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2006年3月の26件の記事

2006年3月31日 (金)

春でございます。

Harurannmann あまりの良い天気に買い物がてらお散歩に。
空も水色、春の色
気持ちいいですなあ。
私の住む当たりにも見ればぐるりと桜の木。Maenosakura 

全部
我が家の周りの桜たちです。

Kouennnosakura Yumenoyou夢の中のようです。

隣の団地にも良い桜があります。
Sakura4 淡いピンクに染まったようで、さてお茶でも飲みますか。(どんな良い気分でも食欲は忘れないらしい。)
Haitunosakura_1Harudesune毎年見る雪柳の道。

その向こうに大きな桜。
その向こうにかわいいピンクのしだれ桜。

私の好きな道です。

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2006年3月30日 (木)

桜の季節

Sakura 桜の季節がやってきた。
(これは近くの公園の今日の桜)

車で走っていても
今まで見もしなかったところが華やかに光っている。

毎年咲く桜。
来年はどこで見るだろうか。
花屋さんで買える鉢花と違い、季節ごとにしか見られない。
一年に一回。だからよけいいとおしく、花を愛でたいと思う。Photo_19
友人から井の頭公園の桜の写真をいただいた。その中の一枚をお裾分けです。

昔!は良く行ったところです。

早い桜と思っていたけど、
もうじき4月なのですね。

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2006年3月29日 (水)

青梅へ

Iriguti 友人達と青梅まで出かけてきた。

繭倉と言うところで友人の息子さんの手作り家具の展示会。
石造りの倉を再利用したギャラリー&レストラン。(最近この手のものが増えていますね。青梅の織物工場の跡らしい。)

お腹が空いては・・・
ということでまずお食事。
昼時なので、結構混んでいます。 
「繭膳」を頼みました。ヘルシーです。Resutorann Mayu     

相変わらず写真を撮る前に食べてしまい、HPからいただきました。→

Garari 一階がレストラン。
少し作品も置いてあります。

階段を上るとギャラリーです。Kinonukumori
木目を生かした大きなテーブル。ここに座ると色々思いが広がります。

置ける場所があったらねえ、おばさんは思います。木に囲まれていると気持ちもゆったりしますね。

KagutatiRanntyonnmatto

ランチョンマット風もあります。

素敵な空間にお別れして青梅の町を歩きました。Mayugura

Jinnjyato昭和レトロ、映画の看板もあり、我々の先輩の集団が「昭和レトロ博物館」を探索していました。

住吉神社の前には「眼下の敵」!

駅前でレトロな香りのする喫茶店で休んで帰りました。ケーキセット。

良い一日でございました。

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2006年3月27日 (月)

貝合わせ

Tyurippu2 花便りも盛んな昭和記念公園に行ってきた。
友人の参加するグループの主催で「貝合わせ」が行われるという。日本庭園の中の純和風の建物「歓楓亭」にて。

貝合わせとは「平安朝末期から起こった遊戯。360個の蛤の貝殻を両片に分け、一片を地貝(ぢがい)もう一片を出貝(だしがい)と言う。1個づつ出してあわせ、対になる貝を多く取った者が勝ちとした遊戯。(大辞林・・・三省堂)」

はまぐりなど二枚貝は対になるのは一つしかないので、お嫁入り道具に持って行ったようでもある。姫路城に行ったとき千姫も貝合わせをしていましたっけ。Hinaninngyou

貝合わせというゲームもさることながら、私は大きなはまぐりの内側に書かれた美しい日本の美に感動しました。
金の下地の上に、四季折々の行事や花々などが書かれています。
それは少しだけあった私の「絵ごころ」を刺激してもくれました。

Kaiawase はまぐり自体の模様も美しい。
これまた一つ一つ微妙に異なっています。
それをヒントに同じものを探します。

間違えたら「お許し遊ばせ」と言うそうな。Hamaguri Hinamaturi
Osekku ひな祭りと端午の節句。

季節感があって良いですね。

Jyuugoya これは表にも書かれている。
秋の十五夜。ススキに満月が幻想的。

他にもいろいろあったが、ピンぼけになり、残念。
お茶とお菓子もおいしかったです。そのあと寄った盆栽園でも大きな感動を得ました。

Zurari Bonnsai

盆栽の一つ。ひめしゃらの株立ち。

想像力が私を小人にします。

貝合わせも調べてみると、平安時代から江戸時代へとその遊びの内容も変遷しているようです。はまぐりの用意が大変の様でした。貝の内側には、源氏物語や花鳥を題材とした同図様の極彩色(ごくさいしょく)の細密画が描かれたそうです。
今はアクリル絵の具で彩色しているとか。

Kaiawasesakura_1  広大な敷地に色々な風景。
桜の木たちも「あともう少しで咲こうね。」って話し合っているようで、
数日先のすばらしい時間を待っているようです。
一日その空間に友人と浸って、楽しく過ごしました。
そのあとのビールのおいしかったこと!
先日の狂言に続き、現代に生きる「伝統」に触れられた、まさに「私の好きな時間空間仲間たち」の一日でありました。  貝合わせの実習はこちらなど。

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2006年3月26日 (日)

