« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »

2012年4月の27件の記事

2012年4月30日 (月)

『トーキョー・ストレンジャー』 姜 尚中 24

3月16日に87歳で亡くなった評論家、吉本隆明さん。

彼の死後、さまざまな弔文が発表されている中で、

3月27日の新聞夕刊に発表された姜尚中さんの一文「大衆に寄り添うがゆえの変貌」を読み、良かったという夫が、姜さんの本を読んでみたいというので、借りてきたもの。

を、ついでに読んだ。2011年6月発行

女性誌BAILAに2007年12月号から2010年5月号まで連載されていたエッセーに加筆修正を施したものという。

であるからして、一つ一つの文は短く、そして易しく読みやすい。

「トーキョー」というカタカナ表示と、たくさん載っているモデル並みのかっこいい(?)彼の写真が満載なのには、最初違和感があった。

「トーキョー」という書き方は、彼の意識的な立ち位置なのか、それとも「誰もが現代ではストレンジャー」であるからしてなのか。

以前、彼をテレビ討論で見たとき、喧々諤々の大声が飛びかう中で

ひっそりと低い声で話し出す彼に

この人は誰?と思った。

不思議とみんなが黙り、発言に着目するのはなぜなのだろうと思っていた。

そのテレビ出演も最近はあまり見かけないがどうしたのだろう。

東京の今のさまざまな場所・ポイントを視察して、それとの思いを書くというシリーズ。

何も知らずに読んで行ったが、

これは何かの講義なのだろうか、と時々思った。

そんな風な、読み手に聞かせるような、教えるような言い回しが多々あった気がするのだ。

書いてある内容は、易しい文ではあるが、意味深いと思う。

・自分は日本人なのか、韓国人なのかーーその答えを切望しながらも、そのどちらにもなりきれず、どちらにもなじめない、そんなアンビバレントな感情を抱えていたのです。

・皆さんのなかにも、たぶん「自分探し」をしている人はいるでしょう。でも、“本当の自分”なんてないのです。あるのは、今そこにある自分だけです。だから大切なことは、まずはありのままの自分に気づくこと。そして自分の中の矛盾を抱えたまま、すべてを引き受けること。「自分探し」の旅に必要なのは、その覚悟と胆力なのです。

・この時代に生きる限り、悩むことは当然であり、むしろもっと悩んでいいのだと私は言いたいのです。

・だからよく「異文化理解」というけれど、常に「理解できないものもある」ということを前提に置くべきです。理解できないものがあって、初めて「異文化理解」が成り立つ。そのことを頭に入れておくことが大事なのです。

・ですから「私たち」とか「国民」といった非人称の主体にすべてをゆだねるのでなく、私はどう思うか、私はどう考えるか、その実感を大切にしてほしいと思います。

・大切な記憶がしまわれている場所がある人は、簡単には揺るがないし、自分を見失わない。

・流れの中に自分の定点をおくのはとても難しいことです。でも、どんなものにも 順応するけれど、決して奪われないものを自分の中に持ち続ける、そんな人生を送れたらと思っています。

| | コメント (2)

2012年4月28日 (土)

宜(むべ)なるかな

「むべなるかな」

その意味は知っていた。

もっともなことだなあ。いかにもそのとおりだなあ、であると。

「なるほど」のような意味でいいのかも。

しかし、そこらへんでみんなが頷きながら

「むべなるかな、」「うべなるかな」っていうのもなあ。

そのもとになったということだけれど・・・

で、調べてみた。

むべ=うべの意味は、(名詞)もっともであること。(副詞)なるほど、本当に。

よろ(ーしい)、よろ(ーしく)とも読む。

植物の「むべ」は漢字で「郁子」と書くらしい。アケビ科のツル状の常緑性低木で、10月中旬から11月にかけて、鶏卵より少し大きいくらいの赤紫の実をつける。

そういえばあの道で見たことがあった実だ。

今はっきりと赤紫の実を思い出した。

そう、アケビに似てたんだ。別名は常盤通草(ときわあけび)。 ふむ

天智天皇が果実を食べたとき発した「むべなるかな」という一言に由来するという伝説があるという。

琵琶湖のほとりに位置する滋賀県近江八幡市の北津田町には古い伝説が残っている。蒲生野に狩りに出かけた天智天皇がこの地で、8人の男子を持つ健康な老夫婦に出会った。
 「汝ら如何(いか)に斯(か)く長寿ぞ」と尋ねたところ、夫婦はこの地で取れる珍しい果物が無病長寿の霊果であり、毎年秋にこれを食するためと答えた。

賞味した天皇は「むべなるかな」と得心して、「斯くの如き霊果は例年貢進せよ」と命じた。その伝説の舞台になった滋賀県近江八幡市北津田町では、ムベを「町おこし」のシンボルと定め、駅前などに植栽したり、果実を皇室に献上するなどの活動を続けているそうです。」HPより

途絶えていた皇室への献上も再び行われているようです。2004or3年のことらしかったので、さらに検索してみたら(便利に使っています。ネット検索)去年も行っているようで、よかったよかった。

頑張っているのだな、と思いました。

「伝説の老夫婦の親せきといわれ、長い間献上の供御人(くごにん)を担っていた家」もあったと書いてある。そういう家があるというのもすごいな。

この言い伝えを聞いて「むべ」になったのか、それとも「むべ」でござります、とか老夫婦から返事されて、ちょっとしたダジャレで答えたのか。

とにかく、先日の「何の花?お名前は?」の答えは

   
    「むべ、ムベ」 であります。

教えていただきありがとうございました。

 なるほどなぁ。

 むべなるかな! 

| | コメント (0)

2012年4月27日 (金)

