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2006年7月の22件の記事

2006年7月31日 (月)

『消えた少年たち』

オースン・スコット・カード 上下巻 26、27

内容(「BOOK」データベースより)
ステップと妻ディアンヌと三人の子供たちは引っ越した町での生活にだんだんとなじんできた。だが、七歳の長男スティーヴィは、転校した小学校に慣れないせいか、沈みがちになって、弟や妹の相手もせずに空想の友だちとばかり遊ぶようになっていた。しかも、ステップたちの家では奇怪な出来事がつぎつぎに起こりはじめる…連続少年失踪事件にゆれるアメリカ南東部の小さな町を舞台に、家族の愛と親子の絆を描きだす感動作。ローカス賞受賞。


家族の物語
読書仲間が「上巻の真ん中まで読んでもミステリーにならないけど・・・」
といっていたが、
確かにそうである。
読み終えるころ、ミステリ、あるいはSFとも実感するのだ。
上下巻ほとんどが「家族愛」の話である。
家族を必死に守ろうとする話、親子の絆を求める話、そのために努力する夫婦の話。
どこにでもきっとあるだろう話。

しかし読み手である私は
いろいろ想像をふくらませミステリの話を考えていく。
しかしその通りにはならない、から、おもしろい。

最終的には
感動的な哀しさも残る物語。

長男スティヴィーにはそこまで・・・との思いが強い。
しかし友達がいるからね。

宗教による規範を持つ暮らしがからむ。

誰でも家族を守りたい、幸せに育ってほしい。
親はそのためにどうしたらいいのだろう。
子どもを信じることと真実を見抜くこと。
親もまた子どもと共に
考え成長して行くのだろう。

このような話の映像を見た気がするが・・・
2003年文庫本1位、90年代100冊の第1位ということだが、面白く読みやすかった。
消えた少年たち〈上〉 消えた少年たち〈下〉

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2006年7月30日 (日)

「餃子」大会!

Gyouza 娘が
餃子が食べたいといい、
大餃子大会となりました。
10袋買ってきたが具が足りなくなって7袋弱になりました。(150個、5人で)
キャベツ1個半、ニラ2わ、挽肉1,5キロ、
これ以上は刻むのがイヤになっちゃうのよね。

餃子にはビールでしょということで
夜に産気づいたら、
運転手になるかもしれない夫君は我慢です。

具がいっぱい詰まった餃子をビールと共に、みんなでおいしく頂きました。

娘もこれで心残り無く、
といいつつ
そうはうまく予定どおりにはまいりません。

さてさて今晩は何にしましょうか。

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2006年7月28日 (金)

畳は新しい方が・・・

Asagao 朝顔も咲き始めた。
涼しかったので娘の部屋を
「物置」から「部屋」への最終段階。
と思ったら、
ついでに押入の奥まで整理整頓。
そこに入っていたものは、結局いらないものばかりであった。

先日長年娘が使っていた学習机を処分したら

Nigauri_1畳の隅が床まで結露で朽ちていた。
早速近所の畳屋さんに電話。
一日で新しいものに一枚だけ変わった。
い草の香りがすばらしい。

畳と何とかは新しい方が良い、とはいうが確かにそうだな。

その香りに刺激されて、大そうじとなった。

こんな時でないとなかなか処分は難しい。
良いチャンスである。
おかげさまで・・・どうもありがとう、である。
ニガウリももうじき収穫できそう。

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2006年7月27日 (木)

待っています。

Sutai 予定日まで
あと8日。

準備万端とは行かないけど
みんなであなたを待っています。

娘が数枚作ったスタイの
胸の刺繍。
可愛いです。Miton
残り布で
ミトンも作っていました。

ちょっと気もそぞろな
家族を
待つ日です。

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2006年7月25日 (火)

とうもろこし

Toumorokosi 私の所にはたくさんのメールが来る。
しかもそのほとんどは
私信ではなく、
宣伝!

