« 人間ドック!相変わらずの・・・ | トップページ | 桜を待ついい日 »

2008年3月19日 (水)

『望みは何と訊かれたら』 小池 真理子

望みは何と訊かれたら 望みは何と訊かれたら

著者:小池 真理子
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

23 2007,10
はじめ読み出したことを後悔、やがて眠れなくなるほど読み、
最終的にはわからないまま。
不思議な作品、力作である。

作者がインタビューで語っている(BSテレビにも出ていましたね。)
70年代は、私が大学生のころ。私自身デモに出たりと時代のもつエネルギーの中に足を踏み入れていましたし、この時代を描きたいという思いは強いですね。今作では、この時代の一部をえぐり取ったという手ごたえを感じています」
「著者自ら最高のできばえと語る、傑作長編が誕生。」


あの時代の真っ只中に居た、
それは私たち団塊世代のほうが大きいといわざるを得まい。

各地で起きた学生運動が
やがて行き場を失い、ヒートアップし、孤立しヒステリックになっていくしかなかったころの激しいというかなんと言うかの前半部分と、
そこから命からがら逃げ出した主人公が運命的に出会った吾郎と暮らした
奇妙なしかし穏やかで、不気味さもたたえた濃密な日々の部分。
その2つの部分の質感差、温度差が、対照的に見事に語られる。

――70年代について
 「作家として、人間として、私の原点になっている時代です。私は団塊世代より下ですが、大学紛争の火種は高校にも飛び火してきました。この時代に生まれた音楽などのサブカルチャーを、今の若い人たちが新鮮に受け止めているようすを見ても、この時代のど真ん中で青春期を過ごしたことに誇りを感じるし、繰り返し掘り下げて描きたくなります」

この作品は思想的なことではなく、後半の男女の不可思議な関係が主題です。凄まじい体験をした女が、逃げた先で男と出会ったらどうなるか? 人間の生理的、本質的なことを突き詰めてみたかった。そのために、男に会う前の惨劇の描写が必要でした」


作者がこう言うように前半部分のすさまじい経験があった後の不可思議な男女の関係が主である、 と、後から思う。

三島の割腹自殺や、あさま山荘事件が世間を騒がせた紛争末期
あの錯乱・悲惨な時代がここに、そして自分の中にも息を吹き返す。
連合赤軍のリンチ殺人を思わせるかのような壮絶な場面が描かれる所は閉口したし、読み始めたことを後悔もした。
しかしこれがあってこその後半になるのだ。

扉にマレーネ・ディートリッヒの歌った歌詞がある。
「望みは何かと訊かれたら」
If I only could wish myself something
I would like to be happy a little,
For if I were too happy,
I would be homesick for being sad.

――大人になるとは?
 「物事が見えてきたけれども、相変わらず先がわからない、まだまだ途上にある状態のことだと思います。私自身、これまでを振り返って分析はできるけれど、わからないことだらけです。この小説のタイトルは、すぐ先の未来に自分がどう変わるかわからない、人生の途上を意識しました」

描かれた時代は思想と闘争が渦巻いた1970年代。
昭和26(1951)年生まれの主人公槇村沙織と27年生まれの著者は同世代である。
仙台で高校時代を送るというのも同じ。
読み終えて、後半部分のこの男女の異常とも思われる関係、依存?飼育?庇護?は今の私には生理的に理解できなかった。
と思った。
しかし、寝ながら考えた。
すさまじい経験をし、身も心も壊された状況の中、ただ休みたいと思うだけの人間にとっての望みは、
そういう状況を受けいれ、黙って守ってくれるものの中にすっぽりとはまっていたいと思うということなのだと。

吾郎はすべてを受け入れ、
その上で彼女をただ守ったのだ。

その後30年も幸せな家庭を築いてきたのに、それは変わっていなかった。
『わたしたちは常に、陶製のブックエンドのように互いが別々の方を向きながら、過ぎ去っていった時間を間にはさみ、冷たく、無意味につながっているにすぎなかった』

さて、
あなたの「望みは何?」
「私の望みは・・・何だろう。」

|

« 人間ドック!相変わらずの・・・ | トップページ | 桜を待ついい日 »

書籍・雑誌」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 人間ドック!相変わらずの・・・ | トップページ | 桜を待ついい日 »