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2006年10月の29件の記事

2006年10月31日 (火)

五浦美術館②

2912 29132911

帰りに
茨城県天心記念五浦美術館へ。

広い敷地に海の見えるロケーションで気持ちがスッキリしました。
またゆっくり来たいと思いました。
大観などの作品がたくさんありました。

Title2  ←特別展を  やっていました。292_1 2914 

夕日を見ながら
途中野菜を買って
夕食に餃子を食べて
無事帰りました。

「今日はありがとうね。」という母の顔が
嬉しそうだったのは、孫と行けたから???かな。

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岡倉天心…五浦海岸①

291 まず近くの小名浜漁港へ。
魚市場がずらり。
観光バスもぞろり。
ちらりと見て
薄皮饅頭などを買う。
293 五浦海岸へ。
岡倉天心が気に入って別荘にした地です。

一目見て
これを独り占めは「ずるいぞ!」って思いました。 294_1

295 299 2910 296_1

六角堂を湾の真ん中に建てて、思索にふけったそうです。
木村武山、菱田春草、横山大観、下村観山などが修行していました。

岡倉天心についてはあまり知りませんでしたが、英文での著作「茶の本」などに興味を持った。
タゴールなどとも親交があったようだ。
Pict25561

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2006年10月30日 (月)

いわき湯本へ③

P1040924_1  P1040926 九九里を走って銚子へ。
やはり九九里は長い。のんびりとサーフィンする姿を眺めながら、
目ではおいしい鰯料理の店を追う。

第二十七番飯沼山円福寺 (飯沼観音)

銚子の中心地にある寺。
戦前は広い敷地に大きな伽藍配置だったらしいが、今は本堂も離れたところにある感じ。そこまで行って納経してもらう。15億円で五重塔を再建、とあった.。頑張れ!とつぶやく。

もうお寺は良いかっていうことで、北上。カシマスタジアムの前を通り、水戸へ。

P1040941 水戸で仕事中の夫を東海駅で拾い
一路常磐道で
いわき湯本へ。

割烹旅館なので、お魚づくし。
母もがんばって食べていました。おいしかったです。

お湯もたいそう上等でした。
P1040945_1 カレイの唐揚げもおいしかったです。

お風呂は24時間かけ流しで、
いつもの通り3回入りました。
硫黄の香りが
気持ちいいです。

夜、温泉神社などを散策して、ささやかな宴会をして、眠りにつきましたが、
チャングム仲間の母と夫はしっかり見ていましたっけ。

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笠森寺 (笠森観音)②

P1040893 第三十一番 大悲山笠森寺 (笠森観音)天台宗 

木更津から約1時間で到着。
石段が続いていてお寺は見えない。
この階段を写真のところまで母は登った。
がんばりました。
しかし、道はまだまだ続き、途中で断念。

私と息子2のみ見に行く。P1040919
途中古い木々が立ち並び、歴史がありそう。P1040894
P1040918 杉も苔むしている。
聞けばこの山は昔から禁伐林で、観音山は昭和45年(1970)「国指定天然記念物笠森寺自然林」として保護されているらしい。

五月雨に この笠森を さしもぐさ」  芭蕉
    
芭蕉は五月雨にぬれながら参拝したのでしょうか。

何の知識もなくやってきましたが、頂上に登るとすばらしい観音堂が見えます。

京都の清水寺にもにた作り。構造は日本唯一の「四方懸造(しほうかけづくり)」で「国指定重要文化財」となっています。
階段を登って息子が代わりに納経してもらいます。

P1040898 P1040908 木造で立派。山の頂上に高くそびえているので、
周りの古い木々よりも、高いところにあります。
P1040904_2 良い気持ちです。
良いものを見せて頂いた、という気分。 (③へ)

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いわき湯本温泉へ①

Photo_229 神奈川から福島へ行くのになぜか
東京湾を横断するアクアライン

海ほたるで朝食。
これから行く千葉方面を眺めると、
船の舳先にいるようです。
ここからはトンネルではなく橋です。

今回は母と我々夫婦と息子1,2の5人旅。
母は孫と行くのがとても嬉しいのです。

今回も最初は3人の予定でしたが
どうも「つまらなそう?」でしたので、
調整した結果二人が参加できまして、
母曰く「久しぶりだね。」
そうね、息子たちとは5月の草津以来ですかね。(そのあとにも娘と行ったでしょーが・・・とはいいますまい。)
P1040880
反対側を見ると、朝日に光る換気塔?

あの下にここまで続くトンネルがあります。
すごいですね。
人の力、科学の力。
でも早く通り過ぎたい気分になります。
そこを制限時速以下で走る車。何か訳でもあるのでしょうかぁ。♪そこだけ渋滞してました。

P1040876 P1040870ボードウォークも人がいません。
これから混むのでしょうね。
風もなく
気持ちよかったです。
P1040884 久しぶりの坂東三十三観音札所巡りり。
木更津にある第三十番 平野山高蔵寺 (高倉観音)に行く。

誰もいない。
納経帳を書いて頂き、
お茶までごちそうになって帰る。

「子どもが親に孝行するのは当たり前。
孫がしてくれるのはありがたいこと。」
といわれたらしい。
はーい、了解です。
聞いたか、子供達!

