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2008年9月の31件の記事

2008年9月30日 (火)

道ばたの小さな花

200089_196 めだたない小さな道端の雑草も
見るとどの花もしっかりと「花」の形をしている。
人々にさほど大事にもされないのに
がんばって花を咲かせている。

駅へ向かう線路際で小さな可愛い花が私を迎える。
あれ、いつの間にここに群生しだしたのだろうか。
思わずカメラを取り出す。
フェンスにいっぱい絡まっている。

200089_195マルバルコウソウ( 丸葉縷紅草)
ヒルガオ科サツマイモ属
「マルバルコウソウは1年草のツル植物。熱帯アメリカ原産で、本州中部以南の各地に帰化している。花は1.5~1.8cmで小さく目立たないが、近寄ってみると朱色で美しい。」

200089_155 こちらはもっと小さなめだたない花。
5ミリぐらいかな。
どこにでもある、小さな花。

ハキダメキク(掃溜菊)
キク科 コゴメギク属
開花6月~11月
関東地方以外の西の本州 四国 九州
原産は、熱帯アメリカで大正時代に伝えられる
葉に毛があり5花弁の愛らしい花を咲かせる。
5つの花弁というのが面白い。
ひとつの花弁が三つに分かれているのだ。
ハタケの雑草としては手を焼かせるもののようだ。

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2008年9月29日 (月)

お先に紅葉!?

昨日は貝あわせの4回目の実習に行った。
結局全員参加できて8人。

楽しく話しつつ
お昼をはさんで夕方まで。

今回のテーマは「秋」
できた!
みんなのそれぞれの秋!

配置やデザインはそれぞれが自由に考えた。
200089_209_2 ごらん下され!
私のはやはりおおざっぱ!

仲間のも少し。200089_210 200089_206 200089_204

その後居酒屋でまたまた飲んでおしゃべり。
充実した楽しい一日でした。(前回③はこちら
200089_199 講習を受けた会場の玄関先にも
かわいい赤い実があった。

すでに秋支度。

なんという木かなあ。

高校時代を一緒に過した仲間
それからうん十年
それぞれの今があり
そして
一緒に時をすごしている。
たのしいなあ。うれしいなあ。

そう思った一日でした。

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2008年9月27日 (土)

瀬音の湯でランチ

200089_132 そんなこんなで金曜日
久しぶり1年ぶりに友と会うのだが、〈去年はろくざん亭だった。)
その前日またまたメールをすることになる。
「申し訳ないけどもう少し早く会いたい。夕方用事ができた。」
「はーい、」と快く。
八王子で待ち合わせて、車で行く。

出かけたのはあきる野市・秋川渓谷の温泉「瀬音の湯」 良いお湯らしい。だが今日はランチで帰らねばならない。1時間ほどで着く。
200089_141 東京都とは思えない山の中に
コテージ、温泉、レストランが並んでいる。
新しい施設のようだ。

200089_135_2 食事を待つ間に散歩。
200089_151 秋川渓谷。200089_165 橋の上から。
200089_160 テラスがあって
椅子が並んでいる。

腰掛けてみる。
山が見える。
後は何も・・・
昼寝しちゃいそう・・・
森のテラスというらしい。なるほど。
写真撮るのも椅子に座ったままで・・・

食事は松花堂弁当。予約すると個室が使える。
のんびり。200089_174 たっぷり1年分話す。
とても手の込んだ
秋を詰め合わせたおいしいお弁当でした。
ご飯もおいしかったぁ。
お腹いっぱいになりました。

200089_180 ゼリーのデザートも。200089_189_2
幾重にも重なった山がきれいだった。

そして、また会おうね、と約束して
別れる。

家に帰って
いそいで電車に乗り、通夜にいきました。

いそがしい週末であります。

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2008年9月26日 (金)

彼岸花…曼珠沙華

先週母との電話で
楽しい旅行の予定の話をしていたら
「それより私は来週病院にいかないといけない。」
「えっ、どうして?」
「薬がなくなっちゃった。」
「木曜日かぁ。私、友達とランチの約束をしているんだよなあ。」
「大丈夫よ。タクシーでも良いから。」
「わかった、行きだけでも送っていくようにするから。」
で、その友に電話「木曜日は何時にする?」
「11時、わかった、楽しみにしてるね。」

200089_122 電話を置いて考える。
で、また友に電話
「まだ予約大丈夫よね。金曜日に変更してくれるかな?大丈夫?」
「大丈夫よ。」

で、また母に電話
「金曜日に変更してもらったから、
木曜日はお母さんの送り迎えに使えるから、安心してね。」
「ありがとう」
ほーっ
なんだかうまく落ち着いた。

というのが先週金曜日の話、
で、昨日は母の病院だった。
その後、食事をしてお墓参りにいった。
ちょうど「お彼岸週間」でみんなのところに花がいっぱいだった。

200089_125 公園墓地にも彼岸花がきれいだ。
200089_130 その一角の林の中には群生していた。
木漏れ日の中に
赤い炎がちらちら
不思議な雰囲気だった。
ちょっと車を停めて写真を撮った。

毎年思うことであるけれど、なんという不思議な花の形。
素敵なデザイナーがいたものです。

全草有毒な多年生の球根性植物。雄株、雌株の区別が無く種子で増えることができない。中国から伝わった1株の球根から日本各地に株分けの形で広まったと考えられる。日本では不吉であると忌み嫌われることもある。しかし、そのような連想が働かない欧米を中心に、園芸品種が多く開発されている。園芸品種には赤のほか白、黄色の花弁をもつものがある。日本での別名・方言は千以上が知られている。
秋の季語。花言葉は「悲しい思い出」「想うはあなた一人」「また会う日を楽しみに」
〈ウィキペディアより

帰り、車の中から白い彼岸花が玄関先に植えてあるのを見た。

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2008年9月25日 (木)

ケーキにかくれんぼ!?

可愛い盛りの幼児語語録をご紹介したい、
のだが、聞いたそばから忘れてしまい・・・とほほである。

200089_134 月曜日は実家で妹の還暦祝いと甥っ子のお嫁さんの誕生祝いの二次会?をした。
何のことは無い、子守のついでにみんなでケーキを食べよう、ってことです。

ろうそくを吹き消す主賓の両側にはちびっ子二人〈マゴッチ2歳1ヶ月とSちゃん3歳4ヶ月)が待ち構える。
手がすでにテーブルにスタンバイ!

