« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2005年10月の23件の記事

2005年10月31日 (月)

小さな手作り

舞茸午後からお日様が出てきたので舞茸を乾燥させる。
昨日息子がドライブに行くというので野菜とあわせて是非にと頼んだもの。
舞茸を乾燥させて取っておいて 舞茸おこわにするという東北の様子をテレビで見て、美味しそうだと思ったからだ。
テレビにかじりつき、食い入るように (こういうときに使う言葉だね)
見ていた私をだれも見ていなかったのは幸いである。しかし、冬まで待てるか。

冷蔵庫に残っていた熟しすぎの緑のブドウ。
捨てるしかないかと思ったが、思いついてぶどうジュースにした。(実際にふきんで絞ったのは夫であった。)
これが甘い。砂糖入れすぎでないかい、と思うほど。
冷やして二人で美味しく飲みました。 ふきんととうがらし
先日友人宅に行ったときみんなで作った唐辛子
布は彼女が染める。
中はティッシュ。
欲張ってもっと作るともって帰ったけど、完成していない。
下の青の縞と横の茶色のふきんはほかの友人が作ってきてくれた。使うのがもったいない。ありがとう。
彼女は布を染めてきれいな花を作る作家で、アクセサリーも作ります。
ネックレス今回はこのネックレス。
モデルの首が太くてきつそうなのが何とも。
針金が細かい波線になっていてそこに石がはめ込まれている。
きつい内側の波をのばしてみよう。
こういう苦労はいつも私だけ。とほほ。
水引飯田への旅で夕食に出てきた水引の箸置き
水引が名物らしい。
これに緑の葉を足してお正月用に使いましょう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月30日 (日)

「ていねいに暮らす」

e5a97e1d.jpgていねいに暮らす」という言葉を前から気にしていた。
新聞の小冊子の特集だった。
そこには・片づける。・きちんと食べる。・自分らしく生きる時間の管理術・着物のリフォームが載っている。
いつも思ってはいるけれど、なかなかうまく行かない私の毎日の暮らし。
そして先日偶然図書館で見つけた玲子さんの本。
「玲子さんの一日をていねいに暮らしたい。」
取り上げ方は違うが冊子と同じニュアンス!
優しい絵と文章で書かれている内容は私の思いとよく似ている。
彼女とは見かけも中身も違うけどこの思いだけは同じだ。
第1章「1日1日をていねいに暮らしたい」第2章「好きなこと、いつまでも大切にしていきたい」第3章「ゆったりと過ごすひととき

思いとはうらはらに捜し物で終わってしまう私の一日
楽しみを見つけながら美しくシンプルにていねいに暮らす
こんなことができたら、私は私でなくなってしまう。 
どれもが中途半端にごちゃごちゃなのだ。
私は。(開き直り) せめて「楽しく暮らす」ぞ。ということで、前から気になっていたタイトル変更。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月28日 (金)

ある金曜日

8時半に家を出てソフトエアロビクスへ行く。
9時半からなのでもう少し遅くても良いのだが駐車場がいっぱいになってしまうので。
母と旅にいってきた話を私から聞いた友人が先週お母さんを亡くされた話をした。
突然だったらしい。
だから、今のようにできることをしてあげてね、そう言った。
軽く?汗をかいて10時45分終了。
11時過ぎ実家へ着く。
母が用意してくれたお昼を食べて、しばらく話す。
母に「これからは年齢じゃないのよ。その人自身の問題なのよ。」
そういつものようにはっぱをかける。
「明日のために用心するより今日を楽しく生きようね。だからお母さん、あれが食べたい。あそこに行きたい。そう思ったら言ってね。いつでも連れて行くから。」
「そうね。でも最近は運転手も年取ってねえ。」と母。
「まだ大丈夫よ。」と私。
「来年は九州に行こうか(両親の郷里である)。」と、思いつく私。
「いけたらいいね。」
「ウン、いけるよ。」
「そのためには元気でいなくちゃね。」
「そうね。ピンポンや電話がなってもあわてないで。転ばないようにね。」などといつものことを言う。
1時半母の目医者へ行く。2時10分終了。
待っている間に近くの100均で買い物。1700円も買ってしまった。反省。
それからいつものスーパーで買い物。
おととい妹とも来たのでそう買うものはないらしい。
ロッテのチョコが安かったので「おめでとうさん」とたくさん買う。安くて良かった。 
我が家にはそのために心で泣いていた人もいるのだが。 
母は散歩のつもりかスーパー内を良く歩く。
今日もカートを押して2周半、見て回る。
ただの散歩はつまらない、おいしいもの無いか、探すのが楽しいという。
冷暖房完備だし・・そうなのかもしれないが・・・外は危ないとも言う。そうかもしれない。
3時に実家に戻りお茶。
しばらく一緒にテレビを見て話して。
家に戻ったのは5時近かった。
パソコンでゲームなどしてちょっとだけ休んで?いたら、6時明日から出張の夫が帰ってきてしまった。
よくある私の金曜日。
いつまでもこんな金曜日があったら良いと願う。   
  お風呂で居眠りをして出てきたところであります。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月27日 (木)

