« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »

2006年5月の26件の記事

2006年5月31日 (水)

お散歩の親子

Karugamo_2 先日行った公園の池に
カルガモの親子がいた。

周りには
人間の親子がたくさん集まって
それを見ていた。

のどかで幸せな風景。
平和な時間。

Okako Oyako2

Koueinn2

       もちろん親子連れだけではない、
熟年のご夫婦も散歩中。

皆さん良い時間を過ごしていますね。

お金をかけなくても心豊かな時間はあります。
見ている私も幸せ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月30日 (火)

映画『真珠の耳飾りの少女』

真珠の耳飾りの少女 通常版 2003年 イギリス・ルクセンブルグ 100分  10
 公開時に興味があったのだが見に行けなかった。BS iで見た。
公開前の2000年に「絵」が日本にやってきて大好評だった。

17世紀オランダの天才画家フェルメールの肖像画をモチーフにしたベストセラー小説を映画化。
名画「真珠の耳飾りの少女」(青いターバンの少女)のモデルとして描かれる主人公グリートを演じるのは『ロスト・イン・トランスレーション』のスカーレット・ヨハンソン。

フェルメールの絵にそっくりで、なお美しいヨハンソン。
その映像には驚いた。
17世紀オランダを再現した美術や衣装もすばらしい
 
全編が光を効果的に取り入れた美しい絵のようだ。
画家達が心を奪われた光を制作者も効果的に使っている。
光の使い方がすばらしい。
差し込んでくる光で違った色に見える部屋、光が当たってアップになる襟、
あちこちにどこかで見たような絵画の構図が美しい色合いで出てくる。
主人公だけでなくその他の人物もこれまた絵のようで、
小道具までが絵のように計算されている。 
こだわりが伝わってくる。

どうも感想が「絵のよう」とはいかがなものかとはおもうが、
本当に有名な絵画を思わせるのだから、なんともである。
映画は映像が基本なのだなあ。

Hidariue_1 話の筋は情緒的で大きな波はないが
だからこそ目で見た映像が心に残る映画だった。
小さな仕草に官能的な匂いも漂わせる。めざしたものは絵画的映画。
画集なのかもしれない。

この絵は今でこそ彼の代表作だが、彼は寡作で、19世紀に認められるまでは埋もれていたらしい。
Hidarisita_1 Migiue_1 どこまでも映像が心に残る作品だった。

映画のHPから拝借してきたポストカード用など。

最近美術館にご無沙汰だなあ。


もう一つ
「真夏の出来事」
1996年米国93分 11
ラブサスペンスとあったがどうなのこれ・・・っていうかんじ。
キャメロンディアス他。最後はブラックで終了。見てしまった、という気分。
気持ち悪いところはないので☆二つ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月29日 (月)

広報部

今年は地区の役員。
順番なので回ってきたときはできるだけがんばる。
しかし、まあ、役員決めの時集まった顔ぶれを見ると
これがまた高齢化社会の縮図。

まあ、みんなができることをやるしかないね。
今年は広報部。しかも実働ひとり。

6月に出す新聞作りで、あわただしい。
いつもワードはつかっているが、紙面作りはどうかな。
一応、Photo_55 図書館で簡単なワードの解説本を借りてきて作り始めた。

で、何とか最終ページまでできた。
もう少し記事を書いて終わり。
イラストや写真も入れて・・・
このページは少々詰め込みすぎの感があるが
仕方ない。
用紙は決まった大きさである。

これはサークル紹介ページ。
え?よく見えない?
  それで良いのだ。

プリントスクリーンで画像化。印刷はまだまだです。

とにかく、
また新しいことを覚えられた。
おそらく、絶対、覚えた分以上に前のことが頭からこぼれ落ちてしまっただろうが。
それも仕方ない。
必要ならばまた覚えるべし。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月27日 (土)

『殺人小説家』デイビッド・ハンドラー

殺人小説家 Book 殺人小説家

著者:デイヴィッド ハンドラー
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

講談社文庫、2005.6  23

ホーギーシリーズ8作目にあたる。
だいぶ前、再びミステリを読むようになった頃読んでいた「ホーギー」のシリーズ本。
新しいのがあったので懐かしくて手に取った。

その割には時間がかかった。
隙間時間で読んでいたからです。 

「読まねば・・・」と追われるほどにせっぱ詰まってもいないし、
放り出すほどにつまらなくもない。
最後は彼なりのどんでん返しもあり、ユーモアもある。
後半3分の1は一気に読んだ。返却予定もあったので。

彼の本だという感じがする。読み出して以前の本を思い出した。
しゃれた会話や文章。

差出人不明の封筒に入っていたのは小説の第一章。しかもその通りに殺人事件が起きていた。そして繰り返される事件。犯人は誰か。最後はなんだこれじゃ面白くない。
そこでもう一ひねり。
私が思ってた犯人とは違っていた。

