« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »

2010年6月の24件の記事

2010年6月29日 (火)

命の限り

去年退院し、今年の1月に思わぬ発作がおきてその後、順調に元気になっていたのが
6月19日早朝2回もまた発作が起きて気を失い、
私はそれから落ち込んでいた。

「死」というものをいままでより以上に身近に考えてしまっていたのだ。
母を置いては死ねない、子供たちもまだ心配、孫の成長も・・
など考えるとかなりつらかった。

昨日から家にかえってきて・・・
少しずつ考え直す。こんなことをしていてどうする。
そんなことばかり考えていても時間はむやみに過ぎていく。
私の大事な時間だ。
などと考えて・・・

夕方玄関に来客
「久しぶり、体調はいかがですか?」
「かくかくしかじかで落ち込んでたのよ。でもさっき這い上がったところ。」
「あらよかったわぁ。元気なお顔が見られて。」
彼女も病気もちなので
「調子がいいなとか思ってやってると時々待ったをかけられることもあるんですよね。」という。
そうか、そんな風もあったかもしれない。
なぜそうなったのか、その理由がわからず不安なのだ。
「まあね、こういうときは宗教とかにすがる人もいるでしょうけど、
私は自分自身に頼るのかなあ。」などと話す。
それはそういう関係の運動をしている彼女への私なりの距離感でもあり、
自分自身に対する声明でもあったと思う。

こうして人と笑顔で話すということで、
落ち込みからあがったことを自覚できたのだ。

人は誰でも死に向かって生きていく。
上を向いても下を向いても同じ、
ならば毎日下を向かずに笑顔で暮らしていこう。
私に与えられた人生を

それを見てくれている家族も友達も
きっとわかってくれる。
みんなも自分の毎日を大切に、と願わずにいられない。

人それぞれに与えられた人生を
欲張らず
平常心で生きていけるかな。それが尽きるまで・・・

20106_042 20106_044 実家の御近所の方からいただいた
手作りのパウンドケーキ
一切れずつ朝ごはんに感謝しながらいただいている。

| | コメント (0)

2010年6月28日 (月)

THIS IS IT

昨日まで母のところに世話になっていた。
夜一人は不安だったので。
息子の寝ているところまでは声が届かないようで。

母と布団を並べて寝ていると不思議な気持ちがする。
本当は私が見なくちゃいけないのにお世話になりました。
二人で互いに支えあい、寄りかかりあって暮らしているきがします。
家族とはそういうものでいいのでしょうね。

その間に家で録画してあったものを、早速見た。
見たかったものである。

これが個人の記録として撮ってあったことを
そしてそれを見られたことをとても幸せに思う。
ステージも見たかったなあ。

あれからもう1年ですね。

マイケル・ジャクソン THIS IS IT デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD] マイケル・ジャクソン THIS IS IT デラックス・コレクターズ・エディション(2枚組) [DVD]

販売元:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
発売日:2010/01/27
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (4)

2010年6月27日 (日)

アガパンサス

アガパンサス
薄紫の美しい花。
雨にうたれてもしっかり頭をあげている。

| | コメント (0)

2010年6月26日 (土)

庭のバラ

バラが
束になって花をつけています。ピンクの
優しい色の花です。
雨がふるまえにぱちり

ってはずが
携帯で投稿したので、
写真が無かった。

携帯はなかなか難しい。

でもこれから先
こういうこともあると思うので、なれて行こう。

| | コメント (0)

2010年6月24日 (木)

あわただしかった週末

金曜日歯医者に行き、
午後から夫と図書館買い物とすごして
少し疲れたのか何なのか夜中と明け方に二度も痙攣が起きたらしい。
夫は大慌て。

朝になるのを待って、大学病院へ行き、
見てもらい、予防の薬をもらって帰ってきた。
仕事に行く夫の代わりに帰りは妹が来てくれて家までおくってくれた。

家に帰ったら
娘とマゴッチが出かけるついでに見にきてくれた。

私は頭がボーっとして
何が起こってるのが部分的にはよくわからなかった。
ただ6ヶ月ぶりにこんなことになってしまって
あぜんぼうぜんがっくり
翌日娘とマゴッチとともに息子の車で実家に行き、
「お茶だけ飲んでかえりマース。」と孫が大きい婆にいい、
少し遊んで二人は息子に送ってもらって銀座方面に食事に出かけた。