横浜散歩

前の検査から一年。
横浜の病院まで出かける。
雨もあがって散歩日和。いい加減に歩いていったら道に迷った。
一年ぶりなので、(言い訳にはならないかな。)
危ないときはすぐ聞く。
「ちょうどそっちに行くので一緒に行きましょう。」
ありがとうございます。べちゃくちゃ話しながら行く。
私より少し若いのだろうか、歩くのが速い。
病院に着いたときは汗びっしょりだった。
あなたは午前中の「特殊外来」に来て良かったのですよ。
そう言われてなんだか偉い人になった気がした。
電話で聞いたら午前中は難しい病気の人なので、午後の普通の内科に来てください、といわれたのだ。
そうですか、午前中で良かったんですか。なんだか特別許可をもらったような。
しかし油断は禁物。
しっかり検査を受けていきましょう。
あいにく検査の日は楽しみなクリスマス会の前の日だった。
「検査の次の日は普通に食べられますよね。」
受付で必死に確認した私である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月26日 (水)

バラが咲いた。

ミニバラ寄せ植えのバラがまた咲いた。
春には見事だったけど、手入れのせいかちょっと少ない。
でも咲いた。かわいいミニバラ。
はじめは色濃く次第に薄くなる。
「アポロ」という名前らしい。
春のものはドライにしてある。
クリスマスのリースにするつもり。色あせてアンティークになっている。
去年クリスマス会でもらった寄せ植えのプレゼント。ポインセチアは枯らしてしまった。
毎年のクリスマス会では趣向を凝らしたプレゼントが並ぶ。考えるのも大変。
今年のクリスマスは何をプレゼントにするかな。みんなを納得させるのは難しい。結局自分がほしいものにするしかない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月25日 (火)

「山医者の茶飲み話」見川鯛山

6990ded7.jpg見川鯛山月間?10月もまもなく終了。
まだ読んでいないものもたくさんあるけどまたの機会にしよう。同じ作家のばかり読むには私はあきっぽい。
彼の愛する人々の様子や変化もわかってくる。
那須の自然は相変わらずすがすがしい。
そして書かれている内容は少しかなしげなのが多い。
生と死とを少しペーソスを多めに書いてあるものが多い気がする。
さすが医者で少し年輪を経た人の作だ。
いろいろな人生を見てきた人だ。
悲しい話もどれも暖かい毛布にくるまれている。
鯛山先生行状記第7弾とある。全部で14冊。 平成17年8月5日88歳で没。
ほんわかする本をたくさん残してくれてありがとう。
本では肝っ玉母さんのような奥様は先に天国に行かれていたようです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月23日 (日)

映画「キャラバン」

a4c46d69.bmp映像の美しさに目を奪われた映画。
写真家のエリック・ヴァリ監督だけのことはある。
「セブンイヤーズ・イン・チベット」にも参加していた。
彼はネパールに20年住み続け、友情関係を築いてからシャッターを押したという。
その延長でのこの映画。出演者はほとんどが彼の知り合いという。本物の自然の暮らしの中で本物が持つ力強さと真実を求める。そういう姿勢で撮られた映像のすばらしさ。色彩とコントラストの強さ。