ケーキを切るのを固唾を呑んで見守る二人の目、
何回かナイフでケーキに切れ目を入れたとき
マゴッチが目を輝かせて叫んだ! 「ケーキに包丁がかくれんぼちてるっ!」
見ながらずっと考えていたのかな。

甥っ子の子Sちゃんがママとけらけら笑って遊んでいます。
それを部屋の隅からじっと眺めているマゴッチ。
後で聞くところに寄れば、
どうやらお兄ちゃんのSちゃんに「僕のママだからダメ」とかいわれたらしい。(それで、そっとのぞいていたのかぁと納得、当然ながらこの年齢ではお互い自分のママはママであるのは仕方ないのかな)
その後姿がなんともいとおしくて、いじらしくて、
同じように見ていて思った妹が
「おいで、抱っこしてあげる!」というと
「○ちゃんにはね、ほんとのばあがいるから大丈夫なの。」と答えて
と私の膝にトンと座りました。ほんとにねぇ。

例のアンパンマンのお弁当箱でご飯を食べたがります。
食べながら「アンパンマンのお弁当箱はね、Tちゃんが買ってきてくれたのぉ」
繰り返されるこの言葉
思わずTの妹でもあるママは言う、「Tちゃんすっかり株上げたね。」
このTちゃん 昔むかし、千葉の誕生寺の鯛の浦の船に乗ったとき
一面鯛が泳いでいるのを見て叫んだ「お船がお魚をふんじゅけてるぅ」
3歳だったかな。まさしく同じ血を継いでいます。



以下思い出すまま後のためにメモ
「○ちゃん、パパとおふろにはいろうか?」
「おふろはね、さっきママとはいったから、パパとははいらないの。」断り方も面白い

「牛乳は終わりましたぁ。」「まだでーす、始まりまーっス。」
対義語もわかってるのはすごいよ。娘が笑って言う。「お母さんだいぶバババカになってるよ。」そうか、娘にもあきれられたか。

「信号が青になりました。」すかさず「みどりでしょ」と訂正が入る。
このブログのサイドバーの水槽を見て「これなあに?」と聞くので「おさかなさん。」と答えると「金魚でしょ」とのお言葉。一つ一つ丁寧である。あはは

そんなこんなで、なかなか楽しいのです。
話を聞いているだけで楽しいのです。

そしてその日、ママが仕事から帰ってきて抱っこしてもらい、
膝の上で何気につぶやきました。
「帰ってきてくれてありがとね、まま。」
ママはびっくり。
「そんなこといわれちゃうとなあ。」
良かったね、昼間のマゴッチの後姿を思い出してそう思いました。
本当にうれしかったのでしょうね。

どこでいろんな言葉を覚えてくるのか可愛いお話は続きます。
いつまでかなあ。

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2008年9月24日 (水)

日光ゆば

金曜夜から滞在の娘一家は
火曜日夜帰っていきました。
楽しくも忙しかった4日間でした。

そこへ届いたのが日光名物「ゆば」でありました。

刺身ゆばと油で揚げた揚げ巻き湯葉です。
刺身ゆばは即おいしくいただいて、すでに無く
今日は湯葉の煮つけを作りました。
200089_147 200089_148_2 「ゆばを重ねて巻いたものを輪切りにして揚げてあります。油抜きしてから、ダシで煮含めてお召し上がり下さい。」と日光・松葉屋のHPにあります。

添付の料理法の栞をじっくり読んで作り「おいしい!」との声が聞けました。だしがたっぷりしみこんでおいしかったです。
油抜きがポイントでしょうか。
煮込む前は見た目は今川焼き?さわるとがんもどき風?。

HPには「国産大豆と天然地下水で作られたおいしい健康的な食べ物。」とあリ、こだわりが伝わる。

精進料理の材料の一つとして、日本のゆばは約1200年前に最澄が中国から仏教・茶・ゆばを持ち帰ったのが初めと云われている。
それが日本の中で改良されてきたのだろうか。

ということで日本では比叡山延暦寺から始まり、「京都や近江(現在の滋賀県大津市)、日光、身延といった古くからの門前町が産地として有名で、京都と身延では「湯」、日光では「湯」と表記する。」という。(ウィキペディアより)

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2008年9月23日 (火)

『血の流れるままに』イアン・ランキン

昨日は一日子守だった。実家に行き妹一家と母と楽しくにぎやかに遊んだ。
というかみんなに協力してもらったのだ。
おかげで昼寝もせず、ご機嫌でありました。しかし、腰が・・・・

血の流れるままに―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ミステリ) 血の流れるままに―リーバス警部シリーズ (ハヤカワ・ミステリ)

著者:イアン ランキン
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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1995年に発表、日本では1999年4月
リーバスシリーズの7作目だが一,2作目の後が未訳。
なので単独でも読めるが、4,5年のタイムラグがある模様。

下層階級の若者の死から、社会のはぐれ者一人の自殺、そしてそこから上層部の人間たちへと事件は波及。
あとがきに「繊細な美しさを内に秘め、頑固に新年を貫くリーバス警部という個性的な人物像を通して、スコットランドの現代社会が抱える問題をあぶり出した、スケールの大きな野心作である。」

スコットランドの現代事情を知らないのばしたってが少し理解できたような気もした。

罪を暴けば多くの人が職を失う、そう言われて葛藤する。
だから最後もスカッとはしない。
現代では水戸黄門のようにあっはっはとは行かないのだ。

内容(「BOOK」データベースより)
エジンバラ市長の娘が誘拐された!リーバスらは、激しいカーチェイスの末、容疑者のふたりの少年を追いつめるが、逃げ場を失った彼らは、フォース川に身を投げ自殺してしまった。それからほどなく、ある区議員のまえで元受刑者が自殺。一見なんの関係もない、三人の自殺を調べるリーバスに、様々なところから、捜査中止の圧力がかかってきた。それを物ともしない一匹狼リーバスは、やがてスコットランドの社会、政治、経済全体を巻きこむ、大きな汚職事件に突きあたるのだが…。

「運動して寿命を延ばしたって、人生がほかの連中よりも楽しくなければ、何の意味もない。」

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2008年9月21日 (日)

泣いたアンパンマン?!

