくりした語り口で、優しく。

村内先生はうまく話せない、だから「大切なこと」しか言わない。
うまく話せないが故に伝えることが出来ると思っている。
それは「そばにいること」「ひとりぼっちじゃないと伝えること」。

ひとりぼっちが二人いれば、それはもう、
ひとりぼっちじゃないんじゃないかって先生は思うんだよなぁ。
先生は、ひとりぼっちの。子の。そばにいる、もう1人の、ひとりぼっちになりたいんだ。だから、先生は、先生をやってるんだ
」という言葉

「間に合った!」
先生はある意味使命を帯びたスーパーマンなのかも?
だってその学校で、一人を救ったら、別の学校に行くのだから。

最後の「カッコウの卵」では先生に出会ってから
7年たった22歳の俺が言う。

「授業よりも大事なことがあるから」
そばにいるんだ」
「先生はそばにいてくれる」

ごく一般的な、普通の子に寄り添うのではない。
何か困っている子のそばにいて、悩みを受け止めてくれるのだ。

最初、なんだかつらい内容だなと思いつつ、しかし読むのをやめられない。
最後には一人ぽっちの子のこころを掬ってくれるから、
わたしもまた安心して次へ進める。

重松さん特有の話ではあるけれど、そして少し暗めだけれど、
でも救われる話だ。

読んだ後まで心から湧き上がってくる気持ち。
最後の「カッコウの卵」でまた救われる。

罪になってもならなくても、したことを忘れないでいることが責任だ。自分のためにそのことを忘れるな。

確かに、そう思う。ただ単に下を向いているのでもない。

「本気で言ったことは本気で聞かないといけない、」
「嫌うから、大勢だからいじめになるのではなく、人を踏みにじって苦しめようと思うこと、苦しめていることに気づかずに、苦しくて叫んでいる声を聞こうとしないことがいじめなんだ。」

その苦しみに気づかないほど相手を軽くしか見ておらず、相手を踏みにじった」というのです。

また「そういうことをしてしまった時、責任として、忘れてはいけない、」とも言います。
そういう友達とまた会ったとき、今度はその声が聞こえるように。

つまり、一度犯してしまった過ちを忘れないで生きていくことで、
同じことをしない、それが責任だというのです。

一つ一つ心にすっと入ってくる言葉たちが並びます。
未読でしたらお奨め。。

本気の声を正しく皆が聞くこと。
本気の声を本気で聞いた
その先に、生きていく道筋が見えてくる。

人は皆過ちを犯す、その過ちにどう向き合っていけばいいのか、が問題なのです。
村内先生はそのことを忘れるなと言います。過去の過ちをただ、ただ悔やむだけでは何にもならない。
しかし、忘れてしまえば、また過ちが繰り返されるのだ。過度の自責も忘却も、つまりは、正しく過ちと向き合えない弱さ・心の不足がそうさせるのだということだ。

先日たまたま、BSでこの映画を見ました。
表題の「青い鳥」を題材にしています。
丁寧に原作に従っていると思いました。先生役の阿部寛 が好演です。

過ちを犯す弱さを受け入れられる強さが、過ちと向き合えない弱さを超えて行くとき人は皆互いを大切にし、共に生きていけるのだろう。

自分の犯した過ちを忘れず、自分自身の責任として引き受け続け、その上で自分の人生を歩んでいく。
つまり犯してしまった過ちを、自分の中に学びとして受け入れて活かしていく。
それが自分が生きることの一つの大事な道なのではないかと思う。

最近のいろいろな世の中の状況とも重ね合って、責任の取り方やその後の進み方など考えていました。

いじめとは人と人とのことではあるけれど、それが大きくなると、地域・国・人種など自分と違うものに持ちえるものだとも思います。

重松さんに「いじめ」について、自分と同類ではないものとの向き合い方を教えられた気がします。30冊目

最初顔がはっきりしなかった先生の物語が、このブログをまとめるときにはすっかり阿部ちゃんの声と顔で残っている。後半は映画を見てから、なので。

 長くてすみません。頭が回らないぞ。予定投稿ナリ。

2007,07 

内容紹介
村内先生は、中学の非常勤講師。国語の先生なのに、言葉がつっかえてうまく話せない。でも先生には、授業よりももっと、大事な仕事があるんだ。いじめの加害者になってしまった生徒、父親の自殺に苦しむ生徒、気持ちを伝えられずに抱え込む生徒、家庭を知らずに育った生徒──後悔、責任、そして希望。ひとりぼっちの心にそっと寄り添い、本当にたいせつなことは何かを教えてくれる物語

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2013年5月18日 (土)

スイカとトウモロコシとべこ餅

103出かけていた時のブログの整理に追われ、
(誰も追いかけてきてはいなかった・・・)
埋もれていた頂き物、お土産たちです。

九州からのスイカ。
甘くておいしい。
ありがとうございます。

1002こちらはトウモロコシ
息子がトウモロコシをもらってきた。
会社の誰かの故郷からのものらしい。

九州の宮崎から。

早速一本、もちもちして甘い。

また新種かもしれないね。

そしてもう一つ べこ餅

我々が信州に行っていた連休中(ね、ずいぶん前でしょ。)
北海道に出かけていた息子のお土産の一つ

1015「北海道から東北地方の一部で、5月の端午の節句に食べられる。他の地方における柏餅のような位置づけの祝い菓子である。」

「砂糖と白玉粉による白色の生地と、黒砂糖と白玉粉による黒色の生地を作る。二色の生地を用い、白黒のツートンカラーの餅を作り、それを木の葉型に整える。」

よく見ると、葉っぱの形に作られている。

「べこ」とは牛のことというが、出来上がりは葉っぱ。
見た目のツートンカラーからそう呼ばれているのだろうか。緑のものと茶色のツートンがあった。食べてしまって既に無し。

016東北のものはさらに進化して、
巻きずしや金太郎あめのように細長く蒲鉾型に作って
輪切りにしたものになっているらしい。

我々も、今年もオンシーズンには、毎日のように柏餅を食べていたが、それと同じようなものという。

私は始めて見た。だけじゃなく、食べた。
食感はねっとりとして、うぃろうのよう?