ホーギー自身にも大きく影響する事件だった。
友情に自分たちの青春の思い出に、彼も大きく傷つく。
今回はバセットハウンドの愛犬ルルの存在感を感じた。

アメリカでは1997年に刊行され、そのあとは続編は出ていないという。
しかし、私は思う。
立ち直って戻ってくると。

新シリーズを始めたらしい。

ブルー・ブラッド ブルー・ブラッド

著者:デイヴィッド・ハンドラー
販売元:講談社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2006年5月26日 (金)

バラの季節

  Bara_5                      Bara6_2

Bara1_3 Bara4_1バラの季節だ。
実家の雑然とした庭でも、バラたちが律儀に花を咲かせ始めていた。

大輪のバラも
小さなつるばらも
がんばってつぼみを付け、季節を喜んでいる。
Bara5 Bara7 Bara8

Bara2_1今日の庭。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月24日 (水)

そらまめ

Soramame 実家から空豆をもらってきた。
結構高いので自分ではほとんど買わない「そらまめ」
だが、この季節の空豆は素敵だ。

「そらまめ」という名前も良いな。


検索して料理を考えたが、
やはり、まずはゆでてビールの友にしましょう。
あとは干しエビとのかき揚げかな。

新緑においしいビールと空豆。
爽やかな季節がイメージの中にある。
実際の最近の空はどうなんでしょう。ちょっと晴れましょうよ。

ネットで調べた「そらまめ」について。
「サヤを天に向けて実るので「空豆」、
お多福や蚕の繭に似ているので「おたふく豆」とか「蚕豆」とも言われます。
地方によっては「夏豆」「大和豆」「四月豆」「とう豆」「がん豆」など様々な呼称を持っているそらまめの原産地はアフリカ北部。
エジプトでは4000年も前から栽培されていました。
和食の素材として古くから日本にあったみたいですが、入ってきたのは江戸時代になってからで、意外と歴史は浅いようです。」

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月23日 (火)

思い出の写真館?

Scan10013Scan10014

写真をスキャンするのにアルバムを出した。
ついでに数枚スキャンしたので・・・えいっ!載せてしまおう。

3か月の頃。
長男と実家の母と・・・
3歳の兄もカメラを構えると当然のように入ってきます。そうだよね、兄としても「びっくりしております。」だよね。
Scan10008 Scan10009 Scan10012                           6か月頃。 あのおくるみとともに。
考えると,物心付いた頃から,いえ、付かない頃から 目覚めると隣に姉弟がいたのだ。
面白いね。
 「ふにゃふにゃ」「ふむふむ」
分からないけど、なにやら話しながら遊びます。

どちらが男か異論?が出たので一応上4枚は、右が娘、左が息子。
娘は今はそれは優しい母となるべくマリア様のような雰囲気であります。
昔の写真を見て懐かしがる私、年なんじゃろか。

       おかげで写真のスキャンの仕方を覚えたぞ。  

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2006年5月22日 (月)

歩きました。10キロ

Mori_1  今年は自治会の役員がまわってきました。

そして日曜日は地区の健康祭りで往復10キロのウォーキングでした。
公園の中も歩き回ったのでもう少し多いかも。

こんな時こそ万歩計!23300歩!でした。

歩いている間じゅう誰かとしゃべりっぱなし。
皆さんと親睦を深め役割を果たしたでしょうか。
しっかし、のどが渇いたなあ。 えっ?しゃべりすぎかいな。
Kurematisu2 このあたりに残された貴重な森を、通りまKurematisu す。
木々の間の道はアスファルトの道より気持ち良いです。
大事に残して欲しいなあ、この自然。
目的地の公園は全国的に大天気の今日、人がいっぱいでした。
いろいろな種類のクレマチスが咲いていました。.Kurematisu4 Kurematisu5
お昼を食べて、クイズをして同じ道を帰ります。

森も午前中とは違う光で迎えてくれました。Mori2

家に帰って、
ビールを飲み、
もう寝たい気分です。
(日曜日の夕方、書く。)

で、翌日の今日、月曜日の朝は
ちょいとどこかがきしむ。

このところ風邪ひいてて
プールも体操も休んでたから体力落ちてるかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月20日 (土)

子供が生まれた…思い出②

思い出その②

3月に生まれて
私は予後が悪く連休を目当てに4月末にちょっと入院した。

先日母のところでそのころの思い出話。
連休なので昼は母
夜は夫と分担したらしい。

が、どういう訳か
二人の寝る時間が全く反対。
娘は昼すやすや夜ぱっちり
ひとりがやっと寝たと思うと次がまた泣き出し、
寝る間もなくて眠くてたまらなかったと夫が言っていた。