20106_040 図書館で借りてきた子供服の本を見せたら
お望みのものがあって、それにふさわしいピンクの水玉があったので、
実家でレースをはさんで作った。

水曜日昨日の夕方翌日近所の幼馴染達と遊ぶためにまた来た娘とマゴッチを迎えるため、昼に帰ってきた。
スカートを見せたら気に入ってくれて
早速はきかえている。

おしゃれにうるさくなりそうな気配。
でもつくりがいもあるね。
ポシェットも作った。(久しぶりのozapシリーズ 36、)(37、38、 35

母も私が再発で落ち込んでいないで
縫い物をしていたので「よかった!」と言っていた。

家族みんなに世話になりました。
とりあえず
負けないで生きていこう。

娘たちは今日家に帰り、
私はまた母のところへ。

6月はこうして過ぎていきます。

| | コメント (4)

2010年6月22日 (火)

いんげん

いんげん
今朝のおかずにいんげんを収穫しました。
母のところはたくさんとれました。
レタスはうちのほうが立派ですけど、おほほ

収穫して数歩でたべられるなんて
しあわせ!

| | コメント (0)

2010年6月20日 (日)

実家に

実家に
昨日から母のところにきています。
母の庭には紫陽花がきれいでした。
みな元気でやっています。
梅雨真っ盛りですね。

| | コメント (2)

2010年6月18日 (金)

『ウィンター ムーン』と映画2本

ウィンター ムーン』上下巻 ディーン・R・クーンツ 17,18冊目
読むものが無いのもつまらないのであわてて借りた本。
途中まで読んで、読みながら先を続けるかどうか悩んだ。

迫力もあったが、昔よく見たB級映画のようだとも思った。
だだだっと早く読めた。
結局わかりあえないエイリアンゾンビとの話。
内容(「BOOK」データベースより)
LA市警の警官ジャックは、ガソリンスタンドへ滑りこむレクサスの美しいボディを見るともなく眺めた。いい車だな。が、死神はそのレクサスに乗っていたのだ。白昼の乱射事件。阿鼻叫喚。ジャックは犯人とおぼしき男を夢中で撃った。市民の味方。“天使の街”の英雄。が、彼の入院中、妻と幼い息子の身には思いがけないことが…。
 

映画「セント・オブ・ウーマン
何度目かの映画だったが
なんだかよかった。

アル・パチーノが相変わらず濃いが
アカデミー賞である。

そのうちあくの強さにもなれてきて
その中に見えてくる秘めた悲しさ寂しさ
最後には家族と親しくなろうとして心を開くのだ。
人とのつながり

映画「ザ・ファン

ロバート・デ・ニーロが熱烈な野球ファンというよりもストーカーを演じる。
自分もさびしい。
思い込む気持ちは限度を知らない。

| | コメント (0)

2010年6月17日 (木)

最初のきゅうり

20106_029 梅雨入りし、
暑い!という言葉が出るようになった今日この頃

我が家のベランダきゅうりの初取り

4本!

ちょうど昨夜遅く息子2が出張で帰ってきたので、
ビールのつまみがきゅうりとなった。
サッカーを見ながら
夜更けまで。
4人でのその日の話は鳥取には何度行ったか、で終わった。

きゅうり二本は母の元へ。

きゅうりさん
今年もがんばってくだされ。

| | コメント (0)

2010年6月15日 (火)

ワールドカップ

いろいろ心配もされた南アフリカのワールドカップが始まった。
南アの知らない様子も学びつつ、また
各国選手のすばらしい足さばきに唸りつつ、
日本選手を心配している今日この頃。

20106_024 引き出しの整理をしていたら
2002年の日韓ワールドカップの時のオフィシャルコンサートインタナショナルディのチケットが出てきた。
大事にとってあったものだ。
「鼓童、ビーズ、エアロ・スミスなど。」のりのりの6時間半だった。

サッカーもともかく
あのコンサートにはその興奮を今でも思い出す。

そのころもネットで付き合っていた読書仲間に
おおはしゃぎで報告し、
私がそんなに騒ぐのも「珍しい」と驚かれたのを覚えている。

しかし南アフリカのあの応援の笛、何とかならないかと
見るたびに思う。

そして昨日の日本の勝利!
よかったね。おめでとう!
あきらめてはいけないことをつくづく思う。
「信じて」いましょう。

きょうも眠いですね。

| | コメント (2)