文旦漬

文旦の砂糖漬け

宮崎のお土産

008e007e文旦は標準和名はザボン(朱欒、香欒)。ボンタンとも呼ばれる。

わたしは「ボンタン」と言っていた。

四国の文旦は中身がおいしいので生で、九州のはそうでもないので加工されるという。

今回はそれがお土産。

それがいいと、リクエストしたのだが。

久しぶりである。

母が噛めないからいらない、というので

買うのをやめた、という話だったが。

美味しいものなら、たくあんでも食べる母

きっと大丈夫

薄く切って食べようね。

案の定、お土産を見たら、うれしそうな顔をした。

ぱっと明るくなった顔を見て、私たちもうれしい。

昔、母たちと別府に行ったときに買った記憶がある。

母と3人で行った四国の旅行では、安くおいしい文旦(3個200円)を民家の庭先で買って、車で食べた。

車の中がみかんの香りでいっぱいになったのを覚えている。

みかん山の中を車の中までみかんの香りで一杯にして、走り抜ける車。

車の中の我々はなぜかニコニコ、笑顔いっぱいだった。

011e6箱入りの、ボンタンアメもお土産。

小さなお土産の後ろに

よみがえる旅の思い出。

っていうか,おいしいものがあったほうが、思い出も忘れにくい。

もっと言えば、美味しいものが旅の思い出に直結している私。

| | コメント (0)

2012年4月26日 (木)

『解錠師 』 スティーヴ・ハミルトン  23

010g久しぶりのスティーヴ・ハミルトンである。

お元気でしたか、という感じ。

見れば、作品は出ていたけど、邦訳されていないということらしい。

ジェットコースター的緊張、展開ではない。

残り最後、後厚さ5ミリ(?)となった深夜、

私はあと少しにもかかわらず、なのにしばし眠くなった。寝た。

ミステリーのラストにあるまじきことである。

しかしこのミステリはそういうミステリ。

眠くなるものというわけではない。

主人公は幼少時に恐ろしい事件に遭遇していて、

その影響で口がきけなくなり、そこから・・・・

鍵を開けるというその微妙な感触がかなり読み手にも伝わってくる。

自分は静寂の中で、相手だけが語り、それを聞くだけ、という設定、話す人も大変である

その中で、絵を通して語り合う愛の形も。

そして

それらを今いる牢獄から、見ているのだ。

遠く薄く見える幾重にも重なった時間空間を

一枚ずつはぎ取り、時には重なったままでみていく感じ

それらは

強烈な事件ながらも、うすぼんやりと見えているようで、

意識を失い、つまり寝てしまうということになったのだ。

最終的にはその晩に目覚めてちゃんと読んだが、

ミステリとしても、かなり心理的・内面的なものに私は感じた。

推理で犯人を追いつめる、というものとは異なる、ということだ。

個人的には彼の将来を応援したいと、思った。

彼のアレックス・マクナイトシリーズで翻訳された3冊はなぜか読んでいた。

そこから結構な年月がたっている。

氷の闇を超えて  1998年 邦訳2000年4月

・ウルフ・ムーンの夜  2000年 邦訳2001年1月

狩りの風よ吹け   2002年 邦訳2002年5月

内容紹介

【アメリカ探偵作家クラブ賞(エドガー賞)最優秀長篇賞/英国推理作家協会賞スティール・ダガー賞/バリー賞最優秀長篇賞/全米図書館協会アレックス賞】  けっして動かないよう考え抜かれた金属の部品の数々。でも、力加減さえ間違えなければ、すべてが正しい位置に並んだ瞬間に、ドアは開く。そのとき、ついにその錠が開いたとき、どんな気分か想像できるかい? 八歳の時に言葉を失ったマイク。だが彼には才能があった。絵を描くことと、どんな錠も開くことが出来る才能だ。やがて高校生となったマイクは、ひょんなことからプロの金庫破りの弟子となり芸術的な腕前を持つ解錠師になる……プロ犯罪者として非情な世界を生きる少年の光と影を描き、世界を感動させた傑作!

2009年、邦訳出版2011年12月 

| | コメント (0)

2012年4月25日 (水)

何の花?お名前は?

003e006e002e

    

遊歩道の通り道のお宅の生垣の花

赤目の隣に1メートルほどがこの垣根になっている。

白くて鈴なり
たくさんの蕾も印象的

何の花だろう。

えごのき?うつぎ?何の花?

似ている花は見たことあるが、こんなにとんがってそっくり返った花弁は・・・つぼみも細長いような、 なんだろう。また今度見に行こう。

009fで、一週間後に行ってみた。

持ち主の方がいらっしゃったら、と思ったが、怪しいものと思われてもいけないので、早々に帰ってきた。

いつか知りたい、お名前を。

011f今回はよく見てきた。花の形が3枚が二組、大き目の花びらのあいだに細いものが。花びらとは言わないかもしれない。デザインとしても素晴らしい。

どなたがお作りになったのか。

エゴノキ、白雲木、ウツギ・・・園芸種かなあ。いずれにしても、これらの花はみんなきれいだ。

009e023f


アメリカ花ミズキもそろそろです。

どちらも私の好きな

色味です。

021f二度目の時は満開だった花ミズキ

この花の名前はこちらに。

| | コメント (2)

2012年4月24日 (火)

『下町ロケット』 池井戸 潤 22

空飛ぶタイヤ」を読んでから、
待っていた本というか、
「下町ロケット」が読みたいのに何百人も待っていて、いつ読めるか、わからなくて、読書仲間にまず「空飛ぶタイヤ」を勧められたのだ。

