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2008年10月の34件の記事

2008年10月31日 (金)

めるとも

2000810_205 ブログで知り合いになった私の少し前を行く人生の先輩。
(今見たら初めてお邪魔したのは2006年1月だった。)
お住まいが信州で、こちらにもご縁があって、いつかいつか、と言いつつ、なかなか会えない。

その後、悲しいこともあったりで
ブログも更新されなくなり、
たまにメールでのやり取り

時々思い出し、
「お元気でしょうか。」
と、メールを出してみる。

今日も寒くなったのでふと思い出しメールを出してみた。
ところがその久しぶりのメールが
帰ってきたものだから「あらっ?どうしたかな。」という私の心配は少しずつ、次第に、大きく膨らみ、思わず携帯に電話してしまった。
普通なら初めての電話ということで、躊躇したり、どきどきするのに、そういう暇もなかった。

ぷるるる・・と鳴っている。
しかしなかなか出ない。
すると私の心配はますます膨らみ・・・
もしや病気にでも、などと
誰もいない部屋に置かれた携帯がなっている様子までも頭に浮かび私の想像は暴走する。
ますます不安になり・・・
大丈夫かぁぁぁぁ

「もしもし・・・」
突然明るい声が聞こえた。当たり前だ。出ますよーなんては言わないものね。

「あの、こんにちは。私はどこそこの誰です。」
ナーんてことで初めての電話。初めて声を聞く。

お元気そうな、優しそうな声だった。

ご自分は元気だけれど、
パソコンが病気だった、ということだった。
「まあ半分は落ち込んでいましたけどね。」ともおっしゃる。

ついつい
「ご主人の分もたくさん楽しい思いをしてくださいな。」などと言ってしまう。
お節介な私。

九州にお友達と出かけてきたという話だった。
またいつかお会いできる時までお元気で!
そう思って突然の電話を切った。
お騒がせいたしまして・・・とほほ。

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2008年10月30日 (木)

電子レンジとアキレス腱

酷使している電子レンジが壊れた模様。
いつもより大きい音がして
回っているが温まらない。

随分前のものとは思うが
やはり、突然に壊れるものなのだな。

娘に
「電子レンジが壊れた。そっちのレンジは元気だね。」
といったら
「うちのは新しいもの、そっちのよりは」という。
そうか、娘のだって単身生活を始めたときのものだから8年ほど前、ということはこっちはもっと前?
しかし、レンジが無いということはなかなか不便なことではある。
今調べたら1997年だった。うーむ、知らぬこととはいえ、10年以上だ。
よく働いてくれた。ありがとう。

2000810_310 時期を同じくして
私の足、ふくらはぎが痛くなった。
あれはロス五輪の年だから、1984年だった。
テニススクールに遅れていき、構えたらふくらはぎが「ぼんっ!」と音を立てた。
「あら、ボールが当たったのかな。」と足元を見たがボールは無かった。
準備体操は大事だ。

それがアキレス腱の上のほうを傷めた時。
久しぶりに、20年以上ぶりに痛くなった。
私の年もある。少しがんばって運動したこともある。
古傷が痛む、とはこういうことを言うのか。

なぜロス五輪の時と覚えているかというと
その夏、夫の郷里に私は帰らず、一人でテレビ三昧の暮らしをしていたからである。
夫は5歳の二人、8歳一人の三人を連れて電車で福島まで帰っていったのだった。
今さらながら、大変だったろうなあ、と思う。
それもまた夫婦の思い出話となって。

万座温泉のおかげか足もだいぶよくなった。
帰ってから注文した電子レンジはその翌日に新しいのがやってきた。
私の足も注文したい。
もう少し細くて長いのを。

夕日がきれいな季節になった。
温暖化とはいっても地球と太陽の位置関係は変らないようだ。
毎年この季節は美しい。

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2008年10月29日 (水)

リサイタルへ

2000810_296 昨日は午後から市ヶ谷へ出かけた。

ルーテル市ヶ谷センターで「ヴァイオリンとピアノのデュオリサイタル」があったのだ。
友がその開催を取り仕切ることになリ、早めに行きお手伝いをします。

3時半駅に着きました。
外堀に傾きかけた日差しが光っていました。2000810_306

2000810_303 準備のため、いろいろ駆け回って
7時の開始には
椅子に座ったら寝てしまうのではないかと思いましたが、
そういうことはありませんでした。
さほど大きくないホールなので迫力もあり、聞き入りました。2000810_304

準備から演奏者とも一緒でしたので
よけい親しみを持ち、
演奏風景を眺めていました。

どれも良かったですが、特に「ハンガリアン舞曲」がなじみもあり、印象的でした。

準備の合間にも様々な方と接することができ
それぞれ楽しい人生を送っていると感じ、音楽だけでなくいろいろなことが自分の心に届き、なかなか素敵な一日となりました。

打ち上げをして、
遅い電車に乗り、立ちっぱなしで足がしびれて痛くてたまらなくなったので、息子に電話して迎えを頼みました。
仕事から帰ったばかりのようでしたが、助かりました。
家に帰ったら、午前1時前、いわゆる「午前さま」ですなあ。

というわけで
今日は午前中はちょっとお仕事、プールはお休み。

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2008年10月28日 (火)

万座峠から帰ります。…⑤の2

〈この旅を最初から読む時はこちら
湯峰公園展望台から山田温泉が見えます。 あの斜面は山田温泉のスキー場でしょうか。2000810_270_22000810_278_2
まだ結構高いですね。あそこまで降りていきます。

落ち葉を拾ってご機嫌! 2000810_280_2

2000810_2972000810_295_2須坂まで降りて来ました。

道沿いは林檎りんごリンゴ。

集荷場は林檎の箱がいっぱい。

長野でお昼を食べ、娘たちは2時ごろの新幹線で帰ります。

そこから高速で松本へ。
買い物をし、夕飯は炊き込みご飯に豚汁、マグロの照り焼きなど。

私がご飯を作ろうとしていたら、息子2が先においしい大学芋を作ってくれました。
レンジでチンして簡単にできると言って。
おいしくて私と母でほとんどを食べました。ご馳走様。

事故渋滞などで混んでいるので、8時まで休憩してそれから家へ。
道はすっかり空いていて、家に着いたのは11時半でした。

楽しかったね、またね。

翌日母に電話したら元気そうでした。何よりです。おしまい、あーつかれた、写真撮りすぎ、自業自得。

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万座峠から帰ります。…⑤の1

帰りは万座峠から須坂に帰ろうか、という息子1の提案で
早速それにのりました。以前石榑峠という面白い経験もあったっけ。
2000810_169_2 プリンスホテルのところを曲がって少し登ると万座峠、
細いけれど整備されています。

万座峠は万座山と黒湯山の鞍部にある峠1827メートル
渋峠などと同様に、冬は通行止めです。

2000810_179_3 見晴らしはすばらしい。
向こうに見えるのは9月に通った山田牧場から笠岳
あの上部のへこんだところを通ったのだな。

一番下は松川渓谷の上流に当たります。
2000810_173_2
左が黒湯山

2000810_188_3 笠岳が向こうに見えます。
その下に山田牧場が。
あそこから登って笠岳のふもとを回って志賀に降りたのでした。
上から見ると楽しい。
なつかしいな。2000810_201 

車も少ないのでゆっくり楽しんで下ります。

2000810_220_2 北信五岳 がみえます。
ほかの人のhpを見ると、晴れていても見えなかったとも有りましたので、感謝です。2000810_221_3

これからあの唐松の森に入っていくのです。 カーブの数が上から書いてありましたが、全部でいくつだったか。100ぐらいかな。2000810_264_22000810_244_22000810_251_2


サードシートの窓から。
だんだん下ってきました。〈続く

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長寿の湯・万座の夜…④

夕食は6時から
いつものように「まごわやさしいご飯」
まめ、ごま、わかめ、やさい、しいたけ(きのこ)、いもが主流のご飯
昔子どもたちが若かった頃は物足りなさそうであった。
でもお腹いっぱいになり、部屋へ。写真は無し。