食べることは命のもと・・・

「今日ね、夕ご飯一緒に食べに行こうと思ってるけど、
何食べたい?すき焼きにしようか。」と電話すると
「ダメ!(いつになく強い口調だ。)
来週お医者さんだから、ダイエット中!」と母。

ということで
その日は野菜いっぱいの寄せ鍋にした。
白菜1個、ネギ10本以上、水菜、キノコなどあふれんばかりの野菜に
肉やホタテなど。

私も非常にお腹いっぱい。
お風呂に入り、
家に帰ってきて、
息子2がお茶入れて大福を食べようとしている。

「せっかくおばあちゃんがダイエットしてるから
目の前で食べるのは悪いからね。」
という。
「え?!おばあちゃんさっき食べてたわよ。」
「えー。」(息子もさすがにびっくり!)

さすが私の母である。
ダイエットでも好きなものは食べたい。

今度やせてなかったら
血圧の薬を増やされるということで、
それは是非とも阻止したいようだ。

がんばれ・・・(人の応援はできる。)

やはり口から食べて、身体に栄養を入れることは生きることの源。
食べることは命のもと、である。しかし・・・
過ぎたるは・・・でもある。
それはよーく分かっている母娘(この場合は私が娘)であります。

今から私は昨日の大福をたべまーっす。
でもまだお腹いっぱいです。大丈夫かい?おばあちゃん。

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2006年3月25日 (土)

狂言・野村萬斎に行く

Mannsai 正確には「野村万作・野村萬斎 狂言公演」である。開演は夜7時。
その前に食したパスタとグラスワインで満腹、
しかもほどよく暖かい中、
最初の解説は眠気との格闘、何とか聞く事ができた。
しかし最後は
身を乗り出して見入った。
久しぶりの公演にわくわく。ライブ?は良いな。

演目 
1・附 子
(ぶす) 
 
附子(とりかぶとの根を干した生薬)という毒の入っている桶には手を触れるなと言い置いて、主は太郎冠者・次郎冠者に留守を命じる。
 太郎冠者は好奇心から附子を見たいと欲し、次郎冠者に協力させてこわごわフタを開け、見ればうまそうなので一口食べて、毒ではなく、砂糖だと知る。砂糖と聞いて次郎冠者も寄ってきて食べ、二人は桶を取り合って、皆食べてしまう。
 太郎冠者のいれ知恵で、掛物を破り台天目(台に乗った天目茶碗)を粉々にした二人は、主の帰宅と同時に泣き出す。主が理由を尋ねると、大切な品々を誤って壊してしまったので、附子を食べて死のうと思って、桶の中の附子がなくなるまで食べたけれどまだ死なれない、と言う。

2.「千切木(ちきりぎ)」
句会に仲間はずれにされた太郎が無理やり登場し、悪口を言う。怒った皆に足蹴にされる。それを妻が見つけて、叱咤激励され各家を廻って仕返しを試みる。だが、どこも留守で、それをいいことに気弱な太郎は色々怒鳴り散らして去る。という気弱な太郎と気が強いが夫思いの嬶天下な話。

伝統の形式美の中におかしみがある。
1演目の中に結構笑いが起きる。
しかも会場中が笑うのだから相当なものだ。
単純化された舞台、その中で全部が完結する。

舞台をぐるっと回れば東京から札幌に着いた、っていうことにもなる。
鑑賞者はそこで札幌の景色を思い浮かべるのだ。

間合いの良さ、今でもありそうな話、朗々とした声、
それらが簡潔な舞台で想像力を味方に演じられる。
おもしろかった。

テンションが上がると「謡い」になるということで、
さらにすばらしい声。
さすが萬斎さんは存在感がある。って言うか、待っていたから。

附 子」は学校狂言の一つ。
子どもの笑い声も聞こえた。

「千切木」は立衆がたくさん出てくる。
将棋の駒のようにそれぞれの役者の立ち位置が決まっている。
いない時は座って正面を向いている。縦に並んで座る様も美しい。
舞台脇に下がっていくのではなく、そのまま舞台に居続けるという形。
観客が彼らをいないものとして見るという了解で見ているためである。
一つの舞台ですべての話が進んでいくのだ。

やられたらやり返してこいという奥さん。
「そんなコトしたら死んでしまう」といやがる主人公に「死んでも良いから」「仕返しするまで家には入れない」と答える奥さん。
そう言われてしかたなく仕返しに行く。
「○○はいるか?」とおそるおそる聞くと、間髪入れずに「留守!」と答える。
その間の良さ。
単純な動作の繰り返しも美しい形式美。
砂糖の桶を取り合って行くところも同じおかしみ。Deji

学生時代に何回か能楽堂で見た覚えがあるが、
「なーんにも覚えていない。」
学ばされているとき(いや、そのときも学びたくていってたんじゃないのか?)と自分で見に行く事の違い、だなあ。

こういう地道な公演が日本の伝統文化をつないでいくのだと思った。今度は能楽堂めぐりをしてみたい。

写真右は昨日していった友人作の「デージーのネックレス」 直径2センチほどでひっそりと可愛いのです。

 

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2006年3月24日 (金)