餡入りの方が私はいいなぁ。
すみません、贅沢でした。ぺこ!

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2013年5月17日 (金)

沖縄から帰って…⑩

 

307息子たちとの旅行はいつもぎゅうぎゅう詰めの旅です。
みんな忙しいですから。

 

でもそれだけ
疲れるけれど、楽しい。

 

昔から、誰もいかないようなところでも、
みんなでわーキャー言って楽しく遊んできました。
だから面白い。

 

いろいろな組み合わせによって
いろいろな旅ができるということです。

 

帰りには
「来年はどうしようか」という話にもなりました。

 

それを楽しみに、もっと足を丈夫にしていきましょう。

 

 

 

041結局9つの沖縄の世界遺産のうち6つを回ることができたということになる。

 

2000年12月、『琉球王国のグスク及び関連遺産群』が、日本で11番目の世界遺産として文化遺産に登録されました。
1. 首里城跡  2. 園比屋武御嶽石門  3. 玉陵  4. 識名園  5. 今帰仁城跡  6. 勝連城跡 7. 座喜味城跡 8. 中城城跡 9. 斎場御嶽 の9ヶ所です。

 

 

次の日帰って娘のところに電話をしたら
「沖縄に行けてよかったね、お母さん!」と言われました。

 

そうだ、思い出しました。

 

私が倒れたその年の5月末から、
娘一家と沖縄に行く予定になっていたのです。

 

その前には今年のように、みんなとの旅行も。

 

それが頭にあったのか
病院のベッドの上でも何度も沖縄に行ったり、温泉に行ったり、
いろいろ。

 

でも、当然ですが、どこでも観光はしなかった。

 

娘たちも、「これで安心して、沖縄に行ける・・・」と言っていた。

 

 

かえった翌々日
沖縄は例年より数日遅れで梅雨入りした

ブログの整理を終えて、やっと疲れも取れた模様。

長々とお付き合いいただきまして、ありがとうございました。(おわり)

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2013年5月16日 (木)

今帰仁城跡で、帰ります。…⑨

P5122037_2P5122043入り口から
広々した緑と石のお城

P5122048

P5122056崩れそうな石垣に
白いユリの花と
朝顔、昼顔かな。

P5122069

P5122077今帰仁城なきじんぐすくなきじんじょう、別名:北山城(ほくざんじょう、ほくざんぐすく))は14世紀、琉球王国成立以前に存在した北山の国王・北山王の居城であった。

P5122078城内からは中国や東南アジアなどの陶磁器が多く出土し、往時の繁栄をうかがわせる。北山は尚巴志に1416年(応永23年・永楽14年。1422年(応永29年・永楽20年)説もある)に滅ぼされるが、北山が滅ぼされた後も旧北山統治の要所として引き続き使用され、北山監守が派遣された。1609年の薩摩藩による琉球侵略の際には、その攻撃の第一目標となった。
P5122082_2

P5122079_2





現在も石垣などの遺構の整備が進み、今帰仁城跡として1972年(昭和47年)5月15日に国の史跡に今帰仁城跡として指定される。

南北350 m、東西800 m、面積37,000 m²。県内最大級の城(グスク)として名高い。

日本100名城(98番)に選定される。」

056_2058


069


072


古い石垣と、
新しく発見された石垣の整備、

よけいな建物はなく、気持ちがいい。

073




099そのあとまた別の島に橋で渡り、
道なき道でちょっと冒険をし、
土産を買い、
323


319

空港で沖縄にしかない
A&Wのハンバーガーとルートビア

よくアメリカのミステリに出てくるルートビア
百聞は・・・である。

8時30分那覇発で10時45分羽田、
家には12時前に無事着いた。

お疲れ様でした。
私もブログまとめるの疲れたさぁ。え?誰も頼んでない?そうねえ。
自分が忘れないためであります。(①から読むのはこちら)(その後編⑩へ

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古宇利島の海と橋…⑧

308調子よく南下していきます。

陽が射してきました。一番いい場所で。

次はあの写真で有名な
古宇利大橋

古宇利島は
「面積3.13km]、周囲7.9kmでほぼ円形の形をした隆起サンゴ礁の小島である。3~4段の海岸段丘で囲まれている。」

P5122014P5122016平成17年2月8日に古宇利大橋が開通しました。
この橋は、今帰仁村の古宇利島と名護市の屋我地(やがじ)島を結ぶ長さが1960m。
無料で通行できる橋の中で長さ日本一の橋です。橋が結ばれるまで島の人は船で行き来していました。橋はほぼ直線で、橋の入り口から見る古宇利大橋はエメラルドグリーンの海の真ん中に堂々としています。」