するってぇと
お布団がしいてあり、あっという間に息子・娘は倒れこんで寝てしまった。
それぞれお仕事が忙しいようでありますなあ。

そしてただ一人元気なのが
それ、お昼寝十分なマゴッチ、で、ございますからして
朝5時に起きた私や母は寝られません。2000810_160

2000810_158 思いつく言葉をリズムに乗せて
次第に身振り手振り、立ったり座ったり、
合間には「チャチャッチャ」と伴奏付きの独演会

手にはクレヨンやお菓子を持ちマイクがわり、
高らかに歌います。

まあ、おかげさまで、おいしいビデオが撮れました。
で、結果として良い写真はなく・・・

8時ごろ、 ママが起きて、今度は昔からある長寿の湯へいきます。
母はお風呂は今日はおしまい、というので3人で入りましょう。

普段は「お風呂入らない。」と言うことが多いのに
「お風呂はいろ!」とうれしそう。

Sn3b0446息子2も入り口まで一緒に行ったが
そこで別れたものだから、不思議そうに
「どうして?」
「こっちのお風呂に入ってみるからね」と笑いながら言っていた。
「Yちゃんは青いほうに行ったの。」〈暖簾の色)と母に話していた。

夜はいつものように、
三々五々宴会をし、寝て、おきた人が宴会をし。

息子1は夜中2時ごろにお風呂に行き、
誰もいなかったところで撮っておいてくれた写真。

翌朝は食事前に母・私・娘・マゴッチと女4代で同じ長寿の湯に入りました。
湯船が6つもある元気が出る温泉です。(⑤の1へ続く

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2008年10月27日 (月)

熊四郎山・万座園地…③

2000810_095_3 とりあえず記念写真。
ここに来ると、いつもはどってんと寝転んで
お風呂に入り、食べてお風呂に入り・・・・というコースなのだが、
今回は目の前に見える熊四郎山に行きたいと思っていた。

が、私は足を痛めたことだし、マゴッチもいるし、で、あきらめていたのだが、
息子1は運転と早起きで休憩、娘はずーっとハイテンションの位置のままがんばるマゴッチを寝かせることにしたので、息子2と私が散歩に出かける。

2000810_099 足もだいぶ良い。
いつも窓から眺めている東屋風の休憩所辺りに行こうと。
湯畑の隣の元日新館は影も形もなくなっていた。

2000810_106 露天風呂の脇から薬師堂の横の石段を登っていく。2000810_109
強酸性の硫黄泉
山中を硫黄の匂いが包む。

2000810_111 小さく左上に休憩所が見える。
2000810_113 熊四郎洞窟。
なかなか趣がある。
その先頂上まで石段が続く。

先へ行くと「熊四郎山」
1936メートルあるらしい。
まあ宿が1800メートルだから・・・
あまりに急な階段になってきて、私は降りるときが不安になり、途中で息子に先を託し、私は川の向かい側にある休憩所へ先に行く。

2000810_115 休憩所から万座温泉の宿を眺める。2000810_135
「上信越高原国立公園・万座園地」というらしい。
帰りもなんだかスムースに降りて帰る。2000810_117

2000810_144

マゴッチはやはり寝ていた。

お風呂どうする?
二人で行って来て良いよ。
今のうちに3人ではいる?
起きたらどうする?
行ってきちゃおうか。

あーだこーだと私と娘と母、

「いいから、そんなこといっているうちに、早く行ってきたら・・・」
寝ていたはずの息子1が言う。

そお!?
じゃあ・・・お願いね。
そっと、起きた時にあげるみかんや絵本などをそばに置いて
新しくできた万天の湯へ行く。01l

白木の香りが気持ち良い。
見える景色は白樺の林。〈写真はhpから)

ゆったりつかって
帰りは娘は急いで部屋へ。

母と私が帰ってみたら、まだぐっすり寝ていた。

夕食までお休み。〈④へ続く)

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嬬恋牧場を経て万座へ…②

2000810_044 車の中は一気ににぎやかになり、
サードシートからの写真撮影はなかなか困難になり。
2000810_047 嬬恋付近もすっかり秋は深まって。

今回は万座鹿沢口から万座ハイウェーで行きます。
2000810_059 途中の嬬恋牧場で休憩。
長野と群馬の県境の山たち。

冬はこの道路の上が表万座スキー場となる。
一度万座の帰りにスキーに来たが
さ・む・か・っ・た。

雄大な景色に
ほんわか。2000810_061











2000810_067 小さな遊具を見つけ
元気なマゴッチはゆく。

とことこ。
「おすべりだぁ」2000810_071

「すべるよぉ」
「気をつけてね。」
「はぁい」〈わかっているのかどうなのか)

2000810_072 2000810_085_2

「もう一回!ねっ!」
「もう行きますよぉ」

「えっ!?」

しばし考える様子。
どうしようかなぁ。

浅間山もにっこり見ているようでした。

チェックイン2時ぴったり、万座温泉に着きました。
いつもの万座温泉 日新館と名を改めたらしい。
のんびり温泉三昧です。気持ちの良い温泉で、今年息子1は2度目です。
私は2005年5月以来かな。(③へ続く

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万座温泉へ行ってきました。…①生島足島神社

2000810_006 週末お気に入りの万座温泉へ行ってきました。
土曜日朝5時出発、日曜日夜11時半帰宅、というたっぷりの旅でした。雨は上がりました。

息子1が母との旅行に行こうということで、日程が決まりました。
夫は10月は猛烈に忙しく出張で行けません。
松本に寄り息子2を拾って4人旅の予定でした。
そこへ娘とマゴッチが急遽?参加。

そんなこんなで
我々は予定時間を1時間早め、
家を朝5時に出て、母を迎えに行き、中央道で松本へ。
そこから上田に向かいます。
娘とマゴッチは新幹線で上田に来るのです。
早く出たおかげで時間に余裕ができました。

2000810_012 2000810_015 途中上田の生島足島神社に寄ってみました。
日和が良かったのか七五三のお祝いやお宮参りなどでとても賑わっておりました。

2000810_016 「人と大地に生命力を与える「生島大社」と、人の願いに満足を与える「足島神社」の二神をまつり、霊験あらたかと伝えられます。 」とある。

ひ孫が
七五三を迎える母はその調査に余念がない。
平らな神社でよかった、とのお言葉。

一大行事の時のそれぞれの家族の様子が面白かったです。
最初から最後まで口げんかしている夫婦や、はきなれない草履で転んだりで泣く声があちらこちらから。

2000810_018_2 創建の年代は明らかではないというが、「当社は歴代の帝の崇敬厚く、平城天皇の大同元年(806年)には神封戸の寄進があり、醍醐天皇の廷喜の代(901年~922年)には名神大社に列せられています。」というから相当歴史は古いのだろう。2000810_019 2000810_023 
10時半過ぎ上田駅に到着
娘と孫を無事収容。

まずはお昼。
〈②へ続く)

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2008年10月25日 (土)

最近読んだ本2冊

どちらもリクエストしてやっと来た本ではある。

処刑人の秘めごと (ハヤカワ・ノヴェルズ) 処刑人の秘めごと (ハヤカワ・ノヴェルズ) 

著者:ピーター・ラヴゼイ
販売元:早川書房

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2008,6 76
ダイアモンド警視シリーズ9作目。
最後まで余談を許さずというか、
飽きさせず、面白く読めたが犯人に至る推理が今ひとつかなあ。
警視のますますの活躍を祈りたい。

「公園の遊具からぶらさがった女の首吊り死体。まもなく女性の元夫も首吊り死体で発見される。捜査に乗り出したダイヤモンドは、2年前、別の女とその夫が首吊り死体で見つかっていた事実を知る。」

東京島 東京島 

著者:桐野 夏生
販売元:新潮社

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2008,5 77
リクエストランキング上位にあった本だが、内容を見て
少し躊躇していた。
無人島に、女は一人、
何かいやーな予感もして。
読む本が無くなって、探す中で一応予約してみて、来たのだが。
うーっむ
最後まで投げ出さずに読んだのは登場人物の結末を知りたかったから。
どこまでも人は自分勝手なのか。
全体の印象としては、どろどろというよりはがさつというか乱暴な目線で書かれている感じがした。(そうか、「容赦なく」という言葉があったか。内容紹介を読んで思う。)
ところどころに挟まれる、それぞれの人物があだ名で呼ばれる以前、ちゃんと名前があった、島に流れ着く前の暮らしや思い出はなかなかにリアリティがあった。
が、島での人々はみんなダメ。登場人物に思い入れはできなかった。
最後も・・・

出版社 / 著者からの内容紹介
あたしは必ず、脱出してみせる――。ノンストップ最新長篇!
32 人が流れ着いた太平洋の涯の島に、女は清子ひとりだけ。いつまで待っても、無人島に助けの船は来ず、いつしか皆は島をトウキョウ島と呼ぶようになる。果たして、ここは地獄か、楽園か? いつか脱出できるのか――。欲を剥き出しに生に縋りつく人間たちの極限状態を容赦なく描き、読む者の手を止めさせない傑作長篇誕生!

