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2012年1月の22件の記事

2012年1月31日 (火)

1月も終わり

今日は31日

1月も終わりですね。

孫のインフルエンザは早めに薬を飲んだので
高い発熱は1日ですみました。

チビ太に移らないかどうかが心配なところです。

お医者さんに

「インフルエンザは重い病気ですよ。」と言われたそうで、

それぞれが得た情報もあって
来年は予防注射をしようと堅い決意をしたようです。

私たちは何故かしていたのです。
全くではないけれど、かからない確率が高いということで
油断はいけませんが
しておいて良かったです。

いろいろ勉強になりました。

いまとても流行っているようです。

栄養休養が大事
乾燥はインフルエンザには好都合ということです。

洗濯ものを部屋に干して
高温多湿の熱帯雨林
「アマゾン状態」を目指しました。

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2012年1月29日 (日)

初めてのインフルエンザ

金曜日は娘のところで

夫の誕生日押しかけパーティだった。

婿殿が高野のケーキを買ってきてくれて

私もごちそうを作り、娘が帰りに焼き鳥とお刺身を買って

めでたく誕生日祝いをするはずだった。

ところが

保育園からの連絡でマゴッチが熱があるということで、

早めに迎えに行ったのが、夕方にはさらに熱が上がって

お医者さんに行ったがインフルエンザの告知はなかった。

パーティは楽しく美味しく過ごしたが、

その後熱はさらに上がり、翌朝のお医者でインフルエンザと言われた。

今までインフルエンザというものに家族のだれもかかったことがなかったので

驚いた。

噂の?タミフルを処方された。

マゴッチは昏々と眠り、心配するほどで、熱も40度過ぎて、
土曜日帰るところを私は置いていかれることになった。

早く医者に行きタミフルを飲み始めたせいか40度を超えたのはいっときで
あったが油断はできない。

寝ていれば心配だけど、少し元気になると寝ていないのが子供である。

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2012年1月27日 (金)

昨日新宿でうなぎ

昨日から
娘のところに来ています。

途中新宿で夫と待ち合わせ、
かねてからの約束で?うなぎを食べに行きました。

駅にあるデパートの12階の「双葉」で。

もちろん夫のおごりです。

松を。1人前3150円でした。

久しぶりにお店のうなぎ、美味しかったです。P1320900_2  2枚入って重なっています。

いつもはスーパーのでしたので。

この話には裏と言うか続きというか前?がありまして。

去年暮れ、娘と「うなぎたべたいねぇ。」

「私忘年会で鰻食べるんだ。」

「へぇ、いいなあ」

で、その娘の忘年会当日
でーンとうなぎの写真が来まして、

私はいつものように憎らしげな言葉で
「ふーんだ、いいもーん」とか返そうとしたのですが、
それは大人げないと思い、「そりゃようござんした。」みたいな返信を打ちました。

そのメールは私と婿殿に届いたらしく、
娘への彼からのメールが私にも来ました。

「うなぎ食べられてよかったね。」のような心から喜んでいる優しいメールでした。

私は憎まれ口を送らないで本当によかった、と思い、そう娘にも話したのです。

それからしばらくは娘も冗談ぽく「うなぎ食べたメールに良かったね、って返してくれる旦那さまだもの。幸せだなあ。」とか言って、婿殿は照れ笑いをしていたという次第です。

それで今回我々もうなぎが目の前に届くとすぐに、夫が携帯で写真を撮り、娘に送りました。
返事はもちろん「よかったね、」

また行きたいなあ。

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2012年1月25日 (水)