『博士の愛した数式』小川洋子

人の波から遅れてしまったベストセラー。18

出版社/著者からの内容紹介
記憶が80分しか持続しない天才数学者は、通いの家政婦の「私」と阪神タイガースファンの10歳の息子に、世界が驚きと喜びに満ちていることをたった1つの数式で示した…。頻出する高度な数学的事実の引用が、情緒あふれる物語のトーンを静かに引き締め整える。著者最高傑作の呼び声高い1冊。

何を隠そう(隠す事もないけど)、我が家には「タイガース」のファンがいる。
「今日この本もっていっていい?」 珍しい事だ。
作者も同じくのファンのようでそれで親しみを持っていたようだ。

去年ペナントレースも佳境に入った頃、夫の持ってきた新聞の切り抜き。
そこには小川さんが書いた阪神優勝を待つファンのやきもきした気持ちが、
ユーモアたっぷりに書いてあった。
彼女の文に接した初めての時だった。
作品とは異なる文調で(当然か!)しかし夫には強く彼女の名前が刻まれていたらしい。

「1990年の芥川賞受賞以来、1作ごとに確実に、その独自の世界観を築き上げてきた小川洋子。事故で記憶力を失った老数学者と、彼の世話をすることとなった母子とのふれあいを描いた本書は、そのひとつの到達点ともいえる作品である。現実との接点があいまいで、幻想的な登場人物を配す作風はそのままであるが、これまで著者の作品に潜んでいた漠然とした恐怖や不安の影は、本書には、いっさい見当たらない。あるのは、ただまっすぐなまでの、人生に対する悦びである。 」

確かに彼女の作品は不思議な雰囲気がある。
その中ではこれは
普通に読める気持ちの良い本であった
恐怖や不安ではなく、信頼と平穏な愛が入っているからであろうか。
だからこそベストセラーにもなった。
文章力がすごい。意味の分からない数字や数式にふわっとした衣装を着せて、
文化系の私にもそれらに存在感を感じさせ、夢を持たせてくれる。
彼女はそういう専門なのだろうか。

しかし読み終えると、ほのぼのほんわかは残るが、
前に読んだ本のような強烈な印象は残らない。
それが「普通」「万人受け」「一般的」=ベストセラーという事なのかな。
どうしても映画の配役で考えてしまうのが、残念というか何というか。

もう少し彼女の本も読んでみようか。

Photo_18
写真は野球を見に行く場面で思い出した、数年前の甲子園。あの3月の旅ものんびりした楽しい旅であった。

経験を重ねると自分の中の引き出しから思い出を出して、本の内容に重ねて読む事も多い。
その分、想像力が負けてしまいそうになる。

「知ってる」「やったことある」「いったことある」で片づけないで、小さな事にも感動できる気持ちは忘れないでいたい。

博士の愛した数式 博士の愛した数式

著者:小川 洋子
販売元:新潮社
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年3月22日 (水)

「夢」を話す

「語る」ではない、「話す」である。
「夢」は将来の「夢」ではなく、「今朝見た夢」である。

先日、娘夫婦と朝食中のはなし。
「急にさぁ、NHKの大河でナレーションすることになってね。」と、夫。
「ふーん」
「それなのに、原稿忘れちゃって、焦ったよ。○ちゃん(娘)に原稿原稿って!!」
「現実にもそんなことあったからじゃない?」と私。(その際は私がお世話しました。はい)
「どんなナレーションだったの?」
「第何代村上天皇は…(どうやら岸田今日子風にやりたいらしい口調)」
それを聞いて私たちは大笑い。

その間
「へー大変じゃないですか。」「ふーん」と
心配そうな婿の◎ちゃん。
前の「夢でさ」を聞き逃したようだ。(彼はまだ我が家のぶっとんだ会話に半信半疑である。)

それはともかく
我が家での「夢を話す習慣」は長い。
娘が一番かな。

幼稚園や学校へ行く前の一番忙しいとき
流し台にへばりついて
「今日の夢はね。」と話し出す。(毎回これが始まりだった。「それきたっ!」って思う私。)
流し台に頭が出るぐらいの背の高さで、
おそらく私の流す水しぶきも浴びながら
私の立派なお尻に向かって話していた感じだった。

ほとんど毎日。(忙しいときは結構大変であった。)
時に長く、時には三つも!見ることもある。
内容は夢だし、子どもの話だし、
おもしろいものもあったが、わすれてしまった。
しかし、流し台の縁に両手を置いて、私を見上げて、
忘れないうちに話そうというその顔は
楽しげで、夢見がちで、良く覚えている。

時々
紙切れに書き留めておいたが、その紙切れも
この家のどこかで眠っていることだろう。

これからも良い夢を見られたらいいですね。(私はほとんどイヤな夢は見た事がない。忘れちゃうからかな。)

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2006年3月21日 (火)

映画『グリーンマイル』に思う。

B0000a4htu09 BSで見てしまった。長い。
何度目かな。
有名なものなのでご存じの方が多いと思う。
本や映画は見るTPOが違うとまた違うことを感じるものだ。