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2008年10月24日 (金)

映画2本…「手紙」と「有頂天ホテル」

雨でございます。
明日はやみそうなので、うれしいなぁ。
ちょっと前に見た映画2本。

手紙 スタンダード版 手紙 スタンダード版 

販売元:日活
発売日:2007/04/27

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14
ご存知東野圭吾の原作を、山田孝之と玉山鉄二の兄弟と言うキャストで映画化。
弟の学費のために盗みに入り、誤って殺人を犯してしまった兄。
そのせいで、何度も引っ越しと転職を余儀なくされ、恋人とも別れることになる弟。
交わすあるいは出された手紙を通して、それぞれの絆と別れを描いている。

真の贖罪とはどういうことなのか。
犯罪者の家族と被害者の家族
それぞれの苦悩も多少はわかる気はするが、実際は私の想像を超えるものであろう。

許すこと、許されること。
原作ではかなり重い感じだったと思うが、
映画では全体に安心して見られた。

最後
兄の元へ慰問に行き・・・
救われた気がする。
「あなたに会えてよかった♪」小田和正の声が響く。

THE 有頂天ホテル スペシャル・エディション THE 有頂天ホテル スペシャル・エディション 

販売元:東宝
発売日:2006/08/11

Amazon.co.jpで詳細を確認する

15
三谷幸喜が監督と脚本を手掛けた群像コメディ。
大晦日のカウントダウンパーティーの用意にあわただしいホテル。
そこを舞台に、さまざまな問題を抱えたホテルマンや事情がありそうな宿泊客たちが交錯し・・・豪華キャストで描く。

予想したとおり楽しく飽きない映画だった。

「望みは捨てるな。」
「自分らしく生きよう」そんなメッセージがたくさん詰まって
年末から新年へ話は進む。

多彩な出演者がそれぞれ何か工夫を凝らして
自分の存在感を主張する。

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2008年10月23日 (木)

森で小鳥とエヴリ・ブレス…思い出

「こんにちは!」昨日電話の向こうからなつかしい声がした。
といっても、何年も会わない仲間ではない。先日も彼女の
パッチの作品展で会った。
しかし電話は久しぶり。昔は何かといっては電話していたものだ。

先日のお礼の電話をわざわざしてくれ、こう続ける。
「作品展が無事終わって、片付けて帰る車の中で「エヴリ ブレス」がかかったのよ。」
ポリスの「見つめていたい」という有名な曲のことを我々はそう呼ぶ。
「へぇ~、よかったね、お疲れさん、っていう神様からのご褒美だったね。」
私にはその幸せな光景がすぐ浮かんだ。
「私もそう夫に言ったの、これはご褒美だ、って。泣きそうになったわ。」

この曲の話をすると,我々には必ず思い浮かぶ風景がある。

その頃ロックと山の木の実に夢中になっていた。
アムネスティのコンサートでスプリングスティーンとスティングが一緒に歌ってから、我々の大好きな曲の一つになった。

2000810_015 あっちこっちの山のふもとによく出かけていたのだが、たいていは大きなラジカセを持って行ったものだ。
あの時は、林の中のきれいな小川のほとりで歌詞カードを持ち三人でこの曲を歌ったのだ。
誰もいない山の中
木々は輝き、
遠くに鳥の声
光はこぼれ、
そんな中で
「Every breath you take
And every move you make ♪
…I'll be watchin' you ♪」

音楽は木々の間を流れていく。
何とかうまく歌えるようになった頃
突然
きれいな声の小鳥がすぐそばの木にとまって、一緒に歌いだしたのだ。
我々の声よりはるかに大きく、高らかに。
びっくりし、笑いながらも歌う私たち、小鳥は飛び立たずにそこで一緒にさえずる。

あのときの空気
あのときの小鳥の歌声
あのときの光
その空間を好きな音楽と小鳥の声が埋めていった。

「エヴリ ブレス」という言葉を口にする時
必ずあの光景が頭に浮かぶ。
一瞬にしてあの空間と時間に連れて行く。
そして友もまた然り。

そんな友と思い出話をして、
そういう時間をたくさん持てたこと、
宝物だね、

2000810_293 今はそれぞれ忙しいけれど
またそういう時間が持てるようになるかもしれないね。
そう話した。

考えてみると、もう20年も前の話である。ひぇーっ

あんこ玉、左から杏、いんげん、苺、おいしかったです。

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2008年10月22日 (水)

『新世界より』喜志祐介

かなり前にリクエストした本がきた。
このところリクエスト本が束になってやってきて、私をあせらせる。
せっかくだから読まねば惜しいし・・・時間は無いし・・・
すると丁度よく?足を痛めてエアロ、アクアのお休みで時間ができた。

新世界より 上 新世界より 下 

2008,1 74,75

今から1000年後の世界。
見た目も分厚くて、読めば出てくるのはバケネズミというものやらなんやら。
入り口で少し立ち止まってしまった。
しかし、あんなに読まれている本なのだから、きっと何かあるはず、そう思って読み進む。
その姿を克明に書かれてどこまで想像するか、頭に実像を描いていくか、
一つ一つの生物のありよう・歴史などに作者の思いが重ねられ伝えられる。

上巻を読み終えて
これがまだもう一冊か、と思う。

流して書く、と言うことが無いかのようで
精密な記述、設定、かなりの想像の世界の生きものが出てきて、
最初はハリーポッター、ロード オブ ザ リング、宮崎駿の世界などをも思った。
それ以上に読み応えある、太く深い流れの話であった。
現在存在する虫さえおぼろな私には
自分の想像があっているのかどうなのか。そういう想像は読者にゆだねられているのかも。むしろはっきりと形を想像しなくても良いのかもしれない。イメージで。
そして、下巻に入ると怒涛のように進み、あっという間だった。

表面ファンタジー、SF風であるが
人間の傲慢さというか業のようなものがテーマだろうか。
現代に警鐘か。
持てるものと持たざるもの。
誰がどう主権を取るのか。
質、量ともに大作。

最後はショック、
最終行
想像力こそが、すべてを変える。」
は、まさにこの本の読者に与えられた文か。
相手の立場に立って物事を考えること、その重要さ。それが想像力。
ドヴォルザークの曲は聞こえては来なかった。
ある意味読者を選ぶかもしれないが、それを乗り越えても読んで悔いは無い。

2000810_165 手ごわかったが、面白かった。
上下巻で1000ページ以上。
しかも活字は子供用のように大きくはないのだ。

内容(「MARC」データベースより)
八丁標の外に出てはいけない-。悪鬼と業魔から町を守るために、大人たちが作った忌まわしい伝説。いま伝説が、「実体」となって町に迫る! 人類が手にしたのは、神の力か、悪魔の力か。3年半ぶり書下ろし長編小説。

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2008年10月21日 (火)

浅草奥山…③

2000810_227 江戸時代浅草寺本堂の西北一帯は俗に「奥山」と呼ばれ、盛り場として大道芸人や見世物小屋でにぎわっていたという。
おそらく本堂の奥にあったことから「奥山」と名付けられたらしいとあった。
宮様や将軍様が参拝後伝法院で休み、ここの大道芸を楽しんだという。
明治以降西側の六区へと移ったが、その前身といえる。
今、記念大開帳にあわせて奥山風景として、同じ地に茶店や平成中村座などいろいろ催されている。
2000810_236
おなじみの演芸。
みんな楽しんでいる。
茶店で箸を使い、お餅を食べている金髪女性もいた。
その反対側の木戸を出ると浅草六区。