で、数日がんばった結果、義姉のところに協力を頼んだという。
義兄はあまり話さないので少し取っつきにくい感じがしていたのだが、
その兄がやさしく微笑みかけながら娘を大事に抱えて、
ミルクをあげている姿を見たときは本当に感謝だった。

去年の娘の結婚式でも皆がその話をしたが、
当の本人は「覚えていない」のである。

Scan10007そして、何を隠そう、入院する私も
このときばかりはいそいそと「これで眠れる!」と思ったものだ。
早々と病院へ行き、ベットに潜り込んで爆睡した記憶がある。

であるからして
子育ては周りの皆さんの絶大なる協力の下に
できたことを今更ながら実感しているのでございます。
(写真は3か月の頃、もう今とは別人?なので載せても良いでしょう。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月19日 (金)

保険の見直し

Tutuji2 「ほけんのみなおし」と打ったら
「保険飲み直し」と出たので笑った。

60を前に主たる保険の払い込みが終了するので、
盛んに保険屋さんが資料を持ってやってくる。
今までは面倒なので、聞き流していたが、
先日の簡易保険の「失効」を神様の思し召しと良い機に考え、資料を集めていた。

保険とは何のためにあるのか。
調べてみた。
そして意を強くしたところである。

子供が生まれ、しかも双子で、3人の親になったときは
いざというときのために入った。
60までが大きく保証のある保険だった。
しかし子供たちも、今、
曲がりなりにも就職し、自分で暮らせていける…だろう。

そう言ういざというときのために保険はある。
高額の保険に簡単に入れるからこそ、昨今のような保険金目当ての事件も起きる。

以前変更を考えていたとき、
月にもう少し多く払うと、1000万円多くなる?
えー、すごいなあ。
などと一瞬思った。
だが待てよ、そう言う状態は考えてみれば「なにかがあったとき」である。
そんなことがある方が良くない。
と、最低の保障にして、今まで来た。

今まで何事もなく来られて保険さんありがとう、である。

昨日一生懸命に考え、調べて
最低の医療保障に変えることに決めた。
外に出たら昔の試験を受けたときのように疲れたと、脳が訴えていた。

保険屋さんの意向とは反対に
私のは存続、夫のは解約して掛け捨ての医療保険に入ることにした。
少ない額の死亡保険金はいらないと、子供たちも言う。
私のは病気の保障は少ないし、条件も少し悪いけど、
なったらなったで仕方ない。

基本は少ない出費、である。
だって、60で収入がもし無くなったら
65まで年金も無いらしいのだ。
皆さんどうしてるのかなあ。お・し。え・て。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月17日 (水)

心残り…

Hana_1 草津へ行った次の日
見計らって母に元気かどうかの電話をした。

呼び出しのベルは5回、6回……
まだまだね、「どっこいしょ」って今頃立ち上がって・・・と、余裕の私。
しかし出ない。
「おかしい。」

また鳴らす。「出ない・・・」
庭にいるのかな。もう少し呼んでみよう。
しかし出ない。焦ってくる私。

昨日の帰り
いつもよりもハイテンションだったのが妙に気になる。
嬉しそうな笑顔が頭をよぎる。

妹が、
母は来ないと言ってはいたが
「温泉饅頭に釣られて」やってきて
買い物に行ったのかな。

そこで妹に電話。
しかし案の定出ない。
スーパーの中ではよほどでない限り
我々おばさんは携帯音には気が付かない。

かれこれ子機を握りしめて45分を過ぎた
お隣のおじさんに電話してみようか。
もう少したって出なかったら、ひとっ走り見に行ってこよう。

昼食に帰ってきていた息子も心配そう。
まだ出ないの? うん、そうなの。

そして、
やっと「出た!」…妹。
「あらお姉ちゃん。」
うんもぅ~。やはりかぁ。
「私が来ないなんて言ってないよ。」
そうだよね、あれだけ温泉饅頭の請求をしてたんだもの・・・

母の思い違いだったようだ。
「いたぁ!」と出かけようとしていた玄関の息子に叫ぶ。
息子も「そりゃ何より。」
ほんとに一安心・・・

もう少し早く電話しようと思っていたのに
遅くなってしまって、
これで何かあったら・・・…
        「ほっ!」でありました。

母といろいろなところへ行き
母に楽しい毎日を、
出かけることで元気になって、
たくさんの思い出を作って欲しい。

それは私の思いに他ならない。
私に心残りがないよう、自分のためである。
自分勝手な話ではあるが・・・

多少無理しても…
       そんな気持ち。

どこかにいつも
母の年と闘う自分がいる。
恐れている自分がいる。最近。

しかし、そうだ、日本人の寿命は世界一だ
「100歳になったら良いよって言うよ。」と、この前話したっけ。
よけいなことは考えず
100歳までの旅の計画を作ろう。
             立ち直りの早い私であるかな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月16日 (火)