金曜日夜にやってきた娘一家。
夜も部屋に帰るのを嫌がって
夜中に大きなミニーちゃんを抱いてリビングにやってきて、
結局私とテレビの前で寝ましたのが1時過ぎ、
4時半に夢を見たのか「わーっ」と泣いて
驚いて出てきたご両親
泣き声はするけど愛娘が部屋にいない!ってことでびっくりしておりました。
疲れております、ねぇ。

そして土曜日
夕方から娘夫婦はそろってお出かけで。
その為に帰ってきておりまして。

200089_093で、やっと寝かせて
急いでこんなお弁当を作った。
泣いた後のアンパンマン!? でございます。

息子が先日高知に行った時
わざわざ予約して買ったというアンパンマン弁当
息子もおじさんとして可愛いマゴッチを放っては置けなかったようだ。
おかげでおじさんが大好きなマゴッチ。

旅先からこんな写真が届き・・・
お土産にお弁当箱が来たのだ。
昼寝から起きたら夕飯はこれで・・・
ということで。
なかなかおおざっぱがとりえの私には難しい作業であった。
ケチャップはすぐ染みて泣いた様になってしまう。まあしかたない。喜んでくれるかな。
Sn3b0310_4 200089_090_2    
200089_089 200089_085_2

Sn3b0314 実際の中身はこんな風でした。
すみずみまでアンパンマン仕様でした。

たっぷり寝た後は
お弁当にとても喜んでくれて、
「アンパンマン!ちょっと待っててね。」と影も形も無くなったお弁当に言って席をたち・・・
そしていうことには
「今度はバイキンマンのを作ってね。」ですと。
ママに頼め!

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2008年9月19日 (金)

『秘花』瀬戸内 寂聴

台風がやってきています。

秘花 秘花

著者:瀬戸内 寂聴
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2007,5 66

母が読みたいといってリクエストし、
せっかく私のそばに来た本なので、これもご縁と読んでみた。
私は「寂聴さんの書きたかったものを受け止める」という立場で読んだ。
特に世阿弥が好きだったわけでも、寂聴ファンでもなく。
結果として母に感謝かな。
こういう世界を日本人としても知ることができて。

4度の佐渡取材をへて、4年かけて85歳で書き上げた作品。
すごいと思う。老いと自分の人生をどうとらえるのか。

「波」で川上弘美さんと対談している。とてもその状況がよくわかる。

「世阿弥が七十二歳で佐渡へ流されてから、その運命をどう受入れたのか、老いとどう向き合ったのか、そしてどう死を迎えたのか知りたかった。それは、すでに晩年の私自身の問題でもあるから。」
「能、歌舞伎、狂言、オペラも書いて作品として仕上がった時は面白く共同作業を楽しんだが、やはり自分の本命は小説だとわかった、」ともいう。

川上…『秘花』にも書いてありますね。「神仏も地獄の鬼も幽霊も、すべて人の心が生みだすものだ。あると信じる心にはあるし、無いと思う心には見えない」。仏門にお入りになった瀬戸内さんの小説の中の言葉だけに、重みがありました。
瀬戸内 長く生きるとそういう思いをいっぱいするのよ。
川上 そうなんですね。世阿弥の晩年の気持ちというのは、今の私には絶対書けない。瀬戸内さんがずっと書いていらした末の今だからこそお書きになれたものを、リアルタイムで読むことが出来るのは、読者として本当に幸せです。

「秘すれば花」
「風姿花伝」

出版社の紹介
「最後の作品」として、これだけは書きたかった――。

数々の能作品や芸論書を著し、能の大成者として一世を風靡した世阿弥が、身に覚えのない咎により佐渡へ流されたのは、七十二歳の時。それから八十過ぎまでの歳月の中で逆境をどのように受け止め、迫り来る老いと如何に向き合い、どうやって死を迎えたのか――。八十五歳の今だから書けた、瀬戸内寂聴渾身の大作、ついに完成。

数年前、佐渡に行った時、能舞台を見たが、
佐渡で能が盛んなのは世阿弥とはあまり関係ないようだ。
それは江戸時代の別の物語らしい。
夏に佐渡に行った息子の土産、生貯蔵酒「湧水」が私の傍らにあるのもまた面白い。
家族で行った時も酒蔵に行ったことを思い出した。

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2008年9月18日 (木)

結婚記念日は誕生日

昨日9月17日は結婚記念日だった。
朝、ブログ仲間の記事で思い出し、
出かける夫に「結婚記念日だったね。」というと
「そうだよ、○ちゃん(私の妹)の誕生日だし。」
そうなのだ、今年は妹の還暦なのでそっちに気をとられて
忘れていたというか、隅に置いておいたのだ。

結婚記念日って何だろね。」
誕生日と一緒だね。」「夫婦の、家族のね。」
で二人で納得。

二人で妹の携帯にお祝いのメールをした。
家族そろって良い誕生日が送れたでしょうか。

プールに行き
母と買い物をし、食事をし、おしゃべりをして、急いで家に帰る。

信州から出張で息子2が一晩だけ帰ってくるので
餃子を作った。今回は140個ほど。

また、マゴッチが保育園を早退したというので
娘から待機命令?いや「願い」が出されている。
何かとあわただしい17日である。
夜11時過ぎたけどまだ息子は帰ってこない。

200089_114 200089_116 暦が変ろうとする頃やっと帰ってきた。忙しいらしい。
ビールで乾杯して、私が寝たのは3時ごろ。
超短い滞在で息子2は出かけていきました。
残ったのは寝不足な私。
出勤前に残りの餃子を食べる息子1。

朝のドラマ「家族とは一生懸命努力して作るもの」という言葉が心にしみた雨の朝。

息子1の土産
今私がちびちび飲んでいる佐渡のお酒「湧水」(平成20年全国新酒鑑評会、金賞受賞蔵、真野鶴)と昨日母に持っていった佐賀鍋島の「小城羊羹・栗」

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2008年9月17日 (水)

私の好きな・・・

猫じゃらし
畑の隅にこんもりと、
小さな自然の世界
風に揺れて
光に透けて
ゆらゆら
きらきら
200089_103

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2008年9月16日 (火)

源氏物語展、その後

NHK新日曜美術館で「源氏物語 1000年のかたち」という放送をしていた。
この前見てきたばかりだったので思わず目を留めた。
これも何かのご縁である。
展示物に絡めていろいろな話が出てきた。
以下はそこで面白いと思ったこと。源氏物語展その後の私の学んだことである。

・「源氏絵」は、時代が変わっても同じような構図と要素で描かれているものが多い。なぜ同じような構図の絵が描かれたのか。
 「源氏物語の絵を書くにあたってのマニュアル本が存在した。」 
画家はそのつど源氏物語を読んでいたわけではなく、ほとんどが過去の作品を参考に描かれたが、「源氏絵詞(えことば)」という源氏絵のマニュアル本が存在したという。マニュアルでは“光源氏が御簾を上げて榊を差し出す”といった人物の動きなど、描くべきポイントや構図が細かく記されている。それでも画家や画風、時代による物語の読み方によって、それぞれの作品は独自の魅力を放ち、似ているようで違う源氏絵となっているという。