親はいつまでも

先日朝、電話したら

母が少し心配げな声で出てきました。

「寝てたの?」と私。

「ううん、○子(私の妹)から昨日も電話がなかったので、心配してた。」

土日はないのはわかっているけど、
そのあともないからということだ。

「お母さん、一日だけでしょ。そんなに心配しなくても大丈夫。何かあったら電話来るから。」

と言って
私は「今週末娘のところに行ってくる」と告げる。

「電話して家にいないと心配するでしょ。」

「そうだね。」

そのあとまたすぐ母から電話が来て、
○子から電話があったらしい。
親の思う気持ちはこうしてすぐつながる、
そういうことってよくありますよね。

「土日は○子の家で息子の誕生日をしてたんだって。」
「ほらね。」

編み物してると頭は暇なので
どんどん考えが進んでしまうらしい。

私と同じに
想像力。妄想力があるようだ。

「あまり考えすぎないようにね。」

母は家にでんと座っていて
みんなの動向を見守る人なのだ。

どこかの時から親子交代して、なんていう気はさらさらないのだ。
気持ち的には。
いつまでも親は親なのだ。

これからも
忘れず報告して心配をかけないようにしよう、と思った。
子供として。

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2012年1月24日 (火)

雪の朝

001111予報通り

昨日夜に雪が降りました。

朝起きたら

真っ白で。

テレビではスリップの車、滑って怪我した人、止まった電車などのニュースがありました。

数センチの雪でも大変です。

今日は図書館まで行こうと思ったけれど、外を見て、(もうすでに車道は雪もないのですが、)その気は失せました。

遠くにちらっと見える山は
北国の雪山の風情です。

さーっと日が射して青空が一瞬見えました。

そのあと見たらまた雲り空になって
山も隠れていました。

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2012年1月23日 (月)

『プリズム』 百田 尚樹

今日も寒いです。

昨日実家の帰りに灯油を買ってきたので思いっきり(?)使っています。

今日の夜から雪が降るという予報が出ています。
母は編み物をしていました。尊敬します。その心意気!

先日図書館で借りてきたリクエスト本です。

百田さんの新作らしい。

読み終えて表題「プリズム」の意味がよくわかりました。

途中いわゆる「多重人格」すなわち「解離性同一性障害」の解説書かと思う場面も多く、そこは飽きた。

初めての恋愛小説ということだが、
そこは単なるものではなく作者らしい作品になっていると思う。
多重人格の中の一人を愛してしまう、というSFにもなりそうなもの。

主人公聡子はどうだろう。冷静に対処しているように見えるが、
突然抑えきれなくなり、でもそこをクールに自分で抑えてしまう。

6冊目

内容紹介

 いま目の前にいるのは、私が愛した“あなた”ですか?
かつて誰も経験したことのない、切なくミステリアスな恋愛の極致!!

世田谷に古い洋館を構える資産家の岩本家に聡子は足を踏み入れた。美しい夫人から依頼されたのは、小学校4年生になる息子・修一の家庭教師。修一と打ち解け順調に仕事を続けていた聡子だが、ある日、屋敷の庭を散策中に、離れに住んでいるという謎の青年が現れる。青年はときに攻撃的で荒々しい言葉を吐き、聡子に挑みかかってきたかと思えば、数日後の再会では、陽気で人当たりが良く聡子を口説いてからかったり、かと思うと、知的で紳士然とした穏やかな態度で聡子との会話を楽しんだり……。会うたびに変化する青年の態度に困惑するが、屋敷の人間は皆その青年については口を硬く閉ざすのであった。次第に打ち解けていく青年と聡子。やがて、彼に隠された哀しい秘密を知った聡子はいつしか彼に惹かれはじめている自分に気づき、結ばれざる運命に翻弄される。変幻自在の作品を生み出す著者が書き下ろした、哀しくミステリアスな恋愛の極致。

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2012年1月22日 (日)

寒い日の食べ物は

毎日寒いですね。

私はまた冬籠りです。

008こんな日はストーブで焼き芋をします。
美味しいのです。皮まで。
古い型の、ファンヒーターではないストーブです。
ですから上でお湯も沸かせます。
とても便利なのです。

大事に使っています。

そろそろ灯油がなくなったので
ちまちまと
ストーブをつけたり
エアコンにしたり。

でも私は一人の時はストーブの前に座って温まるのが好きです。

焼き芋を待つ焼き○にならないよう気を付けないといけませぬ。

0022先日息子2が酒粕をたくさん送ってくれました。
新潟の上善如水の酒粕です。

いつものようにその一袋をお鍋に入れて水を入れ
溶けるのを待ちます。

しかしどうも量が多い。

よく見たら
一袋1キロ入りでした。これが5袋つまり5キロ、
体にはいいといわれても、なあ。

普通は多くて500グラムでしたから。

次は半分ずつ作りましょう。
大なべにいっぱいできちゃって。

あ~ぁ どうしましょう。

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2012年1月21日 (土)