2010年6月14日 (月)

したのどうぶつえん

週末はにぎやかで忙しい時間でした。
そして楽しい時間でもありました。

子供は音で言葉を覚える。
音で聞くだけで
その漢字などは思いつくわけではない。
文字の意味などわからないから理解するのも大変だろう。

子供なりの
一生懸命さで音を聞いて覚えようとする。

テレビで「松本城」の話をしていた。
われわれも行ったとか行かないとか話す。
マゴッチがじっと聞いていて、「まつもとじょう」って「まつもとじゅん」と似ている。
「嵐」好きのまごっちにはそこにフラグがたったよう。
そうだね、お兄ちゃんかもね。

20106_021 それで思い出して娘が話してくれたこと。
先日東武動物園にいくとき、
「今度はうえのどうぶつえんにいこうね。」というと
「今日行くのは、したのどうぶつえんなの?」

語彙が増えてくるのにあわせて
頭の中で
くるくると関係ある言葉を捜して、かちっと当てはめるのかな。
同音異義語と対義語だ。

「これはうまいっ!」
すかさずまねするマゴッチ「うまいっ!」
言い直す爺「おいしいね。」

美しい日本語を話せるように
周りの大人も気をつけないとね。

娘のピアニカを見つけて
「ど・れ・み・・・」と吹く。
手本を見せて、というので
楽譜を見ようとして、「字が小さいので見えない!」というと、
すかさず首から下げている私のメガネをどうぞとかけてくれる。
めがねを差し出しながら見上げる目が
「がんばってやって見て!」と誘っていた。
弾こうとしたら音が違うので、「あらこれシャープがついてるからね・・・」と言い訳すると、
小さな声で「シャープがついているからねぇ」と言ってみて
ちょっと照れくさそうに笑った。初めての言葉だったらしい。

小さな幸せな時間。

| | コメント (2)

2010年6月12日 (土)

『図書館戦争』有川 浩

母のために借りた本
もっと借りてきてあげようか?
ううーん、いい。家のことできなくて困るから。すこし休み!

そうだね、といいつつ私も読み終えた。
週末孫たちが来るというのに、つまり久しぶりに掃除をするべきであるのに・・・

図書館戦争 少し前に大変人気になったシリーズ。17冊目
図書館が自由であるべきという大事な、根底を流れるもの。
それと図書を巡って闘うことになったそんな時代。
想像がつかないが
作者にそういう警鐘を鳴らす思いがあったのだろうか。

これがなければ単なるラブコメ
理不尽な戦いとそれを守る隊員の訓練のなかのラブコメ。
この二つの話のギャップが二つの流れを作っていて
うまく合わさって入ってこない、いささかの違和感

自衛隊か何かの人が身内にいるのだろうか。
そういう作品が多い。

作者の自由な社会を守っていこうという気持ちはわかる。

昔、図書館司書の資格を取るべく通った夏の日を思い出した。
自分で学費を出して通った時間はとても貴重だった。
一日も休むことなく、授業中に寝ることもなくがんばる自分に、我ながら
「学ぶとはこういうことよ。」と思ったものだった。

お陰で?図書館には今でもよく通う、
貸すほうではなく借りるほうで。

今朝の失敗
コーヒーを入れるべく一杯ずつカップに置いてお湯を注ぐパック(名前なんていうんだっけ。)を
ガバと開けたら床に粉が全部落ちた。なんでだろ。悔しい。

| | コメント (0)

2010年6月10日 (木)

国宝建築物をネットで

テレビを見ていて夫が
「この人のお父さんは誰だっけ?」とか聞くものだから
調べて見るね、といい
パソコン前に座る。

すぐ調べて偉いねぇ、などと言う声に
だって気になるし、こうすればすぐわかるもん!と返す。
息子たちも娘もみんなそうしてるよ。
そうか、やらないのは一人だけか。

息子が帰ってきて
昨日は国宝建築物のhpを見てて
気がついたら遅い時間になっちゃった、という。
昨日、国宝の城について二人で話したせいだ。
 
そのあと国宝建築物について調べだしたらしい。
東京には今度迎賓館が加わって国宝建築物が2個になったけど、もうひとつが知らないところだったと。

そう振られると
すぐにパソコンの前に行く私。
東村山にあるらしい。正福寺今までは都内唯一のものだったのだ。

三多摩地区に長く住んでいた私にも身近なはずなのに
さっぱり知らない。
最寄の駅に降りても案内が無かったとそのHPには書いてあった。
今は改善されているのかもしれないが。