らっきょう

Rakkyo1らっきょうシーズン
夫が生のらっきょうを買ってきた。
小さいのを味噌でそのまま食べるのが好きなのだ。
夜中(私にとっての夜中であって、一般的には10時過ぎぐらい?)に、がたごとと何かやっている。
Rakkyoらっきょうの味噌漬けを作っていたらしい。(写真左)
削り節を入れた味噌に漬けておくのだ。
らっきょうで作るとすこしからみがある、エシャレットの方がきつくない。
これがご飯にも非常に合う。

残りは私が甘酢漬けにした。
入れ物を探していたら出てきた二年前ぐらいのらっきょう。
飴色しておいしいです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月15日 (月)

草津よいとこ…③

Kusatu16 翌日は朝から上天気!    Kusatu20 Kusatu17散歩日和です。Kusatu23_3 

帰り道の山も新緑がきれいでした。
走る車からの写真なのでぼけてしまいましたが。

Kusatu24 帰りに坂東33観音霊場15番札所「白岩観音」③に行きました。
赤が印象的なお寺です。
平らなので母が自分で御朱印をもらいに行きました。Kusatu25 
そこで交わした会話が気持ちよかったようでした。
これもお寺によってずいぶん違うのです。
せっかくの出会いですから、良いとそれだけで良い気分です。

高崎に戻って、みんなで昼を食べ、そこで娘たちとは解散!

我々はまた道の駅に寄り、ネギとキャベツ、キュウリの苗を買いました。今年も緑のカーテンに挑戦です。
Kusatu26_1 楽しかったね。
母のとびきり嬉しそうな笑顔が印象的でした。
母には孫たちがそろうのが一番のようです。

実家について温泉饅頭を食べながら、
四国の納経帳も出して思い出話をしました。

今年は蜜柑狩りに行こうね、と息子たちと約束していました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

草津へ② 

Kusatu5_1 光泉寺
桜も咲いていました。
湯畑のすぐそばです。
Kusatu19_1 宿のある滝下通り
風情のある旅館が並び、昔の様子を思わせます。

この地方の伝統ある、江戸時代からの養養農家の建築様式「せがい出し梁り造り」の外観が美しくとてもいいです。軒下に小天井を張り、白壁に黒の梁を浮き出して外観を整えたもので、当時は、豪族・名主以上のみに建築許可が下りていたというものらしい。
帰り道の途中でも見かけたが、由緒あるものなのか、再現しただけなのか、不明だ。

西の河原通り入り口(写真下左)
ここから西の河原へ行きます。
こちらにも由緒ありそうな宿や土産物屋などが並んでいます。饅頭やさん(写真下中)もいっぱいで歩くだけで楽しい。温泉街はそれほど広くないので散歩するにはいい。

        Kusatu6Kusatu7                                      Kusatu18

        (写真上右)18ある共同浴場の一つ「千代の湯」
たっぷりあるお湯を惜しみなく分け合う気持ちがすばらしい。
っていうか、温泉はとっては置けないものね。
(③へ)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月14日 (日)

草津温泉へ行ってきました。湯畑①

                   Kusatu1_1天下の温泉草津へ行ってきました。
西の有馬、東の草津が双璧だそうです。
家族全員7人です。(母、夫、息子1,2、娘夫婦、私)
たぶん遠くまでは歩かない母のために湯畑の滝のすぐそばの宿を取りました。
せっかくなので早くチェックインして
草津の硫黄満載の空気に浸りました。
草津には主に6つの源泉があり、 中でも有名なのが、温泉街の中央にある源泉・湯畑
 草津は「自然湧出量・日本一!日本有数の酸性度! pH値はナント2.05!! 」とか。Kusatu3_2
Kusatu4_1湧き出た湯をまずは7本の木樋に通し、これによって高温の湯は、外気に触れてほどよく冷やされる仕組みだそうです。
その後、湯畑の端にある湯滝を流れ落ち、パイプを通じて共同浴場「千代の湯」や旅館の内湯へと運ばれる。
この方法で入浴客は水で薄めることなく温泉を楽しむことができるという。

加温加水せずに適度な温度になるのはこのためだったのKusatu2 か。また初日は寒かったのでぬるめだった。

この湯畑のお湯を引いているという昔からの宿に泊まりました。
草津の他の温泉とは違って柔らかい温泉です。
(と、温泉通の息子1が言っておりました。)

←当然ながら湯畑は高温なので危ないです。

湯畑の周りを回るだけで十分楽しめます。

西の河原公園もあちこちにぶくぶく。Kusatu10 Kusatu12お湯の豊かさを実感しました。

心身共にリフレッシュ。

いみじくも私と母はストレス無いと自己申告。さらにパワーアップしましょうか。
気温が低いので湯煙がもうもうです。
低い割には寒くないのはお湯のためでしょうか。草津は温泉の熱交換で各家にお湯が出るそうです。     
Kusatu8 Kusatu13夜の湯畑。なんと言っても歩いて1分もしませんから。何度でも・・Kusatu14
Photo_52 Kusatu15_1

