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2008年7月20日 (日)

『樹上のゆりかご』荻原 規子

樹上のゆりかご 樹上のゆりかご

著者:荻原 規子
販売元:理論社
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2002、5 54 
読み始めてまず「ああこれは確かに私の通っていた高校だ。」と懐かしく思う。

ブランク(先生の都合で授業がない時間のこと、朝一番に見に行ったものです。別の先生が来ることもなく、いてもいなくても自由でした。)も合唱祭
文化祭・演劇コンクールも体育祭もFS(ファイアーストーム)も

ついでに言えば遠足も我々の時は各組で行き先を決めていましたっけ。

これを卒業生が読むのはわかるけど
関係ない人には面白いのかな、と読み始めは思う。

そこからミステリもどきになって来る。高校時代の感覚。

ブックレヴューにこんな文を見つけて安心というかうれしいというか。

「非常に面白い設定で、一種特殊な、ありそうにもなさそうにも思える高校ですが、高校など閉鎖された空間ですのでこのようなものなのかもしれないですね」

「私は高校を中退した後に、この本と出合いました。
 私はすぐに、こんな高校だったら中退することもなかったのに、と憧れを抱きました。 」

「この本に出てくる高校が、また素敵なんです。
学校というものにつきものの「イベント」が、魅力的なんです。
自分もこの中に混じりたい・・・と妙に切ないなんともいえない気分です。」

われわれより10年以上たっているので、学校群制度にもなっているし、違いはある。

しかしその内容は、決して大げさではなく、きっちりと高校の暮らし(イベントなど)がそのまま書かれている。

私たちの時代はもっとさらになんというかバンカラで自由で
学校群で振り分けられることも無く、そういうところに行きたくて来た人だけが享受できる空間だったのだよ、といいたくなる。
自慢ですかな。(かく言う私はそういうところとはつゆ知らず、受けてよいという先生の言葉に従っただけだった気もする、ボヤっとした高校生だったが。)

合唱祭も演劇も学校内の講堂で行われていた、二学期制の時代でした。
(あぁ歳ですかね、昔は、なんて)

だから
高校時代の友は、いまでも高校時代が大好きで
いまでもみんながなんだかんだと集っている。
そういう宝物の高校時代を過ごせて私もまた幸せであった。

あのころが一番!ではないけれど、
よかった時代の一つ
もちろん今が一番!であるべきだし、そう生きたいものね。
感想というよりは自分の高校時代を懐かしんでしまった。
本としても面白かったです。

内容(「MARC」データベースより)
男子校のバンカラの伝統が残る都立辰川高校に入学した上田ヒロミは、女子を疎外する居心地の悪さを学校生活の中で感じるようになっていた。そんな折り、合唱コンクールで指揮をしたカリスマ女生徒が出現し、次々と事件が…。

この「女子を疎外する」という点は私には全く無かったなあ。
理由はいくつか考えられる。
個人的な理由、ボやっとしているかどうか。
時代的理由、男女平等,権利意識の変化
そしてもうひとつ、わが愛する高校の変化、学校群とかでの周囲の変化に伴い、妙に女子が少ないとか伝統を守ろうという気持ちがそうなっていった。

他の同級生に聞いてもおそらくそんなことは無く、
自分のしたいことを、のびのびしていた女子高校生だったのではないだろうか。

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