国宝というものの判断基準もよくわからないけど、
写真を見ても
そんなに・・・?あらすみません、国宝さん

2007_120_1 最近国宝とかを巡るのも流行らしい。
時間ができた人が増えたせいでしょうか。
(写真左は3年前に行った富山瑞龍寺)Sinnmei
そういえばそのときに寄った仁科神明宮も国宝だった。
あの旅は特に国宝を探していったわけではなく、ちょっと寄ってみようか、ということでたまたまである。
そのときの目的は海の向こうに見える立山連峰と魚であった。
あぁちょうど今頃だったのだなぁ、としみじみ

しばらくいくつかの関連するHPにお邪魔して
自分が訪ねたことのある国宝の場所を数えたりして
洗濯は洗濯機の中でとっくに終わっていた。

| | コメント (2)

2010年6月 9日 (水)

エリア・カザンの『ピンキー』

このところwowowで古いころのエリア・カザン特集をしている。
昨日たまたま見た映画。

日本初公開の「ピンキー」1949年作である。

1947年に「紳士協定」で人種差別に取り組んだエリア・カザンが今度は黒人差別に取り組んだ映画。

多民族国家によって構成されたアメリカ社会での民族間の反目や排他感情のなかで、白人の黒人に対する差別やアンチ・セミティズム(ユダヤ人排斥感情)は当時根深いものがあり、特にユダヤ人排斥の事実や運動を映画に取り上げることは長いことタブーとされたが、『紳士協定』はその問題をテーマにしたはじめての作品」(ウィキペディアより)

美しいピンキーは黒人であるが見た目はそうは見えない。
白人の医者の婚約者もいるのだが。
それゆえに余計に悩むこともある。
自分が黒人であることを生まれ故郷で再確認し、自らのアイデンティティと同胞への思いの間で葛藤してその自覚を強めていく。
さりげない差別、目に見えるはっきりした拒絶。

その後いろいろな映画でこのテーマも語られる。
最初に「招かざる客」を見たときのショックは今でも覚えている。
ぼやっとのんびりと暮らしていて
差別など考えもしなかった私には驚くものが多かった。

その時代はいかばかりであったろう。 
エリア・カザンのその後の生き方も調べて見てわかったことが多い。
いろいろな意味で考えさせられた映画。

ストーリー
“ピンキー”ことパトリシアが、久しぶりにアメリカ南部の生まれ故郷へと戻ってくる。彼女は祖母のダイシーが懸命に働いて貯めた金で北部の学校へ進学し、看護婦としての資格を得て帰郷したのだった。黒人に生まれながらも肌の色が薄いピンキーは、周囲には自分の素姓を隠して生きていた。祖母に代わって近所に住む老婦人ミス・エムの身の周りの世話をすることとなったピンキーは、自分の将来進むべき道についてあれこれ思い悩む。

| | コメント (0)

2010年6月 8日 (火)

どこへ行った?土産のうどん

20105_075 夕ご飯を食べながら
息子と今度はどこへ行きたいかの話をする。

どうやら札幌への旅は私たちだけでなく
息子にとっても
いい思い出だったらしい。
いい親孝行だったということだろうか。

またいつでも行きたいところに一緒に行ってくれるという。
これから先の「希望の引き出し」はいっぱいにしておくのがいいよ、ともいう。
もちろんさ、情報収集は怠りませんさ。

そんなこんなで
あっちがいい、こっちはどうかと話していたら
突然何かの話のつながりで、
この前の五島列島の土産の「うどん」食べた?と聞く。

あらー
ブログに載せようとして写真を撮ったのは覚えているけど
そのあと食べたかどうか覚えてないと答える私。
食べた記憶は無いけどなあ。
なんとも買って来甲斐の無い私であることよ。

気になってリビングの床を捜索してみるが、やはり無い。
帰ってきた夫に聞いてみると「覚えてないけど、
もしかしたら冷蔵庫の上に乾麺と一緒にしまったかもしれない」、という。

探してみたら
しまってあった。上は見なかった。

えらいというかなんと言うか。
6月12日までが賞味期限だった。セーフ!

