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2005年12月の30件の記事

2005年12月31日 (土)

2005年 旅行・温泉リスト

① 1月10日~松本からスキー〔爺ガ岳スキー場)、大王わさび農場他。 松本温泉
② 2月1日~3日 冬の京都  
③ 2月11日~13日白馬岩岳スキー  大町温泉
④ 3月5日~13日      四国のおへんろ旅  足摺温泉道後温泉 三重・湯の山温泉
⑤4月15日~   角館、秋田へ 男鹿半島 秋田温泉
⑥ 5月3日~4日 万座温泉
⑦5月27日~29日   岩手、三陸海岸  温泉
⑧7月15日~18日  青森、白神へ 稲元温泉
⑨9月17日~18日 福島岳温泉

⑩10月20日~21日 伊那、天竜峡へ久米川温泉

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今年一年ありがとう。

今年も終わろうとしている。
世界中でどれだけの人が悲しみの中に家族を愛する人を亡くしたことか。
人生半ばで、思いがけないところで、 (むろんいくつだからもういい、などということは決してないが、)一つ一つの命に失われたその命に悲しみと無念さが,いつになったら消えるだろう。
決して消えはしない、知る人の心にいつまでも残る。
悲しみの事実はもとに戻りはしないのだ。
我が家は今年一年家族全員無事に生きて、暮らしてきた。そのことに心から感謝しつつ、世界中の平和と人々の安全を祈ろう。
来年は少しでも悲惨な事件が起こることが少なくなるように、悲しみにくれる人が少ないように、心から願わずにはおれない。
お願い! 天使の階段ベランダからいっぱいに見えた天使の階段

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2005年読書・映画リスト

2005年9月から
読書
1 「田舎医者」    見川鯛山  10月10日
2 「山医者のうた」  見川鯛山  10月13日
3 「山医者の茶飲み話」 見川鯛山 10月25日
4 「玲子さんの一日ていねいに暮らしたい。」 10月30日
5 「唐招提寺への道」  東山魁夷  11月14日
6 「死との抱擁」    バーバラ・ヴァイン  11月21日  ☆
7 「グランド・アヴェニュー」  ジョイ・フィールディング  11月24日  ☆
8 「シュリーマン旅行記 清国・日本」  ハインリッヒ・シュリーマン   11月30日 ☆
9 「春にして君を離れ」  アガサ・クリスティ  12月17日  ☆

映画・テレビ
1 ボクのボーカス   10月4日
2 「キャラバン」     10月23日
3 「ユリばあちゃんの岬」NHK  11月13日 
4 「ディープ ブルー」   12月5日
5 「K-PAX 光の旅人 」  12月6日
6 「日本一多くの木を植えた男」 NHK  12月23日
7 「永遠のマリアカラス」    12月25日
8 「ディープエンド・オブ・オーシャン」   12月30日

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2005年12月30日 (金)

映画「ディープエンド・オブ・オーシャン」

ディープエンド・オブ・オーシャン (99、米)  1時間48分
出演:ミシェル・ファイファー、トリート・ウィリアムズ、ジョナサン・ジャクソン他
ストーリー:ジャクリーン・ミチャードの「青く深く沈んで」という小説を元に映画化。
 3歳で失踪した息子の9年後の生還が家族に投げかける波紋と、彼らが必死に再生への道を探る姿を描いたベストセラー小説の映画化。
1988年、ウィスコンシン州マディソンのカッパドーラ家の3歳の次男ベンが母の高校の同窓会で行方不明になってしまう。 
大がかりな捜索が行われるが、手がかりは得られず。それから9年、ふとした偶然からベンと家族は突然に再会を果たす。
しかし、空白の9年を埋めることはあまりにも困難な道のりだった。  ある女に誘拐され、その家族に実の息子のように育てられていたベン。何も知らなかったジョージとは本当の親子のような絆で結ばれていた。そこへ現れたのがまさに本当の親であるべスら。 9年間。その時間は彼にとって何だったのか。そこには愛も家族も生活もしっかりあったのだ。 
単に血が通っているというだけでは通い合わない心。
家族として毎日暮らしあい、心を通い合わせることで積み重ねられた時間が作る愛情。 それが良い関係となる。

 彼の実の兄であるヴィンセントとの交流がなかなかいい。一緒に遊んだ思い出も香りでかすかに覚えている。 
兄弟として認め合い、家族になろうとする。兄弟のそのラストの場面に温かくなる。いい映画だ。
小さい頃の思い出を「おまえは怖がっていなかった。」「君が助けてくれると思ってたから。」と語り合う。さらに、行方不明になったとき、弟の手を離し、「消えてしまえ。」といってしまったと告白する兄。
それをずっと心に思って悔やんでいたのだろうか。
「いいよ、いつもいわれてる。」と許す弟。
兄ジョナサン・ジャクソンが良い味。 何もなければそんなことばは何回と繰り返したであろう、憎まれ口。
家族が家族であるということは、普通は何もない毎日の積み重ね。しかし、そうではないことも最近は多い。
平凡な毎日が過ごせることに感謝しないとね。
我が家も家族が増えた今年、新しく時間を重ね、心を通わせて仲良くいきたいな。 ウーピーがちょっと出ている。

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2005年12月29日 (木)

掃除

道の駅今年一年の自分たちの汚れ落としに温泉に行った。
このところ毎年行っている。
息子1は28から休みなのだ。去年は箱根へ行ったが、今年は野菜買いもかねて、埼玉西部へ。
花園インターから道の駅を廻る。いつもドライブの途中で土産に買ってきてくれるところらしい。
深谷ネギの産地。白菜も安い。

母と私はテンション高く、ネギを選び、白菜を買い、他にもいろいろ買い込み、温泉に入り、食事をして、夕方帰る。

母はいう。「こんなおばばとおっかあ?(え?わたし?)をいやでしょうに、連れてきてくれて、ありがたいね。」  妙義山

山の向こうは雲。こっちは快晴。榛名山のてっぺんは雪で美味しそうでした。妙義山を見て帰りました。

久しぶりに白菜の漬け物を作ろうかな。

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2005年12月27日 (火)

先がよく見えるように…蓮の箸置き

蓮の箸置き友人のところで仕入れた「蓮の箸置き」陶器の手作り。
一ヶ300円なり。(おいしそー、でしょ。)

お正月はこれを使おう。正月の縁起物、はす。
先が良く見通せるように。」と良く父がお正月にいってたっけ。とりあえず6個にした。あれ?水引の箸置きも用意するはずだったっけ?