200089_113 ・長い戦乱の後、危機的状況の時に源氏ブーム
 日本というアイデンティティが失われるかもしれないという時に大人気となる。
 戦争を潜り抜けた時、応仁の乱、蒙古襲来、保元・平治の乱、そして第二次大戦後も。
 「日本は武力で勝ち抜く国ではないのだと、源氏物語に込められたはかなさ美しさを抱きしめるように確認したのだ、」と三田村雅子さん(フェリス女学院大学教授)は述べていた。
そこに日本人の美意識があるとも。源氏物語にはそうした日本人の美の核があると。
 
・教養としての源氏物語
武士にも求められた源氏物語。戦国時代には長い戦乱が終わることを願い、雅な王朝文化を思った。武家の高い教養を示すものとしても使われた。

「留守模様」…留守模様とは、古典文学や故事逸話、和歌・謡曲などで登場人物を描かず、背景や持ち物(小道具)のみを絵画の構図や工芸の意匠として描き、その場面を想像させるもの。江戸時代にはそうした工芸品を好んで作った。将軍家の嫁入り道具など。
教養の確認。文化として成熟し、みんなが知るようになったものは、引き算になり、そぎ落としていく文化となる。
一方で江戸時代には「田舎源氏」のようなパロディ、茶化していく江戸文化。これもまた源氏物語が大衆の中にも入り込んでいった結果であろう。

王朝文化、雅な恋の世界に埋め尽くされる源氏物語は平和の象徴でもあったのだろうか。話の内容ではなく、物語そのものが社会とどうつながっていたか、面白く思った。
今年のブームは単に「1000年だから、」でいいのだろうね。
(写真は先日横浜美術館で買ってきた菓子、)秋模様である。

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2008年9月15日 (月)

中秋の名月と満月

今日は15日、敬老の日、満月です。
母のところへ行ってきます。

昨日9月14日は中秋の名月とニュースや広告にあった。
あら、なぜ?
15日が満月なのに。
すると・・・・こういうことだった。
なるほど。

200089_106 9月14日 十五夜のお月見(中秋の名月、芋名月)(旧暦8月15日)
「旧暦(きゅうれき=むかしのカレンダー)」で「8月15日」にあたる日は、秋のお月見の「十五夜」の日です。
2008年は9月14日が「十五夜」になります。じつは、「十五夜」はかならずしも満月になるわけではないので、今年は15日の満月の前の日が「十五夜」になります。それでも、おダンゴみたいに丸い月を楽しむことができます。
14日の月の出は、東京で午後5時5分ごろになります。太陽がしずむのが5時51分なので、月のほうが先にのぼってきます。(ヤフーより)

昨日夜、曇り空だったが夜そっと月が出た。
今日も曇っているのでどうかな。
とりあえずぼけた月を。中秋の名月なりぃ。

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2008年9月14日 (日)

散歩道で・・・・

200089_081_1散歩がてらカットに出かけた。
涼しくなったと思ったがそうでもなかった。
汗が乾く間もなく、かっこいいお兄さんとしばし歓談しつつカット。

すいたお腹をどうしようと、ぼんやり歩いていたら
ブティックから友達が声をかけてくれた。
残念ながらお腹も足も痛くて、見るのはまた今度にした。

途中の歩道では夏の花ががんばっていた。ツキヌキニンドウ(突抜忍冬)200089_098

こちらも畑の隅で見つけた見事な花。
和紙で作ったかのようだ。

ちょうど帰ってきた向かいのおばさんに
「なんていう花ですか」と聞くと
「西洋の芙蓉です。」
「きれいですね。」
「本当に・・・」
ちょっと心が通った小さな時間。

家に帰って調べたら
「アメリカ芙蓉(Common rose mallow)」というものらしい。
ハイビスカスの仲間という。なるほど・・・

7月19日の誕生花。友達にいた気がする、ね。
花言葉は「日ごとの美しさ」 ふーむ、なるほど。

200089_099_2

「日ごとの美しさ」って良い言葉だな、と思う。

誰にもその日その日の生きる美しさがある。
またそう感じられるように懸命に生きたい、と思う。

20センチもある大きな花でした。
「1日花」というから花言葉もうなづける。

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2008年9月13日 (土)

よく話した

金曜日エアロの日
開始30分も前に行き仲間たちと楽しくおしゃべり。
大汗をかき(なにせ人の倍重いものを動かしているから、ね。)

終了後実家に行く。
夫の出張土産と大きなきゅうりを届ける。
が炊き込みご飯を作ってくれていた。
おなかをすかせて待つことしばし、
がやってきて、3人で食べながらあれこれ話す。
どうしたことか妹が痩せていて、ちょっと心配。
声は元気だったので夏ばてかな。
これから秋になり盛り返すかも。

そこへ甥っ子のお嫁さんとSちゃん登場。
来週はみんなで旅行らしい。
おりしも妹の還暦。記念祝賀旅行だね。

眠くなったらしいSちゃんたちが帰った後も少し話して
夕方急いで帰る。
夕食時、息子と「我々は旅が好きだなあ、そういう時は元気だ。」などと話す。
その後、電話で娘とマゴッチと話す。
「Tちゃん(息子1)はね、今日から電車でごっとんゴットンってお出かけするんだって。」というと
電話の向こうでママにそのまま
「Tちゃんはね、でんちゃでごっとんごっっとんっていくんだってぇ」と話している。


200089_081  帰ってきたの「お母さんは元気だった?」という質問を受け、
実家での話を一通りする。
話し終わったら、眠くなり・・・・

やあ今日はよく話した日だった。
無口なこの私が!?おっほっほ


今日土曜日は静かにお休みだ。
朝、ベランダを見たら
朝顔も4個、きゅうりもニガウリも
まだまだがんばります、と話してくれた。
写真は三種そろい踏み。ありがたし。

(右から朝顔、きゅうり、ニガウリの皆様、なあに?わかってる?そうでしたか。)

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2008年9月12日 (金)

2歳1ヶ月過ぎて・・・

孫と遊ぶ。
大きなミニーちゃんを連れてきて
「喉が痛いの。」救急車が家の前を通ってからの話の流れで、私はお医者さん。
「あら、どうしましたか。はいお口を開けてくださーい。もっと大きく。」
「喉が腫れていますねえ。お薬塗りますからお口開けて!」(ウェッ!)(私がドナルドのような声で小さく言う)
「あら!?だいじょうぶですかぁ」(ウェッ!)