母もできるだけ階段を上ります。
そういう気持ちにさせてくれる御朱印帳です。
(②へ続く)

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2006年10月27日 (金)

太陽と三日月

P1040650_1  昼寝をする部屋に
お日様がそっと手をさしのべて
P1040651 手のところを輝かせている。

まるで
天使が遊びに来て
指先に止まったかのようだ。

P1040663 夕方、孫っちを抱っこする私の目に
美しい夕焼けと三日月
おまけにどこに行くやら飛行機が一機。
(クリックで大きくしてみてください。飛行機が・・・)

わたしは、
抱いていた孫っちをポンとおいて
ベランダに出て、写真を撮った。
部屋に戻ってもう一度ベランダを見たら
もう暗かった。ちょっとの時間で違うんだなあ。幸せな時間をもらった。

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2006年10月26日 (木)

『インディアナ、インディアナ』レアード・ハント

インディアナ、インディアナ インディアナ、インディアナ

著者:レアード・ハント
販売元:朝日新聞社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

2006,5  36

内容(「MARC」データベースより)
切れぎれの回想、現在のノアの心理、ノアの父ヴァージルや母ルービーをめぐる一連の奇妙な逸話等々…。年老いて病んだ男の人生の喪失感とユーモアが美しい、人気翻訳家が惚れ込み、ポール・オースターも絶賛の本邦初翻訳小説。


不思議な本。心の中でとりとめもなく考え、浮かんでくるさまざまな記憶と思い。
それは夢のようでもあり、深く思索しているようでもある。
次から次へと続いて何行にも及ぶ一文。
有名な翻訳家としてはそんな文章に意欲が湧いたのかも知れない。

はかない切れ切れの糸で織りなされていく物語。
主人公の心。
自分自身を猫の目で想像してみる。
自分自身を別の自分が見ている、など。
そんなことを考える純粋なノア。
一般人とは少し軸がずれているが感性はとぎすまされている。

「…まあとにかくお祈りは唱えても損にならないよとルービーに言われたのでそのとおりにした。…まず最初にわたしはキリストに仕える漁師になります、と唱え、何分かしてから、わたしはキリストに仕える魚になります、と唱え、それから、ただ単に、しかし絶叫して、私は魚になりますと唱えた。」

「わしらのやることは、つねに正しいとは限らんのさ。
どうして?
わからない。
どうしてつねに正しくなれないの?
ヴァージルは答えなかった。
あなたが僕たちにしたことは正しかったの?
うん、正しかったと思うよ。少なくともあのときはそう思った。いや、わからない。」

アメリカの真ん中のインディアナの真ん中の小屋でひとりノアは考える。
目に見えるものから見えないものを、
心の中のものから自分のことを。
失ってしまった自分の大切なものを。
過ぎた時間、無くした時間。

私は空想が好きだ。
私も時々こんな風に心の中で考える。
一つのことからいろいろとつながってどんどん先へ進んでいってしまうことがある。
家族と話していても、
みんなで楽しい空想話をどんどん展開させる。

しかし
それを文にするのは非常に難しい。
それをこの本は現実と絡めて見事に文章にし、本にしている。
心の中のとりとめのない思い、彼の寂しさ喪失感を表現していく中で
次第にその現実もわかってくる。

何だか不思議な本、嫌いな人は嫌いだと思う。
「なんじゃこりゃー」って思うかも。
設定や人物関係もまずよくわからない。
ふわふわした霧の中をさまよう感じ。
筋を追って急いで読む本ではない。
言葉の中に入って文の間の空気を読んで自分もそこに浸っていく本。

じっくりと雨の降る日に浸って読みたいと思っていたが
実際は
日本シリーズのテレビの前で
一段と重くなった孫っちを抱いての読書であった。

しかし
読んだ今、読後感は悪くないのだから、
たまにはいいかもね。

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2006年10月23日 (月)

垣根刈り…実家で

P1040633_1 日曜日、実家の垣根刈りへ行く。子どもが小さい頃から、高校の時も大学になっても、ずっと家族総出でおこなって来ている。
最近は息子2と三人でやることが多いが、学生時代はお手伝いしてくれた子どもたちにお小遣いをあげようという「ばば心」だったようだ。
P1040632_1 そうだよね。ただ、お小遣いをあげるのは良くないよね。
私もそういう「ばば」になろう。

そうはいっても我々も年を取り、
少々疲れた、のであります。

P1040422_2 こちらは実家の近くに住む甥っ子の子ども。5月に1歳になった。
週一回以上実家にやってくる。
お気に入りのヘルメットをかぶり、
赤いリュックには自分のおむつを入れ、颯爽とやってくる。

このスタイルが実に可愛い4等身!
嬉しそうにひいばあちゃんのそばで、お膳の上に何か良いものが無いか、チェックしているところ。

歩いても来るが、
小さな足ではどれぐらいかかるのだろう。
手にはお砂場道具を入れた袋を持ち、
しかもそれはやむを得ず道路上を引きずる形になっている。
それでも自分のものは自分で持ってやってくる。えらいなあ。
お母さんのしつけがすごい。

母も疲れもするが、元気ももらえて嬉しそうである。

こんなことを書いていたら母から電話
「昨日、○○さん(夫のこと)大丈夫だった?」少し焦っている。
「なあに?夢見でも悪かったの?」
「そうじゃないけど、疲れてたみたいだったから。」
「大丈夫だったよ。わたしもね、こんなことで何かあったら残された人も気分が悪いから止めてね、っていったのよ。(冗談です)
「どうもありがとう、無理しないでって伝えてね。」「ウン、わかった。」
どういう訳か家で仕事中の(やはり疲れてたらしい)夫に話すと、
「心配かけてすみません。どうもありがとう。って言ってくれた?」
「まあね、」と私。

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2006年10月22日 (日)

新宿エルタワー

P1040619 土曜日久しぶりに新宿へ出かけた。
友人のご主人の写真展が新宿エルタワーのニコンサロンで開催中なのだ。
しかも私のだーいすきな「桜」と「富士山」なのだ。
←右端がエルタワー

土曜の新宿西口は人でいっぱい。
P1040624_1  エルタワー28階から南口方面を見る。

久しぶりの友とご主人も相変わらず素敵なカップルである。
学生時代から知っている二人にあっSakura_1 て、自分のそのころを思い出す。

すばらしい写真を拝見して
作者の富士山や桜を愛する気持ちが伝わってきた。
私も好きだけど、その比ではないな。
その思う心の大きさだけ、
できた写真も違うのかな。もちろんカメラも違うけど。
←写真はニコンのHPの案内からもらってきたけど、実際はもっとすごいのよ。