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2005年12月26日 (月)

クリスマス しゅーりょー!

南京ハゼのリースクリスマスも実になにごともなく しゅーりょー。
息子は起きて「最近サンタさんが来てない。」とのたまう。
「何言ってるのよ。もう逆になっても良いんじゃないの。」と暗に要求してみる。
「じゃあ、サンタさんにおくるか。」
そこで「実はサンタは私だったんです。」と、夫と二人で先を争って告白して大笑い。
しばし子供の頃のクリスマスの話で盛り上がる。
実家での話。母もうれしそう。楽しそう。イブには甥っ子の夫婦とひ孫がやってきてケーキを食べたらしい。「お母さんは幸せよ。昨日はひ孫たち、今日は孫に子供、みんなでやってくるんだからね。」と幸せの自覚症状を強要。
28日には恒例年末温泉ツアーへ息子1と出かける約束をする。

友人からカードが来ていた。
『クリスマスカードありがとう。ブログ楽しく見ています。一日心に残ったことをああいった形で留めておくっていいよね。本も映画も、いろいろなことに目、心がむいていてすごい!と思いました。楽しいこともいっぱい持っているし、 掃除ができないことがよーくわかりました。エッセイを書いたり、編集をしたりがやっぱり好きなのですよね。これから先健康で自分の好きなこと楽しめていけたらいいですね。』
そう言うことです。
でも来年はほどほどにはきれいにして一週間前でなく三日前に言ってくれれば入室許可が出るように、 努力します
 では皆さん師走ですぞ。いざ!!!!!!

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2005年12月25日 (日)

映画「永遠のマリアカラス」

原題 : Callas Forever 監督 : フランコ・ゼフィレッリ 脚本 : マーティン・シャーマン 音楽 : ユージーン・コーン 出演 : ファニー・アルダン , ジェレミー・アイアンズ , ジョーン・プローライト , ジェイ・ローダン  収録時間 : 104分  2002年 
「15歳でデビューし、瞬く間に頂点へと登りつめた20世紀を代表するオペラ歌手、マリア・カラスの生誕80年記念作品となるドラマ。1970年代のパリ。声を失い、隠遁生活を送っていたマリアが、かつての情熱と誇りを取り戻そうとする姿を描く。」 
 世界的歌姫マリアカラス(1923-1977)。その後半生をフィクションを交えて描く。日本での公演(1974年)は声が出なくて最悪だったと言い、オナシスとの別れもあって、彼女はそれを最後に隠遁生活を送っている。(これは事実で、しかも観衆は大喝采をした。これがまた誇りを傷つけたらしい。)
そこにやってきた嘗てのプロモーター。 すでに全盛期を超えていて絶望していたカラスにカルメンの映画の話をもちこむ。彼女は制作過程の中でもとの輝きを取り戻していく。しかしその映画の声は全盛期のものをのせるものだった。 
そして彼女はできあがったすばらしいカルメンの映画の公開を断る。
それは彼女の人間としてのプライドなのか、芸術家としてのそれなのか。 世界中を魅了するその声はすばらしい。魂の歌声だ。しかしその声が衰えたときその存在は、過去のものとなってしまう。俳優ならそれなりの味で生き続けることができるが。 今の自分の声で映画を作りたいと願うが受け入れられない。興業としては成り立たないのだ。
その映画の自分は真実ではないと考える。今でも口パクというものがあるが、芸術家の誇りがそれをさせない。この企画は悪魔の誘いだったのかもしれない。プロモーターもそれを理解する。華麗な人生が加齢によって崩れていくという不安、おそれ。落ちていく力量をどこまで自分で許せるか。 その中でどう自分を持って生きていくか。

普通の人間である私はその年なりで良いと考える。(開き直りとも言う。)
長年使ってきたこの体、古くなるのは仕方ない、その年なりの経験や深みで違う面が出ればいいと思う。(ますます開き直りだ!)
単に見た目の若さのみが良いとは思わない。(はい、はい)
しかし、彼女は人間としてはそれで良いのかもしれないが、世間に認められる芸術家としては難しいのだ。
「普通の女であれば幸せだったのに。」彼女は言う。
だからこその栄光と苦悩、孤独と喝采。 そして、彼女は人間として真実に生きることを選ぶ。「私は私」その誇りかもしれない。
伝説的な歌姫の晩年を彼女の友人だった監督が創作も織り交ぜ、愛を込めて作る。映画全編を流れるカラスの歌声はすばらしい。心の底からしみいる声だ。
監督は彼女の友人。この映画は彼が晩年の苦悩の人生にもう一度明るい舞台への希望を示し、救いとしたのかもしれない。彼女の死にもう一度芸術家としてのスポットライトをあてたかったのかもしれない。そんな願いが漂う映画。
1977年9月16日才能に恵まれた波乱のその生涯を終える。54歳。

しかし我々だれにでも忍び寄る年をとるということ。(当たり前だ。) その中でどう生きるか、何を持って生きる価値とするか考えさせるものでもあった。
エイズを扱った「フィラデルフィア」で主人公が病を知って一人涙する場面での「アリア」は本当にすばらしかった。
彼の悲しみ、あふれる思い、涙の海を漂う気持ちが観賞する者にも伝わってきた。言葉で言わなくても分かる、音楽のすばらしさである。
確かに魂を揺さぶる声。今までカラスを選んで聞くことはなかったが、この映画で堪能した。
しかし、のんきな私は魂がしょっちゅう深く揺さぶられていては落ち込んでしまうかもしれない。くすぐる程度でも良いな。元気の出るロックも良いですよ。

