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2006年4月の27件の記事

2006年4月30日 (日)

ゴールデンウィーク!連休だっ!

Hanamizuki 連休といっても
私は気が忙しいだけですが。
 (で、今日も手抜きのブログ、手抜きの食事…夫と二人なので。)

今日は実家に行って
夫と母と3人で父のお墓参りに行く。

「これで遊びに行ける・・・」とホッとした顔の母。
「大丈夫よ、いつでもお父さんもついてくるから、」と私。

公園墓地なので、
緑の風に吹かれて
しばしお墓の前で芝生に座って
お喋り。
今度は敷物持って来よう。

木々は緑に、中でもハナミズキがきれいでした。(あの赤い実はこれだったのかあ。)
ピンクもあったけど、白に負けてますね。
下の写真は家の前の公園のケヤキの緑、実家のいちはつ(一発)アヤメの類の中で一番早く咲き出すので、この名前になったらしい。Kouenn1
Itihatu

いよいよ
風薫る5月ですね。
元気にガンバロー。
(なににがんばるんだか・・・とほほ)

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2006年4月28日 (金)

幸せな一日、普通の一日

Photo_24 光るような良い天気だった今日でした。

「みどりのそよかーっぜ良い日だな♪」
などと歌いたくなるような
まぶしい一日でした。             
Photo_33 青い空も
緑に透けて

「キラキラキラ、心が揺れる♪」 

車の中で、
ぱくぱくしてる私を見た人、大丈夫です。私は溺れてはいません。
Photo_35 いつもの道でも
こんなに感動できちゃう私はお安い者です。

さらに鯉のぼりが泳ぐのを見て
「いーらーかーのなーみとぉ♪…
たーかくおーよーぐやこーいーのーぼりー♪チャンチャン」
ノー天気な私の金曜日でした。

こういう季節があるって
嬉しいことです。

いつもの金曜日は幸せな金曜日でした。(まだ終わってないか。)

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2006年4月27日 (木)

無駄にはしない?

Jyakoni_1 先日のたくさんの蕗
当然、葉もたくさんあった。

今日はそれを佃煮風にした。
大きなフライパンいっぱいあった。
油で炒めてから、醤油、酒、砂糖で炒め煮する。
じゃことちくわも入れる。

最後にごま油。
ゆでてから、ずいぶん水にさらしておいたけど、まだ少々苦みがある。
また明日実家へ持って行って、食べてもらおう。
お隣のおじさんにもね。
これで蕗ぜーんぶ、無駄にしないで使った。
こういう暮らしを毎日してたらすごいのだけど。
なかなかそうはいかないのだ。(珍しいから書いてるという説もある。)

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2006年4月26日 (水)

季節は止まらない。

Hayasi プールに行った。
その前に実家にふきの煮物ときゃらぶきを届けた。
丁度、母は道の掃除をしていたので、車の窓を開けて渡す。

そして一言。
「もうそろそろ家に入って休んでね。疲れちゃうから。」
時々やりすぎて次の日は調子が悪い。
なら、代わりに草取りや掃除をやってあげれば、誰もがそう思うでしょう。

けど、私は虫に好かれる。
ちょっと庭に出ただけで、虫に刺される。
だからできません。
「だからおれがやるって言っておいて。」との夫のお言葉に従う。

Tutuji 写真上はすぐに緑濃くなりそうな実家近くの林。
信号待ちの間に車から。

プールのこの場所のつつじは、
先週の盛りを越えてしまったようだ。
こうして、季節は毎日進んでいく。
先週には戻らない。
時に歩みを遅くはしても、前には戻らない。
だから私はいつもカメラを持って歩く。
今の瞬間を自分の目だけでは覚えていられなくて。
また、もったいなくて。

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2006年4月25日 (火)

ふき・蕗・フキ

Huki実家へ行って
お隣からふきを山盛りもらってきた。
葉っぱまできれい
早速ゆでて、夜までかかって蕗料理。
Misoitame_1 大鍋二個で
茎と葉をゆでる。

まずは私の好きな甘めの味噌炒め 。


NimonoKyarabuki

次にできたのが油揚げとの煮物。
最後がきゃらぶき
疲れたので
ふきの葉の炒めものは明日にしようかな。
お隣のおじさんもひとり暮らしなので、
母の分と二人分、明日届けます。

AoEnisida_1 ふきの香りで
春三昧でありました。

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2006年4月24日 (月)

『まごころ』鶴見俊輔・岡部伊都子

哲学者と随筆家の対話。21 藤原書店 2004.12
私の高校の友人のものをもらってきた。
彼女の一周忌を控え、何故か気になったこの一冊。彼女は病院でこの本を読んだだろうか。
お見舞いに行ってたころを思い出す。

内容(「MARC」データベースより)
「不良少年」であり続けることで知的錬磨を重ねてきた哲学者・鶴見俊輔。「学歴でなく病歴」の中で思考を深めてきた随筆家・岡部伊都子。ほんとうの歴史を見ぬき、来るべき社会のありようを本音で語り尽くす。

岡部伊都子という人を私は良く知らなかった。
彼女の書いた文章にも接したことがないと思う。

わたしは、自分のことをずっと、あんなに戦争はまちごうてるいうた人、殺してしまった、加害の女やと思うてます。」
戦争を被害者ではなく、加害者と言って生きる。
どれだけの人が同じ立場でそのように思うだろうか。
そして我々戦争を知らない世代もその続きで生きているのだ。

また鶴見俊輔は言う。
「成績というのはね、先生の考えを早めにパッととらえるだけのことなんで、そんなのたいしたことじゃないんだよ。自己内対話で自分の見識を養った人はそれとちょっと違うんだもの。」
自己内対話が大切ということ。

