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2012年11月15日 (木)

『クローゼットの中の修道女』ドロシー・ギルマンと「おばちゃま」の思い出

1004この本もなんとなく図書館の本棚から取り上げたもの。懐かしい感じがしたので。

おばちゃまシリーズと同じ作家とは思わなかった。

キッチンにもバラが。狭いから飾るところが近い。というか自分の行動範囲に置きたい。

おばちゃま」シリーズ(ミセスポリファックスシリーズ)で有名な

ドロシー・ギルマンが書いた作品。

おばちゃまシリーズは14作品ある。

小さいころから、子供とよく図書館に行ったが、その愛読書でもあった。で、私も読んでいた。

2010年、アメリカ探偵作家クラブ 巨匠賞を受賞。よかったね。

1923年6月25日生まれ - 2012年2月2日没ということだから、

今年亡くなったのだなあ。88歳

さてこの作品の舞台はアメリカ国内

ミセスポリファックスシリーズでは世界中を駆け巡る活躍だった。

この作品では70年代、公民権運動、ウーマンリブ(懐かしい、お言葉!)が吹き荒れた時代のアメリカを描いている。

人種差別、女性差別、移住労働者の問題、ウォーターゲート事件

などの中へ

長いこと外に出ていないため、何の知識も、また偏見もない修道女が飛び出し、戦っていく。

体制批判や学生運動のその時期を彷彿とさせる。

この本は1975年に50過ぎのギルマンによって書かれているのだ。

彼女も深い関心を持っていたと思われる。

ほかの国での「おばちゃまはスパイ」シリーズに比較すると、やはり自分の国のことは異国情緒のみでは済まないのだろうかと思う。

修道女という澄んだ目を持つ人の目で

さまざまな問題を取り上げて書くことによって、

自分の国を見つめようとしているのかもしれません。

彼女の作品には「限りなく人を信じる力」があふれているとあとがきに書いてある。

どこまでも善意の人の話、性善説に基づいているようだ。

だからそれは自然に、恐ろしい話にはならず、「ちょっとしたミステリ」になっているのかもしれない。

それはあの「おばちゃまシリーズ」にも通じている。

・「昔、世界を作り終わったとき、神は人間に自分の一かけらを残したかった。

それは神の一要素であり、人が努力すれば、神に近づけることを約束するものでもあった。

神はその一かけらの隠し場所を探した。というのも、すぐに見つけられてしまったら、人間はそれを大切にしないということを神は知っていたからである。

地球で一番高い山に隠せばよい。…

地球の一番深いところに隠せばよい。…

それでは大洋の真ん中なら?…

それでは、どこに?

「私はそれをけっして手の届かないところに隠そうと思う。人間がけっして探しに来ることのないところ、人間自身の奥深くに埋めるのだ」

・「われわれは永久に引いてはまた打ち寄せる波なのだ。だからこそわれわれは生きている。とどまることはけっしてないのだ。」

57冊目

内容(「BOOK」データベースより)

アメリカのペンシルヴァニア州にある女子修道院に、ある日突然、見知らぬ人から広大な土地と屋敷が寄贈された。その事実を確かめるために旅に出たのが修道女ジョンとヒヤシンス。初めて俗世間に出たふたりが着いたところは、荒れ放題の土地と幽霊が出そうな屋敷。古びた井戸には大金が隠され、そして二階のクローゼットの中には…。 

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