無駄にならなくてよかったー。
聞かれなかったら・・・あぶない、あぶない。

遣唐使がルーツという五島のうどん
きっとおいしいぞー。
今は忘れないようにテーブルの真ん中に鎮座している。

| | コメント (0)

2010年6月 7日 (月)

テレビに写真

先週水曜日
北海道のお土産を届けに母のところに行った。
おつまみ風の土産は好評だった。

Hokkaidoomiyage_isiya004 息子に言われた。「それにしてもお土産買うの少なくない?」
だって疲れたんだモーん。

大きいテレビで大きいカメラの写真を見せたら
それはきれいだろうねえ、と行ったのだが
接続方法がわからず映らない。

で、昨日また行ってきた。

「今日は何にも持ってくるお土産は無いけど・・」といいつつ。
研究の成果で?何とか映せて、それはきれいだった。
画面が大きいから細かいところまでよく見える。
海のきれいさに見とれていた。

それにしても母は偉い。
「こんなに一生懸命見てくれる人はお母さん以外にはそういないよ。私ぐらいだね」と私が言う。
好奇心というか知らないところの写真を一生懸命見てくれる。
うちの子供でも途中で飽きちゃうよ。

まあ
あそこまで行くのは大変だからと
おばあちゃんのために撮ってきたということで。
大映写会は終了したのでございます。

| | コメント (0)

2010年6月 6日 (日)

ベランダの野菜

5月はじめ長野で仕入れてきたきゅうりの苗、ニガウリ、トマトなどは順調で、花が咲き、すでにきゅうりの実の形になっている。
20106_006 20106_007 20106_008 20106_010

あーぁ
楽しみだ。

5センチほどのきゅうり
最初の一本はやっぱりおばあちゃんのところだな。

みんながんばれ!

| | コメント (0)

2010年6月 5日 (土)

『切羽へ』 と『レインツリーの国』

 母が先日二冊二日で読んだ本
母の感想「軽いからね」で、やはりすぐに読めた。

切羽へ 直木賞受賞作 井上荒野 15冊目
私には感覚的な文と内容だった。
文体からして静かで、過激なものにはならない。

まーっすぐな平らな線、(それは上下に幅があり、ぼやけている)の上を登場人物たちは進んでいく。
そう、この表紙のような濃淡の。

時々ぼこっとその平らな線の上に盛り上がりあふれる。
小さな爆発をするように。

また時々ぽこっと線から沈みへこみを作る。
が、全体としては起伏は少ない。

しかしその静かさの中に押さえ込んだ感情がある。

自分の愛するものと家があるのに
それを客観的に少々冷たく見つめている。

「切羽」へ行きたいと思う心
「切羽」とはそれ以上前には進めない場所というところ。
トンネルの行き着くところ、つながってしまったら「切羽」ではなくなってしまうのだ。
そしてそこに行き着いたと思える主人公。
切羽に着いたらその先は新しい道が見えるのだ。
この作家にこういう男女の機微を描くものが多いのは経験から?

「ベーコン」のときも同じような感想を思った。

レインツリーの国 もう一冊『レインツリーの国』 有川浩 16冊目

これもあっという間に読めた。
べたべたの恋愛小説でもなくほんわか。
「切羽へ」のような大人の物語でもないので
単純明快
青春菌あふれる物語
人の心のいやな部分がほとんど無いので、軽いが
疲れず、母も好きだ。

| | コメント (0)

2010年6月 4日 (金)

