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2008年10月 5日 (日)

『ありがとう』

金曜日夜からまた我が家の人口が増え、にぎやか・いそがし状態になっております。

その金曜日のこと。
エアロの帰り
図書館へ寄り、実家に行き母と買い物をして、
帰ってきたら、ちょうどSちゃんとママがいた。

昨日の「咆哮・霹靂の滝」などのメモを渡し意味を説明する。
それほど大きい滝でもないのに
名付けた人は詩的な人だったんだね。などと。

「どうもありがとうね。」と母が言う。
母はよくその言葉を言う。

私もそんな風にすぐに「ありがとう」といえる大人になりたい。

そういえば義母もそうだった。
と、思い出す。
介護に福島に通っていた時
いつも「ありがとう、お世話様です。」そう言っていたっけ。

私だとわからなくなっても
にっこり笑ってそういってくれた。
きっと体に染み付いた言葉だったのだなと思う。

自分の心が何の防御も無い状態になった時に出てくる言葉が
「ありがとう」である人になりたい、と思う。

義母は私のことを気に入ってくれていたのだけれど
でも最後は私がMの嫁ともわからなくなって、
でも「おかあさん、こんにちは!」と顔を出すと
パッと明るい笑顔になってうれしそうに「お世話様です。」

わからなくてもいいや、
あの笑顔は私のことを「誰かわからないけど、自分の好きな人」が来たと思った顔だったもの、と思ったものだった。

義父と義母の介護に10年ほどローテーションで通った福島の田舎も
今はほとんど帰ることがない。
「いいよね、お父さんとお母さんがいた頃にいっぱい帰れたものね。」
と夫とは話している。

そんなことを思った秋の夕方。
ベランダのきゅうりの葉がかさこそ音を立ててグリーンカーテンの終わりを知らせているようだ。

013ママ帰ってきてくれてありがとね。」
そんなマゴッチもいたっけ、ね。
そのマゴッチはお布団をかけないで自分が布団にかかって寝ていた朝です。

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コメント

施設にボランテアで行っていた時もわからない状態のかたでも「ありがとう」
といえる人といつもぐちて居る人が
いましたが、自分も「ありがとう」
が言える人になりたいです。

投稿: yone3 | 2008年10月 5日 (日) 12時54分

こんにちは
よねさん
そうですよね。
下を向いて愚痴を言うよりは
上を向いて元気に
楽しいことを考えて生きたいものですね。
おたがいがんばりましょう。ね。

投稿: いち | 2008年10月 6日 (月) 08時11分

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