名物温泉饅頭も、たくさんのお店があります。
食べ比べもまた楽しいですね。

湯畑全景はこうなっています。その周りを囲むように、店が並んでいます。滝の所は道路も結構な坂でした。(②へ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月12日 (金)

昔、子供が生まれた(思い出①)

双子とわかって一週間。
さすがののんびりやもびっくり。
その母のびっくりが影響したのか、予定日より3週間ほど早く生まれた二人の子ども。
かくして私は3人の子どもの母になった。

しかもその三日後ぐらいが引っ越しで
夫も大変だったようだ。

娘は小さかったので保育器に入り一緒の退院ではなかった。(2200グラム)
私と息子が退院してから
しばらくの間、毎朝夫は出勤前に自転車で30分の病院へ
絞った母乳を届けた。
眠りながらペダルを踏んでいたらしい。

息子は体重こそ有ったが(3050グラム)
娘の裏に押し込まれていたらしく、肌の色も悪かった。
娘はピンク色だった。

初めにひとりが先に帰ってきたのも、子育てになれるために良かったのかもしれない。
二人そろってからはそれは大変だった、と思う。
(わすれちゃうものです。)

一ヶ月検診に行ったとき
「○子ちゃんね。」「あらこの子男の子ですよ。」って言われ、あわてて
「間違えました。」と子供を取り替えたこともあった。

同じことは家の中でも起こる。
顔を見間違えることはないのだが、
それでも、しばらくはどっちのミルクの番なのか分からなくなり、
同じ子供にミルクを与え、「おかしい!飲まない。」と不安に思ったり、
反対に泣く子に「お腹いっぱいでしょ、」などと言ったり。

ノートに誰にいつ、何をしたか、寝た時間、体重などを書き込むことにした。
しかしこれも何だかあてにはならない。
忙しいときは書き込みもあとになり、どうだったのか分からなくなるからだ。
このノートも大事に取ってある。私のことなので非常に乱雑なノート。


あわてん坊の母は
良くここまで大きくできたと、自分で自分をほめる今である。

この連休に福島へ行ったとき
お世話になっているおばさんが
一緒に行った息子2を見て
「良ーく育てたねえ。」と褒めてくれた。
(みんな同じなので特別褒められることでもないが、でもちょっと嬉しかった。)

今までそんなことはいわれたこともなく、
考えてみれば私の周囲の人は一緒に育てた人ばかりだから
言う立場ではなく、私と同じく言われる立場であったのだから
私が感謝することになるのだね。

というわけで
少し思い出して書いてみようと思ったのである。

今はどちらも人並み以上の大きさと健康さで暮らしています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月11日 (木)

子供が生まれること

先日ソフトエアロに行ったとき、娘の予定日について話していたら、
ご一緒の友人が「うちも同じ頃なのよ。」

聞けば10年目のおめでたで、しかも双子だという。
なんだか私は自分のことのように嬉しかった。
私も二度目が双子だったので、よけいである(かな?)。

「一度に二人なんて、今まで待ってたかいがあったじゃない、」と話す。
子育てはひとりも大変、二人も大変だけど、
今思うと大変さは2倍ではなく、1,5倍ぐらいかな。
で、楽しみは2倍以上かもしれない。過ぎてしまえばみんな楽しい。

子供が生まれる
そう聞くとまわりの人の幸せが思われる。
たぶん当の本人はそれだけじゃないでしょうが。
母は強し、になります。

子供はそれだけの幸せを持ってくる。

今はすぐに双子だと分かるようだが、
私の時は10か月に入ってからだった。
先生はいつも首をかしげていたが、重なっていたらしく、
心音がハッキリと二人前聞こえなかったようだ。
レントゲンを撮って、分かって一週間で生まれた。
「この写真を先生に持って行って下さい。」といわれて渡されたレントゲン写真を
廊下でそっと見たら、丸いボール大のものが二つ見えたのだ。ありゃー。
それからの周りのあわてようったらなかった。私もびっくりしたけどね。
私は全く考えていなかったけど、
聞けば夫のほうにそういう血筋があったらしい。(聞いたことはないけど、夫は少しは予想してたのだろうか。)

母と妹でミシンに向かい、おむつをもう1人分、ベビードレスをもう一着作っていた。
その波紋?は仲人さんにも及んだ。
普段手芸などやらないのに、モチーフでおくるみを作ってくれていたのだが、
もう一枚と言うことで「もうちょっとまっててね。」