こんどはカレーパンマンが喉痛いってぇ・・・
「はいはいお口開けて・・・」
ここまで来るとうれしそうに、予想される「ウェッ!」にニッコニコ
少し間を置くと、もう我慢できずに「ぐふふぁー」と笑う。

私も一緒に笑う。
次から次へ、最後はボールまで持ってきて「ぽんぽんいたいってぇ。」
で、「はいボールさんですか、念のため、喉もみましょうねえ。」で、また「ウェッ!」でまた大笑い。

なぜだか楽しくて
涙も出る私でした。

「今日はパパとママと三人ずーっと一緒でいいねえ。」というと
「ばあもね、いっしょね。」と加えてくれる優しいマゴッチです。

200089_030200089_022 アンパンマンのビデオを食い入るように見つめ、
アンパンマンの歌に合わせておどりまくり、
部屋中をとっ散らかしてくれます。
気がつけば手にはマイクを持つしぐさも。
保育園で誰かがやってるのかな。

200089_031200089_010_3   娘と「羞恥心と同じグループで・・・」とか話していたら
「しゅうちしん、ってまるちゃんがいってたぁ」ですと。
知らない言葉にはピーんとフラッグが立つようです。

2歳1ヶ月過ぎて、ほんとおもしろくて飽きない。

あら!?
また、ばばばかやっちゃいました!?
えへへ

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2008年9月11日 (木)

『ジーン・ワルツ』 海堂 尊

ジーン・ワルツ ジーン・ワルツ

著者:海堂 尊
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2008,3 65

前半は医学的な話もあり、へぇそうなのか、
後半は一気に読み終えた。
小気味よく面白かった。

ちょうど医師に無罪が言い渡された件も関係するタイムリーな、社会に強く訴える内容。
少子化対策、産婦人科などの地方の空洞化、病院改革とは実際どうなのか。
そのちぐはぐな施策をつく。
医師ならではの筆致。

科学の進歩の中で生命をどう生かすか。
生命の神秘というか科学に驚く。
最近身近で赤ちゃんを見る機会があって、無事に生まれることのありがたさを思った。

その中で結構がんばる女性陣。
後半の重複お産の場面はすごい。そして最後は素敵。

出版社 / 著者からの内容紹介
産婦人科医・理恵――人呼んでクール・ウィッチ。医者がヒトの生命を操ることは許されているのか? 現役医師作家が挑む、現代日本最大の医療問題。『チーム・バチスタの栄光』を超える強烈なキャラクターとスリリングな展開に目が離せません!

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2008年9月10日 (水)

「源氏物語の1000年」…横浜美術館

200089_029 火曜日、
横浜の病院に行った帰り、
あまりの天気のよさに
ついふらふらと
横浜美術館の「源氏物語展」を見に行くことにした。
いかにも秋の気候だったので
ちょっと文化的気分というものに
浸りたかったのかもしれない。

200089_045 平日のせいなのか
すいている。

ゴッホなどは長蛇の列だったというが。

じっくりと眺める。

感想は
まず「さすが!」
「源氏物語1000年紀」に関連する東日本最大の企画展だ。
と思うような展示物だった。
源氏物語を通して見る美術史だった。

200089_059 数々の源氏物語に関する大屏風、写本、巻物、掛け軸、工芸品、
貝あわせの貝と箱も素敵でした。
1000年前の、原稿用紙にすれば2300枚にものぼる小説である、すごい。

平安時代から現代までの源氏物語とのかかわりが展示されている。
かな書きの書も、絵入りの本も、
また海外の出版物も
それぞれに多くの人に愛されてきたのだなと思う。

最初見ればわかると思った、
けれど、途中で音声案内を借りた。
屏風の絵などよくわからなかったから。
せっかく行ったし、仕事にも少しは関係するのでまあ仕方ないか(って500円をケチるなぁ)
あの加賀美幸子さんの声でたっぷりと話してくれた。

石山寺の紫式部の部屋も前に見てきたので
同じ構図で多くの画家が書いているのを親しみを持って眺めた。
石山秋月とか石山の秋月といって名所になっている。近江八景。
その秋月祭は「千年紀」もあって、ことのほか盛大なようだ。今週末らしい。

紫式部の書かもというのを見たが繊細で細かった。
ついでに言うと寂聴さんの原稿も結構繊細な文字だった。
原稿用紙からはみ出そうな私とは大違い。ふーっむ200089_043 200089_063
観賞時間2時間弱。撮影禁止なので、これはチケットから。200089_036
200089_039足も疲れて。限定メニュー200089_064 「わらび餅パフェ」
お土産は干菓子
200089_067


ふと目を上げると秋の月がきれいだ。
少し前とは色が違う。
1000年前と変らない月か。

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2008年9月 9日 (火)

秋のもなかなりける

200089_033 200089_035 先日の四国 高松の土産 
吉岡源平堂
文久2年(1862年)創業らしい。
「源平路」は義経のかぶとの形をした最中。
檀ノ浦の古戦場のある屋島がある。

200089_001 200089_005 そしてもうひとつ
高松・湊屋の「栗林のくり」 大栗
直径16センチぐらい、580グラムの大栗。
刻み栗が入っている。

息子の祖母へのお土産は、「1に栗の入った菓子、2に最中」

そういえばブログをはじめてからでも、たくさんの栗のお菓子を買ってきたね。
下呂温泉土産の丸ごと栗の入った羊羹がたいそう気に入られてからだ。

そんなことから、夕食時に息子と「もなか」についての話になる。
その語源はなんだろう。
「池の面に照る月なみを数うれば今宵ぞ秋のもなかなりける」
拾遺和歌集(巻3・秋171)にある源順の句から。
この場合の「もなか」は「真っ盛り」のような意味。「まっさいちゅう(最中)」だね。
「もなかの月」と呼ばれていたがまんまるだけではなくなったので
単に「もなか」といわれるようになったようだ。
十五夜の月、満月を「もなかの月」というらしい。15日が満月。

私にとっては「もなか」は食べる「もなか」であるが。
そういえば今日は9月9日。
重陽の節句(菊の節句) である。
「五節句の一つ。奇数は陽の数であり、陽数の極である9が重なることから「重陽」と呼ばれます。 陽の極が2つ重なることからたいへんめでたい日とされ、邪気を払い長寿を願って、菊の花をかざったり酒を酌み交わして祝った。」
ふむ、今晩もお祝いじゃ。

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2008年9月 8日 (月)

夏の名残り

200089_002 昨日夕方の雷大雨で、
電車で来ていた娘たちは大回りで返る羽目になった。3時間、おつかれ!である。
何もできないけど
メールで見守る私はそれだけで疲れた。
「みんな無事出かけたかなあ」と思う月曜の朝である。

ベランダのグリーンカーテンで
夏の花、赤い朝顔が一本がんばっている。
今朝は二つ、外に向かって咲いている。
空中にカメラを向けるのは難しいぞ。200089_003
先日信州で
買ってきた赤紫蘇。

たっぷりあって
な・な・なんと100円!