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2005年12月24日 (土)

クリスマスの夜に…娘からの手紙

雪のリースクリスマスにプレゼントもほしいものはそう無い。
私が好きなのはクリスマスの雰囲気なのだと思う。娘が結婚したときにもらった手紙。はじめは「女性だけ何で」と気に入らなかったが、もらってよかったと思う。こういうときでないと、ね。で、こういうときなので良いことしか書いてないけど。ここでご紹介したいと思う。

(原文通り) 『お父さん、お母さん何だかはずかしい気もするけど、せっかくの機会なので一言伝えさせてね。
まずはお父さん。いろんな思い出をありがとう!家族思いのお父さんとの数々の思い出、みんな鮮やかに覚えているよ。
 昔、毎日お父さんにあてて書いた日記。お父さんの帰宅時にはみんなで隠れて、お父さんに見つけてもらった懐かしい習慣。入学式の日に泣き出して迷惑かけたこと。北海道のキャンプも九州一周ドライブも、鳥取の魚釣りも、みんな。 
お父さんの揺るぎない強い愛は私をいつも支えてくれました。  

それからお母さん。いろんな手助けをありがとう!私が友人関係で悩んだ日も、受験や就職でいらいらしていたときも明るく「大丈夫よ」とくりかえしてくれたね。
よく似たうっかり者どうし、失敗を自慢しあっては笑い飛ばしたりもしたね。それから○ちゃんにはよくうるさいと言われた楽しい朝のコーヒータイム。
 お母さんと過ごした時間は、いつも朗らかで暖かかった。何でも話せるお母さんがいてくれたからいろんなことを乗り越えてここまで来れました。
窓 私は、この家に生まれてきて本当に良かった。けんかもしたし、ひどいことを言ったこともあるけれど、お父さん、お母さん、家族のことはずっと大好きでした。 
わがままで気の強い私を、辛抱強く育ててくれたことに、こころから感謝しています。 これからも、変わらぬ親子ながら、もうちょっと孝行娘をめざすから、(一応)期待していてね。 

夫となる◎ちゃんは、心配性で暖かくてお父さんに少し似ています。私たちはお父さんとお母さんみたいに、あるいはそれ以上に、仲の良い夫婦になると思います。 
だから、心配しないでね。 今日は本当に、どうもありがとう。  ◎◎子』天使

今こうして書き写してみると、そのとき以上に心に残る。 今年のプレゼントとして大事にしたい。おまけにもう一つもらえるかもしれない、のだ。来年には。

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2005年12月23日 (金)

「日本一多くの木を植えた男」

NHK「知るを楽しむ選」この人この世界(再放送らしい)
日本一多くの世界を植えた男 …宮脇  昭

偶然見たテレビ。
情熱的に地球の木々を守ろうと働く先生。不可能といわれた熱帯雨林の再生に努力、成功。
「木々はちょっと厳しい条件にするとよく育ちます。」「自然の掟に従うのです。」
そして次は砂漠化した中国へ。
ボランティアで植樹をする日本人に「なぜ身銭を切ってするのか。」と聞いてみたら、「私も一生に一度ぐらい何か人のためになることをしたかったんです。気持ちがすっきりしました。」と答えたという。
「人は皆、物言わぬ市民は皆、何かをしたいと願っているのです。どちらかというと後ろ向きになりがちなこの時代、行政や企業の人はこうした心を活かすプログラムを作ってください。」彼は熱っぽく語った。
「日本人が、できたら地球の60億の人みんなで命の森を救ってほしい。」「みんな本気になればできるんです。」

私はこの先生を知っている。大学の一年の時、教養科目でお目にかかった。
そのときも「富士山にたった一本の道を造ることでそこの自然が壊される。」と情熱的に語っていて、印象的だった。 その事実を初めて深刻に教えられたのだ。
「植生」ということばが多く用いられ、「しょくしぇい」と発音するのも印象的だった。
あれからもう40年になろうとしている。なのに先生はあのときのままだった。
もしかしたらあのときは我々と同じ?そんなことはあり得ない。とすると自然に接し、情熱的に前向きに考えているからこんなに若いのか。
テレビでは「しょくしぇい」という発音は聞かれず、語りも何か哲学者のように心に届いてきた。
私はあのころから先生のファンなのかも。
調べてみると還暦はとっくに過ぎていて、今は名誉教授らしい。あのころは40前だったのね。それにしてもすごいパワー。また多くの著作があるようだ。
一志治夫著『魂の森を行け―3000万本の木を植えた男の物語』(集英社インターナショナル刊)がいい。本の写真を撮るのが面倒なのでアマゾンで失礼。この方が簡単なの。

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2005年12月22日 (木)

母はいつまでも母、で、私はリースを作った。

三日ほど用事でいなかったら昨夜、電話が鳴った。
「いまかえったの?」と母。「うん、そう。」
「楽しかった?」「うん」
「スーパーでね、お米が特売してたから。明日行くなら。」「いいよ。でも午後しかいけない。」

仕事があったし、二日出ていたので少々面倒と思い、今朝、様子見の電話をする。
「明日は天気が悪そうだから、今日行った方が。」という。
12時過ぎ、急いで行く用意していたら、また電話「お米がいらないなら明日でも良いのよ。」「いまいこうとしてたのよ。」「あらそう。」 ってなかんじ。
何か言いたいことあるのかな、用事かな、などと母の都合で出かけるという気分になっている私。
そして買い物に行くとお米がまだあった、とうれしそう。
昨日も妹と来たので自分の買い物はほとんど無い様子。
結局、この前私が安いお米がない、と騒いでいたのを気にしていたのだ。
これで今年は持つでしょ、という。
母の都合で呼ばれたと思っていた私だが、どうして母はいくつになっても子供を思う母だった。そしてこれからもそういう元気な母であってほしい、そう思った今日でした。 リース2