その中で気になっていたものが「とうもろこし」
最近自分のとうもろこし好きに気がついていたので、
一度食して見たいと思っていた。
「生で食べても甘い!」というのだ。

人が良いというものは試してみたいと思う。
特に自分の好きなものは・・・
繰り返し来るメールで、買ってみたい、と思っていた時
「10円からオークション」があった。

いつもは送料入れると結構割高になるので悩んでいた。
(3000円程度だった。)
普通スーパーで一本100円でしか買わないからだ。

5キロ、だいたい10本から17本とある。
17本入っていたとして送料込みで1800円なら・・・
そういうことでだめもとで入札。1900円弱で買えた。
上手な人は1500円ちょっと。まあ許容範囲内。

すぐにやってきました。「みらい」というらしい。
数えてみると15本。
やさしいクリーム色でおいしそう。
早速ちょっと生でかじってみる。ジューシーで甘い。
なるほど・・・こういうものですか。

普通のより
ジューシーであることは確実。甘みもある。

かくして母にも届けず(忙しかったからね)
3日で15本完食。
ゆでて、蒸して、焼いてじゅうぶん堪能いたしました。

今度はスーパーで普通のを買って確かめて見ねばなるまい。
     (まだ食べる気かい?)
比較しないとね。

私の結論としてはたぶんこのようになるだろう。
送料がなかったら買うけど・・・
高かったらスーパーので良いかな。
スーパーにあったらな。

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2006年7月24日 (月)

夏祭り!

Bonnodori 週末は地域の夏祭りだった。

午前中から用意をし、
夜10時まで、御神輿、夜店、盆踊りと盛りだくさん。

昔は子供がいっぱいだったこの地区も例外にもれず高齢化。
すんでいる子供少々に、やってきた孫という感じ。

久しぶりの盆踊りも練習のかいあって?楽しかった。
3時間半踊るのはさすがに無理、途中休憩してビールなど頂く。
その後の踊りも太鼓の手もビールが入っているので違和感なく進む。
浴衣姿で踊っているのはなかなか素敵。
いつかは私も・・・そんな気になった。
日本人かな。
5,6人の外国人の方がバス待ちをしながら見ていたので、
時間があったら一緒に踊れるのに、と思う。

高校の和太鼓部の演奏もあって、
久しぶりのライブに心も弾む。すばらしかった。若いパワーだな。

翌日も早朝からの片づけ。
みんなすごいな。
ねぼすけのわたしはやっと起きていく。

盆踊りで足がちょっと痛い。
遠くまで踊りに行くということを聞いたことがあるが、
それもありかな、とおもう盆踊りの雰囲気でした。

みんなで輪になって踊る、これが良いのかな。
夏第一陣終了。

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2006年7月21日 (金)

どんぶり祭り!?

先日大々的にやった焼き肉の材料が余ったので
それを使って
「どんぶり祭り。」

Donn1Donnまずは定番の今回メインの「牛丼」(写真を撮るまもなく、無くなった。)
それからカルビで「焼き肉丼」(写真左)
ついでに今回初挑戦の「オイルサーディン丼」 (写真右)
オリーブオイルでニンニクを炒め、そこにオイルサーディンの缶詰を丸ごと入れて、火を通す。最後に醤油をたらしてできあがり。ご飯の上に海苔、ネギなどとトッピング。なかなかおいしかった。フライパンの上で直に箸で小さくしたのでちょっと形が。(詰めが甘いのだ。)

丼ぶり用の薬味は人によって好みがあるので、
各自自由!

のり、しそ、ネギ、紅ショウガ、キュウリ、さらしタマネギ、いりごま、などを用意。
おまけでホタテとこんにゃく丼用にも作ったけれど、煮物として食べられてしまった。

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2006年7月20日 (木)

かねお

Kaneo 我が家の狭いリビングに金色の大きなボールが転がっている。
バランスボールというらしい。

長らく息子2が「買ってあげようか。」というのに
「いらない!狭くなるから。」と返してきた私。
断り続けていたが、7月になってやってきてしまった。

金色の大きなボール
テレビを見ながら座っているだけでも良いらしい。

息子の付けた名前は「かねお」おそらく「金男?」
娘や婿も夫も
結構プニョンプニョンが気に入って座ったり足を乗せたりしている。

誰もさわっていないと、風に吹かれてうろちょろもする。

テレビでもボールを使った体操をしていた。
私の通うソフトエアロビクスも2時間目はボールを使っている。
私はなかなか友達になれないが、
来てしまったからには仕方ない、
少しずつ親しんでみましょうか。

