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2011年5月の22件の記事

2011年5月31日 (火)

壱岐から

30日午後現在,東北地方を風雨が襲っているようだ。

台風2号が熱帯低気圧になったものだ。

この辺はそう強かった記憶も無いが、私が寝ていただけかも。

そんな中息子はまたもや壱岐に金曜夜から友達と出かけていた。

私は飛行機に間に合ったかな、ぐらいを心配したが
台風の心配もするべきところであった。まあこれは本人たちに任せて。
子供でもないし。

私も旅好きでいろいろ出かけているが
天候を理由に帰れなくなったことは無い。
そういうことを期待しても、そういうことは無かった

だからだーいじょうぶよー

でも日曜日午後、
「船が止まった。今、宿取った。」のメール

そうか、せっかくだから楽しい夜を、ね。

で、仕事はどうしたのかわからないが
帰れないものは仕方ない。
重要な仕事があればいかないに違いない、とまたのんきな考えで。

午後に帰ってきて
一応あわてて職場に向かった。

20115_283 20115_287 今、買って来てくれたお土産たちがテーブルに乗っている。

壱岐といえば「麦焼酎」らしいぞ。
それに対馬特産おつまみ「かわはぎ」
そして壱岐の大塚製菓堂の「栗まんじゅう(大)」

20115_285
交通安全ステッカー(ブログ「走る御朱印帳」)
壱岐国 一之宮 天手長男神社
おもしろい名前だ。先日
両子(ふたご)神社に行ったからな。自分のも行かないと、ね。

息子に「あのさ、壱岐ってどっちだっけ?」って聞いたら
「トイレに眼鏡かけて行け」とのお達し。
大きな日本地図が貼ってあるのだ。ふむ

今日はさわやかな天気だ。

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2011年5月30日 (月)

2011年読書・映画リスト

1、2 「ラスト・チャイルド」 ジョン・ハート 1月9日
3 「号泣する準備はできていた』 江國香織 1月14日

4,5、『反撃』 上下 リー・チャイルド 1月20日

6、7「前夜」上下 リー・チャイルド 1月21日

8,9,10 『大聖堂 果てしなき世界』 上中下 ケン・フォレット 2月6日

11キケン』有川 浩 2月12日

12 『夜の蝉』北村薫 2月15日

13 「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」2月17日 

14 『神様のカルテ』 夏川草介 2月20日
15 『キトキトの魚』 室井滋
16、17『死の教訓』上下 ジェフリー・ディーバー  2月25日
18 『うさぎパン』 瀧羽麻子 2.27
19 『クローバー』島本理生 3月2日
20、21 『五番目の女』上下 ヘニング・マンケル 3月8日
22 「女刑事の死」ロス・トーマス 3月19日
23 「奪回者」 グレッグ・ルッカ 3月27日
24 『神様のカルテ2』 夏川草介 4月3日

25 『名もなき墓標』 ジョン・ダニング 4月16日
26 『死の蔵書』 ジョン・ダニング 

27 『ブラック・ティー』 
28『紙婚式』 山本文緒
29 『そして夜は甦る』 原  5月2日
30 『闇に抱かれた女』 T・J・マグレガー  5月13日
31『音もなく少女は』 ボストン・テラン 5月24日
32 『マドンナ・ヴェルデ』 海堂 尊 5月26日
33 『終りなき夜に生れつく』 アガサクリスティ 6月2日
34 『マリアビートル』 伊坂幸太郎 6月7日
35 『愛おしい骨』 キャロル・オコンネル 6月15日
36 『グラスホッパー』伊坂幸太郎 6月23日
37 『銀幕に踊る死』 T・J・マグレガー
38 『ストーリー・セラー』 有川 浩
39 『本日は、お日柄もよく』 原田 マハ 7月6日
40 
『ひそやかな花園』角田光代 7月11日
41『小さいおうち』中島京子
42『花々』原田マハ 7月27日
43『海の上のピアニスト』アレッサンドロ・パリッコ 8月5日
44『きらきらひかる』江國香織
45『ペンギンハイウェイ』森見登美彦
46『海』小川洋子 8月20日
47、48『空飛ぶタイヤ』池井戸潤 8月25日
49『十二の嘘と十二の真実』あさのあつこ 8月27日 
50『森崎書店の日々』八木沢里志 8月30日
51『シューマンの指』奥泉光 9月5日
52、53 『錨を上げよ』 上下 百田尚樹 9月19日   
54、55『悪の教典』 上下 貴志 祐介 10月2日
56,57『シアター』1,2、 有川浩 10月6日 
58 『謎解きはディナーのあとで』 東川篤哉 10月7日
59 『明日のマーチ』 石田衣良 10月10日
60 『架空の球を追う』 森 絵都 10月13日
61 『向田邦子 暮しの愉しみ』 2011.10.18 
62『ロードサイド・クロス』 ジェフリー・ディーヴァー 2011.11.08
63 『ちょんまげぷりん』荒木 源 2011.11.09
64 『本に埋もれて暮らしたい』桜庭一樹 2011.11.12
65 『モダンタイムス』伊坂幸太郎 2011.11.20
66 『人生がときめく片づけの魔法』近藤麻理恵 2011.11.22
67 『あやつられ文楽鑑賞』三浦しをん 2011.12.06
68 『背後の足音』へニング・マンケルと「オーケストラ」 2011.12.20
69 『明日につづくリズム』 とふるさと 2011.12.27