P1040629 そして、久しぶりに会った友人たちとお昼を食べ、夕方までお喋り。

学生時代から,
37,8年ぶりぐらいに会う人もいて、でもその時間の開きなどすぐに埋まってしまった。

またの再会を約束して別れた。どうもありがとう。こういう機会を作ってくれて、嬉しかったよ。良かったなぁ。

しかし、土曜日の新宿は混雑していた。
高層ビル群もビルが増えて、ちょっと迷った。(いつから来ていないんじゃい?!)
コーヒーを飲みに入ったホテルのカフェも席を待つ人で一杯だった。

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2006年10月20日 (金)

小さな幸せ…図書館で

P1040602 午前中の図書館はゆったりした時間、ここにいられて幸せ。
リクエストしたい本を申し込む。
読みたい本があるのも幸せ。
係の人が丁寧にリクエストカードを一枚一枚見てくれる。

「これは今、取り寄せ中です。」…ディーヴァーの新刊本
「これは少し待っていますね。37番目です。」「30人40人なんて驚きませんよ。」…カズオ・イシグロの本
「これは?ありませんね。」「この前村上さんの代わりに?ノーベル文学賞もらったトルコの作家のです。」…わたしの名は『紅』
「ぁ、これは今ありますよ。」「そうですか、じゃあ、探してきます。」「ありました、どうもありがとうございました。」…インディアナ、インディアナ
ってな具合。

そしてピッとチェックが入って借りたとたん、ポーンと音がして予約待ちの紙が出てきました。
「今、予約が入ったのね。タッチの差だった。」これもまた小さな幸せ。

「ついでにうかがいますけど、『東京タワー』、もう一年も待ってるのですけど、
見て頂けます?」
「一年待ってる人多いですよ。あ、あと20人ほどですね。」
「もうじきですね。嬉しい!」
カウンターに張られた予約状況を示す紙の第一位に「東京タワー」があった。東京タワー ~オカンとボクと、時々、オトン~ その予約待ちの人数は、なななんと580名以上だった。
前よりもさらに増えてる、どうなってるのかな。
本が一冊のはずも無いのだけど。何かのブーム?

嬉しいことにそこに書かれている本のほとんどは私はすでに読んでいるか、予約中のものだった。
図書館は私の本棚である。

夕食に栗ご飯を炊いた。だーいすき。これもまた幸せ。

小さな幸せが集まって、その中で私はほんわかと嬉しい。
今日も大切に生きましょう。

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2006年10月17日 (火)

おっちょこちょいは相変わらず・・・

P1040575_1 月末に車で母と温泉予定がある。
で、昨日急に思い出した。
「今月車検じゃなかったっけ?あぶないあぶない。 」
最近小さい車に乗っているので、
早速実家に置いてあるワゴン車の車検証を出してみる。

一番上にあった「自賠責保険証」
「今年何年だっけ?」
平成18年!」と母。
「で、今日何日?」
16日!」と母。(立場が反対だろうがぁ。)
「えーっ、16日午前12時までって書いてあるぞ。」
大変ダー。今日じゃないの
「またか?」とぞーっとしつつ、慌てて車屋さんに電話する。
「16日って書いてあるんですけど。」
「じゃあ切れているかもしれませんね。調べてみましょう。」
P1040577 …しばらくして
「大丈夫ですよ、車検は24日ですから。」
「そうかいな。車検は24日でも・・・
多少不安を残しつつ早速明日お願いします。」と電話を切る。

もう一度保険証を見るとどう見ても「16日」とある。
胃の検査から帰った息子に聞いてみると、保険の切れた車は運転しちゃいけないのかも、という。
「もう一度連絡したらどう?」と母。
「今日持って行っちゃえばいいか」
うーん、どうしよう。

ここにしっかり書いてあるのよねえ。と、自賠責保険証を振りかざし、読み上げる
平成18年12月16日午前12時まで。」って。
聞いていた母と息子
「12月ーっ!!??」
「えっ?12月?」
なーんだ、よく見たら真ん中の月のところが12月になっていた。てへ。
「電話しないで良かったね。」と母。

このように私はあっちこっちで火種もない騒動の種を
まき散らして暮らしている。あーつかれた。あは
おっちょこちょいは相変わらず、いや、加速していってるのかも。とほほ

かくして今日は車検の日。忘れないように持って行こう。
秋の空もあきれがお?

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2006年10月16日 (月)

孫が帰って、え?胃カメラ?

P1040585_1 孫たちは
日曜の夜帰っていきました。
まっすぐ見つめる瞳は
何を見ているのでしょうか。
顔を見てよく笑います。

そして月曜日、息子1の調子が悪く、胃カメラ初体験の日です。病院まで送っていきました。
実家で息子の検査を心配しながらも、
お茶を飲んで待ちます。
P1040559_2P1040560_1

1時間ほどで無事終了したとの連絡があり迎えに行く。

心配した結果は胃が弱っているということで
即入院とかの話ではなかった。ひとまずやれやれである。仕事のストレスもあるのかなあ。

いつまでたっても、大きくなっても「親は親、子どもは子ども」であります。
四季咲きのバラやほととぎすが咲いていました。よく言えば野趣豊かな実家の庭でございます。

自分が検査をしたわけでもないのに、今日は一仕事終えた気分です。
息子は今、たまたま家で仕事中の夫が心をこめて作ったおうどんをおいしそうに食べています。結果的には胃の中をよく見てもらって、「良かったね。」であります。
そして元気で暮らせることに心から感謝しましょう。

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2006年10月14日 (土)

『骨』 ジャン・バーク 上下

骨 上  講談社文庫 は 69-1 Book 骨 上 講談社文庫 は 69-1 

著者:ジャン・バーク
販売元:講談社

Amazon.co.jpで詳細を確認する 

講談社文庫 2002,6  上下巻 原題「BONES」  34,35

出版社/著者からの内容紹介
エドガー賞(MWA最優秀長編賞)受賞
怒濤の傑作サスペンス!
連続殺人犯とともに遺体捜索隊に同行した女性記者ケリー。
そこで彼女を待っていたのは身の毛もよだつ罠!
連続女性失踪事件の遺体発掘隊に同行することになった女性記者アイリーン・ケリー。だがシェラ・ネバダ山中で待っていたのは、連続殺人鬼が仕掛けた恐るべき罠だった。孤立無援の彼女が頼れるのは捜索犬ビングルだけ。絶体絶命の危機に瀕した彼女の運命は?