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2006年7月18日 (火)

『めぐり逢えたら』『めぐり逢い』

何度でも見てしまう映画がある。
結果がわかっているから安心なのかもしれない。

「めぐり逢えたら」テレビでやっていた。3度以上見ている。 14
トム・ハンクスとメグ・ライアン、そしてノーラ・エフロン監督の黄金トレンディ・トリオによるハート・ウォーミングなラブ・ストーリー。
妻を亡くしたショックからいまだ立ち直れないシアトルの建築家サム。そんな父のことを8才の息子がクリスマス・イヴのラジオ人生相談番組で電話で話し、それを聞いていたボルティモアの記者アニーは、婚約者がいるにもかかわらず、サムに興味を抱き始める…。

   はるか遠くにいるふたりが、運命の糸に手繰り寄せられていくかのように接近していくさまが、クラシカルな雰囲気を漂わせながら、好もしく描かれていく。エンパイアステート・ビルのくだりなど、純粋なリメイクというわけではないが、レオ・マッケリー監督の作品『めぐり逢い』を相当に意識した作りにもなっている。アマゾン説明から

そして完璧にこの映画の底流を流れている「めぐり逢い」(1957)
デボラ・カーとケーリー・グラント。

  画家のニッキーは、ヨーロッパからの船旅で歌手テリーと知り合う。2人は再会を約束するが、テリーは交通事故に遭い約束を果たせなかった。そしてクリスマスに、ニッキーはテリーを見つける…。
   トム・ハンクスとメグ・ライアンのヒット作『めぐり逢えたら』の下敷きとなった古典的メロドラマ。ニッキーをケイリー・グラント、テリーをデボラ・カーが演じ、世界中の女性の涙を誘った。
   監督はレオ・マッケリーで、この作品がすでに彼の「邂逅」のリメイクである。テリーという女性と知り合ったことで、画家としてがんばることを決意したニッキー。だがそのテリーが約束の場所に現れないことから失意の月日を送る。しっとりとした大人の味わいのあるラブストーリーだ。
アマゾン説明から

これがまた自分の作品のリメイクである。主演のシャルル・ボワイエとアイリーン・ダンの魅力と演技が評価される邂逅(めぐりあい)(1939)が元になる。
ヨーロッパからアメリカへ向かう豪華客船の中で出会い、愛を誓ったミッシェルとテリーは、6ヵ月後にエンパイアステートビルの展望台で再会することを約束した。メグ・ライアンとトム・ハンクスの『めぐり逢えたら』のモチーフとなったラブロマンス。

その後1994年にもリメイクされている。

古典的なラブロマンスすれ違い「君の名は」的ドラマ。
しかし最後はハッピーだから、人は皆心地よい感情に浸れる。
「めぐり逢えたら」の方がより軽くハッピーであるからして
現代人の方があまりどん底にいかずにハッピーになりたい気持ちを映画に求めたのかな。

「邂逅」「めぐり逢い」の方がやきもき、切なさは多かった。

何度もリメイクする、万人に受けるテーマだから?
ちょっと安易とも思うが
それをしかも何度も見る私はなんだ?
映画やさんの商業主義にすっかりはまってしまう平均的な人間。

人は皆、いろいろな人にめぐり逢い、豊かな人生を送りたいと願っているのだ。
私もまた、これからも素敵な人に「めぐり逢えたら」いいな。
                
男女問わず・・・ね。


めぐり逢えたら めぐり逢い 邂逅(めぐりあい) めぐり逢い

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2006年7月17日 (月)

盆踊り

地域の夏祭りまで一週間。
盆踊りの最終練習があった。

2時間踊る。
冷房の室内でも汗をかく。
良い運動だった。

炭坑節東京音頭などは
何年も踊っていないが何となくわかるから不思議だ。
さすが人生60年にもなると、こういう引き出しも溜まっているものだ。

そしてこの地域の○○音頭。
小学校では全員で運動会に踊る。
子供が3人いれば3年は役員で踊る。
あれからもう15年以上?なのにこれがまた自信たっぷりに踊れたから不思議。
懐かしさと踊れたうれしさ。