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立浪草

20115_157 先日の旅で見つけた野の花

昔はよく見つけたけれど、
最近見なくなった
って
私が外にでなくなったのかな。 

きれいな薄い藍色の

立浪草

山野草を求めて
丹沢のふもとをうろついていたころが懐かしい。20115_163

ニワゼキショウが一輪
まわりには
コメツブツメクサ

20115_164 どんより 曇り空に
お日さまが恋しくなって。
野原を探してみました。
写真ですが。

こっちはブタナ?かなぁ。
丈は短いけど。

よく見る花です。

こんな山奥にもあるのです。

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2011年5月29日 (日)

湖月堂の

九州 湖月堂のお土産

松本清張も子供のころそのショーウィンドウに夢と憧れを持った、と。
HPにも書いてある。
歴史ある菓子の店。

栗饅頭とぎおん太鼓

20115_273 20115_275 息子が今仕事が暇ということで、毎週のようにでかけている。

そのお土産。

十個入りの立派な箱詰め。

翌日母と妹と温泉に行く約束をしていたので
どうするか眠れないほど(?)迷っていた。

なにを、って
このお土産をどうするか、
である。

結局
それぞれ家族の数で分けようと決めて持っていく。

我が家が二人分、母の分、妹夫婦の分である。
最終的に妹は旦那さまは食べないかもということで
母に3個ということになった。

母もそれで満足そう。

ともに栄養つけようぞ。(つけすぎじゃ!)

おかしいでしょ。
お菓子をどう分けるかで、大騒ぎ。

息子は今週末は壱岐に出かけているようで
おいしそうなアジの干物の朝ごはんの写真が送られてきた。

ふーん、いいね。

20115_272 20115_051 こちらは富山のほたるいか

 あーんど

 草津のからみそ

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2011年5月27日 (金)

パパのすぐ

20115_281 マゴッチ1号語録。

「パパぁ これやろうよ」
「いいよ、もうすぐね。」

「すぐって、パパのすぐじゃだめだよ。

○ちゃんのすぐじゃないと。」

聞いていたパパとママはドキッ!

そうかぁ、

パパが「もうすぐ」といってもなかなかその時間が来ない。
特に待っているものにとっては。

大人が自分の都合で「すぐといってもすぐじゃない」ってことを見破られているのだ。

子供だけじゃなく、
待っているものと待たせているもので同じ時間でも長さは違う。
できるだけ「すぐ」は「すぐ」にしてあげたい。
あるいは、「すぐ」でない時間を。

じっと待っているマゴッチの思いをまなざしを考えてしまう。

20115_282 先日もみんなで新潟に行ったとき
われわれの車に一緒に乗っていたマゴッチ。

もうすぐつくというとき
運転手である息子1に「ねえ、まだ?いつつくの?」
「もうすぐだよ。」
「いくつ数えたらつく?」
「うーん百ぐらいかな。」
「ひゃくぅ?長いよー」
「じゃあ50を二つ」
「わかった。いーちにーぃさーんしー
そのうち15,16、・・・
やがてすごいスピードで28,29,30・・」となった。

あれから息子は言う。
「運転中に○ちゃんが数えるのだけはやめて!
すごいプレッシャーになる。」と。

誰でもそうだが
時間は自分のいいようには流れてはくれない。
いつでも同じなのに
速く感じたり遅く感じたり、時間とは不思議なものだ。

ずっと前に「年を取ると時間が速くなるのはなぜか。」というブログを書いたが、平等なはずの時間も幼な子と60過ぎではその意味も違うのだろうか。

誰のそばにも一緒にいる時間。
これからも仲良く楽しくすごして生きたいと思う。
そしていい時間をたくさん持ちたい、それに感謝して。

片手にも満たない年の若さにも負けず、好奇心をもって毎日を過ごして行こう。
さて、コーヒー飲んでから、ね。

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2011年5月26日 (木)

『マドンナ・ヴェルデ 』海堂 尊

内容(「BOOK」データベースより)

「ママは余計なこと考えないで、無事に赤ちゃんを産んでくれればいいの」平凡な主婦みどりは、一人娘で産科医の曾根崎理恵から驚くべき話を告げられる。子宮を失う理恵のため、代理母として子どもを宿してほしいというのだ。五十歳代後半、三十三年ぶりの妊娠。お腹にいるのは、実の孫。奇妙な状況を受け入れたみどりの胸に、やがて疑念が芽生えはじめる。「今の社会のルールでは代理母が本当の母親で、それはこのあたし」

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2011年5月25日 (水)

片付けをする理由

4月ごろから
ゴールデンウィークもなんのその
帰ってきた子供たちも巻き込んで
我が家は「全室こぞってお片づけ月間」が続いている。

なんだかんだと計画されていたのが
とうとう実施されることになったのだ。

防衛省による「防音工事」というものである。
マンションなので管理組合がすべて取り仕切ってくれている。
いろいろと思うところもあるが、やっていただけるというのでここはお願いすることに。

20115_270 いま、窓のサッシを新しく変えるところまできた。
これだって大変だった。
窓辺といってもその周辺はいろいろと物が置いてある。
それをどかして窓辺を空けるのだ。

