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2009年10月 7日 (水)

私の入院日記

記憶の整理1

私がはっと目を開けたのは
あの日と同じ金曜日だった。8日間。
自分が目を開けた瞬間をよく覚えている。
「ここはどこ?」

それまで
寝ていた?ことはずっと後から聞いた。
金曜日耳鼻科からかえって
倒れたらしい。
その日、母がおなかが痛くて
医者に連れて行ってほしいと電話をしてきたが
私は頭が痛くて断った。
そこまでは覚えている。

母のおなかはどういうこともなく、医者からかえってきてから
うちに電話をくれたのだが
出ないので心配して息子1に電話をし
息子は早めに帰って、わたしが寝ている?倒れているのを見つけた。
救急車を呼び、
近くの病院に。

その病院では
見られないと言うことで
翌日土曜日聖マリアンナ病院に運ばれた。

夫は出張からかえって、
一緒に救急車に乗っていった。
ぴーぽー走る救急車に乗って
道を開けてくれ、と祈っていたという。

マリアンナの救急救命センターで
一回目の手術をし・・・(4月25日)

しかしその後また異常が出て
また手術(6月15日)

よくなったり、悪くなったり
血液に異常が出て
白血球の数値が非常に低く(正常4000から9000が1600)、
この期間になにかに感染したら危ないとも言われ

個室に隔離、部屋に入る人は
マスクと消毒

つらいときだった。
水分を取れないのはきつかった。
「のどかわいたぁ」
というと
「口の中をすすぐことしかできません」
脱脂綿をぬらして拭くだけ。

そんなこんなで
しばらくしたら
元気になる。

おぼえているのは
いつからだろう。

まだ頭は痛いものの
こうして帰ることができた。
友達は「こうして生還できたのだから、威張っていなさい」
といってくれる。

そうね、と返しつつ
私は考える。
天国の神様に、ありとあらゆるものにお願いし続けてくれた夫や家族。
おかげで、そこから帰されたわたし。

私にはまだまだやらねばならないことがある。
いろいろなことに感謝しつつ、

これからは
そういう思いを大切に
毎日を生きていきたい。

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コメント

サンディさん、こんにちは。
そうですか、二度も手術をしたのですね。
行間からいろいろなこと、思いを想像しながら読みました。帰ってきてくれて本当に良かった。
ご家族のためにもゆっくり、ぼつぼつ、ですね。
いつか会える日を楽しみに。

投稿: つっさん | 2009年10月 7日 (水) 14時04分

こんにちは
つっさん。
これらの日付は私が記録を読んで書きました。
夫は最初の手術をいつしたのかも定かではありませんでした。
きっと毎日夢中で生きた気もしなかったのだと思います。
いつか会えたらいいですね。ほんとうに。

投稿: いち | 2009年10月 8日 (木) 11時50分

いちさんは体験を通して、大切なものを魂に刻まれた。
私はそれを読んで、いちさんから教わっています。

投稿: ことり | 2009年10月 8日 (木) 19時23分

こんにちは
ことりさん
大切なものを魂に刻んで、
そうきっとそうだと思う。
だから
忘れないで生きていこう、そう思います。

投稿: いち | 2009年10月13日 (火) 15時57分

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