対談の中に、色々な人物が出てきて、その関わりで
歴史を語る。
80を過ぎた人の人生は歴史になっている。

乃木希典が学習院院長で生徒の柳宗悦の追放を止めたのが若い教師の西田幾多郎。
その関わりも面白い。
須田剋太画伯との話。
開戦前のハーバード大での都留重人とシュレジンガー・シニア、そして鶴見俊輔の戦争観の話。

貫くのは自分自身で考えることの大切さ。
「犀のごとく歩め」ということ。

色々考える糸口が詰まっていた。
対談なので、難しくなく、さらっと読める。
その中に色々なテーマがあり、自分の中でも、自己内対話を始めることができそう。

人それぞれ生きた道には出会いがあり、歴史となる。

まごころ―哲学者と随筆家の対話 Book まごころ―哲学者と随筆家の対話

著者:鶴見 俊輔,岡部 伊都子
販売元:藤原書店
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年4月23日 (日)

黄砂

040857 最近黄砂に二度ほど良いところ?で出会った。
写真は4月8日大津での黄砂。明るい時間だったが。
こんなのは初めてであった。
「黄砂に吹かれて~」などと歌ってる場合ではないほどであった。


あまりのすごさに、帰ってから少し黄砂について調べてみた。

これもなかなか大変なものである。
中国自身も、また風下である韓国の被害はもっと、らしい。学校閉鎖、飛行機も飛べないこともあるようだ。

そんな中、「地球に好奇心」というテレビをケーブルで見た。(以前に放送されたもののようだ。)
かつては緑に覆われていた黄土高原の話。
人々は生活のために木を切り、すっかり砂漠化してきている。
今は多いところでは200メートルも砂に覆われているという。

その西のタクラマカン砂漠などからたくさんの砂が飛んできて
埋め尽くしてしまったらしい。
その砂は水にぬれるとすぐに溶けてしまう微細な砂。
それは空を飛び、黄砂となって舞い落ちる。
黄河にもとけ込んでまさに泥の川になる。さらにそれは海へ行くのだ。
大昔は「黄河」と呼ばれなかったらしいから
砂漠の影響が大きくなってからのことのようだ。

中国でも緑の長城計画があるという。
しかし、あまりにも乾燥が激しいのでうまくいかないようだ。
一度失ってしまった地球の緑化の難しさ。
日本も協力して緑が復活したところもあるという。

黄砂の与える影響。
そして地球の温暖化、砂漠化。

地球規模での環境問題を
自分のこととしてそれぞれが考える必要がある。

我々の住む緑の」地球を守る、のは当たり前。
こういうテレビが重要なんじゃないのかなあ?

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2006年4月22日 (土)

私の「簡易保険騒動記」

よそ様のブログで見かけた題ではありますが、
先日、こんなことがありまして。

夏に娘が産休で帰ってくる、そのあとはどうなる。
二人になって帰ってくる。
つまり、人口が増える、ということで整理整頓、お片づけが目下の最大課題。

今回は
長らく物置台になっていた息子の学習机を粗大ゴミに出すことに。
明日出すという日の前日、夜仕事から帰って男性陣が運びやすいように分解を始めた。
私はといえば玄関に分解した机が置けるように片づけをし、
段ボールの上にあった郵便局からのはがきをひらひら持ってパソコンの前に座った。
何気なくぴらっとはがして読んでみる。
「また預金が満期なのかぁ。」(金持ちみたいでしょ。)

読み始めた私の目が点!「うんっ?」
4月17日までにお支払いがないと失効します。」
「なに?なんのこと?」

どうやら1月から簡易保険の保険料を払っていないらしい。
「だれが?」「私じゃ!」
半年払いなので、年明けのめでたさに浮かれて
はらい込みはすっかり忘却の彼方?

「えっ!今日何日?」「17日!」
時計を見れば、17日も、もはや残す所5分という
夜中の11時55分。
今から駆け込んでも間に合わない。っていうか、夜中だ。

「失効!?」「どうなるの?」「今まで長年かけてたお金は誰のものに?」
「まさかそれまで取り上げられないよね。」(それは痛い!)
「解約になるのかな。まあそれでも良いか。今まで元気にいられたんだから。」
と、半ばあきらめ気味に心の決着を付ける。

しかし、布団に入っても落ち着かない。
「満期返戻金みたいなのがあったけど、あれはもらえないなあ。満期じゃないもの。」
「まあ、17日は過ぎてしまったから、仕方ないか。でも、なぜもう一日早く見つけないんでしょう。」(「誰が?」「私が。」であります。はい。)

明日朝一番に郵便局へ行ってみましょう。
どうなるにしても気になるものね。

開店?数分前に近くの郵便局のドアに立つ私。(こういう几帳面さをもっと早く出せ!ですよね。)
局員さんもびっくり、あんぐり。
「昨日まででしたら何もしないで払い込めば良かったのですけどね。」
「全くねえ、どうして一日前に・・・ぶつぶつ」
 「電話ぐらいしてくれたら・・・」「何回も郵便局へは行ってるのに。」心の中で言ってみる。
 葉書にまで「もう少し、大事なものだって言う顔をしてよ。」と、あたる。

結局「失効停止届け」とやらを出すらしい。
「保障も最初に戻るので入院保障は2年間は少なくしか出ません。」
「二年間入院しちゃだめよ。」とたまたま休みだった夫に言う。
しかも2年過ぎたら満期が来ます(わぁ、満期だ!)