P5122018海は澄んでとても美しい。

橋の向こうに行き、
また帰ってきた。

無料の橋が素敵な観光施設に。
往復する間
感動いっぱいだった。

P5122030P5122025P5122028

P5122029


P5122027
P5122026


P5122024



海の色はとてもきれいな、南の色をしていました。

何色ものブルーです。濃い色から薄い水色まで。

小さな島とその周りで遊んで
また一つ幸せな景色に出会え、
みんな心も晴れ晴れ。

先へ進みます。

今回の旅で最後の世界遺産です。

(⑨へ続く)

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あっ!ヤンバルクイナだーっ!…⑦

さて辺戸岬からどう帰るか。(地図の一番上の赤いところから)



右回りは道もきつそうだし・・・

でもヤンバル捜索隊としては…

じゃあここから左に曲がって、道の駅によって行こう、ということで・・・P5121972

時間も早いし、大きく回っていくことに。

よく見れば、国頭村の観光案内図にも、ヤンバルの絵があるから、
この辺に多くいるんじゃない?

279とりあえず「ヤンバル飛び出し注意」の看板を撮る。

いるかな、いないかな、たぶん出てこないと思いつつ
ゆっくりと走っていく。

途中大きなカメラを道端に置いて待ち構える数人の人も見かけた。

この辺にいるのかもね、
そうだね。

突然、夫がこの歌舞伎揚げの残り食べていいよ、
自分が勝手に開けて食べていた息子の好物だ。
食べるよ!僕のだもの。ぱくぱく
はい、ごみ袋
なんて後ろを向いていたら

あっ いたいた!」

「えーっ」

寝ていた夫まで、寝ぼけつつ、あ、ほんとだ!いたいた

写真写真・・・

カメラ用意してなかったよー

歌舞伎揚げの袋が…悔やまれる

そして、大声あげたので、行っちゃった・・・

でも、いるんだねぇ。

こんなに近くに。

満足げな我ら

ヤンバルの交通事故も多いっていうから
気をつけていこうね。

ブーン

またしばらく行った

今度は8つの目で見る。

P5121997あーっ、いたぁ

しかも車を止めるような側道のところで。

あわててカメラで撮る。

わたしのはピンボケが多い。

最初のなど焦って車内が写っていた。

こういう時に限って大きいカメラは出ていない。

車を側道にそーっと入れて
写真を撮る。静かに静かに。

P5122003ヤンバルクイナは
お食事に夢中のようだ。

しっかりとオレンジ色のくちばしも見えた。

結構長い時間いてくれた。

ヤンバルが藪に隠れてから車を出す。

やったね、ほんとにいたね。
これで写真に撮れなかったら
歌舞伎揚げを恨むところだった、と息子がいう。

そのあとももう1羽かわいいのに会えた。小さかったから子供かな。
で、3羽会えたことになる。

この辺りは
深い緑の山で、しかしそこにも環境破壊はあるそうだ。

ヤンバル注意が出たかと思うと
次は「リュウキュウヤマガメの横断注意」、「イボイモリの横断注意」、「カニ注意」何とかねずみも出るらしい。

天然記念動物にも指定されている鳥「ヤンバルクイナのとび出し注意」には十分気をつけないといけない。

注意深く静かにゆっくりと走らせた。

ヤンバルクイナの数は発見当時頃(1981年)の約2000羽から現在の約700羽へと三分の一にまで減少し、絶滅の危機に瀕しているとあった。

23年は37件の事故があったらしい。

道の駅 ゆいゆい国頭にはいろいろ展示されていて勉強になった。

ご機嫌で先へ進みます。(⑧へ続く)

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早朝、島の北端・辺戸岬へ…⑥

P51219672476時半には高速に乗って、一路北の端辺戸岬へ9時前到着。

途中の道の駅の海で見たタコノキの実。

257261253259サンゴ質の絶壁から成り、岬上は広い台地となっている。

  • 沖縄県がアメリカの統治下にあった頃、本土復帰を願って、ここからのろしを上げたという。
  • 辺戸岬と与論島との間(北緯27度の海上)で、本土との交流集会も行われていた。
  • 1972年(昭和47年)の沖縄返還にさいして建立された「日本祖国復帰闘争碑」がある。
  • P5121975  辺戸岬は沖縄が日本に復帰する前は、日本に一番近い場所で、 日本の与論島まで約22Km。 見えるほど近いが、1972年に復帰するまではその間、北緯27度が国境だったのです。
    祖国復帰を願い人々は辺戸岬の広場で集会を開き、夜には篝火を焚いて、同じように沖縄の日本復帰を願う篝火を焚く与論島の人々と呼応し合ったという話です。

    そして1972年、沖縄は日本に復帰。それを記念して立てられたのが、祖国復帰闘争碑です。
     

    この記念碑に書かれている文は、強く印象に残った。

    「全国のそして全世界の友人へ贈る。」いう表題で、
    「…しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのではなく、まして勝利を記念するためにあるのでもない。
    闘いを振り返り、大衆を信じ合い、自らの力を確かめ合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の摂理のもとに生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。」

    力強い、押さえてもなお、ほとばしり出る気持ちが強く感じられる文章であった。

    ちょうど先日4月28日に主権回復式典が行われ、それを沖縄の人が反対したというニュースを見聞きした。
    そしてその28日(1952年に発効)は沖縄にとっては日本から見捨てられた日であり、形ばかりでも沖縄に施政権が戻った5月15日(昨日だったにするべきだ、という意見があるということも読んだ。