『四十九日のレシピ』伊吹 有喜

前から読みかけだった本。

最初は面白く、半分以上はその夜に読んだ。
そこから時間が空いたせいか、中だるみというか、物足りないというか。

たぶんそれは私のせいだ。

自分の出かけている間に急死してしまった妻。
いろいろ尽くしてもらったのに、出がけに文句を言い、そのまま死んでしまったのだ。
 

「あれが最後の会話と分かっていたなら・・・」
その後悔がずっと心に残っていたのだ。

この言葉、私は思い出した。
17日阪神淡路大震災の新聞記事で同じ内容の記事を読んだばかりだ。

『最後だとわかっていたなら』

  あなたが眠りにつくのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  わたしは もっとちゃんとカバーをかけて
  神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう

  あなたがドアを出て行くのを見るのが
  最後だとわかっていたら
  わたしは あなたを抱きしめて キスをして
  そしてまたもう一度呼び寄せて 抱きしめただろう…

この詩の意味の受け取り方や感想はいろいろあるだろうけど、
素直に
「できるだけ後悔をしないように、せめて少ないように
生きていこう、」
そういうことでいいと思う。

いつもいつでも「これが最後」と思いすぎると先へ進めない。
あちこちで涙の別れを、そして家族とは決して離れたくないことにもなってしまう。それはおかしい。それは大変だ。
世の中のあちこちでそんな風景が日常起こったら…

また私の妄想症がどんどん進んでいく。
そうではなく、いつも真剣に相手に向かうということだ。(そんなことわかってる、といわれそう。)

いずれにしても
そういうことを思い起こさせてくれる本だった。 

最後の川の部分はまさに半分夢の中、彼を生きさせてくれるものがそこにあったということだろう。
映像化されたものの最後は見なかったが、どうなっていたのだろうか。 

5冊目
 

内容(「BOOK」データベースより)

妻の乙美を亡くし気力を失ってしまった良平のもとへ、娘の百合子もまた傷心を抱え出戻ってきた。そこにやってきたのは、真っ黒に日焼けした金髪の女の子・井本。乙美の教え子だったという彼女は、乙美が作っていた、ある「レシピ」の存在を伝えにきたのだった。

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2012年1月20日 (金)

『ちょんまげぷりん2』荒木 源

今日は雪がふっちょりました。
でも積もりそうにはありません。屋根は真っ白ですが。

「ちょんまげぷりん2」
前に読んだ「1」の後に出された「2」である。(その1はこちら。)

1に書いた感想はまあ当たっていた、と思う。

前のはシングルマザーでキャリアウーマンの親子の暮らしと
そこに入ってくる武士の関係が面白かったのだが
逆にその息子が江戸時代に行くという設定、これはどうなの?と思ってしまった。

奇想天外は当然なれど
やはり・・・

まあ読後感は納得。
こうしてスーパーの前の水たまりから
順番に行けちゃうとすると。
それも面白いか。

違う世界には、そういうことが必要な人だけ行けて、何かを得てくる、ということなのかな。神のみぞ知る、と言ってしまえば、これはこれで面白い、先が開けるかもしれない。

確かに主人公は大事なことを学んできた。

一晩で読み終えた。4冊目

内容(「BOOK」データベースより)

木島安兵衛が江戸に帰って八年が過ぎ、遊佐友也は十四歳になっていた。コンビニエンス・ストアで万引きをした後、家に帰らず逃げ続けていた友也だったが、深夜、巨大な水たまり状の穴の中に吸い込まれ、百八十年前の江戸時代にタイム・スリップしてしまう。ちょうど、この世界では、安兵衛が菓子屋を営んでいるはず―。そう思って、安兵衛を探し続ける友也だったが、菓子屋「時翔庵」はつぶれており、安兵衛もなぜか消息を絶っていた。失意の底にいる友也だったが、追い打ちをかけるように周囲の人たちから、くせ者として追われる身となるが―。