赤紫蘇ジュースは
母も気に入っていたようだったので、
迷わす買った。

山盛りできた。200089_009_2

それを届けに行った実家の隅で。200089_015_2 200089_012

木漏れ日を浴びて
ひっそりと咲いていた。
玄関をあける前に
カメラを取り出した。

ミーンミンミンミンミィと元気に蝉の鳴き声が聞こえる部屋に、
「今週は秋らしくなって良い天気が続くでしょう。」とテレビの天気予報。
あら、蝉が鳴きやんでしまった・・・

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2008年9月 6日 (土)

『僕の小鳥ちゃん』江國 香織

昨日は息子1の四国からのお土産をエアロの帰りに母に届けた。
包装をあけながら、「私は幸せだ。」母は言う。
「どこかに出かければお土産、帰ってくればおみやげ。」
「そうね、はいおばあちゃん!」ってね。
「それだけお母さんがみんなにいろいろしてくれたから。」
「なあに、わたしはできることをしただけよ。」
「それでいいのよ、みんなができることをしたらそれがぐるぐる回っていくんだもの。
お金も心も外に出してまわせばまたきっと戻ってくるのよね。」
いつものノー天気なお話でした。

そして夕方娘とマゴッチが帰ってきて大騒ぎ。
昨日は遅寝でしたから、まだ二人くっついて寝ていました。
可愛い天使です。

ぼくの小鳥ちゃん ぼくの小鳥ちゃん

著者:江國 香織
販売元:あかね書房

Amazon.co.jpで詳細を確認する

1997,11 64
どんなに日常が忙しく追われていたとしても
こんな風なアイテム?があったら、みんなゆとりが持てるかな。
いや、ゆとりを持つ人にこそ、こういうアイテムは現れるに違いない。

こういうはなしはよくあるけれど
これは想像ではなく
接するみんなに見える小鳥ちゃんなのだ。

「あたしはそのへんの無知な小鳥じゃないのよ。」

ブログ仲間に教えてもらった本。
江國さんの透明感ある世界が気持ちよくさっぱりと描かれている。
小鳥ちゃんと僕と彼女。
なかなか面白い。挿絵もいい。

わたしはといえばこういう世界は好きで
しょっちゅうチラッと頭に浮かぶ。
ベランダに来るすずめも、蝉も蜂も、ひっそり咲く花も、あるいは空を行く雲も。
みんなのものである山も太陽も。
時折親しいわたしの友達になる。多分多くの人がそうして自分の世界で遊ぶでしょうね。そういう暇なすき間時間は大事です。

内容(「BOOK」データベースより)
雪の朝、ぼくの部屋に、小さな小鳥ちゃんが舞いこんだ。体長10センチ、まっしろで、くちばしときゃしゃな脚が濃いピンク色。「あたしはそのへんのひよわな小鳥とはちがうんだから」ときっぱりいい、一番いいたべものは、ラム酒のかかったアイスクリーム、とゆずらないしっかり者。でもぼくの彼女をちょっと意識しているみたい。小鳥ちゃんとぼくと彼女と。少し切なくて幸福な、冬の日々の物語。

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2008年9月 5日 (金)

『影と陰』イアン・ランキン

影と陰 (ハヤカワ・ミステリ文庫) 影と陰 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

著者:イアン ランキン
販売元:早川書房
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2006,4 63
リーバス警部シリーズの2作目。

時間をかけて細切れに読んだせいなのか、それとも時間がかかる内容だったのか、
いまいちすっきりしない読後感。
リーバスは警部になっている。
第一作は強烈な陰の部分が描かれていたが、それも無く、
悪への強い憤りも最終的には煙となる。
プロットもいろいろあるが見事にはまっていくという感じには読めなかった。
すべては細切れの読書ゆえか。

影のような若者たち
繁栄のエジンバラを牛耳る人たちの陰の部分
ジキルとハイドの二面性・二面相。
先を期待したい。

内容(「BOOK」データベースより)
隠れろ、隠れろ、隠れろ、隠れろ…憑かれたようにその言葉を繰り返していた青年は、不法占拠された住宅で怪死した。現場に向かったリーバス警部は、状況の異様さに驚愕する。死体の側には二本の蝋燭が溶けかけ、室内の壁には五芒星が描かれていたのだ。カルト宗教がらみの犯罪に巻きこまれたのか?まもなく被害者がある写真に固執していた事実が明らかになるが…町を浸食する濃く深い闇に、リーバスが闘いを挑む.

郵便配達は二度ベルを鳴らす デジタル・リマスター 完全版
郵便配達は二 度ベルを鳴らす デジタル・リマスター完全版

13

内容(「DVD NAVIGATOR」データベースより)
ロッセリーニ監督作『無防備都市』と並び、ネオレアリズモの代表作であるルキーノ・ヴィスコンティ監督の処女作をデジタルリマスター化。ジェームズ・M・ケインの犯罪小説を元に、監督が処女作とは思えない重厚で緊迫感のある演出を魅せる名作。

1981年アメリカジャックニコルソン、ジェシカ・ラングのは見たことがあったが、
1942年というファシズム体制の下に作られたこの白黒映画にも引き込まれた。
人間の変らぬ情念が描かれる。そしてそれが引き起こす悲劇。
少女に「俺は悪い人間に見えるか?」と尋ねるシーンが印象的。

何回も映画化されたジェームズ・M・ケインの殺人ミステリー。その中でも一番面白く娯楽性たっぷりなの何回も映画化されたジェームズ・M・ケインの殺人ミステリー。その中でも一番面白く娯楽性たっぷりなのがこの映画。ラナ・ターナー、ジョン・ガーフィールドという適役中の適役が魅力たっぷり。がこの映画。ラナ・ターナー、ジョン・ガーフィールドという適役中の適役が魅力たっぷり。