2000810_240 木馬館と木馬亭。2000810_241 

2000810_244 少し行くと
「浅草フランス座東洋館」「浅草演芸ホール」

しばしうろちょろして
お昼はもんじゃ焼き。
実は初めて食べる。

2000810_247 あとで何か甘いものを食べて・・・
などと思ったのだが
実は足が相当痛い。
食い気よりは家路、ということでお土産を買って早々に電車に乗る。
2000810_167
舟和のいも羊羹とあんこ玉のセット。
「明日までにお召し上がりください」
「了解しました。」きっと守ると固い決意の返事。
早速家に帰り、一本半食べたところで
「明日は夫が帰ってくる、とっておかなきゃ」と思う。

2000810_168 銀座線で渋谷方面へ向かうが、階段を下りるのもつらく、キルトの展覧会はパスさせてもらう。

知らずに行ったありがたい特別大開帳でありました。

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特別公開 『大絵馬寺宝展と庭園拝観』…浅草②

Ematen 特別公開 『大絵馬寺宝展と庭園拝観』
「10月15日(水)~11月16日(日) 午前10時~午後3時
拝観料 一般・・・300円
 通常非公開の伝法院庭園と、浅草寺に伝わる寺宝の数々を一般公開いたします。
 会場入口 五重塔北側 江戸町「奥山風景」内」

せっかくなので見ていくことにする、
「今だけ、特別!」人はなぜそんな言葉に弱いのだろうか。

しかし見てよかった。
大絵馬展も珍しく伝法院のお庭もなかなかであった。

このポスターやチケットに載っているのは家光が寄進した金蒔絵仕立ての双神馬。見事な躍動感があった4枚だった。
いつもは倉庫のようにしまわれているだけらしい。
2000810_283 寺宝展入り口の大きな狛犬。
2000810_255 浅草寺本坊伝法院のお庭も長らく秘園とされていたという。
小堀遠州作という。
今もお茶会とかの催しのみに使われる非公開のお庭。
2000810_280
2000810_260 2000810_263
2000810_272 2000810_282_2

すぐ外は参拝の人々が行き交う賑わいなのに。

桜の季節はきれいだろうなあ。〈続く)

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浅草寺へ…① 記念大開帳

2000810_175 昨日は妹と久しぶりに浅草へ行った。
渋谷で催されている仲間のパッチワーク展に行く前にちょっと寄ろうということになったのだ。
母の坂東三十三ヶ所の御朱印も頼まれていたので。13番札所…⑧
である。

地下鉄から外国人グループが多い。
さすが、浅草!である。

2000810_178雷門に来てみればなにやら人が多い。

仲見世から見てみれば遠く「本堂落慶50周年記念開帳」とある。
良いときに来たようだ。
でもこの時は何がご開帳なのかよく知らなかったのだが。
それが10月15日から始まったばかりらしい。

久しぶりの浅草。
天気も上々。
2000810_186

宝蔵門(仁王門)2000810_195ここの提灯も大きいです。2000810_206 2000810_207_2  
本堂の天井もすばらしい。
お参りをして聞いてみる、「何が御開帳なのですか。」丁寧に教えてくれた。次のようであった。
東京大空襲で焼失した浅草寺本堂が昭和33年に再建されて50周年に当たるので、それを記念して特別ににお前立ご本尊の特別大開帳を行います。近くに上がってお参りできます。定時法要が12時にあるのでどうぞ。」と丁寧に教えてくださった。
早速遠くからお参りしたばかりの御開帳のお前立ご本尊のまん前にあがって座り、やがて始まる法要を待つ。その法要はロックのリズムにも似た太鼓付き。
しばし時を忘れその空間に浸った。
2000810_211_2 2000810_221
  お水舎の高村光雲作「沙竭羅(さから)竜王像」
そこでも外国人のご主人が奥さんに「飲んではいけない」などと〈英語で)説明していた。

浅草寺のご本尊聖観世音菩薩像は絶対秘仏のため、未だかつてご開帳されたことがなく、その前のお前立ご本尊さま」というものも1年に1回12月13日午後2時からの法要の時間のみに扉を開けるのだが、それはほんの15分か20分という。それがこの期間中厨司の扉が開かれる」ということだ。2000810_225 そう聞けばありがたさもまた多くて。
本堂の手前にあった5色の紐のところに人が数人並んでいる。
「何ですか?」と聞けば
「ご本尊様とつながっている。」という話。

期間中、本堂前には3本の開帳塔婆が立ち、その塔婆からは開帳されているご本尊の手と結ばれたお手綱が渡され、それで直接ご縁を結べる」ということだ。

お手綱は、赤・黄・白・緑・紫の5本がございますが、どちらの色でも同じようにお開帳のご本尊さまとご縁を結ぶことができます。
  お一人様一本お手綱を手にとり、観音さまとご結縁下さい。」

とHPにあったが、その日我々はみんな5本全部を手に持って願った。
後ろの人など4本しか持っていないといわれ、わざわざやり直していたほどだ。混んできたらそうも行かないのだろうなあ。
そこでゆったりした時間を過し、もうひとつ薦められた「特別公開 『大絵馬寺宝展と庭園拝観』、こちらもほとんど公開されないのだという。
せっかくだから見て行こうか。〈続く)

 

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2008年10月19日 (日)

手紙~拝啓15の君へ

2000810_085 先日の連休中、
偶然に見た教育テレビの「全国学校音楽コンクール」
息子が高校で合唱をしていたこともあって、
ちょっとリモコンの手が止まった。

最後にアンジェラ・アキがピアノの弾き語りで、歌いだした。
手紙~拝啓15の君へ」だった。(ここで曲が聴けます。)
中学生の課題曲だったようだ。

真剣な顔をして聞く中学生。
感極まって、
あるいは自分の思いを重ねて、
泣いている子もいる。

普通のコンサートとは違い、
しんとした中に彼女の声が
しっかりした言葉が
遠く隅々までいきわたりみんなの心を巻き込んでいった。
歌い終わって
彼女は自分の胸をたたき、彼らとしっかりと心が伝わったことを伝えていた。

感動的であった。
MCの人(森下千里さんだったらしい)も涙ぐんでいた。
もちろん私も聞き入ってしまった。
聞いている中学生への思いがこもった、その場にふさわしい魂の演奏だった。

数日後、車の中で
「彼女の代表作になるでしょう、」などという話を聞き
これが今年のコンクールのために書き下ろされた曲であったことを知る。
時を超えた手紙という形式。


昔、
つくば博から亡き父が書いた葉書が届いたことなども思い出した。
1985年に開催された つくば博の時、
21世紀の自分に向けて手紙を書き投函したのだ。
両親とわが家族五人の全員で行ったが、父が代表して書いた。
それは2001年元旦に届き、父はその前年1月13日亡くなった。
「みなさん 元気ですか。」などとあったように思う。
父からの手紙は文字を見るだけで、ちょっと泣けた。

「拝啓~♪
今負けそうで泣きそうで~♪ 今を生きている♪」

多感な10代の心に明かりとなってともりますように。
そして、今それぞれの時代を生きている人に
「今を生きる」ということを感じてほしいというメッセージ
どの時代だってつらいこともある、
でも何とか乗り越えて今を生きていく。

秋空に歌声はどこまでものびやかだった
それにしても15の時の自分の悩みがなんだったのか、果たしてあったのかさえ忘れてしまった。はるか忘却のかなた。

NHK教育で26日に総集編をやるらしい。

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2008年10月18日 (土)

それぞれに母

2000810_112 昨日朝メールを開けたら
高校時代の仲間のお母様の訃報が届いていた。
〈同級生10人ほどで同じメールを出し合っている。)
すぐにその返事をこんな風に書く。