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2012年1月19日 (木)

冬籠りのはざまで

毎日冬籠りばかりでもいけないな、と

図書館まで行ってきた。

図書館の人と少し話をする。

「私も昨日は読む本がなくなってこまっちゃいました。」
うれしいな、そういう話ができて。やっぱり本好きなんだな。

リクエストの本のうち二冊を借りてくる。

他のはまだ期限まで10日あるから、順番に読まないと。

0022


0044帰りは冬晴れの中
のんびり歩く。

途中で子供が幼稚園のころからの古い友達に出会う。
お仕事に出かける途中だったらしいので、短めに話を切り上げる。

そうじゃなかったら
何時までも話していたかもしれない。

「久しぶり!元気?」
「まあまあね。元には戻れないけど。」
「それでいいって言ったじゃない。あなたが。」

私が、病気の時に嘆いていた彼女に
「いいのよ、ただちょっと人より先に来ただけ、と思えば・・そこで待ってれば同じよ。」
とかいったのをいつも思い出す、と言っていた。

いつどこで何についてそういったのか、はっきりとは忘れたが
それで元気になったのなら、うれしい。

そしてその言葉が私に帰ってきている。ありがとう。

007今日は夕方から曇りと天気予報で言っていたが
曇り空の夕陽はどうかと外を見れば
「みなさーん、いないと思ったでしょう?ここからこの場所から沈んでいきますですよぉ。」
というように、大きな空の一点が小さな赤さでしるしをつけていた。

写真を向けると
やはり一点だけでなく遠くの空まで色があるのがわかった。

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2012年1月18日 (水)

『遥かなる水の音』村山由香

初めまして、という作家である。
2003年「星々の舟」で129回直木賞受賞、この本の題名には記憶がある。

私の読んだこの本は、パリからモロッコ、サハリまでのふんわりした言ってしまえばロードノベルである。

しかし不思議な雰囲気をどこまでも漂わせてはいる。

行ったことのある人には懐かしく、行ったことのない人も有名な景色に思いをはせるだろう。私などは興味あるので何回もテレビなどで研究しているから、うんうんあれね、あそこね、という具合にまるで行ったことがあるように読んだ。

モロッコの街並みや素敵なホテル、料理、小物類など、読んでいき、想像するだけでため息が出る。
そう思って読めばそれだけで楽しい。

主人公とその姉、その友人のカップル、同居人、現地のガイドなどのそれぞれの気持ちで、章立てで、一人称で語られていく。これがいいかと思う。

読み始めはわかりにくかったが
次第に話の筋らしくなってくる。

06sahara33サハラ砂漠の自然、雄大さがもたらす雰囲気がこういう作品を作らせたのだろうか、という気もする。

友達カップルの話はほかの人の沈むようなテンション・流れとは少し外れていて軽く、全体の調和から考えるとどうなのか、違和感を感じたが、これも必要なのだろう。

最後に砂漠にまかれた主人公が語る。

「生まれ変わらなくて、いい。…森羅万象のなかに、ただ在ればいい。… 

砂の下深くを流れていく水脈の、涼しげな音。この乾ききった砂漠のなかで、文字どおり命綱となる遠い水音だ。 

それらはどれも、愛しい者たちのからだを流れる血潮に似て、みずみずしく、力強く、命の鼓動と絡み合うように響き続ける。 

僕はその音を聴く。その音になる。遥か深くを流れる水の音と一体になって、懐かしいひとたちのもとへ帰る。--還る。」

この最後の言葉が表題。

「モロッコ 写真」で検索したら山ほどの写真があった。
この本にふさわしい一枚をお借りした。

3冊目

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2012年1月17日 (火)

10年ひと昔

私のパソコン

始めてから何代目だろうか。3,4台め。

先代はまだそこそこ使えるが、仕事の関係もあって新しくした。

っていうか、細々やってる仕事の存在は
ただ自分が趣味だけでネットをやってるのではないというためにだけのものである。

いまや、それも必要ではないぐらいだ。
細々パソコン代とネット代が出るくらいの働きとなって、これもいつまでだろうか。

やけに「細々」という言葉が出てくるけど、気にしないでください。
なんとか「細々」を実現したい、と思うけど無理なので。

とにかく先代パソコンは自分で何もかもやったので、
スイッチを入れると必ずエラーメッセージが出たものだ。

どこかでインストールを間違えたらしい。
それでも使い続けて何年
ところがOFFICE ソフトは前のだったので2000版であった。(と思う)