そこまでは何とかいったが
大変なのは次に控えている壁の張替えである。

長年すんでいるので
ほとんどの壁部分には家具や物が置かれている。
その壁を空けなければならない。

「壁から家具を離して、間を1メートルほど空けてくれればいいですよ。」
などといわれたが、
両方から1メートルあけて、両側のたんすや本棚を真ん中に寄せるとどういうことになるのか。
やってみないとわからない。
とにかく夫婦二人(主に夫だが)そんなこんなで疲れ果てて。

同情した娘が日帰りで手伝いに?きてくれた。
マゴッチ2号を抱えて。

片付け始めて
よーくわかった。いまさら?である。
なんと物が多いことか。

反省しきり。
そういうことで押入れから子供たちの思い出の品私の木製のミニチュア家具なども出てきたのだ。

要るものといらないもの
その識別をもっと厳しくしないといけない。

子供たちのコレクションも結構置いてある。
そう話したら「実家ってそういうものでしょ。」などととぼけたことをいう。

よく考えると(考えなくてもわかるけど)私もよく母にあのノートいらないよね、とつい最近まで言われていたものだ。

サッシのシーリングをしていた人が、飛行機の飛ぶ音に驚いて
「すごいですね。」という。

工事をする前までそんなにすごいと思わなかったけど
やっぱりそうなのか。
今日は特に音がよく聞こえる気もする。

工事が進むにつれて、飛行機が
「いかがかな」とばかり飛んで、できばえを観察しているのかもしれない。

来週いよいよ壁紙だ。

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2011年5月24日 (火)

『音もなく少女は』 ボストン・テラン

以前に書いた図書館からのリクエスト本

読みはじめから違和感というかなんというか。
この日本語になじめないのかな。

おそらく原文のタッチがこういうものなのだろう。
とはいっても私にはそれがどんなタッチなのかさっぱりわからないが。
そこは翻訳業をしているネット仲間に任せるとして。

音もなく少女は (文春文庫)内容(「BOOK」データベースより) 31冊目

貧困家庭に生まれた耳の聴こえない娘イヴ。暴君のような父親のもとでの生活から彼女を救ったのは孤高の女フラン。だが運命は非情で…。いや、本書の美点はあらすじでは伝わらない。ここにあるのは悲しみと不運に甘んじることをよしとせぬ女たちの凛々しい姿だ。静かに、熱く、大いなる感動をもたらす傑作。

読み終えて、いや、途中からも思う。
「これはミステリーとは違う。」

女性を描いた小説なのだと。

「このミステリーがすごい!2011年版」第2位!!」
このフレーズを読んでリクエストした私が悪い。のか?のだな。

何も知らずに読めばよかった。
一気に読むこともできず、しかし放り投げることもできず。
九州まで持っていったが、もちろん読み終えず。

印象的な話ではある。

登場する女性たちは、おかれた中でさまざまな苦難差別偏見を受け、がんばる。

原題が「WOMAN」らしい。
筆者のテーマがここから見える。

今日は母と妹と近くの温泉へ行ってきます。

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2011年5月22日 (日)

臼杵石仏へ・・⑥

程なく臼杵の町へ。20115_195_2
(この旅を最初から読むのはこちら

20115_196 駐車場から入り口へ。
どこにも自動解説装置があります。
ほとんど人のいないところでじっと聞き入ります。20115_204

20115_203緑濃い森の間に

「■臼杵石仏(磨崖仏)うすきせきぶつ(まがいぶつ)

古園石仏大日如来像に代表される臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われています。
その規模と、数量において、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、平成7年6月15日には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定されました。
その数は、60余体にもおよび、このうち59体が国宝となりました。
石仏群は4群に分かれ、地名によって、ホキ石仏第1群(堂ヶ迫石仏)、同第2群、山王山石仏、古園石仏と名づけられました。
それぞれに、傑作秀作ぞろいであり、表情豊かな御仏の姿は、みる者の心にやすらぎをあたえてくれます
20115_211_2 。」(HPより)

修復後すべてが覆堂のなかに収められている。

20115_214 20115_21620115_230  20115_218 さすが国宝というか、なんというか、整備されていて、誰にでも見られるすばらしい石仏群だ。

昨日の熊野の磨崖仏の荒々しさとはまったく違う。

「あ~歩きやすい階段じゃ」とか「入り口から近くていいねえ」 とかいいながら歩く。

思いはみな同じ、かな。
印象は昨日のほうがはるかに強い。

確かに国宝らしくすばらしく素敵、ではある。

両方見られたからこその思いであった。

20115_22720115_228有名な大日如来

頭が地上に落ちていたのが良く知られている。

それを元に戻すのが国宝指定の条件だったという。

20115_236_2それから別府に戻り、鶴見岳へロープウェイで登る。
ロープウェイといってもそこから山頂までもわれわれ(いえ、私?)にはちょっと息切れ状態。日差しが強く汗びっしょりになった。
山の緑が美しい。

と思って調べたら
駅が1300メートルで頂上は1375メートル。
徒歩約10分だって。ひえーそうかぁ。
えへへ、旅の疲れもあっのだよ。

七福神めぐりなどもちゃんとしたし。

20115_242 見晴らしは抜群!

