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2005年3月の10件の記事

2005年3月18日 (金)

友人からのご招待

_002_1 友人Kさんの今回のコンセプトは
「椿の春」かな。
りんとしてお出迎え。

まずは盛り合わせ。_010_1

_011_1 サラダ_012_1 _017_1

デザートの盛り合わせ。
フルーツとケーキ

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2005年3月13日 (日)

9日目 帰宅

3d5b0e17_3    名古屋の道路はできたてのようです。
そういえば愛知万博がもうすぐです。
おかげで広い道路をすいすい。
湾岸道路。
13a8595c 静岡で富士山もお出迎え。到着。
夫と交替でハンドルを握り、走行キロ計1800キロ。
無事で何より。
あとで聞くと母は「四国の果てまで来ちゃって家に帰れるか。」心配したらしい。
無事に帰ってきたんだもの、安心。また行きましょう。

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2005年3月12日 (土)

8日目 三重県湯の山温泉まで

3a33366a_2 広島から高速道を突っ走り、
栗東で下りて、1号線で鈴鹿峠を通って三重県まで行きます。
寒かった。
暖かい四国とは大違い。
鈴鹿のスカイラインは雪のためか、台風のためか通行止めで残念でした。
温泉地も山の麓で雪がありました。
湯ノ山温泉は暖まる良いお湯です。
料理自慢のお宿は「春の献立」に変わったばかりとか。すばらしい料理でした。本日走行450キロ

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2005年3月11日 (金)

7日目 厳島神社、広島まで。

392c79ca たくさんの寺を回りましたが、どこも階段が多く、大変でした。
小さな町のお寺も時を経た趣があります。
巡礼はスタンプ集めではない、といいますが、
良い意味でそれに近いかもと思いました。
普段なら絶対上らないような階段を納経帳を手に持ち、手すりにつかまって登る母。
せっかくだからできるだけ回りたい、そう思わせる「スタンプ」(しかも手書きの)でした。
足も丈夫になったんじゃないかな。
6de1d587 松山港から瀬戸内海フェリーで呉まで。有名な音戸ノ瀬戸を通ります。

宮島まで。おいしい牡蠣と穴子を食べるぞー。
ここもポイント。

D986cc01s 厳島神社(クリック先は去年の厳島、ドーム)は台風の影響で少しかわいそうでした。

ドームを見て広島泊。
夕食はお好み焼き。

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2005年3月10日 (木)

6日目 善通寺から金刀比羅宮まで

B0ed9141 0f52075e 75番善通寺。
五木寛之の百寺巡礼で見て絶対行きたいと思ってた所。
空海誕生の地とされ、空海三大霊跡の一つとある。
(後の二つは高野山・東寺)広い。

大きな楠が歴史を語る。
大きな木の物言わぬ力強さよ。
ここの五重塔は質実剛健。木のぬくも32_2 り。 E7e5c35c
西と東を結ぶ通路。

母と二人で同行二人。仲良しの母と夫。

Doukounininn同行二人とはこれない人の分もという意味かと思ってた夫。
弘法大師といつも二人、の意味です。

そして金比羅さん。本宮まで785段。
さらに上まであるが・・・
幸せの黄色いお守りがおみやげ。
上に行かないと買えないからね。ひーほー言いながらのぼりました。
母はおみやげ屋さんで留守番です。
神主さんも毎日大変ね。
やっとついた本宮で、お守りを買いました。

759113fa_2 お守りの大きな袋を持ったおばあちゃんが3f297992 跪いて祈っていました。どんなお願いがあるのでしょうか。
ここまで登ってきた、その願いが叶いますように、と密かに願いました。
人それぞれに願いがある、祈りがある。
その心は同じ。
そう実感した今回の旅でした。

2a9ed48f 42_138 

6687a5f5 銭形砂絵。
これを見た人は
健康でお金に不自由しないと言い伝えがあり、
多くの観光客が琴引山山頂にやってくる。
とあったがほとんど人はいなかった。ぼやけてるけどお裾分けです。

095d03a8 そして宿ではこっそり頼んでおいたバースディケーキ。
82歳おめでとう。
電気を消してハッピーバースディを歌う私たち。
良い誕生日になりました。(300キロ)
四国への旅を最初から読むのはこちら

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2005年3月 9日 (水)