それほど不自由でもなかったが、
今回のニューパソコンは見事に!何のエラーも出ず(?)(今はこれがあたりまえなのだろう、きっと。)インストールもでき、めでたく使いはじめたのは12月末である。

ウィンドウズ7、おもにWORDだが、これがまた慣れるまで一苦労!
10年ひと昔とはよく言ったものだ。
かなりのシンポではある。
しかしそれを使いこなすのはなかなか難しいのだ。

10年前からやってきたおば(あ)さんである。

余計なものがふわふわ浮いてきて、目障りだったりもする。

早く慣れたい、ナ。
キーボードも今度は横に数字がついているので手先の感触が、場所が異なる。
つい隣の数字を押してしまう。

さらに、いろいろデータをあっちからこっちへ移すこともどれをどのくらいやればいいかということもあり、なかなかであります。なくても済んでたりするのでそれ程重要でもないのか。

そんなわけで
年始以来パソコンと格闘して、なかなかほかのことをやる時間ができないのです。
テーブルに横に二台並べている狭い今の状況が心の余裕のなさと比例しているといえるでしょうか。

少しずつ慣れていくのがいいのでしょうね。がんばろ!

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2012年1月16日 (月)

青森土産と土産話

昨日青森空港から夜9時過ぎにメールがきた。

一応飛行機に乗ったが雪かきなどで出発は遅れるようで、
家には24時過ぎになると。

東北の雪のすごさは昨日今日気にしていたから、知ってる。

ニュースでどこかのアーケードが雪の重みでつぶれたのを見た。
屋根の上の雪の厚さが2メートル近かったので驚いた。街なかなのに、ねぇ。

住人の暮らす時間の違いで、寝ようと思うとテレビが大きな音を立てるので、
ちょうど帰ってきたとき目を覚ましていた私。

「スキーはしたかい?どうだった?」
旅に行った人の話を聞くのは楽しい。

昔の鰺ヶ沢スキー場。いまはなんたらという名前になって、結構混んでいたらしい。

雪も良くって、たくさん滑ったという。きっと明日は足腰痛いぞ。他人事ながら思う。

前日の酸ケ湯は山奥で-10何度の世界。なんでこんな寒いところに来ちゃったのかと思ったらしい。そこは積雪3メートル60と言ってた。

青森市内は-4,5度だったから、山奥とは10度ほど違う。

旅好きの私としては、名前を聞いたり、誰かが行っていると聞くとすぐ地図で調べる。
ああ。この辺か。あの辺行ったことあるぞ。とか。
行ったところでなくても、地図を見るとそのあたりの地形や風景が浮かぶ。

昔から好きだった。地図を見て想像すること。
子供たちも地図を見るのが好きだ。

帰ってきたら「さすがにこっちは寒くない」という。

比較の問題か。わたしにゃ寒いぞ。

そして思い出して、寝る前に叫んだ。
0021_2



111_2「おみやげあるの?別にいいけど・・・」

空港の売店はしょぼくてあまりなかった、という。

テーブルの上においてあったお土産。
ラグノオささきの「みちのく名物 茶屋の餅」と「まるごとりんごパイ 気になるリンゴ」

これは前の「まるまるりんごバームクーヘン」とは違うものだ。
母のところで山分けしよう。

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2012年1月14日 (土)

青森は大雪?

この週末で青森に出かけた息子1.