そしてラマ僧の力強いマントラと女性コーラスの不思議な音楽
話の筋の前に引きつけられた。
「ヒマラヤの大自然と人間との、戦いと共生を描いた壮大なる感動スペクタクル。キャラバン隊の少年を通して描かれた、山の大気のように澄んだ成長物語。」とある。 きゃらばん
ネパールの塩を運んで食料と交換してこなければ冬が越せない村の人々。
厳しい山道をキャラバンは行く。
昔からの言い伝えを元に村人を率いていく長老と、新しい知識で行こうとする若者。
永年の間キャラバンを続けてきた長老は指導者として絶大なる信頼を集めてきた。が、彼の後を引き継ぐはずだった長男を事故によって失ってしまう。そこからこの話は始まる。
長老は、幼い孫の少年に期待し連れて行く。
キャラバンを先に出発させようとするのは、過去に長老と敵対していた村人の息子で、長老の死んだ長男の親友でもあった若者。
カリスマ的長老とそのやり方に反発する若者。
最後に交わす長老と若者の会話もいい。
 「いつも一緒だった。同じことを望んでいた。」
厳しい自然、嵐と雪の中で、人と人、また人と自然との、生きるための戦いが交錯する。 厳しい道を行くキャラバン隊、その向こうに見える厳しくも雄大で美しい山々。
地位と伝承の継承をめぐる葛藤も厳しく美しい映像のもとには小さなものに思える。
少年は、遠い将来に伝説的な長老となる暗示で終わる。

どこかに行きたいとき?心を休めたいとき、おすすめの映画。
我々が忘れたもの、大事なものを思わせる、人にとって大事なものは、余計なものをそぎ落として残るもの、残すものを考えさせる。
1999年フランス・ネパール・イギリス・スイス合作このようなドキュメンタリーも見た気がする。  

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月21日 (金)

今日も上天気

e3ec41f5.jpg伊那谷というだけあって両側を山が囲んでいます。
でも広々した景色です。飯田で水引の作品を見て、天竜川の支流の「猿庫の泉(さるくら)」という名水百選にいく。
山の中に良く整備された気持ちの良い空間で水をくむ。

リンゴは赤く色づいていました。
途中野菜直売場で山盛り野菜を買います。これが楽しみ。うれしー。
道の駅からも木曽駒が岳がよく見えます。いつか千畳敷にも行くぞー。反対側は南アルプス、大きな山はいいなあ.

少し走っりんごてコ木曽駒が岳スモス畑へ。色とりどりのコスモスが山を背景にきれいでした。コスモスの間をゆったりと散歩していい時間をたりと散歩して良い時間を過ごし普通のコスモスましいろいろのコスモスた。 駒ヶ根から高速に乗っておなじみの八ヶ岳を見て帰ります。

良い天気に恵まれて、懐かしい人に会えて、いい旅だったね。また行こうね。

コスモス畑八ヶ岳を見て帰ろう。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2005年10月20日 (木)

伊那路へ・・・

c61b62d3.jpg天気予報は明日までまん丸のお日様印。
いざ行かん、てなことで朝7時に母のところを出発。
母と、妹とそして我々夫婦という今までにない組み合わせ4人。
楽しい旅になりそうで。
途中の諏訪湖もぴっかぴか。
元善光寺お昼を食べて飯田の「元善光寺」へ行く。お寺で「後生楽」という落雁を買う。
名物らしい。御利益もあるようだ。
それから伊那の母の友人宅へ。
母は期待感にうれしそう。
2時間ぐらいということで我々は天竜峡まで足を伸ばす。駐車場に停めて、遊歩道を行く。 龍角峰 まず見えてきたのが70メートルもある龍角峰。橋を渡ってあの岩の上まで行くらしい。 つつじ橋
そーっと渡る吊り橋。きれいな川の水。乳白色っぽい。 
岩の上は見事な展望台。川下りの船がゆったりといく。渡ってきた吊り橋が下の方に見える。紅葉シーズンはこれからのようで静かな渓谷。