4時過ぎ別府を出て、
空港へ向かう。
8時過ぎの飛行機で帰る。

運転手つきは楽である。
道の駅でやさいまで買った。

20115_265 夕食は空港でラーメン
おいしかったです。

ありがとう
楽しかったね。

お世話様でした。

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2011年5月21日 (土)

関アジ、関さばへ・・・⑤

翌日朝
温泉に行ったらまた韓国の観光客さんたちと会った。
出かけようと外に出たらバスに乗り込むところだった。行動パターンが同じなのだな。

20115_142 20115_143 昨日みた高等温泉
100円違いで高等と並湯があるという。

今日は佐賀関に行く。

20115_148 途中見事な並木道を通る。

20115_151 佐賀関の道の駅から見る海の水はきれいだ。

20115_152 佐賀関でお昼を食べる予定。
その前に半島をめぐる。

20115_154 道は海沿いを通り、狭い。

やがてガードレールもなくなって
海に落ちそう。

自然がいっぱいだ。

20115_159 向こうには四国や瀬戸内海の島も見える。

20115_161 20115_166 のどかで誰もいない。
ちょっとした空間には漁村があり、何か作業をしている。
海とともに生きている感じがする。

白浜、黒浜?というところがあった。
しめ縄が結び付けられた岩。夫婦岩かと思ったらビシャゴ浦姉妹岩というようだ。

きっと何かいわれがあるのだろう。

20115_169 20115_175 20115_180 20115_182 10時半ごろ「関の猟場」という料理屋の駐車場に着く。

11時からと聞いていたがもうやっているとのこと。

隣の漁協が経営していたが最近独立したらしい。

でもメニューはネットで調べたのと同じだった。
一番乗り。

やがて一組二組三組と席は埋まっていく。
四国の佐田岬と約14キロ、四国に一番近い九州の岬である関崎のある佐賀関(大分市)。瀬戸内海と外洋を結ぶ豊予海峡(速吸瀬戸)に面している町です。豊予海峡は鳴門海峡、関門海峡とならび称される流れの速い海峡であり、この流れの中で育ったアジやサバは身が引き締まり特別おいしいと言われており、関サバ、関アジの名で全国的に有名です。
 佐賀関にはこの関アジや関サバを食べらせてくれる魚料理店が多くあり、ドライブの途中に美味を味わってみるのも一考です。」

20115_184 20115_187 20115_188 20115_189 われわれの注文したのは
「関アジ関さば定食」「骨の唐揚」
「りゅうきゅう丼」「刺身盛り合わせ」など。

思う存分注文!
とはいってもそんなには食べられない。

20115_190 20115_192 アジもさばも刺身が何じゃ?とおもう。

今まで食べていたのとは違う。

コリコリと硬い!
身がしまってるのかな。
アジも家でも良く作って食べるが固さが違う。

さばは酢でしめたのしか食べてないのかな。
りゅうきゅう丼はアジのづけ丼みたい。
1100円とお買い得。
いい経験をして
次の目的地へ向かう。

こんな料理を前にした写真を娘と息子2へ送る。
なんとやさしい私たち。あは

次は臼杵の石仏だ。

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2011年5月20日 (金)

別府の夜・・④

20115_129 今日の夜は食事のところも決めてある。

駅前のホテルに素泊まりし、
豪華な夕食をいただく。
先日の新潟の一人の宿泊費よりも今回の3人分の方が少ない。

どうせなら、この前の新潟旅行とは逆に振れてみようということで。
そういうことで夕食だけはいろいろ調べてある。

だから先の熊野磨崖仏の階段などは調査を見落としたのだ。

チェックインし早速食事に行く。

とよ常」というところ。
駅前にもあるが、どうせなら本店に行こう。 

土曜の夜だけど7時少し前なので入れるかな。

海にむかって歩いて10分足らず。
あったあった。

ホテルの一階だというが、ホテルの名前より大きな看板。
ほぼ人でいっぱい。
でもカウンターが空いていた。
そのあと玄関のほうを見ると、もう待っている人がいた。
「タッチの差だったね。」

あの坂道を登って、のどが渇いていたので
まずビールを頼んだ。

空きっ腹ではダウンしてしまうので少しずつ。
早速注文。

20115_133 20115_135 刺身定食

(刺身。酢物、焼物、かれい唐揚、ごはん、赤だし、漬物)

20115_132 刺身三種盛り

20115_134 名物とり天

20115_138 アジ干物

20115_137 そして噂の?特上天丼
680円

20115_139 クチコミでも人気だった。
リーズナブルでおいしかった、どれも。

おなかいっぱい、幸せになり温泉に入るべくホテルに急ぐ。

20115_141 駅近くにあった「駅前高等温泉」

建物がおしゃれ、レトロ
名前はおもしろい。

ホテルのお風呂は大浴場部屋ともに温泉で気持ちよく疲れも取れた。良かった。

韓国からの団体観光客と行動時間が一緒になり、
お風呂では小さくなって・・・

あーぁいい日だった。
明日は関アジ関さばだ。

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2011年5月19日 (木)

大変だった~『熊野磨崖仏』の石段③

20115_111 緑の山の中を駆け下って行くと
富貴寺や真木大堂などを横目で見て、
熊野磨崖仏の表示が出ました。

結構細い道をとおり、駐車場に入れると
3台ほどの車。

さて出かけますか。
と歩き出しますと、受付風の窓から声をかけられ、「見に行きますか?」
「え?はい!」(もちろんです)

