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2011年6月23日 (木)

『グラスホッパー』伊坂幸太郎

先日読んだ「マリアビートル」に関連して
その前に書かれた同じ雰囲気のものということで読んだ。

誰かが同じようだと言っていたからである。

当に同じように犯罪者(殺し屋)が入れ違い出てくる。

違うのは
その中心に妻を殺されたやさしい男がいることだ。

いつもそばにいる気がする妻のために復讐をする。
心の中で妻と会話しているのだ。
グラスホッパー 36冊目

内容(「BOOK」データベースより)

「人は誰でも、死にたがっている」「世界は絶望と悲惨に塗れている」でも僕は戦おうと思うんだ。君との記憶だけを武器にして―待望の書き下ろし長編

無茶苦茶な心で暴走する。
「死」というものがあっさりと簡単に出てきて語られているが
その言葉はもしかしたら作者にとって別の意味の何かを表しているのかもしれない、とふと思った。
それは「死」とは逆のこと、生きることにとって大切なこと、希望とかそういうものなんじゃないかなどと。
「死」を意識するということは逆に今の「生」を意識することだ。
生きるための言葉は本のはしばしに散らばっている。
「いろんなことを消化するんです。」
「生きようと思うんですよ。」
「せっかく生きているのに死んでるみたいだと、妻に悪いじゃないですか。」
「生きてるみたいに生きてやる。」(バイキングの場面)
がんばれ!と思う。
「ブライアン・ジョーンズがローリング・ストーンズにいた」のは確かだった。

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