    知っているつもりのこともいかに浅い知識だったのか、と反省し思った。

    264_4

    沖縄の北端は南端でないから・・・南に来た感じはしない、などと一瞬でも思った自分が恥ずかしかった。

    266しかし、沖縄の海は空に雲があろうとなかろうと、青く、美しかった。

    271


    高い崖の上からサンゴ礁を眺めてみると、南の海らしくきれいな色の魚たちがたくさん泳いでいるのが見えた。

    それを3人で結構長い間海を見つめていたのだった。

    次は、ヤンバルクイナを探しに行こう!(⑦へ続く)

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    玉陵から国際通りへ…⑤

    首里城から少し歩いて「玉陵(たまうどぅん)」へ。

    私がよほど疲れて見えたのか、客待ちの運転手さんが飛び上がるように喜んでくれた。残念でした。車もあります。ホテルも見えます。

    211P5111926「玉陵は、1501年、尚真王が父尚円王の遺骨を改葬するために築かれ、その後、第二尚氏王統の陵墓となりました。

    墓室は三つに分かれ、中室は洗骨前の遺骸を安置する部屋となっています。創建当初の東室は洗骨後の王と王妃、西室には、墓前の庭の玉陵碑に記されている限られた家族が葬られました。

    全体のつくりは、当時の板葺き屋根の宮殿を表した石造建造物になっています。墓域は2.442㎡。 沖縄戦で大きな被害を受けましたが、1974年から3年余りの歳月をかけ、修復工事が行われ、往時の姿を取り戻して今日に至っています。」hPより

    P5111927「第二次世界大戦末期には、日本軍総司令部に近かった玉陵は首里城と共に集中砲撃の巻き添えに会い、東室・西室が破壊されるなど大きな被害を受けた。現在見られる大部分は第二次世界大戦後に復元されたものである。」

    お墓であるからして、当然ながら
    ふしぎな厳かな空気が流れていた。

    駐車場から、
    すぐ近くのホテル日航那覇グランドキャッスルへ。

    このホテルから国際通りまでのバスがある。18時に乗れるだろう。

    いいお店が見つかるといいな。

    マキシ駅前に6時半ぐらい。

    少し歩いて、いろいろメニューのある手ごろなお店を見つけて入る。

    まずは生ビールでかんぱーい!おいしーっ!

    P5111935P5111936P5111938


    P5111942

    ゴーヤチャンブル、海ブドウ、グルクン唐あげ、スクガラス豆腐、ミミガー、ジューシーなど沖縄風のもの。

    オニオンリングタワー、本日の県産魚刺、タコのカルパッチョなどなど。

    飲み物も心置きなく。いろいろ飲んで。

    人のものもみんなのもの、で楽しく食べ、飲みました。

    あまりの嬉しさに夫は、「ここは俺が持つ!」

    みんなで、「ごちになりますっ!」

    帰りはタクシーでもいいかと思ったけれど、
    コンビニで夜食を買い、
    結局9時半のバスを待って、帰ってきました。(バス代一人片道100円宿泊者のみ。)

    P5111934おかげさまで国際通りも歩けて雰囲気を知りました。

    私はそのままお風呂に入ってばたんきゅー。

    明日も早いぞ!おー(⑥へ続く)


     

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    2013年5月15日 (水)

    首里城…④

    首里城

    沖縄と言えば「首里城」と誰もが思う。
    だから駐車場も混んでいるが、出ていく人もいるので入れた。

    朝からの御出勤で、さすがに足も体も重い。
    よちよちと進んでいく。

    「どこでキップを買うの?」
    「もっと先です。」
    P5111890守礼門を通り、結構な石垣を見ながら進む。

    「琉球は礼節を重んずる国である」という意味である。首里城は石垣と城門の多い城であるが、中でもデザイン上バランスがとれ、エレガントな雰囲気のある代表的な門がこの「守礼門」である。

    185
    園比屋武御嶽石門
    (そのひゃんうたきいしもん)

    「琉球石灰岩で造られた建造物で、国王が外出するときに安全祈願をした礼拝所である。」世界遺産

    187
    歓会門(かんかいもん)

    「首里城の城郭(じょうかく)内へ入る第一の正門で、「歓会(かんかい)」とは歓迎するという意味である。」

    P5111899「門の両側には「シーサー」という一対の石造の獅子像があるが、これは魔除けの意味で置かれている。」

    P5111901

    龍樋(りゅうひ)

    「龍樋」は、龍の口から湧水が湧き出していることからそのように名付けられた。この水は王宮の飲料水として使われていた。

    190瑞泉門(ずいせんもん)

    「瑞泉(ずいせん)」とは「立派な、めでたい泉」という意味である。門の手前右側にある湧水が「龍樋(りゅうひ)」にちなんでこのように名付けられた。」

    P5111902漏刻門

     瑞泉門から階段を登っていくと、似たような門があります。首里城第三の門、漏刻門。

    立派な石の階段をのぼり、
    「これで、もう十分首里城は見た気がする。」などと言っているうちに、キップ売り場が見えた。

    せっかくだから(?)当然だが、キップを買って入る。

    そこにはあの有名な朱塗りの正殿が見える。

    195197「広福門(こうふくもん)
    「広福(こうふく)」とは、「福を行き渡らせる」という意味である。「は別名「長御門(ながうじょう)」といい、第四の門である。建物そのものが門の機能をもっており、この形式も首里城の城門の特徴である。

    「奉神門」

    「神をうやまう門」という意味で、首里城正殿のある「御庭(うなー)」へ入る最後の門である。

    2101945年の沖縄戦で灰燼に帰した首里城は、1992年、沖縄の本土復帰20周年を記念して復元されました。
    鮮やかな朱色に彩られたその姿は、王国の歴史、文化の息吹を伝える殿堂であり、沖縄のシンボルそのものといえるでしょう。」HPより