リースを作った。
片付けでため込んでいた葉っぱが捨てられてしまい、ベランダの枯れ葉(はぜ蘭の実、紫蘇の実、猫じゃらし,なんかの実など)と月桂樹、コニファー、ドライのバラと西洋朝顔の蔓で作った。
朝顔にはまだつぼみがあったのでそれを使った。

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2005年12月21日 (水)

居心地の良い部屋2

入り口の鉢以前夏バージョンを紹介した友人Mさん宅。
手作りの木のぬくもりのする居心地の良い部屋です。クリスマス会へ行く途中で迎えに寄りました。
いつもマンションの入り口には鉢植えがすくすくと育っています。それが目印。
自然派の友人です。
ロックコンサートへ一緒に行った数少ない仲間です。

 

Photo_11 大きなのテーブルの上にも大胆な木工の食器。
西陣?の帯地をテーブルセンターにしています。 すばらしい花木です。
息子さんは木工作家。
その手による作品が並んでいます。
大きなテーブル以外は木のものはすべて。

Photo_12 赤い実がいっぱいの花木。

明かりと調和しています。

Photo_13 I                          

木のぬくもりが感じられます。

Photo_14 Photo_15      

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2005年12月20日 (火)

恒例!クリスマス会

最初のテーブル今日は楽しみなクリスマス会
もう十数年友人Iさんは招いてくれる。料理好きの彼女はどんどん進化して、今は週二回客に料理を出しているプロである。いつも申し訳ないと思いつつ実は楽しみにしている。
こういうテーブルセッティングでお出迎え。メニュー付きです。 ちなみに去年(2004)はこうでした。Photo

部屋はすっかりクリスマス。
Pdrm0031まずは前菜。右からサーモンのプディング、牡蠣の生姜煮、ゆば 。 Pdrm0036 真ん中が椎茸チーズ、蒸し松風、スィートパイ、手前がレン根のミルフィーユ、料理2かぶら蒸し、黄桃サラダ、他サラダに豚肉のスパイス煮込み、小松菜ご飯、ホワイトクリスマススープ。そしてワイン。

おなかいっぱい、おいしかったー。大満足。夕飯はもちろん手抜き。

デザート 飾り2

プレゼント交換で私は手作りケーキとガラスのケーキ入れをもらった。

「今の楽しみは何でしょう。」「私の今の楽し飾りみの一つがインターネットです。」

そして私はネットで買ってため込んでいた白い小皿と白い箸置き10個ずつ、キリムの表紙のノートブックを用意。

9人で大騒ぎでくじ引きをします。
今年も一年楽しさと元気をありがとう。
来年もよろしくね。

私の

もらった

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2005年12月19日 (月)

横浜 クリスマス三昧

クィーンモール一年に一度の検査の日だった。
終わったのが4時すぎ。おなかも空いていたが、急にみなとみらいのクリスマスツリーを見たくなった。

夕日の横浜は一人で歩いてもなんだか楽しい。
30分後クィーンズスクエアにつく。
たくさんのツリーが並び、その奥に大きなツリーが見える。
コスモクロッコスモクロッククも4時59分。

外に出るとそこも光の海だった。
日本丸もライトアップ。汽車道の向こうにも緑のツリーが見える。
ちょうど5時から、ショウタイムが始まった。
パイプオルガンに合わせてツリーの電飾が幾通りにも変わる。なかなか美しい。良い時間を過ごせてよかった。 



中年のカップルが後ろで「我々年寄りにはランドマークが良い」といっていた。Photo_16 Photo_17

どこもクリスマス。満喫しました。 見るのは無料!これで幸せな気分になるのだからなんて幸せなんでしょ。 隣のランドマークのツリー。30メートルの吹き抜けの上から下から見られる。ここは人工雪を降らせるのでも有名。 スワロフスキーの提供でシランドマークックで豪華なオーナメント。                        
私も何か買いたいな、とのぞいてみる、だけ。
すっきり満足して心残り無く気持ちよくなって桜木町から帰る。

Photo_1

Pdrm0051_1_1
花屋さんのウィンドウも赤で素敵です。歩きながら撮ったたった一枚の写真が気に入りました。

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2005年12月18日 (日)

公園墓地

すすき母と墓参りにいった。
公営の公園墓地はきれいで広々している。
昔の墓地とはイメージが違う。
他にはほとんど人がいない。
その隅に開いたススキが午後の日差しに輝いて揺れ海のようだった。
雲がぽっかり。静かな空間、時間だ。
葉の落ちた木には真っ赤な赤い実。ひっそりと。

母は墓参りに来ると「気持ちがすっきりしお墓の赤い実2た。」といい顔になる。 お墓の赤い実

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2005年12月17日 (土)

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティ

新春にして「春にして君を離れ 」 クリスティー文庫
原題 Absent in the Spring 発表年 1944
著者/訳 アガサ・クリスティー/中村妙子2004年
新しい装丁の本が出た。文字も大きい。表紙も違う。
誰も殺されないクリスティがメアリ・ウエストマコット名で書いた作品。

優しい弁護士の夫、何不自由ないくらし、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦への愛情に疑問を抱きはじめる。」「女の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。」とあるがサスペンスというのではなく自分の生き方を考えさせる本になった。