そうでしたか。
一度よくなられたと聞いていたので安心していたのですが。
行きつ戻りつ、そうやって、一週間○子さんも看病できて、お母様はお別れをされたのですね。

ご冥福をお祈りいたします。

そして
おかあさまはいつでもあなたのそばにいる、
そう感じてこれからも元気に生きていってください。
いえ、生きていきましょう。

以前
私も例え破れ傘でも良いから、と思い、ブログにも書いたことがあります。
自分の上にさしかけられていた優しい傘が無くなってしまう、
どんなでしょうか。
思っただけで泣きそうになります。

私も母との時間を大切に暮らそうと思います。
お体に気をつけて
心に思ったことで言っちゃいたいことはメールなどで、
たくさんの友達がいるんですから。

それでは また 」

で、その「破れ傘」の記事を探してみたが
下書きしたのみで投稿していなかったようだ。
2006年7月に書いたこんな文だった。

タイトル 友との電話…破れ傘でも

「電話が鳴った、友人から。
メールの返事がなかったので心配していたら、
パソコンの調子が悪いということだった。

彼女には90過ぎた病気持ちのお父上がいる。
だから連絡無いと「もしや・・・」と心配してしまうのだ。
電話でいろいろ話す。
いろいろと大変だろうけれど、がんばって。

たぶん私の想像だけれど、
両親が義理も含めて4人ともこの世からいなくなってしまったら
我々が一番上になってしまう。
それはきっと大変なことだろう。

少々破れた傘でも(失礼!)
我々の上に傘が差しかけられていることはそれだけで安心なのだと思う。
そのおかげで風雨に直接さらされることも、まだ免れていることが多いのだと思う。
たぶん・・・

破れ傘でも、その有り難さに
無くなった時の風雨で気づかされるに違いない。
だから
どんなになっても私の親でいて、そう思う。

精神的にも
現実的にも世間の荒波にさらされるにはまだ甘いから
きっと天国のお母さんが御父様のことも守ってくれているのよ。
そう話しながら、自分のことも思った。

いくつになっても新しい経験があるね。
「父のことを見てると切ない。切ないってこういうことを言うのだなあ、」と彼女は言う。
私はその言葉をかみ締める。」

なぜ投稿しなかったのか、わからないが
書いた気持ちは今も変らない。

この記事を見つけたその後、エアロに行く前に
母に炊き込みご飯を届けようと用意していた。
家を出たとたん、足を痛めてエアロは断念し、
母へのそういう思いを心に貯めて
一緒にコーヒーを飲みながらいつものように笑って話す。
暖かな日差しが柿の木越しに見える平和な時間。

「じゃあ、来週病院の日に来るね。」
足に張るシップをもらって、車から手を振る。

よく妹が言う。
「お母さんは幸せだね。」と。
毎日のように誰かが訪ねてくるから。

確かにそうかもしれない。
でも、こうも思うのだ。
「私たち姉妹も、今も母がいて母と楽しくおしゃべりができて
本当に幸せなんだよ。」と。

お互い幸せと思って
今日も笑っていきましょう、ね。

帰ってメールを開いたら
同じ訃報を読んだ、
早くに(19や29才の時だった、と書いてあった)母をなくした友たちのメールが届いていた。
「私は幸せ」

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2008年10月17日 (金)

秋晴れの中、キルト展へ

2000810_161 秋晴れの昨日は仲間と、多摩センターへいった。
仲間の一人が先生をしているパッチワークキルト展が、昨日からパルテノン多摩で始まったのだ。

彼女の素敵な個性は
サークルのみんなにも伝わり、そこにそれぞれの個性が加味されて、優しい安らぐ素敵な布たちが並ぶ空間だった。
2000810_126
2000810_128 パルテノンへ向かう道にはハンギングフラワーやトピアリーがあってきれいだった。
会場風景と、最初のは葉書から。

2000810_134 2000810_1482000810_163 2000810_145 2000810_149_2
話してばかりで、写真うまく撮れなかった。

午後はほかの友は
もう一人の仲間のキルト展を見に渋谷に向かった。
私はまた後日に。
20日まで。
お近くの方はぜひどうぞ。

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2008年10月16日 (木)

ミッキーさんに会えた日

体育の日の三連休、娘一家は1泊でディズニーランドに行った。
今年はちょうど開園25周年で、今はハロウィンらしい。

最近ミッキー、ミニーがお気に入りのマゴッチ。
会う人ごとに「○ちゃんね、ミッキーしゃんとこ行くのぉ。」と話し、
とても楽しみにしていた。
それは卒乳したときからの約束でもあった。

Image181_2  聞いているこちらまで楽しみで
逐次送られてくるメールでその様子を楽しんだ。
朝から気合、はいりっぱなし、テンション上がりっぱなしで、振り切れていたらしい。
そんなに楽しみにできるなんて素敵だね。

落ち着いた頃を見計らって電話すると
「ミッキーしゃんとみにーしゃんにあったのぉ」
「ぐーふぃーはね、こわかったの。」と話す。
Image163jpg_2 切望して買ってもらったミッキーの風船と
まだまだ大きいミニーの帽子。
自分で選んだらしい。

ホテルのロビーの
お仕事中のミッキーさんには
会うたびにご挨拶。
帰る時にも「ありがとう、さようなら、またね。」とご挨拶のタッチ!をしています。
良かったね、楽しい思い出。

Image196娘と話す、
「こんな楽しい思い出も2歳じゃ忘れちゃうのかね。」
「きっと覚えてるよ。」
「だって忘れてるでしょ、2歳の時一緒にフランス行ったこと。」
「行って無いよ!」
「あらっ、そうだった?行ったんだけどなあ。忘れちゃったかぁ。」

娘たちと最初にディズニーランドに行ったのは25年前、
開園直後だった。あれから25年かぁ。
ミッキーさんもミニーさんもパレードすら興味なく
(正面で暇そうに立ってた。)
あっちこち走り回って乗り物に乗ったっけ。
パレードの時間は空いているとか言って。
くるくる回る思い出。

両親も喜ぶ娘につられ、たいそう疲れたらしい。
で、最後に電話の向こうでこう言った。
「○ちゃんねぇ、今度アンパンマンのおうちに行くのぉ。」
あらまぁ。

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2008年10月15日 (水)

今朝は疲れた

今朝は疲れた。

たくさんの子どもを預かって、朝ご飯を食べさせて
車で小学校、中学校、おまけに出勤する娘を駅まで
車で送っていかねばならない。
おまけに外は雪が積もっている。

おにぎり、ベーコンエッグとか朝食を作るが
それもきちんとできず、
みんな食べたのか食べられなかったのか、
遅刻もしそうで、あせった。

やっと車を発進させて
「そこを右へ」と後ろから言われ、曲がったところで
隣の夫ががばっと起きて目が覚めた。
肩がこっている。やれやれ
今朝の夢は疲れた。

知らないおばさんまで後ろの席に座っていた。
横浜に越して行った友のお嬢さんも久しぶりに登場した。
去年そのお姉ちゃんに不幸があったのが気がかりだったのだろうか

テレビの2000810_092 お好み焼きのレポートを見たら無性に食べたくなって
昨日のお昼はお好み焼きを作った。

こんな私だから
夢も
今読んでいる本に影響されているのだと思う。

お好み焼きは
おいしくできた

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2008年10月14日 (火)

心豊かな秋の一日

2000810_099 三連休の最後の日
夫はやっと休みができた。
その夫と実家に行く。
この先もずっと週末は時間が無いそうで。

母が気にしていた垣根刈りと柿採りのためだ。
午後もやるべき仕事があるという夫なので,
早めに、ということで
午前中に出かけた。
母も
そんな我々(というか夫)を気遣って、昨日半分垣根を刈ったようで疲れていた。
後は大丈夫だから、休んでいて、と言うのにしばらくしたら
出てきた。
2000810_1152000810_102  柿は
去年の3分の1あるかどうかで
忙しい我らにはちょうど良い具合であった。
いつものように蚊取り線香を足の間に置いた私が、
スクワット状態で受け取リ、バケツに入れる。体育の日でもあるし・・・ 蚊に愛されやすい私の足!
柿の木にはメジロがいっぱい来ていた。逃げようともしない。彼らのためにいくつか柿を残す。