「空飛ぶタイヤ」も非常に感動した。

そして、この「下町ロケット」をやっと昨日借りてきたのだ。

「空飛ぶタイヤ」が上下2巻だったのに対し

これは1冊なので

少し中身も薄い感じもあるが、

こちらのほうがコンパクトということもいえる。

作者はそれを狙ったのだろうか。

久しぶりの一気読み。

夜寝る前に読み始め、11時過ぎからあくびも出ることなく、3時には読み終えた。(今日は早く寝よう

最後は大事に丁寧にゆっくり味わいつつ読み終えた。
エピローグはその私の思いには少し足りなかった。

が、面白かった。

仕事はお金だけが目的でいいのか。

その上に夢、プライド
それらを乗せて、発揮できたら幸せだ。

そのために必死に頑張るとしても。

もちろんみんなそうなのだけれど、なかなかそれは難しいことかもしれない。その辺が小説の甘さなのかもしれない。

実際にはそんな幸せな人はどれほどいるのか、と考えてしまう。

夢のために、夢を追い、夢にかける。

それができるかどうか。難しいことだろう。

とにかく

主人公は自分の夢のために、美味しい話を捨てるのだ。

働くことの意味

1階が生きるためのお金
2階は自分の夢のため。

そんなことを思って夢を追いかけた男の話。

「空飛ぶタイヤ」と同じ匂い。こちらが直木賞候補だったのに対し、「下町ロケット」が受賞したのは・・・何だろう。

銀行の人が良く出てくるが、
しかもあまりイメージがよくなくて、
見れば彼は銀行出身だった。

夫にも無理やり(?)読ませたが、面白かった、との感想で、良かった。

内容紹介

第145回(平成23年度上半期) 直木賞受賞

「その特許がなければロケットは飛ばない――。
大田区の町工場が取得した最先端特許をめぐる、中小企業vs大企業の熱い戦い!
かつて研究者としてロケット開発に携わっていた佃航平は、打ち上げ失敗の責任を取って研究者の道を辞し、いまは親の跡を継いで従業員200人の小さな会社、佃製作所を経営していた。
下請けいじめ、資金繰り難――。
ご多分に洩れず中小企業の悲哀を味わいつつも、日々奮闘している佃のもとに、ある日一通の訴状が届く。
相手は、容赦無い法廷戦略を駆使し、ライバル企業を叩き潰すことで知られるナカシマ工業だ。
否応なく法廷闘争に巻き込まれる佃製作所は、社会的信用を失い、会社存亡に危機に立たされる。
そんな中、佃製作所が取得した特許技術が、日本を代表する大企業、帝国重工に大きな衝撃を与えていた――。
会社は小さくても技術は負けない――。
モノ作りに情熱を燃やし続ける男たちの矜恃と卑劣な企業戦略の息詰まるガチンコ勝負。
さらに日本を代表する大企業との特許技術(知財)を巡る駆け引きの中で、佃が見出したものは――?
夢と現実。社員と家族。かつてロケットエンジンに夢を馳せた佃の、そして男たちの意地とプライドを賭した戦いがここにある。」
 

| | コメント (0)

2012年4月23日 (月)

イペー イッペー

先日昼ごろ、宮崎に出張中の夫から弾んだ声で電話があった。

黄色のきれいな花が咲いていて、

地元の人に聞いても誰も知らないので

公園に見に来た、と。

「きれいだよ。」

ブラジル原産の「イペー」「イッペー」というらしい。

後で写真を送る、という。

120420_123702_2120420_122601_2待っている間にネットで探してみたら

あった、あった

いかにも南国らしい、きれいな黄色

太陽の光を吸い込んで輝いている。

携帯なので色が出ないと言っていたが、そんなことないよ。

沖縄にはたくさんあるらしい。
通称「イッペー通り」も。

沖縄にはノウゼンカズラも多いから。

で、南国ということで、鹿児島、宮崎などにも、あるようだ。

調べていたらこんなことが書いてあった。
120420_122901南米原産のイペーが緑化樹木として沖縄に導入されたのは、約30年前のことで、歴史はまだ新しい。
 学名はTabebuia avellanedae Lorenz ex Grisebで、桃色の花が咲く樹木で、もともとイペーといえば、この木であった。
そして同じく南米から導入されたコガネノウゼンは、学名Tabebuia chrysotricha Mart. Ex DCといい、これは鮮やかな黄色の花を咲かせる。イペーとコガネノウゼン、同じタベブイヤ属で、樹形も葉の形、花の形も似ている。花色と成木の大きさが違うのだ。
 花色は、どちらもそれぞれきれいなのだが、イペーは大木となり民間の庭では使いにくい。一方、コガネノウゼンの方は、よく見かけるのは3~5m程度のもので、さほど太くもならない。よって、民家の庭で使える。
 そういうことがあってか、沖縄での植栽量としてはコガネノウゼンの方が多く、したがって、コガネノウゼンの方が親しみが深い。そういうわけで、コガネノウゼンの方を沖縄ではイッペーと呼ぶようになった。イッペーといえば黄色の花が先ず浮かぶのである。
 そして、本家のイペーは、可哀想というか何というか、いつかしら別名「アカバナイッペー
呼ばれるようになる。」20051119_95141

まあこういうことはよくあることではあります。

英語名「Ipe

また一つ覚えたぞ。

| | コメント (0)

2012年4月22日 (日)

『永遠の出口』 森 絵都 

今日はどんより、ひんやり

これから雨になるようです。

これは一人の女の子の物語である。

森さんの優しい目線で

大人になってから、回想的に語られる。

読み終わって、

いい感じ。

自分のその時代を思いながら読んでいく。

面白かった、面白い?

そうではない。楽しい?そうではない。

なんていうのだろうか。言い難い何かが心の隅をつついて沸き起こる。

あまり突きつめて考えることもできなかった、ぼーっと過ごしていたあの頃の私。

しかしそれはそれで良くて。

本と同じではないけれど、どこかあたたかくて

しかも懐かしい。

自分のその時代、小中高校生時代と重ねてみる。

内容はもちろん同じではないけれど、自分のその頃の思い出が

森さんのこの物語に寄り添いながら、私はひそかに私だけの物語を進めていく。

小学校から高校までの生活。

私にも友達がいて、楽しいときがそこにはあった、そんなことを思い出させてくれる時間でもあった。

あのころを振り返ってみる。

みたくなる。ずいぶん昔のことだが。21冊目

内容(「BOOK」データベースより) 

「私は、“永遠”という響きにめっぽう弱い子供だった。」誕生日会をめぐる小さな事件。黒魔女のように恐ろしい担任との闘い。ぐれかかった中学時代。バイト料で買った苺のケーキ。こてんぱんにくだけちった高校での初恋…。どこにでもいる普通の少女、紀子。小学三年から高校三年までの九年間を、七十年代、八十年代のエッセンスをちりばめて描いたベストセラー。第一回本屋大賞第四位作品。

| | コメント (0)