岩がごろごろ

吊り橋から

 川沿いは大きな岩がごろごろしています。
川のずっと上に水の流れたあとがある。どんどん深くなってきた渓谷です。

上流の橋を渡って吊り橋の上から駅に戻ります。おみやげ屋さんもひっそり、静かだなあ。 いい時間といい汗をかいて約束の時間に30分ほど遅れて橋が見える母を迎えに行きます。

二人の顔はうれしそうで、「あっという間に時間がたった。」っていうことは、話が弾んだのね。
良かったね。また来れそうな気がする、そう母はいってました。いつでも良いよ、また来ようね。
                 おばさん川下り手作りの栗の渋皮煮や栗ご飯をいただいて。
足が痛そうなのにその気持ちが何倍にもうれしい。
たくさんの栗の皮を剥くのは大変だったでしょうね。
60年前に2,3年一緒に働いてた人とこんなに仲良くできるなんて、
人のご縁って良いなあ、と思いました。
私も何か他人とは思ない暖かさを感じ、手を握って再会を約束し今日の宿へ行きます。 こやばしから

岩の上から一軒宿の温泉。お風呂はゆったり、食事もおいしく、のんびりできました。

母の思い出話も弾んで・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月19日 (水)

母の友人

明日から母と長野に行きます。
母の古い友人に会いに行くため。母も82歳
行きたい、会いたい、と思ったらできることはしていこう、そう思って。
母の友人はもう85はすぎているだろうか。
数年前来た手紙に「関節を手術してまた動けるようになりました。もう少し人様のお役に立てると思うとうれしい。」
母はこれを読んで「負けたなあ!」って笑いました。
「人に迷惑をかけずに一人で暮らしていることで良いと思っていたけど、まだ人の役に立てる、とはね。」
そう言えることがすごい、人はそれぞれ。
自分のできることしかできないし、やりたくてもできない。
でも言えるってことはやろうと思えばできるってこと。そう言う視点があるって言うこと。
すごいなあ、自分はその年になったときどう感じ、そう生きようとしているだろうか。
その年まで続く今の人生がんばって生きていくかな。それなりに。  
まだまだ元気よ、おかあさん。 お互いがんばろうね。 
楽しいこといっぱいして、 人の役にも立てたら立って 生きていこうね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月18日 (火)

芽が出た!

fd68a075.jpg春菊種をまいてから一週間。
こんなにいっぱい芽が出ました。五日ぐらいで芽が出始めました。
ほうれん草、春菊。春菊の成績が良い。 偉いなあ。植物たち。

夏からのキュウリもまだ数本、がんばってます。ほんと、みきゅうりんな偉いよ。

一生懸命生きてるんだね。
ありがとう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月17日 (月)

ため息の友人宅で

お弁当友人Kさんからのご招待で、雨の中、楽しい一日を過ごしてきました。仲良し8人。
いつもながらのため息の出るすてきなお部屋と手の込んだおいしいお料理です。
一つ一つ手間をかけて全部で17品。ごちそうさま。(前回3月はこちら
公園にスケッチ遠足に行く予定だったのでお重に詰められています。 
そして空間も相変わらずきれいに飾られています。リンゴテーブルから

花屋さんのようです。
デザートも盛りつけがすばらしい。
グラスの緑は青紫蘇の寒天ゼリーです。
吾亦紅の枝振りが美しい。
どこもきれいに片づいて、すごいなあ。いつも出るのはため息ばかりでござる。 
吾亦紅

Ee4916c2今日の感動はこれ。    

ささげの殻をもらって、そこに得意のクラフトで色とりどりの実をつけたそうです。殻を持っ手来る友人も、それに答える友人も素敵。

デザート

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月16日 (日)

秋の収穫祭

1e61a097.jpg実家には自慢の柿の木がある。
大きくて固くておいしい柿が、いつもはなるのだが、今年はどういう訳かたくさん、だから小粒。
ブドウの房のようです。
若手が仕事に疲れていなかったので夫とわたしと時々母、
上から落ちてくる柿を受け取りバケツへ。スクワット百回以上にも相当すると思われ。  (おおげさかな。わたしにできるはずないもの。)
とにかく疲れました。採ったそばからご近所に配りました。
それでも目の前には山盛りの柿。
疲れて何もする気がしないので仕方なく手を出す柿。
一個二個三個・・・ もうおなかいっぱいです。
なんか違うもの食べよう。 甘みはいまいちだけど、そんなこと決していいません。
「たくさんなってくれてありがとう。よく頑張ったね。偉いね。」で、さらに付け加えます。
来年もよろしく。ねっ。」       モンスターの朝顔         