それから
垣根の1辺の半分を刈り・・・
お昼を食べて、ふと見れば夫は母に続いてマッサージチェアに座り、
すっかり寝込んでいる。
「疲れているんだね。」
しばし母と話しながら待つ。

2000810_118 2000810_119 これからも忙しいと言う事を聞いていたので、
起こして
帰る用意をしていたら、ちょうどそこへ
Sちゃんとママが、
今焼きあがったと言うクッキーを持って、やってきた。
「間に合ってよかった!」
そう言ってくれたクッキーはまだほんのり暖かかった。
ありがとう。急いで持ってきてくれたのね。
心まで温かくなりました。
家であけてみると
人型のクッキーにはどうやら「S」のマーク、Sちゃん印だね。
パソコンの前に座る私にも焼きたてクッキーの良い香りがしています。

母に感謝され、今年も実をつけてくれた柿の木に感謝し、
帰りに心づくしのかわいいクッキーをもらって
こころ豊かな一日でした。

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2008年10月13日 (月)

仲間とブログ

先週金曜日エアロのあとで
友達の家にちょっとお邪魔した。

その前のレッスンの時に、ブログの話になって
「コマーシャルも載ってるよね。あれって収入になるの?」
どうもスポンサーサイト情報のことらしい。
最近は記事の最初についてくるので私も気にはなっていたが、
無料なのだから、しかたないと思っていた。
なので、結構強く
「違うわよ、あれは勝手についてくるもので、私とは関係ないのよ。
まあ、無料で使っているからしかたないか、と思ってる。」
と言った。

「そうなの、無料でそういうことができるんだ。」
「そうよ。やってみる?」と言うことで
そのお手伝いにちょっと行ったのだ。
最初の1ページを書いて、
「これぐらい書かないとコマーシャルに負けちゃうからね。」
と、頭にくる〈表題との間、記事の最初に来る)スポンサー情報と戦ってみる。
〈今見たら記事の最初のはやめたのだろうか、見えない、あれはひどいと思うのだが、無料とはそういうことか、とあきらめの境地。それが、とりあえずなくなっていた。記事の最後のみで。どうやら状況で出たり出なかったりのようだ。)

彼女の家はできたばかりの新しい家、
何もかも新しく、したがってきれいで、素敵であーる。2000810_096

2000810_094 そこで出してくれた私の好きなレーズンサンドビスケット。
好きなお菓子の一つ。
いろいろ有名どころはあるが、これは風月堂のレーズンビスキー。
いただいてきた。ゴディバのチョコレートも。うっしっし。
それで今日の私のコーヒータイム。カップはmade in chinaの「何かに似たもの」ではあるが、でも結構気に入っている。
とりあえずカップシリーズ32(3133)

友のブログでもこれから順調に思いが重ねられて行きますように。
そう思いつつコーヒーとともに。
思っていることをお腹にためていると「はらふくるる」ことになってしまいますから、ね。

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2008年10月12日 (日)

『還らざる日々』ロバート・ゴダード

メジャーリーグの野球をテレビでやっているのを聞いている。
追いつ追われつの接戦である。
松阪のレッドソックスも応援しているけれど、万年最下位のレイズにもがんばってほしい。
まあ、結局は良い試合を願って。
どちらもがんばれ!
三連休のなか日だけれどひっそりとした我が家。
昨日、昨晩はほとんど一人で過して〈おかげで読書三昧!)
「母はいつもこんな夜なんだなあ」と思った。
寒くなったら今年こそ、定期的に泊まりに行くのを決めよう、などと思った。

還らざる日々 下 (講談社文庫 こ 51-13) 還らざる日々 下 (講談社文庫 こ 51-13)

著者:ロバート・ゴダード
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2008,7   72,73
新刊本をリクエストした本。
50年ぶりの出会いが起こす事件、ということは主役ハリーは驚くことに69歳、
シリーズ3作目らしい。

上巻では謎が撒き散らされ、人名が多いのに本名とニックネームで語られ
何度も見直した。
下巻ではその謎がわかってくる。
謎も予想される範囲、ゴダードの特徴は重層的な話というが
これはそうではないと思う。

下巻を読みながら「インディジョーンズ」を思い浮かべていた。
上下間をほとんど一日で読んでしまったのだから
読みやすい話ではあったといえる。
というか、金曜日に図書館で受け取ってきた次のリクエスト本が500ページの上下巻という
見た目の分厚さに恐れをなしたからでもあった。

内容紹介
巨匠ゴダードの待望作!
50年の時を経て―スコットランドの城館で見舞うのは悲運か陰謀か
50年ぶりとなる空軍時代の同窓会に出席するため、かつて基地だったスコットランドの城館に向かったハリー・バーネット。列車で同行中の一人が失踪し、さらに不審な事件が旧友たちを襲う。直前に参加を取りやめたバリー・チップチェイスと共に、警察から嫌疑をかけられたハリーは……。名匠が放つ異色の傑作

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2008年10月11日 (土)

ありがとう!緑のカーテン!

2000810_005 10月になり
日差しも恋しくなろうかと思う今日この頃
我が家のベランダの
5月に植えてから、5ヶ月あまり、
グリーンカーテンも終了の時期となった。

葉っぱもかさこそ
枯葉の音を立てている。

ふと見ると
ベランダの外側に手すりに沿うように
まっすぐに伸びた太いきゅうり。
まあ、ひっそりと
ここまで大きくなって、と感心する。
手すりの真裏にあって気がつかなかったのだ。

きゅうりの苗3本で計91本
にがうり 2本で 20本
ミニトマトの苗一本で、100個
の収穫だった。
小さなニガウリがあと数本ある。朝顔はまだがんばっている、お水はもう少しあげましょうね。

緑を吹き抜ける風もさることながら、
採って数歩のところで食べるきゅうりは瑞々しくおいしかった。
暑い夏には見た目もさわやか

2000810_088 不景気な話が飛び交う今日この頃に
ベランダの野菜たちはがんばってくれました。
地球にも家計にも優しかった。

これに味をしめて
冬場も何か作ってみましょうか。

ありがとう、野菜たち
そして、毎日出勤前に水遣りをがんばった夫にも「おつかれさん!」であーる。

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2008年10月10日 (金)

『真鶴』川上 弘美

真鶴 真鶴

著者:川上 弘美
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2006,10 71
「ついてくるもの。影のような女」との真鶴での幻想的な風景と、
女三代で暮らす家での実際的な様子。
そのどちらにも漂う不思議な雰囲気は現実との境があるようで無い。
それは主人公の心の状況によるものだからか。

子どもを生んで家族を作ったはずだった主人公。
突然3歳の子どもを置いて失踪した夫。
それから十数年、不安定な主人公の心のすきま。
そこに入り込むもの。
感覚的な言葉が並ぶ。ひらがなが多く、さらに、感覚的な文となっている。
「にじんでいる」という言葉が多用。

「まだいないもの。いつか、あらわれるかもしれないもの。
…今ないものは、過去の中に消すことはできない。…不在なのに、いつまでたっても、なくならない。」

現実世界とその裏の幻想の世界が絶え間なく折り重ねられる。
不思議な雰囲気、文体。
霧の中をゆくようなもやもや感とまとわり着くような感覚。主人公のゆれる心がその中をさまよう。
寂聴さんが「秘花」の対談で「あなたの『真鶴』はとても色っぽいですね。」と話していた。
それで読もうと思ったのだが、私にはよくわからない。
どうとらえて良いのかわからない作品だった。

それでも主人公は実際には前に向かって進んでいく予感は、する。
このような叙情的な文を読んだことは良かった。たまにはね。

真鶴は今までにも何度も行った所だったので、雰囲気は理解できた。
真鶴は湘南よりは落ち着いた、でも半島なので海があり、三ツ石海岸があり、魚付き林があり、貴船神社がある。
私は一人では行かないぞ。

内容(「MARC」データベースより)

失踪した夫を思いつつ、恋人の青茲と付き合う京は、夫、礼の日記に、「真鶴」という文字を見つける。“ついてくるもの”にひかれて「真鶴」へ向かう京。夫は「真鶴」にいるのか? 『文学界』連載を単行本化。

