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2006年8月 3日 (木)

「親」というもの

先日娘と実家に行った後、
母が私に、「とても疲れていたようだったから、心配したよ。」といっていた。
また、いろいろ重なって、食欲が無くて、食べずに母の所に行ったら
ヘンな!お好み焼を出してくれた。
これが食べられたのだから不思議だ。
いつまでも母は私の親である。私はまだ頼っている。

そして、だから、当然、私も
まだまだ
30前後になった子供達に心配することはたくさんある。

病院では若い両親が顔を寄せて可愛い子どもの顔をみている
満足げな私のこどもたち。
それを見て帰ってきた。

親ってこういうものなのだなあ。
夜帰ってきた夫に言う。
「親ってさあ、用事のある時に、必要な時に出て行けばいいのだね。」
「それが望ましい良いことなんだよ。」

そうなんだよね。
30年前病院から母に
「あれ持ってきて。それと、あれも。」と
注文していた自分を思い出した。

うれしさは自分たちのもの、だった。
両親の思いは、忙しさには思いが至らなかった。
その分を子どもに返していくのかな。

母にも今頃また夫婦で感謝の言葉を述べている。

今日は
午後から行ってみようかな。
それまでに何か注文があるかもしれない。

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コメント

サンディさん、
お孫さんのご誕生おめでとうございます。
心よりお祝い申し上げます。

今日の記事、次世代につなげていくことの重みを感じさせていただきました。

投稿: robita | 2006年8月 3日 (木) 10時57分

robiさん こんにちは
どうもありがとうございます。
いくつになってもいろいろ学ぶことがあります。
命がつながっていくことの喜びみたいなものも思いました。

投稿: い | 2006年8月 3日 (木) 22時14分

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