実家の玄関先の西洋朝顔、
着飾ったモンスターのようです。
赤が終わって青と白、
結局母の所には三色そろっていました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月13日 (木)

「山医者のうた」見川鯛山

5f9d3d18.jpg見川鯛山の2作目
すいすいと読めた。
「大旅行」カナダへ旅行をするお医者さん夫婦。買い物好きの奥様達はパワフルで、いずこも同じと見た。
山医者で儲からなくてもやはりお医者様なのです。
奥様は奥様だけど、さすが山医者さんは変わらない。飄々としたタッチで旅を描く。
時折風雅な那須の景色が漂う。
「秋は一気に深まる。そして絢爛たる紅色に那須秀峰が染まるが、イキモノたちはそれに見とれてはいない。」
「坂道の両側は、赤と紫の山躑躅が満開で、絵の具箱の中を歩くみたいだ。しかし、家内は、色盲表みたいだネ、と云った。ヤツは詩人ではないのだ。」
こんな表情。詩的な表情とユーモアが混在している。
そして「北風の日」の悲しい老人の話。北風と共に行った老人の命。
那須の住民としてかいま見た人情と作者の人柄。良いですねえ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月12日 (水)

良い天気、車の点検へ。

21824775.jpg来週母と出かける前に12ヶ月点検を、と思った。
さて車屋さんに出かけるか、と洗面所で、歯磨きしてるとき思い出した。(ここで思い出したのはよかった。)

車が無い!」実家に置いて、違うのに乗ってきていたのだ。
最近わたしは「家計に優しく、地球に優しく」と買い物には息子のお下がりの軽自動車で行く。 (ほんとはどうなのかはわからないけど、維持費とかね)
昨日も実家にいったのに何にも考えず、違う車で帰ってきてしまった。
あわてて車屋さんに電話し、午後に変えてもらう。
ついでに帰りに軽のオイルも変えてこよう。
どういう訳かこういう車のケアは我が家ではすべてわたし。
何せ夫は「ガソリン車に張り切って軽油を入れた。」実績がある。
「何でわたしがやるんだろう。男の人がやる家が多いのに。」と、ぶつぶつ返ってきた返事「良いだろ、得意不得意があるんだから。」
そうだった、週末は食事を作ってくれるし買い物にも行ってくれるリンゴもむくのが上手だものね。  
しかし 退職したらがんばってね。
と密かに願う。写真は点検待ちの風景。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月11日 (火)

ほうれん草と春菊

週末にすき焼きをした。
牛肉が安かったから。ネギはまあまあだったが春菊が高い。で、お肉たくさんのすき焼きになった。
そう言うことで前から土を入れて用意してあったプランターに買ってあった種をまいた。
やっと

ほうれん草と春菊。
毎日「やらねば!」と思いつつ延び延びになっていた。
何でも遅いんです、やることが。
思い立ってからはや数週間。 もう遅いでしょうか。 まだ間に合いますよね。 
本格的お鍋の季節に。  
どこからか「遅いっ!」という声が聞こえそうだ。          
      (早く芽を出せ。いえ、出してくださりませ。)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月10日 (月)

「田舎医者」見川鯛山

ce3283b0.gif長いこと抱えていた短編集
友人に勧められて読み始めた見川鯛山第一作。
映像が頭の中に浮かんでくる世界。
開拓村の厳しい世界、冬の雪、春の山そんな中で暮らす生き生きした人々。
昭和55年の作で、私はもちろん生きていたが知らない世界、別の世界の気がした。
私は東京でのほほんと暮らしていたのだ。
読み終えて一作一作のその後を知りたいと思わせる余韻の残る本でした。
そして想像力をかき立てられた本でした。
ほかの本も楽しみ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 9日 (日)