作品紹介
大恐慌時代の1935年。ポールはジョージア州にある刑務所の、死刑囚舎房の看守主任。同僚と共に”グリーンマイル”と呼ばれる通路に続く電気椅子で、受刑者を心安らかに死なせてやるのが最大の勤めだった。ある日、双子の少女を惨殺した罪で、大男の黒人コーフィーが送られてきた。それ以来、不思議な出来事が次々と起こり始め、彼の同僚と他の囚人達は、やがてコーフィーは無実だと確信するのだが…。
アカデミー賞作品賞他4部門にノミネート。「ショーシャンクの空に」の監督フランク・ダラボン、原作スティーブン・キング、アカデミー賞俳優トム・ハンクス主演で贈る話題作!!ある刑務所看守が出会った、1人の死刑囚との不思議な体験を描いたドラマ。
1999年、アメリカ、188分


本も読んだし、何度めかなので夫に説明しながら見ていた。
案の定、夫は映画に入り込んでうるさそうにしていた。当たり前ですね


「グリーンマイル」は死刑囚が最後に歩く緑色の廊下の事。
「人にはそれそれのグリーンマイルがあり、
人はそれぞれの早さでそこを進んでいく。」

主人公は死を望んだコーフィから命を分け与えられ、人より長い人生を生きていく。
生きる事が贖罪になると思うかのように。
そして
多くの愛する人を見送り、その悲しみに耐えて行くのだ。

人は誰も「死に向かって生きている。」
これはどんな人間も変えられない。
そこへ行き着くまでをどのように生きるのか、はその人に任されている。

いつも漠然と頭の中ではそういう事は思っていた。
だからこそ、自分の人生、毎日を精一杯に生きていこうと。
しかし実感として自分の死を感じた事はあまり無かった。
見終わったときそれを思って、少し怖くなっていた私。

命のつながりを思う今日この頃だからだろうか。
自分の命がつながっていくことの喜びと
普通の人間個人の命は無限ではないことの再確認。

「中年期には次は老年期がある。老年期になると先が無くて、すぐ隣にはいつも死がある。」
ボランティア講座で聞いた話。
確かにそうなると、考えるだけで鬱にもなるな。
どんなに明るくても時々は顔を出す想いだろうな。
そう考えない生き方もあるだろうけど。

ま、考えてもしょうがないね。
せっかくの生きてる時間だもの、大事にいきましょう。

今日は野球の応援だぁ。

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2006年3月20日 (月)

忙中閑?

日曜日から
娘夫婦がやってきて、(そのため土日は必死のお片づけでごわした。)
一日遅れの誕生祝いをしました。

今日は二人とも休暇を取っていて
父親もつきあいで休みを取り、
二人はゴルフの練習へ、
娘は駅の方へ買い物へ。

で、わたしは
コーヒーと共にここにいます。

娘も6ヶ月に入り
かなりそれらしくなって来ております。

以前先輩に「孫はなぜそんなにかわいいの?」ってきいたところ
「たぶん子育ての追体験ができるからじゃないかな・・・」にいたく同感しました。
  それを、すでに今から実感しています。 
その方は男の子のお母さんでしたが、今は大きくなって偉そうにしている息子を育てた頃の思い出を追体験しているということでした。
子どもよりは孫は責任がない、という事ももちろんあるでしょうけど、自分も子育てをしてきた、という思い出が遠くなった今、それがまた懐かしく近くに寄ってきているということでしょうか。

娘の体験に自分のを重ねて思い出しています。
「一人ならどうってことないわよ。」って言わないようにしなくちゃ。ふっふっふ

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2006年3月17日 (金)

ただいま

Pic_roten_1 日曜からの温泉ツァーも無事終了

最後に父の墓参りに行って
心もすっきり、
たぶん父も一緒に温泉に来てたとはおもうけどね。

母には「板東33カ所めぐり」という新たな目標もできて
有意義な一週間でした。

三寒四温というには急激な「春の嵐」もあったようですが、
我々にはあまり縁がなく
楽しく温泉でぽちゃぽちゃ・・・
伊香保黄金の湯…茶褐色の温泉。昔から工夫して諍い無いように、小間口というもので10軒の旅館に配されているそう。
無色透明が酸素にふれることによって茶褐色にかわる硫酸塩泉。そういえば、しょっぱかった。

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2006年3月16日 (木)