音楽に合わせて踊るという作業?は人間の最も原始的なもの、と聞いたことがある。
確かに人間の本能に直にぶつかってくるものかもしれない。

世界中どこでもあるものね。
私もロックのコンサートで踊るのが大好きだった。(一応、過去形にしておこう。)

盆踊り終了後、 どってーんとひっくりがえって、お休みしたのは言うまでもない。Tukune
KyuuritukemonoTomatoni写真は夕食の一部。
左から友人つっさんの料理に刺激されて作った豆腐、しそ、タマネギ入りつくねとオクラのあんかけ。薄味に出汁で煮てとろみをつけた。

婿の実家から野菜が届いたので、定番のキュウリとしその即席漬けの他に、甘酢にラー油のピリ辛漬けもできた。
それから夏野菜と鶏肉のトマト煮。

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2006年7月15日 (土)

母の後を生きる

30年前
子供のおむつを替えた時、ふと思った。
「母もこんな風に私を育ててくれたんだ。」
そして遅まきながら親に感謝した。その瞬間を覚えている。

そして今
娘の初めての出産に際しても思うことは多い。
自分はどうだったのだろう、振り返り、
その時の母はどうだったのだろう、と考える。

母が私にしてくれたように、
そんなことはできるのだろうか。
そんな想いをいろんな人と話す。

そんな中で心に残ったある友人の話。
娘さんの出産後の手伝いに行っていたとき、
娘さんの言葉に傷ついたことがあったという。
しかしそれでもそのあと
娘さんの家族の食事の支度をして
何も言わずに帰った。
その帰りの車の中で、涙が出て止まらなかったという。

娘にあごで使われたからではない。
自分も数十年前に自分の母に同じようなことを言い、したことを思い出したからだという。

「あぁ。私も同じことを母にしてきた。そして母はその時何も言わなかった。どんな気持ちだったのだろう。」
その時の母のことを考え、
母に申し訳ない、すまなかったという気持ちから、涙が次から次へとあふれたのだ。
話を聞いただけでその様子が思われる。気持ちがよくわかる。
そして彼女の母は既にない。

私の少し先を行く人生の先輩であるその友人は私に言った。
「あなたはお母さんがいらっしゃるのだから・・・」

うん、わかってる。
自分がその立場になった時、
よくわかる。母のこと。母がしてくれたこと。

してもらったからするのでもない。
してもらわなかったからしないのでもない。

ただ、自分をその状況に当てはめて
どう生きていくか、考える指針ではある。

いくつになっても
母は母で私はそのあとを生きていくんだなあ。
そして、その後ろを新米母になるべく娘が歩いてくる。
それを見守りつつ、母の背中を追って行こう。

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2006年7月14日 (金)

害虫退治②

蜂のその後報告です。

市役所の人は午前中に見に来てくれて
派遣した夫は
「やはりスズメバチの一種のようなので時間を決めて業者を派遣します。」
という説明には間に合った。

Hati その後
母から電話で、「今日午後から退治に来てくれるって。」
素早し!!○○市役所。
慌ててゴルフ練習の夫に電話、実家へ回ってもらう。再派遣?

夫が着いた時は
「もう終了しました。穴もふさぎました。
外に出てた蜂がわたしのおうちはどこじゃろか、ってうろうろするかもしれませんが、
ふさいだ穴が開いていたら連絡下さい。」(こんな内容の話だっHati1 た。私の脚色。)
という報告があり、
残念ながら、退治中の様子は見られなかったという。

翌日私の見るところ、穴はふさがっていて(直径3センチぐらい、蜂も一度に二匹は入れず一列に入っていった位の穴。)
立てかけてあった脚立に蜂の死骸が・・・
   あなたに憾みはないけれど、母も3度目になっちゃうとね。   成仏して下され。
ものすごい種類があるらしいがやはり「黄色スズメバチ」の雰囲気。 乾燥しているが体調3センチぐらいかな。