布田天神

今朝いつものように何気なく付いていたテレビ
「ゲゲゲの・・・」である。その最後に小さな一枚の写真。
「布田天神」と目をよぎる。

その写真が頭をかすめ、いつもならすぐに遠くに過ぎ去り
過去のものになるところだが、
なんだか妙に引っかかって私の記憶の何かと絡みつきそこにとどまって揺れている。

やがてそこから湧き出る懐かしい思い出。

調布から引っ越してから、いやその前にも中学高校生になってからもあまり行くことのなくなった布田天神

毎月25日がお祭りで、毎月待ち遠しかった。
私にとっては参道に広げられるお店が楽しみであったのだが。

しかも今思い出すことも
何かを買ってもらったお店でのことしかないけれど。
その前にちゃんとお参りしていたのだろうか。ふと心配にもなる。
たぶん大丈夫。
「お参りしてからよ。」と母の声が聞こえる。

そのとき買ってもらったのはおままごとの道具だった。
最初は木製のテーブルやいすだったが、後にコーヒーカップやポットなどはプラスチックになった。どちらもとても大事にしていた。

天神通りなど昔より雰囲気もありそうで。

いつかゆっくり行ってみたいな。
調べていたら駐車場もあるらしいので、母と一緒に行きたいな。

「布多天神社の創建はあまりに古く定かではありませんが、延長五年(927年)に制定された「延喜式」という法典にその名を連ねる、多摩地方有数の古社で、社伝によれば第11代垂仁天皇の御代約1940年前の創建といわれております。

文明九年(1477年)に多摩川の洪水をさけ、古天神というところより現在地へ遷座され、その時に、御祭神、少彦名命(すくなひこなのみこと)に菅原道真公を配祀されました。

江戸時代に甲州街道が作られ、上石原、下石原、上布田、下布田、国領の五宿ができ、布田五宿と呼ばれました。
当時、布多天神社は布田五宿の総鎮守であり、五宿天神と崇め祀られておりました。

そして布田五宿は、明治二十二年に飛田給、上ヶ給と合併して調布町となり、当社は調布町総鎮守となりました。」HPより

| | コメント (0)

2010年6月 2日 (水)

旅の始まりと耳栓⑦ 番外編

20105_026 (この旅を最初から読むのはこちら。)
4月のはじめ、息子がつかつかと部屋から出てきて
少し怒ったようなまじめな顔つきで私に問い詰めるように言った。

「お母さん!お母さんはもう一生飛行機には乗らないつもりなの?」
えっなんで?
「だってこの前長崎に行く?って聞いたら即『行かない!』って言ってたじゃない。」
確かにそうだった。
飛行機に乗るのは不安だった、耳からの大病だったし、、
今も耳が少し痛い。だから不安だった。
だから急に聞かれた時、即座に断ったのだ。

息子が言うにはマイルをせっせと貯めているので、
われわれ夫婦の分を出せるというのだ。
父の日母の日記念でどこかに行こうというのだ。

何だ、そうならそうといってよねぇ。
で、すぐさま予定を立てることに。
「どこ行きたい?」北!
で、サッポロが取れた。

20105_036往復航空券にホテル、レンタカーは予約したからという。
ありがとう。

でも心配がなかったわけではない。
そのころ耳の奥でチリンカチカチと音がするし、
時々痛んでいた。一年前を思い出しいやな気分にもなっていた。
医者で耳鼻科を紹介してもらい、見てもらう。

細菌が入ったら困る。前と同じようになったら、こまる。
CTもとってもらって、その結果を聞きに行ったのが北海道へ行く前の日。
内科の先生からは飛行機に乗っても問題ありません、といわれていたが。
多少不安はあった。
耳が悪かったら乗らないほうが言いといわれるかもしれない。

20105_1301 でも折角の御招待。
行かないとか行けないとかはいえないかも・・・
何か薬でももらっていくか、そうも考えていた。

息子もこの前体調悪くて耳が聞こえなくなったといっていた。
そのとき帰りの飛行場で耳栓を私にも買ってきてくれた。

そんなこんなで金曜日
先生のお言葉
「中耳が少しはれているといえば言えるのですが、今どうこうではありません。前みたいになりたくはないでしょうから時々は見せてください。」
「明日飛行機でサッポロに行くのですが・・・」
「大丈夫ですよ。耳抜きできますか?」
「したことありません」
「ふむ、水飲んだり飴なめたりするといいですよ。」
「耳栓はどうですか。」「まあね。」