榛名富士

Mizusawa_1_1 まずは水沢観音へ。
母はここで板東33番観音霊場めぐりの御朱印帳を買いました。
また新しい目標ができました。ここはその16番札所です。

ひとりで急な階段を下りて
正門見学。

急で写真を撮るのも大変でした。
なかなか趣があります。

たくさんの人が来ていました。
「今日で満願だ!」って話している人が幸せそうでした。

Harunako_1 榛名湖はまだ凍っていて、不思議な色をしています。

薄い日差しが
枯れ木の影を
氷の上に落としていました。

Harunasann 山のうえは
まだまだ春の日差しが
遠いようです。

眠りから覚める前の
「お姫様」のように
うちに秘めた美しさが気品を感じさせます。
Sakasaharuna

                            ボートも出番を待っています。
Harunajinnjya 山を下って榛名神社へ行きました。山門。
そこから川に沿って杉林の間を登っていきます。Honnguu

大きな岩がある間に
神社がはまっています。Iwanoaidani

Sugikodatinonaka

Taki Yatatenosugi滝が凍っています。真ん中だけ水が流れて。寒いのですね。

「矢立の杉」です。
大きな杉がたくさんあります。

由緒は古いようです。
なにか厳かな雰囲気があります。

そして早々と宿に着き、近くで昼食。「おきりこみ」うどん。おいしかった。Isidann
伊香保の石段街。
階段苦手な母も横から出てちょっと降りて見ました。

湯ノ花饅頭をおみやげに買いました。
お店の女主人は母と同じ83で、
同級生でした。

宿に一番に入り、内風呂、露天風呂と満喫して
「い~い湯っだっな、ははん。」でございました。

考えると「石段」が多い旅でした。

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2006年3月14日 (火)

富士山とにらめっこ

Asahinohuji
ニュースによると全国的に寒いようだ。昨日の静岡は暖かかったが山梨は、富士五湖は寒いかな。

おかげで富士山はくっきり。
窓の向こうに見える富士山と私はいつまでもにらめっこ。
日が昇って白い雪も山裾の森も赤く染まる。
美しい。
寒いので外には出ません。
部屋から時々窓を開けて。 Sakasahhuji2

逆さ富士もはっきり。

私は富士山が好きだなあ。

露天風呂からも
よく見えます。

見知らぬ人も
富士山に心を開き
いろいろ話しました。

Rotennburokara 湯煙の向こうに河口湖と富士山。
近いので日帰りばかりで
泊まるのは初めてです。

夜の露天風呂も良かったです。
河口湖温泉

月が出て
星も出て
富士山は夜なのに
よく見えました。

Kouennkara Oisisounayuki

富士山だらけで
すみませんね。クリックして見てください。

好きなんだなあ。
新雪がおいしそうです。

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2006年3月13日 (月)

海の日の出

Taiheiyouhinode 日の出は6時過ぎ
私はひとりでカメラを持って海に張り出したテラスへ出かけました。

あいにく
富士山は見えませんでしたが、
大きな太平洋に昇る朝日は輝いていました。
太陽に向かって飛行機雲を光らせて進む機影。
このあと海の見える露天風呂へ飛び込みました。

Minobusannnokaidann 身延山の階段
私はここを登ったことがある。ここへ来るのは三度目です。
Hiroigarann Sidaresakura_1有名なしだれ桜。満開の桜が思われます。
数年前に来た時を思い出しました。

Matarerusakura 桜の木ももうじきよ、と色めいているようです。
前に来たときの同じ場所の写真を見ると
花が違って面白い。

本栖湖から河口湖へ回ります。
本栖湖付近からも富士山がよく見えました。
富士五湖ですから。

Hasitoyuuhi 夕焼けがきれいでした。

空はいろいろな色を見せてくれます。
富士山を含む風景が
太陽で
色を変え、雲を変え、
見ていてもあきませんでした。

HujisannNitibotunohuji 上の写真は夕日が薄くなり、ピンク色の空。

右はもう7時過ぎなのにこんなにきれいに写った富士です。

「富士山は夜でもしゃんとしてるんだね。」
「みんなが寝たら、ぐた~ってしたらいいのに」
「偉いね。」
「朝、そろそろみんな起きてくるな、って起きあがったりして・・・」
相変わらずの我が家の会話であります。

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2006年3月12日 (日)

出かけますぞ!

Hakonetouge さてさて、一部屋にして良かったという話です。

母の誕生日のお祝いに出かけました。
妹夫婦と甥っ子達と一緒です。

待ち合わせは箱根峠の道の駅。
日曜日は道も空いていて早くつきました。
芦ノ湖の向こうに赤い鳥居が見下ろせます。
幻想的な風景です。

Kawadusakura 三島大社の駐車場では
青空に満開の河津桜。
きれいでした。可憐な花です。得した気分です。

いつも素通りする「柿田川湧水群」へ。これは川の中の井戸跡。その中からこんこんとわき上がる富士山の湧水。

石垣苺地方は混んでいました。宿に着く前に買い出し。Sakura2_1 ケーキにお酒など宴会用。

案内されたお部屋は
広々。
ホテルの突き当たりで
廊下と両側の部屋分を使った広い部屋。

広い和室が二間にリビング風の部屋、玄関?も広い。部屋の中に廊下がある。(うちより広いんじゃない?)

