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2006年5月 2日 (火)

『祖国とは国語』藤原正彦

新潮文庫 2005,12 22
内容(「BOOK」データベースより)
国家の根幹は、国語教育にかかっている。国語は、論理を育み、情緒を培い、すべての知的活動・教養の支えとなる読書する力を生む。国際派の数学者だからこそ見えてくる国語の重要性。全身全霊で提出する血涙の国家論的教育論「国語教育絶対論」他、ユーモラスな藤原家の知的な風景を軽快に描く「いじわるにも程がある」、出生地満州への老母との感動的な旅を描く「満州再訪記」を収録。

目次
国語教育絶対論
(国語教育絶対論、英語第二公用語論に、犯罪的な教科書、まずは我慢力を、産学協同の果ては ほか)
いじわるにも程がある(お茶の謎ギーギー音、ダイハッケン、科学は無情、ネギよ来い ほか)
満州再訪記

ベストセラーとなった『国家の品格 』(新潮新書)に続く藤原先生の文庫本。後半のエッセーもさすが面白く読ませる。特に、教授と奥様そして3人の息子さん達との会話など、思わずほほえんでしまう。

表題の「祖国とは国語」では、巷間よく言われていることだが、「そうそう」「なるほど」と頷きたい、メモしたい文があちこちにあった。

robiさんのブログでも愛国心について書かれていたが、昨今いろいろ考える。
考えるが、土つぼにはまり、長くなり、しかもとりとめが無くなりそうなので、ここでは止め。
気持ちの部分での感想のみ。
兎にも角にも愛国心は教えられこそすれ、決して強制されるものではないと思う。
(教えられる…いつどこで誰に、も重要なのだと思うが。ふとした瞬間なにかの拍子に気づく、そんなのが理想だなあ。)
自ずからそういう気持ちが湧き出でない国こそ悲しいものだ。
そしてこの国で生まれた誰もが、どこかで表には出ないが郷土を愛する気持ちはあると思うのだ。それがよその国との比較であるにせよ。
それを上から一つの言葉で決められることのほうが怖い。
しかも心は縛られない。

この議論でおそれられているのは「教える」ことが「強制」になって
異論を認めない流れに走ることなのかもしれない。

作者は愛国心とは言わず「祖国愛」という。
「愛国心」の名の下に走った過去との区別である。
本書にあるようにパトリオティズム(祖国愛著者)とナショナリズム(国益主義同)の違いもそれぞれ認識しなくてはならない。(PP.9093)国益主義もあながち否定されるものでもない。
それを踏まえた上で「自分の生まれた国を愛する気持ち」をもてる国になりたい。
国とはその国の人々の集まりだというならば。

一つの言語集団が国の形である我が国はまさに「祖国とは国語」である。
いつの日かどんな言語であれ、心を通わせることができる地球人としてのまとまりを夢見るのはロマンチストすぎるのかな。

まずは国語である日本語を十分に習得して、同じ言葉での心の交流を。

 『母国語の語彙は思考であり情緒なのである。』
 『情緒の役割は…。人間としてのスケールが大きくなる。地球上の人間のほとんどは、利害得失ばかりを考えている。…本能でもあり、仕方ないことである。脳の9割を利害得失で占められるのはやむを得ないとして、残りの1割の内容でスケールが決まる。ここを美しい情緒で埋めるのである。』
 『知的活動とは語彙獲得に他ならない。』
 『国語はすべての知的活動の根幹である。』
 『国語の基礎は文法ではなく漢字である。』
 『読書は教養の土台だが、教養は大局観の土台である。』
 『大局観なくして長期的視野や国家戦略は得られない。』

国語教育の中でも「読む」「書く」「話す」「聞く」は「20対5対1対1」ぐらいだと作者は言う。
新しい指導要領は「読み書き」から「話す、聞く」に移っているようなのも間違いだという。その点で寺子屋は本質を見抜いていたともいう。数字はともかく、なるほどと思った。

まずは国語を大事にすることから始まる。
そのためにも大いに本を読み、語り合い、文を書こう。  だな。

祖国とは国語 祖国とは国語

著者:藤原 正彦
販売元:新潮社
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コメント

いちさんはよく本を読んでますね。関心と同時に羨ましいです。夫の介護?で
読書の習慣が壊れました。

藤原正彦さんて新田次郎さんの息子さんで数学者でしたよね。以前「若き数学者の悩み」読みましたがユニークな感じの人を想像しました。まだアメリカで大学教授しているのでしょうか?
読むことの尊さは鈴木健二アナの持論、そうかもしれませんしそう有るべきですね。私も考えないと・・・

相模原は夫の妹が住んでいます。連れ合いが亡くなり一周忌が済みました。
陸郷は池田町の夢農場(ハーブ園)の周辺と言ってもいいのでしょうか?
又機会がありましたらご一緒しましょう。(私は運転自身ないのでお願い)美術館からの眺め本当に素晴しいですね。休館の時木陰で読書している人いますよ。

投稿: nogiku1 | 2006年5月 2日 (火) 20時51分

こんにちは、のぎくさん
そうでした。新田次郎さんの息子さんでしたね。
そうでしたか。それでブログを?
ご主人様は具合はいかがですか。介護?
そうか、一緒に光城山に行かれたのでしょう?
どうぞ無理しないで、できることをなさって下さいね。
読書などこれからもできますから、少しのんびり心を休めて・・・
代わりに私が・・・?そういうわけにもいかないですね。
こちらにも法事だったのですね。
そうそう、あの美術館はあそこからの景色の絵が多かったです。
信濃富士でしたっけ?
中には一回だけ入りました。あとは駐車場当たりのみ。
今でもあの景色は良い思い出に強く残っています。
のんびりと、いつか行きましょうね。おいしいものも食べて。
無理のないところで、また声を聞かせてね。

投稿: い | 2006年5月 2日 (火) 21時54分

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{/new_bk/} 試合前の予想通りの結果に終わった。TV中継は当日二試合目のライヴ放送であって、同時刻にはシュトュツガルトでオーストラリア対クロアチア戦が開かれていた。一試合目のイタリア対チェコ戦後に、ブラジル戦がライヴ放送になると言う事でこれを観る事とする。 第一部の放送が一旦終わり第二部までに時間があったので、散歩に出かけることとした。雲が彼方此方に浮かぶような青空だが、夕方の日差しは手ごろでTシャツにセーターを羽織ろうか�... [続きを読む]

受信: 2006年6月25日 (日) 20時19分

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