Okurumi先日その一枚が押入から出てきて、
その時のことを思いだし、感謝し直した。

子供が生まれる、ことのすばらしさ。
どの子も元気に生まれてきますように。
周りの祝福を得て。
みんな待っていますよー。(とはいっても、あわてないでね。)

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月10日 (水)

1歳

Keki 9日は甥っ子の子供の誕生日。
1歳。
これは大人への第一歩。ゼロ歳児ではなくなる。

とか何とか言っても本人はさっぱり分からないだろう。
おいしいケーキもほとんどは大人がぱくぱく。

でも
彼の記憶のどこかにみんなで祝ってもらった1歳の誕生日の記憶が・・・        残ってるかなあ。無いだろうなあ。
Hanataba   まあいいか。これから始まるたくさんの誕生日の記念すべき第一回目だ。みんなみんなおめでとう!

私はこの1歳児のお母さんに花束を買った。
最近体調を崩していたので、エールを送ったつもり。
花束を買うのは楽しい。

1歳児には大きめのチョロQ。
まだ分からないものね。
久しぶりにおもちゃ屋さんを探検。

子供たちの1歳はああだったこうだったと思い出す。
タケノコご飯を持っていき、母の炊いたお赤飯をもらって帰った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 9日 (火)

新しいデジカメ

Dmcfx01p_170446 還暦祝いに夫から新しいデジカメをもらった。
誕生日にはまだ早いが、連休を前に。

息子2が私に合ったものを選んでくれるという。
どうせだから高くても良いものにしようね。
良いのを探してあげるから。
ウン、頼むね。
夫はそのたびに「買うのはおれだからな。」と念を押す。

いろいろ考えて軽くて使いやすいもの。
大きな景色が好きなので広角も取れるもの。
操作性が早いもの、あっと思ったときにすぐ撮れるもの。
せっかくなのでぜひ高いものを、と思ったが
私にふさわしいものということは普通のものということ。

でだ!結局、あるところで見たら、今の売れ筋ランキング1位のものになっていた。

張り切ってピンクにしてみたが、そのピンクもメタルピンクで地味目。

手袋はめて使えないと。」と息子1。
「そうだね、スキー場でね。」と私。
「え?手袋今でもしてるでしょ。」(そうか、そういうことか。確かに私の指は太い。実際操作するのに、ちょっと手が大きすぎるところがある。

まだ使いこなせていないが・・・
そういったら
前のカメラもすべての機能を使ったことはない。
まあいいか、オートでらーくらく。

しかし
こういうものの価格がどんどん安くなっている。
すごいね。
前のカメラは夫にあげよう。絆創膏付きだけど、まだまだ使えます。

あら!? お礼は言ったかしら・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 8日 (月)

連休土産

Miyage 息子1は連休最終日の夜
うきうきと東北への長旅から帰ってきた。

旅好き。
鉄道好き。
温泉好き。
休みに家にいたことがない。

おいしいもの食べてお腹を出して帰ってきました。
満足の旅だったようで、これでまたしばらくお仕事に励めます。

我が家へのおみやげ
稲庭うどん…おいしいうどんです。冷やしうどんで。
弘前のお酒・豊盃「期間限定品 純米吟醸ひろさきのさくら』…そろそろ近江のお酒が無くなりますから。満開の桜を思って飲みましょう。
弘前の和菓子…お茶の友
アップルパイ気になるリンゴ)…みんなが好きなアップルパイ。小さいからどうしようかなあ。私が代表で・・・ふっふっふ
(しかしそうも行かず、次の日母と半分にしました。丸ごとの生のリンゴをシロップに漬け、パイで焼いたもので、おいしかった。母がよろこんでくれたので、独り占めしないでよかった~。)
不老不死温泉の饅頭…縁起も良いのでおばあちゃん用です。
大館の羊羹…私のお茶の友

Ph_kininaru そして
私と息子2の連休土産は「風邪」でありまして、
まだ大事に持っています。

息子1は純粋土産を、
息子2も土産の友、風邪薬をカバンに入れ、仕事へ出かけていきました。ごほごほ

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 7日 (日)

ネギ坊主とマグロの漬け丼

Negibouzu以前、野菜の買い出しに行って深谷の当たりでたくさんのネギを買ってきた。
根っこの部分をプランターに植えた。

マグロの漬け丼用にベランダに採取に行ったら、見事にネギ坊主。
緑で美しいので写真に撮った。
実際の緑よりは濃い色に写っているが、自然の造形はすばらしい。大きくしてみてね。

中国では原始時代から栽培されたという古い野菜。
Zukedonn 日本でも「日本書紀」に登場するらしい。ふむふむ。
古名は「キ」。根の発達が目立つため「ネギ」の名が付いたという。