Yamawarau 局員さんはついでに医療保障の保険を勧めてくれた。
そうだね、良い時だ。
でも今から山に行くのですけど・・・
パンフレットを色々もらって、思いました。
これからの保険の見直しのきっかけになって
良かったなあ。(しなくちゃとは思っていたのさ。)

そのあとパンフレットも車に積んで「山笑う」場所へ遊びに行きました。
山もドジな私を笑ってたのかなあ。

皆さーん!参考になりましたか。
「払い忘れたらどうなるか。」レポートでありました。

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2006年4月21日 (金)

春うらら、私もうらら。

Urara 母の病院の送迎、その間にエアロビクス、それから買い物をして実家からの帰り道。
空は青く、白い雲がぽっかり。
木々は緑に、八重桜は咲き誇り。
まさに春うららの気分は、ひと汗かいて、ちょっと疲れ、お腹もいっぱいの私の気分に一致。
Nyann 家では
こんな風にのーんびり、くつろいだ猫ちゃん
「おかえりぃー。ふぁー」と、あくびしながらお出迎え。
まったりした風が可愛いでしょ。
これまた私の気分にぴったりの様子。
Botann2
実家から、もらってきたボタンはひとり、
きりりと咲き誇る。

私の誇りはあなたにあげよう。

うらら(か)… 空が晴れて、日が柔らかくのどかに照っているさま。
声などが晴れ晴れとして楽しそうなさま。
心にわだかまりがなく、おっとりしているさま。(大辞泉)

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2006年4月20日 (木)

友人と,友人による…

Ohiru_1 友人と食事に出かけた。
それは料理上手な友人が毎週木金限定でお客に提供しているランチであります。
春の季節感にあふれた美味しいランチでした。(八王子・柚木の「ギャラリー花衣」

右上からグリーンピースの白和え。となりはサラダ用の豆乳ドレッシング。隣が竹の子のチーズ焼き切り干し大根の信田煮。真ん中が春野菜と豚肉のサラダ(アスパラ、新タマネギ、大葉、ミョウガ、スプラウト、水菜、インゲン、スナップエンドウ、レタスなど)。桜ご飯。写真にはありませんが、クレソンの豆乳ポタージュ。デザートはレアチーズのフルーツソースコーヒー。「4月の献立」 
ご飯茶碗はスージークーパーです。
ヘルシーな料理で、GohannDezatoこれだけあって1000円ですって。
初めて会ったお客さんとみんなで「おいしい。安くて申し訳ない。」といいながら財布はきっちり。
これが主婦っていうもんです。
桜ご飯もおいしかった。
Takenokogohann 竹の子ご飯1パック50円。
これまた、ごちそうさまでごわす。(家に帰ってすぐ食べちゃいました。)

Omise1 アンティークなどを売っている住宅街の一軒家のお店です。
特別企画でお花をいっぱい売っていました。
一雨降ったあとの快晴の天気に、
花たちはきらきら、クリスタルの光を放っていました。
しかーし、お腹いっぱいで写真を撮るのを忘れましたー。
次回はきっと。
こんな光り輝くいい天気だったら、昨日行った山は「大笑い!」Hikaruhayasi Doudann してるだろうなあ。
帰り道に
ちょっと寄った森も
光っていました。

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2006年4月19日 (水)

視察?…「山笑う」季節

Yamanihasakura Yamanihasakura1代休の夫と近所の山を視察?に行った。
山にはぽっぽっと桜の木が見える。こんなに桜の木があったのだなあ、と思う。
あの山の近くへ行きます。さすが春、かすんでいる、と思ったら黄砂だったらしい。Yamanihasakura2Yakanosakura_1 (クリックしてみてね)
山桜も春の日差しに張り切っている。           木の芽はもう少しだね。Yamazakura_1
まさに「山笑う」季節ですね。(春の山の草木が一斉に若芽を吹いて、明るい感じになるようすをいう。大辞泉)
Harukasumi

Harukasumi1_3 Sinnryoku_1  Harugasumi_3                                                                                        

 Takenoko_2             
山の近くの店で 筍を買いました。小さいけれど柔らかそう。全部で600円。早速ゆでました。
下の方にひっそりとあるのは、夫の収穫「タラの芽」三ヶ。少ししか見つからず無念そうでした。

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2006年4月17日 (月)

散歩?

Yuuhodou いつもベランダから見下ろしている前の道。
遊歩道沿いの芝桜がきれいだ。
遠いわけではない。エレベーターもある。
しかしいつも上から眺めているだけ。
重い腰を上げてカメラを担いで?出かけた。(出かけたですと?)
Sakurasou
ちょっと盛りは過ぎていましたが、まだまだきれいでした。

たくさんの花が集まってわいわいがやがや。

Kouenn Yamabuki 公園の木ははやくも緑。
この山吹はもう少し。

花たちはそれぞれ自分の季節を生きている。
(数分間の散歩でありました。)
                

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2006年4月16日 (日)

『うつくしい子ども』石田衣良

文春文庫 2001,11、 20(20冊目だぁ) 娘が買ってきて置いていった本。
内容(「BOOK」データベースより)
緑豊かなニュータウンを騒然とさせた九歳の少女の殺人事件。犯人として補導されたのは、ぼくの十三歳の弟だった!崩壊する家族、変質する地域社会、沈黙を守る学校…。殺人者のこころの深部と真実を求めて、十四歳の兄は調査を始める。少年の孤独な闘いと成長を痛ましくもみずみずしく描く、感動のミステリー。(←アンダーラインが取れません。)

「池袋ウエストゲートパーク」でデビューした作家の長編である。
軽やかなタッチで兄である「僕」と駆け出しの新聞記者の両方の目で、

語られていく。面白く最後まで読めた。
始めから犯人が分かっていて、そこに話が進んでいき、さらにその後へ。
読みながら、
頭の半分にはあの「神戸の事件」があって重なってくる。
実際の事件を、その後のことを考えてしまう。