そしてその日、実家に行く前に私は家の害虫退治に「バルサ○」を仕掛けた
これがまた大変。

本日からお産で帰ってくる娘は虫が大大大の苦手。(特にごきちゃん。まあ好きな人はいないと思うけどね。)
生まれてくる赤ちゃんのためというよりも・・・である。
しかーし、母ならやらねばなるまいぞ。(もっと早くやれ!っていう話もある。)
朝早くから片づけて、覆いをして、締め切って、いつもより薬を多めに仕掛ける。
さっと出るのにも大汗だ。
最後の一個を仕掛けて、振り返ると奥からは激しくもくもくと煙。
慌てて玄関の鍵を閉めてから
「あれ!火災報知器はどうだっけ?」(確か注意書きにあったが、忘れたのだ。)
不安になるが開けてもいけない、煙はもうそこまで。
玄関の前で報知器のベルが鳴るか待っている私。ドジな姿だなあ。

それから管理事務所に行き、
「バル○ン程度なら大丈夫ですよ、もし鳴ったらそう言っておきます。」
「お願いします。」
車を走らせながら、いろいろな注意書きが頭をよぎる。

紙などが被さると発火するともあったなあ。
上にかぶせた新聞紙が落ちてきたら・・・本物の火事になって、
火災報知器が鳴って、
しかし管理人さんが
「大丈夫です、あれはバル○ンですから。」
(ひえーっ、そんなことになったら、「娘さんがお産で帰るっていう日にねえ・・・」とんだ笑い者だ。娘もショックが大きいだろう。私の頭の中はどんどん話が進む。しかし車は実家へ進む。)

そんな不安も
すぐ忘れ、母の病院から帰り、実家でお弁当を食べて
「我が輩は主婦である。」を見ながらアイスを食べて
しかしいつもよりはそそくさと帰った。

家の周りには消防車もなく、
ドアを開けると何だか白っぽい廃墟のような空間が見えた。
それから娘が帰るまでに
汗だくで拭き掃除。
やれやれ。
「これでも出たら仕方ない。」
とは帰ってきた娘の弁。
そう言わせただけでもやってよかったな。

今日の教訓?
①市役所!お主もなかなか迅速ですなあ。ありがとう。これで無料でした。
②バル○○は火災報知器には反応しない。

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2006年7月12日 (水)

「蜂」騒動記①

土曜日蜂に刺された妹の事件後。
風呂場の窓の下の板塀の中に蜂が入っていくのを発見。
巣がある。
何の蜂だ???

一応ドラッグストアで「蜂退治の薬(直撃噴射?)」を買ってかえったが、
少し不安になりいろいろ調べてみる。

ネットで調べると怖い「スズメバチ」ではないようだが、
みんなの目はいろいろで、ああだこうだ一致しない。
ある者は「黄色スズメバチ」かもしれないという。
さらに市役所のHPで見ると、スズメバチは業者に頼んで駆除してくれるらしい。

月曜日に市役所衛生課に電話してみる。
かくかくしかじか・・・(おばさんの話は長い。)
「刺された方はお医者に行かれましたか。」
「いえ、アンモニアを付けたので。それに食欲もあったようなので。」
  (果敢にもそのあと焼き肉を食べていた妹、さすがだ。)
アンモニアは蜂には効きません。刺されるとショックで死ぬこともありますから。」といわれ、慌てて妹にも「医者に行け!」と電話。
「一度目は大丈夫でも、2度目、3度目が怖いのです。」
母はもう二度も刺されています。」
「一度見に来て頂けるとありがたいのですが。」
「巣があるか確認して下さい。蜂が出入りしているかどうか。」
え?見に行くんですか?
「あまり近くには行かないで、影ながら見て下さい。」
 (この「影ながら」にちょっと笑ってしまった私。)

K0180 母に電話すると折り返し報告があった。
早速見に行って、巣があること、大きそうな蜂だったこと。
再度、生活課?に連絡して
水曜日に確認に来てくれることになった。ありがたや。
午前中受話器を握りっぱなしであった。

優しい母は水道などの検査の人のために、
「蜂に注意」と注意書きをおいてきたという。
危ないから、3度目だから行かないで、電話で叫ぶ。
さて、あれは何蜂でありましょうか。

