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2006年11月28日 (火)

安土城跡へ…湖東の旅④

P1070820 P1070785 時間はまだ10時過ぎ。
ラーメンが食べたいという父のために(?)車を走らせるが、
時間が早すぎて、無いっ!
無いうちに安土城跡についてしまうが、もうお腹空いて歩けない、山登りはできないと叫ぶ私。
で、またぐるぐる、やっと開いているラーメン屋さんを見つけた。
もう11時過ぎちょります。
とにかくエネルギーを溜めて,再度安土城へ。

歴史でも有名な安土城でございます。もちろん跡ですが。
あの山の上まで参ります。
調べに寄りますと、城らしくない広い直線的な階段が結構な勢いで続きます。
P1070790 今年9月から有料、500円です。
ここは「織田信長(1534-82)の居城跡。国指定の特別史跡です。天正4年(1576年)から織田信長が約3年の歳月をかけて完成しました。安土・桃山時代の幕開けとして築城されましたが、織田信長が倒れた本能寺の変後、焼失して石垣だけが残っています。」

「城の外面は各層が朱色・青色・あるいは白色、そして最上層は金色だったといいます。内部は、狩野永徳が描いた墨絵で飾られた部屋や、金碧極彩色で仕上げた部屋などがあり、当時の日本最高の技術と芸術の粋を集大成して造られたといわれています。わが国最初の本格的な天主の建築は、この安土城が始まりとされ、歴史上に名を残す名城跡です。 現在、平成元年より20年計画で学術調査と整備事業が行われています。」(滋賀県観光情報より)
P1070798 P1070807
大手道の両側には秀吉、前田利家などの家の跡。(秀吉邸跡には真っ赤なモミジ)
P1070811 下に見える畑の中を貨物列車が通ります。P1070813
P1070820_1 P1070824 天守閣跡まで登ってきました。
入り口で杖をかりて、登りました。石段や石垣には石仏なども使われています。P1070841 
P1070836 天守跡。
石の礎石は地下の倉のもの。周りが天守の大きさ。
昔は琵琶湖に突き出した半島だったらしい。
昔を思います。豪華な城を造ったのに、惜しいですね。

P1070831 P1070850
P1070855

「摠見寺は織田信長が安土城築城に伴い創建した寺院です。
安土城天主が炎上したときにも無事に残っていたのですが、徳川末期の安政元年(1854)に火災により焼失しています。」
という。
P1070848_1
摠見寺跡からの見晴らしは良いです。
三重塔も仁王門もたいそう古そうなもので、ほこりと蜘蛛の巣ががんばっていた。
この山自体がこの寺のものらしいが、寺自体は仮の本堂が大手道沿いにあって、用のないものはいるべからずとあった。この寺跡からの西の湖の眺めは風情があってもの悲しくもあった。
仁王門から急な石段を見る。ここからは結構な古い石段でした。P1070857 P1070859P1070864
P1070865さて大手道へ出て
帰りましょうか。
さて、時間はといえばまだ3時前。

温泉にでも入ってから、ホテルへ行きましょう。

P1070867 P1070868 ということで、迷いに迷ってやっとたどり着いた「甲賀・忍びのかくれ宿 宮乃温泉」日帰り入浴800円なり。
なかなか良いお湯でございました。スッキリして帰る頃は日も暮れて真っ暗。
食事の店を探すのも面倒と言うことで、八日市のスーパーで食べたいものを買うというプラン
お腹が空いているのか何なのか、ポンポン籠に投入される食品群。買うは買ったり、お弁当、おかず、つまみ、デザート、フルーツ、保険としての夜食用のカップ麺などなどお酒も買わないのに6000円。しかもほとんど食べた。
部屋での宴会はそりゃ楽し。父の韓国土産のマッコリも飲んで、完食満腹。お休みダー。グーぐー、zzzzz、 充実した良い日だった・・・むにゃむにゃ・・・(明日へ続く)

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