    一周して見学できる。
    204


    正殿の中は赤くキンキラであった。

    写真も撮り放題だったが…

    この床の下に元の礎が残っていた。

    ここの世界遺産は「城跡」なのだ。

    P5111921

    何度も破壊され、形を亡くし、そのたびに再建され、
    今もなお、元の姿に戻ろうと、補修し続ける首里城

    その運命を思った。
    石壁の色の違うことよ。

    4時半近く
    もう一か所行きましょう。
    「え?うどんや?」

    (⑤へ続く)

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    世界遺産めぐり…③

    先へ行きます。
    斎場御嶽(
    せーふぁうたき)

    2000年11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコ世界遺産(文化遺産)に登録されている。

    「え、うたきってどんな滝?」などと言いながら、
    知っている人は知っている、琉球王国最高の聖地という。

    P5111857P5111846ミステリードラマ好きなら、何度も見たことがあろう。
    あの岩が重なって三画になっているところだ。

    153





    P5111843_2


    148_2



    雨はやんでいるが、
    下はぬかって滑りやすい石の道。
    丸くなった石の階段には斜めにもなって気を使う。滑らないように・・・

    パワースポットというだけに興味のある人が多いのか、中央のベストショットの場所に立ち止まって見上げている人もいる。

    それを遠巻きにしながら、
    「すみません、写真撮りたいのですが…」とでもいえばよかったのだろうけれど、じっと待って、やがてあきらめる我々。

    まあいいか。それだけ人気があるってことだ。
    私はパワーを足元に置いていたから。

    次は「識名園」同じく世界遺産180
    158入り口から奥深い感じ

    猫がお出迎えしていた。

    P5111870「中国の様式と沖縄独自の様式の折衷様式で建築されている。

    完成当時は中国皇帝からの使者(冊封使)をもてなす、現在でいう迎賓館として使われた。「勧耕台」と称する展望台があるが、海を望むことはできない。これは琉球をより大きな国に見せるためともいわれている。

    P5111864敷地内に「育徳泉(いくとくせん)」という泉が湧く。そこに生える淡水産の紅藻類「シマチスジノリ」は国の天然記念物である。

    透き通った水だった。

    「第二次世界大戦で園内のほとんどの建造物が破壊されたため、現在見られるものは復元(工期:1975~1995年)である。

    1941年、国の名勝に指定され、戦禍で壊滅後、1976年に再指定。2000年には国の特別名勝に指定され、同年12月にユネスコの世界遺産に登録。」(ウィキペディアより)

    P5111871_2P5111878171
    のんびりして、ほとんど人のいないきれいな庭だった。
    行ってよかったと思った。

    169


    次はホテルに車を置いてから、歩いて首里城に行く予定だった。


    しかし、余力の関係で
    、(私の、である。ご承知でしたか。)首里城の駐車場に入れて見学することに。

    あ~ぁ 私の足がもっと丈夫なら…
    か弱い私・・・笑うなぁ(禁止の意)

    (④へ続く)

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    2013年5月14日 (火)

    梅雨入り直前に…②

    週末は雨模様の予報も出て、
    でも大丈夫、我が晴れ一家、それでも雨なら、仕方ないさ。
    そんな感じで飛行機に乗ったのはアサイチの6時20分

    天候が悪ければ、(どうやら雷らしい)引き返すこともある、と
    言われた。

    無事那覇に着いたのが9時。
    羽田に戻らなくて、まずは良かった。

    しかし、空港を出ると雨だ。
    これから良くなる予報はあるが、雨だ。
    まあいいか。

    レンタカーを借り、
    傘も借り、まずは「道の駅いとまん」にちょっと寄っては見たがスルーの感じ。

    P5111805喜屋武岬、平和の塔…沖縄戦・悲劇の岬
    戦死した将兵と散華した住民の遺骨一万柱を奉納した「平和の塔」が建っている。

    地図で見ると、細い道。
    車では行けるのか?この雨の中を歩くのは・・・と私は言う。
    「じゃあ行けるところまで、行ってみようよ。せっかくだから。」
    「そうだね。」

    P5111803003で、細い道を行ってみたら、なんと岬に着いた。

    岬なので風も強い。
    早々に車に戻る。

    行かないつもりもあったけど、試してみてよかった。沖縄本島南端近くの岬である。

    朝早かったので、
    車には会わなかった。

    119次はひめゆりの塔
    有名史跡(?)であるからして、土産物屋の呼び込みが多い。
    116


    一番近い駐車場に入れる。
    周辺には数多くの慰霊塔や慰霊碑が散在している。
    というか、この島全島がそうなのだと感じた。

    駐車させていただいたお店でお昼

    3,4回来ている息子が説明してくれた。
    ばら肉の乗った沖縄そば 紅ショウガとコーレーグス(島唐辛子の泡盛漬け)で薬味とする。

    135平和祈念公園

    P5111833

    ・沖縄県平和祈念資料館
    悲惨な沖縄戦の実相及び教訓を後世に正しく継承するとともに、平和創造のための学習、研究及び教育の拠点施設として活用されています。 

    P5111813沖縄平和祈念堂
     「第二次世界大戦で最後の激戦地となった沖縄は、軍民合わせて約24万人余もの尊い人命を失いました。
     この悲惨な戦争を二度と繰り返さぬよう世界の人種や国家、思想や宗教のすべてを超越した“世界平和のメッカ”として昭和53年10月1日、この平和祈念堂は開堂しました。」
     
