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2012年1月21日 (土)

『四十九日のレシピ』伊吹 有喜

前から読みかけだった本。

最初は面白く、半分以上はその夜に読んだ。
そこから時間が空いたせいか、中だるみというか、物足りないというか。

たぶんそれは私のせいだ。

自分の出かけている間に急死してしまった妻。
いろいろ尽くしてもらったのに、出がけに文句を言い、そのまま死んでしまったのだ。
 

「あれが最後の会話と分かっていたなら・・・」
その後悔がずっと心に残っていたのだ。

この言葉、私は思い出した。
17日阪神淡路大震災の新聞記事で同じ内容の記事を読んだばかりだ。

『最後だとわかっていたなら』

  あなたが眠りにつくのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
  神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

  あなたがドアを出て行くのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  わたしは あなたを抱きしめて キスをして
  そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう…

この詩の意味の受け取り方や感想はいろいろあるだろうけど、
素直に
「できるだけ後悔をしないように、せめて少ないように
生きていこう、」
そういうことでいいと思う。

いつもいつでも「これが最後」と思いすぎると先へ進めない。
あちこちで涙の別れを、そして家族とは決して離れたくないことにもなってしまう。それはおかしい。それは大変だ。
世の中のあちこちでそんな風景が日常起こったら…

また私の妄想症がどんどん進んでいく。
そうではなく、いつも真剣に相手に向かうということだ。(そんなことわかってる、といわれそう。)

いずれにしても
そういうことを思い起こさせてくれる本だった。 

最後の川の部分はまさに半分夢の中、彼を生きさせてくれるものがそこにあったということだろう。
映像化されたものの最後は見なかったが、どうなっていたのだろうか。 

5冊目
 

内容(「BOOK」データベースより)

妻の乙美を亡くし気力を失ってしまった良平のもとへ、娘の百合子もまた傷心を抱え出戻ってきた。そこにやってきたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。乙美の教え子だったという彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を伝えにきたのだった。

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