2012年4月21日 (土)

春の中を、ちょっと、歩く

005d_2家の近くに小さな林がある。

昔は木々の根が土の上に盛り上がり、子供たちが自転車で乗り上げたりして、結構苦労していた手付かずで、しかもその面積は小さくなっていくだけの林だった。

最近「これではいかん!」と思ったのかどうなのか、
整理されて、散歩に適した小さな公園風になったと息子に勧められ、

一日おきぐらいに散歩に行こうと思っている。今日この頃。

019dその公園の奥に、あの「ニワトコ」もあったのだ。

先日行ったとき、

その途中の、今年私が好んで撮っていた「雪柳と桜」016があるが、

その反対側にこんな立派な桜が、満開になっていたのだ。

美しい。

041dのびやかな桜。
知らぬこととはいえ、失礼しました。いつも後ろを向いていて。

葉も出ているので、

山桜だろうか。

040d野イチゴも

群れをなしている。

林の中には

043d_4001d「バイモ」かな。ひっそり一本。

こぶしの木も

新緑だ。

| | コメント (0)

2012年4月20日 (金)

「ヒトリ ダマリノ ミチ ナガイ…」 

一日(?)テレビがついていた日のこと,

源氏物語の後の話である。


徹子の部屋に
安野光雅さんが出演

その中で聞いた言葉。

耳で聞いていただけだったので、しっかり入っていなかった。
後で調べてみたら、こんな風だった。

「『ヒトリ ダマリノ ミチ ナガイ フタリ ハナシノ ミチ ミジカイ』
それまでこのように美しい言葉を聞いたことがないし、これからも聞かないであろう。
 
安野光雅「私の履歴書」(日本経済新聞 2011/02/20付
 朝鮮人の老婆の語った言葉」

『戦後、朝鮮人の老婦人とバスを待っている間に、彼女が私に言った、素晴らしい言葉をここに書く。
 
ヒトリ、ダマリノミチ、ナガイ
 
フタリ、ハナシノミチ、ミジカイ
 
あの老婦人ヲ思うたび、涙が出そうになる。』

どうやら彼はこの言葉が好きで、(私も、だが)
いろいろなところに書いているらしい

テレビでは、この言葉がどういう話の流れで出てきたのかはよくわからなかった。

しかし、放送終了後、気になって調べていたら、正しい言葉がわかり(もとはと言えば、私のうろ覚えだった)、そこからいろいろ調べてみたら、こんな風にいくつか出てきたのだ。

やはり朝鮮人のおばあさんとバスを待っているときの話だった。

しっかり聞いていればよかったと思うがまあ仕方ない。

その時私はパソコンに向かって

彼の「ABCの本」の注文をしていたところだったからだ。

うれしいことにその本のカバー袖にもこの言葉が書いてあるらしい。

この本が紹介されて、
マゴッチにあげようと即思い立ったのである。

昔からあった絵本だが
英語に興味を持ち始めた子にはちょうどいいかと。

これも何かのご縁じゃ。
誕生日でも何でもないけど、珍しくも「ばあ」からプレゼントしましょう。

安野光雅さんの、その言葉への思いの深さに
徹子さんも共感してクスンと涙ぐんでいました。

テレビは「86歳 がんとともに生きる」というテーマでした。

がんと言われても
「今のところがんと思わないで生きればいい」とはお医者さんの言葉だそうです。

こうして話を聞くと
よけい彼が身近に感じられるようです。

いろいろ考えさせられる言葉でした。

その前にはBS「えん旅」の再放送が流れていた。

ラジオ代わりの、ながら族です。

布施明が行く久慈の旅、再放送らしい。

そこで人とふれあい、そこでミニコンサートをする。

今でもさすがにすごい、いい声だ。

数十年前、私もよく聞いた。

それから、昔から彼の大ファンである友のことを思い出した。

きっと今でも「ファンクラブ会員」に違いない。

懐かしく思ったが、しかしそれだけのために、電話するのはいかがなものか。

歩いていたら会うかもしれない。

その時には忘れないで聞いてみよう。

とにかく、

そのコンサートで、代表曲の一つ「霧の摩周湖」を歌ったのだ。

彼が話す。

最近はこの歌を特別な思いで歌っているのだと。

摩周湖の霧は

この三陸沖の海で生まれたのだということ。

それが最終的に行き着くところが摩周湖の霧なのだ。

地震で被災した方の御霊は

そういうことだから、摩周湖、神の湖で静かにやすんでいるのだ、と

最近はそう思って歌っているのだと。

まさにそれは去年見て感動した「摩周湖の霧「滝霧」だ。

そうだね、きっとそう。

私もそう思い、そう願う。

魂よ、安らかに… 

 

| | コメント (2)

2012年4月19日 (木)

「源氏物語 一千年の旅~2500枚の源氏絵の謎~」

今頃?と思われるかもしれないが、
昨日、偶然見たテレビである。

BSアーカイブス HV特集「源氏物語 一千年の旅~2500枚の源氏絵の謎~」

源氏物語の場面を描いた「源氏絵」が世界各地で発見されている。その数は、新発見のものも含めて2500枚に達する。天皇や公家から将軍・大名まで、時々の権力者が深い意図を持って制作させた源氏絵の数々。いったい誰が何の源氏物語目的で制作させたのか、そして何に利用しようとしたのか…?その謎を追って世界各地を巡り、千年にわたって受け継がれてきた源氏物語の魅力を紹介する。

018それほど源氏に思い込みがあるわけでも、好きなのでもないが、
先日の対談集でものべられていたように、
我が国の世界最古となる誇るべき長編小説であるからして、
その価値にはもう少し興味を持つのもいいかと思って見た。

源氏の1000年 (横浜美術館)」、テレビでみた特集「源氏物語1000年の形(新日曜美術館)」

 これらのブログを書いたのは2008年だった。その年が1000年だったのだね。

そのアーカイブスである。その当時のものであろうか。
新日曜美術館の内容とも違っていた。こういう時ブログは役に立つ。

たくさんの源氏絵の描かれたわけ、

谷崎翻訳の3回のこだわり。

さらに最近の漫画の源氏物語、これがヒットしているらしい。(「あさきゆめみし」聞いたことはある)