「どちらから、?」
「関東です」
「じゃあ見たいですよね。」「あ。はい」
何を言いたいのか良くわからない問答をしばらくして、話している内容を総合すると
受付は5時までで、「はい、今は4時40分ですね。」
登るのはきつくて元気な人でも往復40分はかかります。(つまり帰りは5時過ぎてしまう)
なので帰りは私(窓口さん)はいないので
登るのなら気をつけて登ってください。
けがはしないように。

料金はいただきません、無事に帰ってこれればこれはお得です。(そうはいわなかった)3人で600円ね。
そこの杖を持っていってください。(命令のようだ。私を見てのことらしい。)

「熊野磨崖仏への入り口は、豊後高田市田染の田原山(鋸山)山麓にある今熊野山胎蔵寺(いまくまのさんたいぞうじ)である。
この寺の脇から急な山道を300メートルほど分け入ると、鬼が一夜にして積み上げたという伝説が残る自然石を乱積にした石段に達する。この急峻な石段を登ると左手が開け岩壁に刻まれた2体の巨大な磨崖仏が現れる。また、石段を登りきると熊野神社がある。」ウィキペディアにはそう書いてある。

そしてまさにそのとおりだったのだ。

少しだらだら道を登ったあとに、普通の石段、そしてさらに続くのが、この、でこぼこぐちゃぐちゃの高くそびえる石段。
20115_117 昔の人が石ころを運んできて積んだに違いない。その苦労を思う。
大小取り混ぜた石でできているまったく平らでない石段(石段と呼んでいいのか)。
聞けば99段あるというけれど、どこで1段なのかすらわからない。
次はどこに足を置けばいいのかもわからない石段。
最初のところで撮ったが、この先のほうがもっと急でごろごろもすごい。
そのころはカメラを構える事すらできなかった。

鬼も急いで作ったらこれくらい雑な石段になるわなア。
もう少し「いい仕事!」を望むところでありました。
まあこんな石段を登れたことで翌日まで、いえこれから先も十分話の種に尽きないので、これはこれでよかったかな。

急な石段でも遠くに先が、終点が見えれば登りやすい。
一回二回休むたびに上を眺めても先は見えない。
ながーい階段がひたすら・・・

私は必死に登り、もうやめようかという顔で私を見る二人に
「行く、絶対」と進む。

今までの中でこんな石段にあったことない。
長くてごつごつで・・・

20115_119 でも足を動かしていけばいつかはつくものです。
そして急に、下ばかりを見て必死だった私が見上げると、急に見えた。
大きな岸壁に現れた磨崖仏。

開けた空間
誰もいない。静かに微笑む仏様が見下ろしている。

「こんにちは。きました。」
「ふむ、」

最古最大とかいわれるがどうなのだろう。

「平安時代後期の磨崖仏で、国の重要文化財(1964年5月26日指定)及び史跡(1955年2月15日指定)に指定されている。

  • 20115_118 20115_121不動明王
  • 向かって左に位置する高さ約8メートルの半身像。比較的軟らかく加工しやすい岩壁に刻まれており風化が進行しているため、明王像ではあるが憤怒の相は現さず、口元に柔和な笑みを浮かべているようにも見える。
    左右両脇には高さ約3メートルの矜羯羅童子制多迦童子像の痕跡が認められる。」

そうか、長い時を経てきて、怒りも微笑みに変わったのだな。
その微笑みが身内の誰かに似ている。

  • 20115_125_220115_1251 大日如来
  • 向かって右に位置する高さ約6.7メートルの半身像。高さ約8メートルのくぼみ(龕(がん))の中に彫り出されている。羅髪等の造形的特徴から、不動明王像よりも制作年代が下ると推定されている。

階段を必死に下りていたら、まだまだ登ってくる人がいた。
私が慎重に降りきったらすぐその人たちも降りてきた。速いね。

20115_127 怪我をしたらいけない。
携帯もつながらないこんな急な階段の途中で。
救急車さんもどうしようもない。必死で降りてきた私でした。

健脚の皆さんにはきっとなんでもないでしょうけど、私にとっては、はぁでした。

下にあるお寺にも石造りの仁王様。

さぁ別府に行きましょう。

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2011年5月18日 (水)

『両子寺(ふたごじ)』国東半島・・②

国東半島はそのほぼ中央にある標高721メートルの両子山からきれいに放射線状に海へと広がる28の谷が刻まれているという。
この谷にできた村を6つに分けて、発展してきた仏教文化が六郷満山ということです。

航空写真を見ると国東半島の丸さが良くわかります。

周防灘に丸く突き出した半島の国東半島は、奈良時代から平安時代にかけて六郷満山と呼ばれる仏教文化が栄えた所。

20115_093 今もその遺跡が半島の至る所に散在し人々は「み仏の里」と呼んでいる。
6~7世紀に伝来した仏教とそれまで信じてきた神とをともに取り入れ神仏習合文化としたのです。