朝早く出かける音は聞こえていた。

そろそろ着くな、などと思っていたら

そのあと10時過ぎメールが届いた。

上空待機及び着陸やり直しの上に1時間遅れで無事に着陸」と。

それはよかったと思っていたら

12時20分「この冬何があっても動いていた八甲田ロープウェイがなんと運休。今酸ケ湯」とまた来た。

八甲田でスキーをしようと出かけたのに残念だったね、
八甲田ロープウェイは「次回を待て!」と返しておいた。

夫も時々青森に行くが
飛行機は使わないといっていた。欠航にあったことがあるからである。

今は最新型の装置ができているらしいが、濃霧には有効でも大雪にはかなわなかったのだろう。

いま青森の天気を見たら

一日中「雪」マークだった。

最低気温-5度、最高気温-3度という恐るべき天気であった。

大雪風雪波浪なだれ低温」注意報が出ている。

明日も雪時々曇りということだ。

今までスキーに行くときは
どんなに寒かろうとも平気だったが、
雪国に住むということはそういうことではないのだなあ、とその大変さを少し感じた。

旅人たちは明日は鰺ヶ沢あたりでもう一度スキーに挑戦するという。

鰺ヶ沢岩木山白神あたりは私も思い出深い場所である。

あれは何年前だろうか。

息子2の青森出張にピンと私の中のフラグが立って、それに合わせることに、勝手にして出かけ、ぐるりと回ったことがある。

今調べたら2005年7月だった。(その時のブログ
こういう時にもブログは役に立つ。白神でタイヤがパンクしたりしてね。

運転も私が一人で全部して、よく歩いて、岩木山にも行き、バリバリ楽しんでた。息子が結婚したらこんなこともできないからと言い訳したけど、まだそういう事態にはならない。これだけは計算違い。
とにかく楽しかったなあ。

まあ、後ろばかり見ていても仕方ない。

私はまた新しい思い出作ろう!!作るよー。みんなぁ~

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2012年1月13日 (金)

快晴の日の夕焼けは

今日寒かったですね。

ということでこの辺の空は青く、雲一つない。快晴だった。

雪国はどうだろう、寒いだろうな。

0011撮影5時

こんな日の夕陽はいかばかりかと思ったが

さっぱりしすぎてちょっと。

ベランダから覗いてみたら

ほんの少し太陽が見えてまばゆい光を放っていた。

急いでカメラを取りに行った、が、

その瞬間に太陽はすとんと消えてしまった。

ありゃりゃ はやいなあ。

00400615時6分

5時35分(下)

これからの空を期待してしばし眺めてみるが、思ったより
ダイナミックには変わらない今日の空だ。

35分間の夕空観察。

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2012年1月12日 (木)

『役にたたない日々』と毎日を大切に思いたいこころ

年の初めの夜、布団の中で私はひとり考えていた。

この先何年元気にいられるだろうか。感謝して生きねばいけないなあ、などと。年の初めに少ししんみり思ったのだ。
今まで生きてきた時間より少ないのだけは確かだ。

何を言っても焦っても仕方ないから
私はこれからも毎日を愛しみ大切に生きていこう。
一人思って胸がしみじみした。
といっても、少しはほっこりしたり、ぼーっとテレビを見てもいいよね。
なら、今とあまり変わらないかな、などと自らを助けてしまう。

ちょうど本を読み終わったところだったので
枕元の図書館の袋に手を突っ込んで、数冊あった中からがさごそと手にあたったものを取り出したのがこの本、「役にたたない日々」佐野洋子さんのエッセイであった。

2冊目

「役にたたない日々」という題名に、あん?なんだぁ、まあいいか、逆もまた真なり、だからな、と思う。

そして、その本の出だしに思わず笑ってしまった。
単に「6時半に目が覚めた。…枕のあたりをバタバタたたいて手にさわった本「…」をうとうとしながら読む。」というシチュエーションが似ていたからだけであるが。

