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2009年1月22日 (木)

『シズコさん』に思う

なんだかボーっとした昨日
ストーブの前でごろっとして本を読んだ。
(家で
私もがんばると言ったその直後のことである。すまん!)
読み終えた、曇り空で薄暗い夕方
私はなんだか深い思いの中を漂っていた。

「100万回生きたねこ」の作者だが、佐野洋子という作家自体よく知らず、
エッセイは初めて。
その文章は私にはやや乱暴のようにも見え、連載のせいか、繰り返しも多い。
しかし読み終えて、いろいろ思う。人間死なないものはない。

シズコさん シズコさん 

著者:佐野 洋子
販売元:新潮社

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2008,4 
誰にも親はいる、あるいは、いた。
そして、そこにはそれぞれの物語がある。
話さなければ、片方からしかわからない見方で。
私は母の娘として、そして娘の母として。
だからシズコさんの心の本当はわからない。

作者の気取らない、むしろ淡々とというかクールと言うか、飾りのない、少々乱暴な書き様が、
よけいに心に刺さる。これがさっぱりからりの佐野ワールドなのだな。

「母に愛されなかった。
虐待された。
母を好きになれなかった。
母にさわるのも嫌だ。
母を捨てた。」
そんな言葉が並ぶ。
それだけ心では求めていた、それだけ考えていたと言うことなのかもしれない。

そして生きるうえで大事な言葉
ありがとうとごめんなさい」がテーマ。

「母さんがごめんなさいとありがとうを云わなかった様に、私も母さんにごめんなさいとありがとうを云わなかった。…母さん以外の人には、…それを湯水のように使った。」

「母さんは…さまよう人になってから、「ごめんなさい」「ありがとう」をひしゃくでふりまくように云うようになった。」
そしてそれが周りも変えていく。
「ごめんね」「私のほうこそ」
そうして50年以上苦しめていた自責の念から開放されるのだ。

そして誰もが死に向かって毎日を生きていくのだ、ということの再確認。

行間に
もうひとつの母子や、家族の物語り
つまり自分自身の物語りを
常に重ねて読み進んだ。
結果的に私は二つの物語を頭に思ったのだった。

リクエストで人気の本だった。
誰にも母があること、そこから自分の人生が始まったこと、
それを思い起こさせるものだからかもしれない。

作者も70を過ぎ、同じ人生の道を前に進んでいる。
誰もが皆少し間を置いて、前を行くものの後を歩いているのだ。
大きな時間から見たら、本当に小さな間隔で。
せめて「上を向いて笑っていこうか。」

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