独特のこの、異教も受け入れともに生きる思想は心広きひとの、しかも誇るべき理想だったのではないでしょうか。
地元では世界遺産にという運動もおきているようですが。

 崖に刻まれた熊野磨崖仏に代表される石造物も多く、国東塔と呼ばれる独特の石塔も見ることが出来る。
たしかにどこにでも石像物がありました。

「奈良・平安時代に奈良や京都の文化に宇佐八幡文化や天台仏教、修験道などが混ざり合って形成された神仏習合のこの地方(国東)独自の文化」なのですね。

それはなんとなく素朴で心安らぐ雰囲気をもたらす国東半島の雰囲気である。
日曜日なのに観光客はさほどいなくて、緑は美しく、いい雰囲気だった。

両子寺と書いて「ふたごじ」と読み、奥の院に両子大権現がほかの像とともに祀られているというのを聞いて、これは行かねば、と思った次第。
両子大権現とは「男女二天童子(男と女の子の双子)」である。我が家と同じだからです。

両子寺はその六郷満山の総寺院の地位にあります。

718年仁聞菩薩の開祖といわれる。
仁聞菩薩はこの地区に60ほどの寺を作り、今も30ほどが残っているとお坊様に聞いた気がするがネットを見ると定かではないし、そう聞いたのかも今や自信がない。

20115_094 両子寺は緑深い山の中腹にあり、若葉紅葉は美しいといいます。
深山幽谷って言うことでしょうか。

うろっとしていたら護摩堂から御住職に呼びかけられ
お堂にあがってお話を伺いました。
この護摩堂は明治2年消失後20余年の歳月を費やし、25年に元通りに再建されました。

20115_095  赤い鳥居をくぐって階段を上る奥の院は不思議な場所にあり、岩を背に半分岩の中にたっています。
20115_09620115_098 20115_097  その裏の洞穴をめぐると石仏。

それから古い石畳の参道を降りて(順路が逆ですが)いきました。
20115_099_2  20115_101_2 20115_104 緑の中をゆったりと歩いて山門を過ぎ、その下にある石造りの仁王像を見に行きます。
国東半島最大の石像仁王像。
総高245、像高230センチ、1814年作。

それは素敵な空間でした。
このあたりの寺にはみんな石の仁王像があるということです。

時間を気にせずじっくり見たので、さて次だ!と思ったら
もう4時になろうとしていました。あらまあ。

20115_106 山を降りながら、行きたかった富貴寺は4時半までだから
もう間に合わないので、5時半までの「熊野磨崖仏」へ。
ここにはぜひ行きたいっ!
(③熊野磨崖仏へ続く)

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2011年5月17日 (火)

大分へ 宇佐神宮・・・①

去年に引き続き
息子からの父の日母の日プレゼント旅行(運転手付き)は
大分へ行きました。

いい天気で、途中は地上が良く見えまして、頭の中に地図を思い浮かべて飛んでいました。

20115_060 八ヶ岳か、南アルプスでしょうか。
まるで粉砂糖がかけられているようです。
いい景色はこれからの旅を楽しいものにしてくれそうです。

瀬戸内海、宮島も見えました。
20115_063 北九州飛行場から入ります。
海の上の飛行場。
長い橋でわたります。
去年は耳が心配でしたが、さほど神経質にもならず良かったです。

レンタカーを借りて出発します。

20115_065 宇佐までは何もないので、お昼ごはんを探して走ります。
ちょうどいいところにうどん屋さん。
たま丼とうどんのセット。揚げ玉がテーブルにあるのが西らしい?
おいしかったけど。色は薄いのにしょっぱいつゆ。

そしていざ宇佐神宮へ。
下の子たちが中学を卒業したときに全員で車で九州一周しました。
車ごと門司(?)まで乗って、われわれは同じ電車の寝台で、というプランでした。
その時家族4人で(夫は忙しいので予習には参加せず)九州を分担して調べ、パンフレットを作りました。

表紙は息子1の製作で「九州急襲なんとか号」という題が書いてあり、
それに感心したのを覚えています。
娘に「今回は九州、大分に行くんだ。宇佐神宮とかね。」というと、
すかさず「あ、そこ私前に調べたところだ。でも行けなかったんだよね。代わりに見てきてね。」
よく覚えているんだね。

そんなこんなで宇佐神宮です。

20115_066 20115_069 20115_075 「宇佐神宮は宇佐でもっとも有名な観光場所。
全国4万あまりの八幡宮の総本山で、伊勢神宮に次ぐわが国第二の総廟。」という。

広い敷地にあり、なぜここにあるのか、不思議な気もする。
途中歩いていくと「皇室の人もここで降りる」という札があった。

20115_078 20115_080 20115_081 20115_084 「725年の創建と伝えられる、豊前一宮で、屈指の名社という。最奥にある上宮本殿は1861年に再建されたもので、八幡造りの国宝となっています。」

20115_087 階段をのぼり、本殿へ横から入る。
立派な格式ある本殿、三つ並んでいるので、それぞれ手をあわせる。

「二礼四拍手一礼」
これが宇佐神宮の拝礼の作法で、これがあるのはあとは出雲大社だけだという。その理由は不明らしい。

20115_086 20115_085 そこにある御神木の大楠は樹齢800年とか。
存在感ある木だった。

この上宮へ続く階段の道の周りはうっそうとした森が続く。何年も人の手が入ってないとかあった。

回廊から遠く左奥には宇佐神宮発祥の聖地 御許山(馬城山)が見えた。
一つ一つじっくり手をあわせる他の参拝者につられて手をあわせた。

20115_090 20115_092 そこから急な階段を下り、外宮へ。
なかなか趣ある。少し地味な造り。
全部を一回りするのに時間がかかった。
天気はピーカン。少々暑いぐらい。