読み始めて読み終える時間さえあれば二日足らずで上下読める。
特に上巻はあっという間に終わる。それほどスピーディ。
逃げた犯人と闘うのは警官でもなくブルネットの記者アイリーン。
森の中での闘いなどすごい、強い、と思う。
自然の描写も細かく頭に描ける。

無事帰ってからの下巻。犯人におびえる心の状況が主になっている。
そこからクライマックスになると思うがそこまでが少し平坦で入り込めない。
その心理状況もせっぱ詰まったところがこちらに届かない。
心理状態を描いてもじんわりと心に共感できるものもあるが、そうでもない。
そういう観点でのイギリス系のミステリにはなり得ない。
アメリカですでに書かれている分野の中に有り、その中でも中以上と思うが、ディーヴァーにはかなわないと思う。

上下巻が同じことは望まないし、やりたくなかったのだろうが、
そこを変化させて書ききるのは難しいのだろうな。

トラウマが底辺を流れる。まあ誰でもそういうものを持ち、捨て、忘れていきているもの。

ここに登場する死体を探索する犬が重要な役割を持っている。

「人間はだれでも特有のにおいを発散している。一卵性双生児は例外かもしれないが、われわれの体臭は自分だけのものだ。このにおいは体外に放出されている。生きている人間からは、毎分四万個もの割合で、ラフトと称する古くなった皮膚細胞が剥がれ落ちている。このラフトがバクテリアを保持していて、固有のガスを発散させているんだ」(92p)

なるほど、犬の嗅覚は人のそれよりすごいんだ!

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2006年10月13日 (金)

山口の旅のおみやげ

P1040505 おとといから娘が帰ってきている。またぁ!であります。
育児休暇中なので、復帰までは有効に使いたいようです。
働きだしたら忙しいでしょうから、今のうち、です。

今回初めて一人で車で帰ってきました。
乳母車にバウンサーと積み込んで・・・自分が足を動かすとそれで揺れます。

P1040523 P1040524

おみやげの一部。

仙崎の市場で買ったウニの瓶詰めと萩津和野のお菓子。

私はあまり旅に出ておみやげを買わない。買っても実家の母に、ぐらいである。

今回は息子2が仙崎の海産物の店で「○ちゃん(家で留守番の息子1)おいしいウニを買っていってあげたいんだけど。」といった。
そういえばウニ好きである。それは良い考え!なんと優しい、兄思いの事よ!ということでそれを中心に見て回る。

値段も種類もいろいろ・・・
「数の子ウニ」は値段も手頃(1000円以下700円ぐらいだったかな)でおいしいので、一族に買って帰る。
うにくらげはその息子2の希望。
そして「うす塩 生作りうに」は冷凍ものでちょっと高く、1600円ぐらい。
今も元気に冷凍庫で眠っている。

おかげで?
旅の経費は結構かさんだ。
息子は自分の分は全額出すと言っているが、
後から二人で行くのとは別で、子どもとは今しか行けないから
少しは家計からも出そうか、と話している。

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2006年10月12日 (木)

⑥の3 夕食探し…お好み焼き

レンタカーやさんに着き、夕食を食べてくるので荷物を預かってほしいというと
「荷物の預かりはしていません。」という。
「なら、車は帰ってから返すのでも良い?8時まで借りているし・・・」
ということで車を置かせてもらう。

駅前をうろちょろするが
なかなか適当な店が見つからない。せっかくだから打ち上げに飲みたいし・・・

駅ビルの方に海鮮居酒屋のようなものがあったので、
行こうと信号待ちをしていたら、夫がなにやら配っているチラシをもらってきた。

開店!生ビール最初の一杯100円!」とある。
お好み焼きのようだ。
私はまだお好み焼きを食べていなかったので即「これ!」
夫も「ビール100円はいいな。」
息子も「まあいいよ。」(聞けば出張中に食べたらしいが。いいよね。)

エレベーターで上がっていくとすごい人。
フロア中がお好み焼きの屋台。何十軒あるのか。しかし良い匂い。
どこがおいしいのかさっぱりわからないけど、
たくさんの人が行列している店の隣には空席ばかりの店があったり、
違いのわからない我々としてもいくら何でもせめて普通のところにしたい。

ぐるり回って8割方埋まっている店に座る。
これがまたなかなか大変なようであります。
優しい我々は暖かく見守り、「大変ねえ。」「がんばってね。」などといいながら
焼くのを見守り、やって来るのをまつ。
ビールのジョッキはすぐ来た。当たり前か。
無事な旅の終わりをまず乾杯する。

Main 味は、どうなの?うーん。お好み焼きにも味ってあるの?
まあとにかくおいしく食べました。そばもぱりぱりで。

お勘定がまた大変。
レジ打つのにうまくいかない。
「あら大変な値段になっちゃいました。やり直します。」
「暗算でも良いですよ。」
「はい、ちょっとお待ち下さい。」
「合計が○○円になったらあっていますから・・・」と夫。
数回やって「あ、なりましたぁ」