    雨上がりの靄の中白くそびえたつ堂
    P5111816P5111828平和の丘 

    広い整備されたひろーい公園。平和の礎、平和の火
    公園全体で平和を祈っている。その空気が漂う。
    P5111831


    やんだと思った雨がちらほら来て、私は早めに休憩した。
    行かなかった向こうには海があったようだ。

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    2013年5月13日 (月)

    突撃沖縄の旅…①

    昨日

    夜24時いつもの「父の日母の日記念招待旅行」から帰ってきました。
    (去年は
    こちら

    これから
    このために休みを取ってくれた息子2が信州に帰ります。

    ずっと運転していた息子とその横で助手をしていた二人に感謝です。

    3人で撮った写真を見せ合い、大騒ぎして

    寝たのは2時でした。


    これから
    写真を整理し、乗せていこうと思います。

    この旅ではヤンバルクイナを見つけました。
    嬉しかったです。

    楽しい
    ぎっちり詰まった旅でした。(②へ続く)

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    2013年5月12日 (日)

    母の日に

    世間では
    母の日とかなんとか、騒いでいる。

    それに乗るときも
    乗らないときもある。

    最近は子供たちに乗せられることの方が多い。そういうお年頃でもある。

    先日
    娘からの電話で、
    「お母さんたちその日はまた旅行でしょ。だから花はやめたから。
    美容液を送ったよ。」
    「わかった~」

    そして、昨日それは届いた。

    で、メールを出した。
    ご存知かどうかわからないけれど、私は携帯のメールは苦手だ。
    だから短い文しか書かない、書けない。

    高級・美白美容液 Cocolog_oekaki_2013_05_10_10_00

    いま届きました。ありがたく使わせていただきます。」

    私も使っていますが、いいですよ。いつもありがとう。」

    「そうですか。今度会うとき、私とわかるじゃろか。不安だ!」

    わたしもです。」
    (ここで一瞬考えた、そうか、娘も使っているから、より美人になっているということか。)

    お互い十分に気をつけて名乗り合いましょう。やまっ!」

    そしてその返事「かわっ!」と、一言。

    「よーっし!」私も一言。

    まさに期待した返事が来て、
    わたしはうふふと笑ったのでした。

    もったいないからと、使わないことだけは避けたい。

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    2013年5月11日 (土)

    グリーンカーテン、今年はいかに?

    連休の疲れがまだ少し残っていますが、
    がんばりましょう。

    101810174日に信州新町の道の駅で買ってきた「ごーや」と「きゅうり」の苗を植えました。
    もちろん私ではありませんけれど。

    1019きゅうりは何とかと言って、
    そうそう、「接ぎ木苗」を買ったのですが、一本だけ接いだところから折れてしまって、
    夫はたいそう残念がっていました。

    私と母は、
    「大丈夫よ、元の苗から出てくるから。」

    もちろんせっかくの苗で、可哀そうでもありますが、
    生き物は意外と強い、そう信じています。

    今後の成長が楽しみであります。

    1020ガーデンレタスも、元気で
    摘まみ甲斐があります。

    お水をいっぱいあげて
    がんばって育てましょう。

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    2013年5月10日 (金)

    今年も…ふき

    001002003翌六日また実家に行きました。

    1011

    実家の庭の蕗を摘んで(誰が?夫が、です。)
    こんなに山のようになりました。

    今摘まないと
    固くなるということで。

    帰ってから、頑張って茹でました。
    今度は私が・・・
    大なべに二つ。

    それから、太めのものを、
    油でいため、みそ味にしました。

    今回は煮物にはしませんでした。

    1022そして残りのは「きゃらぶき」に。
    3日かけて出来上がりました。

    今回は少し薄味かな。

    1025仕事から帰ってきた夫に、母と、妹と、隣のおじさんんのところに届けてもらいました。

    おすそ分けして
    みんなで幸せ。

    どうもありがとう。

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    2013年5月 9日 (木)

    信州新町ジンギスカンから大岡温泉…⑥

     (4日)

    271今日は信州新町でジンギスカンを食べよう、ということに、行ったことのないところに行こうかと思ったが
    ルートの関係でまた「ろうかく荘」へ。

    273開店少し前に入れたので、川沿いのテラス席に280座ることができた。

    ラッキーだった。

    おいしく食べて、さて山里へ探検に。

    ちょっと山道を行く。
    283285
    この道の先は
    昔は畑があったところのようだった。

    291


    さて、次は
    車一台ほどの幅の道路を登り、上の平展望台へ。

    広くなっていてたくさん花が咲いている。
    丘を登っていくと山の向こうには北信五岳が見えるらしいが、私は途中で断念。

    坂が急だった。
    で、こちら側のアルプスを見る。287


    ベンチに座って眺めると気持ちはいい。
    飽きずに見ている私。

    301

    302次は興禅寺
    かなりの古刹だという。1


    そう古いものではなさそうだが、立派な山門には肌艶のいい木の仁王様が二人。


    288それから、大岡甲という(甲というのが面白い、甲乙丙・・)住所にある、アルプス展望台 
    この辺りはどこにでもアルプス展望台がある。

    そして大岡温泉へ。
    初めてきた温泉だ。
    308長野市南部の標高830m程の高台にある日帰り温泉施設。

    眼下には田園風景・棚田が広がり、蓮華岳、爺ヶ岳、鹿島槍ヶ岳、五竜岳、唐松岳、白馬岳などの壮大な北アルプスの山並みも見える。
    今回は十分見てきたので、いいけれど、少し雲がかかってきてしまった。