大きな窓からは太平洋が、
海越しに富士山が見えるはず。

実に「一部屋にして良かったね。」でありました。

Kakitagawanoido
Ygh0503_034 温泉に入り、食事ののち、海に面したリビングで宴会。
「はっぴバースディ」
ケーキもおいしかったし、
夫は自作のふき味噌で「ふき味噌豆腐」
地酒もおいしかったです。母も嬉しそうでした。

2日に21になった甥っ子も小さなケーキにろうそくたてて。
でも83にはかなわないね。
去年は道後温泉、そして今年。
来年もどこかでお祝いしようね。

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2006年3月11日 (土)

タンカン…屋久島

Tannkann ピンポ~ン
「ぁ、宅配便だっ!」
ばたばたと走って印鑑を持って、ドアをあける。

立っていたのは2階の奥さん。
屋久島のタンカンというものをいただいた。

検索してみたら
オレンジに似た芳香とみかんの約倍のビタミンCと高い糖度を持ち、手でむける簡便性から「皮のむけるオレンジ」といわれるのがタンカンです。…タンカンの本当の価値はその中身にあります。
屋久島タンカンは、美味しいばかりではなくその果汁には柑橘類随一のビタミンCが含まれています。
温州みかんと比べると約2倍の割合で含まれ温州みかんより大きいことを考えるとタンカン1個食べることで温州みかん3個~4個分のビタミンCを補給できることになります。
とある。
沖縄の名産でもあるらしいが、
屋久島の、あの屋久島で取れたっていうのも良いな。

早速実家に持って行く。
むくと、柑橘類のオレンジ系の香りがいっぱいに広がる。
朝に柑橘の香りをかぐだけでも健康に良いそうだ。ふ~んわり!どう?香った?

屋久島も行きたい、縄文杉に会いたいと思うが、
だんだん遠くなる~

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2006年3月10日 (金)

私は女優?

還暦に入院した母は腎臓ガンだった。

父はどっしり威厳がありそうで
こういうことにはからきしだめである。

検査をいっぱいしたあと
ある日、父と私はナースセンターの向かいの個室に呼ばれた。
テレビでよく見るように
写真をカシャッとはめ込んで説明する先生。

なにやら腹部に大きなものがある。
説明もよく分からないまま
「はぁはぁ」うなづく。

最後に思い切って聞いてみた。
「その大きなのは悪性腫瘍っていうことですか。」
「そうですね。」「・・・・・」「…」

「どうぞよろしくお願いします。」頭を下げて廊下に出ても
突然のことに何も言葉が出ない。

長い廊下はずっと向こうまで細くつながって、
突き当たりには明るい日差しが差し込むガラスまど。
その一番奥に母は、いる。
そこまでの距離が遙かに遠く感じていた。今でもその廊下の長さは時々頭に浮かぶ。

一歩二歩三歩
歩きながら私は自分のできる限りの早さで必死に考えた。
先生もおっしゃってたように、
母には言えない、
それだけは確信した。

母の隣の部屋のドアを越えたところから
私は思いっきりの笑顔になった。
そして、ドアを開ける。
「おかあさ~ん!調子はどう?」

まるで何もなかったかのように
私は朗らかに振る舞った。
自分でも見事だったと思う。
自分の頭の中から消し去ることでそれ自体も消えてくれると思うように。
父がその時どこでどうしていたのかは記憶にない。

私は女優?
一生に何度かしかできない演技であった。M0160

17,8年たって、お医者様から告げられるまで
母はそのことを全く知らなかった。

今日は母の83才の誕生日。
    おめでとう!、これからも元気で遊ぼうね。

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2006年3月 9日 (木)

おっちょこちょいな…思い出…の一つ

買い物の途中
着飾った若いお母さんと子どもを見かけた。
卒園式だな。

かくして私はハンドルを握りながら
またもや20数年前に思いをはせる・・・…

母の還暦の3月
下の子ども達は卒園だった。

よく雪の降る年で、D0250 当日も雪が降っていた。
なぜだか分からないが支度に手間取って
気がついたらもう急がないと、という時間。

雪の降る中、
私は二人の手を取って坂道を急いで登っていった。
       (私にはそのとき卒園する子どもが二人いたのです。)
雪の降る中、汗だくで、
子ども達も引きずられるようについてきた。

途中誰にも会わない。誰も歩いていない。
ますます焦る私。
やっと門の前に着く。
「卒園式」という看板がぽっつーん。

「あれっ?}
式場に回ってみると、
紙の花の飾り付けをする先生たちの背中が見える。
忙しそうに動く先生たち。
他には?   いない。

?????
どうやら1時間、間違えちゃったらしい。
先生と一緒に式場の飾り付けをして…
やれやれ

どうりで誰にも会わなかったはずだ。
でも1時間遅くまちがえなくてよかったー。

思い出深い卒園式だったことは言うまでもない。A0300

この手の失敗が多くて
子ども達にこのことで責められていないのは幸いである。
もしかして先生と長く一緒にいられて嬉しかった?
         そんなことはないか。

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2006年3月 8日 (水)

スケルトンな木たち

Ki1_1  プールに行った。
その公園で帰り際に
ふと見ると三角の美しい木が見えた。
気持ちの良い日和だったので
帰る前に寄ってみた。

葉は落ちて
木の幹と枝がその姿を現している。
すっかりスケルトン状態。
その向こうの青空が透けて見える。

しかし美しい形である。
まずは並木道の木々。

Ki2_1 遠くから見えた三角の木たち。一列に7.8本並んでいる。

Ki3_1 これから
やってくる春に
この木がどのように
緑の衣をまとっていくのだろうか。Ki4 楽しみである。

反対側に回ってみると
日差しを浴びてこんなにきれい。

空を指さす矢印?
三角定規?Ki5
Ki6_3

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2006年3月 7日 (火)

春一番!