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2008年10月 9日 (木)

金木犀の香りの中ワインが届く。

2000810_073 そこはかとなく香って来る金木犀の香り。
どこを歩いていても
その姿は見えないけれど
感じることができる。
そしてそれは突然始まるように思う。
昨日までは全然だったのに・・・と。
劇的な咲き始めをするのかな。
小さな花が一斉に開く夜あけ・・・想像してしまいます。
雨上がりや曇り空で、
天空に蓋がされたような日には、
地上を這うように濃密な香りがどこまでも漂う気がする。
昨日は赤信号で停まって目を向けた道の横の家に見事に刈り込まれた金木犀の木を見つけた。
高さが二階にも届くようだ。
あわててカメラを向けた。
プールから図書館と行き、そして実家で、母の髪を切った。
庭先で切りながら、母の背中越しに様々な話をした。
そこにも金木犀の香りが、かすかに漂っていた。
花言葉は「「謙遜」「真実」「陶酔」「初恋」「変わらぬ魅力」とか。
三島大社のあの樹齢200年の金木犀は今どうでしょうか。むせ返るようでしょうね。


そして、先週末のこと
息子2もちょっと帰ってきたのだが、その日にワインの大箱が届いた。

帰ってくるなり、「僕の荷物届いてる?」
「うん、ワインの箱」
娘が言う、「なんでなの?敬老の日だから?」<敬老の日に私に届くはずはない、と思う私)
「まあね、ワインがなくなっちゃったっていうからさ。」

008 そうなのだ、
前にお祝いにもらったワイン
良いものだったので、もう、飲むには惜しいワインしか残っていない、
と先日メッセンジャーで話したところだった。
だからといって、別にほしいとも言わなかったし、期待はしていなかったけどね。
でもうれしい。いろいろ12本。

今度のは、メダルをもらったワインと普通のと半分半分らしいので、
ありがたく、早速その夜
娘とピザを取ってワインをあける。
当の息子は友達と飲みに出かけてしまった。

これがまあ、
ピザにちょうど合った、良いワインで、両方がおいしい。
こりゃ幸せ。

「ママ、お顔赤だよ。」
「そお?○ちゃんのことダーイ好きだから・・・・」などといいつつ。
楽しくもゆったりした女3人!?の週末の夜は更け
夜中12時前後に婿殿、息子2、息子1の順に帰ってきた模様だが
私はその半分も知らない。(夫はまたもや出張中だった、念のため)

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2008年10月 7日 (火)

お茶箱 月手前…居間展その②

2000810_049 この日いらしていた方々がお茶をたててくださるという。
それもあって一石二鳥を願いこの日に伺ったのだ。

お茶箱を使ったお手前。
とてもコンパクトにできていて、
ピクニックに行く用のもの?である。
面白い。
しかしお茶をいただきながらだったので
写真がうまく取れなかった。

新しい畳の
和室からはきれいなお庭が見える。
雨上がり、
日が少し差してきてこれまた趣を出す。

2000810_041 月手前。
お香の煙が美しく
はしゃぐ気持ちを静めてくれる。

季節もよく
おいしいお茶をいただきました。

もちろんお菓子は
ご主人作成の落雁など。

Photo_3 お茶箱には振り出しという菓子器があって、
そこに金平糖が入っている。
振り出していただく。
また、ウグイスという針で茶せんが風で倒れないような工夫もある。
小さな茶箱にコンパクトに収まるお道具たち。
日本の美、侘びさびの中にも遊び心を感じた。
そうして楽しんだ人を思った。
おいしいお茶はいただいてしまい、写真は無し。

2000810_047お茶箱拝見
・拝見の時の注意点。袋を拝見し、帛紗に並べて置いたあと、箱に戻す時は、左掌の上に、茶碗の袋、棗の袋、茶杓の袋の順に乗せ、その後はその3つの袋を右手で上から一度に持ち、そのまま箱に戻す。(hpより)
一つ勉強になった。覚えておこう。

2000810_029 初めて会った方々と
上質なゆったり、しかも和やかな時間を過すことができた。
あら!?孔明先生もお茶いかがですか?

2000810_069 歩いて実家まで帰り、
お土産にいただいた落雁を置いてきた。

家に帰ったら暗かった。
楽しい時間をありがとうございました。

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三国志群像その後…居間展①

2000810_002m 先日こんな素敵な版画の招待状が届いた。
(これは「三国志・桃園の誓いの光景」)
「『三国志群像・仏像彫刻展』から一年たち、
押入れに収蔵していた像たちの虫干しを兼ねて我が家の居間に展示することにしました。」というものだった。
で、昨日お邪魔して来た。

Photo_2  一年ぶりにあった像たちはなんだかすっかりくつろいで、
ご主人様との暮らしに満足しているようでもあった。

展示会場とはまた異なって
私も間近にゆっくりと眺めることができた。2000810_033

相変わらず私は三国志の知識は深くはなっていないが、
彼らはそれぞれ自分の個性を発揮してきているように見えた。
お顔も姿も服装もそれは細やかであった。2000810_064

2000810_022 この一年での新作をご紹介
2000810_027 2000810_024

これまたご存知ガンダムであーる。
どなたかに依頼されたという。
木から彫り上げるのは大変だったろうなあ、像とはいってもまさに新種。
息子がガンダム世代であるからして
じっと見ているとあの声さえも聞こえるようだ。

2000810_017 こちらは屋久杉で作った瑠璃観音像、
貴重な木を手にしてきっと緊張されたことだろう。(駄洒落ではないぞ。)
白い木の観音像も純真高潔な感じがするが
少し色のついたこの屋久杉の像はこれまた幾多の困難を乗り越え、人々のためにがんばって今に至る、というような長い時間を感じさせるものだった。2000810_020

2000810_056 居間の展示会場では
仏像たちにも目が行った。
緑の庭を横目に眺めつつ立ち並ぶ、
なんて素敵なんでしょう。2000810_037
直立不動でがんばる皆々さまにシップ薬でもと思ったが
そんな心配な要らないようで
それぞれ、きりりとしかも少し親しみやすく待っていてくれた。

おそらく
誰もいない夜は三国志の一団は仲良く座って
酒盛りなどしているに違いない、
と思った。
さてこの後もお楽しみは続く・・・

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2008年10月 6日 (月)

『釈迦』瀬戸内 寂聴

釈迦 釈迦

著者:瀬戸内 寂聴
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2002,11 70
これまた母が読んでいたので、返す前にがんばって読んでみたが、時間は相当かかった。
何も知らない私にはまず名前が覚えづらくて進まなかったのだ。
細切れの時間ではすぐに誰だか忘れてしまうから。

内容(「MARC」データベースより)
この世は美しい。人の命は甘美なものだ―。釈迦入滅にいたる最後の旅は80歳の時。老いた肉体を嘆きながら、釈迦は何を考え、どんな言葉を残したか…。親しみやすい人間・釈迦をとらえた寂聴版ブッダの物語。

実際の釈迦についてよく知らないけれど、
寂聴さんの目で見たブッダが少し理解できた気がした。
生まれてからのこと。
これが遠い昔、紀元前の話だったのだな。

25年間そばで無私の心で世話をしたアーナンダとの交流。
「いつか必ず、私の言葉を伝える時が来る。その時には、『私はこのように聞いた』という言葉で始めよ。」
そしてそのように語る最後の場面のアーナンダ。
「私はこのように聞いた。世尊のお言葉のままである。
ーーこの世は美しい 人の命は甘美なものだーー」

「…眠りは心身を休めるための弛緩に過ぎません。死は、新しい生への新鮮な出発だったのです。」
「人はすべて死なねばならぬ。人が生きているのは死に至る道程を一歩一歩歩き進んでいることである。人は死ぬために生まれたのだ。」
「この世のことはすべて負ばかりということは決してない。負を正に転じる智慧こそが大切なのだ。」

釈迦の考えは人々を救う。
私にも「うんうん」とうなづかせる言葉も並ぶ。
読んでよかったかな。知らなかった世界。
この機会に仏教についても少し調べてみたが、私はやはりどんな神様も祈るのがいいなあ。
正しい神様はきっとみんな仲良し。