5日目 道後温泉まで

宇和島あたりの地図にはあちこちに「みかん」と書いてある。
見上げると至る所みかんやま。
様々な種類の蜜柑。見知らぬ人に紹介されて蜜柑やさんへ行くと、あることあること。
良いものを買えばいいのに、見切り品ばかり買って。
早速車の中で食す。車中が蜜柑の香りでいっぱいになる。
母と夫はうれしそうに後ろで蜜柑を食べる。
良かったね、お母さん、そう思いながら私は前を見てしっかりハンドルを握る。
62  いくつかの寺を回って道後温泉へ。ここは人がいっぱい。
51番石出寺。巡礼の人より観光客の方が多かった。
道後温泉には二泊。温泉につかってゆっくりしましょう。
3000年もの歴史を持つ名湯。
公衆浴場としては初めて国の重要文化財に指定された木造の建物。29
蜜柑と騒ぐ割に写真がない。
運転主兼カメラマンなので、残念。
うしろの二人は蜜柑を笑顔で食べる人。くー。2005_141_3 2005_146_2 2005_150 2005_151

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2005年3月 8日 (火)

4日目、宇和島まで

20 21_1
足摺岬観光。ここにはジョン万次郎さんの銅像。四国最南端、80メートルの断崖。太平洋が大きい。灯台。38番金剛福寺。822年に開基だそうな。古いね。 26
快走路と地図にある道路で海沿いを走る。
宿毛を経て宇和島まで。いよいよ蜜柑の産地です。
道の駅に寄っては探し、求めます。蜜柑、いよかん、ハッサク、文旦、などなど。
今日の宿は割烹旅館、生け簀からのお魚がおいしい。
酢の物も,鯛飯も食べました。130キロ

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2005年3月 7日 (月)

3日目足摺まで、

9f3b186c 35番清滝寺は山の上、途中が広い農道だったので夫が運転していたが、これが大間違い。
次第に細い山道になり、カーブカーブで、緊張の連続。
おかげで頂上はすばらしい見晴らしだった。
駐車場で帰る車とすれ違う。
後少し遅かったら密柑山に落ちていたかも8_1
そういう意味でも思い出の寺。
ワゴン車でさっと来てさっと帰る巡礼者さん。
最もここには観光バスはこれません。
下りたところで3個200円の文旦を道ばたで発見。これが実においしい。14_2
良い天気に調子に乗って私は飛ばす。
四万十川に沿って遠回りで行くはずが、曲がるところを見落として気がついたら30キロも走っていた。
また戻って37番岩本寺を経て内陸部へ。
あこがれの四万十川じゃー。しかし脇見運転は危ない。すいている快適な道。
お遍路道を外れるとさらにすいている。
川の色が青い。
沈下橋(増水時に川に沈んでしまうように設計された欄干のない橋)。必ず寄る道の駅も山間部では人がいない。 18_1

足摺スカイラインを通って足摺岬。温泉。ごちそうでした。
食べてから写真を撮ろうと思いだすので少し減っています。お風呂で青森からのお遍路さんに出会う。
「どうしても来たくなって家族を振り捨ててきた。」とか。こみ上げる思いがあったのだろうか。
余分に走ったので走行距離約260キロ.

息子は仕事の関係で帰りました。3人旅です。

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2005年3月 6日 (日)

高知へ到着

3 12時40分に高知着の予定。
ブランチをレストランで食べて待ちます。
見えるのは室戸岬。 4 6_1
有名な桂浜。

土佐一宮土佐神社、
右は高知唯一の五重塔のある古刹竹林寺。
山の上にあります。

この後高知城など見学。
夜は息子の体調が悪くうどんになってしまった。
(食事より息子の体調を心配せよ。)
一足先に仕事に戻った息子は体調が悪く、
大変だったらしい。

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2005年3月 5日 (土)

母との四国への旅の始まり

2005_0021 3月5日 夜8時半川崎港から高知行きのフェリーマリンエキスプレスに乗って出かけます。
もうじき82になる母と。
去年家族3人で瀬戸内海の旅をしましたが、一番の良い思い出は蜜柑が安かったこと。
蜜柑好きな母にもこの楽しみを味わってほしくて、計画しました。
カーフェリーの一等個室。
高知までは息子1も一緒です。母と我々と4人です。
このカーフェリーも今年で無くなるとか。燃料高騰が響いたようです。

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