翌日4時半過ぎに家を出て朝一の飛行機に乗る。
お守りのように耳栓を持って。

20105_226 無事サッポロに着き
耳も頭も痛くなることはなく、いつものようには「痛い!」がそれ以上ではなく。
私は非常に安心し自信を持った。

油断はできないが
私をこうして前に一歩踏み出させてくれたことに感謝である。ありがとう!
今回のコースは息子にとっては全部来たことのあるところばかり。
われわれを案内してくれたようだ。

息子がいう。
お母さん、札幌がOKなら、沖縄も大丈夫かもね。
うん!わたしは力強く答える。

沖縄は夢うつつで寝ていた去年
夢の中で二度も三度も行ったところである。
しかもベッドに寝たまま・・
6月はじめ(ちょうど今頃?)娘一家といく予定だったのだ。

夢の実現はいかに?

| | コメント (0)

ニセコから千歳で、かえります。⑥

海沿いをさらに南へ。
景色は雪をかぶったニセコの山に変わります。
途中の道の駅では生きたホタテが1枚100円で売っていました。
キャンプだったらすぐ焼くのだけど。残念!
20105_330 羊蹄山が大きくなりました。
20105_336 ニセコビュープラザからの眺め。
ソフトクリームを食べ、ジャガイモの揚げ饅頭、おにぎりなどを食べる。20105_344 ジャガイモを買う。
次に真狩へ。
こんな雄大な景色の中で歌う細川たかし。
20105_348 20105_361 20105_354 20105_369

支笏湖を経て
名水100選の内別川で水を汲み、千歳空港へ向かう。

9時10分の飛行機なので、夕飯を食べてから
お土産を買う予定。
20105_374 20105_376牡蠣丼とホッケの焼き魚。おいしかった。

お土産は母におつまみ風のものを買う。おせんべつもらっちゃったので、ね。
20105_379 羽田では店は閉まり、エレベーターもエスカレーターも止まり、電気も消えている中、駐車場へ歩く。
無事家に帰りました。
おつかれさん。そしてありがとさん。

何から何までおつかれさん。(番外編⑦へ

| | コメント (0)

神威岬⑤

20105_289 駐車場に車を停めて
小高い丘の向こうを目指します。

20105_279 20105_277 一面高い木はなくて
こういう地形はこういう場所によくあります。
振り返ると駐車場が下のほうに見えます。

20105_272_2 厳しい侵食により
岬の首はますます細くなり、先のほうは千切れて
点々と島になるのでしょう。

そんな地球の歴史を、まざまざと見せてくれる積丹神威の岬でした。

しばらく上っていくと海を見渡せる背になります。

20105_296 20105_305 上って下って
「えーあんなに下までくだるのぉ!そしてまた上ってぇ・・・」(ぶつぶつ)

道は狭いところではひとりがやっと、あるところは網目の鉄だかなんだかでできた橋になり、
下から吹きぬける海風に巻き上げられるようで・・・

20105_275 とにかく
滑らないように一生懸命と
(後ろを歩く女性は二人続けてずるっとしりもちをついていました。)
周りの景色の雄大さに
飽きることなく岬の先まで行けました。20105_274

20105_307 20105_250 20105_262 海の色は青く
底まで見えるようです。
シャコタンブルーというらしいです。

20105_258 80メートルの断崖から見る美しい海
その先端に立ち尽くす神威岩。

海に向かってしばらくベンチに座り
心地よさに深呼吸します。

来る人が皆
「あぁ、いい景色だ。」といいます。
帰る道で行き違う人が
「今度いつこれるかわからないから行こう!」
「そうだね、」私も心の中でうなづきました。
今日はその日にふさわしい日和です。

20105_280 息子お勧めのこの岬に
こんないい天気の日にこられて
いい思い出になりました。

あっりがっとさーん。
心の中までスーっきり、幸せな時間でした。(⑥へ続く

| | コメント (0)

2010年6月 1日 (火)

小樽余市から積丹半島へ・・・④

翌日は超いい天気
早寝したせいか、興奮したのか4時に目が覚め、
眠れそうにないのでおきた。
昨日にも増して青空が私を誘う。

20105_247_2  小樽まで高速で。
港には新日本海フェリーの船が泊まっていた。
子供たちが大学生になった夏に家族5人で、7泊で北海道に来たときは新潟から小樽にフェリーで着いたのだった。キャンプがメインの一周旅行だった。
そのときはこれより大きな「しらかば」という船で、
船の上のお風呂から夕日を眺めた思い出話をした。

20105_249 20105_251 20105_252_2 20105_254 20105_259 小樽は車上よりの観光となりまーす。
あらあら観光バスに遅れないように早く出ていたつもりが
すでに定番の運河のところにはこんなに人が。
交差点をわたる人々の多さよ。20105_261

20105_265 余市のウィスキー工場、道の駅を経て
いよいよあの向こうに見える積丹半島へ。いざ!