後ろで待ってるおばさん「はよ受け取ってくれ!」
エレベーターの中でそのおばさんと一緒になる。
「まずいね、素人だから・・・」とバサリ。
「そうですか。ふーん」と素直に聞く我々。
降りてから「僕はおいしかったけどね。」と息子は小声で言う。

この道ウン十年の人にはそうなんだろうなあ。
とにかく文化祭の模擬店の延長のようではあった。

そんなこんなで時間も押して、駅までは走る時間になってしまったけど・・・
楽しかったよ。おいしくもあった。ビールも安かったし・・・
これも何かのご縁であります。

無事バスに乗り、発車。
翌日6時半に駅に着き、家には7時前についた。
楽しかったね。
いつまでも一緒に行けるとは限らないから、行ける時には逃さずに行っておこう。
そう言い続けてもう10年か?〈広島・山口の6日間の旅を最初から読むのはこちら

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⑥の2 広島から帰路

Photo_222 続いて
少し離れたところにある名水…別府弁天池

息子が偶然ネットで見つけて
行ってみたかったところ。

広い駐車場もあって
入り口には水をくめる水道もある。
1.5㍑のペットボトル2本を持ってまずは池に行く。

Photo_223 なるほど、澄み切った水だ。
水深4メートルもあるとは思えない。
カルストからのわき出る水の量も多く、
周りの流れも澄み渡っていた。
この水を使ってマス養魚場もあるようだ。

池のそばにも水くみ場がある。
たくさんの車、たくさんのボトルを積んで、
水くみに来ている。
名水100選

Photo_224 P1040404神社の水を頂く感じかな。一杯飲むと1年長生きするという。
売店で小さな空きボトルが130円で売られていた。
こちらは、今まで飲んでためてきた中から1.5のペットボトル2本に汲んで帰る。

これで、
コーヒーお茶を飲んだらおいしいだろうなあ。

そろそろお昼だが、
マスの定食には食指が動かず、
もう少し先に行って見ることにする。

山口から高速で広島へ帰る。今夜8時の夜行バス。
途中寿司屋に入ろうかと思ったが「生魚はもうたくさんだ!」という人もいて、普通のカツカレー。ちょっと失敗であった。
地理がよくわかっていない私は高速を焦って帰ったが、あっという間に広島。
Photo_225 まだ時間があるので、息子の考えで、(まあこの旅のほとんどは息子の考えである。)
宇品島方面を目指す。
途中空港や港のある湾岸道路、橋が多く楽しい道。
元は沖合にあったらしいが埋立でつながった。なるほどこの辺は埋め立て地だったのかぁ。

なんだか真鶴半島に似ている道を先まで行く。
宇品灯台。
このあたりは見事に残っている原生林らしい。
Photo_226 すばらしい大木が立っていた。

来て良かったと思った。Photo_227 Photo_228 そろそろ日も沈みそうなので、

この近くの温泉に入って行きます。

5時過ぎ温泉を出て、さっぱりして駅方面へ帰ります。(続く

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⑥日目の1…再び秋吉台へ

今日は青海島の海上のアルプスを船で観光する予定だったが、波高く中止。
北海道は大荒れと言うから、なるほど海はつながっているものね、と、納得。
昨日寄った市場でウニの瓶詰めなど買って出発。

長門温泉近くの大寧寺へ。西の高野ともよばれた曹洞宗の古刹。室町時代に大内義隆が、その重臣・陶晴賢の謀反にあい自刃したところとして知られる。
Photo_209 そこの奇橋、盤石橋。

そもそもこの長門温泉が1427年(応永34年)ごろ、大寧寺の住職が、住吉大明神のお告げで発見したといわれている由緒正しき温泉なのである。日本三大湯本の一つです。
つまりその元をたずねるということです。Photo_210
Photo_211 そして秋吉台へ。          

左は「帰り水」のところ。地中に潜った水がここで地表に出てくる。雨の時は一時的に池ができるそうで、一時湖ともいいます。
天気の良い日にもう一度!という天の神様のご配慮と思って楽しみましょう。Photo_212 Photo_213


 Photo_214 Photo_217       展望台も風が無く、ゆったり見られます。

  あの丘まで歩いていきましょう。
気持ちの良い空、澄んだ空気。
観光バスの人もそこまでは行かないようです。 若竹山につきました。Photo_218 Photo_219
      Photo_220 Photo_221

秋ですなあ。
深呼吸して
次へ参りましょう。〈続く)                    

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2006年10月11日 (水)

⑤の3 青海島(おうみしま)長門

Photo_181 Photo_182 青海島の近くの小さな島。弁天島。金子みすずの歌碑がある。
仙崎は彼女の生まれた土地である。

「あまり可愛い島だから
ここには惜しい島だから
もらっていくよ、綱つけて・・・」
水のきれいな小さな島でした。Photo_183 Photo_184
金子みすずの詩はあまり知りませんで、
「私と小鳥と鈴と」ぐらいですが、
ふるさとをたくさん詠んでいるのですね。

明治36年生まれで、26歳で命を絶ったそうです。
優しい心の人だったのでしょうね。 
 青海島へ渡ります。   Photo_188 Photo_189   

青海大橋で仙崎とつながる、周囲約40kmの島。
島全体が天然記念物に指定され、特に北側の海岸は日本海の荒波に浸食された海食洞窟や断崖、奇岩が多く見られ、「海上アルプス」の別名もある。
南西部に位置する青海湖は周囲4km、日本海と幅20~30mの砂州で隔てられた、山口県最大の湖だ。砂州には松林が広がり、波の橋立てとよばれている。 Photo_190 Photo_191
島の先端まで、道路のある限り踏破しました。