今日午前中に市役所の人が来てくれる。
「我々もプロではありませんが、皆さんよりはたくさん見ているので・・・」ということだ。
ちょうど出張から帰った夫がいるので、派遣!(続く)

みつばちハッチはかわいかった。マーヤも。

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2006年7月11日 (火)

仕事の前に・・・

Kappu_1 自治会の夏祭りのポスターやプログラム作り。
生まれてくる孫の産着。合間にちょっと仕事。
これを今からやる(つもり)。

しかーし、ちょっとその前にこーひーたーいむ!
(すぐこれだ!)
Kappu1 カボチャプリンと一緒に。

お気に入りのカップは以前に
オークションで買った
「England Staffordshire CROWN TRENT」 アスチルベのような、ピンクの花がかわいい。
(「アスチルベ」ってどういうなまえでしょう。最近なまってる私にはちょっと受けました。)カップシリーズ6 (5へ)(7へ
Mado3 カップの収集は終了したけど、久しぶりに顔見せです。

ふと見ると、お気に入りのまん丸い花もいよいよ終わりかな。
  明日あたりまで? (あすちるべ?)
花束の時はつぼみで、今は一つ一つの小さな花が満開。
直径10センチ以上ある。

これからはこの花だけ買ってきてこんな風に挿してもいいかな。

ネギ坊主といい、こういうよく見ると小さな花ががんばっているのが、好きだなあ。
アリウム」の一種らしい。
これは別名「ハナネギ」というのでネギ坊主好きは同じことだった。

さあて、コーヒーも飲んだし、
プリンター動かしながら、型紙を切りましょうか。

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2006年7月10日 (月)

我が家の週末

Hanataba2  出入りの多い週末であった。

娘が出産前最後の結婚式が横浜であるので、(もう臨月ですが)金曜日帰って来た
息子1は土曜日朝早く若狭の方へ旅に出かけた

息子2が提案してくれたので
土曜日は娘が出かけた後、実家に行って焼き肉を食べた。 「おばあちゃんも娘の60のお祝いは祝いたいかも。」というので。
Hana_2 ところが母は「もう十分祝ってもらったんでしょ。」と冷たい。
「はい。」母からもお祝いは頂きましたし。
で、何でもない単に一緒の夕食でありました。豪華焼き肉でしたけどね。

焼き肉も佳境に入ろうという夕方
妹夫婦がやって来て
妹が裏庭?で蜂につかまり、刺されたらしい。
たっぷりのアンモニアを付けて腫れも引いたようであった。
襲われた恐怖は大変だったらしい。
どうやら巣ができているようだ。

家に帰り、私は自治会の集まりに行き、その後
結婚式からかえった娘も加わってさらに宴会?
楽しく語らう。

Wainn_1 翌日曜は
娘がいったん帰り
夫は金沢へ出張に出かけ
残った息子2と私の二人
夕食は私が炊きたてのおいしいご飯を用意し、
息子2が牛肉の野菜炒めとコーン入り卵焼きを作り、
取れたてのキュウリを甘味噌で
そして赤ワインを飲み、
良い気分で今日も終わり、
そして夜中近くに息子1が若狭の地酒を土産にかえってきた模様。
夫からは無事着いたとのメールが来ていた
結局私にとっては宴会、食べ続けの週末であったということでありますな。
(よく見ると小さな花の集合体がとてもかわいい。素敵だ。リビングとキッチンに。大きくしてみてね。)

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2006年7月 7日 (金)

なす

キュウリに続き、Nasu3 Nasu2 Nasu Nasu1 なすも収穫した。二個。
食べるには買った方が安いとは思うけれど、
花が咲き、
小さな実が付き、
それが大きくなって、
なす紺色に染まっていく様は楽しい。嬉しい。
自然は偉いなあと思う。
写真右上のなすで全長3センチ。

なすを食べることももちろん大好き。
料理法もいろいろあります。和から洋まで。
聞けば原産国はインド、奈良時代に日本へも。世界中で利用されている「なす」であります。
この貴重ななすをおいしく食べるために「ぬか漬け」復活!
おいしくできるかな。

「なせばなるなさねばならぬなにごとも・・・・」(関係ないか。)

そういえば今日は七夕ですね。昔はやりました。
「みんなが元気に幸せに暮らせますように」がいつも私が書く短冊でした。

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2006年7月 6日 (木)

出てきた昔の・・・

Mado_3  部屋の奥にしまい込んであった作品?が出てきた。
5年ほど前(かな?)、友人の指導のもとポシャギを作った。
そのあと思いついて、ハンカチやレースなどをつないで、ポシャギ風に作ったものだ。
片づけは良いことだな。(今頃気づいたのかい?)

