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2008年7月 1日 (火)

『仏果を得ず』三浦しをん

今日から7月ですね。1年の半分が過ぎました。まったく早い!

仏果を得ず 仏果を得ず

著者:三浦 しをん
販売元:双葉社
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この本もどういうものだか知らずに、リクエストした本 記念すべき?50冊目
内容説明
“好き”が過ぎるとバカになる。でも、そんなバカならなってみたい。文楽に賭ける若手大夫の熱い青春の物語。『小説推理』の連載に加筆修正し単行本化。 」


文楽=人形浄瑠璃の世界の話。
太夫、三味線、人形遣いの「三業(さんぎょう)」で成り立つ三位一体の演芸という。

「仮名手本忠臣蔵」6段の
「思へば思へばこの金は、縞の財布の紫摩(しま)黄金、仏果を得よ」と言ひければ、「仏果とは穢らはし。死なぬ死なぬ。魂魄この土に止まって、敵討ちの御供する!」

死んでたまるか。生きていく。
そういう気持ち。
仏果とは何ぞや。
「仏語。仏道修行の結果として得られる、成仏(じょうぶつ)という結果。成仏の証果(しょうか)。 」のことらしい。

主人公・健は浄瑠璃語りの太夫である。
高校の修学旅行で見させられた文楽に頭をガツンとたたかれ、
その後の生き方が決まった。
愛する女性の前でも1番に大事なのは義太夫と告げる。
そんなに好きな、打ち込めるものに出会えた健が少々うらやましい。
そんな健が得た義太夫の心。
浄瑠璃には多くの種別があるが、文楽では義太夫節が用いられるとあった。
まだまだ長く生きなければ得られないその真髄。生きるということ。

「これまでの三百年と、これからの三百年を生きる人々を、まるごと受け止め祝福するかのように。」
これがテーマかな。
脈々と続く長い時の流れの中にわれわれは生き、何かを受け継ぎ、もっと得ようとして生きていく。

私が人形浄瑠璃を見たのは高校時代、大学時代の2回のみのような気がする。
しかも授業関係で、自分から進んでではなかった。
人形の色っぽさに惹かれた記憶がある。

今度見ることがあったら
私はきっともっと語りや三味線の人にも興味を持つだろう。

もちろん何も知らずに読んでも面白かった。
もう少し造詣が深かったらさぞや、とも思った。

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