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2007年6月13日 (水)

富山の旅…⑤

2007_165_1 2007_169_1(6月9日の3)
日本3大仏のひとつという高岡の大仏へ。
立地も大きさも他のにはちょっとかなわないかな。
平地で狭いので母も全部行けた。

お昼を食べるべく新湊道の駅「カモンパーク新湊」
混雑していた。

それから海王丸パークへ。
どういう理由でここに泊まっているのか海王丸。
むかし横浜大桟橋でセイルドリルを見た気がする。あれは日本丸だったか。
2007_181_1 2007_186_1 お役御免になった帆船の後ろには、科学の粋を集めた海を渡る大きな橋が建設中。

景色が変わるだろうなあ。

2007_188_1 新湊に来たので、
近くの放生津(ほうしょうつ)八幡宮へ。
越中の国府として赴任した大伴家持が746年(天平18年)に豊前国の宇佐八幡宮から勧請し、奈呉八幡宮と称したのが始まりとされる。新湊の守り神。

ひっそりとした神社だったが、曳山の祭りはにぎやからしい。
350年前からの曳山が13台、壮観でしょうね。

東風(あいの風) いたく吹くらし 奈呉(なご)の海人
   (あま)の釣する小舟、こぎ隠る見ゆ
                    
大伴家持
2007_190_1 2007_192_1 ここで気に入ったのがこの木製の狛犬?

拝殿前に立つと、軒下に鎮座した珍しいケヤキ寄せ木造りの一対のこま犬が出迎えてくれる。「阿(あ)」が1・5メートル、「吽(うん)」が1・6メートル。
江戸後期から明治初めの同市出身の面打ち師、矢野啓通の作で、1846年に寄進された。現在、市の文化財に指定されている。

たしか19才の時の作とかあった記憶がある。愛らしい顔である。
特に、「吽(うん)」は獅子のようにも見え、なんともいえない。
よほどうれしいのか尻尾を激しく振っているようで、何本も見える。
2007_193_1

2007_198_2 2007_208_1

2007_201_2 2007_202_2 そのあと越中一ノ宮 気多神社へ。本殿が重文。
越中には、一宮と自称する神社が四社あるが、その一つ。
国府の移動や、勢力の変化によって、一宮も変遷したのだという。
他の一宮は、高瀬射水雄山(ここは数年前に行ったな。)の三社。
社伝によれば、養老元年(717)、能登・気多大社からの勧請。 このあと道の駅などによりつつ氷見海岸。本日の宿泊地へ4時到着。楽しみな宿である。(続く)

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