生きている以上、人は誰も考える。
例えば子育て、「家族のためにやるべき事はやってきた。子供のために習い事やしつけをしてきた。」そう自信満々に思える人もあるだろう。
逆に「もう少しかまってあげたかった。こんな子育てでよかったのか。」と自分を責める人もいるだろう。
 しかし相手の立場の人は逆に思うかもしれないのだ。独りよがりではいけないということ。  
主人公のジョーンは自己満足の強い女性である。
自分の外見にも満足、自分のやることは完璧で子供も夫もそれになんの不満もなく「なんて幸せなんでしょ。」と考えていた。 
そう信じることで自分が進んできた。
果たしてそうだったのか。
何もない場所でただ一人自分や周りを見つめ、自分を中心に見ていた風景を客観的に見直していくことになる。
不安が現実とかさなって、愛に満ちていたはずの自分の暮らし一つ一つが思いこみだったのではないかと思い出す。
ページの大半は、砂漠の数日間の過去を回想する場面。
主人公が非日常的時間と空間のなかで過去の出来事に思いをはせながら、自省し自己を再確認していくプロセスが書かれている。
人はいかに自分中心に物事を見ているのか、見たくないものに蓋をして生きているのか、本当のしあわせはなにか、その裏側と自己満足などなど。


クリスティのあふれる思いが、人生とは何かを語りかけてくる。
読みながら私は「そうなのよ、そうよ。だから前へ進んで。」後押ししながら結末を希望していた私。
そして私にとっては驚きの結末。

 

栗本薫の解説に(彼女はこのような家庭に育ったらしい。)主人公がこうなったことに関して夫にも責任がある。家族も同様だとあった。
そうなのだ。まさに怯懦と怠惰。
「最終的にはその当人の責任でしかない。」
そしてまた「その前に思ったことをきちんと伝えない周囲の人間には責任があり、その先に行けばその人がどう生きるかは当人だけの問題である。」
「その当人の生き方で迷惑を被った人がどう生きるかもその当人の問題である。」
全く同感である。今までずっとこう思ってきた。これはまた前のテレビ「熟年離婚」の時にも思ったことでもある。
私はこのように生きたくない、と思う。このようなことを考えさせた小説は他に読んだことはなかった。だから、この小説は、私にとって、そしてまた同じような苦しみをかかえた人間にとってだけ永遠に切ないバイブルである。」ともあった。


しかしそうだろうか、そう言う家族を持った人だけのバイブルとは思えない。
誰もが心のどこかにいつも持っていたいもの、自分自身への問いかけ。そして結局は自分のための人生を歩んでいるのだという自覚。
本人はその悲劇を、結局終生気づかずに終るであろうと思わせるラストのロドニーのせりふ。
人生における一つの最悪な結末、と思うがそう思わないこともできる。
気付かずに終わる幸せ。その人によるのかな。私はせっかくの人生だもの、せめて自分の愛の行方が正しい方向へあってほしい、と思う。
貧乏や病気は実際にあるものだからある程度は仕方ない。
しかし、心の中はどうにでもなる。だからありのままで生きたい。
とはいってもそこはそれ、年を経て何が何でもということもなくなってはきたが。ここだけはというものは持っていたい。

 

ピンク新しい本は文字も大きく読みやすい。
こちらはハヤカワ文庫。数年前に読んだのともまた違うことばが心にのこる。結末を知っていても。
クリスティはこのテーマを何年も心の中で追い続けてきたが、書き始めて一週間で書き上げたという。
完成したときには精も根も尽き果て、そして1語も訂正せずにそのまま出版した、という。
人間の持ついやらしさや哀しさ、怯懦と怠惰などを冷徹に見据え、しかも淡々と書き進んでいくその迫力には静かなすごみがある。
これを読み、自分は主人公と重なるところは全くない、と胸を張れる人は多くはないと思う。また、そう思うことこそが誤りとも思う。(実は最初に読んだときは私は違う、と思ったのだ。)
読者は皆、読んだあと自分を振り返って、少し背筋が寒くなりながらも、ほっと胸をなで下ろすのかもしれない。 私はジョーンではない、と。

関連記事「夏の嘘」(2014.01,26)

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2005年12月15日 (木)

西高東低

冬が来た天気予報を見ると西高東低の冬型。
縦に縞模様。
日本海側は大雪。太平洋側はカラカラ。
冬が来たのだなあ。
買い物の帰り公園の木たちを見上げると青空に雲がぽっかり、ほとんど葉のないケヤキの幹がくっきり。
毎日掃き掃除をする管理人さんたちもだいぶ楽になったかな。
こうしていつの間にか季節は変わっていく。 新しいスタッドレスに替えたし、冬、いらっしゃーい。よろしくね。
この辺にも「きっぱりと 冬が来た」 
北国雪国とは違うけど。

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2005年12月14日 (水)

観客=全員Performer の集い

こんな表題のメールが来た。
先日友人のお墓参りに一緒に行った高校の同級生からだ。
同じく高校の同級生がやっている喫茶店でみんなが何かをパフォーマンスするという企画らしい。
バイオリンやギターの演奏、歌唱など、自分が今やっているものを、ということで。
「拍手方、下足番」のみではいけないという。
何とかさぼりたいと思っていたが下見にもいってきたという報告に「逃れられない」予感が大きくなってきた。
私に当てられたのは「朗読」何か短くて良い本、知りませんかぁ
松本からというのも高校の時、男声合唱「山に祈る」の朗読をしたのを誰かが覚えていたらしい。(よけいなことを、もっと大事なこと覚えておこうね。)

北アルプスでの大学生の遭難を題材にした組曲だった。
私としては朗読など無くても(むしろない方が)良い曲ばかりだと思う。

去年毎月通っていた松本あたりからの北アルプス。またいつかいけるはず。松本の別荘ただいま出向中。

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2005年12月13日 (火)

読書好き

初めて娘のブログ版読書日記をのぞいた。
話には聞いていたが今年今までに読んだ本が100数冊という。
主に出勤途中に読むらしい。
別にノルマを課しているわけでもなく、「読書が嗜癖です。しばらく読まないと禁断症状が出て…」とあった。
確かに昔から本に熱中して乗り越すこと数知れず。
私は「寝て、」しかない。
娘に「これ面白かったよ。」と薦められたものも多い。
同じく息子2もよく読む。毎朝電車で読むのに持って行くから、結構読んでいるはずだが忙しくて記録が途絶えているようだ。
子供が小さい頃よく絵本を読んで聞かせた。
甥や姪のお下がりが山ほどあったのだ。
父親は寝る前に子どもたち自身の登場する話を作って聞かせていた。
目を輝かせて寝るどころではなかった。