歴史的に翻弄された源氏物語について。

時代の罪人とまで言われたようで、
キリスト教の思想家・実践家である内村鑑三などには
「源氏物語』が日本の士気を鼓舞することのために何をしたか。何もしないばかりでなくわれわれを女らしき意気地なしになした。あのような文学はわれわれのなかから根コソギに絶やしたい…」とさえいわれたらしい。

「源氏絵」が海外に出て行ったのも、

もしかしたら自らを助けるためだったのか、とさえ思える。

2500枚もの源氏絵たちの行く末など、

面白かった。

| | コメント (0)

2012年4月18日 (水)

『マボロシの鳥』 太田 光 ⑳

2010年10月に出版された

あの爆笑問題の「太田」さんの作。

才能豊かな、できる人だなっては常々思ってた。(失礼ですが)

だから、どんな作品を書くのか、興味があった。

世界をグローバルに見て

いろいろな話に仕立てていく。

以前は

芸人と言っても、それほど身近に感じていなかったので、つまり、とっつきにくいような感じがしていたが、最近はプライベートな話もするのを見る。

映画や本やドラマの宣伝のために

話が嫌いな人もテレビに出て宣伝をする時代だ。

さて、彼の書く文はどうか。

文学から、文字から入った作者ではない、

語りという形がそのままページに乗っているところも見える。

最初は違和感があったが

次第に慣れてきて

あの太田さんの話し方で聞こえてくる。

それがいいか悪いかはわからないけれど、

最初はとっつきにくかったところも

最後には普通に読んで行けた。

内容も言いたいことも

よくわかった。と思う。

彼はロマンチストでもあった。

内容紹介

かつて読んだことのない感動の形がここにある。爆笑問題・太田光、待望の処女小説!

「どこかの誰かが、この鳥を必要としている」――誰よりも小説を愛し、誰よりも小説に愛される芸人、太田光がついに作家デビュー!
 
舞台芸人の一瞬の輝きを一羽の鳥に託した表題作ほか、
父との不和に悩む娘やイジメにあう男子高校生の葛藤から、
人類の行く末、そして神の意志までを、
持てる芸のすべてを注いで描き尽くした《希望の書》。
 
 

| | コメント (0)

2012年4月17日 (火)

ニワトコが咲いた

息子と歩いて実家まで行ったときに見つけた。
あれは3月25日だった。小さな紫のかたまり。

そのニワトコの花を見たい!

それから
数回見に行ったが、少しずつ大きくはなっていたが
つぼみ、(というかなんというか、)は、かたかった。

前回も紫色が緩んで緑になっただけの小さなつぶつぶ。

白い花がほんとに咲くの?

ほんとにニワトコなの?と疑ってみたりもした。

でも、今日はそろそろ咲いているに違いないと、
クリニックに行く前に見に行った。

私の花見検地(?)である。

林の中もいろいろ咲き出して
楽しい。

ところがぎっちょん
最初に野イチゴのところでカメラを向けたら
電池に赤信号

危ないあぶない。せっかくここまで来て、(というほど遠くはないのだが。)
何も撮らずに
ニワトコに一直線

007d038dあぁ、咲いていた。

白くて小さくて、でも真っ白ではない。遠くから見ると薄緑にも見える。

ちゃんと紫色のポチンとした模様もついている。
037d_3すごいなあ、花って。

「花冠は5裂し、直径3~5mm。薄い黄緑色でわずかに紫色に縁取られる。雌しべは紫色で柱頭は短く、先端は3つに分かれている。雄しべは5本。」HPより

庭常、接骨木と書くようだ。

漢方やハーブ、食用にもなるらしい。

見れば見るほどかわいい。

新宿御苑のブログにはこの花を「イチゴの乗ったショートケーキのようで・・・」と書いている。

| | コメント (0)

2012年4月16日 (月)

ジューンベリーが満開

003cうららかな日曜日

公園の桜 やはり青空がいい。(昨日

037c母のところへ行った。

玄関を開ける前に

目に入った真っ白なジューンベリー

以前に友だちからもらったロウバイが,今年やっと花をつけたのだが、気が付かなかった。4,5年前のことだ。

言われた時はもう花は終わっていたのだ。

010c
023cそんなこんなで、今回は

母も中から「花がきれいでしょ、」と叫んでいたが

これは言われなくても目に入る。

満開だ。

カメラを出し、

写真を撮る。

お隣の庭では花見が始まるという。

にぎやかに楽しそうな声が聞こえる。

025cロウバイの木もおいしそうな芽を吹いている。

032c大事なタラの芽もいくつかとった。

こちらは妹において行く分

春ですなぁ。

| | コメント (0)

2012年4月15日 (日)

雨の日の桜は

雨の昨日 見に行きました。

001a007a017a公園の土は

こんな模様に

携帯のバーコード(?)みたい。
桜の花びらです。

013a 

雨の日の桜は
はらはらと、静かに、

ベンチの上にも降り注ぎ

ぴんぼけなり

026a022

見上げると桜の木にもまだ桜

アスファルトの歩道にも一面に

どちらにも桜の花びら

不思議な雰囲気の雨の空間でした。

また来年!ね。

| | コメント (0)

2012年4月14日 (土)

ごぼうチップス

009昨日夕方のこと、

突然、
思いついて
(そうだ!京都へいこう!みたいな感じで)

前日買ってきたごぼうで、ごぼうチップスを作った。

なぜか、これを教えてくれた友を思い出し、それからこの料理を思い出したという次第。

彼女にはもっと手のこんだ、手間のかかる上等な料理をいっぱい習ったけど、私にはこの程度の簡単なものがちょうどいい。

で、ひとりで(家に誰もいなかったからね。)

