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2012年4月30日 (月)

『トーキョー・ストレンジャー』 姜 尚中 24

3月16日に87歳で亡くなった評論家、吉本隆明さん。

彼の死後、さまざまな弔文が発表されている中で、

3月27日の新聞夕刊に発表された姜尚中さんの一文「大衆に寄り添うがゆえの変貌」を読み、良かったという夫が、姜さんの本を読んでみたいというので、借りてきたもの。

を、ついでに読んだ。2011年6月発行

女性誌BAILAに2007年12月号から2010年5月号まで連載されていたエッセーに加筆修正を施したものという。

であるからして、一つ一つの文は短く、そして易しく読みやすい。

「トーキョー」というカタカナ表示と、たくさん載っているモデル並みのかっこいい(?)彼の写真が満載なのには、最初違和感があった。

「トーキョー」という書き方は、彼の意識的な立ち位置なのか、それとも「誰もが現代ではストレンジャー」であるからしてなのか。

以前、彼をテレビ討論で見たとき、喧々諤々の大声が飛びかう中で

ひっそりと低い声で話し出す彼に

この人は誰?と思った。

不思議とみんなが黙り、発言に着目するのはなぜなのだろうと思っていた。

そのテレビ出演も最近はあまり見かけないがどうしたのだろう。

東京の今のさまざまな場所・ポイントを視察して、それとの思いを書くというシリーズ。

何も知らずに読んで行ったが、

これは何かの講義なのだろうか、と時々思った。

そんな風な、読み手に聞かせるような、教えるような言い回しが多々あった気がするのだ。

書いてある内容は、易しい文ではあるが、意味深いと思う。

・自分は日本人なのか、韓国人なのかーーその答えを切望しながらも、そのどちらにもなりきれず、どちらにもなじめない、そんなアンビバレントな感情を抱えていたのです。

・皆さんのなかにも、たぶん「自分探し」をしている人はいるでしょう。でも、“本当の自分”なんてないのです。あるのは、今そこにある自分だけです。だから大切なことは、まずはありのままの自分に気づくこと。そして自分の中の矛盾を抱えたまま、すべてを引き受けること。「自分探し」の旅に必要なのは、その覚悟と胆力なのです。

・この時代に生きる限り、悩むことは当然であり、むしろもっと悩んでいいのだと私は言いたいのです。

・だからよく「異文化理解」というけれど、常に「理解できないものもある」ということを前提に置くべきです。理解できないものがあって、初めて「異文化理解」が成り立つ。そのことを頭に入れておくことが大事なのです。

・ですから「私たち」とか「国民」といった非人称の主体にすべてをゆだねるのでなく、私はどう思うか、私はどう考えるか、その実感を大切にしてほしいと思います。

・大切な記憶がしまわれている場所がある人は、簡単には揺るがないし、自分を見失わない。

・流れの中に自分の定点をおくのはとても難しいことです。でも、どんなものにも 順応するけれど、決して奪われないものを自分の中に持ち続ける、そんな人生を送れたらと思っています。

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コメント

いちさん、今頃のコメントで失礼いたします。

姜尚中の「トーキョー・ストレンジャー」読みました。
そう…“ひっそりと低い声”は、自然?
モデルみたいな写真を載せる彼の演出?
素直に“自分の中の矛盾を抱えたまま、すべてを引き受けること”に同感ですが、
難しいです。 

投稿: かたつむり | 2012年5月 2日 (水) 10時07分

こんにちは
かたつむりさん

難しい?本から読まなかったせいか、
勝手に思いこんでいたものとは異なる気もしました。

「自分の中の矛盾を抱えたまま・・」
彼にとってはそれは我々よりも大きく複雑なものなのでしょうね。
そして「すべてを引き受けること」はまさに難しい。
そしてそれは、私にとっては「まあいいか」に変貌してしまいます。

投稿: いち | 2012年5月 6日 (日) 08時14分

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