そんな中、字も読めない娘が本を広げて適当なことを話して息子2に聞かせていた。
耳を澄ませると、「むかし、あることにぃ(「あるところに」のこと)おじいさんとおばあさんがいました。」
「それで?」
「おしまい」ぱたんと本をしめる。
息子2は別の本を持ってきてまた「読んで」という。
「むかしあることにぃ。…おしまい」この繰り返し。
それを見るのは楽しく面白かった。

いないいないばあ集中力がないのか私の読書量は足元にも及ばない。
少し参考にさせて頂いて(あれ?敬語なんてつかっちゃって・・・)面白いのを厳選しようか。

私は読書好きの子の母でございました。
「いないいないばあ」松谷みよ子
これは初めての絵本かな。みんな好きでした。

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2005年12月12日 (月)

娘夫婦がやってきた!!

時はクリスマス気分
サンタならぬ、娘夫婦がやってきました。
9月に結婚して初めてです。
今年中に一回ぐらいは、ということで。
狭くて散らかった我が家に家族以外が泊まるなんて、いえ、家族なのでありますが、この十年無かった。
最初から驚かせてもいかんということで、かたづけました。
遊びに来るだけなら一部屋に放り込んでおしまいなのですが、そこに寝るのです。
ということで少々疲れたかな。
でもこれを良い機会にものを増やさないように使わないものは処分して、自分の布も全部作りきれるか見定めないと、あれこれあれこれ考えはぐるぐる。
体はごろごろ。 まあ、無理はいけない。すこしずつがんばりましょうかねえ。
二晩泊まって帰りました。
我が家風のもてなしで、一日目はみんなで作ろう、餃子、200個。(6人だったので、少なめであっという間になくなりました。)
二日目は豪華?手巻き寿司(ご飯6合完食)でした。
食べ過ぎ??!! 日没
「こんなだけど、いつでもおいで。」そう言いましたがこんなのがいつまで持つやら。
ということで今日も夕日が沈む時間になりました。
明日片づけようーっと。

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2005年12月11日 (日)

クリスマスの思い出

古いタペ子供が小さい頃はいろいろ工夫して一緒にクリスマスを飾った。
模造紙に大きくツリーを書いてそこに広告のきれいな印刷からプレゼントやリースやサンタなどを切り取って貼ったこともある。
その中で今でも残っているのがこの布で作ったもの。
もう15年ぐらい前のものだが、今年も玄関の端に飾った。
キルティングの布いっぱいに綿を入れて作ったもみの木。
好きなものをピンで留める。
サンリオのマスコットや粘土で作ったリース、ディズニーランドのバッジなどいろいろ。
これを開いて飾ると一緒に当時の子供たちの笑い声や楽しそうな笑顔までもが出てくるようだ。
今年はこんなのを買った。木でできていて、高さ2センチほどの小さな置物がかわいい。
場所も取らないので気に入って木のツリーいる。
しかし前のもあるから着実に増えアップていく。

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2005年12月 9日 (金)

青のクリスマス

久しぶりに駅の方へ出かける。
いつも車で郊外型のところへ買い物。
とんと駅の方へは行かなくなった。
昔は子供がいない間、毎日出かけていたものだ。 何せ人が多い。店はどんどん変わって。カラオケやとか携帯電話の店が増えてるようだ。
ゆとりのある楽しい店が少なくなっていく。
私にとって、ということは町は若者向けなのだ。
よく通った5階建ての手芸屋さんが店じまいした。
無くなっても大丈夫。私が手芸屋さんになれるほど持っているから。 青いクリスマス青いツリー
デパートなどはクリスマス飾り。 今年は「青」(コマーシャルでもあったな。)が主流のようだ。
あっちこっちに大小きれいに飾ってある。
写真を撮りたかったがさすがに恥ずかしく、そこそこに帰ってくる。こんな感じ。

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2005年12月 8日 (木)

残りの人生??

テレビの「熟年離婚」が当たってるらしい。
あまり見てはいないけれど最終回予告編で「残りの人生、君と一緒に歩いて行きたい。」とか何とかいわれていた。
夫でない人にそう言われるなんてうれしいでしょうねえ。
この「残りの人生」という言葉が気になるお年頃であります。
せっかく生きているんだもの悔いの無いように生きていきたい、毎日を大切に」これが私の口癖。
だからヒロイン?は飛び出たいのね。
でも、今までは何だったの?と私は思うのであります。
どうしてもいやならそのときにぶつかってでも相手に伝えればいいじゃない、お互いに伝え合わずに過ごしてきた時は、もったいない。
そこから始めるべきなのじゃないか、って。一回目を見てそう思ったのです。
そのあとをあまりみていないので何とも言えませんが、一般論としてそう思いました。
まあテレビですから、というなかれ。
息子によく言われます、「テレビに絡むな。」って。
結婚とは一人ではできない。
自分も関わってここまで来た。
いやだと思ったこと、悪かったことを直そうとしなかった責任もある。
そう思うのでございます。
ましてやあの夫です。暴力的でもないし・・・
50代の女性、50代の男性の順に視聴率が高いらしいです。
さて皆さんはどんな気持ちでどんな状況で見ているのでしょうか。
しかしそれはそれとして、つらつら私のこれからを考えると、今の延長しかない、気がする。   先のことはよく分からないがっ。

昨日夫と話していて ○○(妹の名前)は「旦那は私がいないと生きていけない」っていってたらしいよ。
時を経てそれなりの良い夫婦になってるね。
ぶつかり合って戦ってきた結果でしょうか。
とにかくみんな、自分の人生、楽しかったと思えるように暮らしていこうね。
自分がどうしたいのか、をきちんと考えなくちゃね。
でないと、先へ進めない。

最終回だけは見てみようかな、と、ちょっと思いましたが、見られるでしょうか。
チャンネル争いでけんかしたりして?