しかし、決して読みにくい文ではない。
事件そのものではなく、それに向かっていく1歳上の兄とその友の友情がここちよく、

若者のまっすぐな純粋さに嬉しくなり、応援したくなる。
加害者家族と被害者家族。実際はどうだったのだろう。
私たちは報道を通してしかそれは知らないのだ。


「うつくしい子ども」それは外見ではなく、心が美しい子ども。
それを見落としがちな大人。表面でしか子どもを見ていない大人。
表面が良ければ安心してしまう。
大人こそ何が大切かを見極めることが必要である。

「子どもを育てる」って楽ではない、いつまでも子どもと共に成長していくのだ、そう思った。

「物心ついたときから、そうやってずーっとコントロールされていると、いつか自分も誰かをコントロールしたくなる。愛されたばかりいると、愛したくなる。」

うつくしい子ども Book うつくしい子ども

著者:石田 衣良
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年4月15日 (土)

ウォーキング

何の目的も無いのにただ歩くのはどうもねぇ。」
飛び込んできたこの言葉にわたしは耳を向けた。
あら?私が言っているようだ。
すると隣の人が落ち着き払って言う。
「それでも歩くのよ。」
最初に話した人はびっくりしている。私もだ。
「エーみんな歩いてるの?ただぁ?」
「そうよ。みんな歩いているのよ、何もなくても。」と他の人全員が大きく頷く。

先日大津線のホームで耳にした会話である。
関西弁だったかどうかは忘れた。
70代ぐらいの仲良しご婦人3、4人

なるほどウォーキングは浸透している、そう思った。
私もそういう「ただ歩くためのウォーキング」がなかなかできない。
買い物や用事に行くのに歩いたりはできるのだが。

しかしウォーキングの効用は言われて久しく、疑いの余地はない。
有酸素運動で全身運動。骨の老化を防ぎ、血圧も安定させ、ダイエットにもいい。
願ったりかなったりだ。

今日テレビでやっていた。
工夫して楽しく。
音楽を聴いたり、パソコンで記録したり、
その中で音楽を聴きながら行うのはいいかなと思った。

ゆっくりしたリズムで歩くときの音楽。「イエスタディ」など。これはゆっくりです。
また早いリズムの音楽などを用意するのだ。
いいかもしれない。

がっ、ここからが問題。
やる気がない。どこか奥深くにしまったまま出てこない。
困った困った。
「やる気」の上にはどっぷりと「めんどくさい」が張り付いているのだ。

いい季節に
少しがんばってみるか。
しかし、やはり買い物にかこつけて歩くしかできそうもない。
けちな根性というのでしょうか。

旅に行けば良く歩くんだけどなあ。

BMEだかなんだかをみてみると、
「これ以上なら医者へ行け。」というレベル。
崖っぷちなのかも。
いい年だし、がんばってみるかぁ・・・・(と、何度も思うが、まず「やる気」の虫干しだ。)

わかった!
「部屋が片づいたら、始めよう・・」
  (じゃあ一生できないジャン、という声が怒濤のように聞こえた。)すみませーん。

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2006年4月14日 (金)

主役交代

Namiki_1 久しぶりのソフトエアロへ行った。
桜並木は色変わりしようとしていた。
道にも最後の花びらのじゅうたん。

Suisenn 帰りに実家に寄って、水仙とスノーフレークをもらってきた。

庭は色とりどり、花盛りだった。

近づくとほのかに甘い香りが漂っている。

主役交代だけど、春だなあ。

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2006年4月13日 (木)

飛んだ?お守り

この旅ではこんなこともあった。

病気と闘っているかわいい姪っ子がいる。
夫はいつも彼女にお守りを買う。
石山寺で買ったそれを私のリュックに入れた。
大事に、くしゃくしゃにならないように
御朱印帳のカバーに挟んで。

宿に着いて
私も大事なものだから、と
たくさんのパンフレットから離して
御朱印帳のカバーの上に載せて棚の上に置いた。

お風呂から出てふと見たらお守りがない。
「もうきちんとしまったのかな。」そう思った。
次の日、宿を立つとき聞いてみたら夫は「さわってない。」という。

「おかしい」「そこにこうしてちゃんと置いたのに。」
私は確かにそこに置いた自信があった。しかし「無い。」
入れていたリュックは逆さにして探した。ゴミ箱まで探したが「無い!」のだ。

夫はお守りが無くなったと言うことで大変しょげてしまい、
無口になり、団体行動?もままならず・・・
息子たちが「じゃあ今日もっといっぱいお守り買えばいいよ。」と慰めても
「そんなんじゃダメだ!」と拒絶。
親子逆転である。

気持ちは分かる、
しかし、しかしだ。
お守りがどうにかなったら、もうダメだ、なんて思ったらダメでしょ。
そんなら危なくて、お守りは買えない。
お守りは何か必要があって出かけていったのだ。
きっと彼女が精神的に少し落ち込んでるから先に彼女を守りに行ったのだ。

隣の座席で無口になり自分の世界に入っている夫を無視しながら
私は思う。
こういう状態になったときこそ前向きに考えなくちゃ。
お守りは良い方に働いてくれるはず。だから買うんです。
お守りが身代わりになる、というなら
これからも100個でも1000個でも買いましょうぞ。

家に帰って別のバッグを開けてみたら
そこにすとんと入っていた。

私は思う。
お守りは飛んでいって彼女の役に立って、
また飛んで戻ってきた。ちょっと戻るバッグを間違えたけどね。」


そして、私以外の家族は思っている。
「お母さんが・・・」          (ふーんだ!)

