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2012年12月 3日 (月)

御茶ノ水散歩…神田明神へ①

006御茶ノ水で午後3時からちょっと用事があり、それだけで行くのはもったいないということで、それに一人では不安?ということで、付き合ってもらって出かけた。

まず新宿でいつものうなぎ、柔らかくて美味しい!ごちそうさま。

007012聖橋から


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まず神田明神へ。

神田明神(かんだみょうじん)は、東京都千代田区外神田二丁目に鎮座する神社。正式名称「神田神社」。

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「権現造の社殿は大正12年(1923年)の関東大震災で焼失した。

その後、当時では珍しい鉄骨鉄筋コンクリート構造で権現造を模して再建されたことから、昭和20年(1945年)の東京大空襲では、境内に焼夷弾が落ちたにもかかわらず本殿・拝殿などは焼失を免れた。」
という。

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隨神門の様子を写そうとすると、

そこに映るのは、現代の周りのビルだ。

そういう街中でも息づく神田明神だ。023
「一ノ宮に大己貴命(オオナムチノミコト、だいこく様)、二ノ宮に少彦名命(スクナヒコナノミコト、えびす様)、三ノ宮に平将門命(タイラノマサカドノミコト、まさかど様)の3柱を祀る。」という。

であるからして、縁結び、商売繁昌、除災厄除の神様

018であるからして、サラリーマン風の若者、中年から若い女性まで、皆さん丁寧にお参りしていました。

それにつられて、その隣で思わず神妙にお参りするわれわれ。

019_2
平将門は魂になってからも数奇な人生?を送っている。

祭神としてまつられ、外され、…平将門神霊は境内摂社に遷され、戦後昭和59年(1984年)になって本社祭神に復帰したという。

021野村胡堂の代表作「銭形平次捕物控」の主人公・銭形平次が神田明神下の長屋に住居を構えていたという設定から、敷地内の本殿右手横に「銭形平次の碑」があるはず、ということで行ったが、見つけられなかった。
像ではなく碑だったから見落としたのかもしれない。

子供のころ一生懸命見ていたテレビが思い出される。

010そして、鳥居の角にある「天野屋」

江戸時代末期1846年からある

由緒ある麹を使った甘酒のお店。

昔の喧騒が聞こえるようだ。

今回はあとに予定があるので寄りません。

008この辺りの紅葉も美しい。

今頃、外苑前もきれいだろうなぁ。

思わず夢見がちになる。私の幼少時代の思い出。来年は行こうかな。

いわゆる「望郷のこころ」なるかな。(②へ続く)

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コメント

いちさん、おはよう。

明神下あたりの風情もいいですね。

銭形平次の碑は、本殿に向かって右横に建ってます。八五郎もありますよ。次にいかれたらどうぞ。

奥多摩には将門神社があったり、将門伝説がいっぱい残ってます。

将門のファンより。

投稿: 多摩散歩人 | 2012年12月 3日 (月) 09時53分

補足です。

右横は分かってるんですね。

右に回って、左手を見ると分かるはず。

投稿: 多摩散歩人 | 2012年12月 3日 (月) 10時09分

おはようございます。多摩さん
コメントありがとうございます。

そうなのですね。
右側に行って、ちょっと覗いて、ないや、いいか
って、くるり帰ってきてしまいました。

今度行ったら・・・
あの人が立っていると思っちゃった時点で
間違っていました。

都内をくまなく歩く皆さん方は
いつごろ歩かれたのでしょうか。

投稿: いち | 2012年12月 4日 (火) 08時58分

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