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2007年2月25日 (日)

現代お雛様事情!?

Imgp1075   エアロビクスでご一緒の友人との今年に入ってからの会話。
共に孫が初節句を迎えるのだ。

「お嫁さんに聞いてもはっきりしないのよ。自分たちで用意しますからって。」
「そうねえ、こっちもねえ、私は古いので良いと思ってるンだけど、あちらは・・・」

「送り返されたって言う人の話も聞くし・・」「えーそれは非常識よね」
などとも話して数週間。

「お雛様買って持って行ったわ。」
「そうなんですか。」「男の子の時は向こうにお願いしましょうかしら。」

そして,娘たちの場合
娘は自分のがあるし、新しいのはいらないという。
あちらのご両親は「どうしても買いたい気持ちは抑えられないので買ってしまうが、当分こっちに置いておく。」ということになったらしい。

きっと向こうのご両親もまた「はっきりしないのよねえ。」と思っていたに違いない。

友人も婿殿の所も男二人の子どもだから
お雛様を買うのは初めてなのだ。

私は思う。
「人生って自分が今までにできなかったこと、し残してきたことを埋めていく作業なのだなあ。」
と。
それはそれとして、
誰でも可愛い子どもや孫にすくすく健康に幸せな人生を送って欲しいと思う。
だからといってお雛様はひとりに一つ、なんていうお店の論理には負けず、
ここまで幸せに育った娘の福を持ってさらに積み重ねていって欲しいとも
思っている。

子どもの身代わりに何かを買うっていうのは分かるけど、ね。
しかし、キッパリと「お雛様はひとりに一つが原則」などと書いているのを人形店のHPで見ると、
何じゃそれ、と思う、と同時に
そうなのか?と不安にもなり、(誰だって子どもの幸せは願うものだ。)いろいろ調べてみたが
お雛様自体、盛んになったのは近代で、
それ以前は持てない人も多かったという。
もっと昔は子どもの人形遊びだったらしい。
またお雛様を持てるような上級の家には代々伝わるお雛様があったとも聞く。
まあ地方によって、時代によって形は変わっても子どもの成長を願う気持ちは変わりはしない。

どこから身代わりがお雛様となったのかは不明だが、
羽子板や一松人形という話もあるし。

人形店の説明では「お守りも共有しないのと同じです。」
とあったが、お守りと同じレベルにあるのかな。
人形店でお払いしてくれたのかも知れないね。

そういえば、我が家ではお守りも託されることがあった。
私の母が孫に「これは私の手術の時に守ってくれたお守りだから、持って行ってね。」
と、何かの時に渡していた。
物を大事にするという姿勢も心をつなぐという気持ちも、この時代大切なのではないかと思う。

まあ、まごっちの場合は新しい物を向こうが買ってくれるようなので
人形店も文句は言わないでしょうけど。

初節句という時期に
いろいろ考え、学んだ私でした。人生一生勉強、ですね。
若いママたちもネット上で相談しあっていました。

結局自分たちがしっかりした考えを持っていればいいと言うことなのでしょうね。
かくして私は七段飾りを久しぶりに飾り、
お寿司でも作って私からのお祝いにしましょう。

写真は以前に行った鞆の浦の町並ひな祭りの様子。
何も知らずに行って、なかなか素敵でした。今はもっと盛んになっているらしい。好きな町です。
人気のない民家が開かれ、お雛様が飾ってあった。
食事をしたお店にも、酒屋さんにもあったなあ。
いまならもっと写真を撮るでしょうが・・・

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