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2006年4月12日 (水)

彦根へ(2)(4月9日)

彦根でお昼を食べていざ彦根城!Photo_84 Photo_85                
石段を登っていきます。
「毎日こんなに登っていったのかね。」
大変だなあ。
そんな心配はいらないと思うけどね。

お城はさすが立派です。姫路城、松本城、犬山城、そして彦根城、残すは犬山城。Photo_86Photo_87 Photo_89

Photo_90
玄宮園。城を見上げる見事な庭園。逆さ城?良かったね。作っておいてもらって。おかげで私たちが、いま楽しめる。

二季咲桜(冬と春に咲く。)など下の方では桜は満開でした。花見客もそこの木の下にはいっぱい。みんな桜を待っています。城を充分堪能して米原へ。

Photo_92 琵琶湖の夕景

18時29分発。
米原で買い込んだ夕食4人分…近江牛肉弁当、鯖寿司、いなり寿司、うなぎまぶし弁当、マック(ハンバーガー、ポテト、飲み物各2)、大福
乗ったとたんにぱくぱく、名古屋では完食してました。
「これで名古屋でさあ降りるぞ、っていったらまわりの人驚くだろうね。」

充分疲れて、気持ちよく9時半には家に到着!
密度の濃い旅でした。明日のお仕事寝坊しないようにね。

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2006年4月11日 (火)

彦根へ(1)(4月9日)

朝一番にお風呂に入り、琵琶湖を眺めました。良い天気!
Photo_77 今日はレンタカーで彦根方面へ行きます。
近江八幡、近江商人の町です。Photo_79 Photo_83 (↓資料館)Photo_74 Photo_75
旧伴家住宅。明治時代に八幡町に譲渡してから、小学校、役場、女学校と変遷した。
学校の名残もあっておもしろい風情。

(左)旧西川家旧宅(重要文化財)豪邸です。

Photo_76大きな梁が印象的で、あまりの屋根の大きさに始め「工場?」って思ったほど。300年に渡り繁盛した近江商人を代表する豪商。

伴家の窓越しに向かいの資料館を望む。その向こうは商人の屋敷街。昔の音が聞こえそうな近江の四つ角です。

近江商人の心を少しでも学ぼうと思ったが
どうやら「
質素倹約、質実剛健、信用第一」ということで・・・
勉強になりました。????

Photo_78 車から見た小学校。
調べると洋風建築も有名らしい。

次回には是非。

ついでに今回は買えなかった「たねや」のバームクーヘンも。

なかなか良い町でした。
多くの人が町を探索していました。また来たい町です。

次は「お多賀さん」と親しまれているという多賀大社です。
なかなかシックな作りです。

Photo_80 Photo_81
お宮参りに良い季節なのでしょうか。
たくさん出会いました。



Photo_82主役になれない 兄ちゃんとなったちびっ子がひどく泣いて、余計に父母、おまけにじじばばまでも怒らせていました。
ちょっとかわいそう。

こちらは良い子にしている子どものシャッターチャンスを必死にねらう父。ほほえましくて思わず一枚。
さて昼はどこだ!彦根まで我慢!(2に続く)

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2006年4月10日 (月)

三井寺(園城寺)(4月8日)

Photo_62 疎水沿いを歩いて頂上?につきました。Photo_63

672年開基。
壬申の乱の大友皇子の霊を祀って息子によって建てられた。古いです。
西国33番観音霊場14番目の札所でもあり、たくさんの人が来ています。さらに階段を上っていきます。ぜーぜーはーはー

Photo_65 Photo_66 ひろーいです。大きなお寺です。
御朱印をもらったけど、
忙しいせいか、対応が四国とは違う気がする。

この頃から、なぜか琵琶湖の見晴らしも、近くにあるはずの比叡の山もぼんやりしている。
どうやら黄砂のようです。
ざらざら
太陽も霧の中のように見えます。

今夜はここでコンサートがあるらしい。楽器も大変だなあ。

Photo_67 Photo_70                
まだ早かったので「大津市歴史博物館」へ。
立派な作りです。これまた坂の上。
開館15周年記念企画展 大津絵の世界」をやっていました。
大津絵というものを初めて見ました。これもまたおもしろい。
ここから別所まで歩いて、大津へ戻ります。琵琶湖畔の宿へ。
砂ぼこりでのどが痛い。
足ももちろん痛い。9時から6時ごろまで昼以外歩きっぱなし。
お風呂でもみほぐしました。
みんな疲れて宴会もそこそこにバタンキュー。

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2006年4月 9日 (日)

大津へ(2)(4月8日)

Photo_44  京阪膳所で降りて、義仲寺へ。
ここは木曽義仲と芭蕉の墓所のある小さな寺。
句碑が19もある。
俳句をたしなむ人には重要なところのようだ。

行(く)春をあふみの人とおしみける
Photo_43石場駅から「三井寺」駅へ。今度は三井寺を目指します。
駅から琵琶湖疎水に沿って登っていきます。
かなり登りますが、桜並木と疎水がきれいなので気になりません。花はもう少しでしょうか。
←(クリックしてみてね)山全体がピンク色です。あそこが三井寺ですね。

                                    
Photo_71 Photo_72 Photo_46                        

Photo_60

こんな散歩道、素敵ですね。
写真が多いとココログさんが困るようなので小分けにしました。三井寺へ続く)

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2006年4月 8日 (土)

大津へ(1)

Photo_41 (新横浜6時18分発) 朝1番の新幹線にのって京都へ。「こんな早い時間は空いている。」そう思いましたが、超満員でした。
昨夜発の夜行バスもあっという間に満員になってしまったから、良い季節なのでしょうね。
Photo_25自由席は車内販売も通れないほどのようでした。