    307_2HPを見ても、晴れていれば素晴らしい景色が見えるらしい。想像できます。
    350円

    早めに帰って
    おいしいワインとビールで
    宴会をした。

    コシアブラのてんぷらを食べた。良かったねぇ。
    親孝行の息子で。
    「おいしいおいしい、」と笑顔で食べました。)

    高速が混みそうなので、明日は早めに帰ることにした。

    ありがとうね。
    ながながと・・・御邪魔しまして。
    というわけで、5日昼ごろ、無事母のところに着く。
    少し休んで、話をして、またあした来るからね、と帰って来た。

    疲れたけど、楽しかったなぁ。

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    2013年5月 8日 (水)

    小岩嶽城跡公園、桜沢遺跡、満願寺…⑤

    2261時近くに公園を出て、途中の「小岩嶽城跡公園」に寄ります。
    先日来た穂高温泉を超えたあたり。
    細い道をどこまで進めばいいのか、車が来ないといいねと言いつつ
    走ったら、すぐあった、駐車場。

    そこに停めてあたりを見回すと、何やら門のような建築物がある。

    232安曇野に有った1583年廃城の山城の後を公園に整備したもの。

    二人は先までいったが、私は駐車場でうろちょろ。
    227


    233_2


    大きな山桜が優しい風に、残り少ない花びらをはらはらと舞落としていた。
    なかなか良かった。
    235




    237


    241


    次は道を少し外れて桜沢遺跡公園へ。
    静かな集落を越えるとひろい広場。
    駐車場もあり、そこからは広い風景が下に見える。
    ここはアルプスの裾野だから、見下ろす景色はかなり下に広がって見える。

    「縄文時代中期の初め頃(今から約5000年前)の住居跡で、この頃から松川地域に人々が集落を作っていた証です。当時の暮らしぶりを偲ばせる竪穴住居が復元されています。」

    246とてもきれいな紫の日本菫がたくさん咲いていた。

    お昼と温泉はこの先のいつものすずむし荘に行こう。

    お昼を食べて
    温泉に行ったら、受付の人が
    ボイラーが壊れてしまいまして…」と申し訳なさそうに言う。

    せっかくの連休なのに気の毒だね、と話す。

    我々は、昨日入ったから、温泉じゃなくてもいいか、
    じゃあ、もう一つお寺に行こう。

    249で、「満願寺」へ。
    725年頃聖武天皇の勅願で開創されたと伝わる<信濃高野>と呼ばれる古刹。
    「満願寺は安曇野の西山にある真言宗のお寺。
    常念岳からの水がわき出てきます。標高1000メートルにある。
    お寺の境内が極楽浄土をイメージして造られており、三途の川にかかる微妙橋という橋を渡るところから参道が始まります。

    250170段の階段を登る。
    251「参道を登ったところには、廻遊式のツツジ園が広がっています。安曇野でも一番規模の広いツツジ園で、見頃は5月末から6月初旬。約5000株のツツジが色鮮やかに咲きます。」
    ということでしたが、ここ数日の寒さで、全然咲いていませんで、桜がまだ咲いていました。

    253境内各所には湧水が流れ、“満願”という縁起の良い名前でもあり、パワースポットとしても人気があるそうです。
    260


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    257


    本堂に上る階段の前に川が流れ、古い木製の立派な橋があります。三途の川を渡るということらしいです。

    帰りは階段でなく車道をぐるっとまわりこんで歩いてきましたが、
    川の音が絶えずそばに聞こえていました。

    265

    夕日がアルプスに沈みかけ、
    安曇野の町が光っています。


    夕食は今日も豪華です。
    たくさん歩いたので、あっという間に寝ました。

    (続く)

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    2013年5月 7日 (火)

    国営アルプスあづみの公園…④

    (5月3日)アルプスと名が付けば良いってものでもないのでしょうが…

    169前の日の夕方に地元のテレビで「チューりップが盛りだ」というニュースを見て
    「ここへいこう!」と決定。

    ←入り口

    23品種、15万本のチューリップが咲き誇っているそうな。
    チューリップという花にはそれほど興味はなかったのですが、
    「意外と好きなんだ。」という意外な息子のことばに同感したのです。
    「へぇー。そうなんだ。」

    17010時過ぎ現地に着くと、かなりの車が来ている。
    天気は上々!真っ青な青空。

    雪解け水が怒涛のように流れ落ちていく。

    心はウキウキ、足取り軽く・・・
    とはいかないけど。

    息子たちに勧められて
    ハイキング用の杖を持ってきた。

    少し練習しなさいと言われ、持って出たが
    なかなか難しいが、
    階段などはいいようだ。

    「お母さんの体重を全部かけたら折れるかな。」
    なんて、まったく。

    ずいぶん前だけど、高いのを買っておいてよかった。187

    180182183どこからも
    雪の常念岳が見える。

    昨日冷えたので、
    山には雪がまた降ったらしい。
    太陽に輝いている。

    帰り道
    車いす連れの一行が
    「きれいね、来てよかったね、昨日テレビ見てよかった。」と。

    同じテレビを見たのね。195

    193
    あっちこっちで
    写真を撮りすぎ
    何がどうなのかわからなくなった。

    私は無口になって
    クリックして
    見ていただこう。

    212 

    家に帰って
    パンフを見たら
    65歳以上は
    半額の200円だった。

    買った本人(夫)には自覚なし、
    息子はシニア料金は知ってはいたが、親が65になったとは思わなかったらしい。

    まあ、少しですが
    寄付いたします。はい。


    220192_2188_2

    221198




    197


    (⑤へ続く)

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    松本アルプス公園…③

    2日、今日も二人で近間に行きます。

    139で、午後から
    松本アルプス公園へ。

    天気も良く、
    八重桜越しに
    アルプスが見えます。(それだけでご機嫌!)