どこも人もいなくて、
静かな海と山でした。

くじら墓も、まあ、お墓でした。
Photo_192 漁港の土産物屋を下見して、
明日は早くに遊覧船に乗るべく
長門温泉へ行きました。

Photo_193 Photo_194 長門温泉は川沿いの小さな温泉。川に足湯があります。
共同風呂「礼の湯」「恩の湯」があります。
「礼の湯」は昔は身分の高い人のみが入浴をゆるされたらしい。
ネオンのついているのが「恩の湯」です。その下の川に面したところは昔の共同洗濯場でした。 Photo_195
Photo_196散歩に出ると
満月の頃なのか、
月がとてもきれいでした。

気持ちも体ものんびり、ゆったり。心もまあるくなりました。〈続く)

            

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⑤の2 萩探訪

Photo_172 吉田松陰の誕生地は、萩市内が一望出来る丘にありま す。お墓を守っているご婦人方に会いました。Photo_173 Photo_174       

Photo_175Photo_176松陰の丘から坂を下ると
伊藤博文の家があります。

息子は小説でこの坂を知って通ってみたかったと言います。
昔若者たちが行き来したこの空間をのんびりと行く私たちです。

伊藤博文の陶像。
左は彼の旧家を東京の別邸を移築したものから眺める。Photo_177 Photo_178
萩城下町
へ。
この辺から人が多くなってきました。
三連休の始まりです。

菊屋横町、伊勢屋横町、江戸屋横町などがあります。
どれも細い、でも趣のある横町です。
Photo_179
木戸孝允旧住宅
維新の三傑の一人、木戸孝允の生家。別名“桂小五郎”の名でも有名。生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした木造瓦葺の2階建てで、無料で一般公開しています。

「なぜかポンペイのようだね。」という気分に。
町並みを見ていくうちに・・・そう思ったのです。なぜでしょう。
「着物ウィーク」というのをやっていて、着物で行くと特典があるようでした。

さてお昼だ!
本に載っていた有名そうなレストランに行ったら
すげなくいっぱいだと断られた。
もう少し断りようもあるでしょうに・・・
昨日行ったしーまーとの「ばってら」がおいしそうで心残りだったので行ってみる。
Photo_180
萩港で揚がったもので、今が旬らしい。

身が厚くておいしかったぁ。
それと上寿司1200円、
これはこれで良し、である。

おみやげは夏みかんの丸漬けなど買う。長州屋光國という文久3年創業の店を尋ねる。
そうだ、安い普段使いの萩焼湯飲みも買ったのだった。

「時色の町 萩」(観光協会)にすっかり満足して青海島方面へ行く。(続く

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⑤日目の1…10月7日 萩から長門

Photo_155 Photo_156泊まった宿は海のそば。昨日は風音が強かった。 Photo_157

Photo_158昨日夜回ったところの再確認。堀内あたり。
高校生が自転車で白壁の間を通っていきます。
いいですねえ。

古い町の若い高校生。Photo_159
いくつもの通りが
それぞれスッキリとしています。
町全体が美術館!
なるほどね。
Photo_160Photo_162萩城跡。毛利氏居城

指月山の麓にあるので指月城とも言われます。
良い形の山です。国の天然記念物にも指定されている。
天守閣跡から指月山。 Photo_161
良い日和に
のんびりゆったり空を眺めていました。Photo_168
次は東光寺
「毛利吉就が1691(元禄4)年に創建した大照院とならぶ毛利家の菩提寺。3代から11代までの奇数代藩主夫妻が葬られています。重文の総門、大雄宝殿、鐘楼など、中国風の雄大な建築も見ごたえ満点です。
8月15日の送り火には灯篭に灯が入り、まさに幽玄の世界が広がります。」
不思議な雰囲気のお寺でした。

Photo_169 Photo_170 Photo_171

歴代藩主を守るように家臣の墓があり、
その前にはたくさんの石灯籠がならんでいます。
中国の兵馬俑のようにたっていました。
これに灯がともる風景を想像しました。

どうも多すぎると編集ができなくなるようなので小刻みにします。続く

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萩へ…④の2

Photo_139Photo_138 萩の入り口、
萩往還公園道の駅松陰資料館に代表する人々の像がたくさんありました。
ここで一応概略をつかむと言うことで。私にはちょっと弱いところです。維新の胎動の地。(ふーん、なるほどねえ。)
Photo_140 まずは
萩駅のとなりの観光協会に寄って
パスポートを100円で買います。
なんと趣のある空間でしょう。

Photo_141Photo_142 ガラス窓の向こうに
見える風景。
駅舎からホームが見える。
観光協会の窓から萩駅が見える。
そこを通る
いくつもの時代の人が見える気がする。

Photo_143Photo_144まずは腹ごしらえです。
海沿いの道の駅しーまーとに行き、私と息子は「海鮮丼」。
夫は「アラ煮定食」。
さっき買ったパスポートの提示でコーヒーが付きます。
(萩焼かぁ)

おいしかった。
これからじっくり観光しましょう。

Photo_146 笠山へいきます。Photo_147北長門海岸国定公園の中心部に位置する標高112mの活火山(Cランク)。
頂上には小さな噴火口跡があり、噴火の記憶を伝えます。

海はいろいろな色でした。

Photo_148 Photo_149     海に突き出た岩の上で「ここでこうやって釣ったら、たくさん釣れるだろうなぁ。」
「釣った魚をどうするかね。」
と、楽しそうに話す父と息子。

海の色、空の色は見る方向で全く異なっています。

不思議な自然です。

頂上には展望台もあるので行きました。
椿の原生林が広がっています。

Photo_150Photo_151 帰り道「萩反射炉」に寄りました。
近世の反射炉でわが国に現存しているのは、静岡県の韮山に築造されたものとここの2基だけ。
「わが国の産業史上、貴重な遺跡であるとともに、これによって萩藩の幕末における軍備充実の熱意がうかがわれる。」とあった。
いよいよ松陰神社です。