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2008年9月 4日 (木)

かえります。…⑨

200088_798(この旅を最初から読むのはこちら
下ってきたこのあたりの
志賀高原も少し秋模様。
標高1600メートルぐらいかな。
ヤナギランもきれいです。             200088_793
200088_813一池。200088_816

まだまだ
下って
中野で桃や野菜を買い
高速で松本へ向かいます。
200088_826 200088_823

昼を食べたのは姥捨SA。
相変わらず見事な景色。
200088_833息子のアパートに戻り
今日は野菜尽くしで,おいしい夕食。

翌・月曜は
自炊暮らしの息子のために料理をし、
11時過ぎに出て帰ってきました。200088_849
楽しくおいしく
気持ちのいい旅でした。

またぜひ行きましょう。ね。
桃好きの夫も非常に満足したようです。

教訓
安い桃はそれなりの理由がある。

それにしても写真撮りすぎて
整理が・・・反省。

家に帰ると母は早速ご近所にお土産配り、「お数珠頂戴」もしてもらってきたから治るよ、といって。

帰りしな夫に「みんなで桃を食べよう」と桃をむくのを頼む母。あはは、さすが私の母。
果物剥きは夫の仕事でありました。

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山田牧場の朝…⑧

200088_667 200088_635 200088_683 朝食もいろいろあったのですが、食べるのに夢中で写真は忘れました。200088_686 200088_688
隣のロッジでご主人のいれたコーヒーをいただきます。
おいしかったです。
ここの秋の紅葉はすばらしいですよ、とご主人。

200088_718 200088_698

10時過ぎ山田牧場を出発し、
さらに上に上ります。

200088_700 向こうに見えるのが
笠ヶ岳です。
あの近くまで行きます。200088_728_2

ぐんぐん登って
下のほうに牧場とホテルが見えます。
模型のようです。
「気持ちいいね。」
「そうね。」
母も良い空気をいっぱい吸っています。

200088_722 200088_740 200088_743 200088_762

200088_766 気持ちのいい道です。
ゆっくりゆっくり行きました。

笠ヶ岳を通り、志賀熊の湯に抜ける林道です。七味笠ヶ岳林道。
冬は通れません。

200088_774 笠ヶ岳は2075メートル
この登山口からは30分ほどでいけるそうです。
この辺は1800くらいかな。
ここから志賀に下ります。
今までと違い見晴らしもあまりよくありません。
続く

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見えた!北アルプス⑦

200088_517 朝5時半ガバと目が覚め、
カーテンを閉めずに寝た窓を見る。
やや、山が見える。

5時35分
今日は晴れるのかな。
息子を起こすが起きない。
一人で窓にしがみつきカメラを向ける。
飽きるとまた寝て・・・200088_519

200088_535 6時にはこんな風で。
朝風呂に行きまして、
帰ってきたら、
みんなまだ寝てまして、
山はこんな風になっていました。

200088_551 6時48分
日が昇って
白馬の雪渓も見えてきました。200088_547
昨日泊まった白馬がよく見えます。
下からはきっと見えないのでしょうね。
朝日に大雪渓が赤く染まっています。

200088_575_2  200088_609

7時40分
白馬から槍ヶ岳までよく見えました。
去年の富山と似ているね、と息子が言う。確かに。
「見える見える」と大騒ぎする私が。

なんだか良い天気になりそうです。
200088_627                                           200088_680朝食前に散歩。
牛も散歩していました。行儀よく道を通って。 200088_645_2
不思議な風景です。ここは牧場の中。
さて朝ごはん。
牛もお食事に行くのでしょうか。
続く

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奥山田温泉へ…⑥

200088_439  小布施が標高3~400メートル。
そこから山道を登り、山田温泉が標高900メートル、さらに登って上って奥山田温泉
1600メートルのホテル セルバン白雲館に着きました。
雨で道が心配でしたが無事到着。
山の見える宿、にごり湯温泉の宿ということで選びました。
部屋の窓からも見下ろす山と雲。
須坂の夜景が少し見えましたが、雲に隠れました。200088_470 奥山田温泉は山田牧場です。
200088_458休憩して、さてお風呂に入りましょう。

日によって色が変るにごり湯です。硫黄の香りも良いです。
滝めぐりで汗をかいたのでほんとに幸せ。200088_486
お風呂から上がると、
天使のはしごが見え、
明日の天気はどうじゃろう。

ここの夕食はフォンデュが名物らしいが、
うちらはしゃぶしゃぶに。
良いお肉を・・・しゃぶしゃぶ・・・
他にもいろいろ出てきたのだけれど、写真を撮るのを忘れ
ひたすらパクパク。おなかいっぱいでした。
特製ワインもおいしかったです。
200088_495 200088_496 200088_499 200088_498

寝る前にもう一度お風呂に入り、
買い集めた桃を食べ、
寝ました。ぐー(続く)

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2008年9月 3日 (水)

小布施 岩松院から山田温泉へ…⑤

200088_350 お昼をたべてから
小布施で行きたいところがあったので寄ってもらう。
岩松院。北斎の天井絵が有名。
何度も通った果樹園の奥にあった。
200088_354 仁王門
なんとも可愛い素朴で怖くない仁王様だ。

北斎や一茶も訪れたこの寺の本堂大広間の天井を飾るのが、八方睨み鳳凰図。21畳敷の天井いっぱいに五色の翼を広げた鳳凰が描かれている。北斎は83歳から4度小布施に来ており、90歳で没したが、その前年(1848年)の88歳から89歳の4度目の滞在1年で描き上げた集大成ともいえる作品。現存する作品の中で最大という。植物油性の岩絵具で、中国より輸入した鉱石を用いその価は150両という。また金箔を4400枚使用しているらしい。
そのため、極彩色がいまだに保たれ、一度も塗り替えをしていないというから不思議でさえある。
昔は寝転がって見るようになっていたらしいが、今は椅子に座ってみるようになった。
人が多く来るようになったのかな。
撮影も禁止になった。
他に写真は載っているのでクリックで見てみてください。
実際は21畳の大きさ。迫力あります。
門前の土産屋で1個120円の桃も買いました。
回りは果樹園ですから、ね。

200088_368 200088_372 さてここから山田温泉方面へ向かいます。
山田温泉の大湯。高山村の村営らしい。
今回はさらに登った奥山田温泉に泊まります。