    141147


    前回きたとき
    に何の木だろうと思った木がありました。

    今回通ったら「コナラ」という札がありました。

    前回、館長さんならわかるんですが、と言われたのですが、
    その館長さんらしき人を見かけたので、お話を聞くと、
    「そう、コナラです。」
    「そうではないかと思ったのですが、どんぐりがなかったので…」
    というと
    「きっと持って行ってしまったのでしょうね。人間ではなく、動物が…」
    「なーるほど・・・」

    151朝な夕に
    動物たちがカサコソ、せっせと、どんぐりを
    持って帰っていくのを想像すると楽しいですね。

    「普賢象(ふげんぞう)」 優しいピンクの桜です。160

    御衣黄、ウコン桜も咲いていました。159_2


    目の前にアルプスを見ながらのピクニックは素敵!

    見晴らしのいい椅子に座って
    休みました。

    たくさんの親子連れが楽しんでいました。

    静かで
    のどかで
    気持ちの良い
    緑の午後でした。


    166165167今日の温泉は
    近くの
    湯多里山の神

    ちょうど昨日
    5月1日から450円に値上げでした。
    (④へ)




     

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    2013年5月 6日 (月)

    松本城・旧開智学校…②

    翌日1日は
    息子はお仕事で、昼過ぎから我々は市内観光へ向かいました。

    122松本城は何度も行っていますが、
    天守閣には初挑戦。

    入り口の階段の一段一段がものすごく高く、
    よじ登るよう。
    びっくりしました。

    おまけに
    急で、大変でした。

    次と思っても、
    やはり「今が一番若い」ということですから
    次回が身が軽いはずもなく、がんばって上りました。

    120お城のお堀越しに
    北アルプスが見えてきたぞ。106_2
    月見櫓




    113足はいまだ痛いのですが、そのふくらはぎよりも太ももの方が痛く、そういう運動はしばらくしていなかったのだと痛感しました。

    帰るころには治っていましたが…

    前にものべたように、市政記念日で、いつもなら600円のところ無料ということで、得した気分。

    それから歩いて「旧開智学校」へ。134

    普通の人なら10分、私は倍。
    ここまでで精いっぱい。
    お城の近くの駐車場まで帰るのは今の私には無理で、車を取りに行ってもらった。
    127_5130

    立派な学校だった。

    さすが教育県を自負するところだと思った。135_2

    旧司祭館は表から眺めるのみ。
    前はここまで歩いてきたのだけどなぁ。(その時のブログ
    我ながら、これではいかんと思った。(③へ)

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    2013年5月 5日 (日)

    タンポポ野原…①

    4月30日 朝一番で松本へ出かけました。
    本日5月5日先ほど帰ってきました。5泊もしちゃいまして。
    当分来るなぁ、と言われそうです。了解!

    しばらく休んでから、その辺に出かけました。

    011少し行けば
    いたるところにある
    野原というか何というか・・・

    前は
    菜の花が一面に咲いていたところも
    今年はレンゲを
    蒔いたということでした。

    014013よく見ると
    野の花もきれいです。
    ナズナも
    小さいのに
    けなげに
    ちゃんと花の形をしています。

    私は
    そういう花が大好きです。

    そして
    このあたりのタンポポの大きく元気で美しいこと。

    5センチ近くもあり、
    中心からグラデーションを付けて
    黄色から薄黄色に輝いています。

    すばらしい。

    絵に描いた太陽のようです。

    022024020


    あぜ道で
    セリとのびろを採りまして…

    穂高のお風呂に行きました。

    安曇野・穂高温泉「しゃくなげ荘」400円(安い!)

    「こんにちは」
    「ようこそ。」
    「息子は何度も来ているらしいのですが、私は初めてなもので…」と夫。
    「嘘ばっかり・・・」
    「えーっ」
    「もう二度は来ているわよねぇ。」
    「え?覚えてないなぁ。」

    027028ということで、
    またまた詳しくどこに入ったか書き記しておきます。
    忘れないように。

    喧嘩のもとになりますからね。
    前回はこちらでした。

    034036038

    柏餅も
    道の駅で。
    主婦の方のお手製でおいしかったです。
    というわけで
    夕食のビールもおいしかった・・・(②)

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    2013年5月 2日 (木)

    5月1日は…

    5月1日は…
    息子は仕事に出かけたので
    午後から
    街中へ。
    まず
    松本城へ。
    駐車場のおじさんが
    今日は市政記念日でどこもただです、と。
    わーい!

    パソコンは使えるけど
    写真の保存ができなくて
    やむなく携帯から。
    帰ったら
    山ほどの写真を整理しましょう。

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    2013年5月 1日 (水)


    昨日から
    松本に来ています。
    まずやったことは
    ノビロとせりつみ
    私はそのあいだうろちょろ
    お陰様でおいしいビールがのめました。
    小さいものはお味噌に付けて…そのほかは
    甘めにしたかつお節入り味噌につけて。
    おいしかったです。
    せりは今日はお浸しかゴマ和えかな

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