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2005年12月 7日 (水)

ブログもいろいろ

いろいろ疑問を持つとネットで検索するのが当たり前になっている。便利なものだ。最近はHPでなくブログにヒットすることも多い。
ブログの話で「アフィリエイト」という言葉を見かける。
今日見たブログはこれが満載だった。日記のようだが、文の中にあっちこっちに色が変わっていてクリックする文字がある。
例えばこんな風「今日料理を作った。中華料理にした。美味しかった中国にも行きたいなあ。」 この調子で日記が続く。これらの言葉の上にカーソルを置くと、その言葉にあった宣伝が出る。
クリックすればそのHPへいくのだ。
例えば「料理」なら「料理の本」、「中華料理」で「おいしい中華素材」、「美味しい」でも「美味しい野菜食べてますか。」と野菜の宣伝になるのだ。
「中国」では「中国茶」だった。 どういう仕組みになっているのかわからないけれど、おそらくキーワードで勝手に入るのだろうが。
そうでなければ、広告のための文を作っていることになる。いや広告の文なのかもしれない。こうしてお金を稼ぐ、という方法なのだから。
しかし、すごい文だ。

IT用語事典によると
「アフィリエイト 【affiliate】」読み方 : アフィリエイト 別名 : アソシエイト, associate  Webサイトやメールマガジンに企業サイトへのリンクを張り、ユーザがそこを経由して商品を購入したりすると、サイトやメールマガジンの管理者に報酬が支払われるというシステム。「アソシエイト」などと呼ばれることもある。

テレビで「グループで一つのことについて戦略的にブログを書き、お金を稼ぐ」という手段を見たことがある。
映画の宣伝ならみんなで褒めるのでは不自然なので、一人は批判するとか、あるらしい。ふーん、そんなものか、とおもっていた。
文自体を広告と思えばそれはそれで良い。
広告と思って読めばいいのだから。そう思う知識も必要になるってことだ。
自分の日記だ、たまたま広告が入っているだけ、なら、どっちが大事なのか、考える必要がある。
今まで私が出会ってきたブログはそう言うものではなく、皆自分自身の表現の場としてのブログばかりだった。
今日は初めてそう言うブログに出会ってびっくりした日であった。
もっと見ていくと「ブログで稼ぐ」のような記事の多いこと、夢のような話が載っている。
なるほどねえ。

ブログと一言で言ってもいろいろだ。
自分自身が何をしたいのか、何を求めるのか、しっかりした目で見ていかねばならないと思った。
初心者はホントにびっくりだ。
しかし、そのうちアフィリエイトのプロになってたりして・・・  
 あり得ないが、先のことは分からないということで。

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2005年12月 6日 (火)

映画「K-PAX 光の旅人 」

K−PAX自称1000光年彼方のk−paxという星から来て300歳を超えるという男が、ニューヨークの精神病院に収容される。
そこで出会う担当の精神科医や他の患者たちに謎や希望を与え、次第に心を通わせていく。
SFに分類されることが多いようだが、それだけでなくほんわかしたヒューマン映画でもある。
この異星人と精神科医を演じるのがケビン・スペイシーとジェフ・ブリッジスという存在感ある実力派。
彼が自分の星を語ることで、自分の謎を語ることで現代人の孤独や家族愛、さらには人類愛を考えさせていく作品。
患者も彼とは心を通わせて元気になって行くのだ。
その星には二つの太陽があってその名前を「愛(アガペ)」と「悟り(satori)」といっていた。
最終的に彼が何者だったのかは見る人の判断に任せられるところもある。それを明確にしないところで逆に見た人がみなそれぞれ自分で結末を考える。
その真実がどうなのかを論じるよりは「信じる」ことの大事さ、現実に追い回されるゆとりのない現代人が忘れがちな「見られたら楽しい夢」つまり「心のゆとり」「前向きな考え」を、この映画は思わせる。
そしてそれが前面に出てくるのではなく、最後までどうなるんだろうという期待を持たせて進んでいく。
見終わったあとにふとこんなことが胸に残るのだ。

大人のためのファンタジー映画ともいえるかもしれない。
最後に彼が話す「地球には絆がある。
ボクの星ではいなくなっても誰も悲しまない。(だから家族仲間を大切に)」
「この宇宙はいつも愚かなことを繰り返す。だからみんな今の時代をきちんと生きるのが良い。」のようなことば。
これが結論なのかな、と思った。
決して押しつけがましくはない、さらりとした、SFではなく大人のファンタジーかヒューマンドラマである。

私もできるだけ毎日を大切に、家族や仲間を大事に生きていこう

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朝令暮改?

あれほど文字サイズ「」「だい」「大」といいながら中以上でに変更しますた。 横のコメント欄がどうにも大きすぎて・・・ しかし「大」でもOKです。おやすみだ。

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2005年12月 5日 (月)