それをやっと読み終えた。面白いけど、先へ先へ読み進むものでもなかったので。

彼女の言葉には結構同感共感するところが多い。

ちょっと乱暴な言葉づかいが気になるときがあるけど、
8割がたは同じような気持ち、その気持ちがよくわかる。

うんうんそうそう
スパッと言うなあ。
などと感心しつつ読んでいく。2003年から2008年冬までのことだ。
彼女の生きざまや周囲のこともよくわかってくる。

私よりは年上なので戦争中のこともその中で亡くなった家族のことなども書かれている。1938年生まれ。

読んでいる途中で2010年11月5日に亡くなっていたことを知り、
その文が最後に向かって、一層ものすごく読み手に迫ってくるように思える。

彼女は勇ましく人ごみや人生の出来事に向かって「おらおら~」という感じでかき分け進み、生きてきたようだ。少なくとも文の上では。

下の内容紹介に書かれているように、確かに人生の名言がそこここに埋め込まれ散らばっている。

彼女の人生を静かに思って本を閉じた。
イングリシュグリーンのジャガーに乗って手を振る彼女が見えるようだ。

内容紹介

「68歳は閑である。バアさんが何をしようと注目する人は居ない。淋しい? 冗談ではない。この先長くないと思うと天衣無縫に生きたい、思ってはならぬ事を思いたい」友人とともに料理をし、家族を思いながら、韓流や漢詩に身をこがす。人生の名言がゴロゴロ転がっているエッセイ集。

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2012年1月11日 (水)

上へ下へ~

昨日は私の病院の日だった。

おかげさまで近いところにある大学病院。

夫に仕事を休んでもらって朝7時半過ぎに出、8時ちょっとすぎに着く。
(そういえば母はそのことを夫にお礼を言っていた。ありがとうね、休んで行ってくれて、って。当然と思っちゃいけないな。)

閑散としている病院内が次第に活気を帯びてくる様子がよくわかる。

担当の先生はきびきびして気持ちがいい。

会計まで終わって9時過ぎ。

10時前には役所の分室へつく。
証明書を数枚もらう。

スーパーで買い物をするもここもすいている。

それから母のところにいく。
母と話をし、連休に鳥取までカニ食べに行った息子のお土産を渡す。

003009出雲大社にも行ったらしい。

出雲大社に行ったなら、自分たちのこともお願いしてくればいいのに。
してきたんじゃないの?どうかねえ。
と母と妹と3人、遠慮ない。

お土産の「出雲神話」  
そのなかは
四国の「一六タルト」のよう。

シジミは三つの味で、三人で分けた。

005_3お土産はあとはお守りで、、
「健康長寿」は母に。
「交通安全」と「勝ち」お守りは夫に、だった。
1月末が誕生日なので、気持ち的には全部夫向けだったようだ。みんなで分け合うのが一番!

そのあと、
甥っ子とそのお嫁さんと息子のSちゃんも来て。

みんなでお昼を食べ、3時過ぎ早めに家に帰る。

家でやることがあるのだ。
少々の私のお仕事と
息子2に頼まれたほんのちょっとの補助作業。データ確認。

夕方娘から電話があり、
そういうわけでいそがしいのよ、というと
「そんなの自分でやらせなさいよ。」

そうなんだけどぉ、
寝てないらしいから・・・明日が締切らしい。
いま仕事というかレポートの追い込みで大変らしいのだ。

結局夫と二人で。はい、親ばかであります。

布団に入りながら
「今日も大変だったけど、いい日だったね。」
「ほんとにね。疲れた。」
と話す。

おばあちゃんのとこにも行ったし、
息子の手伝いもしたし。

上にも下にもよくやった。
自画自賛でどっと疲れて寝た。

毎日「今日もいい日だったね。」と言って寝られたらいいな。

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2012年1月 9日 (月)

すでに9日!?

去年のリフォームの後片付けの仕上げ?から

パソコンを買い替えたのを少しずつ移して、少しだけしている仕事に向けて用意したり、

何かとあわただしい、とはいっても
決して焦ったりはしない私です。

だから
毎日忙しく思うのかな。

006去年からのホウレンソウ
すでに合わせて4回ほど鍋にしていただきました。

込み合ったところを抜いたり、
後からまいたのが出てきたり、まだまだしばらく楽しめそうです。

前に載せたガーデンレタス詰め合わせセットは、
この写真以上にモクモクになっていまして、
母のところに年末持っていったら
たいそう喜ばれて、
「何の鉢植えかしら。」とびっくりしたそうで、
冬の緑の葉っぱができたと
「何よりもうれしい。」と喜んでくれました。

ベランダは夫の野菜畑になっております。私は優しく見守っております。はい

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2012年1月 7日 (土)