むしゃむしゃ、ぽりぽり・・・

ビールがあったらきっとおいしいな、などと思いながら・・・

そんな時、出張中の夫から電話があった。

昼に、息子が
思い出したように、「4月の第二土曜の週のチョー忙しいときだったんだ~」という。

あぁ、私が倒れたときのことね。

家族にとってはこの時期は、何年たってもすらっと通れないのだ。

そんなことを電話で話したら、夫が

実は子供たちに朝メール送ったという。

だからなのか。

「あの日は大変だった。みんなにはお世話になりました。今こうして元気にいられるのはとても幸せで、これからも元気に生きていくことが大事」
みたいなことを書いたと言っていた。

そうか。

夫はあの日と同じ場所へ出張で
同じく土曜の午後に帰ってくる。

私は
おかげさまで
今、無事、家にいて、
ひとりごぼうチップスで、

一杯飲みたいかな、などと考えて・・・おほほ

| | コメント (0)

2012年4月13日 (金)

届いたバッグ

宅急便が来て

032開けてみたら、デパートの包装で

中にはかわいい買い物バッグ

0055006黒地にさまざまなスタイルの猫たち。
かわいい。

働いていた時からの友人だ。

あわてて電話すると、

「とどいたぁ?」

「お返しなんて困るのに・・・」
「今回だけよ。」

お見舞いを贈ったのだ。

同じもの持っているから
一緒に買い物に持っていこう。と友がいう。

それはいい考えだね、とすぐ納得する私。

なかなか会えないけど、これを持って出かけると、

離れていても「一緒だ!」と思えるね。

ありがとう。
大事にするね。

体に気を付けて・・・

| | コメント (0)

2012年4月12日 (木)

『生きるとは、自分の物語をつくること』 小川洋子・河合隼雄 ⑲

0023(写真は
花にら)

今回の本は対談集である。

この題名を読んだだけで、この本の中身というか、テーマがある程度理解できる。

奥深い、しかし難しいのではない。
対談であるからして、その文は当然会話だからか。そうだね。

心に残った部分にしおりを挟んで行ったら
それは本のあちこちに頭を出して、
どれがどれだかわからなくなる。

それほど
真実を突いているであろう、言葉たち。

小川さんがまた対談したいという風情で、
二度目があり、
「次回はブラフマンについて話しましょう」と河合先生は約束したのに、
その二ヶ月後に先生は倒れ、
その翌年の2007年に逝去してしまったのだ。

語られなかった3回目の対談での物語もまた、我々にも想像でき、伝わってくる。

テーマとなっている「生きるとは、自分の物語をつくること」の章が心にしみ、すべてが納得できた。

カウンセリングの患者のはなし、西洋の神と日本の神、源氏物語の話、数字の話・・・

アンテナを鋭く立ち上げて、互いの感覚を交差させ、しかも相手を尊敬しつつ、なにかを得ようとする互いのこころ。
さすがだと思った。
おそらくその場には高い次元の通い合うものが、優しく漂っていたに違いない。

また突然ひとりにされた感のある小川さんが書いた少し長めの「あとがき」は心から惜しむ心にあふれている。

「世界中にあふれている物語を書き写すのが自分の役割」

「物語は既にそこにあるのだから。」

箱庭療法の第一人者でもあった。河合さん。
それぞれの箱庭は、どうなのだろうか。

私自身のそれも広くて暖かい、と思いたい。

内容(「BOOK」データベースより)

物語は心の薬―人生の危機に当たっても、生き延びる方法を、切実な体験を語りつつ伝える。河合隼雄氏が倒れられる直前に奇跡のように実現した、貴重な最後の対話。

| | コメント (0)

2012年4月11日 (水)

嵐の前に花見三昧

昨日「明日は雨の予報」があって、行けないので
図書館に行った。

途中歩き出したら、なんだか腰が痛い。

困ったな、と思いつつ
歩く、途中桜の写真を撮る。

00110044何気ない庭のすみの桜も。

図書館の帰りに欲張って
いつもの散歩道へ曲がる。
明日は風雨だから。

途中の桜並木もきれいだ。
犬と散歩中の人が座ってみている。

「きれいですね。明日は雨になるらしいから。」
「今が一番だね。」おじさんは言う。008

016
それから、公園へ。ニワトコはまだ咲いていない。
桜の前で座っている人が二人。

そばに芝刈り機があるのを見て、
「こんにちは、お仕事ですかぁ。」
おじさんの返事「そうですよぉ」

「お疲れ様です」

桜の下では誰とも話ができる。

0222


036


昨日も来た枝垂桜とソメイヨシノの大きな桜の下にも行ってみる。

もうじき家だ。
おなかすいたなぁ、その前にスーパーで「あんパンかって・・・家でコーヒー飲もうっと。」
思いつつ足を速める。

雪柳のそばを、写真も撮らずに過ぎようとしたら
「○ちゃん!」と呼ぶ声。

「あれぇ、久しぶり、げんきぃ?」
近所の友達だ。

子供も友達、親も友達。

孫のお守りに公園に来ていたのだ。

椅子に座って、いろいろ話す、

お互い大変な病気をしたこと。
それで一日一日がとても大事に思えること。

家族が、夫婦が仲好くてよかったねえ。
喧嘩して過ごすのはもったいないもの、と私は言う。

今年の桜も見られてよかったね、とも
つくづく本音でそう思う、

以前、息子さんのこころが落ち込んで心配していた時に、
「あなたたち夫婦のもとに、そして家族の中で育ったんだから、大丈夫、きっと元気になる。」って私に言われたのがうれしかったと。
そうか、忘れていたけど、よかったね。

なんと
娘たちが卒園した幼稚園に先日孫が入園したという。
懐かしや。

そろそろ帰るね。
そう言って立ち上がったのは1時間以上話した後だった。

045ゆっくり話せてうれしくて、こころはいっぱいになったけど、
やっぱりおなかは空いていて
いそいそと、あんドーナツを買って、コーヒーとともにぱくついた。

幸せな午後だった。
本日の「桜散歩」終了ナリ。
桜は私の散歩の背中を押してくれる。ありがとう。

そして今日買い物に出たら
地上に花弁の模様がいっぱいだった。この分、木には減ってしまったんだな。

| | コメント (0)

2012年4月10日 (火)