Ume 昨日このあたりは春一番が吹いた。

別にだからどうってこともないけど、
春がそこまでやってきましたぁ」っていう雰囲気がして、こちらも何か腰を浮かせて、「いらっしゃーい」っていいたくなる。


実家の梅も良い花をつけている。逆光にきれいです。梅の実も期待できるぞ。

Hukujyusou 福寿草は盛りを過ぎていますが、
黄金色の花はまだ光っています。
結構大きい花で直径4,5センチ有りそう。

これから花たちも
いそいそと競い咲き始めるのだろうな。

そうはさせじと「ふゆ」君も
がんばっているようで今日は少し寒い。

そのせめぎ合いも人間にとっては対応が大変です。

Hayazaki_1 早咲きの八重の梅は
もう散り始めていました。

風に吹かれ、
白い小さな花びらで     
地面いっぱいに水玉模様を描いています。
こうして季節は少しずつ勢力図を変えていきます。

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2006年3月 6日 (月)

「凍りついた香り」小川洋子

434440136009 「凍りついた香り」 小川洋子 幻冬舎文庫 
内容(「BOOK」データベースより)
今でも彼の指先が、耳の後ろの小さな窪みに触れた瞬間を覚えている。まずいつもの手つきでびんの蓋を開けた。それから一滴の香水で人差し指を濡らし、もう片方の手で髪をかき上げ、私の身体で一番温かい場所に触れた―。孔雀の羽根、記憶の泉、調香師、数学の問題…いくつかのキーワードから死者をたずねる謎解きが始まる。

調香師の彼がなぜ命を絶ったのか、涼子には分からない。
それどころか調香師以外の彼の歴史や才能も知らなかった。
数学の天才で、スケートの名手であった。
そして彼のことを知ろうとプラハまで訪ねて行く。

そういうとぎすまされた感覚の人間に縁遠いものとしてはどこまでが現実なのか、夢なのか。
ミステリなのか、恋愛小説なのか。
よく分からないまま、でも結構早く読み終えた。

小川ワールドとはこういうものか。
不思議な世界に連れて行かれた。
日本語の持つ繊細さで不確かな世界が表現される。

シチュエーションも良く
幻想的な世界が広がる。
読後感は悪くない。
少し寂しく、泣いたあとのようなすっきり感もあり。

しかしどう捉えたらいいのか、わからない
とらえどころのない人の心と、人の記憶の中の哀しさかな。

孔雀の羽の模様の瓶に入った香水「記憶の泉」
孔雀は「記憶」を司る神の使い。

「過去はそこなわれません。…そうやって記憶は保存されていきます。
たとえその人が死んだあとでも。」

凍りついた香り Book 凍りついた香り

著者:小川 洋子
販売元:幻冬舎
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年3月 5日 (日)

夢のお告げ

どうぞ聞き流してほしいのだけど…

寝る段になってトイレに行ったら
何だか流れが悪い。

完全にではないが
流れが悪いのだ。

そこで
昔使ってたパッコンパッコンするもの、棒の先に丸いゴムがついているもの
を探してみたが、どうにも見つからない。

出張中の夫にメールで
「トイレ詰まりを直すのどこにあるか知らない?」と聞いてみた。
が、返事無し。
飲んで寝ちゃったんだな。

朝、寝ぼけ眼のところへ夫から電話。
「今朝、夢でさ、トイレが詰まって困ってるところを見たんだよ。
それでメール見たら・・・驚いたよ。」
「ふーん、面白いね。そんなこと有るんだね。」
「で、どこにあるか知ってるの?」
「知らない。」

夢のお告げで
どこにあるか、出すところまで見せてくれたら良かったのに。

管理人さんのところで借りて
無事開通!

やれやれ

次はもう少し違うお告げを!お願いします。

夢と言えば私もよくいろいろ見る。
今朝は仲良し友人達の夢を見た。
何かあるのかな。楽しみ。

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2006年3月 4日 (土)

『クリスマス・プレゼント』ジェフリー・ディーヴァー

ディーヴァーの短編集。文春文庫2005,12月
スーパーモデルが選んだ究極のストーカー撃退法、オタク少年の逆襲譚、未亡人と詐欺師の騙しあい、釣り好きのエリートの秘密の釣果、有閑マダム相手の精神分析医の野望など、ディーヴァー度が凝縮されたミステリ16作品。リンカーン・ライムとアメリア・サックスが登場する「クリスマス・プレゼント」は書き下ろし。「BOOK」データベースより

邦題は「クリスマス・プレゼント」だが、原題は「Twisted」、帯には「どんでん返し16連発」と有るらしい。
短編なのでライムシリーズなどのような内容をじっくり味わうというわけにはいかないが、
最初の一編からどんでん返しで先が思いやられる。
それぞれの作品にひねり、どんでん返しがはめ込まれている。
読み手も次第になれてきて筆者の先周りをしようと思いつつ読み進む。
しかしそれさえも彼は裏切ってくれる。
それぞれ面白かったが、中でも「三角関係」は私の意表をついた。
短編の構成のなかでだまされた。
また「ノクターン」はちょっといい話。
「クリスマス・プレゼント」は書き下ろしのライムシリーズ。始め「なーんだ?」と思わせ、
しかしそのままでは終わらせない。