なので、ここは写真を撮って先へ。

200088_374200088_376  山田温泉を過ぎて登っていくと、
八滝があります。
展望台に登って遠くに落ちる滝を眺めます。
180メートルを8つの滝つぼを作って落ちる滝です。200088_381
小雨に煙り緑に包まれ
素敵な滝でした。

200088_384 もうひとつ
雷滝。
落差28,5メートルを一直線に流れ落ちます。
200088_392 200088_414 200088_398 200088_403

200088_408ものすごい音です。川幅29メートル。
滝の裏を通って行きます。200088_420

帰りの階段を見上げ
ふーっ!
でも良いものを見ました。

汗だくです。
早く温泉に入りたーい。(続く)

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2日目善光寺へ…④

翌日は雨模様でした。
白馬に別れを告げ、オリンピック道路で長野善光寺へ向かいます。
200088_279 途中道の駅によりながら、長野方面を見れば空も明るい。いい感じです。200088_298
何年ぶりかの善光寺です。三度目でしょうか。
ちょうど本堂で荘厳な読経が聞こえ、
お参りをしようとしたところ
それが終わり、
「お数珠頂戴」と呼ばれる行事に待ち時間も無く参加できました。

テレビや本では見たことがあったものですが、
それに偶然にも体験できて、なんだかラッキーでした。
母もそれを知っていて幸せそうでした。200088_304
山門(三門)重要文化財
 「寛延三年(1750年)に建立された二層入母屋造りの門です。屋根は大正年間の葺き替え時に檜皮葺きとなりましたが、平成十四年から十九年にかけて行われた平成大修理において、建立当時と同じサワラの板を用いた栩葺き(とちぶき)に復原されました。
 楼上には輪王寺宮筆の「善光寺」と書かれた額が掲げられています。これは通称「鳩字の額」と呼ばれており、3文字の中に鳩が5羽隠されています。更に「善」の一字が牛の顔に見えると言われ、「牛に引かれて善光寺参り」の信仰を如実に物語っています。」
HPより。
それで鳩の根付があったのだな。妹に買う。
ちょうど修理が終わり特別公開されていた。20分待ちだったのでパス。

200088_312_2 仁王門
仁王像並びに仁王像背後の三宝荒神・三面大黒天は共に高村光雲・米原雲海の作であり、その原型は善光寺史料館に展示されています。200088_328 hpより。
200088_332_2  参道に境内に人がいっぱいです。
石畳も昔のままという。

お土産を買います。
母はお隣の人に「善光寺でお土産買って体調がよくなるようにお祈りしてくるからね。」と約束したらしい。
母はそのためにがんばって歩きお土産も買いました。200088_336_2
200088_338

鎌倉時代の作とされる我が国唯一の等身大(1.66メートル)の銅造釈迦涅槃像という。

これも公開されていた。
なかなかのものでありました。

みんなで幸せな気分になって
先を進みます。(続く)

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2008年9月 2日 (火)

白馬の宿…③

200088_227_2  今回の私のコンセプトは温泉と山が見えること
ひたすら「桃」という人もいたが、それは置いておいて。
で、選んだのは
そのマウンテンヴューというところにポイントを置いて

白馬八方のふもとのロッジダンフェ

200088_232 白馬にはもう何回も来ている、通っているが、なかなか山はくっきりと見られない。
今回も。
やはり冬か。スキーに来たときはよく見えたが、カメラを出すのも寒かったっけ。
八方のスキー場が見える。急だなあ。200088_219 200088_220 200088_221 200088_222 200088_223

夕食もなかなかおいしい。
おなかいっぱいになりました。

ここ八方の温泉は
アルカリ度が日本有数、日本一とも、で、
お肌はつるつるになります。
のんびりゆったり入りました。
200088_209

白馬鑓ケ岳 200088_238が。 200088_242200088_244

200088_228

 

200088_246木の枠が効果的に景色を見せています。
雁行型に部屋があり、打ちっぱなしの廊下を歩くと景色が変り、なかなか素敵な建物です。200088_236_2
できるだけ無駄を省いたシンプルなイメージ。

ご夫婦でやっているようで、
応対も必要な時には応えてくれるというもので居心地が良かったです。
(続く

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大町ダム…②

200088_153_2  「大町ダムは、この信濃川水
系の洪水軽減のために、犀川
の左支川で日本アルプスの雄
峰「槍ヶ岳(3,180m)」に発する
高瀬川に設けられた多目的ダ
ムです。 」(hpより)
街中からちょっと登って着く、
ということは大町はやっぱり山
の入り口。
大町エネルギー博物館をちょっ
と眺めて、ダムへ。
まずは展望台へ。
200088_161熊が出たらしいです。
この奥のさらに登った高瀬ダムあたりの紅
葉はすばらしいらしい。
また今度来ましょう。

200088_166 200088_168_2

200088_197 200088_186 200088_207 200088_191 ほとんど人もいない
静かな山のダムでした。
200088_196 大町が下に見え、その向こうの山には春に行った
大町山岳博物館があります
その展望台からこのダムが見えましたっけ。

今日の宿は白馬八方のふもとです。(続く)

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信州の遅い夏休み①

200088_093 去年の桃三昧楽しい夏休みに味を占めて、今年も金曜日(29日)から月曜(1日)まで出かけてきました。
今回は母と一緒です。
母も今年初めての旅なので気合が入っています。
雨模様の週末さてさてどうなることやら、晴れ男、晴れ女がんばります!
途中の川は茶色の濁流、ずいぶん降ったのだなあ。

200088_095 しかし空は晴れてきた。
200088_100 息子のところに11時ごろつき
買って置いてくれた桃をまず食べる。

甘くておいしい。
当然桃をむくのは夫。甘くておいしい。
さて出発。息子にとっては地元
「祖母が遊びに来るので、」と一日休暇をとりました。
母も孫が一緒だとうれしそうで、話す声も一段と高いのです。
有明山(信濃富士)も顔を出し。
200088_104 振り向けばギンギラの太陽。
穂高のあたりでお昼を。

200088_109 200088_110 200088_111 200088_112

お蕎麦定食、ソースカツ丼、味噌煮込うどんなどなど、みんな違ったものを。

200088_119 200088_117

次に寄ったのが大町の「若一王子神社(にゃくいちおうじじんじゃ)」
200088_136 静かな空間に
それを守るようなまっすぐな杉の林が印象的でした。
三重塔が修復中でした。

次は大町ダムへ行ってみよう。
息子の案内で行ったことの無い場所へいきましょう。(続く)

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