雪柳

028065067この季節は桜だけでなく、「雪柳」も花盛りだ。

花言葉は

愛嬌、愛らしさ、懸命、静かな思い」という。

小さな花が集まって

大きなうねりとなって、風に揺れる。

きらきら日差しを浴びて
それは美しい。

最近、とても「好き」と思う。049

そして、下の写真
こちらは枝垂桜。

ピンクが濃い。

かわいらしい小町娘のよう。

057

060

| | コメント (0)

2012年4月 9日 (月)

『さよなら、愛しい人』 レイモンド・チャンドラー ⑱

昔に読んだ本。

「さらば愛しき女よ」 清水 俊二訳 (1976)からずいぶん時間があいている。

それを村上春樹さんが新訳したもの。評判になったらしい。
(2009年4月発行)

「長いお別れ」「ロング・グッドバイ」と同じだ。

あちこちでどちらの訳がいいかなどの書きこみも見た。

前のは忘れたが、
今回の村上さんのを期待して読んだ。

あらゆるところにちりばめられた細やかな描写
それで全貌が明らかにもなるし
ミステリとしての流れは滞ることもある。

村上ファンにはいいと思う。

単純なミステリファンの私には
筋はわかっていても、なかなかたどり着けないもどかしさを感じたりもした。

これはあとがきにも、村上さん本人が書いている。

「ここまでややこしく書かなくてもいいだろうに」
「…筋には直接関係のない描写をいくら丁寧に訳しても、読者の大半は適当に読み飛ばしてしまわれるのだろう」

読み飛ばしはしなかったが、読み飛ばしたくなったのは事実である。
そして結局戻って確認することになるのだ。

要するにチャンドラーの文章自体がそういうことなのであろう。

原文で読んで、確かめられないものの悲しさではある。

内容(「BOOK」データベースより)

刑務所から出所したばかりの大男、へら鹿(ムース)マロイは、八年前に別れた恋人ヴェルマを探しに黒人街の酒場にやってきた。しかし、そこで激情に駆られ殺人を犯してしまう。偶然、現場に居合わせた私立探偵フィリップ・マーロウは、行方をくらましたマロイと女を探して紫煙たちこめる夜の酒場をさまよう。狂おしいほど一途な愛を待ち受ける哀しい結末とは?読書界に旋風を巻き起こした『ロング・グッドバイ』につづき、チャンドラーの代表作『さらば愛しき女よ』を村上春樹が新訳した話題作。

| | コメント (0)

2012年4月 8日 (日)

もくれん

007都内は

桜が真っ盛り

人出もものすごく多かった。

みんな

心うきうき騒ぐのだろうな。

そして体もじっとしていられないのかな。

リュックを背負ったグループが多かった。しかも中高年。

私は今日はお休み。

桜の前に、駅で見つけたモクレンの花
改札口の横にひっそり

たぶん駅員さんたちは楽しみに見上げて、春を確認するのだ。

普通の紫のではなく

ピンクに近い。満開だった。

| | コメント (2)

2012年4月 7日 (土)

娘とランチ 

木金とマゴッチ達を早めにお迎えに行って
土曜日11時過ぎのロマンスカーで帰ってきました。

友だちに会うという娘と一緒に。

二人並んで帰ってきました。

ランチに寄ったのが、最近できたらしい「夢厨房(ゆめきっちん)」
関西のレストランで関東は初らしい。

創作パスタ&ベーカリーカフェレストランです。

「ごほうびランチ」1280円
二人ともほめてほしかったのかな。

027飲み物も好きなものを選べる。
桃のスムージーとヨーグルトのスムージー
025029

026

パンは食べ放題。

ということでしたが
配りに来るので
もっとちゃんともらっておけばよかった。

小さなパンが焼き立てで
クロワッサン、オレンジ、レーズン、クルミなど6個
(説明も受けたのですが、数時間前なのに名前を忘れて・・)
ふわふわで甘くておいしい。二口三口の大きさです。

「何種類あるのですか?」
「・・・・」

ふーんむ
調べたら30種類以上あるらしい。
一日に、ではないと思うけれど。

そこまでお客に待たれたら、困るものね。
全部踏破するまで待ちます、なんてね。

そして、娘の待ち合わせが2時だと思ってゆっくりしていたら
1時だったので、あわてて出た。
ここらでやめよ、というお告げであろうか。
親の血を引くあわてん坊よ。

ちょっと名残惜しい。パンに。

またいくしかないか。
今回は娘の「おごり」だった。

ごちそうさま。

次には私が…うっしっし

| | コメント (2)

2012年4月 6日 (金)