短編なれど16編、小気味よく、これでもかという具合に流れ込んでくる。
流れに乗って早く読めた。
小道具?として「ガラガラヘビ」も何度か登場。彼が実際に見たんでしょうね。
これらの作品に肉付けをすればそれぞれ立派な映画になりそう。

まえがき」が良かった。共感するところもあり、ほほえましく思うところもあり、彼を身近に感じられた。そのころからの短編への思い、彼の少年時代からの歴史を面白く読んだ。
中学の時から作文の課題には短編小説を書いて出していたという。
たくさんのプロットはそのころからのものだろうか。

しかしよく思いつくものだ。
次回長編作にも期待。

映画「エリン・ブロコビッチ」2000年アメリカ 
監督:スティーブン・ソダーバーグ
出演:ジュリア・ロバーツ/アツバート・フィニー/アーロン・エッカート
「3人の子供を育てるために必死なエリン。交通事故のときの弁護士事務所に何とか入り込むが派手なスタイルと口ぶりで周りの女性にはなかなか受け入れられない。
 ある工場の廃棄物事件を担当することになったエリンは住民の苦悩を聞くにつけ、次第に仕事にのめりこみ人々の心を得ていく。巨大企業から史上最高の和解金額を勝ち取った女性の実際にあった奮闘記。」

テレビでやっていたのでまた見てしまった。
実際にあった話らしい。
本物のエリンもバーガーショップの店員で出演。
ジュリアロバーツ好演。観たあとにすかっとする映画。目的に向かって突き進むパワーあふれる姿はすごい。

クリスマス・プレゼント クリスマス・プレゼント

著者:ジェフリー ディーヴァー
販売元:文藝春秋
Amazon.co.jpで詳細を確認する

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2006年3月 3日 (金)

小さなひな祭り

Photo_6  今日はひな祭り
去年まで、がんばって大きなおひな様を
飾っていたが、
今年は出遅れた。

買い物に行ったら、早くも見切られた陶器の小さなおひな様。
定価の何割引のさらに半額。
つい買ってきてしまった。あまりの安さに母の分も。
Photo_2ついでに、
ほこりをかぶっていた、大昔に作った
粘土のおひな様を引っ張り出してきた。
子どもが幼稚園の頃。
そう、母の入院の頃だ。(まだつながってるね。
雑で、恥ずかしいほどだが、
思い出が当時の自分が出てくる。

なにげに姫の方が大きいのはなぜだろう。ハハ

後ろは去年京都で買ってきたおひな様風呂敷。Photo_10

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2006年3月 2日 (木)

母の還暦、私の・・

3月になると思い出す。

母が還暦になろうとする2日、母は入院した。
ひな祭りのケーキを焼いていたところに父からの突然の電話だった。

それから4月末まで。
母は入院して手術を受けた。
下の子ども達は幼稚園卒園、小学校入学の時期だった。
そのたびに病院へ見せに行った。
だから、よけい鮮やかに思い出すのかもしれない。

母は10日で83だ。
手術を終えたお医者さんに
「まだまだ60でお若いのですから、ここは完治して長生きしてもらいましょう。」といわれ、
私はその通りになってほしいと涙ぐんで大きくうんうんと頷いた。

母はあのときから生き方が積極的になり、
出かけるのが嫌いだったのに、
旅行へも誘えば行くようになった。
それから23年、良い時間を過ごせて来たと思う。

私は4ヶ月後に還暦で、初孫。
そう思うと母は若いばあちゃんだった。
だから孫の結婚式にも出られ、ひ孫も抱くどころか
寝かしつけることもしている。
どういう訳か甥っ子の子どもはひいばあちゃんの腕の中では
静かに寝付いてしまう。

前後に揺れながら寝かしつける姿に
「おかあさん、腹筋も使って健康にも便通にも良いよ。」
といっている。

人それぞれの還暦がある。
ぐるっと回って戻ってきたってことは、
みんなより若くなるってことジャン。

これからもいろいろ出かけて行こうね。

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2006年3月 1日 (水)

新居

今までのは
私が写真を多く載せるために
皆様にご迷惑を掛けることが多く、
デザインの変更を考えていました。

あっちこっちに
作ってみました。
しかしいまいち、で180度方向転換して
かわいいわんちゃんのイラストにしてみるか、ってことでココに決めました。

しかし文字は小さく
いろいろ不満はある。
それを何とかしてくれるのが我等が師匠N様。。
甘えて、お任せしたところ「かわいすぎる!」とあえなく却下され、(確かにそうかもしれないね。)
さらにトップに私の写真を使った、オリジナルを作り上げてくださいました。
長い時間を費やして頂きまして本当にありがとうございました。

両サイドにも白神の?森がいっぱいです。
ぜひ画面をいっぱいに大きくして
深呼吸して見てください。

 イン・アウトもできるのでまた、引っ越しもできる~ ランランッ!?

「住み替えフェア、開催!」ちょうどいまテレビでコマーシャルしてた。

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