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2012年12月 4日 (火)

御茶ノ水散歩…②湯島聖堂とニコライ堂

027神田明神から交差点を渡ると、湯島聖堂はすぐ目の前。

(こういう風にブログに書くのがいいのは、そのためにネットなどで調べることで、知らなかったことがわかることですね。)

この一角は緑濃く、大きな木々がたくさんあります。

030029湯島聖堂は、もと上野忍ヶ岡にあった幕府儒臣・林羅山の邸内に設けられた孔子廟(先聖殿)を元禄3年(1690)、五代将軍綱吉が当地に移し、先聖殿を大成殿と改称して孔子廟の規模を拡大・整頓し、官学の府としたのが始まり。この時からこの大成殿と附属の建造物を総称して「聖堂」と呼ぶようになった。

こののち、寛政9年(1797)十一代家斉のとき規模を拡大し「昌平坂学問所」を開設、官学のとしての威容も整った。…これまで朱・緑・青・朱漆などで彩色されていたものを黒漆塗りとした。

031032現在のものは、大正12年(1923)9月1日関東大震災により、罹災、入徳門・水屋を残し全て焼失、…昭和10年(1935)に再建したものである。復興聖堂の規模結構すべて寛政9年当時の旧聖堂に拠り、木造であったものを耐震耐火のため鉄筋コンクリート造りとした。…

また、孔子を祀る祭典である釈奠(セキテン)は、江戸時代には春秋2回、現在では毎年4月の第4日曜日の午前10時より、神田神社神官により執り行っている。」HPより

土,日曜,祝日には大成殿が公開されるという。

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孔子の石像の近くに (かい 学名 とねりばはぜのき うるし科)の木があり、黄葉が見事だった。

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枝や葉が整然としているので、書道でいう楷書の語源ともなったといわれている。

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木にも地上にも、一面黄色の葉があって、きれいでした。047


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雨模様な天気に写真もうまく取れない…  昌平坂

少し雨が降ってきたので、ニコライ堂で雨宿り(?すみません)をしましょう。(200円)

日本にロシアから正教会が伝えられたのは、19世紀の後半のことです。

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少し調べてみました。

「文久元年(1861年)、日本への伝道を決意した聖ニコライが函館にやってきました。
そういえば函館にもあったな。

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ニコライは明治5年頃、東京に伝道の本拠地を移し、…めざましく発展し日本全国に正教会の種がまかれていきました。」

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「1891(明治24)年、東京の神田駿河台にビザンチン建築様式の「復活大聖堂」が建立され、ニコライの名に因んで「ニコライ堂」と呼ばれるようになりました。当時としては驚くべき大きさで荘厳なその姿は多くの人々の関心を引き寄せました。

日露戦争(1904-05)によって日本とロシアの関係が悪化し、正教会が白眼視され、ニコライが永眠し(1912)ロシア革命(1917)などもあり、日本正教会は物理的にも精神的にも孤立無援の状態となりました。

さらに続いて起こったのが、関東大震災(1923)によるニコライ堂の崩壊です。鐘楼が倒れ、ドーム屋根が崩落し、火災が起き、聖堂内部をすべて焼き尽くし、貴重な文献や多くの書籍なども焼失しましたが、募金を集め、1929(昭和4)年に東京復活大聖堂は復興しました。」

その後、世界大戦の混乱と悲劇の時代になります。

これもまた日本の歴史の動乱の中を生き抜いてきたのですね。

054Lrg_17297359「東京復活大聖堂はニコライ堂と呼ばれ、国の重要文化財です。日本の重要文化財のほとんどが木造で、石造の重要文化財のうちでは東京復活大聖堂が一番古く、これからはじまる石造の文化財の修復の最初となった。
修復がはじまるまえの準備の期間を入れるとおよそ9年が費やされて、輝けるばかりの姿となった。」とありました。

聖堂のなかは残念ながら写真撮影不可であった。

われわれは無宗教っていうかなんでもありなので、とりあえずろうそくを奉納?し手を合わせた。

見るからに優しそうな方が説明してくださった。

静かなドーム内だった。ありがとうございました。

ちなみに聖橋は昭和2年(1927年)に完成し、その名前は東京府東京市(現:東京都)が公募し、両岸に位置する2つの聖堂(湯島聖堂とニコライ堂)を結ぶことから「聖橋」と命名されたとある。なるほど…

いろいろな宗教・哲学の風が聖橋を渡って吹き渡る、この辺りはやはり学問の町と言えるのだろう。楽しい午後の散歩であった。

頭の中があっちこっちと刺激にかき回された、しかし静かな充実した午後だった。こんなデートもいいね。

ビルだらけになった御茶ノ水の、大きなビルにたどり着いて、
1時間の仕事関係のお話を聞いた。

危く眠くなりそうだったが大丈夫だった。

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