Photo_26 ホームで駅弁「シュウマイ弁当」を買って
早速「いただきまーす。」

新幹線も、駅弁も、息子たちとの電車の旅も久しぶりです。
今回はおばあちゃんがいないので「ハードスケジュール」であります。「覚悟!!」ってなかんじですか。(8時16分京都着、早っ!)
Photo_28 山科から京阪電鉄。「湖都大津・おおつ1dayきっぷ」を買います。
鉄道好きの息子はこのHPの熱の入れ方に愛読者になっていました。内容が濃いHPです。Photo_27熱心に作っていることがよく分かり、応援したくなります。
500円で大津線が一日乗り放題なのです。
大津絵を配したチケットでこれがあると色々
特典もあるのです。(拝観料も割引です)
この切符を別名「おけいはん」(と私たちはそう呼んでいきました。)無くしたら大変!
京阪大津で荷物をロッカーに預け、石山寺まで行きます。
江ノ電のようにごとんごとんと町の中を家並み近く走ります。電車もかわいいです。

Photo_29 Photo_30石山寺へ。
「石山寺」の駅から10分程度。
瀬田川のほとりをのんびりと歩きます。
747年開基。
紫式部が源氏物語の構想を練ったという寺。由緒あります。

花祭りの日で門前で甘茶をいただきました。

Photo_31 Photo_32しだれ桜は見頃。ソメイヨシノは盛りはこれからです。桜も梅も咲いています。

石山寺はその名の通り石の上に立っているそうです。大きな岩が印象的でした。
Photo_34

Photo_37 Photo_39
Photo_38
ぐるりゆっくりと回って、瀬田川沿いに唐橋を目指します。
クルーズ船も一緒に。
電車も乗り放題なのに、駅を通過して歩いちゃえ!
瀬田川はボートのメッカ?すいすい。

川にはクルーズ船、とボートたち、それと競うかのような水鳥たち。良い日和に気持ちが良いです。
川沿いの喫茶店でご主人様をお行儀良く待つわんちゃん。なぜか知ってる気がして、思わずカメラに。
唐橋を渡って、
近江一宮「建部神社」。特典の一つ「開運キーホルダー」をいただきました。
Photo_42 もう一つ、「唐橋焼
これも「特典」に書いてありました。「来店の方に唐橋焼小皿進呈」と。
おそるおそる入ってみました。
「遠くから来てくれて。」と優しくお皿をくださった奥さんありがとう。
ブルーの色が印象的でした。今度はもっとゆっくりみたいな。

お昼を食べて石山まで歩きました。歩いたぞー。しかし、まだまだこれからだ!((2)へ続く)

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2006年4月 7日 (金)

「舘野泉 ピアノリサイタル」NHKBS

娘が近くに定期検診に来ていたが
疲れたのでこのまま家に帰るという電話があった。
「安静にしてね。」と電話を切って、空いた時間に偶然見たNHK BS。

舘野 泉さん。
私はこの人のドキュメンタリーを前に見たことがある。で、気になっていた。
ピアニスト歴40年を越えていた彼は2002年1月フィンランドのステージ上で脳溢血で倒れ、右半身不随になった。
調べてみたらかなり有名な方で100枚のCDを出し、「北欧のピアノの詩人」として全国にファンクラブがあるそうだ。(どうも失礼!)

激しい苦悶を経て、自由に動く左手でピアノを演奏するまでのドキュメンタリーだった。
息子さんに「左手で弾く曲」の楽譜をプレゼントされたのが新しいスタートのきっかけだったらしい。

「音楽がある」という手応えを感じました。それ以降、左手のピアノの音楽を奏でることにより、そこに新たに、“音楽と繋がる、人と繋がる、そして世界と繋がる”素晴らしい世界を知りました。

そしてそのリサイタルである。(2004年11月21日東京オペラシティで録画)
舘野泉のために書かれた左手のための作品から、間宮芳生「風のしるし」、ノルドグレン「小泉八雲の『怪談』によるバラード・」岸田今日子の語りも入れて。
間宮芳生作「風のしるし」は軽やかで心地よい。

「人が常識で考えるほど、左手の世界は不自由で狭いものではない。十分に自分の心をおくことが出来、両手のものに何ら遜色の無い、充足して立派な表現が出来る音楽の世界なのである。」

「ぶきっちょと言われる左手だけで弾くからといって、よく考えられるように、音も少なく簡略化されて易しくなったわけではない。同時に進行する、複雑に絡み合った多声部それぞれの色合いを、片手で弾き分けるのも至難の業である。だが、難しさとか易しさは究極の問題ではない。何を伝えられるかこそが大切なことであろう。そして、それを実現できた時の喜びは大きい。」

「ピアノを弾き始めてから65年、演奏家としての生活は45年になる。脳溢血により、長年弾き込んだ膨大なレパートリーが一瞬にして消え去り、さぞ口惜しいことでしょうと言われる。だが、そんなことはない。今まで弾いて来たものは、自分の中にしっかりと蓄積されているのである。無になったわけではなく、血となり肉となり、己の呼吸となっているのだ。だから、自分の演奏には、たとえ左手だけであっても65年の支えが土台としてしっかりあるのだと思う。有り難いことだ。」(エイベックス HPより)

言葉の一つ一つに説得力がある。

音楽で何を伝えられるか。
そこから我々は何を受け取れるか。

演奏が終わったあとに
静かに音が収束していく時間
何ともいえない気持ちにさせる。

「私はピアニスト生活40周年を数えた翌年、病気に倒れました。そこで出会ったまったく新しい世界…まるで私は2人のピアニストの人生を生きているようです。」

5本の指だけ、しかも左手だけの表現は、優しさと透明感に満ちている。
よけいな装飾はそぎ落とされ、音楽の、音の本質が清らかに集約されて、聞くものに迫るようだ。
おまえはしっかり聞いているか、と。
じっと膝の上に置かれた右手は彼の心の中で音を奏でているようだ。
前から叙情的で透明感のある音楽を奏でる人だったらしいが、
更に何かが加わっている気がする。