少し前まで秘境でなかなか来れませんでした。
断崖が続く海沿いの道。

20105_268 ローソク岩
そのほかにもいろいろな岩に名前が付いています。

結構トンネルが新しく作り直され、
もっと海に近い方に古いトンネルの穴が封鎖されていました。
海の見晴らしは少し悪くなりますが、安全に通れる道が大事なのです。

悲しい事故が二度と起こらないように。
20105_274
酪農地帯のようです。

山のふもとに広がる
草原
積丹岳
気持ちがいいですね。

さてこれから
今日のハイライト
神威岬です。

ここはじっくり歩いてみましょう。(⑤へ続く

| | コメント (0)

ビール園へ…③

今日の予定は夜はジンギスカンと決まっている。
聞けば野球は阪神が土日と札幌で試合らしい。
で(なぜ「で」なのか?)早めに行こうということになり、お昼は軽めで夜に備える。

で、ニセコを回る予定を中山峠越えで行くことに変更。
ホテルに3時過ぎ着。

今回は息子1の母の日父の日記念札幌御招待でありまして、
「老いては子に従え!」と、こういうときだけ「子に従う」わけでありまして、
遠慮なくお世話になるのでございます。
そんなわけで取ってくれたホテルは「東急イン」すすきののまんまん中。

20105_187 車を駐車場に入れ、荷物を部屋におき、
4時過ぎタクシーでサッポロビール園まで。

ここには夫と結婚二年目に来ましてそれ以来であります。
やはり40年近くぶりであります。

20105_210 前よりずっと広く大きくなった気がします。
前はサッポロビール第二工場といった気がします。

20105_190 20105_191 20105_192 20105_193

今のようにいろいろな建物はなく
ひとつだけだったような。どうも今の博物館のところらしい。

値段は食べ放題1300円にビール代だった。

20105_199 20105_198 風情は今のほうがレンガの大きな建物がいくつもあって
素敵だと思う。

見事な赤レンガである。

3種のたれにつけたお肉の食べ放題を。おにぎりも付く。
まず黒ビールから、そこからは息子が手を出すいや箸をだすひまもないほどの食べ方。

ビールもおいしくおにぎりもおいしい。
おなかのすき具合がちょうどよかった。
「おいしいね。」
「うん!幸せだね。」と言い合うわれわれを
「それはよかったね。」と笑って同じくご機嫌な息子がいました。

ついでに(?)
息子2に電話して、娘にも妹にもメールをして、おおはしゃぎ。
お肉の匂いだけ届けた。
ドリンク飲み放題にして、予定通りビールは2杯で最後に口直しにウーロン茶やらを飲む。
代わりに普段飲まない息子が3杯飲んでいたのにはびっくり。

肉や野菜のお替りもたくさんして
「ラストオーダーですが・・」といわれたときはもうすっかり帰る用意でした。
もうたべられなーい!!

20105_223 外に出ると
待ち時間は30分ほどになっていた。
阪神のはっぴ姿があちこちに見えました。夫はうれしそうに見ていました。
満腹のおなかを抱えて、途中までバスで帰る。
とても全部は歩けない。そういう案もあったのだ。

20105_226 時計台前で降りる。
夜景のせいか、きれいに見える。
大昔見たときよりきれいだ。

  20105_218_2 20105_229テレビ塔も衣装が変わっていてきれい。
20105_237 土曜の夜の大通り公園やすすきのは人がいっぱい。20105_239
息子はよく知っているらしく
ラーメン横丁とかも「ちょっと見学ね、」と連れて行ってくれる。
もちろん食べはしない。もういっぱいいっぱいです。

部屋に帰って
明日は7時半出発だ。おやすみー(④へ続く)

| | コメント (0)

« 2010年5月 | トップページ | 2010年7月 »