映画「ディープ ブルー」

ディープブルー前から見たかった映画。
2003年、イギリス、ドイツ制作、2004年7月日本公開
製作7年、ロケ地200ヶ所、撮影7000時間のエッセンスを1時間半にまとめ上げた。
奇跡と執念の海洋ドキュメンタリー。
スタッフはまず、丸一年かけ何百人もの科学者に会い、綿密なリサーチを行った。
その後、危険で困難なサメや北極圏の撮影にはその道のプロカメラマンの手を借り、20もの撮影チームを組んで世界中に配したが、それでも撮影に4年半かかったという。
海にこんな場所があるのかと思う映像や自然映像好きはよく見かけるシャチの狩りの様子からペンギンの苦労などまでほとんど映像のみで示す。
地球の表面積の70%を占め、膨大な生命を育む海。映像がきれいでクリア。
きれいな海で撮ってるからだろうか。
そして映画音楽を初めて引き受けたというベルリン・フィルハーモニー管弦楽団の音楽は壮大な海を音で表現している。
まさに「母なる海」というイメージ。
寄せては砕ける大波にサーフィンを楽しむようなイルカの群れ。
音楽にのせて大きな波を見ていると、心が安堵する。解放される。 ディープブルー
透明な体を青く輝かせ、無数に漂う幻想的なミズクラゲ。
外敵から身を守るため、巨大な塊となって素早く逃げ回るイワシの大群と、海鳥やイルカ、サメの激しい攻防。
海の下から見上げると鰯の大群を追いかけるマグロやイルカ、その上をおこぼれに預かろうとする海鳥が空から落ちてくる。
何層もの生きる闘い。じっと見入ってしまった。
カメラは世界中の海を尋ね、あらゆる生物の営みを捉えていく。
深海の撮影では、映像を提供する条件で科学者に潜水艇を借りたが、高性能カメラの鮮明な映像で新種を発見、学会を驚かせたという。
7色に発光するUFOのような深海生物は本当に自然の産物なのか、誰が考えたのかと思うほど光り輝く。
こうした迫力の映像を、説明は極力排し、ゆったりと奇をてらわない音楽が後押しする。見終わって「深い青の世界」が心の中を洗っていく気がする。写真集もあるようだ。

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2005年12月 4日 (日)

散歩写真

散歩写真ちょうどブログを始めた頃「散歩写真」の記事を読んだ。
「散歩写真のすすめ」文春文庫、樋口 聡
とにかくカメラを持ち歩こう!」
きれいに感じたもの、印象的なものにシャッターを切ること。そして自己満足が基本だという。
散歩写真とは身辺の日常的断面を切り取り、自分のまなざしを残す行為。したがって散歩写真生活とは、スローフォトライフである。」 と筆者の言葉。
どこに行っても小さなことでも「きれいだなぁ。」「いいなぁ。」と思う。
この気持ちを大事にいきたい。
自分が感じたことを書くのが日記、写真も同じく自分の気持ちの記録である。
そこで出かけるときは必ずカメラを持ち歩くことにした。そのためバッグは大きめになった。次のカメラはもう少し軽量にしようと考えている。これから年は増えていくのだから。 向かいの猫ついでに言うとこのデザインでの文字サイズは「中」でもまあまあの大きさ。「大サイズ」は大きすぎる気もして考えていた。格好も「中」の方が良いのだが、少し悩んでこのまま大で行くことにした。
どうせいつかは大きい方が見やすくなる。
逆になることはないからだ。 他の人のブログは私が「大」にしても「中」にしても変わらない。さてさてやっかいな?面白い?デザインを選んでしまった、       のだから仕方ない。
実家の向かいの猫ちゃん。
ご主人様を塀に登って待つ。
私には素っ気ないが、帰ってきた奥さんにはミャァミャァと盛んに甘えてた。

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2005年12月 2日 (金)

銀杏並木の思い出

落ち葉銀杏ニュースで明治神宮外苑の銀杏並木をやっていた。
見上げれば黄色の葉、下にも黄色の絨毯。
絵画館を向こうに見える並木は見事だ。 この景色を見るたびに子供の頃を思い出す。
「ぞうきんがけ」と称して落ち葉を押して山にして遊んだこと。
私の中に絵のように保存してあるその風景。
外苑は私の遊び場だった。絵画館前の池で水遊びしたこともある。
今では考えられないが、何というのどかな時だったことか。
止まった時が私を誘う。宝物の時間。
はらはらと落ちてくる銀杏の葉が好きだった。
近所のおばさんがぎんなんを拾っていてもそれには何にも興味はなかった。(いちょうもぎんなんも同じ字だ!)そんな思い出話を毎年家族にしている。

一緒にテレビを見ていた夫が
金色の 小さき鳥のかたちして いてふ(イチョウ)散るなり 夕日の岡に」とうたった。
誰の作かで少々もめたが与謝野晶子だった。
天をつき銀杏は金色に輝く。秋の空に黄金色は美しい。
 コメントで教えて頂きました。夫鉄幹の作です。
相見しは大き銀杏の秋の岡  金色(こんじき)流すひかりの夕(ゆうべ)     
若い夫婦が仲良く並んで見上げている風景が浮かびますね。
銀杏黄葉この季節どこの銀杏も輝いている。
秋の濃い青空に良くマッチしている。
思い出は宝物。そのときはただ楽しく過ごす時間だが、そのあと何十年も持っていられる。
重くもないし、かさばらない。
これからも大切に時間を過ごすことでそれがまた増えることだろう。


またまた1日NHKで奥羽山脈をや八甲田っていた。
“地上デジタルの日”特集 「奥羽山脈 輝く山々に抱かれて」奇しくも今日は我が家にデジタルが入った日。
NHKハイビジョンの映像が楽しみ。

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2005年12月 1日 (木)

危険度大!?ウィルス?

パソコンをのぞいたら真っ赤な色で「ウィルスはっけーん」とか書いてある。
危険度大とかも。
そして「やっつけられませんでした。」
エー、どうするのあわてた私はウィルスチェックをする。
しばらくして「大丈夫でした。」との報告。さてあれは何だったのか。
×で消してしまったのでそのウィルスがどんな名前の何だったのかもわからない。
スキャンしたんだからよしとするか。
息子に聞いたらそう言うのを張り付けるいたずらもあるらしい。
ポインセチアポインセチアを買った。
買い物袋持参、袋辞退で浮いたお金で。
これは自分の好きなものを買う。
あとはチョコ。うひ。
緑と赤がやはりクリスマス。 和風のカップ
今日のコーヒーカップは和で。
友人宅のガレージセールで買った。(カップシリーズ32へ、 4へ)

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