人間ってすごい。気持ちが大事なんだな。
こんな風にどんなときも前向きでいられたら良いと思う。

終わったあとの番組が非常に大きな音で驚いた。
聞き逃すまいぞと、音量をどんどん上げていたらしい。

エッセイ「ひまわりの海」にも書かれている。

風のしるし・オッフェルトリウム―ピアノ(左手)のために Book 風のしるし・オッフェルトリウム―ピアノ(左手)のために

著者:間宮 芳生
販売元:音楽之友社
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ひまわりの海 Book ひまわりの海

著者:舘野 泉
販売元:求龍堂
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年4月 6日 (木)

木の効用

Ame3 テレビでやっていてメモを取った。
良く知られていることではあるが「木の香り」は「血圧を下げる」効用があるという。
同じく「風や鳥の声」も「血圧を安定させる」らしい。

自然は心を和ませ、落ち着けるということだ。
「フィトンチッド」ですね。

先日の木工作家の作品も本当に気持ちが良かった。
優しい丸み、ゆったりと椅子に座っているだけで和んでしまう。

で、私は思うのだ。
「自然の木」に接すること…そうだ、自然に会いに出かけよう、
また「檜風呂」なども良いようだ。…そうだ、檜風呂のある温泉に行こう。
(これを我田引水というのかな。)

今日は良い天気だが、Ame1 昨日はけっこうな雨だった。
図書館の近くのたくさんある公園の桜たち。

雨の中、
けなげに、強く、妖しく、泣いているようでもあり、
潔く耐えているようでもあった。

風が吹くと
雨粒はそのまま桜の花びらとなって地上に降り注ぐ。

雨に煙る空の下で、
桜の木も、それが立つ地上も、
空間すべてで、桜は自分を主張していた。
Ame5Ame4 何だか
一緒に泣いたように
私は雨に濡れました。

それでも
私の心が
安らかだったのは
たくさんの木たちに
出会ってきたからかもしれない。

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2006年4月 5日 (水)

桜の語源

Photo_21 「桜」の語源について調べてみた。

古事記にも登場し、神社の祭神としてしばしば名前を耳にする木花開耶姫(このはなさくやひめ)の「サクヤ」からきている説。

 なるほどなぁ。「このはなさくや」姫という名前自体不思議だ。
調べてみたらこの花(桜)のように美しい姫」と言う意味で、古事記には「富士山から桜の種をまいた」と言う話があるらしい。

麗らかに咲くという意味の「咲麗(さきうら)からきているという説。

「うららかに咲く」ですね。なるほどなあ。(感心してばかりであります。)

咲く花の総称である「咲くらむ」からきている説。同じく「咲く」に接尾語「ら」がついたと言う説。
  
と言うことは昔から花の代名詞であったのか。


④さくらの「さ」は早苗、早乙女と同じく穀霊(穀物の霊)を表す接頭語で「くら」は神霊が鎮座する場所(馬の鞍と同じ「くら」)を指し、「さ+くら」で、穀霊の集まる依代(よりしろ)を表すという説。


 これは説得力があるしおもしろい。が、ある辞典では「あまり有力視されていない」、とあった。しかしこの季節に良く聞く説でもある。

いずれにせよ言葉は人が使う中で変わってくるものだから、タイムマシンでもない限り私には分からない、としておこう。

(きっともっと調べたら分かるかもしれないけど。)
個人的には好きなものを信じればいいね。

一般的に人々が使い慣れるのものが多く使われていくのだから、あまり難しいものからではないのかもしれない。

言葉の語源はおもしろいし、奥が深い。
同じく
漢字の成り立ちもおもしろい。
初めて「ふ~ん」と思ったのが「
嶋・島」という漢字であった。

「もと鳥と山からなる。鳥が音を表し、濤(とう)(おおなみ)からきている。

大波の中の山、しまをいう。

一説に鳥のよりつく海中の山の意の会意という。

鳥の下の部分を略し、山を加えた形で、鳥が空を飛んでいるように、海中に山が浮かんでいる意。」角川漢和辞典)

なんと想像力ある漢字だろう。


大海原を俯瞰して鳥の気分になって見る。
海を渡る鳥が羽を休めたいと思ったとき、
遠くに見えてきた山のようなもの。それが島だ。

一説だから事実は分からない。
しかし私はこれを読んだ時、実に楽しくなったことは事実である。
島・嶋とは確かに「海中に山が浮かんでいる。」ものだからだ。

中国でできた漢字は表意文字である。

表意文字の本質は言葉とそのものが一つずつ対応し、それが他のものと取り換えがきかないところにある。これが漢字の数が多い理由でもあるという。
漢字には一つ一つに独自の意味がある。


似ているようでも少しずつ異なるのだ。(例えば「幸(さいわい)(思いがけない幸せにめぐりあうこと)、同訓として、祉、倖、祥、福、などがある)

決して「漢字マニア」ではないけど、時々思うのだ。こんなこと。

ついでに「ソメイヨシノ」について
 
ソメイヨシノはオオシマザクラとエドヒガンの雑種。江戸時代末期に染井村の植木屋が品種改良して作出された園芸品種が定説である。 なお、園芸家による作出説と、自然交雑したものを、偶然、挿し木によって増やしたという説とがある。名称は初め、サクラの名所として古来名高く西行法師の和歌
にもたびたび詠まれた大和の吉野山(奈良県山岳部)にちなんで「吉野」とされたが、「吉野(桜)」の名称では吉野山に多いヤマザクラと混同されるおそれがあるため、上野公園のサクラを調査した藤野寄命博士が1900年(明治33年)「日本園芸雑誌」において「染井吉野」と命名したという。(ウィキペディア)

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2006年4月 3日 (月)