うなぎに思う

昨日(木)から娘のところに来ています。

新学期お助け月間です。

新しい保育園に慣れるために早めにお迎えの一週です。
パパが二日は休んで頑張ってくれましたが,後はできるだけ我々で,ということです。

娘も新しい職場になったところなので。

そして,来る前に,また!
またです。

0022夫がどーうしても(?)例のうなぎをごちそうしたいというので,
待ち合わせてお昼に食べました。

うなぎのしらすが大変不漁とは聞いていましたが
値上がりするとも聞いていましたが,
やはり値上がりで。

しかも前がいくらだったかは覚えていず,
たしか7000円でお釣りがきたとか。

今度はその上を行っていました。オーバーですね。
フレンチなら当然と思うのに,不思議です。

たまだから・・・でもどこまで許せるでしょうか。お昼のうなぎ

お店も利益に回るのではないでしょうから
つらいところです。

お店はほぼ満員

若い中国人(?)グループなどもいましたが
ほとんどは落ち着いた中高年の方々

一人のお客様も多いようです。

男の方で
一人ビールを飲みながら,じっくりとうなぎを味わう方もいらっしゃいました。

店を出てから二人で,

一人の人もいたね。


奥様はどうしたのかな。
亡くなってて
うなぎが大好きで,
彼女の命日にはいつもお酒とうなぎで祈っているのかな。

それとも二人の思い出のうなぎとか,

元気でここまで来られるのがいいね。

お店の人も,あの方は毎月何日にいらっしゃるのですよ,などとはなしていたり・・・ 

そんなことを
何にも知らない私たちにも想わせる風情がありました。

あくまで勝手な想像であります。真実ではありませんからね。

きょうは
出がけから様々な人々に,
その裏を
決して裏付けのない想像をよくする日でした。いつにも増して,ということです。

4月第一週
社会のスタートに服装からでも想像できる華やかさ,にぎやかさがあったからでしょうか。

ヘアスタイルに思いっきり手をかけた若者たち
コサージュをつけ堂々と歩くお母さんの後ろについていく小学生
おニューのスーツで電車を待つ人

特に私が暇だった時間にやってきた可愛い女の子
待合室の椅子に座るとすぐ後を入ってきた,めだたない普通のスーツ姿の若くも年でもない男性

あとで刑事に聞かれても,特徴的なことがない,ような。

待合室に椅子はいっぱいあるのに
女の子がずっと奥まで進んで座ると,その男性もその近くに座った。

うん,待てよ。
あれはスカウトか?
それともお嬢様を警備?
それとも・・・

電車の案内アナウンスに乗るために立って行ったお嬢様。
さて男性は?

電車が行った後もそこに座っていた。良かった,?!

4月は花の季節
心も浮き立ついい季節
私の頭の中も花盛りかぁ。

そして私が倒れた季節。毎年思い出すのだ。
気をつけよう。

| | コメント (2)

2012年4月 4日 (水)

ニワトコの花は・・・

010先日

息子と見たニワトコの花が気になって

見に行ったが。

膨らんではいたが、まだだった。

もう少し、焦るでない、と言われた気がした。(咲いた花はこちら

017021

ついでに

いつもの雪柳の道も通ったが

こちらも、もう少し、

蕾を膨らませ、

一斉の咲き時を、その春を待っていた。

005

小さな公園で

会った

かわいい男の子

バイバーイと手を振ったら

後ろ向きに
よっちよっちと歩いて行った。

転ばないでね。

014

| | コメント (2)

2012年4月 3日 (火)

まりあのニューヨーク

窓の外はニュースでも言っているように大嵐の予感
今回の春の嵐は台風なら超大型という。
台風と思わないとその強さを実感できないのだ。
 

春の風を軽く見ている気もないが、
台風を恐れる気持ちは身についているということなのかな。

ベランダの小物を下におろした。

「BSフジ 「ザ・ノンフィクション 特別版」 まりあのニューヨーク~死ぬまでに逢いたい人~」
を見た。
 

日曜日だったか、偶然にチャンネルを合わせて、見たのだ。
何度目かの放送、その特別版

まりあさんは、20年前に別れた夫と会いたいと願う。
そのためにニューヨークへ行きたいと願う。

彼女はALSだったのだ。

友だちがいて、

その友達に助けられつつ生きている。

次第に不自由になって、介護されながら、でもその友達はどう思っているのか、不安にも思っている。

どんな友達がいるのかはその本人を見ればわかるという。
また友達を見ればその人も分かるかもしれない。

彼女は友だちに感謝している。

「いやだと思う人は、そういう時ははなれていくよ、」と親友は言い
自分はアメリカまで一緒についていく。

別れた元主人に「ありがとう」と言いたくて

そして「さようなら」とも。

友には、いい友人でいてくれてありがとう、感謝の気持ちも。

 「命の終わりが見えたとき、もう一度逢いたい人はいますか?」
これがテーマのようだ。

悲しく見るものというよりは
潔い、現実を見据えた決断の一つの生きざまであった。
たまたま友人のお母さんが同じ病気だったのも、見る者にはいろいろ思わせる。

二つから一つを選ぶことのむずかしさ

「 2011年1月、余命わずかと宣告された一人の女性と出逢った。フランキ・マリア・さわのさん 54歳。福島で生まれ、田舎が嫌で18歳の時上京。つくば万博でアメリカ人男性と出逢い、ニューヨークで結婚、しかし離婚…。という過去の持ち主。日本に戻って10年あまり、彼女はALS=筋萎縮性側索硬化症と診断された。全身のあらゆる筋肉が動かなくなり、やがて呼吸もできなくなり死に至る原因不明の難病だ。まりあは「別れた夫にもう一度逢おう」と決意する。そして思い出のニューヨークへ。彼女は死を意識して初めて気づいた。自分が本当に大事にしたいものは何か…さらに感じる真の友情、母への愛情と懺悔の思い…
 命の終わりが見えたとき、ヒトは何を選び、何をあきらめ、そして何をあきらめきれないのだろうか。まりあの場合は…彼女が最期に望んだことは、人工呼吸器による延命ではなく別のコト、とてもささやかで、そして、とても難しいことだった。

 あなたなら、人生の最期に何を望みますか?」bsフジ HPより

この後しばらくALSについて、ネットで記事を読み、読み・・・

「何が悔しいって
この病気になってしまったこと。」

特効薬が、治療法が見つかりますように。
祈るしかない。

後日知ったのだが、残念ながら、彼女は11年7月29日に皆に「さようなら」を告げたという。

きっと、「ありがとう」も、だね。

| | コメント (2)

2012年4月 2日 (月)

SOY ONE と 花みやび

0211少し前に友達からもらったお醤油
SOY ONE

瓶のデザインがすてきで愛しみつつ使っている。

もったいないと思うので、なかなか使えなかったが、
賞味期限が9月までなので「承知しました」という感じ。

福岡のお醤油
とても香りが高く
ホウレンソウのお浸しにもちょっとかけると、これがおいしいのだ。

0144そしてこちらは、母のところで切ってくれた和菓子

鶴屋吉信の「花みやび」 

桜が満開に咲きわたる情景。

切ってくれたのをまた寄せて撮ってみた。

その満開の情景を頭に浮かべ、
その直後に消えてなくなった。ぱっくん!

大丈夫!もうじき本物の桜に会えるから。
満開の桜が待ち遠しい今にぴったりだった。

前に京都御所内で買ったものにも似ている。
同じ「吉信」だからね。

| | コメント (6)

« 2012年3月 | トップページ | 2012年5月 »