20115_092_2 20115_072 山頭火の句碑が2010年12月に建てられたらしい。
「松から朝日が赤い鳥居」
「春霜にあとつけて詣でる」の2句

さてゆっくり見すぎたかもしれないが、
次は国東半島です。

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2011年5月16日 (月)

たけのこが、

昨日夜遅く
まだ今日にならない時間に無事帰ってきました。
その報告はさておき。

朝一番にピンポンがなり
夫の兄様と娘の婿様の実家からたけのこなどが届きました。

20115_269 あけてみると
それぞれぴっちりと輪ゴムで留め、さらにもう一枚に入れられた
野菜たち。
遠くまで行くのだから、気をつけて、そんな風に送り出されたみたい。

そしてたけのこ。

どちらも同じような方法で丁寧に詰めてあるのが不思議です。
優しい人たちなのです。

蕗は皮をむいて茹でて束にしてビニール袋に入れてありました。
山椒も茹でて味付けしたのとしてないもの。
丁寧にそう書いたメモが貼ってあります。

ラッキョウやかき菜も。
緑がいっぱいで美しい。

早速料理しながら
送り主さまたちの心遣いを思い、ありがたくてありがたくて。

ついでに送っちゃえ、とかいうのでなく
私のことを気遣って下さっている様子が野菜たちの中からあふれるようでした。

おいしくいただくことが
とりあえずの私にできること。

一つ一つ
おいしい、おいしいといただくことにしましょう。

本当にありがとう。
ようこそ野菜さんたち。

そういうわけで
旅の報告は明日から。

おまけにいま我がマンションは大工事の真っ最中で
明日もその工程の一つが予定されているのです。

まあ何とかなるでしょ。

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2011年5月15日 (日)

去年に引き続き・・・

今週は

去年に引き続きまして

父の日母の日記念で

息子のご招待旅行に行ってまいります。

今回は大分国東半島あたりです。

本日夜遅く帰ります。

ご報告は
写真の整理ができましたら。

楽しみだなあ。

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2011年5月13日 (金)

『闇に抱かれた女』 T・J・マグレガー と、その後

これまた十年ほど前の本
私にはこの作者も初物
1992年3月 30冊目

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内容(「BOOK」データベースより
彼女は作家、しかも男ばかりを狙う連続殺人鬼。女性私立探偵クィンの恋人もまた、犠性者のひとりだった。犯人はわたしが探す。そう言い張るクィンに、殺人課刑事マクレアリは手を焼いていた。そんな彼らの前に新たな殺人事件が…。捜査が暴く人間の隠された顔、顔、顔。そして、最後に現われたあまりにも意外な殺人鬼の素顔とは。期待の女流が放つ慟哭のサイコ・サスペンス。

意外な犯人とあるが
途中からは普通に想像できる。

でも面白い。
続いて同じ「クィン&マクレアリのシリーズ」があったのでそれを読みかけた。

そこへリクエストしていた本が来たので、こちらはおいておいて、
そっちを読むことに。

ところがその本が評判はいいけど、
ミステリ仲間の噂はいまいち?で
同じく私も最初からその文章に引っかかってしまい
(まあ私の読むものは訳文だけど、きっともとの文体がそういう風情なんでしょうね。)
で、
なかなか前へ進まない。

このミスか何かでベスト10ということは、多くの人がよかったということだ。
なにがよかったのだろうか。
途中で考えてしまう。

まあとにかく読んでみよう。
夜寝る前が私の読書タイム。

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2011年5月11日 (水)

私がこどもだったころの

懐かしい押入れの中から出てきた。
あまたの困難、引越しなどの危機を乗り越え、
のこってきた家具!?

20115_046 20115_048 小さないすとテーブル
洋服ダンス
写真に撮ると汚れているなあ。
小さな小さなおもちゃの椅子。
座面が2×1.5センチほどだ。

娘が
「これなあに?」
「あ、これ私がむかーし、おばあちゃん(私の母)に買ってもらったんだ。
デパートで。最初で最後。」

そうだ
このあとはプラスチックのお皿やカップなどに変わってしまったのだ。
買ってもらう場所も近くの天神様の市で、になったのだっけ。

考えてみれば、60年近く前のものになる。
娘が「
いんさつやさん」を買ってもらった年齢と同じくらいかな。

少々渋い色使いだが
ここまで持ち歩いているのだから
お気に入りだったのに違いない。
いや、確かにお気に入りだったのである。

20115_044 この「全室こぞってお片付け週間!」の今
私は「どうしようかな。」と考える。
娘が言う
「いいんじゃない。部屋がきれいに
なったら飾ればいいよ。」
日ごろ物は捨てろ、片付けろとばかり言う娘にもらったお墨付きだ。

私はそれらをそっと手のひらに乗せて
しばし思い出にふける。

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2011年5月 9日 (月)

連休にお土産

連休には(も?)
おいしいものをたくさん食べた。

20115_013_2  娘たちがもらってきた山菜たち、
たらの芽、こしあぶら、てんぷらにして。
新潟から買ってきたにごり酒 発泡酒の「高千代」
あっという間に飲み干し、
息子からもらったワインも。