散る桜に思う

Tyurippu 満開を越えたさくら
今日は風が強く花びらは
息子に言わせると「危ないくらいの花吹雪」
我が家のベランダまで飛んできて
花びらが水玉模様を描いている。
写真を撮ろうと思ったら、風でまたどこかに飛んでいってしまった。
で、チューリップ。

桜の季節
木の下に集い、遠くから眺め、人は桜に何を思う。
ふっくら咲いた花の下で自分の心を投影させ、あるいは…。
それぞれの桜とのつきあい方がある。

桜にかこつけ友と出会い宴を開き、誰かを誘いどこかに出かけ、
思い出になり、人の縁も結ぶ。

江戸のお花見は八代将軍吉宗が向島や御殿山、飛鳥山、墨田堤、小金井などにサクラを植えて、そこが花見の名所となった頃から盛んになったといわれます。
江戸中期にソメイヨシノができるまではヤマザクラの花見だったという。
万葉の時代から人々は桜を愛でてきた。「花」と言えば「桜」を意味するようになったのは古今集当たりかららしい。
ソメイヨシノは江戸時代中期、東京の駒込辺りの染井村で、当時の植木屋によってつくられたといわれる園芸種です

桜の花は心を和ませる淡い芳香で、気分を高揚させるそうです。そして、桜の薄いピンクは、カラーセラピーでは精神を穏やかにすると言われてます。」
ということで、人々はそれぞれの心を桜の下で広げるのかな。

何でも黙って受け入れてくれて、
いやなことは花びらと共に遠くへ散らせてくれるのかもしれない。

「さくら」の語源には「さ」穀霊(田んぼの神様)を表し、「くら」神様や霊などが宿る場を指すというのもあると言うから、昔から農耕民族である日本人の暮らしの中で大事な象徴、心のふるさとであったとも言えるだろうか。

350種以上あるという桜。
元々の野生の桜は9種と言うからあとは人々がつくり上げたものか自然交配ということか。

「国の天然記念物に指定されているものは、ほとんどが「ヤマザクラ」、「エドヒガン」です。樹齢としては、山梨県の「山高神代桜」で1800年、岐阜県の「根尾谷淡墨サクラ」は1500年、静岡県の「狩谷の下馬桜」は800年といわれています。」(太字は日本花の会HPから)

世の中に 絶えて桜の なかりせば  春の心は のどけからまし在原業平)

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2006年4月 2日 (日)

『青い虚空』ジェフリー・ディーヴァー

文春文庫 (2002,11)原題『The Blue Nowhere』 19
内容(「BOOK」データベースより)
護身術のHPを主宰するシリコン・ヴァレーの有名女性が惨殺死体で発見された。警察は周辺捜査からハッカーの犯行と断定。コンピュータ犯罪課のアンダーソン刑事は容疑者特定のため服役中の天才ハッカー、ジレットに協力を要請する―ゲーム感覚で難攻不落の対象のみを狙う連続殺人犯は何者か?息詰まるハッカー同士の一騎打ち。
(アンダーラインが消せない。どうしたのかな。)

おもしろかった。
ネット世界、ハッカーを題材にして彼のどんでん返しが続く。
誰が犯人か、協力者か、疑ってかかる読み手をどこまで裏切れるか。
実際にはどこまでか分からないが、最近のwinny騒動は、彼の空想も現実と紙一重である事を思わせる。

優れたハッカー(ウィザード)同士の対決、読み合いはかなり高度なものだ。
作者の長い間の情報収集により、説得力のあるネットにからむ犯罪ミステリになっている。
640ページと長いが、どんどん読めた。
相変わらずのどんでん返しと、ささやかなハッピーエンドも良かった。

今やどこでもコンピューターが活躍している。それ無しでは始まらなくなっている。
つくり上げた人間がそれを上手に使える力を持つことが大切なのだ。
これはどの科学にも通用する事ではある。
四角い箱の向こうに広がる限りのない空間を現実と結びつけるもの。
豊かな暮らしに必要なもの。
大事なのは生きていく人の心。
人は実際に生きて暮らしている。人々と係わって生きていく。
その中でパソコンも上手に取り入れる事ができなければならない。

日の当たる外へも出ましょう。 っていうことですね。

青い虚空

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2006年4月 1日 (土)

特派員?からの報告

Todorigahuti_1 朝早く「桜狩り?」(とはあまりいいませんね。)に行ってきました。
せっかくカメラに電池を入れたのに
どうやら空の電池にわざわざ変えて出かけてきたらしい。
残念でしたが、そこが「さすがわたくし」でございます。

まず飯山観音へ。
板東33観音霊場第6番札所。3000本の桜が山裾を彩ります。
もちろん母の御朱印ももらって。
「桜祭り」開催中でしたが、9時までは近くまで入れました。
それから丹沢の山を廻って
日帰り温泉に10時に入り(おかげでとても空いていました。)
午後からは歩行者天国になる、地元の満開の桜のトンネル(この写真は去年のものです。)を車で走りぬけました。
山はもう少しでしたが、この辺はこんもり盛り上がって絶好調でした。まさに早起きは花見の得!であります。母も歩かずに桜を堪能できたようでした。
Tidorigahuti_3 写真は近くにつとめる特派員(息子2)に、昼休みに取材するよう命じた?(いえお願いした)ものです。
有名な千鳥ヶ淵花見報告であります。
Tidorigahuti_2

お堀に面して桜並木が続き、その姿が美しいのです。
たくさんの人が歩いていますね。
お昼をここでする人達もいます。

昔は良く行きました。
懐かしい場所です。

Tidorigahuti_4 Tidorigahuti4


日曜日は天気が崩れそうですから、一番の見頃でした。Hatosabure

桜に食傷したあなた、おいしい落雁はいかが?

鳩サブレの中に入っていました。
かわいくて食べられない・・(すぐおいしくいただきましたけど。)

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