Photo_152 Photo_153 明治23年に吉田松陰を祭って建てられました。
松下村塾は小さかった。
入れ物の大きさではないのですね。
その中にあふれるように息づいていたであろう熱い思い、学ぶ心に思いをはせます。
「身分の区別なく学ぶことができ、ここから幕末維新期に活躍し、近代日本の原動力となった数多くの逸材が輩出されたことは余りにも有名です。」
歴史館でもその一生を学び、お腹一杯になって宿へ行きます。
松陰は若かったのになぜか老成している感じがしました。
Photo_154 夕食後、近くを散策。

白壁の続く道を歩きましたが、
一人では怖い。暗いし、誰もいない。
知らずにお墓に入っていく夫を後ろから眺め、
後一歩進んだら帰ってしまおうと思った私たちでした。
高校も白壁で素敵でした。

旧福原家萩屋敷表門。後は明日です。〈続く)

 

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2006年10月10日 (火)

秋芳洞へ…④日目の1

Photo_124Photo_125 前に来た時(3月)
雪で峠を越えられなかったが、今回はすんなり。
秋芳洞前につく。
駐車場はいろいろあって、一応聞いてみると
店の前に停めると、500円買い物をしてくれればいい、という。

店のおばさんに手招きされ、停めてしまった小さな土産店。
「傘持って行こうか。」「いやーいらんいらん」とおばさん。
おばさんを信頼して持たずに行き帰り、ちょっと降られた。
どうも隣に早く別の車を入れたかったようだ。ま、いいか。
Photo_123

自分の体積がさらに増えて以来、少々閉所恐怖症の私。
心配したが、なんのなんの大きな洞窟である。
いままで見た中で最も大きい。
日本初の天然記念物に指定された大鍾乳洞。
1キロの観光コースを往復。
この洞窟総延長は10キロあるらしい。
じっくりと感嘆の声を上げながら観光した。

人間の命とは次元の違う年月がここには流れている。Photo_126    Photo_127

Photo_128 なかなか難しい暗闇の撮影。
広いのでフラッシュも届かず、上の二枚は壁紙配布のところから頂いてきた。さすが!
百枚皿…水に溶けた石灰分が沈積してできたリムストーンプール。世界においても類のない石灰華段丘といわれ、皿の枚数は500枚を越え、直径4mに達するものもあるという。遠慮がちな名前だなあ。千枚皿でも良いのに。
黄金柱
高さ15メートル、直径4メートルの石灰華柱。
表面に細かい模様が入っている。すばらしいもので、
この鍾乳洞のハイライトでもある。 Photo_129Photo_130くらげの滝のぼり

Photo_131 Photo_132←空滝                                    いろいろな名前の付いたさまざまな形の鍾乳石がある。

1センチできるのに300年とも聞くと、この偉大さが、
地球の長い営みが
ため息と共に思われる。

良いものを見させて頂いた、という気分になりました。

Photo_136 続いて秋吉台展望台へ。
Photo_133 Photo_134
変わりやすい天気で、晴れ間も見えたり、
突風が吹いて、雨も横殴りになったりで、大変であった。
Photo_137

なるほどこれがカルスト台地か、そう思っていざ退散!
詳しく学ぶべく「エコ・ミュージアム」へ。
雨も関係ないし・・・
秋吉台の事がよくわかって良かった。出る頃には雨もやんでいた。

では 次は「萩」にまいりやす。〈続く)

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山口へ③の2

P1030969_1 雨の津和野に別れを告げ、
途中長門峡などをちらと見つつ、山口へ。
雨は降っていませんでした。
ここへ大阪で仕事の夫が新幹線で駆けつけます。

そこで山口の見てないところで、龍福寺。大内館跡。
本堂
室町時代後期の作で、桁行5間、梁間5間で、屋根は入母屋造り、桟瓦葺。室町時代の代表的な寺院建築として、昭和29年に国の重要文化財に指定されているという。
これが修復中で工事現場見学コースへ。

ヘルメットをかぶり、二階へ上がってみるが、
工事現場とは仕切られており、どこが危険なのか、
どこから何が落ちてくるのか、と思ったしだいであります。

P1030971_1 しかし
大きな屋根を間近に見られたことは
良い経験になりました。
P1030974 近くのP1030976八坂神社(重要文化財)。
入り口にしゃれた木造洋館の写真館。
歴史を思います。

Photo_119 Photo_120昼食を食べて山の方にある龍蔵寺へ。
真言宗の古刹。正面階段前に芭蕉の句碑
ほろほろと山ぶき散るか滝の音

檀家を持たない寺ということでいろいろ工夫している気配が見えました。

観音堂の前にそびえている巨樹イチョウの木は、高さ45m、根元12.7mあり、樹齢は約850年と推定され、国の天然記念物に指定されています。

そろそろ紅葉しているかと思ってここにやって来ましたが、まだでした。

山口もだいたい見たので、夜まで温泉にでも入って待っていましょう。
湯田温泉へ。
足の筋肉痛をほぐします。のんびり昼寝もして、
夜新山口まで迎えに行き、無事合流して湯田温泉で食事、宿泊。(秋芳洞へ続く

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2006年10月 9日 (月)

津和野から山口へ③の1

P1030925朝起きたら雨でした。 P1030929 10月5日
石畳の殿町通り、
中心部を昨日の夜と同じように歩きます。
夜と違ってよく見えますが、
あまり人はいません。
まだ平日ですからね。

雨に濡れた石畳になまこ塀も趣があります。

鯉たちも嬉しそうです。(かな?)
家並みを保存しているのか、普通の裏通りもなかなかであります。

P1030932P1030933 カトリック教会に隣接する「乙女峠展示室」ではキリスト教への迫害の歴史を学びました。
雨だからこそでもあります。 P1030940_1
P1030945 弥栄神社の大きなケヤキ。
この神社は7月の祇園祭の神事として奉納される「鷺舞」の舞台です。有名です。
二羽の鷺に扮し、優雅に舞う舞は国指定無形民俗無形文化財に指定されています。