マグロを喜ばない息子も漬け丼は食べるのだ。不思議!
※漬け丼
みりん、酒、しょうゆ、つゆの素を一煮立ちさせ、わさびも溶き入れ、さめたらマグロを入れる。 ご飯は酢飯でもそのままでも良いが、まぐろを盛りつけ、たれも少々。ネギ、のり、あるいは三つ葉、ごまをたっぷり乗せる。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2006年5月 6日 (土)

福島へ

Photo_40 連休ど真ん中朝4時起きで息子2と3人で出発。

久しぶりの義父母の墓参り。
両親の介護中はいつも見ていた家の裏の景色。
のどかです。
10年間3週間に一回通っていました。

4軒に寄り、ご無沙汰をお詫びして、無事終了。Photo_48  Photo_49
タケノコを掘り、いただき、山菜をいただき、手作りこんにゃくもおみそもいただき・・
さらに山菜採りへ山奥へ。私はその間ふらふらと散歩。
Photo_50 Photo_51
山の緑はこれから。桜が散り始めでした。

夫は野生の血が目覚め、
斜面を登り、飛び回り、目はきょろきょろして
タラの芽、こしあぶらを採取。
嬉しそうな背中です。
終了後は車で爆睡しておりました。


ちょっと高速が混みましたが、無事帰宅。
明日は椎茸ゴハンとタケノコと手作りこんにゃくの煮物を持って実家へ行きます。
山菜の天ぷらもね。
 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 5日 (金)

塩船観音…青梅③

Siohune Siohune1塩船観音へ。今日は大祭で、山武士の行列や火渡りの荒行もあったらしい。

木造・千手観世音菩薩が特別にご開帳。
天寧寺で会った人はこれを見に来たそうだ。
知らずに来た私たちはラッキー。ほほえんだ美しい仏様でした。

つつじも盛りです。Siohune2 Siohune3
観音堂は藁葺きで、室町末期のもののようだ。
護摩の煙にかすんでいます。
この中に千手観音様。Siohune5_1 Siohune10


           つつじは15種類。17000本が、次々に咲く。
大杉が参道の両側に一本ずつ。樹齢1000年を超えるらしい。

すり鉢状の谷底から見上げると、パッチワークのようでもあり、鯉のぼりの鱗のようでもある。
この谷の船底に似た形から「塩船」と名付いたらしい。傾きかけた日差しを浴びて美しい。Siohune7_1Siohune4_1
 
去年は彼女と3人でここへ来た。歩いて帰れるほど元気だったのに。
下から見上げて「最高ね。」といってたっけ。
去年一緒に歩いた友と
「彼女はここで待ってる気がする。」そう話してここへ来た。

Siohune9 Photo_36日差しを浴びてその色を増すつつじ。

こちらは去年の携帯での写真。
5月8日のことだった。

このあと、5人でファミレスへ。
しゃべりにしゃべって、気が付いたら外は暗く、
7時過ぎだった。

どうりで「お代わりいかがですか。」と、店員さんが何度も何度も来たわけだ。そんなことにも気が回らないぐらい、語り合った。

またね、そういって別れた。
またね、みんな、またね、Sさん。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

青梅② 天寧寺

Tennneiji7お腹もいっぱいになって、 やっと友の墓へ行く。
「遅い!」って言うかな、言わないね。さっき一緒にビール飲んでたもの。
それぞれ自分の思いでお詣りしました。
Tennneiji9 天寧寺
緑が鮮やかないいお寺です。
前に来たときはお墓にしか行かなかったので、
今日はお寺を見学します。
惣門から参道、惣門前の六地蔵。爽やかな空気が迎えてくれる。
お祭りとは全く違う空気がここにはある。
TennneijiTennneiji3 Tennneiji1 山門、中雀門。
七堂伽藍で、
東京都史跡天寧寺境域として東京都の文化財に指定されている。

山門も豪華ではないが、堂々とした風格のある、落ち着いた空気を作り出している。全景は天寧寺のHPで見てね。Tennneiji4 Tennneiji5
ガイドブックを片手に
散策する人もいた。

Tennneiji2 Tennneiji6_1青空も木々の緑も爽やか。
ちょっと早すぎたけど、
良いお住まいをお持ちね。Sさん。
また来るからね。

池にも空の青が写ります。次はつつじです。③へ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 3日 (水)

青梅へ①…青梅大祭

Maturi1 5月3日あっぱれな青空。
高校の同級生5人で青梅へ行った。
去年亡くなった友人の墓参り。
当日は青梅のお祭り。

亡くなった友が招いてくれたようだ。
この前来たような気もする・・・が神社はその時よりにぎやか。
まずは神社の前の例のお寿司屋さんでお昼。
おいしかったです。
同じ年のご主人はひとりせっせと鮨を握る。
にぎやかに聞こえる祭囃子の音を励みに。ごちそうさまでした。
Maturi4 Maturi6 山車は12台あるらしい。 
3日は本祭りで、
12台の山車が旧青梅街道を練る。
山車と山車がすれ違うときには囃子の叩きあい(競り合い)をする。