六花亭の・・・おふたりで

先日の

花園フォレストのロイヤルクーヘン アーモンドは年末年始においしくいただきました。

002


そして、実家で甥っ子のお嫁さんのAさんにお正月にもらったのが六花亭のこれでした。

「菓子名・おふたりで
名前が面白いです。
誰と「おふたりで」なのかな!そんなことを考えてしまいます。 
抹茶味とモカ味です。

二輪草からきているようです。二輪草は私の大好きな花です。

一つの株から二輪の花が寄り添うように咲く二輪草」と説明書きにありましたが、この「ダックワーズ」というお菓子との関係はよくわかりません。

その名を関したこのお菓子は六花亭の中でも、あまり見かけないお菓子です。
でもこの名前は忘れないでしょう。

開けてみたら賞味期限が迫っていたのであわてました。

(お)ふたりで一個ずつ食べました。ごちそう様。

「アーモンド粉末とメレンゲを合わせてふんわりと焼き上げたダックワーズです。大納言小豆入りバタークリームをサンドした抹茶味と、刻みビターチョコ入りバタークリームをサンドしたモカ味を詰め合わせました。」

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2012年1月 6日 (金)

『貴婦人Aの蘇生』 小川洋子

年をまたいで読んでいた本である。第1作目

つまり、読み出したら止まらない、という本でもなく、
またこの年末年始の忙しさに本を持っても、次のページに進むこともなく、寝入ってしまった夜が多かったせいでもある。

つまらなかったということではないが、
私の寝る波長に作者の息使いが合っていたということかもしれない。

小川ワールドの独特の文体で、静かに語る優しいまなざし、想像力をかきたてる情景。

私はすっかりその世界にはまっていた。

「伯母の名前はアナスタシア。ロシア語で蘇生を意味する言葉」なのです。

内容(「BOOK」データベースより)

 北極グマの剥製に顔をつっこんで絶命した伯父。死んだ動物たちに夜ごと刺繍をほどこす伯母。この謎の貴婦人は、はたしてロマノフ王朝の最後の生き残りなのか?失われたものの世界を硬質な文体でえがく、芥川賞作家のとびきりクールな傑作長編小説。 

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2012年1月 5日 (木)

冬本番!かな。

昨日も忙しい一日でした。

あっちこっち、そして母のところもお正月以来だったので、様子を見に行きました。

用事を済ませて、P1320841

出てきた外は寒い北風が吹いていましたが、

空は美しく星が瞬いていました。

星は写っていないけれど、

確かにあそこにあったのです。

木と木の間に、ほら!ね。

北国から雪の情報が届きます。

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2012年1月 2日 (月)

新しい年が始まりました!

二日は

母のところに原則集まる日です。

P1320766


お昼前、地元のお稲荷さんにみんなで初もうで。

毎年の恒例です。

それから
実家でにぎやかに。

P1320803


これまたここ数年の恒例となった
息子の会社からのおせちを差し入れてもらい、

ああだこうだいいつつ
にぎやかに
食べつくしていきます。

めでたくも元旦生まれの妹の旦那さんのお祝いの誕生日ケーキもあって、

おなかいっぱいなのに

まだまだ食べ物が出てきます。

ねむくなったところで、あわてて 

P1320819


これまた定例の集合写真を撮ります。

ああでもないこうでもない

3台のカメラを操って

とれた撮れない
あっちだこっちだ

何枚撮ったでしょう。総勢14人

でもこれも大切な記念です。

去年暮れに
母の家の玄関先の山茶花の木に蜂の巣を見つけ
夫がそれをとりました。

ネットで見たら、縁起物だと書いてあったので、

この家に出入りする家族みんなに幸せが来るということだと思って
感謝することにしました。。

直径15センチほどのその蜂の巣は

昨日誕生日だった妹の旦那さんが持って帰りました。
代表してきっと大事にしてくれるでしょう。

今年もまた
忙しくあわただしいお正月は過ぎていきます。

何も変わらない、
でも何かが少しずつ変わり、
みんなの笑顔は何時までも続きますように。

集まったみんなの顔を見て
小さな願いをそっと思いました。

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