窓にぴったりなので掛け替えた。
日差しが入るとなかなか趣がある。布によって透け方が違うから。(で、日差しは?)
裁断もてきとーなのでよたよたはしているけれど。Mado2_1
Hanataba1_1 もらった花たちも元気です。

ビデオの片づけ中に見た映画
「Mr.(ミスター)3000 」

アメリカ、2004年。13
アメリカらしい「はっぴーこみかる」野球映画。
3000本安打で殿堂入りを願い、引退してしまった主人公。

ところがミスで3本足りなくなり、10年後47歳で再挑戦。
弱いチームでがんばり、心を通わせるという、
良くある話じゃないかぁ。(このあと「こいびぃーとにふられぇたの♪」が口をついて困った。この歌をしらない人もおおいかなあ。)
でもコミカルで音楽も良く楽しかった。ミスター3000はミスター2999となり、無事殿堂入りも果たし幸せになるのだ。

Mr.3000 特別版 DVD Mr.3000 特別版

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2006年7月 5日 (水)

『ジェイン・オースティンの読書会』

ジェイン・オースティンの読書会 Book ジェイン・オースティンの読書会

著者:カレン・ジョイ ファウラー
販売元:白水社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


雨の朝、図書館へやっと読み終えたこの本を返しに行かねばならないが、どうしよう。
私の入る傘がない???などと言い訳。

原題 The Jane Austen Book Club 25

ジェインオースティンの作品を読むグループのメンバーをめぐる小説。
読書会6人の仲間で各家をまわって6冊の本を読む。
一冊ずつ読み語り、読書会を進めながら
それぞれの人生が読者に語られていく。

それぞれのメンバーが一冊の本になっても良いような興味深い人生。
それが淡々と語られる。
その方がかえって印象が強く、想像力が働くのかもしれない。
怒濤のような深い感動とは違うけれど、たくさんの面白いエピソードがこめられている。
そのどこに引っかかるかは読み手次第。

ジェインオースティンの作品自体についてはさほど語られていない。(気がする。)

良い伴侶に恵まれた女性の母は
無かったことをさもあったことのように話して子供を育てた。
誕生パーティでさえ、盛大に行われたことにしてしまうのだ。
このブルーディーの子供のころの話は面白かった。

お喋りなおばあさんはむかししゃべることを止められた政治家との結婚があった。
結婚は何か身を削ってするもの、という。

母子の関係はあちこちにある。離婚した母はまた元に戻り、
娘は愛人である女性の元に帰る。
愛で結ばれていると思った彼女であったが・・・

唯一の男性グリッグは姉妹の中で愛されて育った。
エマに似ている縁結びの好きなジョスリンもまた・・・

それぞれのオースティン。人間が異なるように、住む家も生い立ちも、出されるお茶も異なる。
そこから自分なりのオースティンを探すことも可能。7人目のメンバーとして。

しかし、
何せ「高慢と偏見」を読んだが,その他はほとんど無知の私。
息子の感想「昔の恋愛小説」に「そうかもねえ。」と言うだけの私には
オースティンの作品に愛着を持つメンバーとは同等に語ることはできない。

最終的にはみんなそれぞれ相手ができ、前向きに進んでいく流れは
「オースティン」である。

最近「高慢と偏見」も新しい訳本が出て、それはホントに一般的通俗的恋愛小説にできあがっているらしい。
もう一度挑戦してみるか、ってそれでオースティンの良さはわかるのか?