心弾む音は私の中の日本人の心をかき立ててくれる。
この囃子は江戸神田囃子の流れをくむもので、特にこの競り合いの時の激しさは独特であるという。
お寿司をいただきながら、楽しくお喋り。戸が開くとさらに大きな音でお囃子は聞こえる。Maturi5_1
Maturi2道が狭いせいもあるが
神社の前は続々やってくる山車と人で、動きも取れないほど。

そうそうに退却して
本来の目的であるお墓参りへ向かう。②へ続く

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月 2日 (火)

『祖国とは国語』藤原正彦

新潮文庫 2005,12 22
内容(「BOOK」データベースより)
国家の根幹は、国語教育にかかっている。国語は、論理を育み、情緒を培い、すべての知的活動・教養の支えとなる読書する力を生む。国際派の数学者だからこそ見えてくる国語の重要性。全身全霊で提出する血涙の国家論的教育論「国語教育絶対論」他、ユーモラスな藤原家の知的な風景を軽快に描く「いじわるにも程がある」、出生地満州への老母との感動的な旅を描く「満州再訪記」を収録。

目次
国語教育絶対論
(国語教育絶対論、英語第二公用語論に、犯罪的な教科書、まずは我慢力を、産学協同の果ては ほか)
いじわるにも程がある(お茶の謎ギーギー音、ダイハッケン、科学は無情、ネギよ来い ほか)
満州再訪記

ベストセラーとなった『国家の品格 』(新潮新書)に続く藤原先生の文庫本。後半のエッセーもさすが面白く読ませる。特に、教授と奥様そして3人の息子さん達との会話など、思わずほほえんでしまう。

表題の「祖国とは国語」では、巷間よく言われていることだが、「そうそう」「なるほど」と頷きたい、メモしたい文があちこちにあった。

robiさんのブログでも愛国心について書かれていたが、昨今いろいろ考える。
考えるが、土つぼにはまり、長くなり、しかもとりとめが無くなりそうなので、ここでは止め。
気持ちの部分での感想のみ。
兎にも角にも愛国心は教えられこそすれ、決して強制されるものではないと思う。
(教えられる…いつどこで誰に、も重要なのだと思うが。ふとした瞬間なにかの拍子に気づく、そんなのが理想だなあ。)
自ずからそういう気持ちが湧き出でない国こそ悲しいものだ。
そしてこの国で生まれた誰もが、どこかで表には出ないが郷土を愛する気持ちはあると思うのだ。それがよその国との比較であるにせよ。
それを上から一つの言葉で決められることのほうが怖い。
しかも心は縛られない。

この議論でおそれられているのは「教える」ことが「強制」になって
異論を認めない流れに走ることなのかもしれない。

作者は愛国心とは言わず「祖国愛」という。
「愛国心」の名の下に走った過去との区別である。
本書にあるようにパトリオティズム(祖国愛著者)とナショナリズム(国益主義同)の違いもそれぞれ認識しなくてはならない。(PP.9093)国益主義もあながち否定されるものでもない。
それを踏まえた上で「自分の生まれた国を愛する気持ち」をもてる国になりたい。
国とはその国の人々の集まりだというならば。

一つの言語集団が国の形である我が国はまさに「祖国とは国語」である。
いつの日かどんな言語であれ、心を通わせることができる地球人としてのまとまりを夢見るのはロマンチストすぎるのかな。

まずは国語である日本語を十分に習得して、同じ言葉での心の交流を。

 『母国語の語彙は思考であり情緒なのである。』
 『情緒の役割は…。人間としてのスケールが大きくなる。地球上の人間のほとんどは、利害得失ばかりを考えている。…本能でもあり、仕方ないことである。脳の9割を利害得失で占められるのはやむを得ないとして、残りの1割の内容でスケールが決まる。ここを美しい情緒で埋めるのである。』
 『知的活動とは語彙獲得に他ならない。』
 『国語はすべての知的活動の根幹である。』
 『国語の基礎は文法ではなく漢字である。』
 『読書は教養の土台だが、教養は大局観の土台である。』
 『大局観なくして長期的視野や国家戦略は得られない。』

国語教育の中でも「読む」「書く」「話す」「聞く」は「20対5対1対1」ぐらいだと作者は言う。
新しい指導要領は「読み書き」から「話す、聞く」に移っているようなのも間違いだという。その点で寺子屋は本質を見抜いていたともいう。数字はともかく、なるほどと思った。

まずは国語を大事にすることから始まる。
そのためにも大いに本を読み、語り合い、文を書こう。  だな。

祖国とは国語 祖国とは国語

著者:藤原 正彦
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する


 

| | コメント (2) | トラックバック (1)

« 2006年4月 | トップページ | 2006年6月 »