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2011年3月13日 (日)

3月11日

明日12日は母の米寿のお祝いである。
掃除をして、料理を作って・・・
などと考え、少しずつ取り組み始めたころ
大きな揺れが来ました。

すぐ収まるだろうと思っていましたが
なかなかやみません。

ぐうらんぐうらんゆっさゆっさ
あわててストーブを消して立ち上がり、扉を開けました。

古い家ですのでその土地ごと土台ごと
横に揺れているようで、柿の木もその上で揺れていました。
模型の家とその庭のようでした。

近くにいた甥とそのお嫁さんが心配して見に来てくれました。
「大丈夫!」とかいっていたらまた揺れて。

これはどこか遠くではもっと大きいものがあったな、と思う私。
テレビをつけたらすでに震度や津波警報が出ていました。

それからはテレビに釘付け。
はじめてみる大津波の映像です。

仙台には親戚も友人もいるので心配です。
交通機関も停まってしまい、駅には大勢の人が帰宅困難者として待っています。

出張で大阪に行っていた夫から電話で、新幹線が動いていない、ホテルも満員、やっと仕事関係の人に少し離れたところのホテルを取ってもらい、あす朝一番で帰るから、ということでした。

そのころ九州から明日の母へのサプライズのための親戚のご夫婦が(以前河口湖に一緒に行った方たちです)新幹線に乗っていました。
ぐらぐら揺れて、4時間だかとまっていたらしいです。

また、ホテルに着いたら停電で、15階まで階段を昇ったとも。
大変な思いをして来てくれているので、明日は決行です。

ラジオをつけて寝ていましたが、午前3時前、今度は長野県北部というのが聞こえました。
あわててテレビをつけ、心配していたら、息子からメールで「ここはたいしたことは無い。」と。
結局この日も翌日も新幹線が動かなくて、こちらには帰って来れませんでした。

うつらうつら寝るでもなく朝を迎えました。
娘たちもこれないかもということで、「人数が減るかもしれないけどごめんね。」
「いいのよ、そのお気持ちだけで。」

テレビでは本当に、今まで見たことも無い、恐ろしい津波がその地を襲っているのが見えました。
息をするのも忘れるほど。

息子に「心配だから、家を見てきて!」とメール。
「恐ろしいことになっている。物が落ち、食器がだいぶ割れている。テーブルも動いてるし・・」などと電話が来る。
少々オーバーとは思いつつ覚悟をする。

息子は神戸の地震の時にボランティアで出かけていきました。
今度も何かできないかと考えていたようで、
幹線道路を自宅まで歩く人々にトイレや水を、とか思ってもいたようでした。
えーっうちを?
と思ったら会社のことでした。

被害にあわれた方々に心よりお見舞い申し上げます。

電気の節約をがんばりましょうか。
がんばる日本人を見せましょうか。
私も・・・

そんなこんなで
あわただしく12日になりました。

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