筆者も読んだことのない人にもわかるようには書いているようだが、
やはり知っていた方が面白いかもしれない。
細かい設定や言い回しなど。

あちらの「読書会」は学生時代に我々が経験したようなものではないらしい。
本を片手に、自分たちのことを語り、お茶を飲み、仲間になるという社交サークルに近いもののようだ。

文頭の「私たちはそれぞれ、自分だけのオースティンを持っている。」が印象的。
そして結論は「愛することを学ぶという習慣こそが、大切なのです。」

私は1人読書会をするべく?紙を挟みながら、読み進んだ。
 少々時間がかかってしまった。上滑りの1人読書会であった。反省。

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2006年7月 4日 (火)

楽しい宴の後

Photo_108 友人たち6人が来た。
いつもの仲間だが、家には久しぶりの来客。
写真はみんなが帰った後のテーブル。

優しい人達なので
「あなたは部屋を片づけなさい。」ということで
お弁当やケーキを買って来てくれた。
どうもありがとう。

私の用意したものは飲み物と食器
そして簡単にできる「キュウリとしその即席漬け、ニガウリのおひたし、かに缶のサラダ、そして前から作っておいたきゃらぶき、干し椎茸と昆布の煮物」だPhoto_109

次回からはもう少し料理もするからね。
しかし無理はしないようにしましょう。
人それぞれだからね。

昨日息子から「赤ワイン」(なんと言っても還暦ですから。)を12本もらったので、
それを飲んだ。

どれも優秀なワインばかりで
無造作に取ったものも「おいしかった」
飲むのが惜しいが、飲まねば良さはわからない。ジレンマ。

これからもお祝いのたびに飲みましょう。

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2006年7月 3日 (月)

幸せな宴の後で

Photo_106 「近代日本に入るまでは日本人の寿命は50年くらいであったと言われています。
人生50年と言われていた昔には、60年生きることは長生きの部類に入っていました。60歳まで生きること自体が珍しかったのです。

そこで、十干十二支が一回りしてまた生まれた年の干支と同じになる60歳を長寿のお祝いとして祝うようになりました。長寿のお祝いとして祝われるようになったのは室町時代の末頃からで、江戸時代には一般的な長寿祝い行事が定着しました。

還暦祝いは、昔のように長寿のお祝いとして行われるよりも、新たな人生のスタートという気持ちを込めて区切りの誕生日祝いという形でお祝いする方が増えています。」ネットより。

昨夜は豪華な食事に、家族からたくさんの超超豪華なプレゼントをもらい、あまりの主役ぶりに、私はもしかしてもう残り少ない人生なのでは、と疑うほどでありました。
どうも自分のことは照れますなあ。

しかし
暦が戻る、最初からのスタートと言う言葉は良いものです。

心を入れ替えて
新しい心でまた歩き出しましょう。

皆様
これからもよろしくね。

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2006年7月 2日 (日)

かんれきっ!

今日は私の誕生日

ひできかんれきっ!(??)

これから手巻き寿司パーティーであります。

ではまた

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2006年7月 1日 (土)

電話探し

昨日の「母の電話待ち」にはおまけが付く。

翌日出張に出かける夫から、
「お片づけ中申し訳ないが、携帯を忘れたので駅まで届けて。」
と電話。

気安く返事をしたものの
携帯が見つからない。
充電器の上にないのだ。カバンも机の上も探したが、無い。

鳴らして見る。
鳴らない。

半分くらい「持っているカバンにあるんじゃないの。」と疑っているものだから
鳴ればわかるでしょうに。
ところが、鳴らない、お留守番サービスにかかってしまう。

もう仕方ない、
駅まで車で「無いよ。」と知らせに行く。

一緒に家まで戻って、取りに行く夫。
ところがなかなか出てこない。

やっと携帯を持って出てきた。
夫も探したらしい。
昨日母の電話を待ちながら
家の電話には母からかかってくるとおもって、
わたしには携帯で電話をかけてきたのだ。
そして、その携帯を安心してテーブルの上にぽんと置いたまま。
電話は片づけ中のテーブルのごみの山に埋もれていったらしい。

また駅まで送って来た。

片づけの意欲がどっと消えていく。
まあ、何かしら理由を付けて無くしたい気分なのだけど。

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