ここもひっそりしていました。
近くのいちょうの木の根元には
銀杏がたくさん
落ちていました。

P1030947

その先に太皷谷稲成神社

階段登って8分?簡単だね。
でも帰ってから見たネットの観光案内では15分でした。

看板の奥に鳥居が見えます。
階段を上って、少々筋肉痛。 
でも良かったです。P1030950 P1030954 
Photo_118

P1030958 ↑車で行くと階段数段ですが、
この朱色の鳥居のトンネルの趣はありません。
←奥の山に大きな鳥居があります。
ここをくぐって津和野に来ました。

おみやげにお菓子「源氏巻き」を買いました。(続く)

  

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10月4日 宮島から津和野へ②

Photo_114 一人雄々しく?レンタカーやさんへ行き、車を借りて
息子を迎えに行く。
ホテルが見つからず、一方通行につかまりうろちょろ。
無事息子2と合流。
一路宮島へ。

息子も私も三度目の宮島。
ここでの残りは「弥山」に登ること、であった。

下から登る事もできるが
なにせ夜行バスで来た身だから
無理はしない。(なーんちゃって・・・)
ロープウェイ二つを乗り継いで行きます。
しかし今日は暑いです。

Photo_116 Photo_117

あの頂上まで行くのに汗だく。
まっすぐ行ければいいのに
一度下ってから
登るのですから・・・(ブツブツ・・)
人より米俵一つ多く身につけている私としてはきついのであります。ふーっ

P1030846途中には天然記念物の原始林とかがあります。
よくわかりませぬ。

P1030848 着いたか?もう少し、
弘法大師が開基したとされる弥山本堂です。
こちら↓は霊火堂、消えずの火が燃えています。P1030849 弥山本堂の目前にあり、806年に弘法大師が修法を行った際の霊火が、1200年たった今も「きえずの火」として燃え続けているという。平成17年5月5日焼失。平成18年再建されたばかり。P1030855 P1030857           ←三鬼堂 
「日本唯一、鬼の神を祀る古刹で、福徳、智恵、降伏の徳をそなえた霊験あらたかな弥山の守護神。
大小の天狗をお供に強大な神通力で衆生を救うとされ、家内安全・商売繁盛にご利益があります。伊藤博文の信仰が篤くたびたび参籠に訪れており、当時七千円の浄財を出して登山道を整備し、頂上からの景観を好んだとか。」(ふーん)
そこからの眺めはすばらしかった。
P1030862

くぐり岩を通る。もう少しだ。
すばらしく大きな岩が多い。
というのもこの山は花崗岩でできており、
それが風化してたくさんの奇岩ができたのだ。
P1030864 頂上からの見晴らしはすばらしい。
ロープウェイの駅も見える。

一休みして
降りる。
おなかがすいたぁ。


P1030868 P1030898 かき丼とかき御膳?(焼かき付き)を頼む。P1030900_1
P1030901 去年3月母と来た時に寄ったところP1030897_1で。

ビールも飲みたかったが車なので断念。
P1030896 去年見た時より、
厳島神社はだいぶ修復されていた。
干潮で大鳥居のところまで歩いていける。
その大きさにびっくり。主柱の高さ44.5尺(約13.4m)、主柱のまわり33尺(9.9m)、棟の長さ77.8尺(23.3m)という。

P1030910 くねくねと山道を走り津和野へ。100キロ
5時頃到着。
夕食後
夜の津和野を散策、といっても暗い。

中心地を歩いていても
誰もいない。
懐中電灯で警ら中の若いお巡りさんに会う。

←津和野カトリック教会
続く

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旅の始まり①…夜行バス

10月3日
夜行バスで私は一人、広島へ向かいます。
一人旅ですかい?
いえいえ、向こうで合流であります。

夕方旅に行かない息子1からメールで
「今日は早く帰るので一緒に夕飯食べて、駅まで送ります。」とのこと。
毎日遅いのに早く帰れて良かったと思いつつ
食事はお気持ちだけ頂いて
駅までは送ってもらう。
ありがとね。
留守をよろしく。

夜行バスは無事出発し、およそ11時間で広島に着く。
家の最寄り駅から出るバスなので非常に便利。
寝たのか寝ないのかよくわからないまま
(たぶん寝ている。)
福山とかに寄りながらバスは行く。

夜行バスの中のことを書こうと思ったけれど
なぜか忘却の彼方。
8時広島着。

この旅は前にもあったような状況で急遽決まった。
前と違うのは夫までが「その辺大阪で仕事じゃ。行く!」と言ったこと。
かくして
すこしルートは込み入りながらの、のんびり旅になりました。
そしてまた、前に同じく3人で行った「中国(地方)旅行」(これはブログを始める前の旅、広島で出張の夫を拾った。)の穴埋めの旅にもなりました。<②へ続く)

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ただいま!

今朝

無事戻りました。

これより少しずつ旅の模様を・・・

しばしお待ちを。

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2006年10月 3日 (火)

お休み!

P1030657 本日より
留守にしますので、
ブログは少しお休みします。

月曜日に戻ります。
萩津和野あたりへ・・・・・

私は今夜一人
夜行バスで広島へ。そこで合流です。

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2006年10月 1日 (日)

早いんだか遅いんだか。満2か月

P1030707 今日は10月1日、
覚えやすい誕生日で、今日で満2か月。

退院の時に来ていたドレスも身にあってきました。
そんな昨日
ひいばあちゃんも一緒にお宮参り。

早かったのか、遅かったのか。
もうなのか、やっとなのか。
P1030730 「幸運を呼ぶお守り」をいただいて
ご挨拶もすんで
晴れ晴れした顔です。

パパにお話があるの・・・
あのね・・・
「まだ、結婚は早いぞ!」
「ゆるさ~ん!!!」
すぐに空想の世界に飛んで行く私であります。

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