同級生

雨の休日同級生5人が会った。
この前亡くなった友人のお墓参りのためだ。
高校の同級生。早すぎる友の死は悲しみとともに昔の女子高生を引っ張り出した。

友の思い出から今の自分に話が弾む。
みんな話したいことがたくさん泉のようにあふれてくる。
それぞれいろいろなことに挑戦している。
目を輝かせて話す友。
そんな友達に会うと私もがんばらなくちゃ、って思う。

最後に友人の一人の中学の同級生がやっているお寿司屋さんにいった。
自分たちはすでに高校生に戻っていたので、貫禄のあるご主人が同級生とは思わなかった。
外から見たら同じに見えているのだろうが、まっことに申し訳なかった勘違い。

みーんなもうじき還暦の同級生。
何年たっても同級生。
誰も先に年をとらないし、若返りもしない。
これはなかなか頼もしいことです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 7日 (金)

キンモクセイの香り

雨上がりの朝外に出るとあたりに香るこの香り。 
うーん キンモクセイだ。 頭を廻らせて探してみるがその姿は見えない。
 香りだけが風にのるでもなく、 とどまるでもなく ふわーっと 漂っている。
ぬれた空気に香りはその強さを増してその存在を示している。
決して威張ってもいないけど、でもがんばっている。私の香り、どうですか。
どこまでも届くのよ。  
そう言っているようだ。 17f767fe.jpg
そういえば去年行った三嶋大社に大きなキンモクセイがあった。
推定樹齢1200年の天然記念物「甘い芳香は時には8キロ先まで届いた」と書いてあった。
今頃はどんな香りを振りまいているだろうか。  
たくさんの香りを 鼻いっぱいに受け おまけに思い出のキンモクセイの大木のことまで書いていたら、 甘い香りが強くなって(たぶん三嶋さんの香りだ!) 
体いっぱいになって、あふれた。
                      (すみません、もーう、ごちそうさんです。)  

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2005年10月 6日 (木)

老人とお金

仲良しの友人と会った。
10ヶ月ぶり。
友は相変わらずお嫁さんと分かり合えない辛さを話した。
価値観の違いだけではないようだ。
未だに仲良くもなれないけど、「七五三です。」「幼稚園に入れたいけどお金が心配です。」そんなメールがよく来たらしい。
優しい友はたくさんあったら援助できるのに、と嘆きつつ、なにがしかはそのたびにしていたらしい。
そんなこんなで3年、今度は「家を買いました。」との連絡(すごいね)
そして、家具屋さんに行くので一緒に見に行ってほしい。デパートにカーテンを買いに行くので一緒に行きませんか。などのお誘い。
今までほとんど家にも来ないお嫁さんですが、そういうときにはよく来るメール。
あまりにも見え透いているので悲しくなる、そういってた。
ご主人は60になってあと少しで仕事もやめる。
年金はすぐにはもらえないし、どう暮らしていったらいいのか。自分たちが自分たちの暮らしをするだけで精一杯なのに、という。
「お金持ちだと思われてるのでは?逆に借金でも申し込んでみたらどうよ。」と、私。
そんなことも言えない、と彼女。ふーん、そんなものか。
子供夫婦が自立して幸せに暮らしてくれるのが一番。
そう思うが、現実の母の気持ちは複雑なようだ。
嫁もなく迫っているとはいえ定年退職という言葉がまだ遠い存在の私も少しずつ人ごとではない気がして来た。
自分はどうするだろう。自問自答。
子供たちは祖父母から小遣いをもらっていたっけ。
我々にはそんな余裕ができるだろうか。
お金ではなく心よ、そういいたいけど、それをわかってくれる人ばかりでもないだろう。
お金は使うためにある、しかし生活ができて初めてそういえるのだ。
私の老後はどうだろう。「天下の回りもの」と暮らしてきた私はでもやっぱり何とかなるさ、で今日を生きる。  
 で、いいのかなあ。(すこーしずつ不安になってきたぞ。)

最後に彼女が笑って言った。
孫はこの前三歳になったけど、入園祝いはずいぶん前にあげた気がする。
どうなってるのかな。
 まあまあ 子供が元気で孫も元気に暮らしてると思えば 幸せじゃない。
 そう思っていこうよ。
これから先、老人になって求められるものはお金ではない、と思いたい。 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 4日 (火)

