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2009年1月23日 (金)

『シズコさん』で、母と

雨が降っています。昨夜遅く雪国への出張から帰って来た夫は、また今から今度は西へ。
エアロに行くつもりが、「そんな夫を置いていくのはいかがなものか。」ときっと心で思ったに違いなく、私は家にいます。(単に寝坊したに過ぎないとも言う。)
夫からの母へのお土産を後で届けに行きましょう。

昨日も実家に行きました。その『シズコさん』後日談。

シズコさん
「シズコさん」は母が先に読んだ。

「お嫁さんに家を追い出されちゃってね。」
「子どもを連れて引きあげてきて・・大変だったね」

母も自分の今までを思い浮かべて読んでいたようだ。

「お母さんも自分の一代記書いたらどう?」
「私はそんなにすごい人生じゃないもの。」「そうでもないとおもうけどなぁ。」
「もう忘れちゃってるし・・・」

でしばらく
大昔の話を聞いてみる。

でもきっと悪いことはかけない。
それじゃあ本にはならないね。いいことしか覚えてないものね。
うまくできてるね、人生は。あはは

物心付いた、2,3歳の時には
母には両親がいなかった。
祖母の戸籍に入って
叔父おばの家などに祖母といっしょに住んでいたらしい。

同じ年代のその家の子どもが茶の間でくつろいでいる時
冷たい水で茶碗を洗っていた時のことを覚えていると言う。

その義理の叔母は
晩年「子どもと同じように思っていた。」と母のことを話していた。
その時は「そう思ってくれていたのなら、それでいいんじゃない。」と言った。
今日「おばさん、前にそんなことを言ってたね。」というと
「それは違う。」と母は言った。
まるで佐野さんのすっぱり、を引き継いだように。
「それが当たり前かもね。」と私は言った。

母は自分の両親のことをあまりまわりに聞いたりしなかったらしい。
子供心に聞いても仕方ないと思っていたのだろうか。
母は、だから私たちの母であるが、
自分の生みの母を知らない。
そして、見本はなくても愛のある母になった。

「小さな子を置いて逝ってしまうのは
つらかったろうね」そう話すと母は少し下を向いた。

「お母さん、きっとお母さんに守られているんだね。」
そう言うと大きくうなづいて、「だから元気に生きなきゃね、」と言った。
「そうだね、お母さんの分まで」私は心で思った。

帰り際母は「来てくれてありがとうね。」と繰り返しいった。
何だったっけ?そうだ、銀行の人が来るので来て欲しいと前の日に電話をもらったのだったっけ。
いつものように「ありがとう」の言葉を車に積んで私は帰る。

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コメント

お母さんといいお話ができていい時間でしたね。
私の母はいっしょの時には話さなかった
ですし、今はもうあかちゃん、
お母さん辛い子供時代を生きられたから
やさしく、子育てで気、今の貴女が
いるわけで~、今のこの時間お二人に
いい時間になりますように。

投稿: yone3 | 2009年1月23日 (金) 13時14分

こんにちは
よねさん
そうですね。
本当に、今の時間を大事に過そうと思っています。
よねさんのお母様も
言葉は交わさなくてもきっとわかっていらっしゃると思います。
私たちもお互い、元気にいい母でいきたいですね。

投稿: いち | 2009年1月23日 (金) 17時45分

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