なぜか「アーナンダ」という名前はすぐに覚えた、わかりやすい私。てへ

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2008年10月 5日 (日)

『ありがとう』

金曜日夜からまた我が家の人口が増え、にぎやか・いそがし状態になっております。

その金曜日のこと。
エアロの帰り
図書館へ寄り、実家に行き母と買い物をして、
帰ってきたら、ちょうどSちゃんとママがいた。

昨日の「咆哮・霹靂の滝」などのメモを渡し意味を説明する。
それほど大きい滝でもないのに
名付けた人は詩的な人だったんだね。などと。

「どうもありがとうね。」と母が言う。
母はよくその言葉を言う。

私もそんな風にすぐに「ありがとう」といえる大人になりたい。

そういえば義母もそうだった。
と、思い出す。
介護に福島に通っていた時
いつも「ありがとう、お世話様です。」そう言っていたっけ。

私だとわからなくなっても
にっこり笑ってそういってくれた。
きっと体に染み付いた言葉だったのだなと思う。

自分の心が何の防御も無い状態になった時に出てくる言葉が
「ありがとう」である人になりたい、と思う。

義母は私のことを気に入ってくれていたのだけれど
でも最後は私がMの嫁ともわからなくなって、
でも「おかあさん、こんにちは!」と顔を出すと
パッと明るい笑顔になってうれしそうに「お世話様です。」

わからなくてもいいや、
あの笑顔は私のことを「誰かわからないけど、自分の好きな人」が来たと思った顔だったもの、と思ったものだった。

義父と義母の介護に10年ほどローテーションで通った福島の田舎も
今はほとんど帰ることがない。
「いいよね、お父さんとお母さんがいた頃にいっぱい帰れたものね。」
と夫とは話している。

そんなことを思った秋の夕方。
ベランダのきゅうりの葉がかさこそ音を立ててグリーンカーテンの終わりを知らせているようだ。

013ママ帰ってきてくれてありがとね。」
そんなマゴッチもいたっけ、ね。
そのマゴッチはお布団をかけないで自分が布団にかかって寝ていた朝です。

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2008年10月 3日 (金)

『タンゴステップ』 ヘニング・マンケル

タンゴステップ 上 (1) (創元推理文庫 M マ 13-7) タンゴステップ 下 (3) (創元推理文庫 M マ 13-8) 
2000年発表
2008,5邦訳出版 68,69

今まで読んできたクルト・ヴァランダーものではない。
自分自身ガンの告知を受け、治療開始までの間に事件に取り組むことになる主人公はステファン・リンドマン37歳、警官。。
いつも自分の死を思いつつ担当地区ではないところで起きた事件の捜査をする。
自分の病気から、死から逃げるように。
事件を考えるのと背中合わせに自分の病気を思う。
「40にもならないで、死ぬのだ。」などと思う主人公。
そういう面でも自分がその状況だったら・・・などと読みながらいつも自分はどうするだろうかと考えていた。

一人で考え、時にカンで事件を解決するようなスピーディなミステリではなく、
巧緻なトリックもなく、
地元の担当ジョセッペたちと協力し語り合い、疑問を出し合い、進めていく。
その分進みは遅い。
その分じっくりと読んでいける。

舌ガンの宣告を受け、動揺した彼が新聞記事で、自分が昔新人時代に指導をうけた先輩が、無惨に殺害されというのを読み、そこに向かうのだ。
ナチズム、そして今のネオナチ、移民、スウェーデンが現代に抱える状況が少し理解できる。
ヘニング・マンケルの他の作と同様社会とのつながりで、闇から続く事件を描く。

飽きることなく読めた。
いろいろ想像させつつ、展開していく。
追うもの追われるもの両方から語られ、さらに第二の殺人事件がおきて
犯人も犯人を捜し・・・

タンゴのステップが全体をかすかに漂う。

「殺された元警官モリーンの住んでいた場所を訪ねたリンドマンは、地元の警察官と協力しつつも、独自に捜査を開始する。だが、調べを進める彼の前に、新たな死体が。殺されたのはモリーンの隣人だった。同一犯の仕業か、それとも……。
 次々とあきらかになる、先輩警察官の知られざる顔、そして意外な過去。自らの病に苦しみ、迫り来る死の恐怖と闘いながら、リンドマンは真実を追い求める。
 ヨーロッパ各国で揺るぎない人気を誇るヘニング・マンケルが、現代スウェーデン社会の闇と、一人の人間としての警察官リンドマンの苦悩を鮮やかに描き出す!
 CWA賞受賞作『目くらましの道』のあとに続く、スウェーデン推理小説の記念碑的作品。」 創元社HPより

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2008年10月 2日 (木)

振り込め詐欺撲滅月間でホウコウヘキレキの滝

2000810_004 プールの帰り、買い物をして実家に寄った昨日
お昼を食べながらいろいろ話す。

母の元に電話がかかってきたという。
「医療費の還付金の書類は届いていますか?」
(「届いてない、どうしよう」と思わせるのだろうか。)
「いいえ。」
「そうですか、この電話のほかに電話はありますか?」
(携帯電話といわないところが巧妙か。)
「いいえ、また書類を送ってください。」
「1ヶ月ほどかかります。」で電話は切れたという。
さてまた送ってくるかどうか。
どうも怪しい。

前にも「おばあちゃん、交通事故で・・・」と泣き声でかかってきて、
「今どこにいるの?」
で、おかしいと思ったらしい。
母は一人では金融機関に行けないし、で
「警察に行きなさい、親に言いなさい」と電話を切ったという。

全く・・・・人の心につけこんで・・・
としか言いようがない。
振り込むときに誰かに相談する余裕があれば良いけれど。
おりしも「振り込め詐欺撲滅推進月間」が始まったという。

被害者が「被害防止策について「身内の恥と思い誰にも相談できなかった。おかしいと思ったら誰かに相談すること」と強調しているとあった。
さて、あわてんぼうの私が心配だ。
用立てるものが無いから安心か。

母と様々に話をする。
突然メモを出した。
「ホウコウヘキレキの滝」「雷?滝」とある。
栃木にあるらしい。
テレビで見たと。

わかった!調べてくるね。
栃木と福島の県境あたりに
「咆哮・霹靂の滝」「雷霆(ライテイ)の滝」というのがあった。
すごい字,勇ましい、すごそうな名前の滝だ。
明日母に持って行こう。
なんでもメモするのはきっと良いよ。
私のブログと同じだね。
忘れないために・・・

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2008年10月 1日 (水)

ラストスパートで10月へ!?

気がつけば、気がつかなくても、はや、10月ですね。
忙しかった、忙しくしていたこの10日間。

金曜日(19)夜娘一家来る
土曜日(20) 3時から夜10時ぐらいまで、娘たちが出かけたので一人で子守、アンパンマン弁当
日曜日(21) 娘一家と楽しく過す 
月曜日(22) みんな仕事なので朝から私とまごっち一日実家で母たちとにぎやかに過す
火曜日(23) 娘一家が夜帰る
水曜日(24) プールに行った後 母と妹と甥っ子とで食事と温泉へ。
木曜日(25) 朝から母の病院、食事、お墓参り、買い物2軒
金曜日(26) 奥多摩へランチに、帰って御通夜
土曜日(27) 一人で始めての道を車でお葬式へ。ちょっと道に迷う。
日曜日(28) 朝から貝あわせ実習 後居酒屋

200089_186 と朝から晩まで毎日忙しく過したあと
9月最後の昨日 心残りなく?検査へ行ってきた。
日曜日飲むことが予想されるので、この日にしてもらったのだ。
胃と大腸の内視鏡検査。ついでにピロリの検査。朝から出かけて帰ったのは6時前。

そんなこんなで、ラストスパートの9月下旬でございました。
元気だからこそのこのスケジュール、健康に気をつけなくてはと、痛感いたしました。
と、ほっとしていたら
あらっ!10月さんこんにちは!でありました。
さぁて、どんな楽しい10月が待っていることでしょうか。
今日はアクアビクスへ行ってきましょう。お医者さんのお言葉もあるし・・・あはは

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