「もうないのかぁ」などといいつつ
空にし、
そういえるって事は楽しく時間が過ぎたって事で。

2011520115_038 20115_040  そして後半出かけていた息子のお土産
山口のういろうたちとお酒
生絹豆子朗(すずしとうしろう)」は予約して買ったらしい。しかも一両日が賞味期限というもの。しっかり食べた。ちゅるっとしておいしい。
御堀堂の外郎」味がしっかりしている。どちらもおいしかった。

「山頭火」はこれからじっくりといただきます。

私の思い出は
こうしていつもおいしいものといっしょ。

そして
またも若干!?増えた私の身の重さであります。

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2011年5月 7日 (土)

連休に懐かしい・・

片づけで、

古いおもちゃが出てきた

押入れの中から。

子供にとって

押入れは宝箱。

わが子供たちにとっては

思い出の品の数々。
ここ十数年、あけた事もなかった押入れである。

三人でよくやってた「大富豪」とかは
みんなでもう一回やってから捨てるかどうか決めよう、と上にしまった。

大昔のおもちゃはマゴッチにとっては
どうなんでしょう。

20115_035 20115_032 その中のひとつ「いんさつやさん」
ママも懐かしげにその思い出話をしている。

小学校1年生のときに買ってもらったんだ。
丁寧に使っていたようですべてそろっている
刷ってみたがカーボン紙はさすがに使えない。
二人でうれしそうに挑戦している。

マゴッチがさらっと言う。

ままぁ
女の子が生まれてよかったね。」(
じぶんのことだよね。)

「そうだね」

一つのチームのように顔を寄せて・・・
幸せそうだ。

翌日カーボン紙も手に入り
何枚もすっている。

ばあにもあげるね。
ありがと。

カーボンがないときに
紙を上に乗せて鉛筆でこするのを教えようとしたら
「それはやめて、今は。」と言われた。

そのやり方を知ってから娘はこれをつかわなくなったという。

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2011年5月 5日 (木)

いちごじゅーす

かねてからの

お約束で昨日の夜

いちごじゅーすをつくった

「ぽぽくんのミックスジュース」というお気に入りの本からの約束である。

それまでは我が家では
バナナジュース
砂糖を入れなくてもじゅうぶんあまかった

20115_026 見切りでもない、普通の高いいちごと
アイスをママと買いに行き
爺と一緒に作っていたマゴッチ

「私がスイッチ入れるからね。」

いちごが投入され

孫の目がうれしそうに輝く

次にアイスを・・・

少し水分が足りないかもと牛乳を入れる

「ハイっ!スイッチおーん!」

ぐぁぁぁぁごぉぉおお
はいOKです。

用意されたコップにそれぞれいっぱいに注ぐ

20115_028 一口飲んで
白いおひげをつけて
「おいしーぃ」

大人は
バナナより甘くない。
さとうをいれたほうがよかったかな

などと思う。

20115_030 しかし
マゴッチはコップを逆さにするように、飲み干し
「世界一のおいしさだねぇ。おいしー」
と満足げにつぶやいて、幸せそうである

翌朝
みんなで昨日のあの笑顔はかわいかったね、と話す。
子供の希望をかなえてあげられることっで
小さなことでも幸せになるものだね。
あのうれしそうな顔はいいねえ、と話した

その子供も幸せとは思うが
そのまわりのものもみんなうれしい気持ちにさせてくれる。

今日はこどもの日
純真な子供の心を守ってあげたい

子供たちみんなの大きな夢がかなえられますように。

そういえば
マゴッチ2号は初節句だった。

柏餅だな。

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2011年5月 2日 (月)

『そして夜は甦る』 原 尞(はらりょう)

久しぶりに日本人のミステリモノを読んだ。

私がなぜ海外ミステリが好きなのか、
深く考えたことはないが
その要因の一つに
日本では舞台が身近すぎてリアルに感じられるからだと思う。

もともと
現実の私は殺人も悪事もハードボイルドもあまり好きではないのだから
(誰でもそうだね。)
それがその辺の町で起きていると思うのはフィクションでも少々つらい。
外国の見知らぬ町で起きていれば多少のことも許せる、かな。

この本の舞台は東京で
なんとなく予想できる人々
若い都知事や俳優のその弟なども出てくる。

文章もなんとなくチャンドラーっぽい。
派手ではないがじっくりと流れていく。
面白く読めた。
痛いところや汚いところもないので楽に読める。

調べてみたらたいそう寡作遅筆の作家らしい。

1990年、第2作『私が殺した少女』で第102回直木賞受賞
残念ながら「りょう」という漢字は探したがなくって、最も似ている字にしたが、ひらがなの方がよかったかな。(横棒の両脇のカギがないのです。)
なおこさまより連絡いただきそれをコピーして直させていただきました。あっりがっとさーん。

【中古本】 そして夜は甦る (ハヤカワ文庫 JA (501)) 1988年初版 29冊目

内容(「BOOK」データベースより)
ルポ・ライターの失踪、怪文書、東京都知事狙撃事件…。西新宿に探偵事務所を構える沢崎が立ち向かう難事件の背後には巨大な陰謀が隠され、鮮やかなラストシーンに向って物語はスピーディに展開してゆく。レイモンド・チャンドラーに心酔する、ジャズ・ピアニストの著者が2年の歳月をかけ完成させた渾身の処女長篇。いきのいい会話と緊密なプロットで贈る、期待の本格ハードボイルド登場。

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