映画「僕のボーガス」

38f8594c.jpgやるべきことがいっぱいの午後、またもやケーブルで見てしまった。
「僕のボーガス」
「ボーガス」とは偽物の意味。
「信じたら見える」もの、それは信じたいもの。
「必要ならすぐに駆けつけるよ。」
「用事が無くなればさよならも言わない。」
彼(ボーガス)は最後に言う。心の友を求める気持ち。みんなそういうものを心のどこかに持っているから生きていけるのかも。
忘れないで思い出せば、助けてくれる。っていうか、自分の心なんだけどね。
同じ里親に育てられた親友が亡くなり、独身キャリアウーマンのハリエットは、彼女の子供・アルバートを引き取ることになった。だが現実的な彼女と、サーカスで育ったためか夢見がちなアルバートとは、なかなか打ち解け合えない。アルバートは想像の中の友人ボーガスと遊んでいたが、ある日家を飛び出し、元いたサーカスへ戻ってしまう。ところがそこには居場所がなく、ショックを受けたアルバートは幻想の世界に入ったきり戻らなくなってしまう……。対称的な女性と少年の心の交流を描いたファンタジー作品。と、ある。
ハリエットも小さいとき寂しかったのだね。
つらいことも乗り越えてしまうと思い出すのは大変。つらいのかな。

自分がされたようにではなく、自分がされたかったように生きたいな。
幼いアルバートがあのオスメント君。
ウーピー・ゴールドバーグ がハリエット、紙から出てきたボーガスはジェラール・ドパルデュー。
1997年作。 名監督の佳作。こういうのをたまに心に振りかけないと、ね。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

2005年10月 3日 (月)

我が家の楽しい話

私は想像の話が好きだ。
楽しい話、あり得ないような話、こうだったら面白いね、という話。
小さなことからどんどん話がふくらむ。
子供たちが小さい頃からそんな風に暮らしてきたので、みんなノリがいい。
昨日の話は「父(夫)の山菜採りでの遭難」

「タラの芽採りに夢中になって遭難しないでよね。」
「だいじょうぶだ、タラの芽取りで遭難した話は聞かない。」
「そういうのは山菜採りで遭難、ってでるのよ。」
年取ったら心配だね。ということで架空の話が始まった。

「危ないところまで取りに行きそうで心配。」
「しょうがないから、低い山一つ買ってタラの芽を植えよう。」と私。
「道沿いに植えて順番に取り終わったら家に帰れるようにしよう。」
「それとも、タラの芽取り公園に連れて行って、」(そんなのがあるか?)
「お父さん、この山いっぱい有るみたいね。」とか言ってね。
「こっそりと料金は払っておくか。」
「キロいくらで、っていうところだったら、」出口で係の人が待ってて、
「イヤー、たくさん採れましたねえ、上手ですねえ。」とか言って、
「ちょっと見せてくださいね。○Kg有りますよ。買ったら3800円にもなるんじゃないですか。」
「それを聞いてそーっとお金出すのね。はい、3800円、って。」 
      (身振り手振りの話に、テーブルのビールもからん、ころん。)
これで安心だね。おとうさん。
家族に愛される父はその晩山菜採りの夢を見たそうだ。
久しぶりに娘も帰った夕食での話でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 2日 (日)

シクラメンの植え替え

植え替えたシクラメン今までいくつの鉢が家に来ただろう。
一つも成功したことのない夏越し。
せっかく息子にもらった立派なシクラメン ネットで調べて「夏越し」に挑戦してみることに。
とは言っても鉢の下に水をあげるのを忘れない、だけ。 
枯れた葉っぱは取り除き、ベランダの棚におく。
 一度も葉が無くなることはなく、10枚ぐらいに減ってから、 結構元気に葉は蘇り、はや10月。  
思い出したのが、昨日で、 早速「赤玉土」と「培養土」を買ってくる。 
本当はもっと前にするらしい。ごめんよ。
一回り大きな鉢に植え替えた。肥料もやって。
さあ、どうですか。シクラメンさん。すくすく花芽をつけてくださいな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »